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「……起きて。ねぇ誠君、起きて」

優しく僕の体を揺り動かしながら意識の覚醒を促す声が聞こえる。

「うーん、もう1時間だけ……」
「ダメよ、限られた時間は1分1秒だって無駄には出来ないわ。だから誠君、起きて……」
「ん……。ん?」

優しさと厳しさが一緒になっている響子さんの声に促されるように目を開ける。
しかし目に映った光景は天窓のついたベッドだった。寝室の天井とは全く違う光景に違和感を覚える。
そのまま視界を真上から真正面に。 
目の前にはレースのカーテンから透けて見える二台のデッキチェアと蒼色の海が。

「……えっ!?」

驚いて起き上がるとテーブルの上にはシャンパンのボトルと空になったグラス、ラップに包まれた南国のフルーツが置いてあった。
あれ? 僕らはまた仕事の都合でプログラムの中に入り込んだっけ――?
昨夜の記憶を必死になって掘り起こしていると響子さんが無言で僕を見つめている。

「あー、その、おはよう」
「おはよう。暑さで寝苦しくはなかった?」
「いや、それは大丈夫。……っていうか、それよりここって」

"プログラムの中だっけ――?"と、続きの言葉を言おうとしたら彼女の首元にあるネックレスが映った。
そのネックレスの中央には銀色のリング。

「ジャバウォック島近隣にある島の水上ヴィラでしょう? それがどうかした?」
「きょ、響子さん、そ、その指輪って……!」
「これ? あなたも身に着けているじゃない。まだ寝惚けているの?」

そういって僕の左手を手に取り、僕の顔の近くに寄せてくる。

「……ぶぅわっ!?」

そしてようやく気づいたのだった。
僕の左手薬指にはめられたソレを。
寝惚けている僕をあざ笑うかのように光り輝く指輪を――。


~ Beautiful Days ~


「も、もう一度聞くけどさ、今……キミは僕のお嫁さんなんだね!?」
「当たり前でしょう? 昨夜飲んだシャンパンで記憶まで飛んだりしているの?」
「そ、そんなわけないじゃないか……!」

僕らが寝泊りしていた水上のコテージから本館であるホテルへの一本橋を二人で歩く。
朝食のビュッフェはホテルにあるということで木製の長い橋を歩いているけど――。

"新婚旅行<ハネムーン>"

その真っ只中だという現実を僕はぼんやりとしか認識できずにいた。
何度も自分の左手に着けた結婚指輪を眺めては隣を歩く響子さんと夫婦になったんだという現実を薄っすらとしか認識できてない。


「……まだ実感が沸かないの?」
「……うん。実のところ」
「もしかして私、妻としての自覚が希薄だったりする?」

ふと、必死に記憶を掘り起こそうとしたらフラッシュバックするように記憶がよみがえった――。

「そ、そんなことないよ! 昨夜だって、その……響子さんは魅力的で素敵だったよ……!」
「い、いちいちそういうことをバカ正直に口にしなくていいわよ……!」

二人して顔を真っ赤にしてしまうのも僕ららしい。
いや、何ていうかあの満ち足りた表情が記憶に焼き付いちゃっていたんだもん。

でも走馬灯に出てきそうなくらい昨日の出来事って生きている中でビッグイベントだったなぁ――。


―――――

純白のドレスに包まれた響子さんは"とっても綺麗"の一言では言い表せないくらい綺麗だった。
隣に並ぶ彼女の姿を何度も横目で眺めていると真正面にいる神父がコホン、と咳払いしてしまうくらい僕は見蕩れていた。
そして厳かに口上を述べ始める。

『汝、病める時も健やかなる時もその者を……』
『誓います』
『……い、言うの早すぎだよ』

彼女も珍しく緊張しているのか、神父が言い切る前に誓っているし。
後ろの観衆からクスクスという笑い声が聞こえ響子さんの顔が薄っすらと赤く染まる。
そして神父は僕のほうを見て口上を述べ始めた。

