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「苗木君は霧切さんのことが好きなんですか?」
「――ッ!? ゲホッ、ゲホッ……! 急に何言い出すの舞園さん!?」

 今日は週に一度の休みなので、午前中に食堂で僕が舞園さんとお茶を飲んでいたら、前触れもなく彼女がそう聞いてきた。
さっきまで、他愛もない雑談をして笑っていたから「冗談言わないでよ」なんて言おうと思ったら、舞園さんの表情は真剣そのもので、その瞳は真っ直ぐ僕を捉えていた。

「冗談じゃないですよ。苗木君の日頃の様子から考えた結果、私がそう思ったんです」
「ひ、日頃の様子って……例えば?」
「ええとですね、例えば……」

 そう言って舞園さんは人差し指を口に当てながら僕の「日頃の様子」とやらを思い出しているようだった。
僕がドギマギしながら彼女の言葉を待っていると不意に後ろから声をかけられた。

「あら、何だかとても面白そうなお話をされているようですわね? よろしければ、わたくしも混ぜてくださる?」
「セレスさん!」

 いつもの本心を隠したような笑みを顔に貼り付けたセレスさんが、こちらの承諾を待たずに僕の隣に座った。
今の話の流れの何が面白そうなのか僕には全く分からない。

「苗木君が霧切さんを慕っている――という話でしたわよね? 舞園さん」
「そうなんですけど、セレスさんもそう思いますよね?」
「ええ、わたくしも間違いないと思いますわ……わたくしというものがありながら、嘆かわしいことですわ」
「……ちゃっかりアピールしないでください。私だって、苗木君とは一番気心知れた仲なんですよ? そこの所、忘れないでくださいね?
 そもそも、苗木君と過ごしているのは私なんですから、セレスさんはどこか別の場所に行ってもらえませんか?」
「うふふふ。言ってくれますわね。舞園さん、あなたなかなか面白いですわ」

 二人ともニコニコと笑っているけど、なんだか僕には得体のしれない恐怖が感じられた。何でこんなことになったのか、全く訳がわからない。
とりあえず、今すぐこの場から離れたい衝動に駆られた僕に追い打ちをかけるように、舞園さんが再び同じ質問をしてきた。

「まぁ、セレスさんはどうでもいいとして……それで、苗木君は霧切さんが好きなんですか? 」
「ちょ、ちょっと待ってよ! そもそもどうしてそういう風に思ったの!? 僕が霧切さんをそんな――」
「私が何かしら?」
「うわぁああっ!!」
「きゃっ!」

 突然後ろから、なんとなく今一番現れてほしくないと思っていた人物の声がして僕はつい叫んでしまった。
それで舞園さんを驚かせてしまったみたいで、彼女も小さく悲鳴をあげた。

「ちょっと、急に叫ばないでくれる? 耳が痛いわ……」
「確かに、今のは品のなさすぎる叫び声でしたわね」
「ご、ごめん。それで、霧切さん……ど、どうしたの?」

 僕は後ろを振り返って、いつも通りポーカーフェイス……じゃなくて、何だか物凄く不機嫌そうな顔をしていた霧切さんを見上げた。

「どうしたのって……こちらの台詞よ。あれだけ大きな声で私の名前が出されてたら、私が気になるのも当然でしょ?」
「うっ……!」
「それで、何を話していたの?」
「いや……それは舞園さんが……」

 何だかよくわからないけど、僕は自分の今の状況が決していい状況ではないということだけを本能で感じ取っていた。
熱くもないのに変な汗が出る。その時だ。

「――仕方ないですね。苗木君行きましょうか」
「へ? い、行くってどこに?」

 急に立ち上がって、移動を促してきた舞園さんに僕は目を白黒させて見ているしかなかった。
こんな状況なのに、どこかへ行くなんてとてもじゃないけどできない。
でも舞園さんはセレスさんや霧切さんのことは全く気にしていない様子で、僕の腕に両腕を絡めて引っ張る。

「来れば分かりますよ。というわけでセレスさんに霧切さん、ちょっと失礼しますね」
「え、ちょ、ちょっと! 舞園さん!」

 そう言うと舞園さんは戸惑って動けない僕をズルズル引きずる。
何かを叫んでるセレスさんを無視して舞園さんはどんどん食堂の出口へ向かって歩いていく。背中に霧切さんの鋭い視線も感じる。
けれど僕は、舞園さんは華奢な身体に見えるのに、どこにこんな力があるんだろう――と呑気に思っていた。
するとちょうど出口である人物と鉢合わせすることになった。

