きっかけはコーヒーから

――最近、苗木君の様子がおかしい。

 そう気づいたのは1週間ほど前。
私は過去の失敗から、無闇に人と関わらないようにしていた。極力自分からは話しかけず目立つ行
動も避けていて、端から見れば私は『無愛想な女』といった感じだと思う。中学の頃も同様で、そんな
私に関わろうとする物好きは居なかったし――私を強引に連れ出す、年上の変わった人は居たけど
――むしろ寄せ付けないようにしていた。そしてこの希望ヶ峰学園に入った時もそれを変えるつもりは
なかったけれど、彼が――苗木君がそうさせなかった。
 あれは、学園の生活が始まってまだ5日目のこと。

「霧切響子さん、だよね?」
「……そうだけど、何か用? 苗木、誠君」

 終礼後、皆が一斉に帰り支度を済ませてぞろぞろと教室を去る中、苗木君が私の席まで来た。彼を
見ると、少し緊張しているようだった。それならば最初から話しかけなければいいのにと思う。

「僕の名前覚えてくれてたんだ! 何か嬉しいな!」
「クラスメイトの名前くらい覚えていても別に不思議じゃないと思うけれど。 それで? 私に用があった
んでしょ?」
「うん、そうなんだ。 あの、霧切さん明日の休み何か予定ある?」
「……今のところはないわ」

 私は、「用事がある」と嘘をつこうとも思ったけれど、わざわざこんな無愛想な女の所まで来て話しか
けてくるのだから、彼はよほどの用があるはず。そう私は思ったのだけど、それは大いにはずれてしまっ
た。

「良かったら、僕と一緒にどこか出かけない?」
「……え?」
「あっ、嫌だったら別にいいんだよ!? 無理しなくても……」
「えっと、理由を教えてくれるかしら?」

 彼の意図が全く分からなかった。
 超高校級の幸運として、平均的な学生の中から抽選で選ばれた彼は本当にどこにでも居そうな普
通の少年だった。けれど、5日間の様子を見た所、彼は優しくて誰とでも分け隔てなく接することがで
きる性格で、そこには人が惹きつけられる魅力があるらしい。学園が始まったばかりだというのにいつも
彼の周りには人が溢れ、笑顔に溢れていたのがその証拠だ。
 だから彼が私を誘う意味が分からなかった。他にいくらでも誘える相手は居るのに、わざわざ話した
ことも挨拶の言葉さえ交わしたこともない私を選ぶ意味が。

「霧切さんのことが知りたいと思ってさ」
「…………どうして私のことを苗木君に知られなければならないの? ちょっと唐突すぎてあなたの意
図が分からないわ」

 彼の言うことは予想外すぎる。柄にもなく私は感情的になり、ついきつい言い方をしてしまった。案の
定彼は申し訳なさそうな顔をして肩を落としている。意図は分かりづらいけど、そういう感情的なものは
分かりやすい少年だと思った。

「ほら、霧切さんいつも一人でいるでしょ? 話したのだって今が初めてだし。せっかく同じクラスになっ
たんだからもっと仲良くしたいと思って。 大人数が苦手なのかと思ったからほかのみんなは誘ったりし
てないんだけど……ダメかな?」
「……分かった。いいわよ、別に」

今思えば、この時点で彼にかなり興味を抱いていたのかもしれない。断る理由はいくらでもあったの
に私は彼の誘いを受けることにした。これまでの私だったら絶対にありえないこと。

「えっ!? いいの!?」
「ええ。 さっきも言ったけれど別に予定もないし、あなたみたいな予想外な行動をする人を観察して
みるのも悪くないから」
「予想外って……そんなことないと思うけどなぁ。ていうか何で僕なんかを観察するの?」
「探偵だから。知らないことは知っておいた方がいいわ」
「そっか。霧切さんは超高校級の探偵だったね。やっぱり探偵って色んなことを知ってるものなの?」
「……専門分野とかその人の考え方によると思うわ。そんなことより、明日何時にどこへ行けばいい
の? 誘うからにはどこか行く当てがあるんでしょ?」
「うん。駅前に新しくオープンしたカフェがあるんだ。そこへ行ってみない? 朝カフェっていうのがある
みたいだから9時頃とかはどう?」
「カフェ……。悪くないわね。じゃあ9時前に駅に行けばいいかしら」

 私はコーヒーが好きだった。私が知る限り、この学園の近くにあるコーヒーのおいしいカフェは気軽に
行くには少し遠い場所だったから駅前に新しくできたというのは、かなりの朗報だ。あとは、そのカフェ
のコーヒーの味が良ければ私は常連になるかもしれない。そう考えると、少し楽しみに思えた。 

