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*閃光の刻 ◆Wy4qMnIQy2 広い空から降り注ぐ暖かい日光が、大地に巨大な影を落としていた。 空を舞う黒龍、ドラグブラッカーの巨体によって。 その下の人影は三つ。その内の一人の姿は人間ではなく、龍の体色と同じ漆黒の鎧を纏っている。 「ふうん。デッキ見た時も思ったけど、やっぱり龍騎に似てる。じゃあ装備も同じかな」 東條悟は現在の自分の身体を眺め、そんな感想を口にした。 たった今、彼は目が覚めるとすぐに背負われていた男から一つのカードデッキを強奪、そのまま変身を果たしたのである。 彼が手にした鎧の名はリュウガ。彼の記憶にある赤い騎士、龍騎の全身を黒く染め上げたような外見である。 自分の姿を大体把握して、一度空を見上げると、ドラグブラッカーが咀嚼を終えて息を一つ吐き出すところだった。 「……とうとう一人消えちゃったね」 身体ごとその命を砕かれた女性、光夏海の死にリュウガは喜びを噛み締める。 他の人間を犠牲にすることが東條悟の願いを実現する唯一の手段。 他者から見れば酷く歪んだ、けれど彼にとっては純粋な理想にようやく一歩踏み出すことができたのだから。 「さあ、君達もすぐにあの子と同じになってほしいな」 リュウガが向けた舐めるような視線に、二人の男、北條透と矢車想は身を固める。 二人に共通して言えることは一つ。東條と違い生身を晒しているという点だ。 「不味いですね、今の私には彼に抗えるだけの力がありません」 北條は悔しげに毒づく。 これから騎士と怪物を相手にしなければならないというのに、今の北條は戦闘に使える道具を一切持っていないのだ。 だから今の頼みの綱は矢車想だけである。 「どうしたの? さっきみたいに飛蝗のライダーに変身したら?」 北條が矢車に声をかけようとしたとき、リュウガが挑発にも似た問いを投げかけてきた。 それを聞き、矢車へ向けられる北條の眼差しに淡い希望が混じる。 東條の言葉から察するに、矢車もまた「変身」の手段を持っていることになる。 「……」 しかし、二人の視線を浴びてなお、矢車は一切の動きを見せない。 その態度は北條に違和感しか抱かせない。 今は敵に対抗する手段を使わなければ、一方的に命を奪われることが明らかな状況だ。 それにも関わらず、なぜ矢車は何もしないのか。 「……無理なのよ、今は」 矢車の代わりに答えたのは、北條の目の前に飛んできたキバーラだった。 なぜ蝙蝠が喋っているのかも不思議だが、それ以上に彼女の答えの方が気になった。 「どういうことです!? 今戦わないと我々は……」 「やっぱりね。モンスターみたいにライダーへの変身も制限つき、ってわけか」 声を荒げる北條だが、一方のリュウガは納得したような声を上げた。 仮面ライダーブレイドとの戦いの中で突然消えたデストワイルダーの謎と、キックホッパーに変身しない矢車の姿が一つの答えを導き出した。 ミラーモンスターの召喚、そして仮面ライダーへの変身には何らかの時間制限が課せられているのだと。 東條の言葉を聞き、ようやく北條の頭でも矢車の様子に合点がいった。 しかし今の北條にとって決して嬉しい事実にはならない。 陰湿な笑い声を零しながら接近するリュウガに対応する手段が無いことを意味するからだ。 「言っておくけど、あたしの魔皇力で変身できるのは夏海だけだから」 「……万事休す、ですかね」 「いや、まだ可能性はある」 矢車は小さく呟き、顎で東條の後方を指し示す。 そこには光夏海が遺した彼女自身のディバッグと東條のティバッグが落ちていた。 「あれの片方にはあいつのと似たようなデッキが入っている」 夏海のディバッグの中身は不明だが、少なくとも東條のディバッグについては存在を確認できたものが一つある。 仮面ライダータイガに変身するためのカードデッキだ。 「あれを使えば、あの男にもある程度は……っ!?」 行動を指示しようとした矢車の言葉は突然遮られる。 これまでただ様子を眺めていただけのリュウガが一気に距離をつめてきて、遂に拳を向けてきた。 矢車は身体を捻り、顔面に向けられた拳をすんでの所で回避する。 「今度は僕の勝ちだよね。だって、君にはもう力がないから」 「はっ、どうだか……」 初撃をかわされながらも、勝利宣言に等しい言葉を聞かせてくる。 矢車もまた余裕の態度を見せ付けるが、それは見せかけだけなのは両者にわかっている。 人間対仮面ライダー、どちらが勝つかなど考えるまでもない。 リュウガは姿勢を整え、今度は左脚から蹴りが放たれる。 「くそっ、このままでは……」 北條は自分と矢車の間に立つリュウガを忌々しげに見つめる。 今はかわせているが、このまま戦い続ければ矢車が嬲られるのは目に見えている。 しかし、今の北條にできることといえば…… (あのディバッグの中身を回収すること、でしょうね) 矢車が示唆した一筋の光が、二つのディバッグのどちらかに隠されている。 幸いリュウガはこちら側に移動し、矢車の方に気を取られている。 少なくとも障害の一つは無くなったと見ていいだろう。 「GAAAAAAAAAA!!」 「くっ!!」 だが、あくまで一つ無くなっただけだ。 もう一つの障害、ドラグブラッカーは健在である。 北條がディバッグを狙っていることにも感づいているようで、ディバッグの間を埋めるように強靭な尾を地面に叩きつけた。 衝撃が地を揺るがし、思わず姿勢を崩す。 このままではディバッグを得られないどころか、怪物の餌になって終わりだ。 (向こうは仮面ライダー、こちらにはおまけのドラゴン。かわしつづけるだけじゃ埒が明かない。せめて私の方に何か援護でもくれたら……) 「かわしてばかりじゃ辛くない?」 リュウガの攻撃は休むことなく続いていた。 拳を突き出し、脚を振り上げ、手を横に薙ぎ。 矢車は幾重もの攻めをどうにか回避しているが、全て当たる寸前で、といった状況だ。 これではただの消耗戦、いつかはこちらの身が捉えられる。 矢車のそんな不安に応じるように、とうとうリュウガの右膝が矢車の腹に当たった。 「ぐ……」 「ほらね」 ライダーの力で与えられた苦痛に呻きが漏れる。 さらにもう一発ダメージを負わせようとリュウガは拳を握り、叩きつけた。 矢車の身体が揺れたかと思った時、ついに矢車が回避以外の動作を見せる。 「ふんっ!!」 左脚での回し蹴りが放たれ、鮮やかな軌道を描く。 何に遮られることもなく、空気を切り裂き、リュウガの頭に吸い込まれる。 爪先が命中し、鈍い音が響いた。 「無理だよ」 結果、リュウガにダメージが与えられたかといえば……否。 いかに矢車の蹴りといえど、ただの人間の脚力で鉄仮面を破ることはできなかった。 リュウガは蔑みの目線を向け、右脚を矢車の腹に放つ。 こちらも命中し、吐瀉物が出そうな感覚がする。 だが、矢車は真っ直ぐにリュウガを見据え、諦めることをしない。 (まだ、死ねないんだよ) 警察官の肩書きを持つ北條や世界を守る旅を続けてきた夏海と違い、矢車には守りたい人がいなければ帰りたい場所もない。 それでも、あの夢の中で見つけた一つの目的を果たすまでは生きなければならない。 芽生えた意地はキックの応酬へと繋がる。 かわし続けるのがすでに困難なら、攻撃を続けるだけだ。 胸に、肩に、膝に、腕に。 前の戦いでキックホッパーとしてタイガに浴びせたように、矢車の蹴りがリュウガに隙を与えないほどに連続で叩き込まれる。 その中の一撃を受けて、リュウガが僅かに苦悶の声を漏らした。 装甲が薄く、なおかつ以前の闘いで傷を負った箇所に当たったようだ。 「硬そうなのは頭だけか?」 チャンスを逃さず、追加で蹴りをお見舞いし続ける。 だからといってリュウガも黙って食らっているわけがない またリュウガの拳が飛んできて、回避は叶わなかった。 再び受けたダメージに身体がよろめく。 仕返しのように続く、殴打、殴打、殴打。 この一方的な暴力が、いつまでも――― 「あああああっ!!」 ―――続かず、キバーラの声に遮られた。 親指ほどの矮小な身体で、懸命にリュウガにタックルを仕掛ける。 リュウガへの嫌悪感と怒りがひしひしと伝わる叫びと共に、何度も何度も。 