「お! 苗木じゃん! ちょうど今探してたんだよねー! って、舞園は何してんの?」
「や、やぁ江ノ島さん」
「こんにちは、江ノ島さん。私は今から苗木君と用事があるので、失礼しますね」
「いやいや! これから苗木と用事があるのはあたしの方だから!」
「!」
「……苗木君と用事、ですか?」

 江ノ島さんの言葉に一瞬ピクリと舞園さんの眉が上がる。チラリといつもより冷たい視線を舞園さんに向けられて僕の背筋に悪寒が走った。

「今日の午後は一緒に娯楽室でダーツをしよう、って苗木と約束してんの! だから苗木は借りて行くよ」
「本当ですか、苗木君?」
「そ、そうなんだよ舞園さん! 先週からの約束だから、ごめんね!」
「そういうことだからさ、苗木を離してやりなよ」
「……先約なら、仕方ないですね。苗木君に約束を破らせるわけにはいかないですし……わかりました」

 良かった。僕は舞園さんが分かってくれたことに胸を撫でおろしてほっと息をついた。
ようやく腕を離してくれた舞園さんと別れて、僕は江ノ島さんと娯楽室へ向かった。でも、本当は江ノ島さんと約束なんかしてなかったんだ。

「江ノ島さん、助かったよ! 僕が困ってるのに気付いてあんなことを言ってくれたんだね」
「まぁ、あんた明らかに嫌そうな顔してたからね。それよりさ、嘘だったとはいえせっかく娯楽室に来たんだからダーツやらない?」

 江ノ島さんが満面の笑みで提案してきて、僕は断る理由もないし、むしろ感謝しているくらいだったからもちろんそれに応じた。


 あっという間に楽しい時間は過ぎて、夕食時になってしまった。

「江ノ島さん本当にダーツ上手いよね。ここに来てから初めてやったなんて信じられないよ」
「ナイフ投げるのと違って的が動かないから簡単じゃん? でも楽しかったよ、サンキューね、苗木!」
「僕こそ、楽しかったよ! ありがとう、江ノ島さん!」

 ナイフ投げる状況ってどんな状況だよ――って思ったけど、それはもちろん心の奥に秘めておいた。そして僕は江ノ島さんとの会話を楽しんだ。
「マジお腹すいたんだけど」と彼女が言うので一緒に食堂に行くことになった。でも僕はすっかり午前中のことを忘れていて、少し後悔することになった。

「苗木君! やっぱり来ましたね! 夕食時だから来ると思ってました」
「あ、舞園さん」
「苗木君、食事の後付き合ってくれますか? 江ノ島さんとの約束はもう済みましたよね?」

 僕を見るなり笑顔で近づいてくる舞園さん。可愛いし、よく話しかけてくれるのは嬉しいんだけど、今日は朝からなんだか怖い気がする。

「えー、まぁあたしはもう苗木に用事ないけど……」
「えっ」

 江ノ島さんをすっかり頼りにしていた僕は、その言葉が残念だったけどいつまでも彼女に迷惑をかけるわけにもいかない。

「わ、わかったよ舞園さん」
「ふふっ、良かったぁ! じゃあ苗木君、食べ終わったら私の部屋に来てくださいね? 私待ってますから!」

 僕が返事をすると目を輝かせて楽しそうに食堂を出て行く舞園さん。なんとなくため息をついて僕はゆっくりと食事をとった。

……ちょっと今日は味が分からなかったな。

 食事を済ませた僕は約束通り舞園さんの部屋を訪ねた。
女の子の部屋を訪ねるのは少し緊張するけどまぁ、何かあるわけじゃないし大丈夫か。
インターホンを押すと舞園さんがすぐに出てきてくれて、僕を部屋へ通した。

「遅かったですね、苗木君。来てくれないかと思いました」
「いや、まさか舞園さんとの約束をすっぽかすわけはないよ。それで僕に何の用事?」
「朝の続きです」
「……霧切さんのこと?」
「はい!」

 舞園さんは笑っているけど、なんだか威圧感のようなものを感じる。すべての質問に答えなければいけないような、そんな威圧感だった。

「どうして、僕が霧切さんを好きだと思ったの?」
「だって苗木君、いつも午後の自由時間は他の人に一切目もくれず霧切さんを誘いに行ってるじゃないですか……
私、苗木君が何度も霧切さんに桜の花束とかイン・ビトロ・ローズとかプレゼントしているのも知ってるんですよ?」
「そ、それは……」
「それに比べて私含め、セレスさんや江ノ島さん……他の人たちを誘うのは今日みたいに週に1回の休みの日の午前中か、午後のどちらかだけですよね?
 ちなみに必ずどちらかは霧切さんを誘ってますよね? 今日は違いましたけど」