「そうだ、待ち合わせなくてもさ、部屋が隣なんだから一緒に行こうよ」
「……そういえばそうだったわね」
「時間は……8時半ごろに僕が霧切さんの部屋を訪ねるってことでいいかな?」
「了解したわ。それじゃ、私は帰るわね」
「ちょっと、待って!」
「まだ何かあるの?」
「だからさ、部屋隣なんだから一緒に帰ろうよ」

――本当に私なんかと一緒に居ようと思うなんて変わった人。

「好きにしなさい」

 私は翌日彼との約束通りカフェへ行って、大体は苗木君から色々質問されてそれに答えるといった、
まるでインタビューみたいな時間を過ごした。私も、宣言通り彼を観察していたわけだけど、一週間見
て分かったこと以外に特に新しい発見はなかった。ただ、私と仲良したいだなんて、本当に変な人だ
と思った。
 以来、苗木君は頻繁に私に話しかけてくるようになり、彼の影響で他のクラスメイトも私に遠慮無く接
するようになった。私は中学の時のように人を寄せ付けない、ということをこのクラスでは無理だと諦め
ざるを得なかった。それに、正直少しだけ心地良い、なんて思うこともあったりする。
 ちなみに苗木君と行ったカフェのコーヒーは豆の種類も多く、味もなかなかのもので、私は今でもよく
通っている。

 それから半年ほどが過ぎた今、苗木君がここ1週間、明らかに私を避けている。もともと人と関わらな
いようにしていたから、別段気にする必要もない――と、いつもの私なら気にも留めなかった。今の私
はいつもと違った。最初気づいたときは、気の迷いかとも思ったけど、明らかに私は苗木君のことが気
になっていた。だから、人と関わらないことには慣れていると言っても、そうあからさまに彼に避けられる
のはいい気はしない。
 彼の行動を見張って原因を暴くことも私にはいとも容易いことだったけど、彼にはそういうことをしたく
なかった。でも、訳も分からないままで状態を放置しておくことも私にはできない。
 私は放課後になるのを待って、苗木君が教室を出ようと席を立つ前に声をかけた。もし、私が気づ
かない内に彼を傷つけてしまっていたのだったら謝りたいと思った。

「苗木君」

 彼は一瞬驚いたような顔を見せて、すぐに申し訳なさそうな表情で私を見る。彼が私から逃げるつも
りだというのが、すぐに分かった。途端、胸の奥がチクリと痛む。

「あ、霧切さん。ごめん、僕ちょっと今から用事が……霧切さん?」
「何?」
「すごく、顔が怖いけどどうしたの?」

 いけない。無意識のうちにやりきれない気持ちが表情に出ていたらしい。私もまだまだ未熟だというこ
とね。それに、苗木君を相手にすると普段通りに振る舞えない。私は心を落ち着けて表情を抑えると
彼に直接疑問をぶつけた。

「……私あなたに何かしたかしら?」
「え? 何かって?」
「あなた私を避けているでしょ? 何かあなたを怒らせるようなことをしたのなら謝るわ。遠慮なく言って
ちょうだい。それと、今から用事があるなんて嘘が私に通用すると思ってるのなら、私も舐められたもの
だわね」

 私は捲し立てるように話しながら、かなり後悔していた。彼を傷つけたのなら謝りたい――そう思って
話しかけているのにどうしてこんなきつい言い方しか出来ないのか。彼に表情を指摘された時に私が
わざわざ心を落ち着けさせた意味がないじゃない。ほら、あんなに青ざめた表情で苗木君が慌ててい
る。

「そ、そんな! 舐めてるなんてありえないよ! 確かに嘘はついたけど……ごめん。でも、霧切さんが
僕に何かしたとかそういうのじゃないから気にしないでいいよ」
「じゃあ、どうして私を避けるの?」
「それは……ごめん、言えない」
「そう。もう、いいわ」

 私は暗い顔をして俯く苗木君を置いて教室を出ると、さっさと自分の部屋へ帰った。あのまま苗木君
と話していたら、もっと彼を傷つけるかもしれないことが怖かった。そして、苗木君が私を避けているこ
とを否定もせず、理由も話してくれなかったことが悲しかった。
 私はベッドへ倒れこんだ。本当に、訳が分からない。苗木君は嘘をついてまで私を避けようとするけ
れど、私が彼に何かしたわけじゃないという。だとしたら、なぜ彼に避けられるのか?私の頭の中は苗
木君に避けられる理由のことばかりぐるぐると考えを巡らせていた。