痛みは無くとも鬱陶しさはあったのか、リュウガの狙いは一度彼女へ向けられた。 「このっ」 「邪魔」 まるで蝿でも払いのけるかのように手を振るう。 その軽い一発を当てられただけで、キバーラは悲鳴を上げて吹き飛ばされてしまった。 それきりまた矢車へ顔を向けたが、ある変化に気付く。 何も持っていなかったはずの手にカギ爪のような奇妙な機械があった。 一体何だろうと思うより速く、その機械から小さな黄色い何かが飛び出す。 黄色い何かは真っ直ぐリュウガの身体へ突っ込み、衝突と同時に小さな爆発を起こした。 「何!?」 予想外の事態に、爆発が持つ矢車のキック以上の威力に驚きと苦痛の声を上げる。 その様子に矢車もまた驚き、しかし少し喜ぶ。 自分のディバッグの中から見つけ出した最後の支給品、ゼクトマイザーの攻撃力に。 幸運を味わう暇もなくそのまま数歩後退し、小型爆弾マイザーボマーを射出し続ける。 「くっ……調子に乗るな!」 ―――SWORD VENT――― いくつもの爆発に耐えながら、リュウガは一枚のカードを左腕のバイザーにセットする。 直後、ドラグブラッカーの尾部を模した剣、ドラグセイバーが現れた。 柄を右手に握ると、向かって来た全てのマイザーボマーは一瞬の内に切り伏せられる。 それでも矢車は攻撃の手を緩めない。 一発、三発、五発とマイザーボマーを何発も撃ち続ける。 切り伏せられても、リュウガに当たることなく通り抜けていったとしても止めない。 少しでも、奴のいる方へ攻撃を与えねば。 「いい加減に!」 しかし最初に取った距離は詰められ、リュウガが振り上げた左手によってゼクトマイザーは弾かれ宙に弧を描く。 続けてリュウガの右拳が浴びせられ、矢車は地面に膝をついた。 「随分手を焼かされたけど、いよいよ終わりだね」 リュウガは満足気に矢車の身体を見下ろし、刃をつきつける。 この男には何度も痛い目に遭わされたが、それもここまで。 とうとう死を迎える矢車は顔を上げ、その両目はリュウガを――― ―――ではなく、その向こう側の光景を見つめていた。 その先では、黒龍ドラグブラッカーが苦悶の唸り声を漏らす様。 「やっと見つけましたよ」 そして、二つのディバッグの元に辿り着いた北條透の姿だった。 マイザーボマーは決してリュウガだけを狙っていたわけではない。 北條の動きを阻害するドラグブラッカーの巨体もまた攻撃対象だった。 だからこそ、マイザーボマーの何発かは敢えてリュウガが回避可能な方向に撃ったのだ。 そして傷を負ったドラグブラッカーが僅かでも動きを止めた隙に、北條は一気にディバッグの元へ駆けていった。 「……行け」 今、北條の手には東條のディバッグから取り出したタイガのカードデッキが握られている。 側の窓ガラスからVバックルが飛び出し、北條の腰に装着される。 この状況にふさわしい言葉は、ただ一つ。 北條は叫ぶ。 「変―――」 「―――身、なんてさせないよ?」 リュウガの小さな呟き。 振り向くと共に北條めがけて投擲されるドラグセイバー。 一直線に、その鋭利な刃が北條の身体に迫る。 「まずい!?」 北條は変身のモーションを一旦取りやめ、後ろに飛び退いてドラグセイバーを回避する。 その隙を見逃すはずがないのはリュウガ、さらに。 「GAAAAA!!」 ドラグブラッカーだ。 太い尾を北條に向けて振り下ろしてきた。 地面を転がって直撃は免れるも、振動で身体が浮かび、地面に叩きつけられる。 今度こそドラグブラッカーは北條を仕留めようと、鋭い牙で噛み砕きにかかる。 「また消えた? ……時間制限か」 だが、北條の身体を捉える寸前でドラグブラッカーは消滅した。 どうやらデストワイルダーの時と同じく、召喚可能時間の限界が来たらしい。 だからといって、東條にとってさしたる問題はない。 リュウガは跳躍で一気に北條との距離を詰め、横たわる彼の手からタイガのデッキを奪い取る。 もう奪われることのないよう、デッキは回収した自分のディバッグに入れた。 これでもまだ北條が動きを見せるようなので、左手を踏みつけて痛めつける。 「残念だったね。これを使えばちょっとは抵抗できたかもしれないのに。」 「くうっ……ええ、残念です……」 ついに諦めの言葉を口にした。 そうだ、二人は結局負けたのだ。 タイガのデッキを使うことは叶わず、ディバッグの中の他の支給品の中を手に入れたわけでもない。 それに、 (あれ、あの女のディバッグは……?) 少し気になって、夏海のディバッグに視線を移す。 ファスナーは、開いていた。 「残念ですよ。逆転劇を始めるのに、ここまで時間がかかったことが!!」 こちらを見る北條の目に、張り上げた北條の声に込められているのは、諦めではなく希望の光。 右手には、小さな青い箱が握られている。 「ちょっとそれって!?」 地面に落下したキバーラが驚愕している。 それが何故かなど北條に考える暇は無い。 今度こそ、逆転の一手は逃してたまるものか。 ―――トリガァーーッ!!――― 青い箱、T2ガイアメモリを首輪に力強く挿し込む。 すると、北條に異変が起こる。 光と共に彼の身体は青く硬い皮膚に包まれる。 右手が細く長く伸び、先端は銃口になり、まるでライフルのような形になる。 呆気に取られるリュウガに向けて銃口から弾丸が放たれ、胸の装甲を抉り取った。 リュウガの拘束から解放された北條が立ち上がった時、姿は異形の狙撃手に変わっていた。 とある世界の技術により創り出された人類の新たなる姿、トリガー・ドーパントへと。 「変身した!?」 「そのようですね!!」 トリガー・ドーパントは再びライフルから弾丸を連射し、同時にリュウガから離れていく。 近距離より中距離、中距離より遠距離。 自分の能力を発揮できる絶好の間隔を確保するために。 「この距離は、こちらのものです!」 リュウガの身体に弾丸の雨が容赦なく降り注ぐ。 小さくとも連続するダメージの中、対抗するにふさわしいカードは簡単に思いついた。 すぐにデッキから引き抜き、バイザーにセットする。 ―――GUARD VENT――― バイザーから低い電子音声が響き、ドラグブラッカーの腹部を模した盾、ドラグシールドが両肩に装着される。 二つの盾を前面に押し出して防御の体制を取ることで、弾丸は残らず弾かれた。 これを期に盾をかざして一気に距離を詰めていく。 銃撃以外の攻撃手段を持たないトリガー・ドーパントには最早打開策はないだろう。 「がっ!?」 しかし、その判断は迂闊だったと知らされることとなる。 リュウガの脛で何かが爆発した。 トリガー・ドーパントからでなければ一体どこから、という疑問が浮かぶが答えは明白だ。 「俺を忘れるな」 飛び道具を所持するもう一人の敵。 再びゼクトマイザーを手にした矢車だ。 突然の事態から冷静さを失い、片方のみに意識を集中していた己の不注意を呪った。 トリガー・ドーパントとゼクトマイザーの二方向からの射撃が続く。 防戦が続くリュウガの前で、矢車とトリガー・ドーパントは合流を果たした。 「援護に感謝します。えっと……?」 「……矢車だ」 「矢車さん。一応彼女のディバッグからもう一つ持ってきました」 そう告げて矢車の前に『あるもの』を差し出す。 それを見た時、矢車は少しの溜息をついた。 「メモリの使い方はわかったのですが、こちらの方はさっぱりです。どうすれば……?」 「いや、十分だ」 (まずいな……ちょっと時間を使いすぎたかな?) 未だ狙撃を続けるトリガー・ドーパントを忌々しげに見つめながらも、東條の頭の中ではある懸念があった。 変身時間の制限である。 ブレイド達との交戦からわかったのは、変身の制限時間が少なくとも5分以上だということだけだ。 一方の矢車と北條は、東條に対して優位性を持っている。 一つ目は、矢車が変身時間の上限まで正確に把握している可能性があること。 二つ目は、北條の変身が東條より1分以上遅れていたこと。 前者はただの杞憂でしかないが、しばらく気を失っていた東條がそのことを知る由はない。 故に東條の頭は最悪の可能性を提示する。 矢車から変身時間の上限を聞き出した北條が東條の制限時間いっぱいまで逃げ切り、リュウガの変身が解けてから一気にこちらを制圧するつもりかもしれない、と。 (なんか、意外ときつい状況かな?) 東條がリュウガに変身してからもう3分は経つだろうか。 ここで東條が取れる選択肢は二つ、一気に勝負をかけるか、撤退するか。 ファイナルベント無しで怪人一体と人間一人を倒すのは可能か不可能か。 東條の頭が互いの勢力の力関係を検討し始める。 この時、東條の目に写るものがあった。 一心不乱にライフルを撃ち続けるトリガー・ドーパントの隣で、新たな動きを見せた矢車だ。 彼は右手に銀色のブレスレットを持って。 ゆっくりと左腕に装着するような動きを見せて。 ただならぬ殺気を放ちながら、こちらを睨み付けていた。 「ここは、こうするべきか」 ―――STRIKE VENT――― リュウガは盾を放棄し、第三の装備を右手に着ける。 ドラグブラッカーの頭を思わせる武器、ドラグクローだ。 再び銃弾に襲われながら、ドラグクローを後ろに構える。 龍の口内で、紫炎が生まれる。 「これで終わりだ!」 腕を前に突き出し、火球を発射した。 火球は小さな銃弾をものともせずに進み、無色の空間を震わせて。 身を守るために回避運動を取ろうとしたトリガー・ドーパントの――― ―――少し前方の地面に着弾し、爆裂した。 「うっ!?」 爆発で生じた熱風に苦しむが、彼を苦しめるものがもう一つあった。 火球が炎の壁へ変わり、視界が阻まれてしまったのだ。 これではリュウガの姿が補足できず、リュウガを倒すのは困難だ。 せめてもの抵抗として、炎の壁を潜り抜けてくるだろうリュウガの襲来に備えた。 (……来ない?) しかし、予期していた黒い鎧は現れない。 目眩ましを用意したのだから、この後の行動は奇襲ではないのか。 いや、もしかして奴は。 (残念だけど、今回はここで終わりにするよ) 東條が選んだ選択は撤退だった。 彼にしては消極的な選択を決めた要因は矢車の行動にある。 こちらを向いた目から、矢車はあのブレスレットを使って何か反撃を試みようとしているかのような意志が感じられた。 もしも矢車があのブレスレットでライダーもしくは怪人に変身できるのだとしたら、こちらはかなり不利になるだろう。 迫るタイムリミットに加えて、2対1の戦いによる体力の浪費という負担。 戦いの続行は敗北の可能性の上昇に繋がると考え、逃亡を決断するに至った。 「まあ道具はそれなりに揃ったし、今回は一人殺せただけでも良しとするよ」 今回、身体に傷は負いながらも損失は無かった。 タイガのデッキと残り二つの支給品は奪還できて、さらにリュウガのデッキという収穫まであった。 自らの手で一人を殺す戦果だって挙げられたなら十分だろう。 満足感を胸に、東條は地面に落ちた自らのディバッグに手を伸ばした。 その瞬間、閃光が空を駆けた。 仮面の下で目を見開くリュウガの前で、それはディバッグに当たり、ぼん、と音を立てた。 えっ、という間の抜けた声を掻き消すように、二発、三発とディバッグに衝突し爆発する。 ディバッグの所々が焼き切れ、衝撃で中身が飛び散っていく。 四発、五発、六発と光は続き、宙を浮かぶタイガのデッキに命中する。 爆発に耐え切れなかったタイガのデッキに亀裂が生じ、全体に広がり、粉々に砕け散った。 「くそっ!!」 駄目押しとばかりに炎の壁を越えてくる脅威に苛立ちを覚えるが、今は反撃の時ではない。 リュウガはまだ無事な二つの支給品を掴み取ると、すぐに走り出しこの場を離れた。 こうして、英雄を目指す男と彼を阻む者達との闘いは、両者存命の引き分けという形で幕を閉じた。 ◆ 「あの男、東條と言いましたか。結局逃げられてしまいました。申し訳ない」 「ああ。だが、別に構わないだろ」 東條が去った後、トリガー・ドーパントの姿のまま北條は悔しげに言った。 北條は炎の壁が消えてからリュウガを追ったものの発見できなかったため、追撃を一旦断念し矢車のもとへと戻ってきたのだ。 報告を受けても特別悔しがっているように見えない矢車が、むしろ今の北條には不可解だった。 「しかし意外でしたよ。『十分だ』なんて言うからブレスレットで何かするのかと思ったら、結局何もしないんですから」 「そうよ。使い方知ってるなら使えばよかったじゃない」 「別に間違ったことは言ってない。使い方はわかるが、使えないってだけだ」 ザビーブレス。 それが光夏海への最後の支給品であり、現在矢車の左腕に巻かれているブレスレットの名前である。 矢車が妙な説明をしたのは、彼がこれを使えたのは世捨て人となる以前、ZECTの精鋭部隊シャドウの隊長を務めていた頃の話だからだ。 「ただ、あの時は使えるフリをした方がいいって思っただけだ」 トリガー・ドーパントの銃弾が盾で防がれる様を見た時、矢車の中で敗北の可能性が濃厚になっていた。 そこで、たとえ東條を倒せなくても戦いを終わらせることが先決だと考えた矢車は、差し出されたザビーブレスを見て一つの策を実行した。 まるでザビーブレスを使って反撃をするかのように装い、東條の方から逃げるよう恐怖心を煽ることだ。 成功はあまり期待できない策だったが無事に成功し、東條は自ら撤退した。 矢車は詳しい説明を省いているため、北條は腑に落ちない顔をするだけだが。 「それはともかく、さらに追い討ちをかけたのは見事でした。よくやりますよ」 炎の壁を作り出された時、もはや攻撃は不可能だと北條は考えていた。 だが、矢車は爆発の直前にゼクトマイザーを構え直し、東條のディバッグに狙いを定めた。 リュウガと違い、ディバッグは決して動くことはないから。 なにより、弟を嘲笑ったあの男に一矢報いなければ気が収まらないから。 矢車は炎の向こう側へマイザーボマーを何発も射出した。 「どうやらデッキを壊しただけで、残りは持っていかれたみたいだな」 矢車は残されたディバッグの残骸を眺める。 そこにあるのはボロボロのディバック、焼け焦げた食料やルールブックなどに加えてタイガのデッキの破片だけだった。 ふと横を見ると、トリガー・ドーパントは北條透の姿を取り戻した。 変身に課せられた時間の終わりが訪れたようだ。 どうやら10分が限界らしいと言って首輪から排出されたガイアメモリをキャッチする北條に、疑うような声がかけられる。 「ねえ……あなた、何ともないの? かつての俺は死んだ~、とか」 キバーラが聞きたいのは、ガイアメモリを使った北條がなぜ平然としているか、だ。 かつて、スーパーショッカーに囚われた光栄次郎がガイアメモリによって悪の大幹部死神博士になってしまったことをキバーラは思い出す。 同じように北條もまたガイアメモリで姿を変えたが、栄次郎と違い元の人格を保っているようだ。 「いいえ、特に何ともないですが?」 「そう……」 北條がそう言うならそうなのだろうと、キバーラは自分を納得させるしかなかった。 「それで、あなたはこれからどうしますか」 「……動きたいが、流石に少し辛い」 話はこれからの行動方針へと移る。 矢車は生身で仮面ライダーと戦ったため、その苦痛と疲労は無視できない。 だから今は休息を申し出るほかなかった。 「そうですか。私はまだ余裕がありますから、彼の逃げた方へ向かいます。」 「えっ? ちょっと、私達は置いていくの? それに士がいるって……」 一方の北條といえば東條の追撃を決意したようだが、キバーラは異議を申し立てる。 矢車よりは体力に余裕があり、何より警察官ならこの場に残ってくれるだろうと考えていただけに心外でしかない。 黒いカブトの方へ向かったらしい門矢士さえ無視して離れようというのが余計に理解できない。 「確かに彼はまだ来ないようですが、危険な相手を放置するわけにもいきません」 「何よそれ……」 「それともう一つ、あなたのそのブレスレット、もしかして使うつもりはないのでしょうか?」 もっともらしい理由ではあるが、どうにも納得できない。 キバーラの不満をよそに、また北條は矢車に聞いてきた。 話題に挙げられたのは矢車のザビーブレスである。 北條の視線に気付いた矢車は、特に執着も見せずにザビーブレスを腕から外し放り投げる。 「ああ。俺には使えないし、別に使う気も起きない」 「それならこれは私が所持しましょう。もしかしたら何かに使えるかもしれません。