「シンデレラな霧切さん」

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鹿児島のシンボルは活火山であり、頻繁に火山灰を舞い上がらせて県内各地にそれを降り積もらせている、
というのは知識として知っていたけれど、これは予想以上だ。

――鹿児島を、桜島を甘く見ていた。




私、霧切響子は探偵の依頼で鹿児島に来ていた。依頼自体はそんなに難しいものではなく情報収集と実行とで2日間かけるだけで済んだ。
予定としていた滞在期間は3日間だったのだけれど、1日空きができてしまった。

「霧切さん、明日は僕と観光でもしない?」

助手として付いてきてくれた彼――苗木誠君が、さっさと帰るかどうするか思案している私に提案してきた。
苗木君は初日に、鹿児島に来るのは初めてだと言っていて、桜島を目にした時もあからさまに感動していた。その姿を思い出すのは容易いことだった。
そういう私も鹿児島に来るのは初めてだ。情報を武器にする職業柄、知識としてだけはどんな場所なのかは知っていたけれど、
百聞は一見に如かずとはまさにこのことを言うのだろう。

錦江湾の向こうに見える、資料としては見慣れていたはずの桜島は思ったよりお大きく壮大でインパクトも強く、
この日は天気にも恵まれてその姿をハッキリと目にすることが出来た。

「そうね、たまには気分転換に観光っていうのも悪く無いわね。」

私が苗木君の提案に頷くと、彼は大きな目をさらに大きく見開いて、あの無邪気な笑顔で語り出した。

「あの、僕ね行ってみたい場所があるんだ!前テレビで見てさ、ずっと気になってたんだけど――」


そう言いながら彼はカバンの中から鹿児島の観光パンフレットを取り出した。

「・・・・・・苗木君、あなた観光する気満々だったのね。」
「うっ、ご、ごめんなさい」
「別に謝ることはないわ。それで、どこに行きたいの?」

少しだけ呆れたけれど、それも苗木君らしくて愛しさがこみ上げる。ちなみにホテルは同室なのだけれど、あいかわらず何もないのが少し腹立たしい。
そんな私の考えなど苗木君が知る由もなく、彼は無邪気に話しだした。

「えっと、確かこのページだったかな・・・・・・あった!ほら、霧切さんここ!」
「そうめん流し?・・・・・・流しそうめん、ではないのね。写真を見たところ流しているというか回しているようだけれど。」
「まぁ、それ自体はそう言ってしまったら終わりだけれど、水に囲まれて涼しくて涼をとるにはいい雰囲気みたいだったよ。なんだか鯉とか鱒もたくさん居るらしいし。」
「魚を見に行きたいの?それならば水族館とか――」
「そ、それは違うよ!魚が見たいという訳じゃなくて、ほらっ、鹿児島じゃないと味わえないものっていうのがあるでしょ?そうめん流しなんて向こうでは無いし、
流しそうめん自体もそんなにやる機会が有るわけじゃないしさ。」

確かに彼の言うことは間違っていない。けれど、私が思っていた、あちこち見て回る観光とは少し違う気がしたのだけれど、
彼の顔を見るとそんなことはどうでも良くなってくるから不思議だ。

「あの、霧切さん。駄目、かな?」

あんな捨てられた子犬のような表情を向けられて駄目といえるはずがないではないか。彼のあのころころ変わる表情は天然なのだろうか
、いつもこちらの感情を揺さぶるほどの影響がある。・・・・・・それだけ私の心が苗木君に囚われているという証とも言えるかもしれないけれど。

「別にいいわよ。助手として鹿児島まで付いてきてくれた苗木君の労をねぎらわないといけないとも思っていたし。私も少し”そうめん流し”に興味があるわ。」
「ありがとう!霧切さん!じゃあ、明日はそうめん流しの体験で決まりだね!」

嬉しそうに笑う苗木君につられて私も笑みがこぼれる。やはり私は、彼と一緒ならどんなことでも楽しみなのだ。


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翌日、天気は快晴で気温も高く、涼しい場所でそうめんを食べるには上出来なようで、苗木君はそれを一層喜んでいた。
私達は、帰りの飛行機の時間もあるので一番近い、市内にあるそうめん流しへ行こうと前日の内に話していて、
駅まではバスで行き、その後は電車を利用しようということになっていた。
ホテルを出て、バスに乗っている間は苗木君と今回の仕事の感想や鹿児島関連の雑談をして過ごしていた――といってもほとんど
彼の話を私が聞いていただけなのだけれど。

10分ほどバスに揺られていると私は外の異変に気がついた。

「・・・・・・急に雨雲のようなものが見え出したわね。 確か今日は天気予報でも快晴だったはずだけれど」
「うわっ、本当だ。これはちょっと不安だね。雨降らないでいてくれるかな?」

その言葉通りに心配そうな表情を苗木君が見せた直後にバスは駅へ着いた。
私達がバスから降りると雨雲がどんどん広がって地上まで霞がかかってきており、私達が雨雲だと思っていたそれは身体中に
パラパラと落ちてきた。

「・・・・・・苗木君、これ・・・・・・雲じゃなくて火山灰が降っているんだわ」
「痛っ―― そう、みたいだね。 僕目に入っちゃったみたいだ。 目が開けられないよ」
「とりあえず、このままでは灰まみれになってしまう、というかすでになっているけれど、近くの建物に入りましょう」

