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テレビの歌番組を見ている時のことだった――。

「やっぱり舞園さんのことを思い出してしまうの?」

華やかなステージの上で歌うアイドルグループの姿をアイスコーヒー片手に眺めていると、隣に座る響子さんが唐突に尋ねてきた。
世の中が絶望から復興しつつある中で舞園さん達のグループに続く次世代のアイドルユニット。
その晴れ舞台を感慨深い気持ちで眺めていると、響子さんは僕の心の中を代弁するのであった――。


~ ヒキズル ~


「……そうだね、今までみたいに歌を聞いてはしゃぐような真似はできないかも」
「……ごめんなさい、古傷を抉るような発言をして」
「あ、違うって。これが舞園さん達のグループに続く次世代のアイドルなんだなーって、感慨深く思っただけだよ」

申し訳なさそうな表情を浮かべる彼女に慌ててフォローを入れる。
響子さんはアイスコーヒーのグラスを傾けながら僕の顔を見る。
僕が悲しんでいるわけでも、怒っているわけでもないことを見てとれるとテレビの方に視線を移すのだった。

「そういえば彼女、学生時代もテレビの出演とかで授業を中抜けしていたわね」
「そうだね。お昼のトーク番組にゲスト出演する時とかあったよね」
「今みたいに午後から歌番組の収録だと言って早退していたりもしていたわ」
「それでいてアイドルと高校生の二束の草鞋生活だったし。……改めて見ると舞園さんってすごいね」

僕もアイスコーヒーのグラスを傾けながら学生時代を思い出す。

「思えば中学の頃から舞園さんって人気アイドルだったなぁ……」
「そういえば誠君と同じ中学出身だったわね」
「うん。けど別々のクラスだったし、話す機会はなかったよ」
「人気アイドルなんだから学校内でもファンは大勢いるはず……。あなたもその一人じゃなかったの?」
「親衛隊みたいな集団はいたよ。横断幕に"舞園さんLOVE"って綴ったりしてさ。でも僕は遠くから眺めていただけだよ」

マネージャーさんに急かされながら車に乗る時も、彼らに手を振って応えていた光景なんてあったな――。 
 

「希望ヶ峰に入学にしてからもっと身近に舞園さんを見ることが出来たけど、仕事の疲れを見せず授業に出てたもんね」
「それでいて私たちに欠席していた授業のノートを見せてほしいと頼まれたこともあったわね……」
「うん。いつも笑顔を絶やさなかった舞園さんだけど、僕らには愚痴の一つや二つ零しても良かったと思うのが唯一の気掛かりだったな……」
「高校生としての"舞園さやか"はそれを許せても、アイドルとしての"舞園さやか"はそれを許せなかったんでしょうね」
「でも僕らの前で見せていた笑顔はテレビで見せる笑顔とは異なる……もっと、親近感溢れるものだった。そう信じたいよ」
「……奇遇ね、私もそう思ったわ」

響子さんの手に持つグラスの氷がカランと音を立てる。
空になったことに気づいた僕は自分の残っている分を一気に飲み干した。

「コーヒー、おかわりする? 注いでくるよ?」
「いただくわ。お願いできる?」
「もちろん」

差し出された彼女のグラスを受け取ってキッチンの冷蔵庫へ向かう。
 

冷蔵庫の中からボトルコーヒーを取り出す――前に、隣の水出し麦茶が出来頃だったようで菜箸で麦茶パックを抜き取る。
二つのグラスに氷を補充し、ボトルコーヒーをそのまま注ぐ。
響子さんの分はそれで完了し、僕の分はさらにガムシロップとミルクポーションを加える。
マドラーで軽くかき混ぜたら手が塞がっているということで、お尻で冷蔵庫のドアを閉めてからリビングのソファに座る。

「はい」
「ありがとう、誠君」
「どういたしまして」

響子さんの分のグラスを差し出し、再びテレビの映像を二人で眺めるのだった。

「……彼女達も舞園さんの姿を見てアイドルに憧れたのかしら?」
「だったらいいよね、夢や希望が託されている感じがして僕は好きだな」
「そう……? 舞園さんのケースは別格だと思うんだけど?」
「えっ、別格?」
「彼女はアイドルの才能を持っていた。それこそ決められたシナリオを生きるしかないように」

才能があるからこそ、その生き方は宿命付けられるような――。
そんな風に声のトーンを抑えて淡々と語る響子さんが、どこか僕らの間に境界線を引いているような気がした。
探偵として生きることしか出来なかった彼女と、どこにでもいる世間一般の平均的な僕とを分けるための――。