では、門矢さんに会えたら宜しく言っておいてください」 それだけ言い残し、北條は矢車の元から立ち去っていった。 「冷たすぎよあいつ。警察なのに怪我人ほっとくなんて」 再び病院の中に戻った矢車に向けて、キバーラは愚痴をこぼす。 5人のライダーが戦いを繰り広げた部屋とは別の診察室に入りベッドに腰掛けてもキバーラは口を休めず、非難対象は迎えに来ない士にまで及び始める。 「おいお前。何で俺について来るんだ?」 傷の手当てを終えた矢車が口を開き、キバーラの態度への疑問を投げかける。 門矢士とかいう男がすぐ側にいるのだから、これからしばらく動かない自分について回るよりそいつに会いにいけばいいものを。 「士なら大丈夫よ。……それに、夏海が気遣ってた男を私がほっとくわけにいかないでしょ。てゆーか、乙女に一人で出歩けなんて言う?」 キバーラの示した理由は気だるそうな言い方にしては律儀なものだった。 パートナーだった夏海が自分を気にしていたから、同じように構っているらしい。 亡くしてしまった大切な誰かの遺志を継いで、やり遂げられなかったことを受け継ぐ。 眩しいような心を見せる今の彼女は、まるで…… (俺とは違うか) 自分の欲望を弟の遺志にすり換えているに過ぎない自分とは別物だ。 「じゃあ俺はしばらく横になる。もし寝たら、誰か来た時には起こせ」 「はいはい。ゆっくり休みなさ~い」 キバーラにはそれだけ言って、彼女から意識を外した。 休むついでにとりあえず当面の行動方針でも考えていよう。 キバーラがついてくるのは仕方が無いとして、当初のようにまた一人で動くか。 それとも、門矢士とかいう男が生きていたら会ってみようか。 【1日目 午後】 【E-4 病院/一階・診察室】 【矢車想@仮面ライダーカブト】 【時間軸】48話終了後 【状態】疲労(中)、全身に傷(手当て済)、仮面ライダーキックホッパーに1時間40分変身不可 【装備】ゼクトバックル+ホッパーゼクター@仮面ライダーカブト、ゼクトマイザー@仮面ライダーカブト 【道具】支給品一式、キバーラ@仮面ライダーディケイド 基本行動方針:弟を殺した大ショッカーを潰す。 1:休む。ついでに今後の方針を考える。 2:殺し合いも戦いの褒美もどうでもいいが、大ショッカーは許さない。 3:天道や加賀美と出会ったら……? 【備考】 ※ディケイド世界の参加者と大ショッカーについて、大まかに把握しました。 ※10分間の変身制限を把握しました。 ※キバーラは現状を把握していません。 ※仮面ライダーキバーラへの変身は夏海以外には出来ないようです。 ◆ 東條は逃亡を続ける間、ずっとリュウガの変身を解かなかった。 理由の一つは仮面ライダーの脚力で逃げた方が速いから、もう一つは変身時間の上限の把握のため。 「ライダーが10分、モンスターが1分か。今度は忘れないようにしよう」 変身が強制的に解除されて、鉄仮面の下から現れた東條はほくそ笑む。 殺し合いで勝ち残るためには重要となるだろう情報を得たからだ。 今回の戦いでは情報不足からくる焦燥と、おそらく相手はただの人間だという油断もあって苦渋を嘗める結果となった。 だからこそ失敗から学習をした今は同じ失敗をするまい。 「でも、病院はせっかく良い場所だったのに離れちゃった」 矢車達から逃げるためには止むを得なかったとはいえ本拠地を離れた失敗にしおれる。 参加者が集まりやすい場所を確保するメリットを手離した以上、他に何か人が集まりそうな場所はないものか。 病院に置いてきてしまった地図を記憶から引っ張り出し、鮮明でない画から目的地を考えていく。 「ここから南に街があって……あの変な施設は、確かG-7だったっけ?」 【1日目 午後】 【F-4 草原】 【東條悟@仮面ライダー龍騎】 【時間軸】インペラー戦後(インペラーは自分が倒したと思ってます) 【状態】疲労(中)、ダメージ(大)、仮面ライダーリュウガに2時間変身不可(ドラグブラッカー1時間50分召喚不可)、仮面ライダータイガに1時間40分変身不可 【装備】カードデッキ(リュウガ)@仮面ライダー龍騎 【道具】不明支給品0~2 【思考・状況】 基本行動方針:全ての参加者を犠牲にして、ただ一人生還。英雄になる。 1:自分の世界の相手も犠牲にする。 2:ネガタロスを利用し、悪の英雄になるのもいい。 3:今は病院を離れて、再び変身できる時を待つ。 4:他にどこか人が集まりそうな場所を探す。G-7の施設に興味。 【備考】 ※剣の世界について情報を得ました。 ※10分間の変身制限、1分間のミラーモンスター召喚制限を把握しました。 ※ディバッグ、支給品一式、カードデッキ(タイガ)は破壊されました。 ◆ 警察官である北條透が民間人の安全確保を放棄したことは実に奇怪な話である。 これには、北條自身には決して気付くことのできない不可避の理由がある。 「誰が開発したか知りませんが、なかなか優れた道具ですね。G3、いや、アギトにも引けを取らないかもしれない。」 北條は感心したようにT2ガイアメモリを眺める。 これまで戦う手段を持たない故に守られるしかなかったが、ついに力を手に入れたのだ。 弾丸の威力と命中精度を利用すれば、遠くからでも人に害なす悪を仕留めることが可能だろう。 結局使い方がわからなかったザビーブレスについては保留としても、当面はこのガイアメモリで十分に目的を全うできる筈だ。 「……犠牲が出るのを防げなかった以上、せめて光夏海という方の残したこれは大事にしなければいけませんね」 警察官の自分がやるべきは、もう二度と彼女のような犠牲を出さないこと。 人々を脅かす危険な存在にこの身を挺して立ち向かうこと。 ……危険な存在を、何としても消し去ることだ。 【1日目 午後】 【F-4 草原】 【北條透@仮面ライダーアギト】 【時間軸】本編終盤 アギト殲滅作戦決行中 【状態】疲労(中)、トリガー・ドーパントに2時間変身不可、ガイアメモリの精神汚染(小) 【装備】T2ガイアメモリ(トリガー) 【道具】支給品一式×2、救急箱@現実、ラウズアブゾーバー@仮面ライダー剣、ファイズポインター&カイザポインター@仮面ライダー555、ザビーブレス@仮面ライダーカブト 【思考・状況】 基本行動方針:人を探し、危険人物なら排除する。 1:東條を追う。 2:牙王、アポロガイストを警戒する。(両名とも、名前は知らない) 3:知人と合流し、情報を集める。 4:小沢と合流して、Gトレーラーの鍵を渡してもらう。 5:士は嫌いだが、無事ならいいとは思う。 【備考】 ※10分間の変身制限を把握しました。 ※Gトレーラーの鍵は小沢が持っていると考えています。 ※ガイアメモリの精神汚染により正常な判断力が欠落しています。 ※ザビーゼクターには認められていません。 ◆ 矢車が去り、東條が去り、北條が去り、誰もいなくなった戦いの跡地、E-4。 ここで破壊され、誰にも回収されずぽつりと残された、タイガのカードデッキの残骸。 だが、デッキを見つめる二つの光は確かに存在している。 二つの光は窓ガラスの向こう側で、カードデッキとは異なる空間で輝いている。 また一つ、唸り声が響く。 それはまだ誰に聞かれることもない。 光は窓ガラスから抜け出せる時を待ち続ける。 光は誰かがこの場に現れる時を待ち続ける。 現在の時刻は午後2時30分。 従うべき主を失くした獣が檻から解き放たれるのは、まだ少し先の話。 ※カードデッキ(タイガ)が破壊されたため、デストワイルダーが暴走状態になりました。 ※デストワイルダーはあと1時間35分現実世界に出現できません。 |053:[[強魔(後編)]]|投下順|055:[[強敵金カブ(前編)]]| |052:[[時(いま)を越えて…]]|時系列順|043:[[太陽と天候]]| |046:[[Kの名を胸に刻め/闇に消える光]]|[[北條透]]|056:[[3人×3人×3人(前編)]]| |046:[[Kの名を胸に刻め/闇に消える光]]|[[東條悟]]|056:[[3人×3人×3人(前編)]]| |046:[[Kの名を胸に刻め/闇に消える光]]|[[矢車想]]|| ----
