霧切さんと江ノ島さん 対決編

 問題―
 【2002年、「『クロック城』殺人事件」で第24回メフィスト賞を受賞/

画面にそこまで表示された瞬間、私は目の前のボタンを叩いた。
ポーン、と音がする。点いた、そう思った。しかし、解答権を得たのは自分ではなく対戦相手のほうだった。
筐体を挟んで向かいに座るその人物は、自信満々といった表情で、タッチパネル式の画面に答えを入力していく。

ピコーン、という効果音と共に、画面に「正解!」の文字。
いよいよ追い詰められた。次の問題を取られたら、私の負け。

「うぷぷ。霧切、絶体絶命じゃん」
対戦相手――江ノ島盾子が意地の悪い笑みを見せた。

その日は土曜日だった。授業は休みで、クラスメイトも皆どこかへ出かけているようだ。
私はランドリーで洗濯が終わるのを待ちながら、椅子に座って文庫本を読んでいた。
ちょうどキリのいいところまで読み終えたところで、扉が開く音がした。
ひょい、と顔を出したのは江ノ島さんだった。

「おーっと霧切じゃーん!ちょうどよかった、アンタこの後時間ある?」
彼女は大きな瞳をこちらに向けて尋ねた。何か頼みごとだろうか。私は文庫本に栞を挟んで閉じ、彼女に向き直る。
「特に予定はないけど」
「では、私に付き合って頂けますね?」

彼女は一瞬で眼鏡をかけた知的キャラに変わっていた。知り合った当初はコロコロとキャラクターを
変化させる彼女に皆が戸惑ったが、今ではすっかり慣れてしまっている。もちろん私も例外ではない。

「付き合うって、何をするのかしら」
「もちろん、遊びにいくんだよー!」
彼女は目をキラキラさせ、ぶりっ子の口調で言う。あまりにも唐突な申し出に私はやや困惑した。
「遊びにって……ずいぶん急ね」
「いやだって絶望的に退屈だし。霧切誘ったらなんかオモシロそうだし」
ぶりっ子から一転、素のトーンで返された。この落差、初対面の人間はきっとついていけない。

「で、どうよ?」
「そうね……」
私は考え込む。確かに予定はないけれど、仕事のことでやっておきたいこともある。
それに、と私は江ノ島さんを見る。喜怒哀楽がはっきりしている彼女に対し、私は感情を表に出さない。
そんな私と一緒でも、彼女はあまり楽しくないのではないか。彼女には悪いけど、遠慮させてもらおうか……

と、
「そうですよね……私とは、行きたくないですよね……」

ぼそぼそと消え入りそうな声。いつの間にか江ノ島さんが青い顔で目を伏せ、しょんぼり自分の髪を触っている。
ずるい手だ。なんとなく断りづらい雰囲気を作り出されてしまった。これも一緒に過ごすうちに分かったことだが、
彼女は相手の心を揺さぶるというか、感情に訴えるのが妙に上手いときがある。今回はその好例かもしれない。
それでも私が何も言わないでいると、彼女は飽きたとばかりに元の表情に戻って、大げさに両腕を広げた。

「あーあー、やっぱダメだよねー。アンタが受けるのは苗木からのお誘いだけだもんねー」
「な!?」
思いがけない一言に、気づけば私はガタ、と立ち上がっていた。江ノ島さんはニヤニヤ顔だ。

「なーんかこないだも街で一緒にいたって目撃情報ありますし?いっつも仲良くおしゃべりしちゃってますし?
なになに何なの?『彼だけは特別よ』、ってか?霧切って意外と乙女だねえ」
「そ、そういうことじゃないわ」
平静を装ったつもりだったが、声が上ずっていると自分でも分かった。そもそも反射的に立ち上がっている
時点で、動揺を抑えられていない。

確かに、苗木君は普段から私にもよく声を掛けてくれるし、お互いの用事に付き合うこともある。
しかし、なにも彼としか一緒に行動しない、というわけではない。あくまでもその頻度が
他に比べて多いだけで……。

などと言い訳のようなことを考えていると、江ノ島さんがずい、と迫ってきた。
「ま、なんだっていいんだけどね。それで、結局付き合ってくれるわけ?」

不本意だが、もはや完全に主導権を握られてしまっている。彼女に付き合うことよりも、
この場で易々とやり込められた自分に苛立ちつつ、せいぜいそれを悟られないように返す。
「……行くわ」
「よし、決まりね」
彼女がニッと笑ったちょうどそのとき、洗濯の終了を知らせる合図が鳴った。

ほとんど江ノ島さんに引っ張られる形で、私たちがやってきたのはゲームセンターだった。
ビルの1階部分を丸ごと占めており、規模の大きい施設だ。

「せっかく二人で来たんだし、やっぱここは対戦できるヤツだよねー」
ガヤガヤと騒がしい店内を進みながら江ノ島さんが言う。

「んで、負けたらオシオキってのはどーよ?」
「お仕置き?」
「罰ゲーム的な」
「……拒否権は?」
「もちろん無い」

普通に遊ぶだけでは物足りないらしい。しかも私の意思は無視されてしまった。
普通に考えれば、罰ゲーム……オシオキを受けるのは十中八九私のほうではないだろうか。
私はもともとこういった場所には縁遠い。江ノ島さんに勝つという図はどうしても浮かばない。

