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「おとうさまっ!」

――ああ、またこの夢だ。

「ん? どうしたんだ響子?」
「あのね、抱っこして欲しいのっ!」
「ああ、いいよ。おいで」

 あの、写真と同じ。

「わぁっ!」
「そらっ、どうだ響子? 高いだろう?」
「ほんとうだぁ! おとうさまより高い高いっ!」

――カシャリ

 不意に聞こえるシャッター音。

「おっ、写真撮ったのか?」
「ええ。凄くいい笑顔だったから」
「おかあさま、写真とったの? 早く見たいわ!」
「そうね。現像しないとけないから、ちょっとだけ待ってもらうことになるけど、いいかしら?」
「わかったわ!」

 優しい母の声。

 不意にそれは終わる。いつも、そう。

「やだっ……どうしておかあさまは起きないの? ねぇ、どうしてっ? おとうさま、どうしてなのッ?」
「おかあさんはね……もう起きないんだよ……起きられないんだよ……」

 ベッドに横たわる、動かなくなった母。私は、覚えている。
 でも、この後のことは知らない。記憶に無い。

「僕は探偵稼業を辞める」
「本気で言っているのか?」
「ああ」
「……それならば響子を置いていけ。それが条件だ」
「響子なら、僕よりも良い探偵になれるだろう……あの子には才能があることくらい僕にも分かる……響子を置いていくよ」

 事実かどうかなんて分からない夢の話。
 だけど、確かにこの後の私のことは記憶と一致する。

「おじいさま、おとうさまはどこへ出かけたの?」
「それは私にもわからないんだ。すまない響子」
「おとうさまは、いつ帰ってくるの?」
「もう帰ってこないんだ。あの父親のことは忘れても構わないよ」

 幼いながらに、絶望したのを覚えてる。一度に二人を失った悲しみを覚えてる。
 そして――夢の続きは、あの学園のあの隠し部屋での出来事へ。あの箱の中身が私の心を揺さぶる。


 私はそこで目を覚ました。最近、よく見る夢。
 夢だから、事実かどうかなんて信憑性なんてものはないはずだけれど、ほとんどが私の記憶と一致している。幸せだった頃の記憶と、絶望に突き落とされた記憶。
 今更悲しくなんてないけれど、この夢を見た後は私の目からはいつも涙が溢れている。

「――どうか、してるわね」

 私は涙を袖で拭うと、ベッドを降りた。いつもどおりにキッチンへ向かい、コーヒーを淹れる。
いつもどおりに規則正しい行動をすることで、乱れた気持ちを整えることが出来るから。


   ◇◇


「どうせなら、両親の記憶なんて忘れたままで良かったのに」

 私が、そう言うと苗木君の視線を感じて私は彼の顔を見た。そして自分の失態に気がついた。
彼は人のことでも自分のことのように怒って傷ついてしまう、お人好しな人だったから。

「そんなこと言ったらダメだよ、霧切さん……」
「ごめんなさい……失言だったわ」

――あなたの前ではだけど。

「……霧切さん、ボクは君に隠してることがあるんだ」
「隠してること? 一体何を隠してるの?」
「希望ヶ峰学園の、寄宿舎二階にロッカーがあったでしょ?」

 そう言われてあの悲惨な状態だった風景を思い出す。

「ええ」
「学園を出る前に、ボクはあそこのロッカーを全部徹底的に調べたんだ。そして、ボクのロッカーにボク宛の手紙があったんだよ」
「手紙? 一体誰から――」
「学園長だよ」

――あの人から、苗木君に手紙?

 私はどうしてあの人が苗木君宛てに手紙を書いたのか、見当がつかなかった。

「内容は……見てもらった方が早いね。今から僕の部屋に来てくれる?」
「……わかったわ」


 一体何が書かれているのか、気になった。謎があればとことん突き止めたいというのも探偵の性かしらね――なんて内心自嘲しながら、苗木君の後ろを歩いて彼の部屋へ来た。
 部屋にはいると、机の鍵のついた引き出しから苗木君が白い封筒を取り出して、無言のまま私に手渡した。

「……読んでも、いいのかしら?」
「うん。君が読まなきゃいけないと思う」
「そう――」

 私は何故か緊張して声が上ずった。そしてゆっくりと封筒から手紙を取り出し、開いてみた。そこには、あの人の直筆で心からの言葉と取れる内容があった。

『 苗木君、いつも響子を支えてくれてありがとう。本当に君には感謝しているよ。だから、私は君にはすべてを話しておきたい。
 まず、知っていると思うが私は心から響子を愛している。たった一人の娘だ。家を出た後も片時も忘れたことはなかった。
 正直、何度も霧切の実家に足を運んでしまいそうになった。しかし、出来なかったんだ。それは私の父親との約束でもあったし、何より響子の探偵としての素質、才能を潰したくなかった。
 探偵という稼業を畏怖している私には、響子を立派な探偵に育て上げることは無理だと判断した。だから私の父親に響子のすべてを委ねた。
 結果、本当に響子は素晴らしい才能を持った探偵になった。一人前の探偵となった響子が私の前に現れた時、卒倒しそうな程に嬉しく誇らしかったのをよく覚えているよ。その代わりに、父親として接することを犠牲にしてしまったけどね。
 本音を言えば、誰の教えも必要ないほどに立派な探偵となった響子と普通の親子のように一緒に暮らしたいと思っている。けれど、それは無理だろう。
 この想いだけでも本人に伝えられたら、と思ったこともあるがあの子からしたら図々しく虫の良すぎる話だろうから、私は胸に秘めたままこうして今まで来た。これからも言うことはないだろう。
 だから、苗木君。これからも君が響子を支えてくれ。もし、私に何かあっても君だけは響子のそばに居てくれ。私の大事な愛娘を頼む 』

「……どうして、いつもいつも直接、その時に話してくれないのかしらね。あの人は」
「霧切さん……」

 私は、初めて父の思いに触れることが出来たんだと思う。父の言葉で書かれた父の本当の気持ち。

「あの夢は、事実だったのね――」
「君は、ご両親にもお祖父さんにも確かに愛されていたんだ。だから、ちゃんと覚えていてあげて欲しい」
「……そう、ね。……苗木君、これを読ませてくれてありがとう。それと――」

――親子揃ってあなたに支えてもらって、本当にありがとう。


終わり

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