『汝、病める時も健やかなる時もその者を愛し、敬い、生涯を共にすることを誓うか』

――改めてその言葉の意味を考えてみる。
ちらりと隣の響子さんを見ると目が合った。
そして神父に向かってはっきりと宣言したのだった。


『誓います』


――死が二人を分かつまで。

神父の一言で束の間だけ、この礼拝堂は静寂に包まれる。
そして誰かの拍手を皮切りに、はちきれんばかりの拍手が沸き起こった。


『……指輪の交換を』

神父に促され、響子さんの左手を手に取る。
"――大丈夫?""平気、気にしないで――"とアイコンタクトでやり取りをして肘まであるミディアムグローブをゆっくり外す。
リハーサルでは取る真似に留めただけに、緊張してしまう。

するするとグローブを外し白い腕から手首が見え、最後に手首から先は火傷の痕。
周りの人が固唾を飲んでいる雰囲気だけど僕に迷いはなかった。

カサつく肌の感触に躊躇せず、そっとシルバーリングを薬指にはめる。
これからは僕もこの傷痕と向き合っていくんだという意味を込めて、慈愛を込めるように彼女の手を撫でた。

"――誠君?"って問いかけるように響子さんが僕を見る。 
僕はそっと微笑んで自分の左手を差し出し、彼女から薬指に指輪を通してもらう。


「そんなにニヤニヤしてどうしたの? ここの料理、そんなに美味しかったのかしら?」
「いや、そうじゃないよ。響子さんのウェディングドレス姿、やっぱり綺麗だったなぁって思い出していたところ」
「ドレスの内側まで見るなんて、流石の私も予測できなかったけど……?」

ジト目で僕を睨んでいる彼女にちょっとたじろいでしまう。

「あ、あれはみんなから唆されて仕方なくやったんであって……!」
「ガータートスも当初から行う予定だったら断固として拒否していたわよ」
「うっ……。ごめん、みんなの前で恥ずかしい思いをさせちゃって」
「……いいわ。過ぎたことをどうこう言っても仕方ないことだし」

靴下の中に手を入れることに禁忌を感じる響子さんにやはりガータートスはかなりの抵抗があったか。
結婚式の〆の行事である響子さんのブーケトスも無事に終わり、新郎新婦退場と絨毯の階段を下りようとした矢先に葉隠君や左右田君からガータートスをせがまれたのが原因なんだけど。
十神君も顎で指すように"苗木、やれ"と指図するし、九頭龍君もニヤニヤしながら待っているし。
断ったら只では済まない――。そんなオーラに僕は屈してしまったのだった。


『ちょ、ちょっと!?』
『ごめん、響子さん!』
『コ、コラッ! やめなさい!』

ドレスの裾を膝くらいまで捲ったところで素早くドレスの内側に体を潜り込ませる。
そして左足首を掴みヒールを脱がして、ガーターベルトの留め具を外す。
後はガーターを脱がせようと両手を掛けたところで――。

『ぁ痛っ! ちょ、暴れないでって!』

お留守になっていた右足の膝蹴りで激しく抵抗されたんだっけ。
こっちも傷つけないようガーターを脱がすのに必死で防御できるわけもなく、顔面に何発も膝を貰ってしまったんだ。 
そして何とかガーターを脱がして膝蹴りから逃げるようにドレスの中から出てガーターを男性陣のいる方へ放り投げる。

やった! COMPLETE!
――なんて喜びも束の間、腐川さんが卒倒するのと同時にギャラリーのみんなが僕の顔を見て大笑いしだした。

『苗木っ! ハナ、ハナッ!』

放物線を描いて響子さんのガーターをキャッチした日向君の叫びから自分の鼻に何かがあるらしい。
触ってみるとヌメっとした赤い液体――げっ、これは!

『仕掛けてきたあなたが悪いのよ……!』

顔を真っ赤にして俯く姿とは裏腹に割りと本気で僕を潰しにかかっていたんだと知って、本気で響子さんを怒らせてはいけないことを心の中で誓った。
けど僕の返り血でドレス、汚れてないよね――?


