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「ねえ、霧切さん……?」

偽物が近づいてくる。
彼の声で。彼の顔で。
唯一違うのは、その歪んだ絶望の象徴とも言えるであろう表情だけ。

「……邪魔なのだけれど」

冷静に、いつも通りと自分に言い聞かせてポーカーフェイスを保つ。
偽物ではあるがやはり彼を思い浮かべてしまう辺り、もう私は彼に依存してしまっているのだなと再認識した。

「あはは、酷いなぁ霧切さん。 僕は愛しい愛しい苗木誠だよ? そんなに身構えなくてもいいじゃないか」

「そんなことを言う時点で偽物ですと言っているようなものよ」

歪んだ、彼には似合わない笑みを浮かべて近づいてくる偽物。
私が何を言おうとお構い無しと言わんばかりに近づいてくる速度は段々速くなってくる。

「そうだね。 そうだけどさぁ……霧切さん。 僕はキミに聞きたいことがあってここに来たんだよ」

「……」

そして気付かぬうちに手の届く位置まで近づいていた偽物は、私の頬に手を当てて耳元で囁いた。

「霧切さん……最近、不満なんでしょ……? 僕……いや、本物の苗木誠に相手してもらえないから」

「っ!?」

思わず表情に出てしまい抵抗が遅れてしまった。
それをいいことに、偽物は私を押し倒す。

「……痛……」

「あはは、ごめんごめん。 でも霧切さん、こうでもしないと僕の話聞いてくれないでしょ?」

目の前にある彼のようで彼でない偽物の顔を見て、やはりこいつは彼ではないんだななんてぼんやりと考える。
今、抵抗すればきっとこいつは退くだろう。
でも私にはそれが出来なかった。
……否、しようとしなかった。

「…まだ、何かあるのかしら」

「うん。 というかここからが本番だよ」

「……霧切さん。 キミの願い、僕が叶えてあげようか?」

偽物が放ったその言葉に、思わず固まってしまった。
その誘いは彼に飢えていた私にはあまりにも甘美なもので。
断らなくちゃとわかっていても、直ぐには回答が出ない程で。

「……っ……そんなこと……」

「出来るよ。 だって、僕は苗木誠だから。 例え偽物だとしても、苗木誠だから」

そう言っている偽物の顔は、彼が話をしているときの顔によく似ていた。
だから私は錯覚してしまったのだろう。
彼が苗木誠であると。
そう思っていたかった。

そして、首を縦に振った。

「……霧切さんならそう言ってくれるって信じてたよ。 じゃあ、行こっか?」

「……」

彼は、笑顔で私に手を差し伸べる。
私は無言で彼の手を取り、立ち上がった。

「ふふ、霧切さんとこうやって手を繋げるなんて嬉しいなぁ。 ……どこに行く?霧切さん」

「……貴方に、任せるわ」

私は結局、勝てなかったのだろう。

彼の誘惑に。

自分の中の弱さに。

それほどまでに、私は苗木誠という人間に依存してしまっていたのだ。

「……霧切さん?」

私を心配したらしい彼が私に向けて「大丈夫?」という視線を投げ掛けてくる。

「ええ。大丈夫よ……『苗木君』」

「そっか。 ……キミがどう思ってるかはわからないけど、僕はキミのこと大好きだよ。 ……霧切さん」

嗚呼きっと。

例え、この苗木誠が偽物だったとしても。

私はもう苗木誠のことを手放したくないのだろう。

この先きっと私は後悔する。

だけど、今だけは。

せめて今だけは、この甘美な誘惑に身を任せようと心の何処かで考えてしまっていたのだった。
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