孤島ダイヤ

今日もジャバウォック島のリゾートホテルで、平和な朝を迎える。
ボクとセレスさんは朝食の後、ロビーの喫茶スペースで紅茶を飲みながら、今日の予定を確認していた。
「では、西園寺さんを『空港』で見送って、その足で『2番目の島』の『遺跡』見物に向かうという事で。──よろしいですね?」
もちろん異論はない。ボクはセレスさんに「うん、それでいいよ」と返して、紅茶を一口飲んだ。

このホテルで、ちょっとした偶然から知り合った日本舞踊家の西園寺日寄子さん。
彼女は名門舞踊家としての務めを立派に果たし……今朝の飛行機で、ボクらより一足先に帰国するらしい。
ほんの数日、一緒に過ごしただけだけど、いざ別れるとなると寂しいものだ。

しみじみ感慨にふけっていると、ふとセレスさんがロビーの方を見つめている事に気がついた。
「……どうかしたの?」
「いえ、妙な格好をした人が視界に入ったものですから。何でしょう、あの方たちは。まるで探検隊のようですわ……」
セレスさんに言われて、ボクもロビーに視線を移す。
……なるほど。彼女の言う通り4、5人の恰幅のいい外国人のおじさんたちが、ロビーで立ち話をしている。
全員がこれから登山か、秘境探検に行くみたいな服装で、確かにちょっと異様だ。
「今日は特別なイベントでもあるのでしょうか。……ホテルの方に聞いてみますわね」
タイミング良くそばを通りがかったボーイを手招きし、セレスさんが英語で尋ねる。
ボーイはにこやかな表情で二言、三言とそれに答え、お辞儀をしてまた歩いていった。
「……どうだった?」
「わかりましたわ。……平たく言えば、あの方たちは宝探しをするようです」
宝……探し? 突然、耳慣れない単語が飛び出して面食らう。
「何でもジャバウォック島には昔から、海賊の財宝が隠されているという伝説があって──
 かつては宝目当てのお客が大勢いらしたそうですわ。しかし結局、何も見つからず、
 もう流行は落ち着いてしまいましたが、今でも時々ああいったお客がいらっしゃるのだとか……」
「でも、そんなの本当に見つかるのかな。実際……」
「まあ、確率は低いでしょうね。あちらの方たちも、レジャーとして楽しんでいらっしゃるだけではないでしょうか。
 見たところ、本気で宝探しをするほどの装備とは思えません。言うなれば、お金持ちの道楽ですわね」
セレスさんの言葉通り、宝探しのおじさんたちの表情は楽しげで余裕に溢れている。
……楽しみながら、ロマンを追う……か。そういう事なら、わからなくもない。
それに、もしかしたら本当に見つかるかも──なんて思ってしまうのは、ちょっと人が良すぎるだろうか……。
「さあ、疑問も解決しましたし、そろそろ出ましょうか。西園寺さんの支度も済んだ頃でしょう」
セレスさんがさっと立ち上がり、会計へと向う。ボクは急いで冷めた紅茶を飲み干し、その後を追った。


ジャバウォック島唯一の空港。そのロビーでは、多くの人が行き交っている。
無事に西園寺さん一行を送り出し、ロビーを出ようとしたところでボクらはまた異様な集団を目撃した。

ロビーの一角を占拠し、きょろきょろと辺りを見渡す10人ほどの黒服の男たち────どう見ても浮いている。
どうやら全員東洋人のようだが、強面で、旅行者にもビジネスマンにも見えない。何て言うか、あれはまるで──
「マフィアかギャングか……いずれにせよ、“やくざな”ご商売に決まっていますわ」
「ちょ……聞こえるって……!」
事も無げに言ってのけるセレスさんを、慌てて制する。
「平気ですわ、ここはこんなに賑やかなんですもの。──あら」
それまで平然としていたセレスさんの表情が意外そうに変化した。何事かと、彼女の目線を追う。
……黒服の男たちに混ざって、同じく黒いスーツを着た少年がいた。
年齢はボクらとあまり変わらなさそうだが、集団の中心に立って何か指示しているように見える。

あどけなさの残る少年に対して、神妙な面持ちで何度も頷く“やくざな”男たち。
異様な集団の中で、さらに異様な光景だ。が──セレスさんの関心を引いたのは、そこではないらしい。
「あの方……どこかで見たような気がしますわ」
「え……もしかして、知り合い?」
「いいえ。そうではなくて、以前、何度かお見かけした──どこでだったでしょう……」
細い顎に手を当て、記憶を探るようにしながら謎の少年をじっと見つめるセレスさん。
ボクもつられて、彼とその取り巻きの黒服たちを見てしまう。
と──その時、突然背後から声をかけられた。
「おい。……お前達、そこで何をしている」
ボクはびくりとして、振り返った。

そこに居たのは、眼鏡をかけた黒いセーラー服の女の子。……日本人の、女子高生だろうか?
ぴんと伸びた背筋や、凛とした眼差しが、研ぎ澄まされた刃を連想させる。
その彼女が、ボクらの事を威嚇するように睨みつけていた。

