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「猫カフェに行きましょう」

 霧切さんが唐突に言い出した。僕は驚いて彼女の方を見る。わずかに頬を上気させている彼女の手には、何やらパンフレットのようなものが握られていた。

「猫カフェに行きましょう」

 繰り返し言う霧切さん。大事なことなんだねわかります。僕は立ち上がって彼女に近づくと、その手に握られていたパンフレットをえいやっと抜き取った。

「三毛猫アメショシャム猫、オスメス子猫成猫みんなが振り向くあの子まで! どんなご要望にもお答えします!」

 紙面いっぱいにひしめくねこネコ猫。上部にはポップな字体でそんな謳い文句が印刷されている。
 僕は紙面から目を上げ、霧切さんを見た。目線がぶつかる。霧切さんは少し恥ずかしそうに目をそらす。

「……部室のポストに入れられていたのよ」
「そうなんだ……?」

 納得しかけて、首を傾げ、もう一度紙面に目を通す。
 猫カフェ。場所は希望ヶ峰学園の部活棟の一室だった。主催は生物部と料理研究会で、要するにちょっとした身内だけのお祭り? みたいなもののようだ。
 再び霧切さんを見ると、さっきよりは顔色が落ちつた様子で、しかし若干鼻息荒く、

「この時間ならまたたびサービスが有るはず。苗木君、ここまで言えばわかるわね?」
「あー、えーっと、うん、まあ……」

 頷くや否や、霧切さんに手を掴まれ、引きづられるようにして部室を出た。僕、助手。彼女、所長。また日頃の関係からも、僕が霧切さんを止められるはずもなく。
 結局、そのまま猫カフェという名の生物部の部室へと赴くこととなった。……因みに、僕は犬派だ。


 30分500円から。もちろんメニューは別料金。
 僕はこういったお店に来たことがないから適正価格か否かはわからない。けれど、

「霧切さん、後から延長もできるんだから最初に諭吉さん出すのやめよう?」

 どう考えても十時間後には閉まってるから。ほら、従業員さんの顔も引きつってるし。
 渋る霧切さんに変わって千円札を一枚財布から取り出し、鍵札をもらい、樋口さんを叩きつけようとする霧切さんの手を引いて宛てがわれた部屋へと向かう。
 生物部の部室でこぢんまりとやっているものだと思ったら、どうやら猫派の影響力はあらゆる部活に波及しているようで、このためだけのプレハブ家屋が幾つか作られていた。
 部屋の前に立っていた従業員さんに鍵札を渡し、部屋に入る。部屋の真ん中にテーブルと椅子、床には猫用のおもちゃ、それからキャットタワーなんかも設置されていて、随分と立派な作りだった。
 そして、猫。アチラコチラにねこネコ猫。チラシの謳い文句通り、三毛猫アメリカンショートシャム猫ほか。全部で7,8匹の猫がそこいらで好き勝手に戯れていた。

「可愛いわね」

 早速丸くなっていた一匹に近寄り、霧切さんは手を伸ばした。
 指先が触れ、猫は少し顔を上げて霧切さんを見たけど、大して興味無さそうに尻尾をふりふり。触るなら触れ、と言わんばかりの様子。
 霧切さんは膝を抱えるように屈みながら、少しうっとりした様子で猫の背中を撫でている。
 僕はそんな霧切さんを見ながら、椅子の上で香箱座りをしていた猫を、

「ごめんね」

 とどかし、テーブルの上にあったメニューを見た。流石にうちの料理研究会と共同出店(?)なだけあって豊富なメニュー。値段もそこまで高くない。

「コーヒーでいいかな?」
「苗木君、猫はコーヒーを飲まないわ。ミルクよ。それもちゃんと猫用。人が飲むミルクだとお腹を壊す事があるから注意が必要なの」
「そうなんださすがきりぎりさんはくしきだね。ところで霧切さん、コーヒー飲む?」
「ええ、いただくわ」

 こちらを一顧だにしない霧切さんにちょっと不安を覚えながら、備え付けのベルでウェイターさんを呼び、注文をした。
 飲み物だけだったからだろう、注文はすぐにやってきた。お盆には一緒に小さな袋が乗っていて、そこにまたたびが入っているらしい。ほんの少しだけお使いください、とウェイターさんは言い残していった。

「霧切さん、飲み物来たよ」
「ありがとう、苗木君」

 ひたすら猫を撫で回していた霧切さんは、ようやく立ち上がり、テーブルに寄って……ミルクの入った平皿を持って、再び猫達の方へ。
 床に置かれた更に鼻を鳴らしながら猫が群がる。霧切さんは少し離れた位置でうっとりとそれを眺めている。

「霧切さん猫好きなんだね」
「ちがうわなえぎくんそれはごかいよわたしはただこんごねこのそうさくとかあったときのためにこのこたちのしゅうせいをしらべているの」
「うん、うん、そうだね」

 ものっすごい早口かつ棒読みで、平素の彼女はどこへ行ったのだろうか。


 そのまましばし。霧切さんは猫達を構い続け、僕はそんな霧切さんを見ながらコーヒーを飲み。
 ふと下を見やると、一匹の猫が僕を見上げていた。

「どうしたの?」

 そう尋ねると、彼(彼女?)は一声にゃーと鳴き、僕の膝へと飛び乗った。
 ずっしりとした重み。少し顔をしかめる僕など気にする様子もなく、その猫は自身の毛を繕った後あくびを一つしてくるりと丸くなった。

「……気ままだなぁ」

 苦笑しながら背中を撫でると、猫はごろごろと喉を鳴らした。ふわふわの毛。良い環境で、しっかりと面倒を見られているのだろうなぁ。

「……苗木君のくせに生意気よ」

 呪詛を吐くような響きに、思わずぎょっとして顔を上げると、手袋にいくつかの引っかき傷を作った霧切さんがいた。
 不機嫌さを隠そうともせずに椅子に座り、冷め切ったコーヒーを一口で飲み干すと、彼女は鋭い視線で僕を見て、

「苗木君のくせに、生意気よ……!」
「……構い過ぎるから嫌がられるんじゃないかなぁ」

 僕の言葉に、霧切さんはつん、と唇を尖らせた。
 苦笑しながらも、珍しく彼女が見せる歳相応の表情に、僕の心は少し浮き立つ。実はほんの少し猫に嫉妬していた。けれど、こういった副産物があるなら、まあいいかな、なんて思った。

「ほら、またたびもあるし、もう一回挑戦してみたら?」

 注文と一緒にやってきたまたたび袋を霧切さんに手渡す。
 彼女はしばし袋を見つめた後、袋の口を開け。
 なにを思ったか。
 中身全部を頭からふりかけ。

「ちょっと霧切さん!?」
「これなら……っ」

 猫達の輪に飛び込み、慌てた係員の人が来るまで、猫の生る木となった。


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