「事件や他の人のことは推理できるのに、一番わかりたい人のことは分からないなんて皮肉なものね……っ――!」

 驚いた。私は泣いていた――経験したことのないほどの胸の苦しさ、痛みに戸惑う。けれどいくら考
えたところで、解決策など全然見つからなくて、途方に暮れて――私はいつの間にか眠っていた。




――ピンポーン

 インターホンの音に私は目が覚めた。時計を見るとちょど午前0時を回っていた。帰ってから、夕食
も取らずにこんな時間まで寝てしまったことに我ながら呆れる。それにしても、こんな時間に誰?
 私は不審に思いながらも、ドアを開けて来客を確かめると、そこには散々私の心を乱した張本人が
立っていた。彼は初めて話した時のような、緊張した面持ちで私の目を見ていた。

「霧切さん。こんばんは。ごめん、こんな時間に」
「……どうしたの? 苗木君。それは?」

 彼はラッピングされた箱を抱えていた。とりあえずプレゼントの類だとは思うけれど、誰かにあげるた
めに相談か何かあって彼は来たのだろうか。私が新たな疑問について考えを巡らせていると、彼がこ
こ一週間私に見せることがなかった無邪気な笑顔で私の疑問を払拭させた。

「霧切さん、誕生日おめでとう!」
「え?」
「え? ……霧切さん、今日誕生日だよね? 10月6日だったよね? あれっ、違った? え、もしかし
て僕間違えちゃった!?」

 一瞬私は思考が停止していた。たくさんの感情が私の中で渦巻いている。

――そういうこと、だったのね

 ようやく働きを取り戻した思考で、これまでの彼の行動が意味するものを理解することが出来た。冷
静になって考えると、彼は意図的に人を傷つけるようなことはしない。苗木君はバカ正直で嘘が下手
なお人好しなのだから。
 彼を見るとわたわたと焦り、顔は血の気が引いている。本当にわかりやすい人だ。

「ごめんなさい、予想外の出来事で驚いていたの。私の誕生日、今日で合ってる。よく覚えていたわね。
私自身そういうの意識したことがなかったから失念していたわ……そのプレゼントはもしかして私に?」
「あ、うん。もちろん、霧切さんへの誕生日プレゼントだよ! はいっ! 誕生日間違えたかと思って焦
っちゃったよ。ははははっ……」

 困ったように笑う彼から箱を受け取ると、少々重みを感じた。箱の大きさやこの重みからして家電か
何かだろうか。女の子へのプレゼントに家電って一体何が入っているのやら……。そう思っていたらひ
やりとした風が玄関へ入ってきた。

「ごめんなさい……肌寒いでしょう? 苗木君、中へ入って」
「え、でも」
「良いから入って。私も寒いから」
「ああっ、そうだよね。ごめん気づかなくて。じゃあお邪魔します」

 10月にもなると日中はまだ暑いくらいだけれど朝と夜はかなり肌寒い。そんな場所でで立ち話をする
のも悪いと思って、私は部屋に彼を通すと二人でベッドに座った。彼は少し恥ずかしそうにソワソワとし
ていた、どうやら異性の部屋に落ち着くことが出来ないようだ。私は、彼に異性として意識されているこ
とが少しだけ嬉しい気がした。

「私を避けていたのはこの為だったのね」
「それについては、本当にごめん。もしかしたら、傷つけちゃったよね? 僕ってば簡単に表情とかに出
ちゃうから、分かりやすいでしょ? どうしても驚かせたくて黙っていようと思ったんだけど、霧切さんと一
緒に居たら絶対ボロ出しちゃうと思ってさ」
「……良かった」

 私は改めて苗木君本人の口から真相を聴くと、彼に嫌われたりしたわけじゃないという実感が得られ
て、心から安堵した。同時に、どれだけ自分の頭のなかが苗木君で占められていたのか気付いて、な
んだかおかしくなった。ただ探偵であったはずの私が、こんなに普通の女子高生のような思考をするよ
うになるなんて考えたこともなかったから。

「プレゼント、開けてもいいかしら?」
「うん、気に入ってくれるといいんだけど……」
「あなたがくれるものなら何でも嬉しいわよ」
「えっ?」
「……なんでもないわ」