「……あの方に対して、何か良からぬ事を考えているなら止めた方がいい。お前達より先に、私の刀が動く事になる」
女の子の手には──細長い布の袋に入った、棒のような物が握られている。
……い、今『刀』って……まさか……日本刀?
じょ、冗談じゃない。ボクらはただ、あの人達を見ていただけで────
ボクがそう言い返そうした時、セレスさんが進み出た。
「ご冗談を。あちらの方が知人に似ていたので、見ていただけですわ。……どうやら、他人の空似だったようですが」
セレスさんの口調はごく自然で、口元には笑みさえ浮かべている。
何を勘違いしたのか知らないが、これにはさすがの相手も緊張を解いた。
「む……そうか。それは失礼──」
黒セーラーの女の子が頭を下げかけると同時に、今度は反対側から声が飛ぶ。
「おいペコ、何やってんだ! さっさとこっちに来い」
見れば声を上げたのは、あの黒服の少年だ。
ペコと呼ばれた少女(やけに可愛い名前だな……)は改めて軽く頭を下げ、黒服の集団に向かって駆けていった。
「どうにも、おかしな人達ですわね。……やれやれ、ですわ」
また変な誤解をされてはたまらない。のんびりため息をつくセレスさんを急かしつつ、ボクらはその場を離れた。
しばらく歩いて黒服たちが完全に視界から消えてから、セレスさんに尋ねる。
「それで、結局あの人は知ってる人だったの? さっきは他人の空似って言ってたけど……」
「さあ? さっきのは口から出まかせというやつで……。
 まあ、少し考えても思い出せないという事は、たいした人物ではないのでしょう。今のわたくし達には、関係ありませんわ」
「そ、そう……」
何だか脅かされ損のようだが、セレスさんがそう言うなら追求しても仕方がない。
ボクらは気を取り直して、朝の計画通りに遺跡観光へと向かう事にした。
空港から出て大通り沿いに進めばすぐに『ビーチ』があり、そこを通り過ぎると『中央の島』への橋がある。
中央の島の『公園』も観光名所らしいが、今回は素通りし、さらに別の橋を渡った先の『二番目の島』に目的の『遺跡』があるという。


二番目の島の『遺跡』──木々に覆われた、巨大な石造りの建造物。ここが単に「遺跡」としか呼ばれないのには理由がある。
それは、この巨大な建物がいつ造られたのか? 誰が? 何の為に?
そもそも、建物の内部がどうなっているのかさえも──全てが謎に包まれているからだ。
現地人の間には、ただ神聖なものとだけ伝わっていて、それゆえに一切触れる事ができず、調査が進まない……

……そんな解説を、ガイドの人が英語と日本語を交えてしてくれているのだが、
セレスさんはひたすら退屈そうに余所見をしたり、欠伸を繰り返していた。
ボクは何だかとても申し訳ない気がして……彼女の分まで意気込んで解説に耳を傾ける。
そしてようやく観光案内が終わり、ガイドが帰った後、すかさずセレスさんが口を開いた。
「……やっと終わりましたわね。これなら、学園の授業を聞いていた方がずっとマシですわ。
 貴重な遺産と聞いて、ヴェルサイユ宮殿のような美しい建物を期待していましたのに、ただの古い石の塊だったなんて……」
まるで失望を隠さない口調に、ボクは苦笑するしかない。
そこまで期待するのは、さすがに無茶だろう。セレスさん好みの綺麗なお城が、こんなジャングルの中にある訳がない。

「もう、お昼ですわね。そろそろ食事にしましょうか。ここは暑くて耐えられませんわ」
言われてみれば、お腹が減ってきている。確かに昼食にはいい頃合だろう。
ここに来るまでの道を辿れば、『図書館』、『ドラッグストア』、『ダイナー』、そして『中央の島』へ戻る橋が順に並んでいるはずだ。
次の目的地をダイナーに決め、ボクは日傘を差したセレスさんと一緒に歩き出す。
と、その時──突然、後ろから肩に何かがぶつかってきた。前につんのめって転びそうになるが、何とか踏みとどまる。
見ればボクらの後ろから歩いてきたらしい、二人組の男がさっさと歩き去ろうとしていた。
一人は、サングラスをかけた若い男。もう一人はいくらか年上で、がっちりした体格の大男。肩には大きなスコップを担いでいる。
どちらもあまり人相の良くない外国人で……ボクらの事を軽く一瞥しただけで、足を止めようともしない。
な……なんだ、あの二人? そっちからぶつかってきておいて……。
「大丈夫ですか、苗木君。……全く、何て失礼なんでしょう。ちょっと文句を──」
「い、いや、それはいいよ! 別に怪我した訳でもないし……」
気持ちは嬉しいが、あんな連中に突っかかっていって、トラブルになったら大変だ。ボクは慌ててセレスさんを引き止めた。
彼女は華奢で可憐な外見ながら妙に気が強い所もあって、時々思いがけない行動に出る。
いつもながら、セレスさんからは目が離せないな。もう慣れたけど……。

