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コツリ、コツリ。
屋内でも屋外でも変わらない硬質なヒールの音を響かせながら、霧切響子は雑踏の中を足早に歩いていた。
普段はあまり賑やかでない通りでも、師走の半ばともなれば浮足立った人が増え、華やかな雰囲気に包まれる。
どこからか流れてくる馴染みのメロディーや、人々が時折足を止めて木々や建物に施されたイルミネーションに見入っている様は、実にわかりやすく季節を伝えてくれるものだ。
そう、もうじき年末の一大イベント、クリスマスがやってくる。

「……はあ」

その雰囲気におよそ似つかわしくない溜息を吐いて、霧切はやたらと早くなっていた歩調を少しだけ緩めた。
クリスマスが近いからといって、彼女の仕事は無くなったりしない。今日もまた一つの仕事を終え、依頼人と別れて帰路についたのが一時間ほど前のことである。
それなりに疲れはしたものの、スムーズに依頼をこなせたことで当初の予定よりも早く帰れることになり、どちらかと言えば気分は上向きだった。
――帰る途中、二人並んで仲良く買い物をしている、苗木と舞園を見るまでは。

(……別に、空いた時間に誰と一緒にいようと、彼の自由だけれど)

二人がクリスマス前に、共に出かけるということは知っていた。
学園内でも特に仲がいいと評判の78期生、すなわち霧切達のクラスでは、冬休みの帰省の前に全員でクリスマスパーティーをやることになっている。
そのプレゼント交換用の品物を一緒に買いに行こうと、舞園が苗木を誘っていたのだ。ただ、その日付が今日だとは知らなかった。

(お似合い……っていうのでしょうね、ああいうのは)

恋人たちが仲睦まじく歩いている中に、その二人はごく自然に溶け込んでいた。手を繋いだりこそしていないものの、周りから見れば可愛らしいカップルそのものだ。
舞園は有名人だが、そこは慣れているのだろう、見事に変装していた。変装と言っても見た目を損なったりしていない辺り、流石アイドルである。
霧切も割とよく苗木とは行動を共にするが、特に意識してお洒落をしたこともなければ、愛想よく振る舞ったりもしない。笑うことすらほとんどない。
普段は意識しないその差が、楽しそうに並んで歩く二人を見た途端に、大きな壁や溝の様な存在感を持ってしまった。

優しくて可愛くて、同性から見ても魅力的な舞園と、自分を比べようなどとは少しも思わない。
それでも、彼女の素直さや人当りの良さは、正直に羨ましいと霧切は思う。

――少なくとも、舞園は苗木とくだらない喧嘩をして、楽しみにしていた買い物の約束を取り止めにしたりはしないだろう。

「…………はあ……」

先程よりも長く陰気な息が漏れる。仕事に没頭していて意識的に忘れていた事実が、霧切をより一層憂鬱な気分にさせた。
喧嘩の原因が何だったのか思い出せないほどの些細な切っ掛けで、にも関わらずお互いに意地を張って口をきかないまま早数日。喧嘩はたまにしていたが、ここまで長引くのも珍しい。
大抵は苗木の方から折れてきた。故に、どうやって仲直りすればいいのかわからないのである。

前々から約束していた買い物をやめにした後、あてつけのように仕事を入れたのが霧切だ。苗木も同じ様に思って、舞園の誘いに応じたのだろうか。
本当なら自分と出かけていたはずの日に、別の女性と笑顔で歩いている様子を見せられ、自業自得とはいえ一気に気分が落ち込んでしまった。
そうして逃げるように歩き出し、普段は来ないような通りをとぼとぼと歩いている。

「……告白もしてないのに失恋した気分だわ」

いつの間にか足はほとんど止まってしまっていた。どこへ向かおうと歩いていたのかも定かではなかったが、またあの二人を見るのが嫌で学園とは反対方向に進んだ気がする。
ふと目をやると、通りの中央には背中合わせのベンチが何組も並んでいた。隣接している植え込みには控えめに明滅する小さな電飾が輝く。
若いカップルがそれぞれ寄り添って座っている中に、空いているベンチを見つけてゆっくりと腰掛ける。木製のベンチはひんやりと冷たくて、思わずぶるりと震えた。

(プレゼント、どうしようかしら……)

パーティーには既に参加すると言ってしまったから、何か買っておかなければならないのだが、何が相場なのかもサッパリわからない。
だからこそ贈り物の得意な苗木に付き合って貰おうと思っていたのに、この有様では頼ることも出来そうにない。
もういっそのこと仮病でも使って当日は部屋に引きこもってしまおうか、などと自暴自棄な考えが浮かんできて、飽きることもなく暖気を孕んだ溜息が空中に白く消えた。

どれくらいの間、そうして一人沈み込んでいたのか。
頬に冷たさを感じて、ちらちらと雪が舞っていることに気付く。そこまで厚着をしてこなかったことを後悔し、しかしすぐに帰る気にもなれず、きゅっと身体を縮こまらせた。
下に向いていた視線が、歩く人々の足元を捉える。苗木と同じような赤と白のスニーカーがいるなとぼんやり思っていると、その靴が近づいてきた。