「確かに、響子さんも舞園さんも共通していることは自分の才能に誇りを持っていることだね。仕事とプライベートを天秤にかけたら仕事を選ぶ感じのところとか特に」
「それ、どういう意味……?」
「仮に学生時代に僕が"好きです、付き合ってください"って告白しても"ありがとう、でもごめんなさい"って言って自分の気持ちより夢や誇りを選ぶ人ってことだよ」
「当時の私だったらそう答えかねない話ね」

いつの間にかアイドルの歌も歌い終わり、映像もコマーシャルに切り替わっていた。
僕らの視線はテレビではなく、すぐ目の前の相手を捉えて離さなくなった。
 

「だったら、どうして響子さんは僕の告白を受け入れてくれたの……?」
「それは……才能に囚われる必要はないってことを教えてもらったから」
「誰に?」
「私の父から……」
「学園長が?」
「えぇ。その言葉を言われた当時は頭に血が上って聞き入れる気はさっぱりなかったんだけど……大人になって柔軟になったってことかしら?」
「響子さん……」

響子さんの瞳がどこか寂しそうに僕を映し出す。
いや、正確には僕ではなくお父さんである学園長の憧憬を目に浮かべているんだ。
僕と同じように二度と会えない人の姿を思い浮かべては、在りし日の思い出を蘇らせて。
それと同時に寂しさを募らせて――。


「誠君……?」

思わず頭を抱いて胸元に抱き寄せてしまう。
傍から見れば傷の舐め合いで滑稽な姿かもしれない。

「……これからも引きずっていこう」
「えっ?」
「こうやって偶にみんなの死を思い出して、引きずっていこう。生き残った僕らにはそれくらいしか出来ないけどさ」
「あの時言ったように、仲間の死を引きずったまま前に進むの?」
「うん。みんなの死を割り切って前に進むほど僕らは器用じゃないみたいだし、後ろを振り返りながら前に進むほうが性に合うと思うんだ」
「……そこは断言しなさいよ」

そう言いながらもクスクスと笑う響子さんだった。
少し胸元がくすぐったい。

抱きとめた両腕を肩に添えて見つめ合う体勢にする。

「……今日はもう、寝よっか?」
「……そうね」

テレビの電源を消して、響子さんの手を取りソファから立ち上がる。
手を繋ぎながらもう片方の手で残ったコーヒーを一気に飲み干し、グラスを流し台に置く。
リビングの電気を消したら洗面所に向かい、二人して歯磨きをするのだった――。


―――――

「……これでよしっと」

翌朝。
世間はお盆休みのシーズンだが、超高校級の生き残りを探す僕らに季節休みはないもので今日も仕事だった。
出勤直前に冷蔵庫の野菜室から茄子と胡瓜を取り出し、四等分にした割り箸を四つ足のように挿し込んで完成した。

「? これは何なの、誠君……?」

一足先に着替えを済ませた響子さんが首を傾げながら割り箸の刺さった茄子を持ち上げたり、角度を変えたりして観察している。
 

「これはね、"精霊馬"って言うんだ」
「しょうりょうま?」
「うん。お盆の期間中に亡くなった人の魂がこの世とあの世を行き来する乗り物みたいな役割をするんだ」
「まだまだ私の知らない日本の風習があるのね、勉強になったわ。……でも野菜が乗り物の役割をするとは不思議な話ね」
「胡瓜は足の速い馬、茄子は歩くのが遅い牛に見立てているんだよ。早く帰ってきて、ゆっくり帰れるようにって計らいで」

あと、牛はお供え物も一緒に運んでくれるって願いが込められているんだ、と響子さんに豆知識を披露しながらネクタイを結んでいく。
スーツの上着を羽織って鞄を持ち、玄関に向かう。
革靴の踵に靴べらを挿して靴を履く。

「お供え物とかは仕事の帰りに買ってこよう」
「そうしましょう」
「それで次の休みになったら、みんなのお墓参りをしよう、ね?」

そう言って玄関のドアを開けると外の熱気に包まれた。
こんな暑い日だろうと喪服のようなスーツを着ている僕らはたちまち汗が吹き出るが、そこは慣れだ。

「さて、今日も一日頑張ろうか……!」
「えぇ、行きましょう。誠君」


そして僕らは歩き出す。
遺された想いを引きずりながら、共に支え合いながら――。



 

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