「あら。そこ、何か落ちていますわよ。苗木君の物ですか?」
ふいにセレスさんが地面を指差して言った。そこにはさっきまで無かった、折り畳まれた紙が落ちている。
ボクは首を横に振り、それを拾い上げながら答えた。
「いや、ボクのじゃなくて……さっきの二人が落としたんじゃないかな。今追いかけたら、間に合うかも──」
「必要ありませんわ。あんな連中に、そこまでして差し上げる義理はないでしょう」
まあ、確かに──彼らの去って行った方を向いても、すでに背中も見えない。
でも、だからと言って、こんな物を自然の中に捨てていく訳にもいかないよな……。
一応中を確かめてから、大事な物なら警察に届けて、そうでないならどこかのゴミ箱に捨てる事にしよう。
そう思って、紙を開いてみたのだが──
「……どうかしましたか、苗木君?」
一瞬呆気に取られたボクに、セレスさんが問いかける。ボクは開いた紙を差し出して、逆に聞き返した。
「これ……どういう意味だろう。どこかの国の言葉かな?」
その紙にはボールペンか何かで、アルファベットと記号…? が走り書きされている。

『EB=P=DDLR』

「さあ……アルファベットはわかりますが、間に入っているのは『イコール』の記号でしょうか?
 いずれにせよ、意味不明ですわね。こんな物はさっさと捨てて──」
言いかけて、今度はセレスさんが黙ってしまった。顔から表情が消え、視線は紙の上に釘づけだ。
何か閃いたのかと思い、邪魔をしないようにこちらも口を閉じる。
そして数十秒後──彼女はふいに微笑を浮かべた。

「苗木君。これは、もしかして……暗号、ではないでしょうか?」
「暗号って……何の?」
「決まっているでしょう。宝の在り処を示す暗号ですわ」
自信たっぷりに断言するセレスさんだが、唐突過ぎてこちらは全くついていけない。
どうしてそう思うのか聞き返すと、彼女は得意げな口調で切り出した。
「今朝、ホテルの喫茶店で宝探しの一行を見たでしょう。
 ここジャバウォック島ではああいった宝探しのお客様が珍しくない──ここまではよろしいですね?」
「うん。でも、それがどうしてこのメモと──」
「そのメモが、さっきの二人組の物である事は疑問の余地がありません。彼らの格好を、もう一度よく思い出して御覧なさいな」
言われるままに記憶を辿り、二人の男の姿をよく思い浮かべてみる。

一人は、サングラスの若い男で──服装は、確かTシャツにジーパンというラフなものだった。
もう一人は、レスラーみたいながっちり型の大男。肩には少し汚れた大きなスコップを担いでいた。
二人に共通しているのは、あまり人相の良くない外国人という点。
髪や肌の色から、日本人でも現地人でもない事は一目でわかる……。

「明らかに島の外から来た人間ですわよ。あんな大きなスコップを担いで、宝探し以外に何をすると言いますの?」
「うーん……そう、だね。まあ……」
些か飛躍しすぎのような気もするが、特に否定する材料も見当たらない……。
「あの活動的な服装も、きっと宝を掘り出す作業の為ですわ。
 ──彼らは伝説の海賊の宝の在り処を、長年の調査の結果、突き止めた。
 それをメモに書いて──元々あの暗号の形だったのかはわかりませんが──現地を確認します。
 確認の結果、宝がそこにあると確信したので、町に戻って人手を集める事にした。──わたくしなら、ここまで想像しますわ」
まるで見てきたように話すセレスさん。ここまではっきり言われると、段々こちらも引き込まれてくる。
ボクが何度も頷くと、セレスさんは満足げに微笑んだ。
「そこでですわ、苗木君。偶然このメモが手に入ったのも、幸運というものです。
 わたくし達でこの暗号を解いて、先に宝を頂いてしまいましょう」
「ええっ!? そ、それはまずいよ! それじゃ泥棒──」
思わず叫んだボクを、セレスさんが軽く睨みつける。
「もう、人聞きの悪い言い方をしないで下さい。だいたい、宝の本来の持ち主は大昔の海賊ですわよ。
 泥棒と呼ぶならさっきの二人組も──いえ、海賊だってそうではありませんか」
「う……ん。……それは、そうかもしれないけど……」
こちらが言い淀むと、セレスさんは少し表情を緩めて言った。
「まあ、『先に頂く』というと少し語弊がありますわね。……知っていますか?
 埋蔵金のような遺物が見つかった場合、第一発見者にも一定の権利があるという事を。
 あわよくば、あの二人組の『発掘』を手伝って相応の報酬を頂く、という事でも結構です」
それなら……いいのかな。……いや、でもまだ何か釈然としない……。
なおも悩み続けるボクに対して、セレスさんは今度は諭すような口調になった。
「もちろん、ここまでのお話は全て仮定のものですわ。『だったらいいな』ぐらいの夢の話でいいじゃありませんか。
 上手く宝が手に入ったら、それをどうするかはその時考えればいいのです。
 ねえ、苗木君。ちょっとしたレジャー……遊びのつもりで、わたくしと一緒に宝を探してみませんか……?」
セレスさんはそっと、ボクの顔を覗き込んだ。綺麗な……瞳が……心なしか懇願するように潤んで見える。
ボクは一瞬、思考を失い……つい、首を縦に振ってしまった。すかさず、無邪気に笑うセレスさん。
「うふふ、決まりですわね! では早速、この暗号をやっつけてしまいましょう。
 市街地まで戻って、ダイナーでランチを頂きながら、ね」
セレスさんが軽やかな足取りでそちらに向かうのを、ボクは慌てて追った。
……これで、良かったのかな。でもセレスさんは楽しそうだし……まあ、いいか……。