裾の長いドレスで片方の足が素足となり、ヒールも履けないことからお姫様抱っこをしながら新郎新婦退場となった。
響子さんは恥ずかしさから僕の胸元に顔を埋めながら、僕は鼻血を垂らしながら祝福のライスシャワーを浴びたのだった。


―――――

朝食を食べ終わったら再び僕らが寝泊りしている水上コテージに戻ってきた。

「それで今日の予定は何をする? ダイビング? それともクルージング?」
「うーん、どうしようか……」

二人してベッドの縁に腰掛けてこれからの予定を思案する。
ふと外を見ると雲行きが怪しくなってきた。海沿いの天候は変わりやすいのだろう。
マリンスポーツをしたところで、せっかくの面白さも天候の都合で面白さが半減するかもしれない。

新婚旅行二日目の朝だし、まだ時間もあるから駆け足で観光することより二人っきりの時間を大切にする方を優先してもいいかもしれない――。
そっと響子さんの手を取り、指と指を絡めるように握る。

「ありがとう、僕のお嫁さんになってくれて……」
「どうしたの? 改まって言ったりして」
「うん。学生時代からの長い付き合いだったからさ。当時の僕からすれば響子さんと結婚するなんて夢にも思わなかっただろうなって」
「結婚も離婚も今や書類一つで成立する時代だけど宜しく、旦那さん?」
「こちらこそ。心の繋がった温かい家庭を築いていこうね、響子さん」

心が満たされていく実感をしながらお互い頬擦りをしてじゃれ合う。
そして額同士をくっつかせて見つめ合った。

「……あなたに出会えてよかった」
「僕も。やっぱり僕は"超高校級の幸運<しあわせもの>"だったんだよ」
「あなただけじゃないわ。私だって幸せ者なんだから」
「ごめんごめん。……これから夫婦でこうやって分け合って生きていくんだね」
「そうね。嬉しいことも辛いことも半分こ……とまで世の中うまく行かないんでしょうけど、支えあっていくものだと思うわ」
「僕もその意見に賛成だよ」

右手だけをそっと離し、彼女の頬に触れる。
それを合図に瞳を閉じて響子さんの唇を奪う。
軽く触れるだけの戯れ――。

そっと唇を離し、手を頬から肩へ。
押し倒すのではなく、添い寝をするような緩慢な動きで二人してベッドに横たわる。


「苗木、響子……。んっ、んぅぅ、ぅん……」

目の前にいる女性のフルネームをつぶやいてから何度も、何度もキスをする。


お嫁さん。
奥さん。
伴侶。
ワイフ。
妻――。

頭の中で浮かぶキーワードを羅列するかのようにキスの雨を降らせるのだった。

「んんっ、ぷぁっ……。フフッ、どうしたの? そんな風に呼んで」

くすぐったそうに微笑みながらも僕の着ている白のポロシャツのボタンをゆっくり外してくる。
僕もお返しに彼女の着ている袖なしの白のワンピースのボタンを外しながら言葉を紡ぐ。

「いや、いい響きだなぁって思ってさ。語呂がいいなって」
「やっぱり今日のあなた変よ。まだ寝惚けているんじゃない? あるいはまだ昨夜のシャンパンが抜けてないとか?」
「そうだね、まだ酔っ払っているかも……。自分達の幸せに酔っ払ってさ、世界一幸せな酔っ払いだね」
「そうじゃなくて……。私は苗木響子と改姓してないわ」
「えっ? それどういう意味なの……?」
「だから、改姓したのはあなたの方。霧切、誠くん?」

なっ――――。


―――――


「なぁにぃいいぃぃっ!!?」

びっくりするように飛び起きると、そこは勝手知ったる我が家の寝室だった。
天窓のついたベッドでもなく見覚えのある天井。 夏用シーツの肌触りのいい感触。
そして当然のことだけど、左手の薬指には指輪は填められてなかった。

「ゆ、夢か……」

傍らには"南国の楽園でハネムーン! モルディブ・タヒチ"の特集ページが開かれた結婚情報誌。
そうだった。つい、本屋の雑誌コーナーで見た"ジューンブライド"の文字に魅入られてどんなものかと購入して読んでいたらそのまま――。

それにしても妙にリアルな夢だったなぁ。
婿養子したという盛大な夢オチ付きで。
あるいはそう遠くない未来を先取りした予知夢だったりして――。


「……やばっ! もうこんな時間!?」

時計を見たら夕方の6時を過ぎていて、もう少しで響子さんが仕事から帰ってくるというのに晩御飯の準備を何一つ用意していなかったのであった。
慌てるように僕はキッチンに向かい、晩御飯の仕度をするのだった――。
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