ゼツボウロンパ

―――あの事件からどれくらい経っただろうか。
俺たちはあの島に残ることを選択した。未来機関に所属しているあの人たちには反対されると思ったが、
意外なことに、すんなりと笑って「それが君たちの選択なら、僕はそれを尊重するよ」と俺たちの選択を認めてくれた。

強制シャットダウン―――
あの世界から戻る代償として、記憶を失い「超高校級の絶望」に戻ってしまう……はずだったが、
どうやら、俺は記憶を失わずに現実世界に戻れたようだ。
あの世界で生き残った他の五人も奇跡的に記憶を失われずに戻ってこれた。
未来機関の三人は不思議に思っていたが、俺は何となくその理由が分かる気がする。
俺たちの監視役だったあのふたりが、きっと俺たちの記憶と思い出を守ってくれたのだと、俺はそう理解している。

そして、未来機関の三人はこの島から出て、外の世界で人生をやり直すことを薦めたが、俺たちはそれを断った。
――たとえ、1%の確率もないとしても、俺たちには為すべきことがあった。
それは、あの世界で死んでしまったメンバーの復活。

……もちろん、それを成し遂げることはほぼ不可能だと未来機関の三人からは言われていた。
俺自身、そう簡単なことではないことは分かっていたし、他の五人にしても同じだった。
けれど、それでも俺たちがこの島に残ることを決意したのは、他の仲間たちの生を諦めきれなかったというのと、
そうでなくても、他の仲間たちを置き去りにしてこの島を離れたくはなかったからだ。
傍目から見れば、人生を棒に振っているとか、過去に囚われてるとか、言われるのかもしれない。
けれど―――、それだけ彼らは俺たちに大切な存在となっていたんだ。

『僕たちは、どう足掻いても、死んでしまった仲間たちと過ごすことができない。
 僕たちには出来なかったことを、君たちになら出来るかも知れない―――』

そう語った苗木誠の瞳は優しげで、どこか羨望を感じたのは気のせいだろうか。

それからどれくらい経っただろうか。
未来機関の三人も時折この島に訪れ、俺たちに技術や知識を提供して他のメンバーの復活に手を尽くしてくれた。
きっと、無計画であるなら、あの三人もここまではしてくれなかっただろう。
そう、皮肉なことだが、カムクライズルとして脳を弄られた俺の才能が生かすことが出来たのだ。

あらゆる才能を“人工的に”だが、埋め込まれた俺には、
あのプログラムを改竄するだけの“超高校級のプログラマー”としての才能や、
そのプログラムと現実の脳の連結をつなぐための知識を持つ“超高校級の神経学者”としての才能も
そして、他にも彼らを復帰させるに必要とされるであろう“才能”が当然あった。
もちろん最初こそ自分の身体なのに、別人のような感覚に陥ったがそれに戸惑うわけにはいかなかった。
―――クラスメイト全員が再び再会するという“未来”を創る為なら、俺は“希望”も“絶望”も利用しようと思ったのだった。

* *


「うふふふぅ……まだそんな無駄なことをしているんですかぁ?」

 メンバーの復帰の為のプログラム改竄と彼らの肉体を保存している機器の調整の為にパソコンへ向かっている
俺の背後から声がかかった。

 罪木蜜柑―――。

 そう、まだ一人だけだが、メンバーの復帰は成功したのだ。だが―――
「無駄なんかじゃないだろ。こうしてお前を現実世界に引き戻すことが出来たんだから」
「無駄ですよぉ…『あの方』も完全にいなくなってしまい、生きる希望も未来も失った私なんか、ただのゴミクズですからぁ…。
 うふふ、でも、すごく絶望的ですねぇ~…こんな絶望を与えてくれる日向さんは私のことを『愛』してくれてるんですね」
 俺は背中を向けたまま、そう答える。
 そう、現実は上手く行かない。―――元の『超高校級の絶望』として、彼女は現実世界に戻ってきたのだった。

 しかし、これは想定内だった。いや、だからこそ彼女が一番最初にこの現実世界に戻ってこれたと言っても過言ではない。
 彼女は絶望病に罹っていたとはいえ、一番最初に元の記憶を取り戻した人物だ。……そうあの世界の思い出を凌駕するぐらいに。
 アバターとしての記憶が薄れていたからこそ、すんなり(とは言ってもそこまでの行程は果てしなく遠かったのだが)上書きが出来たのかもしれない。

「でも良いんですかぁ…こんな野放しにしてぇ?ふふふ、『愛』の為に貴方がたに絶望的なことをしちゃうかもしれませんよ~?
 たとえば、心中………とか」

 ヒタリと、首筋に冷たいモノが押し当てられる。―――医療用メスだ。
 分かっている。俺たちも『超高校級の絶望』の一員だった。その記憶も戻っている。
 だからこそ、彼女がどんな行動を起こすかはある程度把握していた。……だからこそ、好きにさせていた。

「―――江ノ島盾子については未来機関から資料を貰ったし、自分でも調べた。
 昔、自分自身を別人と騙して、愛するヒトを殺して、絶望したこと―――
 コロシアイ学園生活で、かつてのクラスメイトたちをコロシアイさせて、絶望したこと――
 成程、あいつに心酔している罪木の気持ちも分からないでもないよ」