市街地の『ダイナー』──ダイナーというのは簡易食堂という意味で、ファーストフードに近いお店のようだ。
ちょうど昼時という事もあり店内は盛況だったが、運よく待たずに席につく事ができた。
注文したハンバーガーを齧りながら、もう一度さっきのメモを見直してみる。
『AB=P=DDLR』
「……まずは、暗号の中で一番に目に付く、この記号に注目してみましょうか。
 これがイコールだとすれば“ABとPとDDLRは等しい”という意味になりますわね。
 さて苗木君、“等しい”これらのアルファベットに心当たりはありますか?」
ボクは少し考えて、首を横に振った。まずアルファベットの意味がわからないが──
それが等しいからって、宝の在り処を表せるとは思えない……。
「……いいでしょう。では記号の件は置いておいて、次はこちらのアルファベットです。
 暗号の定番といえば、文字の順番をずらしてみるやり方がありますわ。
 例えば、『あ』を後の『い』に変換したり、『B』を前の『A』に変換するという具合にです」
「へえ、そんな事よく知ってるね」
ボクは素直に感心したが、セレスさんはつまらなそうに言った。
「ただの受け売りですわ。ある人物の。……とにかく、やってみましょう」
セレスさんが取り出したレシートの裏に、ペンで書いてみる。
『BC=Q=EEMS』──これが後にずらしたパターン。
『ZA=O=CCKQ』──これが前にずらした……AをループさせてZにしたパターンだが……やはり、意味不明だ。
「……チッ! どうやら、これも違うようですわね……。
 ──苗木君、今度はあなたが意見を出して下さい。そろそろ何か思いつく頃でしょう?」
「うーん……そう言われても……」
期待に満ちたセレスさんの視線を受けながら、必死に頭を回転させる。
アルファベットが並んでいる所を見ると『TV』や『USA』みたいな何かの略称みたいだけど、こんな略称は無いだろう。
単にボクが知らないだけかもしれないけど──わかるとしたら、一文字だけの『P』か。
「プロデューサー……パーキング?」
思わず口にした言葉に、セレスさんの眉がぴくりと動いた。
「なるほど、真ん中の『P』に注目したのですね。パーキング──駐車場とすれば、場所を示すには適当かも……」
「いや、でも他のはやっぱり意味がわからないし……」
「まあ、他にいい仮説も浮かびませんし一応確認してみましょう。
 案外、この島の中央あたりに立派な駐車場があるのかもしれませんわよ?」
セレスさんが取り出したのは、ジャバウォック島全体を描いた簡単な地図だ。
観光案内用としてホテルや土産物店が置いているのを貰ってきたのだろう。
さほど期待もせず、地図の中央に目をやると────あった……!
『Park』──公園。しかもこれは『中央の島』にある唯一の施設だ。
偶然か? いや……『P』が中央の島を示しているのだとすれば、こっちの意味も理解できる。
「アルファベットの間の記号はイコールではなく、島と島を結ぶ『橋』の絵だったのですね……!」
ボクは興奮を覚えながらセレスさんの言葉に頷き、暗号と地図を見比べてみた。

Aは、Airport──『空港』。Bは、Beach──『ビーチ』。……ここまでが1番目の島だ。
橋を渡って中央の島のPは、Park──『公園』。そこを通ってもう一度橋を渡る。
残るは『DDLR』……これらの頭文字が全て揃う島は──今、ボクらがいる2番目の島か。
Dは、Diner──『ダイナー』。次のDは、Drugstore──『ドラッグストア』。Lは、Library──『図書館』。

ここまで地図を指でなぞって、気づいた事がある。
暗号に書かれた施設は、全て各島の大通りを通れば順番に追えるのだ。つまり──
「この暗号……空港からの道順をメモしてあったのですね……」
恐らく、セレスさんの言う通りだろう。このメモを落としたのは島の外の人間らしい二人組。
不案内な土地で地図も持たず、移動しながら視界に入った施設の頭文字を順にメモしていった。
ただ道順を書き留めただけで……書いた本人は暗号のつもりなんかなかったに違いない……。
「じゃあ……目的地は最後の『R』だよね。これは、えっと──」
「Ruins──わたくし達があの二人組と遭遇した、『遺跡』ですわ」


「転ばないように、足元をよく照らして下さいね」
セレスさんの声が、暗い洞窟の中で反響した。ボクは緊張で汗ばむ手に懐中電灯を握り直し、ゆっくりと歩を進める。
ここは、『遺跡』裏の崖にぽっかり開いた穴の中。何故、ボクらがここに来たのかというと──