私は目が使えない苗木君の手を引いて近くの建物へ駆け込むことにした。
正直私も目を開けているのがつらいほどに、上からは容赦なく火山灰が降り、下では積もった灰が風や人の動きによって舞い上がり、
見るもの全てが灰色に染まっていた。

「目、大丈夫?」

苗木君を連れて電車の改札口前まで来た私は、まだ少し涙目な様子の彼に尋ねた。

「うん、なんとか取れたみたい。 それにしても火山灰ってこんなに降るんだね。 僕驚いたよ!」
「そうね。でも、これも鹿児島ならではものということで貴重な体験にはなったわね」
「まぁ、そうだけど、これは進んで体験したいものではなかったかな」
「でも、地元の人達には日常茶飯事なことなのでしょうね。 何事もないように平常通りに過ごす彼らを
素直にすごいと思――「わっぜ、へが降っちょらい!汽車も停まってるがね!最悪じゃ!」」

思わず私は声を遮った主の方へ顔を向けていた。私の横で地元の人らしき人が鹿児島弁であろうイントネーションの高低差が激しい
言葉で悪態をついていた。
恐らく、灰が降ったことによって電車が止まっているという意味だと思うのだけれど、どうやら、日常茶飯事であっても交通機関に
多少の支障は出るらしい。

「あの、霧切さん。 電車、運行を見合わせてるみたいだね。これじゃそうめん流しどころじゃないね」

しゅん、と悲しそうに肩を落とした苗木君が言う。バスで行くという手段もあったけれど、電車と違い相当な時間がかかる上に、
そうめん流しは外で食べるものだからこれだけの火山灰が降っていたら快適とは言えそうにない。
正直火山灰によってこんなにも予定が狂うとは思っていなかった。実際に降り積もった火山灰の量も予想以上で、私は鹿児島を、
桜島を甘く見てしまっていたことを痛感せざるを得なかった。

「・・・・・・仕方ないけれど、ここに入ってるお店にも鹿児島料理を出してくれるところはあるし、そちらでお昼はいただきましょう 」

駅のある建物はアミューズメント施設にもなっており、買い物や食事をして過ごすにも困らないようになっていた。
電車は止まっているがバスは通常運行しているようで、空港へは直通の便で問題なく行くことが出来るのでそれは不幸中の幸いだった。

「うん、そうだね。 そうめん流しを体験できなくなったのは残念だけど、他の鹿児島料理も美味しいだろうし、僕はそれで良いよ」
「そう。なら決まりね。 お店はどこにする?黒豚のしゃぶしゃぶ料理店に、黒毛和牛のステーキ、それからホルモン焼き・・・・・・
肉系が多いわね。 あ、白くまのお店もあるけどお昼には向かないようだわ」

私は切り替えが早い苗木君の性格に感謝しつつ、フロア案内の看板を見ながら鹿児島料理を出してくれるお店を挙げていった。
もちろん肉系以外の飲食店も充実していた。けれど今回は鹿児島らしさを味わいたいという苗木君の希望があったので少々限定されるが、
私は苗木君と一緒なら(以下略

「しゃぶしゃぶ料理店なら他にも串揚げとかお刺身とか色々メニューが選べそうだから、まずそこでお昼を食べて、その後に白くまを
食べに行くっていうのはどうかな?」
「あなたがそれで良いのならもちろん賛成よ。それじゃあ、行きましょうか。・・・・・・お店は6階にあるのね」

苗木君の充分すぎる提案に私は頷くと、エスカレーターへ向かおうと歩き出す。

「あ、霧切さん!」

苗木君は私を呼び止めると同時に手を掴んできた。

「・・・・・・どうしたの?」
「ほら、意外と人が多いからはぐれると厄介でしょ?だから――」

彼はそういうと、少し恥ずかしそうに笑った。周りを見ると確かに、都会ほどではないが人にあふれていた。
私達と同様に火山灰から逃れるために入ってきた人が多いのだと思う。

「上に向かうだけで、はぐれるとは考えがたいけど・・・・・・慣れない場所だから念には念を入れるのもいいかもしれないわね」
「でしょ? じゃあ行こうか」

苗木君は笑いながら私の手を引いて歩き出す。この場所で手をつないで歩くというのは周りから見ると極自然な光景なのかもしれない。
なぜなら、このアミューズメント施設にはやたら恋人同士と思われる男女が多く見られたからだ。

私達も、恋人同士に見えているのかしら――

柄にもなくそんなことを考えながら歩いていると、つないだ苗木君の手がよりぎゅっと私の手をしっかり握ってくる。
そして私の方を向いてあの無邪気な顔で言った。

「霧切さん、また二人で鹿児島に来る時は絶対にそうめん流し行こうね!」

二人でまた鹿児島に来るのは決定事項らしい。ずっと一緒にいてくれるのだと自惚れてもいいのだろうか?
そう思いながら私は彼に返事をする。もちろん答えは――

「ええ、絶対に行きましょう」

苗木君がさらに笑顔になり、それだけで私の心も満たされる。
火山灰のお陰で悪いことばかりだと思っていたけれど、彼と一緒に過ごせる機会を増やしてもらえた。

やはり私は桜島を甘く見ていたわね――

次来るときは、完全なプライベートで苗木君と来ようと私は心に決めたのだった。

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「ところで苗木君。 そうめん流しってことは夏にしか来れないのね」
「ええっ! そ、そこは臨機応変に都合に合わせて考えようよ!」

やっぱりバカ正直な反応をしてくれる彼をからからうのは、やめられそうにないみたいだ。

END
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