 私は苗木君が聞き返してきたのを無視して、冷静を装いながら、プレゼントのラッピングを解いて箱
を開けた。

「……コーヒーメーカー?」
「それと、ルアックコーヒーだよ。霧切さんコーヒー好きだから、美味しいコーヒーを気軽に飲んでもらお
うと思って、駅前のカフェで取り寄せてもらったんだ」
「そうなの? ありがとう……すごく、嬉しいわ」

 素直にうれしかった。だから感謝の気持ちを込めてそのまま言葉にしたのだけど、苗木君を見ると珍
しいものを見たかのようにすごく驚いた顔をしてこちらを見つめていた。

「苗木君、どうしたの?」
「へっ? なんでもないよ!」
「言いなさい」
「うっ……き、霧切さんのそんな満面の笑み見たことなかったから……その、すごく可愛くて……」
「はい? え、可愛いって……」

 私は自分には似つかわしくない言葉を言われて面食らってしまった。とりあえず、真意を図ろうと彼を
観察してみたけど、苗木君が嘘ついてる様子はない。可愛い――だなんて、一度も言われたことはな
かったし、言われたいとも思ったことはなかった。でも苗木君から実際に言われてみると、その言葉の
攻撃力の強さはすごい。冷静に分析していたら、私は遅れて羞恥に襲われた。
 苗木君はいつも、私が経験のないことばかりをぶつけてくるから時々厄介とさえ思ってしまう。お互い
恥ずかしさに俯いていたら、苗木君の方から声をかけてきた。

「はははっ、霧切さんも照れたりするんだね」
「……いちいち言うのやめてちょうだい」
「ごめんなさい」

 こんなに恥ずかしい思いをすること自体も初めてかもしれない。私は気を紛らわすために、開けただ
けだった箱からコーヒーメーカーを取り出してその全容を見てみた。すると、予想外なタイプのコーヒ
ーメーカーだった。

「ねぇ、苗木君。……どうしてこれ、2カップタイプのものなの?」
「それは……あの、霧切さんが良ければなんだけど……霧切さんと二人で一緒にコーヒーを飲みたい
と思って」
「あなたと二人で?」
「う、うん。ダメ?」
「あなたからのプレゼントだもの。構わないわ。けれど、理由を教えてくれる?」
「え、理由? それは……あっ! そうだ、霧切さん推理してよ」
「推理?」
「霧切さんが喜ぶことは期待してないんだけどね、その理由は場合によってはもう一つの僕からのプレ
ゼントなんだ」

 推理してみろと言われて、探偵である私が引き下がれるわけがなかった。情報を整理すると、苗木
君は私を「可愛い」と言ってくれて2カップタイプのコーヒーメーカーで作るコーヒーを私と一緒に飲み
たいという。いいえ、飲みたいというのは口実だと考えた方がいいわね。だって、彼はコーヒーが『好き』
というほどではなかったから。つまり……私と一緒に過ごしたい、ということ? それから、今考えてる理
由とやらが場合によっては彼からのもう一つのプレゼントになる――苗木君が私と一緒に過ごしてくれ
る……え?もしかして――

「霧切さん、分かった?」

 私が答えらしい考えに当たった瞬間、彼が少し赤らめた顔で笑いかけてきた。思わず私は、目をそら
してしまう。私は自分で導き出した答えに少し混乱してしまった。もし、本当に私の推理が正しいのなら
……

――直接苗木君の口から聴きたい

「ねぇ、苗木君。答えらしいものには行き着いたけど、確証が持てない……いいえ、違うわ。苗木君か
ら直接教えて欲しいの。その答えを……」

 そういった瞬間苗木君の瞳に緊張の色が見て取れた。

「ええっと……困ったなぁ」
「誕生日のわがままだと思って、聞き入れてくれないかしら?」

 苗木君は目を瞑りフゥーっと息を吐いた。少し汗をかき、相当緊張しているようだ。再び開かれた目
は覚悟を決めたような、まっすぐな瞳をしていて私はドキリとした。

「僕は、霧切さんのことが好きなんだ。だから、出来るだけたくさんの時間を霧切さんと一緒に過ごした
くて、このコーヒーメーカーを選んだんだよ」
「……それは、本当に?」
「本当かどうかなんて、霧切さん分かるでしょ?」
「そう、ね……でも苗木君、その私を『好き』だというのはどういう意味――えっ?」

 私は急に苗木君に腕を引かれ、抱きしめられた。頭が真っ白になった。そんなことはお構いなしに、
苗木君は一度体を少し離して私の顔を覗きこむ。少し不安そうな瞳が見えた。