宝が遺跡にあるとは言っても、遺跡のどこを探せばいいのかわからない。
ともかく、暗号の落とし主がスコップを持っていたので、それは必要になるだろうと、土産物店に入った。
そこは宝探し目的の観光客を当て込んで、懐中電灯や携帯食料なども扱っているお店だったのだが、
ボクらはそこでさらに有力な手がかりを得る。お喋りな店主のおばさんによると──
数時間前にも、二人組の男がここでスコップを買っていったというのだ。
さらに彼らは、遺跡裏の洞窟の場所までも尋ねていったらしい。

「ここ、どのくらいの深さがあるのかな。あんまり深いと、ボクらだけじゃ危ないよ?」
不安を口にすると、セレスさんが冷静な声で答える。
「心配は要りませんわ。ここはずっと昔、宝探しがブームになった頃に掘られた穴だそうです。
 天然の洞窟ではないので、まっすぐ20メートルほどで行き止まりになるのだとか」
それを聞いてホッとしたが、同時に微かな違和感も覚える。
じゃあ、一度探して何も見つからなかった場所って事だよな……?

歩き続けると、ふいに道が開けて小部屋のような空間にぶつかった。
懐中電灯を左右に振ってみるが……どうやらここで行き止まりになっているようだ。
「えっと……もう終わりみたいだけど……特に何も無さそうだよ?」
がらんとした小部屋で目に付くのは、土の壁と石ころばかりだ。少し拍子抜けしながらセレスさんの方を振り返る。
「そんなはずは……もっとよく調べて下さい。──ほら、そこは……?」
セレスさんが自分の手に持った懐中電灯で照らす先──レンガに似た四角い形の石が壁際に落ちている。
ボクは言われるままに石に近づき、しゃがみ込んでみてハッとした。
この石自体はどうという事のない、ただの石だ。だが、よく見ると周りの土の色が違う……!
「誰かが、一度その石の下を掘ったのかもしれませんわね。そして石を目印に──」
……とにかく、掘ってみよう。自分の懐中電灯を地面に置き、石をどかして両手でスコップを構える。

……ボクもセレスさんも無言になり、黙々と土を掘る。
一度掘られた場所だからだろうか、幸いにも地面は思ったほど固くなく、ボクの腕でも順調に掘り進める。
……ざくっ、ざくっ、ざくっ……。洞窟の中に、ボク自身の呼吸と土をかく音だけが続き──数分後。
ようやく50センチほどの深さの穴が出来上がり、本当にここに宝があるんだろうかと不安になり始めた時──
────スコップの先端が、何か弾力のあるものに当たった。
「セレスさん、ここ、照らして……!」
地面の中から僅かに顔を覗かせたのは、皮製の何かのようだ。


そこからは勢い込んで一気に掘り進め──やがて、ボクらはそれを見つけた。
「これは、皮の……旅行鞄だね。どう見ても」
大人の腕で一抱えはありそうな……しかし、ありふれた皮の旅行鞄だ。さほど高級そうにも見えない。
これが、海賊の宝……? 何と言うか……あまり“らしくない”ような……。
「……苗木君、早く開けてみて下さい」
穴の中から鞄を引上げる。見た目よりかなり重い。セレスさんに手元を照らしてもらいながらファスナーに手をかけた。
じゃらっ、という音と共に鞄の中から現れたのは──
電灯の光を反射し、きらきらと輝く色とりどりの宝石たち。鞄一杯に詰め込まれた大半が、色からしてダイヤモンドだ……!!
……本物……なのか? いや、でも、まさか、そんな──
想定を超える──本当に宝があった事も含めての──成果に、喜べばいいのかさえわからず、ただただ動揺した。
そんなボクを尻目にセレスさんは喜色を露に声を上げる。
「うふふっ、やりましたわ! これだけあれば、きっと──」
が────ふいに懐中電灯の明かり以上に小部屋全体が明るくなり、ボクらの表情は凍りついた。
いつの間にかボクらが来た通路の方──洞窟からの唯一の出口に立ち塞がるようにして、男が立っている。
彼の手にあるのは煌々と辺りを照らす大型のランタン。
そして反対側の手には、黒光りする拳銃が握られていた……。