*閃光の刻 ◆Wy4qMnIQy2 広い空から降り注ぐ暖かい日光が、大地に巨大な影を落としていた。 空を舞う黒龍、ドラグブラッカーの巨体によって。 その下の人影は三つ。その内の一人の姿は人間ではなく、龍の体色と同じ漆黒の鎧を纏っている。 「ふうん。デッキ見た時も思ったけど、やっぱり龍騎に似てる。じゃあ装備も同じかな」 東條悟は現在の自分の身体を眺め、そんな感想を口にした。 たった今、彼は目が覚めるとすぐに背負われていた男から一つのカードデッキを強奪、そのまま変身を果たしたのである。 彼が手にした鎧の名はリュウガ。彼の記憶にある赤い騎士、龍騎の全身を黒く染め上げたような外見である。 自分の姿を大体把握して、一度空を見上げると、ドラグブラッカーが咀嚼を終えて息を一つ吐き出すところだった。 「……とうとう一人消えちゃったね」 身体ごとその命を砕かれた女性、光夏海の死にリュウガは喜びを噛み締める。 他の人間を犠牲にすることが東條悟の願いを実現する唯一の手段。 他者から見れば酷く歪んだ、けれど彼にとっては純粋な理想にようやく一歩踏み出すことができたのだから。 「さあ、君達もすぐにあの子と同じになってほしいな」 リュウガが向けた舐めるような視線に、二人の男、北條透と矢車想は身を固める。 二人に共通して言えることは一つ。東條と違い生身を晒しているという点だ。 「不味いですね、今の私には彼に抗えるだけの力がありません」 北條は悔しげに毒づく。 これから騎士と怪物を相手にしなければならないというのに、今の北條は戦闘に使える道具を一切持っていないのだ。 だから今の頼みの綱は矢車想だけである。 「どうしたの? さっきみたいに飛蝗のライダーに変身したら?」 北條が矢車に声をかけようとしたとき、リュウガが挑発にも似た問いを投げかけてきた。 それを聞き、矢車へ向けられる北條の眼差しに淡い希望が混じる。 東條の言葉から察するに、矢車もまた「変身」の手段を持っていることになる。 「……」 しかし、二人の視線を浴びてなお、矢車は一切の動きを見せない。 その態度は北條に違和感しか抱かせない。 今は敵に対抗する手段を使わなければ、一方的に命を奪われることが明らかな状況だ。 それにも関わらず、なぜ矢車は何もしないのか。 「……無理なのよ、今は」 矢車の代わりに答えたのは、北條の目の前に飛んできたキバーラだった。 なぜ蝙蝠が喋っているのかも不思議だが、それ以上に彼女の答えの方が気になった。 「どういうことです!? 今戦わないと我々は……」 「やっぱりね。モンスターみたいにライダーへの変身も制限つき、ってわけか」 声を荒げる北條だが、一方のリュウガは納得したような声を上げた。 仮面ライダーブレイドとの戦いの中で突然消えたデストワイルダーの謎と、キックホッパーに変身しない矢車の姿が一つの答えを導き出した。 ミラーモンスターの召喚、そして仮面ライダーへの変身には何らかの時間制限が課せられているのだと。 東條の言葉を聞き、ようやく北條の頭でも矢車の様子に合点がいった。 しかし今の北條にとって決して嬉しい事実にはならない。 陰湿な笑い声を零しながら接近するリュウガに対応する手段が無いことを意味するからだ。 「言っておくけど、あたしの魔皇力で変身できるのは夏海だけだから」 「……万事休す、ですかね」 「いや、まだ可能性はある」 矢車は小さく呟き、顎で東條の後方を指し示す。 そこには光夏海が遺した彼女自身のディバッグと東條のティバッグが落ちていた。 「あれの片方にはあいつのと似たようなデッキが入っている」 夏海のディバッグの中身は不明だが、少なくとも東條のディバッグについては存在を確認できたものが一つある。 仮面ライダータイガに変身するためのカードデッキだ。 「あれを使えば、あの男にもある程度は……っ!?」 行動を指示しようとした矢車の言葉は突然遮られる。 これまでただ様子を眺めていただけのリュウガが一気に距離をつめてきて、遂に拳を向けてきた。 矢車は身体を捻り、顔面に向けられた拳をすんでの所で回避する。 「今度は僕の勝ちだよね。だって、君にはもう力がないから」 「はっ、どうだか……」 初撃をかわされながらも、勝利宣言に等しい言葉を聞かせてくる。 矢車もまた余裕の態度を見せ付けるが、それは見せかけだけなのは両者にわかっている。 人間対仮面ライダー、どちらが勝つかなど考えるまでもない。 リュウガは姿勢を整え、今度は左脚から蹴りが放たれる。 「くそっ、このままでは……」 北條は自分と矢車の間に立つリュウガを忌々しげに見つめる。 今はかわせているが、このまま戦い続ければ矢車が嬲られるのは目に見えている。 しかし、今の北條にできることといえば…… (あのディバッグの中身を回収すること、でしょうね) 矢車が示唆した一筋の光が、二つのディバッグのどちらかに隠されている。 幸いリュウガはこちら側に移動し、矢車の方に気を取られている。 少なくとも障害の一つは無くなったと見ていいだろう。 「GAAAAAAAAAA!!」 「くっ!!」 だが、あくまで一つ無くなっただけだ。 もう一つの障害、ドラグブラッカーは健在である。 北條がディバッグを狙っていることにも感づいているようで、ディバッグの間を埋めるように強靭な尾を地面に叩きつけた。 衝撃が地を揺るがし、思わず姿勢を崩す。 このままではディバッグを得られないどころか、怪物の餌になって終わりだ。 (向こうは仮面ライダー、こちらにはおまけのドラゴン。かわしつづけるだけじゃ埒が明かない。せめて私の方に何か援護でもくれたら……) 「かわしてばかりじゃ辛くない?」 リュウガの攻撃は休むことなく続いていた。 拳を突き出し、脚を振り上げ、手を横に薙ぎ。 矢車は幾重もの攻めをどうにか回避しているが、全て当たる寸前で、といった状況だ。 これではただの消耗戦、いつかはこちらの身が捉えられる。 矢車のそんな不安に応じるように、とうとうリュウガの右膝が矢車の腹に当たった。 「ぐ……」 「ほらね」 ライダーの力で与えられた苦痛に呻きが漏れる。 さらにもう一発ダメージを負わせようとリュウガは拳を握り、叩きつけた。 矢車の身体が揺れたかと思った時、ついに矢車が回避以外の動作を見せる。 「ふんっ!!」 左脚での回し蹴りが放たれ、鮮やかな軌道を描く。 何に遮られることもなく、空気を切り裂き、リュウガの頭に吸い込まれる。 爪先が命中し、鈍い音が響いた。 「無理だよ」 結果、リュウガにダメージが与えられたかといえば……否。 いかに矢車の蹴りといえど、ただの人間の脚力で鉄仮面を破ることはできなかった。 リュウガは蔑みの目線を向け、右脚を矢車の腹に放つ。 こちらも命中し、吐瀉物が出そうな感覚がする。 だが、矢車は真っ直ぐにリュウガを見据え、諦めることをしない。 (まだ、死ねないんだよ) 警察官の肩書きを持つ北條や世界を守る旅を続けてきた夏海と違い、矢車には守りたい人がいなければ帰りたい場所もない。 それでも、あの夢の中で見つけた一つの目的を果たすまでは生きなければならない。 芽生えた意地はキックの応酬へと繋がる。 かわし続けるのがすでに困難なら、攻撃を続けるだけだ。 胸に、肩に、膝に、腕に。 前の戦いでキックホッパーとしてタイガに浴びせたように、矢車の蹴りがリュウガに隙を与えないほどに連続で叩き込まれる。 その中の一撃を受けて、リュウガが僅かに苦悶の声を漏らした。 装甲が薄く、なおかつ以前の闘いで傷を負った箇所に当たったようだ。 「硬そうなのは頭だけか?」 チャンスを逃さず、追加で蹴りをお見舞いし続ける。 だからといってリュウガも黙って食らっているわけがない またリュウガの拳が飛んできて、回避は叶わなかった。 再び受けたダメージに身体がよろめく。 仕返しのように続く、殴打、殴打、殴打。 この一方的な暴力が、いつまでも――― 「あああああっ!!」 ―――続かず、キバーラの声に遮られた。 親指ほどの矮小な身体で、懸命にリュウガにタックルを仕掛ける。 リュウガへの嫌悪感と怒りがひしひしと伝わる叫びと共に、何度も何度も。 痛みは無くとも鬱陶しさはあったのか、リュウガの狙いは一度彼女へ向けられた。 