「こういう、意味で好きなんだ――」

 いつもより少し低く静かな声が私をゾクリとさせる。次の瞬間――私の口が苗木君のそれと静かに重
なった。急すぎて、驚いた私は後ろに体を引こうと思っても、彼が私の背中に手を回しているせいで動
けない。彼の体温と私の体温が普段より上昇しているのが分かる。

「んっ、はっむ、…ぷはっ…………苗、木君……何、するのよ」

 30秒くらいだっただろうか。すごく長い時間のように感じたけれど、ようやく彼の顔が離れて口が自由
になった途端私から出てくるのは非難の言葉。けれど、鏡を見なくても私の顔はかなり赤いだろうという
ことが分かるくらい顔に熱を帯びていた。当然だ。気になる人――好きな人と唇を重ねたのだから。私
の体は、いまだ彼の腕に解放されていない為に顔が近い。恥ずかし過ぎてとても目を合わせることが
出来ない。

「霧切さんは僕のこと、どう思ってるの?」

 問いかけられてようやく苗木君の顔を見ると、彼もまた赤面していた。けれど真剣な顔で、すごく一生
懸命だということが分かって、なんだか可愛い。そう思ったら私は段々落ち着きを取り戻してきて、つい
いじめたくなった。

「……好きかどうかわからない相手のファーストキスを不意打ちで奪うなんて最低ね」
「ご、ごめん! ……ファーストキスだったんだ」
「私がそういう方面に積極的な風に見えるかしら?」
「見え、ないけど。霧切さん美人で優しいからモテると思って……」

 私はいつから優しい人間だなんて思われるようになったんだろう? 彼に言われたことで、自分で自
分の言動を振り返ってみたけど、我ながら『優しい』とは思えなかった。

「ちょっとあなたが持つ私へのイメージがよく分からないけど、褒め言葉だと取っておくわ。……それに
しても、いきなりキスするなんてあなたは手慣れているようね。意外だったわ」
「そ、それは違うよ! ぼ、僕だって初めてだよ……彼女も居たことないし……ただ、霧切さんに分かっ
てほしくて必死で、気付いたら、その……」
「そう、あなたも初めてなのね……もういいわよ、別に…………嫌じゃ、なかったから……」
「え? 今何て……?」
「何度も言わせないで……苗木君のくせに、生意気よ」
「……僕のこと霧切さんも好きだって解釈していいの?」
「…………残念だけど、そういうことになるかしら」
「残念だけどって……でも、良かった!」

 本当に言葉通り嬉しそうな顔をして笑う彼はまたギュッと腕に力を込めて私を抱き寄せた。どうしても
恥ずかしさに慣れない私は、彼の胸を押した。

「……そろそろ解放してくれる?」
「あぁっ! ごめん!」

 私は体が自由になると、あることを思いついた。

「ねぇ、苗木君。一緒にコーヒーはどう?」
「うん! 是非、いただくよ!」


 私は誕生日に、コーヒーメーカーと苗木君とずっと一緒に過ごせる時間をもらった。

――彼の誕生日には何をあげよう。

 私はそんなことを考えながら、彼がくれたルアックコーヒーの香りに幸せを感じていた。





~エピローグ~

「ところで苗木君。どうして、あなたと過ごすことを私が喜ぶと思ったの? あなたが自意識過剰な人と
かには思えないから、何かあるんでしょ?」
「ああ、それはね。クラスのみんなが、霧切さんは絶対僕のことが好きだから自信を持って行って来い
って励ましてくれたからだよ。……信じられなかったけど、葉隠君が“もし俺達が間違ってて、苗木っち
が霧切っちに振られるようなことになったら、俺はこの髪を短くさっぱり切るって約束できるくらい自信が
あるべ!”って言うからこの機会に頑張ってみようと思ったんだ。って、霧切さん!? どうしたの!? 
顔真っ赤!」

 無邪気に笑う彼から、それを聞いた私は、クラス中にそんな風に見られていたのかと思うと、途端に
恥ずかしくなった。もちろんそんな自覚はなかったけど、私はもう少し感情のコントロールをこれまで以
上に気を付けることを心に誓った。

――本当に、苗木君とあのクラスメイト達は厄介だ。

「苗木君、私……葉隠君の短髪姿に興味があるわ。だから一旦あなたを振ってもいいかしら」
「えぇっ!? それはちょっと、嫌だよ! それに葉隠君が流石に可哀想な気が……」
「ふふっ……冗談よ。私はあなたと、真実を明らかにすること以外に興味ないから」

 気晴らしに、冗談を言うのも悪くない。顔を赤くしてコーヒーをすする苗木君に私は大満足だった。

― END ―
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