君のそばに

 To―ta pul―chra es, Ma―ri―a, O Ma―ri―a―, tota pul―chra es―,

 Et―ma―cu―la― , O―ri―gi―na―lis non est in Te


「何の歌だろう? 霧切さん知ってる?」

 紡がれた言葉に続いて、白い息が宙へ広がり気温の低さをそれは示していた。
 苗木は隣に歩く霧切にどこからか耳に入り込んできた神秘的な歌について尋ねる。彼女に向けた彼の鼻の頭が少し赤い。

「――聖母賛美歌」
「え?」

 独り事のようにボソリと答えた霧切は懐かしそうに目を細めていた。

「聖母賛美歌よ。クリスマスはそもそもイエス・キリストの誕生日でしょう? そのイエスを産んだ母親――聖母マリアを讃える歌よ」

 そう言い終えると同時に、彼女は顔を上げて苗木が理解したか確かめるように彼の瞳を見据えた。

「そうなんだ。初めて聴いたけど、凄く綺麗というか……神秘的で素敵な歌だね。霧切さんはやっぱり探偵活動の一環で知ってたの?」

 彼女は探偵だ。それも超高校級の探偵と呼ばれている。つまり、まだ少女とも言える年齢ではあるが確かな実力のある一流の探偵。
当然多岐にわたる知識を蓄えており、苗木はそれを知っていた。だから、賛美歌を知っていたのもそれが理由だと苗木は思った。
しかし――

「私は、途中で転校したけれどカトリック系の中学校に在籍していたのよ。当然クリスマスにはミサがあったわ。
参加は自由だったから私は参加したことはないけれど、他の行事でもよく聖歌を歌う機会はあったし……懐かしい、わね」

――そうか、だから……

「だから、さっき懐かしそうにしてたんだね」
「そうだったかしら? 苗木君のくせによく見ていたわね」

 微かに笑う彼女に苗木の目は釘付けになる。この寒い景色の中に、そこだけ温かい光が灯ったような、そんなふうに苗木は感じた。
 凍ったように動かなくなった様子で居る苗木を霧切が不審に思うのは当たり前だった。

「苗木君? どうしたの?」
「あっ、いや……なんでもないよ! それより、あの歌なんていう曲なの?」

 慌てて話題を変える。彼は恥ずかしくて「見惚れてた」とは言えないのだろう。霧切は「なんでもない」という言葉が嘘だとすぐに見破ったが、
特に気に留めることなくその曲名を静かに答えた。

「あれは確か――”Tota pulchra”……日本語で”なべて美しき”ってところかしら」
「”Tota pulchra”か……。英語、じゃないよね?」
「ラテン語よ」

 そう言うと、急に霧切は苗木の袖を掴み小走りしだした。黒い革手袋を着けたその手は、力強く苗木を引っぱる。

「ちょっと、霧切さん!? 急にどうして走るの!?」
「黙って付いてきなさい、苗木君」

 そう言われて一層戸惑うが、苗木は従うしか無かった。バランスを崩さないように、霧切のスピードに合わせて苗木も小走りする。
 静かな夜に、二人の足音がザッザッと静寂を乱す。
 説明もなく引っ張られる苗木は、戸惑いはしたものの少し嬉しかった。自分を引っぱる彼女の手が自分を必要としてくれているのだと思わせたのだ。
 暫く走って、辿り着いたのはカトリック系の学校だった。先ほどの霧切の話から苗木はすぐに、彼女が在籍していた学校だと悟ることができた。

「ごめんなさい。さっきの場所から近いことを思い出したら何だか来てみたくなったの」
「ここが霧切さんが居た学校?」
「ええ。行きたいところがあるの。一緒に来てくれる?」

 普段通りの口調だったが、苗木を見つめるその目は少し不安げだった。
苗木は困ったように笑ってみせるが、答えは決まってる。彼女の不安は要らぬ不安だった。

「うん、君の居るところならどこでも付いて行くよ」

 霧切は「ありがとう」と呟いてホッとしたように笑った。
その時門内の正面にぼんやりと見える教会から先ほどの聖歌とは別の曲の歌声が聞こえてきた。

「こちらもミサが始まったみたいね。……行きましょう、苗木君」

 霧切は躊躇なく、その門内へと歩を進めていく。
苗木もその後に続くが、部外者が女子校に入っても良いのかと一瞬足を踏み入れるのを躊躇うが、どんどん先へ行く霧切を見て彼は行くしかなかった。
 霧切はどうやら校舎内へと向かうようだった。

