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「待って! 落ち着いて苗木君! わかった! 私が悪かったから! だからお願い落ち着いて!」

 こんなに慌てるのはいつ振りだろう――というより生まれて初めてかもしれない。

「嫌だ。絶対許さない。霧切さんがいけないんだよ? そんな挑発するようなことして」
「だから謝ってるでしょう!? 大体ちょっとからかっただけなのにそんなに本気にならなくても――」
「そんな格好された上に煽るようなことされたり言われたりして、本気にならない方がおかしいから!」

――まずいわ。これはかなり、まずいわ。苗木君を完全に侮っていたわ。
――彼も、男だったのね。

 息の乱れた苗木君が私を追い詰める。私は彼から逃げるために後ずさった――が、バランスを崩してグラリと体が傾いた。

――倒れる……!

 私は衝撃に備えて目を瞑った。けれどその衝撃は一向に来ない。代わりに温かいぬくもりに身体中が包まれていた。
 恐る恐る目を開けると、私の顔の横に苗木君の顔があった。私の身体は彼にしっかりと抱きしめられていたのだ。

「ご、ごめんなさ――」
「捕まえたよ、霧切さん」

――ゾクリ

 私の耳元で、彼が普段よりも低い声で囁いた。きっと、今の私は引きつった表情をしているだろう。

「な、苗木君……離して」
「嫌だ」
「離しなさい」
「絶対に離さない」
「怒るわよ?」
「怒れば?」
「本気で怒るわよ? いいの?」
「どうぞご自由に。ただし、僕が先だよ――」
「え? あっ!? やっ、ちょっと! ダメっ! ――あっ、ダメって……言ってるでしょ!?」
「ガハァッ!!」

 苗木君が私の太ももを触り始めたことによって、解放された私の片手は思いっきり彼をグーで殴った。

「――はぁっ、はぁっ、はぁっ……苗木君のクセに生意気なのよ! 調子に乗らないでくれるかしら!?」
「い、痛いよ霧切さん……」

 涙目で見られても、今回は苗木君が悪いと思う。いや、私にも非があることは認めるけど。

「自業自得よ」
「だ、だって……そんな、そんなスリットの深いチャイナドレス姿でわざと目の前で足を組まれた挙句に
 "ヘタレな苗木君の前でなら何をしても平気だわ"なんて言われたら、ボクだって本気になるよ!」
「だから悪かったって言ったじゃない」
「……ひどい、生殺しな挙句に殴られるなんて……ひど過ぎる……」

――え? ちょ、ちょっと何この子泣いてるの? え、私が悪いの?

 私は焦った。弱そうに見えて芯の強い彼が人前で泣いてる姿なんて見たことがなかったから。
そんな姿を見せられて、罪悪感がひしひしと私に襲いかかり始めた。

「あ、あの苗木君? そんな、泣かなくても……え、ちょっと、本当に泣いてるの?
 あの、ごめんなさい……泣かせるつもりじゃ――痛ッ!」

 一瞬何が起きたのか分からなかったけど、すぐに把握して私は苗木君を睨む。

「騙したのね?」
「うん。騙してみた。霧切さん、ボク言ったよね? "絶対に許さない"って」
「――ッ! それで……私を押し倒してどうする気?」
「そんな、分かり切ったことを聞くなんて霧切さんって面白いね。髪のリボンちょっと拝借するよ」

 宣言通り苗木君は私のリボンを外すと、頭の上に彼の手で固定されていた私の両手にそれを結び始めた。

「拘束なんて……苗木君のクセに随分乱暴なことをするのね」
「おあいこだよ。先に誘ってきたのも先に殴ってきたのも君だ」
「……ダメ、よ」
「今日はやけに強情だね? どうしてダメなの?」
「……床じゃ、嫌」
「――っ、そっか。気づかなくてごめんね。でも、僕怒ってるから君の言うことは聞かないことにするよ」
「えっ? ちょっ……っもう! 苗木君のバカ!!!!!」

 私は二度と苗木君を挑発するようなことはしないと誓った。
 そして、舞園さんには悪いけれど、私がこのチャイナドレスを着ることはもう二度と無かった。


― END ―

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最終更新:2013年11月13日 15:12
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