「んな怖がんなって!霧切が得意そうなの選んでいいからさ」

江ノ島さんがバシバシ背中を叩いてくる。もうオシオキルールは確定らしい。
仕方ない、と決心して店内を見回す。

こうなった以上勝算の高いものを選ぶべきだが、どれにしようか。
対戦なら格闘ゲームやレースゲームが定番だろうが、勝手の分からない私がやっても相手にもならないだろう。
それならば、バスケットやホッケーのほうがいいかもしれない。

あれこれ考えていると、ふと目にとまったのは、クイズのアーケードゲーム。

直感的に、これなら、と思った。ゲーム自体はやったことはないが、クイズというからには、
問題が出され、それに答える遊びだろう。知識量を競う勝負なら自信がある。私は筐体を指差した。

「あれにするわ」
江ノ島さんは、さして意外でもないというふうに、「なんつーか、らしいの選ぶね」と言った。

ゲームは3ラウンド制で、ラウンドごとに異なるクイズ形式で戦う。先に2ラウンド制したほうの
勝利となる。

お互いに1ラウンドずつ取り合い、戦いは最終ラウンドへもつれ込んだ。

第3ラウンドはオーソドックスな早押しクイズだ。先に5問正解すれば勝利となる。
現在、私が3問、江ノ島さんが4問。

今の問題を落としたのは悔やまれる。作者を答える問題だった。「『クロック城』」をはじめ、
この作家の本はよく読んでいたのに……。
引きずっても仕方がない。次の問題を取ればいい。私は意識を集中させる。

 問題―
 【固体が液体へ変化することを「融解」といいますが、反対に/

今度は確かに私が押した。「反対に」と来れば、問われているのは液体から固体への変化、
つまり「凝固」が答えだ。

1文字ずつ慎重にタイピングを終えると、正解の効果音。思わず拳を握った。
これで4対4。次を取ったほうが勝ちだ。

「やるわね人間!」
江ノ島さんは余裕を崩さない。「問題」と画面が切り替わる。これで決められるか。

 問題―
 【1996年、アトランタオリンピック・男子サッカーのグループリーグにおいて、日本がブラジルを
  1対0で下した一戦は、試合が行われた都市の名前から「何の奇跡」と呼ばれている?】

どちらもボタンを点けないまま、問題文がすべて表示された。

残念ながら、私は答えを知らない。「ドーハの悲劇」や「ジョホールバルの歓喜」は聞いたことがあるけれど、
それはワールドカップの予選だ。オリンピックの試合もそうした通称で呼ばれるものがあるのか。そもそも
アトランタ五輪なのだからアトランタではないのかと考えてしまうが、問題文にその語句が含まれている以上
答えにはなりえない。

この問題はスルーか。私と同じく江ノ島さんもボタンを押す気配はない。双方が解答しないまま一定時間経過
すれば、その問題は流れて次に移る。ペナルティは無い。
画面では終了5秒前のカウントが始まった。表示される数字が小さくなっていく。4、3、2、1――

ポーン、と、すっかり耳慣れた音が響いた。
残り1秒のところで、江ノ島さんがボタンを点けていた。

「え…?」
私は予想外の出来事に呆気にとられていた。彼女はそんな私に勝ち誇ったような笑顔を向けると、
制限時間をいっぱいに使って、ゆっくりと答えを打ち込んだ。
「マ」「イ」「ア」「ミ」
―「マイアミの奇跡」―

ピコーン、とこれまたおなじみの効果音が鳴って、江ノ島さんの勝利が決まった。

「霧切さんのオシオキが決定しましたー!」
ハイテンションで筐体の椅子から立ち上がった彼女を、私はジロリと睨む。

「問題が『流れ』になると油断させた上で押すなんて、随分いやらしいことをするのね」
「は?そんなんじゃねーし。1秒前に思い出しただけだから」
心外だと言わんばかりの江ノ島さんに、よく言うわ、と溜息をつく。ボタンを押した時のあの顔は、
答えを知っていたに決まっている。

彼女の知識量には正直なところ驚かされたが、それよりも。

……悔しい。他愛のない遊びであるはずなのに、負けてしまったことが純粋に残念でたまらない。
そして、そんな気持ちを抱いていることが、自分でも少し意外だった。

「とりあえず、アタマ使ったから栄養補給といくぜぇー!」
思案顔の私にはお構いなしに、彼女は私を椅子から引っ張り上げ、背中をグイグイと押してきた。思わず聞き返す。
「ど、どこへ行くの?」
「近くに美味しいケーキ屋があんの。お茶の時間ってことで!」

オシオキはどうしたのだろうと思いつつ、私はまたも江ノ島さんに連れられるようにして、
ゲームセンターをあとにした。

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