 『絶望』の味を知っている。それは罪木も俺も同じだ。
 『絶望』に酔いしれれば、自分の心を慰めることも出来れば、廃退的な快感や愉悦も味わえるだろう。
 人にはそう言った瞬間が必要な時もある。誰もが『希望』だけを信じて生きて行けるわけではない。
 だが決定的に違うのは、『希望』も『絶望』も踏まえて『未来』を創れるかどうかだ。
 江ノ島盾子も罪木も『未来』なんて『絶望』の為ならどうでもいいと思っている。――けど、そうじゃないんだ。

「…だからこそ、俺が、罪木に教えてあげるよ。
 罪木がどれだけ、その手に『希望』を『未来』を手にしているのか」

 俺は椅子を動かして振り向く。振り向く際に、少し首の皮膚をメスで切られてしまう…が、この浅さなら大した傷ではない。
 デスクの上にあったティッシュを切り傷に当てて、流れ出る血を抑える。
「ふふふ、日向さんは綺麗ごとが好きですねぇ………そんな日向さんも嫌いじゃないですよぉ?」
「俺は知ってるんだ。仮にお前が『絶望』していたとしても、保健委員としての素質は確かにあるんだって」
 あの世界で彼女自身が引きおこした殺人事件のきっかけともなった『絶望病』。
 『絶望病』に罹った狛枝や澪田、終里を献身的に看病したのは紛れもない彼女自身だった。
 触れれば感染するかもしれない――実際感染してしまい、事件を起こしてしまったが――危険を顧みず、彼女は真摯に看病した。
 それは才能だけではない。彼女は自虐もせず、誰にも虐げられることもなく、前を向いて生きて行けるほどの、
 強さを本来持っているのだと、俺は知っている。だからこそ、それを彼女自身にも知ってもらいたい。

「俺はお前が『未来』を創れるようになるまで、お前と一緒にいる。俺が認める。
 今のお前も、誰かの顔色を窺うお前も、そして……本来のお前もすべて、俺が」
「……………綺麗ごとにも程がありますよ、日向さん。本当にゲロブタなのは日向さんなんじゃないんですか?」

 それまで狂ったような笑みは消えて、真正面から俺を見据える罪木。
 俺もそう思う。言うだけなら簡単だ。問題はその言葉を実践できるかどうか。建前なんて彼女には必要ないのだ。
 けれど、俺は―――

「その言刃、斬らせて貰う。
 ―――綺麗ごとでもなければ、何でもない。事実だよ。俺は信じてるんだ。
 七海も含めて、みんなでまた会える日が来ることを。その為に俺たちはこの島に残ったんだからな」
「綺麗ごとですよ、やっぱり」
「違うね」
「違いません」
「………その証拠が此処にいるだろ?そうでなきゃ、罪木。お前をその状態で、しかも一番に復帰させるわけがない」
「それは……日向さんが底抜けの馬鹿で、お人よしなだけですよ」
「それもそうかもしれないな」

 否定は出来ない。左右田にも一度止められたことだし。
 それでも、結局彼女を一番に復帰させたのは、復帰できる可能性のことだけでなく――
「俺はおまえにもう一度会いたかった。」
「………!嘘ですよ……、ふふ、そうだ。そうですよねぇ、私みたいなゲロカスみたいな存在が、
 日向さんに会いたいなんて思われるなんて、ありえませんしぃ…そう言って私を更に絶望させるつもりなんでしょう?」
「その言葉は矛盾してるぞ。……今のお前に俺が絶望を与えると思うか?
 嘘や誤魔化しで、わざわざ絶望なんてさせてやるもんかよ」
 なんとかに包丁、ではないけれど、それだけの危険があるのは分かる。
 でも――会いたかったというのは本当だ。
 彼女がそれを認めないとしても、俺は彼女がそれを認めてくれるまで、付き合ってやる。
 絶望を抱くことを飽きるぐらいに。―――すると、罪木はふっと笑みを浮かべて。
「……楽しみにしていますよ。本当にそれが出来るのなら、ね。
 きっとその時は、私は日向さんの『愛』を注がれているんでしょうね。ふふ、非現実的なまでの理想は転じて、絶望ですよぉ?」
 罪木は妖艶な笑みを浮かべると先ほどメスで切ってしまった俺の首へ唇を近づけて、ペロリと舌先で舐める。
 そしてそこへ印でもつけるかのように唇で強く吸い付けると、身体をしな垂れるように俺に持たれかけさせる。
 ふわりと消毒液の匂いがした。……これが彼女の匂いだ。あの世界でも感じることが出来た彼女の匂い。
「いいや。理想は現実にする為にあるんだ。出来るか出来ないかは、そいつの努力と才能次第だよ。
 幸か不幸か俺にはその才能がある。なら、あとは努力するだけだ」
「…簡単に言いますね。ふふ、これは私からの挑戦状の証です。是非、無駄な努力をして、未来を絶望色に染めてください」

 罪木はそっと指先で傷跡をなぞる。彼女の顔には、再び狂気が滲んでいた。
 ――とことん付き合ってやるさ。だから、お前も覚悟しろよ。
 カムクライズルの才能という『絶望』、生き残った仲間という『希望』。
 『絶望』も『希望』も、すべてを使って、お前や他のメンバーも『未来』を見て生きて行けるように、
 どれだけ長い時間をかけたとしても、

「おまえの『絶望』を論破してやるよ、罪木。」

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