 なんでそんなに知ってるのかすごく怖い。いつも舞園さんは「エスパーですから」って言って笑うけど、ちょっとこれはアレじゃないかな。
腐川さん的なアレじゃないかな――と僕は背筋を震わせた。とりあえずここで僕がすべきことは反論だと思ったんだけど僕の視界が横転してそれどころじゃなくなってしまった。

「な、何をするの舞園さん!?」

 僕が倒れたところは彼女のベッドの上。かすかに舞園さんの良い香りが鼻孔をくすぐって変な気持になりそうになるのをぐっと抑えた。
でも、舞園さんが僕の上に跨ってどんどん顔を近づけてきた。≪超高校級のアイドル≫にこんなに迫られて興奮しない男は男じゃないと思う。

「私じゃ、ダメですか……?」
「え? ま、舞園さん? それって、どういう――」

――バンッ!

 突然大きな音がした。その方向を反射的に見ると、開かれたドアの所に霧切さんが立っていた。
いつも通り無表情なんだけど、なんだか物凄く禍々しいオーラを感じる。

「……何を、しているの?」
「き、霧切さん! ちがっ! こ、これには訳があって! そう、転んだんだよ! 転んでたまたまこんなことに……!」
「あー、鍵かけ忘れちゃってたみたいですね。でもそれよりも、苗木君が彼女に浮気の現場を見られて言い訳をしている人みたいなことを言っている方がショックです……
これはもう確定ですね……はぁ……」

 いまだ僕の上に跨ったままの舞園さんが、ため息をついて苦笑しながら霧切さんを見ている。霧切さんも舞園さんを睨みながらカツカツとヒールの音を立てながら近づいてきた。

「あ、あの……舞園さん、とりあえず降りてくれない?」
「……仕方ないですね」

 自由になった僕はすぐに起き上がってベッドから降りた。霧切さんがスッと目を細めて舞園さんを一瞥したあと僕を睨みつけた。
僕は息が止まりそうになり、無意識のうちに背筋を伸ばして固まった。

「苗木君、あなたはまだ何かここに用事があるかしら?」
「いえ、特にありません」
「そう。じゃあ、行きましょうか。舞園さん、邪魔したわね……」
「い゛っ!? いででででっ! 霧切さんっ、痛い痛い痛い痛いッ!」

 グイッと僕は霧切さんに耳をつかまれてそのまま廊下へ引きずられた。痛すぎる。霧切さんについて行かないと耳がちぎれる勢いだったから、僕は必死に歩いた。
こんなところ他の人に見られたくない――って思った時に限って誰か居るんだよね。

「あらあら、霧切さんに苗木君。どうなさったんですか? まるで浮気現場を見られた夫が立腹した妻に引きずられているように見えるのですが」
「セレスさん……あなたには、関係ないわ」
「そうですか……残念ですわ。今から苗木君を夜伽にお誘いしようと思っていましたのに……」
「……夜伽?」
「ちょっ! 何言ってるんだよ、セレスさん!」
「あら、夜伽の意味が分からないのですか? ええと、確か辞書には、” 女が男の意に従って夜の共寝をすること”とあったはずですわよ」
「意味の解説とか要らないから、お願いだから余計なことを言わないで!」
「……苗木君、どういうことかしら?」

 どうしよう。霧切さんがポーカーフェイスじゃない。明らかに怒ってる。目が怖い。

「ぼ、僕そんなの知らないよ! 変なこと言うセレスさんは無視していいから!」
「……それもそうね」
「うあっ! 痛い痛いッ……!」

 霧切さんはやっぱり僕の耳を引っ張る。もう色々と心身ともに痛くて僕の目には涙が浮かびだした。
 そして、霧切さんの部屋に放り込まれてやっと僕の耳は解放された。
けれど、一切しゃべらなくなった霧切さんと同じ部屋に居るこの状況。気まず過ぎて逃げ出したい。でもこのまま出て行くわけにもいかない、よな?