目の前の若い男の服装──サングラスこそかけていないが、見覚えがある。例の二人組のうちの一人だ。
彼は銃を構えたままランタンを足元に置き、不快そうにボクらを睨みつけながら何か英語で言った。
「『それは自分の物だ、返せ。』……と、おっしゃっていますわ」
感情を押し殺した声で囁くように、セレスさんが教えてくれた。……この状況──とても冗談やハッタリとは思えない。
こいつ……宝探しの観光客なんかじゃなく、もっと危険な──犯罪者だったのか……!?
早く逃げなくてはとは思うものの、相手を刺激してしまいそうで下手に足を動かせない。
「セ、セレスさん、こっちへ来て」
からからに乾いた喉で、なんとかそれだけ搾り出すのがやっとだった。
セレスさんは無表情のままボクの方をちらりと見て、微かに頷く。
そして一旦、両手を上に上げたポーズを作ってしゃがみ込み、宝石が入った鞄のファスナーを閉めた。
「苗木君、あなたも手を上げて。じっとしていて下さい」
ボクは言われた通りに手を上げ、固唾を呑んで彼女の動きを見守る。
セレスさんはゆっくりとした動作で鞄を持ち上げ、男の方に近づいた。
……大人しく、鞄を渡すんだな。それがいいだろう。後は、彼がこのまま立ち去ってくれれば──
──そう思って見ていたのだが、セレスさんの行動はボクの想像を軽く超えた。
「あ……」
何かに気づいたように、小さな声を上げるセレスさん。
通路の方に向かって、早口の英語でさらに続ける。恐らく、『お巡りさん、こっちです』──そんな所だろう。
真に迫った口調に、男がびくりとして首を後ろに向けようとした時──全ては一瞬の出来事だった。
銃を持った手が下がるや否や、尖ったヒールの先で男のスネを思い切り蹴っ飛ばす。
微かな悲鳴を上げ、反射的に体勢が崩れた男。
彼の頭上から、すかさず振り下ろされる宝石の詰まった鞄。
男はうめき声を上げて地に伏し、そのまま動かなくなった……。

「……ふぅ。意外と何とかなりましたわね」
落ち着き払ってため息をつくセレスさん。ボクは思わず叫んでいた。
「な、何とかじゃないよ! 本当に、危ない事しないでよ……!」
運よく助かったから良かったものの、一歩間違えば大変な事になっていたはずだ……!!
冷や汗を拭いながら抗議したが、セレスさんは事も無げに言ってのける。
「まあまあ。二人とも無事だったのですから、いいじゃありませんか。
 ……いえ。わたくしもこう見えて、無我夢中だったのですよ?」
…………。もう……どっと疲れて……返す言葉もない……。


「さて、これからどうしましょうか?」
セレスさんに言われ、まず気になったのが倒れたままの男の事だ。
恐る恐る近づいて調べてみると、ちゃんと息はしていてホッとする。
「まず……さっきのお店に行って、警察を呼んでもらおう。早くこの人を捕まえてもらわないと」
「そうですわね。……それまで、“これ”は預かっておきますわ」
セレスさんが拾い上げたのは、男が持っていた拳銃だ。
ひとまずの脅威は去ったが、いつ彼が目を覚ますかと思うと気が気じゃない。
一刻も早く洞窟から出よう────そう思って、出口の方を振り返ったその瞬間。
ボクの思考はまたも……驚きと絶望のあまり、停止する。
いつの間にやってきたのか、さっきとは別の男が通路の側に立っていた。
ああ……そうだ。仲間が、いたんだった……。
現れたのは、大きなスコップを担いだレスラーのような大男。
彼もまた、ボクらが洞窟から出るのを阻むようにして立ち、こちらの動きをじっと見つめている……。


大男は……こちらの様子を伺いながら、ずっと思案を巡らせていたのだろうか。突然、軽く口笛を吹いてにやりと笑った。
獲物を目の前に、舌なめずりする獣のような……残忍な笑みに、ぞくりとする。
「この方は……どう考えても、正義の味方ではありませんわよね?」
セレスさんが小声で言った。……同感だ。
彼がボクらを助けに来たのなら、まずは大丈夫かと尋ねてくるだろう。
ましてや今、倒れている男の連れだったのだ。助けるならそちらの方に決まっている。
……だが、大男は仲間を助け起こすどころか、声をかけようともしない。
余裕に満ちた表情から、こちらを警戒しているわけでもなさそうだが……。
不審に思って見ていると、男が何か口にした。また英語だ。
その言葉に、セレスさんが一瞬、小さな肩をびくりと震わせる。
「な、何? 今何て言ったの?」
尋ねると、彼女はことさらのように感情を殺した声で答えた。
「『宝石は、俺が貰う。お前達はそいつと一緒に寝ているといい。……そこの、穴の中で』」
「え……」
ボクが聞き返すのと同時に、男はスコップを振って足元の地面を叩いた。
それは石を打ち、がんっと乱暴な音を立てる。こちらを威嚇する、ひどく暴力的なジェスチャーだ。
……じょ、冗談だろ? と言いたいところだったが……男の目は少しも笑っていない。
ボクの頭はようやく差し迫った危機を理解し、全身の血の気が引いた。