「このっ」 「邪魔」 まるで蝿でも払いのけるかのように手を振るう。 その軽い一発を当てられただけで、キバーラは悲鳴を上げて吹き飛ばされてしまった。 それきりまた矢車へ顔を向けたが、ある変化に気付く。 何も持っていなかったはずの手にカギ爪のような奇妙な機械があった。 一体何だろうと思うより速く、その機械から小さな黄色い何かが飛び出す。 黄色い何かは真っ直ぐリュウガの身体へ突っ込み、衝突と同時に小さな爆発を起こした。 「何!?」 予想外の事態に、爆発が持つ矢車のキック以上の威力に驚きと苦痛の声を上げる。 その様子に矢車もまた驚き、しかし少し喜ぶ。 自分のディバッグの中から見つけ出した最後の支給品、ゼクトマイザーの攻撃力に。 幸運を味わう暇もなくそのまま数歩後退し、小型爆弾マイザーボマーを射出し続ける。 「くっ……調子に乗るな!」 ―――SWORD VENT――― いくつもの爆発に耐えながら、リュウガは一枚のカードを左腕のバイザーにセットする。 直後、ドラグブラッカーの尾部を模した剣、ドラグセイバーが現れた。 柄を右手に握ると、向かって来た全てのマイザーボマーは一瞬の内に切り伏せられる。 それでも矢車は攻撃の手を緩めない。 一発、三発、五発とマイザーボマーを何発も撃ち続ける。 切り伏せられても、リュウガに当たることなく通り抜けていったとしても止めない。 少しでも、奴のいる方へ攻撃を与えねば。 「いい加減に!」 しかし最初に取った距離は詰められ、リュウガが振り上げた左手によってゼクトマイザーは弾かれ宙に弧を描く。 続けてリュウガの右拳が浴びせられ、矢車は地面に膝をついた。 「随分手を焼かされたけど、いよいよ終わりだね」 リュウガは満足気に矢車の身体を見下ろし、刃をつきつける。 この男には何度も痛い目に遭わされたが、それもここまで。 とうとう死を迎える矢車は顔を上げ、その両目はリュウガを――― ―――ではなく、その向こう側の光景を見つめていた。 その先では、黒龍ドラグブラッカーが苦悶の唸り声を漏らす様。 「やっと見つけましたよ」 そして、二つのディバッグの元に辿り着いた北條透の姿だった。 マイザーボマーは決してリュウガだけを狙っていたわけではない。 北條の動きを阻害するドラグブラッカーの巨体もまた攻撃対象だった。 だからこそ、マイザーボマーの何発かは敢えてリュウガが回避可能な方向に撃ったのだ。 そして傷を負ったドラグブラッカーが僅かでも動きを止めた隙に、北條は一気にディバッグの元へ駆けていった。 「……行け」 今、北條の手には東條のディバッグから取り出したタイガのカードデッキが握られている。 側の窓ガラスからVバックルが飛び出し、北條の腰に装着される。 この状況にふさわしい言葉は、ただ一つ。 北條は叫ぶ。 「変―――」 「―――身、なんてさせないよ?」 リュウガの小さな呟き。 振り向くと共に北條めがけて投擲されるドラグセイバー。 一直線に、その鋭利な刃が北條の身体に迫る。 「まずい!?」 北條は変身のモーションを一旦取りやめ、後ろに飛び退いてドラグセイバーを回避する。 その隙を見逃すはずがないのはリュウガ、さらに。 「GAAAAA!!」 ドラグブラッカーだ。 太い尾を北條に向けて振り下ろしてきた。 地面を転がって直撃は免れるも、振動で身体が浮かび、地面に叩きつけられる。 今度こそドラグブラッカーは北條を仕留めようと、鋭い牙で噛み砕きにかかる。 「また消えた? ……時間制限か」 だが、北條の身体を捉える寸前でドラグブラッカーは消滅した。 どうやらデストワイルダーの時と同じく、召喚可能時間の限界が来たらしい。 だからといって、東條にとってさしたる問題はない。 リュウガは跳躍で一気に北條との距離を詰め、横たわる彼の手からタイガのデッキを奪い取る。 もう奪われることのないよう、デッキは回収した自分のディバッグに入れた。 これでもまだ北條が動きを見せるようなので、左手を踏みつけて痛めつける。 「残念だったね。これを使えばちょっとは抵抗できたかもしれないのに。」 「くうっ……ええ、残念です……」 ついに諦めの言葉を口にした。 そうだ、二人は結局負けたのだ。 タイガのデッキを使うことは叶わず、ディバッグの中の他の支給品の中を手に入れたわけでもない。 それに、 (あれ、あの女のディバッグは……?) 少し気になって、夏海のディバッグに視線を移す。 ファスナーは、開いていた。 「残念ですよ。逆転劇を始めるのに、ここまで時間がかかったことが!!」 こちらを見る北條の目に、張り上げた北條の声に込められているのは、諦めではなく希望の光。 右手には、小さな青い箱が握られている。 「ちょっとそれって!?」 地面に落下したキバーラが驚愕している。 それが何故かなど北條に考える暇は無い。 今度こそ、逆転の一手は逃してたまるものか。 ―――トリガァーーッ!!――― 青い箱、T2ガイアメモリを首輪に力強く挿し込む。 すると、北條に異変が起こる。 光と共に彼の身体は青く硬い皮膚に包まれる。 右手が細く長く伸び、先端は銃口になり、まるでライフルのような形になる。 呆気に取られるリュウガに向けて銃口から弾丸が放たれ、胸の装甲を抉り取った。 リュウガの拘束から解放された北條が立ち上がった時、姿は異形の狙撃手に変わっていた。 とある世界の技術により創り出された人類の新たなる姿、トリガー・ドーパントへと。 「変身した!?」 「そのようですね!!」 トリガー・ドーパントは再びライフルから弾丸を連射し、同時にリュウガから離れていく。 近距離より中距離、中距離より遠距離。 自分の能力を発揮できる絶好の間隔を確保するために。 「この距離は、こちらのものです!」 リュウガの身体に弾丸の雨が容赦なく降り注ぐ。 小さくとも連続するダメージの中、対抗するにふさわしいカードは簡単に思いついた。 すぐにデッキから引き抜き、バイザーにセットする。 ―――GUARD VENT――― バイザーから低い電子音声が響き、ドラグブラッカーの腹部を模した盾、ドラグシールドが両肩に装着される。 二つの盾を前面に押し出して防御の体制を取ることで、弾丸は残らず弾かれた。 これを期に盾をかざして一気に距離を詰めていく。 銃撃以外の攻撃手段を持たないトリガー・ドーパントには最早打開策はないだろう。 「がっ!?」 しかし、その判断は迂闊だったと知らされることとなる。 リュウガの脛で何かが爆発した。 トリガー・ドーパントからでなければ一体どこから、という疑問が浮かぶが答えは明白だ。 「俺を忘れるな」 飛び道具を所持するもう一人の敵。 再びゼクトマイザーを手にした矢車だ。 突然の事態から冷静さを失い、片方のみに意識を集中していた己の不注意を呪った。 トリガー・ドーパントとゼクトマイザーの二方向からの射撃が続く。 防戦が続くリュウガの前で、矢車とトリガー・ドーパントは合流を果たした。 「援護に感謝します。えっと……?」 「……矢車だ」 「矢車さん。一応彼女のディバッグからもう一つ持ってきました」 そう告げて矢車の前に『あるもの』を差し出す。 それを見た時、矢車は少しの溜息をついた。 「メモリの使い方はわかったのですが、こちらの方はさっぱりです。どうすれば……?」 「いや、十分だ」 (まずいな……ちょっと時間を使いすぎたかな?) 未だ狙撃を続けるトリガー・ドーパントを忌々しげに見つめながらも、東條の頭の中ではある懸念があった。 変身時間の制限である。 ブレイド達との交戦からわかったのは、変身の制限時間が少なくとも5分以上だということだけだ。 一方の矢車と北條は、東條に対して優位性を持っている。 一つ目は、矢車が変身時間の上限まで正確に把握している可能性があること。 二つ目は、北條の変身が東條より1分以上遅れていたこと。 前者はただの杞憂でしかないが、しばらく気を失っていた東條がそのことを知る由はない。 故に東條の頭は最悪の可能性を提示する。 矢車から変身時間の上限を聞き出した北條が東條の制限時間いっぱいまで逃げ切り、リュウガの変身が解けてから一気にこちらを制圧するつもりかもしれない、と。 (なんか、意外ときつい状況かな?) 東條がリュウガに変身してからもう3分は経つだろうか。 