あなたの隣で 2章 約束の日(2)

「身長、少し伸びたみたいね。体格も――結構鍛えたのかしら? 6年も経てば、苗木
君でもこんなに変わるものなのね」

 当時は、時々可愛いとさえ思うこともあった少年が、今は立派な青年になって目の前
にいる。響子は、懐かしいけれど、あの頃の誠からすると大分成長したことが見て取れ
る彼の身体を上から下まで観察していた。
響子は、ドアを開けた向こうに彼が居た時は、夢を見ているのかとかさえ思った。い
や、未だ目の前の誠の姿は自分の妄想ではないのかとさえ彼女は疑う。
二人が6年間会うことがなかったのは、響子自身が誠を拒絶したからだ。いくら約束
をしたからといっても、彼が本当にここへ来ると響子は思っていなかった。

「正直……あなた、かなり格好良くなったと思うわ」
「本当に? ありがとう。霧切さんにそう言ってもらえてすごく嬉しいよ。身長の方は5cm
だけ伸びたんだ。贅沢を言えばもう5cmくらい欲しいんだけど……さすがにこればかり
は努力じゃどうにもならなかったよ」

 誠が苦笑しながら理想の高さであろう位置へ手をかざす。6年で少し外見は変わっ
たのかもしれないが、彼の困ったような笑顔は、正真正銘の苗木誠なのだと響子を安
心させた。

「そう。もう、私より高いのね。ヒールの靴を履いていない時に限るけれど」

 響子が意地悪そうに笑うと、誠は肩をすくめて見せる。

「できれば、ヒールは控えめにしてくれると嬉しいかも。霧切さんは、本当に……あの頃
からさらに綺麗になったね」
「そうかしら。自分のことはよくわからないわ。でも、ありがとう」
「うん。ずっと元気にしてた? ちゃんと食事はとってる?」
「ええ、無病息災といったところかしら。食事も日本からカップ麺を定期的に取り寄せて、
忙しくない限りはできるだけとるようにしているわ」
「……ねぇ、まさかとは思うけど、いつもカップ麺を食べてるわけじゃないよね?」
「毎回ではないけれど、ほとんどの食事はカップ麺で済ませてるわよ? 時間が無いと
きはカロリーバーを食べることが多いわね」

 何故か自慢げ且つ、「だからどうしたの?」と言わんばかりの顔で言い放った響子に
誠は額に手を当てて嘆息する。彼女ほどの優秀な女性が、カップ麺ばかり食べている
という事実について誠は異議を唱えずにはいられなかった。

「6年間ほぼカップ麺ばかりって……霧切さん、僕は呆れるのを通り越してちょっと悲し
いくらいだよ。残念すぎて泣きそうだよ」
「……苗木君は不思議な事を言うのね。 必要なだけのカロリーはカップ麺で充分に
得られるし、何より短時間で用意できるのよ? それにこの国の料理より味も美味しいし、
かなり効率的で問題はないでしょ」
「いや、問題あるから。カロリーはともかく栄養偏っちゃうだろ? それに、別に料理は自
分で作ればいいことだし。そんな食生活だといつか体壊しちゃうよ」

 昔から響子は変なところが抜けていたり、基準がおかしかったりする。特に自分のこと
には無頓着で危険さえ顧みない響子を自分が支えなくては――と彼女のそばに居た
誠が思うのは必然だったのかもしれない。

「栄養はサプリメントで補っているつもりよ。それに、料理は作れないということはない
けど時間も手間もかかるし、何よりこの手だから少し苦手なのよ」

彼女は一旦言葉を切り、胸の前に手袋を着けた手を持ってくると左手で右手をさす
った。そして、続きの言葉を発することを一瞬ためらうように目を伏せたが、すぐにいつ
もの調子に戻った、ように見えたがそれは口調だけだった。

「でも――あなたがここに居るということは、これからはあなたの作る料理が食べられる
と思ってもいいのかしら?」

 響子は強気に尋ねるが、その瞳には不安をちらつかせている。誠はそんな彼女の瞳
を見つめて優しく微笑んだ。不安を覗かせながらの彼女の言葉が誠は嬉しかった。そ
れだけ自分という存在が響子の中では大きいのだということが分かったからだ。

「最初に言ったよね? 約束を果たしに来たって……」

 誠は一旦言葉を区切ると、一度目を閉じて静かに深呼吸をする。再び開かれた目
は真っ直ぐ響子の目を捉えた。その目から響子は、覚悟・決意といった彼の感情を読
み取ることが出来たが、冷静で居られたのはそこまでだった。

「――響子さん」
「は、い……」

 初めて彼に下の名前で呼ばれて、響子の肩がぴくりと揺れた。響子は自分の頬が熱
を帯びるのを感じていた。今、誠の目の前にいる彼女は探偵としての霧切響子ではな
く、一人の女性としての霧切響子だった。

「6年間、僕の気持ちはずっと変わらなかった」

――変わるわけがない。そんなことは6年前から分かっていた。

「僕の中にはいつだって君が居たんだ」

――君のために、君しか考えられないから。

「……だから約束通り、強くなって、ここへ来たよ」

――僕の愛しい人の所に。

「僕は君のパートナーとして、君の隣で一緒に歩いていきたい……君の"家族になるよ
うな人"に立候補させてください――」

――この瞬間をずっと、ずっと夢見てきた。

 この日を、この瞬間を二人とも待ち望んできた。そしてようやく、叶った。
 静かに誠の言葉を聴いていた響子は、人前では絶対に見せることのない涙を目に
浮かべている。そして、それは溢れ――零れ落ちた。

「私も……私も誠君と歩いていきたい――よろしく、お願いします」

 言い終わるよりも早く、響子は彼の方へ倒れ込み、細い両腕を誠の大きくなった背中
に回した。誠も彼女を受け止め、二人は6年という時間を埋めようとするかのように、き
つく、きつく抱き合うのだった。


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