大男が、ゆっくりとこちらに足を進める。
……なんて、事だろう。彼は……仲間もろともボクらを始末して、宝を独り占めするつもりのようだ。
こんな所で……ボクとセレスさんは、ここで終わりなのか……?
いや……考えるんだ。何とか、この状況を切り抜けて……ボクらが助かる方法を……!
必死に考えれば考えるほど気が焦り、思考は空転する。その間にも、一歩一歩近づいてくる大男。
……ダメだ、せめて、彼女だけでも────
もはや祈るような気持ちで、セレスさんと男の間に体を入れた。
すると──突然、男がぴたりと足を止める。
「苗木君、どいて下さい」
見れば、セレスさんが両手で拳銃を構えていた。
華奢な白い手が狙いをつけるのは、歩みを止めた大男の胸だ。
だが、大男はこの状況でも余裕たっぷりに口元を歪める。
──『小娘が。やれるものならやってみろ』──そう言いたげに。
彼はただの脅しだと判断したようだが……ボクは違った。
ランタンの灯りの揺らめきのせいじゃない。引き金にかけられたセレスさんの指も、唇も──確かに震えている。
────彼女は、本気だ。
そう思った瞬間、ボクの頭の中に様々な言葉や映像が一気に溢れ出した。
──撃つのか、この男を。ボクらの身を守る為に。悪人だから、構わない……? 
こんな時に思い出すのは、平凡で退屈ないつもの日常。
──記憶の中のセレスさんは、いつも優雅に微笑んでいる。クラスの仲間達に、時にはボクに……。
……ボクは────考えるより早く、セレスさんの持つ銃に手を伸ばしていた。
「駄目だよ、セレスさん」

「駄目……とは? あなた、まさかこの状況でも他人を傷つけるのは良くないと言いますの?」
セレスさんは、とっくに“覚悟”を決めていたのだろう。
銃口を男に向けたまま──邪魔をするな、と言わんばかりにこちらを睨みつけてくる。
「そう、じゃなくて……嫌なんだ、ボクは」
理屈が通らない事は自覚していた。それでもボクは──とにかく、思い浮かぶままに話を続ける。
「ボクは、セレスさんに……その手を汚して欲しくない。それを撃って、今、助かったとしても……
 ……いつかきっと、その事が……君にとって、すごく重荷になるんじゃないかって、そんな気がするから……。
 それで、セレスさんが……この先ずっと、今までみたいに笑えなくなったら……そんなのは、嫌だよ……」
言いながら、ボクは何故か無性に悲しくなって、目頭が熱くなるのを感じた。
今、鏡を見たら……とんでもなく情けない顔が映っている事だろう。
そんなボクに、セレスさんは怒りと戸惑いが入り混じったような表情を見せる。
「だったら……このまま、大人しく彼の手にかかれと……!?
 それとも、あなたが撃つのですか、この銃を……!?」
セレスさんの声には、珍しく感情を露にした、叫ぶような響きがあった。
彼女とは逆に……ボクの心は少しずつ落ち着きを取り戻していく。
「…………ボクが、こいつに飛び掛る。力では絶対に敵わないだろうけど……
 一秒でも長く時間を稼ぐから、セレスさんはその隙にここから逃げて、助けを呼んで」
セレスさんは目を見開いて一瞬絶句した。
「でも、それでは……あなたが……」
今、大男は……ボクらのやりとりを訝しげに眺めながらも、変わらず立ったままだ。
……思った通りだ。やっぱり、こいつは日本語がわからない。
「……大丈夫、ボクに任せてよ。君は、絶対にボクが守るから。
 ────ボクは、セレスさんのナイトなんだから……当然、でしょ?」
「な、苗木君……今、何と……?」

ボクの策は大男が油断しているうちに実行しないと、まず成功しないだろう。これ以上、悠長に話している暇はない。
ボクは会話を切り上げ、僅かに腰を落として身構える。
「ヒールを脱いで走れるように、準備をしておいて。ボクが動いたら、一気に横を走り抜けるんだ。……いいね?」
囁く声に、微かに頷くセレスさん。
──これでいい。大丈夫だ、勝算はある。いつか、クラスメイトの“超高校級の格闘家”がしてくれた話を思い出す。
相手は体格が大きく、柄の長い武器を持っている。リーチが大きい分、懐に入ってしまえば安全だ。
重心をしっかり落として、全力で食らいつけば、小柄なボクでも簡単には引き剥がされない。
最初の膝の一撃にだけ注意すれば──後はきっと、何とかなる。
大丈夫、大丈夫。そう何度も自分に言い聞かせて……ボクは覚悟を決めた。
……よし、行くぞ!
地面を蹴る為に、右脚に一気に力を込めて────その瞬間、予想外の事が起こった。
大男の背後に、突然湧き出したような人影。
その人物が腕を振り上げると同時に、ひゅんっと空を斬る音がして──鈍い音が続く。気がつけば、大男は地に膝をついていた。
そしてそのまま……前のめりに倒れてしまう。ボクは唖然として、その場に立ち尽くす事になった……。


「お前達は、空港の────ここで、何があった? 差し支えなければ、聞かせてくれ」
気絶した大男に代わって前に出てきたのは、空港で出会った黒セーラーの女の子だった。
彼女の手には、木刀が握られている。この人が男を打って……助けてくれたのか……。
何とか質問に答えようとは思うのものの、急激に力が抜けて言葉が出ない。
セレスさんと顔を見合わせるが、彼女も同じのようだ。
もたついているうちに、バタバタと音がして次々と人が集まってくる。
「よくやったな、ペコ──って、誰だこいつら? 何でここにいる?」
続いて現れたのは、強面の黒服たちを従えた少年。彼も、空港で見た人物だ。
君は誰で、何故ここにいるのか──聞きたいのはこちらも同じだ。
しかしそれを話すには、ボクらの気持ちが落ち着くのを待つ必要がある……。

