km1_283-291

「うぷぷ…大!せーいかーい!!」

しんとした空気の中、馬鹿みたいに能天気に響く声を、アタシは…いや、アタシたちは茫然と聞いていた。

「栄えある今回のクロは七海千秋さんでしたー!」

「…どうして、だよ……?」

絶望的な声色の呟きを耳にした。
たぶん、他の誰にも聞こえていない。
隣の席にいるアタシだからこそ聞けたんだ。

でも…そんな声、聞きたくなかった。

「ちくしょう…どうなってやがんだよ」

「な、七海さん…」

「…クソが……」

他の皆が思い思いの言葉を口にする。
全員、感じている事、考えている事は同じなんだろう。
アタシも皆と同じ人を…彼女を見つめた。

「皆、ごめんね」

彼女は、千秋ちゃんはわずかに笑う。
仕方がない、という風に。

「なんでよ……」

思わず、声が出た。
一人を除いて、全員の注目がアタシに移る。

反対側にいる彼女は何一つ変わらない仕種で首を傾げる。

「えっと、裏切った理由は悪いけど…」

「そんなんじゃないよッ!!」

大声で叫ぶように言った。
彼女以外は、青ざめた顔でただ状況を見守っている。
ふと、自分も同じような顔色なんだろうか、と思った。

「アタシが言いたいのは、そんな事じゃないよ…」

叫びたかったのに、出たのは絞り切られたようなかすれた声。

そこから先も、出てこなかった。
伝えようとしても口から音が出ない。
おまけに視界がぼやけて、熱い何かが頬を伝った。

そうか、泣いているんだ、アタシ。

「……ごめんね?」

はっきりとした声に我に帰る。
涙を拭って、千秋ちゃんにアタシは向き直る。
そこで初めて、アタシは彼女が困ったような笑顔でいることに気付いた。

「あや…まるなよ……」

隣からした、深い後悔と悲しみのこもった言葉。

大事な誰かを失う時に、人が漂わせる重たい空気。

これまでのコロシアイで散々、見て、聞いて、味わったモノだ。

そして、その人のそれは、アタシが一番見たくないモノだった。

「日向くん……皆…」

胸の辺りを押さえて、千秋ちゃんはうつむく。
その表情はここからじゃ分からない。
…きっと、この場の誰にも。

「ねぇ、もういーい?時間押してるんですけどー?」

かわいらしく、残酷な言葉を抜かすヌイグルミをキッと睨む。
意味なんてなくても、アタシにはこれしかできない。

「あわわ、怖いよー、あの子怖いよー」

反抗期?反抗期なの? と人をイライラさせるポーズに赤音ちゃんが無言で殴りかかろうとしている。

「ダメだよ、終里さん」

スッと千秋ちゃんが前に出た。
どれほど祈っても、もうこれで終わりなんだと、改めて認識する。

「ッ!! な…七海ッ!!」

耐え切れない、と言わんばかりに日向が叫ぶ。
そうして千秋ちゃんの背中に駆け寄ろうとした。
縋るように、祈るように。

そんな光景に、アタシは胸がズキリと傷むのを感じた。

それがどういう意味を持つか、アタシには何故だか分からない。

しかし、千秋ちゃんはそこで日向を手で制した。
それだけで、日向の動きが止まる。
二人の間に明確な境界が生まれてしまった。


「希望を、捨てないでね」


一言、よく通る声を千秋ちゃんは笑って発した。

そこには、どれだけの覚悟があるんだろう。

アタシには、分からない。

モノクマの先導で、千秋ちゃんは『オシオキ』の会場に歩き出す。

日向と、皆とすれ違い、前だけを見て彼女は歩く。

立ち位置上、最後にアタシの前を千秋ちゃんは通った。

同じように振り返りはせず、ただ前を―――

「……皆を、日向くんをよろしくね」

「……………………え?」

「死ぬのは、怖いけど。小泉さんなら、皆のこと任せられるもん」


それじゃあ、と最後まで小さく言って、彼女は進んで―――