ここで東條が取れる選択肢は二つ、一気に勝負をかけるか、撤退するか。 ファイナルベント無しで怪人一体と人間一人を倒すのは可能か不可能か。 東條の頭が互いの勢力の力関係を検討し始める。 この時、東條の目に写るものがあった。 一心不乱にライフルを撃ち続けるトリガー・ドーパントの隣で、新たな動きを見せた矢車だ。 彼は右手に銀色のブレスレットを持って。 ゆっくりと左腕に装着するような動きを見せて。 ただならぬ殺気を放ちながら、こちらを睨み付けていた。 「ここは、こうするべきか」 ―――STRIKE VENT――― リュウガは盾を放棄し、第三の装備を右手に着ける。 ドラグブラッカーの頭を思わせる武器、ドラグクローだ。 再び銃弾に襲われながら、ドラグクローを後ろに構える。 龍の口内で、紫炎が生まれる。 「これで終わりだ!」 腕を前に突き出し、火球を発射した。 火球は小さな銃弾をものともせずに進み、無色の空間を震わせて。 身を守るために回避運動を取ろうとしたトリガー・ドーパントの――― ―――少し前方の地面に着弾し、爆裂した。 「うっ!?」 爆発で生じた熱風に苦しむが、彼を苦しめるものがもう一つあった。 火球が炎の壁へ変わり、視界が阻まれてしまったのだ。 これではリュウガの姿が補足できず、リュウガを倒すのは困難だ。 せめてもの抵抗として、炎の壁を潜り抜けてくるだろうリュウガの襲来に備えた。 (……来ない?) しかし、予期していた黒い鎧は現れない。 目眩ましを用意したのだから、この後の行動は奇襲ではないのか。 いや、もしかして奴は。 (残念だけど、今回はここで終わりにするよ) 東條が選んだ選択は撤退だった。 彼にしては消極的な選択を決めた要因は矢車の行動にある。 こちらを向いた目から、矢車はあのブレスレットを使って何か反撃を試みようとしているかのような意志が感じられた。 もしも矢車があのブレスレットでライダーもしくは怪人に変身できるのだとしたら、こちらはかなり不利になるだろう。 迫るタイムリミットに加えて、2対1の戦いによる体力の浪費という負担。 戦いの続行は敗北の可能性の上昇に繋がると考え、逃亡を決断するに至った。 「まあ道具はそれなりに揃ったし、今回は一人殺せただけでも良しとするよ」 今回、身体に傷は負いながらも損失は無かった。 タイガのデッキと残り二つの支給品は奪還できて、さらにリュウガのデッキという収穫まであった。 自らの手で一人を殺す戦果だって挙げられたなら十分だろう。 満足感を胸に、東條は地面に落ちた自らのディバッグに手を伸ばした。 その瞬間、閃光が空を駆けた。 仮面の下で目を見開くリュウガの前で、それはディバッグに当たり、ぼん、と音を立てた。 えっ、という間の抜けた声を掻き消すように、二発、三発とディバッグに衝突し爆発する。 ディバッグの所々が焼き切れ、衝撃で中身が飛び散っていく。 四発、五発、六発と光は続き、宙を浮かぶタイガのデッキに命中する。 爆発に耐え切れなかったタイガのデッキに亀裂が生じ、全体に広がり、粉々に砕け散った。 「くそっ!!」 駄目押しとばかりに炎の壁を越えてくる脅威に苛立ちを覚えるが、今は反撃の時ではない。 リュウガはまだ無事な二つの支給品を掴み取ると、すぐに走り出しこの場を離れた。 こうして、英雄を目指す男と彼を阻む者達との闘いは、両者存命の引き分けという形で幕を閉じた。 ◆ 「あの男、東條と言いましたか。結局逃げられてしまいました。申し訳ない」 「ああ。だが、別に構わないだろ」 東條が去った後、トリガー・ドーパントの姿のまま北條は悔しげに言った。 北條は炎の壁が消えてからリュウガを追ったものの発見できなかったため、追撃を一旦断念し矢車のもとへと戻ってきたのだ。 報告を受けても特別悔しがっているように見えない矢車が、むしろ今の北條には不可解だった。 「しかし意外でしたよ。『十分だ』なんて言うからブレスレットで何かするのかと思ったら、結局何もしないんですから」 「そうよ。使い方知ってるなら使えばよかったじゃない」 「別に間違ったことは言ってない。使い方はわかるが、使えないってだけだ」 ザビーブレス。 それが光夏海への最後の支給品であり、現在矢車の左腕に巻かれているブレスレットの名前である。 矢車が妙な説明をしたのは、彼がこれを使えたのは世捨て人となる以前、ZECTの精鋭部隊シャドウの隊長を務めていた頃の話だからだ。 「ただ、あの時は使えるフリをした方がいいって思っただけだ」 トリガー・ドーパントの銃弾が盾で防がれる様を見た時、矢車の中で敗北の可能性が濃厚になっていた。 そこで、たとえ東條を倒せなくても戦いを終わらせることが先決だと考えた矢車は、差し出されたザビーブレスを見て一つの策を実行した。 まるでザビーブレスを使って反撃をするかのように装い、東條の方から逃げるよう恐怖心を煽ることだ。 成功はあまり期待できない策だったが無事に成功し、東條は自ら撤退した。 矢車は詳しい説明を省いているため、北條は腑に落ちない顔をするだけだが。 「それはともかく、さらに追い討ちをかけたのは見事でした。よくやりますよ」 炎の壁を作り出された時、もはや攻撃は不可能だと北條は考えていた。 だが、矢車は爆発の直前にゼクトマイザーを構え直し、東條のディバッグに狙いを定めた。 リュウガと違い、ディバッグは決して動くことはないから。 なにより、弟を嘲笑ったあの男に一矢報いなければ気が収まらないから。 矢車は炎の向こう側へマイザーボマーを何発も射出した。 「どうやらデッキを壊しただけで、残りは持っていかれたみたいだな」 矢車は残されたディバッグの残骸を眺める。 そこにあるのはボロボロのディバック、焼け焦げた食料やルールブックなどに加えてタイガのデッキの破片だけだった。 ふと横を見ると、トリガー・ドーパントは北條透の姿を取り戻した。 変身に課せられた時間の終わりが訪れたようだ。 どうやら10分が限界らしいと言って首輪から排出されたガイアメモリをキャッチする北條に、疑うような声がかけられる。 「ねえ……あなた、何ともないの? かつての俺は死んだ~、とか」 キバーラが聞きたいのは、ガイアメモリを使った北條がなぜ平然としているか、だ。 かつて、スーパーショッカーに囚われた光栄次郎がガイアメモリによって悪の大幹部死神博士になってしまったことをキバーラは思い出す。 同じように北條もまたガイアメモリで姿を変えたが、栄次郎と違い元の人格を保っているようだ。 「いいえ、特に何ともないですが?」 「そう……」 北條がそう言うならそうなのだろうと、キバーラは自分を納得させるしかなかった。 「それで、あなたはこれからどうしますか」 「……動きたいが、流石に少し辛い」 話はこれからの行動方針へと移る。 矢車は生身で仮面ライダーと戦ったため、その苦痛と疲労は無視できない。 だから今は休息を申し出るほかなかった。 「そうですか。私はまだ余裕がありますから、彼の逃げた方へ向かいます。」 「えっ? ちょっと、私達は置いていくの? それに士がいるって……」 一方の北條といえば東條の追撃を決意したようだが、キバーラは異議を申し立てる。 矢車よりは体力に余裕があり、何より警察官ならこの場に残ってくれるだろうと考えていただけに心外でしかない。 黒いカブトの方へ向かったらしい門矢士さえ無視して離れようというのが余計に理解できない。 「確かに彼はまだ来ないようですが、危険な相手を放置するわけにもいきません」 「何よそれ……」 「それともう一つ、あなたのそのブレスレット、もしかして使うつもりはないのでしょうか?」 もっともらしい理由ではあるが、どうにも納得できない。 キバーラの不満をよそに、また北條は矢車に聞いてきた。 話題に挙げられたのは矢車のザビーブレスである。 北條の視線に気付いた矢車は、特に執着も見せずにザビーブレスを腕から外し放り投げる。 「ああ。俺には使えないし、別に使う気も起きない」 「それならこれは私が所持しましょう。もしかしたら何かに使えるかもしれません。では、門矢さんに会えたら宜しく言っておいてください」 それだけ言い残し、北條は矢車の元から立ち去っていった。 