黒服たちが倒れた二人組を洞窟の外に担ぎ出した頃、ボクらは黒スーツの少年にかいつまんで事情を説明した。
少年は一通り話を聞くと、「ふーん、そうか」とだけぶっきらぼうに言って黙ってしまった。
今度はこちらが説明を求めたのだが、さっさと洞窟から出て行こうとする。
見かねたように、そばで控えていた黒セーラーの女の子が声を上げた。
「ぼっちゃん。少しくらいは話してやってもいいのでは?」
「その呼び方はやめろっつってんだろ!」
声を荒げる少年だが、少し空気が和んだ。すかさず疑問を口にする。
「えっと……ぼっちゃん、って事は……もしかして、どこかの会社の御曹司……ですか?」
つい敬語になってしまった。少年は忌々しそうに眉に皺を寄せて口を噤む。代わって、女の子の方が答えてくれた。
「いや。この方は、九頭龍組の次期組長──九頭龍冬彦ぼっちゃんだ。
 ……お前達も、九頭龍組の名ぐらいは知っているだろう?」
九頭龍組──! もちろん知っている。構成員は3万人を超えるという、日本最大の指定暴力団……!
ボクが驚くと同時に、セレスさんも何か閃いたように手を打った。
「思い出しましたわ! 賭場で何度かお見かけした事があります。
 ──“超高校級の極道”九頭龍冬彦。わたくし達の、学園の先輩じゃありませんか……!」
え……先輩……? というか、極道って……ボクが言うのも何だけど、あの学園……何でもアリなんだな……。
「何だぁ、テメーらも希望ヶ峰かよ? ……ったく、世間は狭めーな」
「わたくしは“超高校級のギャンブラー”のセレスで、こちらが“幸運”の苗木君。希望ヶ峰学園の78期生ですわ」
同じ学校という事だけでも、親近感が湧いてきた。黒セーラーの女の子も頬を緩める。

「私は辺古山ペコだ。幼い頃から九頭龍組の世話になっていて、“超高校級の剣道家”と呼ばれている。
 私とぼっちゃんは77期生だから、確かに私達の方が先輩だな」
“超高校級の剣道家”──どうりで、あんな大男を一撃で倒せた訳だ……。
とにかく、これで話を聞きやすくなった。彼らの説明は──“業界”の事を素人には詳しく話せないらしく、
曖昧で断片的な部分しかなかったが──足りない分は、ボクの想像で補う事にする。

あの二人組の外国人は、九頭龍組の末端組織の構成員だった。
彼らは宝石の“取引”の仕事をしていたのだが、預かった宝石を持って海外に逃げてしまう。
そこで次期組長として、その“処理”に当たる事になった九頭龍先輩と、護衛役の辺古山先輩。
子分の黒服たちを連れて逃亡先のジャバウォック島にやって来たのだが……
空港でそれに気づいた二人組は、逃亡の邪魔になる宝石を一旦、隠して島から離れる事にした。
そして宝石を洞窟に埋め、その場所をメモして帰る途中でボクらとぶつかって──

「じゃあ、やっぱり宝石は海賊の宝じゃなかったんだね。セレスさん……」
目配せすると、彼女は小さくため息をついた。
「本来の持ち主が現れた以上、仕方ありませんわね。あれはこちらにお返ししましょう」
「へッ、当たり前だ。これに懲りたら、もう妙な話に首突っ込むんじゃねーぞ」
皮肉めいた笑みを浮かべた九頭龍先輩は、宝石の鞄と拳銃を持って、今度こそ洞窟を出て行った。
続いて、辺古山先輩も目礼してボクらの方に背を向ける。それを引きとめ、気になっていた事を尋ねた。
「あの……ところで、さっきの二人組は……?」
「とりあえず一度、日本に連れて帰る。最終的な処分は組長が下されるが……それは知らない方がいいだろう」
そう言われると、二の句が継げない。改めて辺古山先輩にお礼を言って、別れを告げた。
洞窟の小部屋の中には、ボクとセレスさんだけが残される。

「とにかく……二人とも、無事で良かったね。苦労したわりに何も手に入らなかったのは残念だけど……」
今頃になって、危機から脱出できた実感がじわじわと湧いてきた。
ボクらが無事なのが一番だが、あれだけの宝石が本当に海賊の宝だったら、と思うと少し惜しい気も……。
ボクの言葉に、セレスさんは意外にも首を大きく横に振った。
「いいえ。とても素敵なものが見つかりましたわ。あるいは宝石なんかよりも、ずっと価値のあるものが……」
言いながら、じっとボクの顔を見つめるセレスさん。ボクは首を傾げて聞き返す。
「宝石より……? それって──貴重な人生経験、とか?」
「うふふ、違いますわ。石丸君じゃあるまいし……」
セレスさんは何故か上機嫌で、含みを持たせたまま洞窟の出口に向かって歩き出した。
……?? ──まあ、いいか。その辺りの事は、また次の機会に聞かせてもらおう。
ボクは懐中電灯を拾い上げ、彼女の背を追った……。

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