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 私は苗木君が好き――だと思う。断定できないのは、私にそう言った経験が過去に無かったから。
でも冷静に分析してみて、私が彼に持つ感情は恋愛感情に違いない。
たとえば、無意識のうちに私は彼を見ている。今朝もそれが原因であんな事態に陥ってしまった。

  ◇

 毎朝みんなが集まる食堂で、セレスさんが山田君に入れてもらったばかりのロイヤルミルクティーの香りを楽しんでいた。そ
こへ欠伸をしながら食堂へ入ってきた苗木君が、何を思ったのか真っ先にセレスさんの所へ歩み寄っていく姿を見て、
私はなんとなく苛立ちのようなものが湧き上がるのを感じていた。
 苗木君はいつもの笑顔でセレスさんに挨拶をして話しかけていた。

「セレスさん、おはよう。昨日の夜はありがとう。すごく勉強になったよ」
「おはようございます、苗木君。わたくしが手取り足取り教えて差し上げたのですから、
次お相手していただけるときは、満足させてくれないと承知しませんわよ」

――昨日の夜、ですって?

 私は昨夜は夜時間の間、学園を捜索していた。だから、どこにも苗木君とセレスさんの姿が無かったことを知っている。
この事実から導き出される答えは――苗木君がセレスさんの部屋で二人きりで過ごしていたということ、そう考えられる。
 それに気づいた途端、私の中の苛立ちが一層濃くなった。何をしていたかは分からないけれど、
多分男女が部屋に二人きりというのは良いことではないと思う。
 私は、我慢できずに椅子から立ち上がって、二人のもとへ歩いた。けれど、用があるのは苗木君だけ。

「あら、霧切さん。おはようございます」
「霧切さん! おはよう!」
「ええ、おはよう……セレスさん、苗木君を少し借りてもいいかしら?」
「え? 僕?」
「結構ですわよ。別にわたくしのものというわけではありませんし」
「そう。じゃあ、苗木君行きましょう」
「え、行くってどこに? ちょ、ちょっと引っ張らないでよ、霧切さん!」

 今朝の私はおかしかった。全然いつもの私じゃなかった。
 相変わらず質問攻めをしてくる苗木君を無視して、私は彼の腕を引っ張ってある所へ向かっていた。それは――さっきまで私が居た場所。

「き、霧切さん。どうしたの急に部屋に連れてきて」
「別に……なんとなく、こうしなければならない気がして」
「えっ!? なんとなくって……」

 おどおどしながら、私の部屋を見回しつつ私の様子を窺う苗木君は少し体温が上がって、頬に赤みを帯びていた。緊張しているみたい。

「……セレスさんと昨日何をしていたの?」
「え?」
「さっきセレスさんと話していたでしょう? 手取り足取り教えたとか、勉強になったとか……」
「ああ。それか……ポーカーのコツを教えてもらってたんだよ」

 私は予想外の答えについ、呆けてしまった。でもすぐに緩んだ口元を締めて苗木君に重ねて質問をした。

「ポーカーって……夜時間にしかもセレスさんの部屋でわざわざ教えてもらわなければならないことなの?」
「僕もそう思ったんだけど、セレスさんが時間も部屋も指定してきたんだよ。だから仕方なく……ねぇ、霧切さんはどうしてそんなに怒ってるの?」
「え?」

 怒っているだなんて全く自覚が無かった。確かに苛立ってはいたけど、いつも通り表には出していないつもりだった。
だから、苗木君に「怒ってる」と言われて私は柄にもなく動揺してしまった。だからあんなことを要求してしまったのかもしれない。

「……あなたが、セレスさんと楽しそうに話しているのが嫌だったのよ」
「なんで嫌なの?」
「と、とにかく……許してほしいなら行動で示してほしいわね」
「行動って!?」
「…………だ……」
「だ?」
「だ……抱きしめてくれるかしら?」

 鏡なんて見なくても私の顔が真っ赤だろうということは分かった。
それほどに、今まで感じたことないくらいに顔が熱くて、動悸も激しくて……苗木君の目をまともに見ることが出来なかった。

「……よく分からないけど、だ、抱きしめればいいんだね?」
「え、ええ……お願い」
「わ、わかった」

 苗木君が一歩私に近づく。それだけで心臓が跳ね上がるような感覚に襲われる。苗木君も顔を真っ赤にして躊躇していたけれど、
ようやく彼の腕が私の肩甲骨の辺りと腰に回された。私よりも小柄な彼だけど、男性なんだと意識せざるを得ないような力強さとか筋肉質な感触とかを感じて、
私の身体中を電流が走ったようだった。
 少しの間だったけれど、お互いの心音と緊張で乱れた吐息だけが響く中、私は苗木君のぬくもりを感じて少し落ち着くことが出来た。

「あっ……」

 そっと彼が腕を解いて離れたのが、すごく寂しい気がして私の口から声が漏れてしまった。

「えっと……これで、許してくれるかな?」
「……い、いいわ。この件はこれで忘れてあげる」
「今更なんだけどさ、そもそも僕は霧切さんに許してもらわないといけないようなことをした覚えがないんだけど……それに、どうして抱きしめることが謝ることになるのさ?」
「何よ、反論する気? 苗木君のクセに生意気ね」
「ええっ!? ちょっとそれは横暴だよ、霧切さん!」

 私は苗木君が好き。これは揺るぎない真実だった。それが真実ならば、私は受け入れて進むしかない。だから、苗木君と一緒なら、どんなことでも楽しみだと心からそう思えた。


― END ―

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