「あの? 霧切さん……怒ってる?」
「……」

 プイッ、と僕から顔をそむけてベッドに腰掛けている霧切さん。もう、僕にはどうしたらいいか分からなかった。僕の手には負えない気がした。
何を言ったらいいか分からなくて、しばらく沈黙が続いた。けれど、黙り込んだままだった霧切さんがようやく口を開いてくれた。

「……今日は、誘ってくれなかったわね」
「え?」
「……いつも誘ってくれるのに……他の女の子とずいぶん楽しそうにしていたわね」

 あれ、見間違いかな。霧切さんの顔が赤い、気がする。いや本当に赤くなってる。

「き、霧切さん?」

 恐る恐る僕は霧切さんに声をかけて顔を覗き込んだ。すると急に背けていた顔をこちらに向けて僕を睨んできた。

「苗木君……舞園さんと何をしていたの? セレスさんと何をするつもりだったの?」
「い、いや僕は何も……」
「わ、私だってできるのよ?」
「はい?」

 霧切さんが何を言っているのかよくわからなくて「何が出来るの」って言おうと思ったら腕を引っ張られた。
今日は一体何度腕を引っ張られたり、言葉を呑んだりしているだろう。そして、体勢が崩れて僕は霧切さんの隣に座る形になった。
すると霧切さんがギュッと僕に抱き着いてきた。必然と、僕の胸板に霧切さんの柔らかいソレが押し付けられてしまう。

「ど、どどどどどうしたの!? 霧切さん!?」

 僕が大慌てで尋ねると霧切さんは少し離れて、顔と顔がくっつきそうな距離で、でも少し俯いて上目づかいで言った。

「……私だけを見てくれないと……嫌よ?」
「――ッ!!」

 なんだ、これ……。攻撃力半端ない。鼻血出そう。出ないけど。
いつもクールで表情もあまり変えることのないあの霧切さんが、頬を紅潮させて瞳を潤ませて、しかも上目づかいでとんでもないことを口にしている。

「何よ……その反応……」
「え、い、いや……霧切さんが可愛すぎて悶絶してただけだよ」
「か、可愛いだなんて……」
「嘘でも冗談でもないよ。 本当に可愛いよ、霧切さん。みんなに嫉妬してたんでしょ? そんなところもすごく可愛い……
でも、僕はもともと君しか見てないから安心して?」
「……本当かしら? 舞園さんと居るときのあなた、まんざらでもなさそうだったわ。
私が来なかったら簡単にキスとかしてたんじゃないかしら。そんな人の言うことなんて――んっ!?」

 言葉で信じてもらえないなら行動で示すしかないと思った。だから反論を続けようとしていた霧切さんの口を僕は塞いだ。もちろん僕の口で。
経験は無かったけれど、霧切さんが可愛すぎてもう我慢がきかなかった、というのが本音。

「――む、はっ…………僕はこんなこと、霧切さんにしたのが初めてだし、霧切さんにしかしないよ」

 自分で言っててかなり恥ずかしい。霧切さんの顔を見るのも恥ずかしかったけど、ここは男だ。頑張って真っ直ぐ彼女を見つめた。
霧切さんはというと、一層顔を赤くして目を泳がせている。こんなにうろたえている霧切さんを見ることは皆無に等しいからすごく、何か、来る。
そして霧切さんがためらいがちに、僕をやっと見つめ返してくれた。

「……ねぇ、もう一度してくれるかしら?」
「……あの、ごめん、止まれなくなっちゃいそうだから……」
「いいわよ」
「えっ?」
「私は……あなたになら何をされてもいいわ……だから、もう一回……ね?」
「~~~~~っ!!」

 今度は照れながら微笑んで最高の殺し文句を言ってくれた霧切さん。ここまで言われたらもう何も遠慮はいらないよね!
 僕と霧切さんの夜は、まだまだ終わりそうになかった、というか僕には終わらせる気が無かった。


  ◇◇


――翌日

「あら、霧切さんそれは……ふふっ。もうわたくしたちの入る余地はなさそうですわね、舞園さん?」
「……悔しいですけど、そうみたいですね。でも、私は諦めません!」
「……? 二人とも何かしら?」
「……気づいていないのですか? それなら、霧切さん耳を貸してくださる?」

 僕には三人が何を話しているのか聞こえなかった。
でも、セレスさんが内緒話をするように霧切さんの耳元で何かを囁いた瞬間、霧切さんが急に顔を赤らめて首元を手で押さえた。

「あ……しまった……」

 それを見て僕は気づいてしまった。自分の失態に。そして――やっぱり来た。

「苗木君! ちょっとあなたに言わなければならないことがあるわ!」
「ごめん、霧切さん! 次は気を付けるから許して!」
「まぁ! 次、だなんて苗木君は見かけによらず随分と旺盛ですのね」
「苗木君、私も食べがいがあると思いますよ!? だからいつだって乗り換えてもいいんですからね!?」
「舞園さんたちは、黙っててちょうだい! ちょっと、苗木君! 逃げるなんて苗木君のクセに生意気よ!」

――もう嫌だ! 早くこの学園から出たい! 

 学園生活が終わるという50日目がはるか遠くに感じた朝だった。


おわり

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