「…ま、待ってよ!」

慌てて、アタシは追いかけようとした。
アタシだけに伝わったその声の意味を確かめるために。
でも、もう遅かった。

「では張り切ってまいりましょう! オシオキターイム!!」



「ふぅ…。邪魔なモノミも片付いたことだし、今日は祝勝会だね!」

うぷぷぷぷぷ…アーッハハハハ!!
耳障りな笑い声と共に、モノクマは消えた。
後に残されたアタシたちは、誰一人として動こうとしない。
一言も喋らない。

ソニアちゃんも赤音ちゃんも九頭龍も左右田も…日向も、だ。
アタシも動きたくなかった。喋りたくなかった。

もう、全部嫌になった。
どうすればいいのか分からない。

『……皆を、日向くんをよろしくね』

『死ぬのは、怖いけど。小泉さんなら、皆のこと任せられるもん』

千秋ちゃんの言葉が過ぎる。
どうしてそんなことを言ったのか、もう問いただすことは出来ない。

アタシは、あなたみたいに強くなんかない。

皆の支えとか、無理よ。
…あいつのことだって、出来る訳ないじゃない。

これまで散々見てきたの分かるでしょ?

アタシは……アタシには………。



『それは違うよ』

何かが、聞こえた。
いや、聞こえた、と表現するより不意に頭に響いたと言ったほうがいいかもしれない。
誰の言葉か、アタシにはすぐに分かった。

でも、それはありえない。
いない人の声なんだから。
あるとしたら、幻聴だ。

『幻聴なんかじゃないよ』

アタシの心を見透かしたように続けて声が響く。

『私と小泉さんは違うよ。だから、ね』

頑張って。

それで、声は止んだ。
後には、ソニアちゃんの嗚咽が裁判場に響くのが聞こえるだけ。

(アタシは…)

顔を上げて、周りを見る。
皆、暗い表情で下を見ていた。

(…よしっ!!)

思い切り両頬を両手で叩く。

パン、と乾いた音がした。

その音に驚いたのか、一人を除いて全員の視線が集まる。

「小泉さん……?」

眼元に涙を溜めたソニアちゃんが茫然と声を出す。
他の皆は訝しげにアタシを見ていた。

すぅ、と深呼吸をしてぐるりと皆の顔を眺める。

「帰るわよ!!」

出来る限り、大きな声を出そうと心掛けた。
さもないと、負けそうだった。

「帰るっつってもよォ…」

「帰ってどうなるってんだよ……」

「いいから帰るのよ! そうしなきゃ何も始まらないでしょうが!!」

絶望に包まれていた男どもの言葉に必死に返す。
ここで引く訳になんかいかない。

そうしたら、これまでの全部が無駄になってしまう。
皆に、誰よりも千秋ちゃんに申し訳ない。

皆を促して、地上に繋がるエレベーターに乗せる。
渋々とほぼ全員が箱の中に入る。

「さて、と」

気合を入れ直して、最後の一人の方に歩く。
アタシは一呼吸して、そいつに告げる。

「いつまでそこにいるの?さっさと行くわよ」

「放っておいてくれ…」

それだけ返して、日向は立ち尽くす。

「馬鹿なこと言ってんじゃないわよ」

アタシは諦めずに日向の腕を掴んで、無理に引っ張ろうと、

「放っておいてくれって言ってるだろッ!!」

そう叫んだ日向の表情は、怖かった。
憂いと憎しみ、悲しみの混ざり合った顔。
ビクリと体が震えて、思わず手を放した。

「……ご、めん」

結局、強がりの仮面は剥がれてしまった。
限界はあっさりと来てしまった。
アタシはここまでの人間だった。

「………」

アタシの声を無視して、日向はスタスタと箱に行く。
無言で、アタシもそれに付いていく。
全員が乗った時点でエレベーターは動き出す。

希望を求めた裁判で残ったのは、絶望の残り香だけだった。

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