「……風邪ひくよ」

上からぶっきらぼうな声が降ってきて、一瞬空耳かと思う。けれどのろのろと顔を上げると、そこには確かに見慣れた少年が立っていた。
表情はいつもの穏やかな顔ではなく、眉間に軽く皺を寄せた仏頂面で目を逸らしている。霧切に向かって突き出した右手には千鳥格子のマフラーが握られていた。
呆然とマフラーに目をやったまま動かない霧切に、催促するように苗木が手を揺らす。
素直に受け取れば良かったのだろうが、こんな時にさえ咄嗟に意地が邪魔をして、睨むような険しい顔になってしまう。

「いらない」
「……」

苗木は少しムッとしたような顔で一度手を引っ込めたが、おもむろに手を伸ばして強引に霧切の首にマフラーを巻きつけた。
抗議しようと思ったが苗木はさっさと歩き出し、帰るのかと思いきやすぐ後ろでベンチが軋む音がして、反対側に座ったのだと解った。ちょうど背中合わせに座った形になる。
帰るつもりはないらしく、かといって話しかけてもこない。マフラーを外して突っ返してやろうかと思ったが、流石に子供っぽいかと思いとどまった。
そのまましばらく沈黙が続く。やがて居心地の悪さに耐えかねて、ぽつぽつと話始めた。

「……どうしてこんなところにいるのよ」
「さっき……たまたま見かけたら、寒そうだったから」
「舞園さんが待ってるんじゃないの」
「もう帰ったよ」
「同伴の女性を一人で帰らせるなんて、男性として失格ね」
「……霧切さんには、関係ないだろ」

会話はすぐに終わる。お互いに棘のある声しか出せなくて、このままではまた言い合いになりかねないと口を噤んだ。
少なくとも、苗木は少しだけ譲歩してくれたのだ。それなのに自分はまるで可愛げのない態度で、大人げなく少しも歩み寄ろうとしない。
もしかしたらまた苗木の方から喧嘩を終わらせてくれるのではないか――などと、自分勝手で甘えた考えが少しでも浮かんだことが心底嫌になった。

微動だにしないまま膠着状態が続き、いつまでたっても素直になれそうもない自分にうんざりして、やがて霧切は身体に付着した雪を払い、帰り支度を始めた。
苗木に巻かれたマフラーを外し、返そうと思って彼の座るベンチの前に行くが、霧切が口を開く前に苗木が立ち上がった。

「……それ、返さなくていいから。そのまま使って」
「……何を言ってるのよ。あなたが風邪をひくわよ」
「僕のじゃない。……霧切さんにあげようと思って、さっき買った物だから」

言われて思い返してみれば、舞園といた時の苗木はマフラーなど巻いていなかったような気がした。そもそも彼は体温が高いので寒さには強いのだと、以前聞いた覚えがある。
しかし、それはつまり寒そうな霧切を見て新品の防寒具を買ったということだろうか。いくらお人好しでも程があるのではないか。
苗木の手には開封されて中身のなくなったギフト用の紙袋がある。ブランド物ではないが肌触りの良い上質なものだし、決して安くはなかっただろうに。

「まさか……わざわざ買ってきたの?」

嬉しさより罪悪感と困惑の方が大きくて、戸惑いがちに尋ねる霧切に、苗木はゆるゆると首を横に振って否定の意を示した。

「もともと、今日買おうと思ってたんだ。パーティー用じゃなくて、個人的なクリスマスプレゼントのつもりで……。
 ……だから、ちょっと早いけど……貰ってくれない、かな」
「…………」

何も言えなくなった霧切が手に持ったままだったマフラーを、苗木は再び手に取って先程よりも幾分か丁寧に巻いていく。
首元が柔らかい感覚で覆われ、霧切は思わず端をぎゅっと握った。買ったばかりなのに、既に苗木の暖かさが染みついている心地がする。
ありがとうと、せめてそれだけは言いたかったのに、薄く開いた口からは吐息以外が出てこない。
そんな霧切の心情を知ってか知らずか、苗木は何も言わずに地面に落ちた雪を踏みながら学園の方向を向いて歩き出した。

「……、……苗木君」

数歩も行かないうちに呼び止める。立ち止まって振り返った苗木にゆっくりと近づいて行き、横に並ぶと彼の左手を自身の右手で掴んだ。
手繋ぎとも言えない不器用な仕種だったが、苗木は驚いたように目を瞠って霧切の表情を窺った。
その視線から逃れるように顔を背けながら、ぼそぼそと緊張を押し殺した声を発する。

「私は、まだプレゼントを買えてないの。だから、その……選ぶの、手伝って貰えないかしら?
 パーティー用のものと……あなたへの、個人的なものと」

素直になれない意地っ張りからの、精一杯の謝意を込めた言葉。
一日はもう半分以上が終わってしまったけれど、本当は今日、一緒に出掛けるのをとても楽しみにしていたから。
くだらない喧嘩で台無しにしてしまった時間を、今からでも取り戻せるのなら、そうしたかった。

「……うん」

頷いて、苗木は霧切に掴まれていた手を動かし、手袋越しにしっかりと握る。
そうして二人は、静かに降り続ける雪の中、どちらからともなくゆっくりと歩き出した。

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