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「お邪魔するわね」
「どうぞ。適当にくつろいでて」


 『苗木』と書かれたプレートの部屋に入り、扉を閉める。
 外の冷たい風が遮断され、強張っていた二人の身体が安心したように筋肉の緊張を解く。


 未来機関の用意した彼らの住居は、元は小さなマンションだった建物だ。損傷が少なかった為に、修繕して隊員たちの住処として使っている。
 アパートがやや広くなった程度の大きさで、とある元御曹司などは露骨に嫌そうだったが、それ以外からは特に不満も出ず、思い思いに新しい我が家を受け入れた。


 そして、コロシアイ生活を経て絆を強めた彼らは、時折仲間の部屋に遊びに行ったり、共に食卓を囲んだりするのだった。
 仕事帰りに寄ることもある。――ちょうど、今の苗木と霧切のように。



「コーヒー……は食後がいいわね。手持ち無沙汰だし、何かしようと思ったのだけど」


 スーツの上着を脱いだ霧切は、座り仕事で硬くなった身体を軽く解しながら、暇そうに視線を巡らせている。
 苗木は冷蔵庫から食材を取り出しながら、そんな彼女を見て苦笑いを浮かべた。


「それなら、ご飯作るの手伝ってくれてもいいんだけど……」


 今までにも何度かこの家で食事を共にしたが、彼女は一切料理をしていない。
 他の仲間の家でも同様で、食材の買い出しや配膳は手伝うのだが、調理は一切しないのだ。それこそ、コーヒーを淹れるくらいだった。


 今もそうだ。声は聞こえたろうに、彼女から返事は帰ってこない。やはり手伝う気はないのだろう。


「霧切さんは、料理って苦手?ボクも前は全然やってなかったけどさ、始めてみると結構楽しいよ。
 自炊した方が節約にもなるし、栄養とかも……」
「ちょっと、勝手に決めつけないでちょうだい。私は別に、料理自体が嫌な訳じゃないわよ。簡単なものなら大抵は作れるわ」
「……そうなの?」


 苗木は少し意外に思う。
 失礼な考えだとはわかっていたが、彼女にはあまり家事をするイメージがなかったのだ。てっきり、苦手なものだと思い込んでいた。
 しかし、それならどうしていつも料理を全くしないのか。


 そんな苗木の考えは、霧切曰くバカ正直な顔にそのまま浮かんだのだろう。
 苗木の顔を見て軽く息を吐き、自分の手に視線を落として、ぽつりと呟いた。


「……手袋、外さないといけないからよ」
「――あ、」


 衛生的にも作業的にも、手袋のまま調理する訳にはいかない。だが、人前で外すことは出来ない。
 知っていたはずなのに思い至らなかったことに、苗木はすぐに後悔した。


 謝らなければ、と思って彼女の方を見ると、


「……立候補、する?」


 よく知った意地の悪い笑顔で、にやにやと苗木を試すように、いつかの掛け合いで聞いた台詞を口にした。


「なっ……も、もう!からかわないでよ霧切さん!」
「あら、自分の無神経さに反省している苗木君を励まそうとしてあげてるんじゃない。それで?立候補、するのかしら?」
「……っ、~~~しないっ!」


 くすくすと楽しそうに笑う声を聞きながら、苗木は真っ赤になってそっぽを向く。
 いつもよりやや乱暴な手つきで夕食を作りながら、立候補しないと断言したことに少しだけ後悔した。


「ごちそうさまでした」
「はい、お粗末さまでした」


 揃って箸を置き、手を合わせて食後の挨拶を交わす。


 苗木の作る食事は、和食でも洋食でも定番のメニューがほとんどで、平凡を自称するに相応しいと言える。
 今日は和食寄りだった。とは言っても、そこまで腕が立つわけではないので、凝った品ではない。


 コーヒーはやめて、霧切の淹れたお茶を啜り、ほっと一息。
 身体の内側からも暖かさが浸透して、充実感と安心感をもたらしてくれる。


「ふう……苗木君、また少し上達したみたいね。美味しかったわ」
「そうかな?そう言って貰えると嬉しいよ」


 以前、家族と共に暮らしていた時は、料理も洗濯も母に任せっきりで、せいぜい年末の大掃除を手伝うくらいだった。
 それが学園での寮暮らしで少しずつ家事を覚え、一人暮らしとなった今では、大体のことができる。
 成長を実感する一方で、家族のことを思い出して少しだけ胸が痛む。


 生き残りのメンバーがよく共に食事をするのは、失った家族の穴を埋めるような気持ちもあるのかもしれない。


「特に、このお味噌汁は絶品だったわ。苗木君は良いお嫁さんになれるわね」
「……突っ込まないからね」


 美味しいものを食べた時、霧切は少し上機嫌になる。
 そして苗木をからかう頻度が上がるのだ。いちいち反応はしないほどに慣れているので、特に気にはしない。


 ――ただ、時々ふと、自分の方が彼女を翻弄出来たら……など、思うこともある。
 どうせ無理だとわかってはいるが、男としての小さな意地というか、一応そんな感情も残っているのだ。


「でも本当、あなたの作る料理はとても好きよ。何なら、毎日ご飯を作ってほしいくらいね」
「……なら、立候補する?」
「え?」


 そこに、家族への感傷も混ざってしまって、気づけば口走っていた。


「ボクの、家族になるような人に」



 先に真っ赤に染まったのはどちらの方だったのか。


 意表返しのつもりが、半分くらい本音が入ってしまった為に、言った方も耳まで赤くなっているものだから。
 言われた方も、冗談かどうかの判断がつけられなくて、結果、茹で蛸その二になっている。


 しばらく二人して固まっていたが、やがてぎこちない動作で霧切が食器をまとめ、流し台に持っていく。
 無言のまま椅子の背に掛けていた上着を羽織り直し、いそいそと帰り支度を始めた。


「あ、あの……霧切さん、さっきの……」


 遅れて苗木も食器を片し、既に玄関まで行っていた彼女に慌てて声をかける。
 何か弁明しないと、と思っていたのだが、霧切は返事を促されたと思ったようで、


「し、しない!」


 少し前に苗木が同じ言葉を言った時と全く同じ表情で、不自然に大きな声をあげて、出て行った。


 ――明日、職場でどんな顔して会おうと考えている苗木を、一人残したまま。



おわり

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最終更新:2015年01月29日 15:04
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