「ここに入るの?」

 目の前に広がるのは電気が消えて真っ暗闇となった校舎内。再び苗木はためらい、足を止める。

「ええ。大丈夫だから付いて来て」
「わかったよ」

 暗闇しか見えない廊下を進み、霧切と苗木は階段を上る。その間苗木は、少々緊張しており「怖いの?」と霧切にからかわれた。
そしてすぐに、彼女の目的地にたとどり就くことが出来た。

「屋上? でも鍵が――」
「以前のままみたいね、大丈夫。開けられるわ」

 そう言うと霧切はドアノブを上下にゆすりだした。するとカチャンと何か金具が外れたような音が響き、同時に彼女は掴んでいたドアノブをひねった。
すると――

「ほら、開いたでしょ?」

 冷たい外気が開いたドアの間から流れ込んでくる。
 苗木の方を振り返り自慢気に笑う霧切は、苗木が今まで見たことのないような楽しそうな、どこにでも居そうな少女のように可憐だった。

「在学生ならではのコツってやつだね?」
「少し違うわね。これはある人が私に教えてくれたの。その人と私しか知らないことよ。あ……今日からあなたも仲間入りね」

 フフッと霧切はやはり、いつもより楽しそうに肩を揺らす。そして、二人が外に出ると、先程まで気配も見せていなかったのに空からチラリチラリと雪が降りだした。

「……積もってはいないけど、あの時みたいね」

 独りごちる霧切に、何を言ったのか聞こえなかった苗木は尋ねようとするが、先に霧切から声が掛かる。

「苗木君、こっちに来て」

 言われたとおりにフェンスの方へ近づく。そして苗木は息を呑んだ。

「ね? 綺麗でしょう?」

 フェンス越しに見下ろすと、教会の優しい明かりが周囲を包み込んで神秘的な景色へと変えていた。

「うん、すごく綺麗だ」

 苗木は美しさに興奮を隠しきれず勢い良く霧切の方に振り向くと、先程まで楽しそうだったはずの彼女の表情に陰りが見えた。

「霧切さん?」
「……」

 返事をせず景色を見下ろしたままの彼女の様子に苗木は心配する。そして予定ではもっと後にしようと考えていたことを苗木は思い出す。

「霧切さん!」
「あ、ごめんなさい。少しぼーっとしてたわ。何?」
「メリークリスマス!」

 クリスマスらしい赤色の包装紙に包まれた小さな包を苗木は霧切へ差し出した。クリスマスなのだからある程度は予想できていたが、
このシチュエーションに少々彼女は驚いた。そして、大事そうにそれを受け取ると苗木に目配せる。

「ありがとう。開けてもいい?」
「もちろん! あ、手袋で開けづらいでしょ? ボクが開けるよ」

 苗木は再び霧切の手からプレゼントを取り上げて丁寧に包み紙を広げる。広げられた包の中からは小さな箱が出て来た。
その大きさから、霧切は箱の中身を推理する。そしてすべてが、あの時と重なる。

「はい。あとは、君が開けてみて?」
「ええ」

 ゆっくりと開けた箱の中には、小さい薔薇の入った試験管――イン・ビトロ・ローズ。

「――っ! ありがとう苗木君」

 謝辞と同時に霧切の身体が倒れこむ――いや、苗木に彼女が身を寄せてきたのだ。

「き、霧切さん!?」
「もう少し、このままで……」

 苗木の耳元に聞こえてきた彼女の声は――震えていた。苗木は彼女を宥めるように霧切の背中に手を回して背中をさすった。
 暫くして霧切が苗木の首に絡めていた腕を静かに解いて、恥ずかしそうに俯きながら身体を離した。

「霧切さん? 大丈夫?」
「……苗木君」
「ん?」
「あなたは……苗木君はずっとそばに居てくれる?」

 その顔は悲痛な面持ちで、願うような、縋るような様子にさえ見えた。そんな彼女に対して苗木は大きく肯いてしっかりと答えた。

「その薔薇の花言葉知ってるでしょ? 君のそばにずっと居るから、だからそんな顔しないで?」

 ポタリと地面に雫が落ちた。霧切の大きな瞳から涙が溢れて流れていた。

「――ありがとう」

  彼女の手にある試験官に入った薔薇は――枯れた白い薔薇。
  その花言葉は――


  『生涯を誓います』


―END―

Merry Christmas !!
2013.12.24 Merry Christmas !!

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