「冷たすぎよあいつ。警察なのに怪我人ほっとくなんて」 再び病院の中に戻った矢車に向けて、キバーラは愚痴をこぼす。 5人のライダーが戦いを繰り広げた部屋とは別の診察室に入りベッドに腰掛けてもキバーラは口を休めず、非難対象は迎えに来ない士にまで及び始める。 「おいお前。何で俺について来るんだ?」 傷の手当てを終えた矢車が口を開き、キバーラの態度への疑問を投げかける。 門矢士とかいう男がすぐ側にいるのだから、これからしばらく動かない自分について回るよりそいつに会いにいけばいいものを。 「士なら大丈夫よ。……それに、夏海が気遣ってた男を私がほっとくわけにいかないでしょ。てゆーか、乙女に一人で出歩けなんて言う?」 キバーラの示した理由は気だるそうな言い方にしては律儀なものだった。 パートナーだった夏海が自分を気にしていたから、同じように構っているらしい。 亡くしてしまった大切な誰かの遺志を継いで、やり遂げられなかったことを受け継ぐ。 眩しいような心を見せる今の彼女は、まるで…… (俺とは違うか) 自分の欲望を弟の遺志にすり換えているに過ぎない自分とは別物だ。 「じゃあ俺はしばらく横になる。もし寝たら、誰か来た時には起こせ」 「はいはい。ゆっくり休みなさ~い」 キバーラにはそれだけ言って、彼女から意識を外した。 休むついでにとりあえず当面の行動方針でも考えていよう。 キバーラがついてくるのは仕方が無いとして、当初のようにまた一人で動くか。 それとも、門矢士とかいう男が生きていたら会ってみようか。 【1日目 午後】 【E-4 病院/一階・診察室】 【矢車想@仮面ライダーカブト】 【時間軸】48話終了後 【状態】疲労(中)、全身に傷(手当て済)、仮面ライダーキックホッパーに1時間40分変身不可 【装備】ゼクトバックル+ホッパーゼクター@仮面ライダーカブト、ゼクトマイザー@仮面ライダーカブト 【道具】支給品一式、キバーラ@仮面ライダーディケイド 基本行動方針:弟を殺した大ショッカーを潰す。 1:休む。ついでに今後の方針を考える。 2:殺し合いも戦いの褒美もどうでもいいが、大ショッカーは許さない。 3:天道や加賀美と出会ったら……? 【備考】 ※ディケイド世界の参加者と大ショッカーについて、大まかに把握しました。 ※10分間の変身制限を把握しました。 ※キバーラは現状を把握していません。 ※仮面ライダーキバーラへの変身は夏海以外には出来ないようです。 ◆ 東條は逃亡を続ける間、ずっとリュウガの変身を解かなかった。 理由の一つは仮面ライダーの脚力で逃げた方が速いから、もう一つは変身時間の上限の把握のため。 「ライダーが10分、モンスターが1分か。今度は忘れないようにしよう」 変身が強制的に解除されて、鉄仮面の下から現れた東條はほくそ笑む。 殺し合いで勝ち残るためには重要となるだろう情報を得たからだ。 今回の戦いでは情報不足からくる焦燥と、おそらく相手はただの人間だという油断もあって苦渋を嘗める結果となった。 だからこそ失敗から学習をした今は同じ失敗をするまい。 「でも、病院はせっかく良い場所だったのに離れちゃった」 矢車達から逃げるためには止むを得なかったとはいえ本拠地を離れた失敗にしおれる。 参加者が集まりやすい場所を確保するメリットを手離した以上、他に何か人が集まりそうな場所はないものか。 病院に置いてきてしまった地図を記憶から引っ張り出し、鮮明でない画から目的地を考えていく。 「ここから南に街があって……あの変な施設は、確かG-7だったっけ?」 【1日目 午後】 【F-4 草原】 【東條悟@仮面ライダー龍騎】 【時間軸】インペラー戦後(インペラーは自分が倒したと思ってます) 【状態】疲労(中)、ダメージ(大)、仮面ライダーリュウガに2時間変身不可(ドラグブラッカー1時間50分召喚不可)、仮面ライダータイガに1時間40分変身不可 【装備】カードデッキ(リュウガ)@仮面ライダー龍騎 【道具】不明支給品0~2 【思考・状況】 基本行動方針:全ての参加者を犠牲にして、ただ一人生還。英雄になる。 1:自分の世界の相手も犠牲にする。 2:ネガタロスを利用し、悪の英雄になるのもいい。 3:今は病院を離れて、再び変身できる時を待つ。 4:他にどこか人が集まりそうな場所を探す。G-7の施設に興味。 【備考】 ※剣の世界について情報を得ました。 ※10分間の変身制限、1分間のミラーモンスター召喚制限を把握しました。 ※ディバッグ、支給品一式、カードデッキ(タイガ)は破壊されました。 ◆ 警察官である北條透が民間人の安全確保を放棄したことは実に奇怪な話である。 これには、北條自身には決して気付くことのできない不可避の理由がある。 「誰が開発したか知りませんが、なかなか優れた道具ですね。G3、いや、アギトにも引けを取らないかもしれない。」 北條は感心したようにT2ガイアメモリを眺める。 これまで戦う手段を持たない故に守られるしかなかったが、ついに力を手に入れたのだ。 弾丸の威力と命中精度を利用すれば、遠くからでも人に害なす悪を仕留めることが可能だろう。 結局使い方がわからなかったザビーブレスについては保留としても、当面はこのガイアメモリで十分に目的を全うできる筈だ。 「……犠牲が出るのを防げなかった以上、せめて光夏海という方の残したこれは大事にしなければいけませんね」 警察官の自分がやるべきは、もう二度と彼女のような犠牲を出さないこと。 人々を脅かす危険な存在にこの身を挺して立ち向かうこと。 ……危険な存在を、何としても消し去ることだ。 【1日目 午後】 【F-4 草原】 【北條透@仮面ライダーアギト】 【時間軸】本編終盤 アギト殲滅作戦決行中 【状態】疲労(中)、トリガー・ドーパントに2時間変身不可、ガイアメモリの精神汚染(小) 【装備】T2ガイアメモリ(トリガー) 【道具】支給品一式×2、救急箱@現実、ラウズアブゾーバー@仮面ライダー剣、ファイズポインター&カイザポインター@仮面ライダー555、ザビーブレス@仮面ライダーカブト 【思考・状況】 基本行動方針:人を探し、危険人物なら排除する。 1:東條を追う。 2:牙王、アポロガイストを警戒する。(両名とも、名前は知らない) 3:知人と合流し、情報を集める。 4:小沢と合流して、Gトレーラーの鍵を渡してもらう。 5:士は嫌いだが、無事ならいいとは思う。 【備考】 ※10分間の変身制限を把握しました。 ※Gトレーラーの鍵は小沢が持っていると考えています。 ※ガイアメモリの精神汚染により正常な判断力が欠落しています。 ※ザビーゼクターには認められていません。 ◆ 矢車が去り、東條が去り、北條が去り、誰もいなくなった戦いの跡地、E-4。 ここで破壊され、誰にも回収されずぽつりと残された、タイガのカードデッキの残骸。 だが、デッキを見つめる二つの光は確かに存在している。 二つの光は窓ガラスの向こう側で、カードデッキとは異なる空間で輝いている。 また一つ、唸り声が響く。 それはまだ誰に聞かれることもない。 光は窓ガラスから抜け出せる時を待ち続ける。 光は誰かがこの場に現れる時を待ち続ける。 現在の時刻は午後2時30分。 従うべき主を失くした獣が檻から解き放たれるのは、まだ少し先の話。 ※カードデッキ(タイガ)が破壊されたため、デストワイルダーが暴走状態になりました。 ※デストワイルダーはあと1時間35分現実世界に出現できません。 |053:[[強魔(後編)]]|投下順|055:[[強敵金カブ(前編)]]| |052:[[時(いま)を越えて…]]|時系列順|043:[[太陽と天候]]| |046:[[Kの名を胸に刻め/闇に消える光]]|[[北條透]]|056:[[3人×3人×3人(前編)]]| |046:[[Kの名を胸に刻め/闇に消える光]]|[[東條悟]]|056:[[3人×3人×3人(前編)]]| |046:[[Kの名を胸に刻め/闇に消える光]]|[[矢車想]]|060:[[不屈の魂は、この胸に]]| ----

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