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狂気の果てに(前編)」(2011/05/03 (火) 07:56:15) の最新版変更点

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*狂気の果てに(前編) ◆MiRaiTlHUI  目の前に広がる光景を見るや、背筋が凍りつく様な悪寒を覚えた。  人の死の瞬間……或いは、人の死体を見たことが無い訳ではない。  だけど、これはただの死体ではない。余りにも惨過ぎる、惨殺死体だ。  遺体の頭蓋骨に当たる部分は、最早原形すら残していない。  周囲にぶち撒けられている赤黒いモノは、この男の頭を形成していた器官。  脳だったものとか、肉だったものとか、そんなものが滅茶苦茶になって飛散していた。  例えどんな理由があったとしても、ここまで“壊す”必要性など無い筈だった。  津上翔一の胸中で、目の前の現実に対しての義憤が渦を巻く。 「一体どうして、こんな事に……!」  理不尽なまでの暴力の爪痕に、翔一は拳を握り締め、絶叫した。  先程までキバットが居た病室の、突き破られた硝子から下を覗き込めば、この遺体はすぐに視界に入った。  当然、こんな滅茶苦茶なまでの惨殺死体を発見した翔一が、それを無視する事など出来よう筈もない。  キバットを引き連れた翔一は、真っ先に病院を飛び出して、遺体の元まで走って来たのだ。 「普通に考えれば、あのアギトの男がやったと考えるのが妥当だろうな」 「何ですそれ……なんでそうなるんですか!」  憤りを隠す事すらせずに、翔一はキバットに向かって叫んだ。 「病室の真下だ。どう考えてもこいつがアギトの男を襲い、返り討ちにあったとしか考えられん」 「それは確かに、そうかもしれませんけどっ……」  頭では理解出来ても、心は納得していなかった。  当然だ。良かれと思って救った命が、他者の命を奪ったと聞いて、喜べる訳が無い。  そんな翔一に対するキバットの返事には、少なからず糾弾の色が含まれて居た。 「何故最初に出会った時、あの男が殺し合いに乗って居ると考えなかった」 「……まだあの人が殺し合いに乗ったと決まった訳じゃないじゃないですか!」 「これを見てもまだそう言えるのか?」  翔一の視界に、徹底的に叩き潰された男の遺体が入る。  キバットの言いたい事は解る。ただ暴走しているだけなら、こんな殺し方はしない。  これを見るに、暴走というよりも明確な意思を持っての蹂躙と考える方が自然だ。  頭だけがこうも執拗に潰されるなど、よっぽどの悪意がなければそうそうあり得ないからだ。  だが、だとすればそれは自分の責でもある。  殺された男が殺し合いに乗って居たからいい、なんて言い訳は通用しない。  事実として、自分が助けた男がこの理不尽な殺戮を行った可能性が高いのだ。 「もしもあの人が人を殺す事を楽しんで居るのなら……その時は、俺があの人を止めてみせます」  決意を胸に、拳を握り締める。  それが、せめてもの責任の取り方だと思うから。  だけど、まだそうと決まった訳ではないのはせめてもの救いか。  出来る事なら、自分が助けた男は殺し合いに乗った化け物などではないと信じたい。  ともすれば、全てが手遅れになる前に、何としてもあの男を見付けなければならないのだ。 「そうか。ならば俺はお前の覚悟を見届けさせて貰う」 「ありがとうございます。それじゃあ、急ぎましょうか……早くあの人を見付けないと!」  遺体を放置するのは少し気が重たい、今は一刻を争う。  殺し合いに乗って居るにせよ暴走中にせよ、早急に彼を見付けねばならない事に変わりはないのだ。  病院を出て、市街地の街並みの中へ消えて行く翔一を追いかけるように、キバットもまた羽ばたくのだった。   ◆  精神なんかは、とっくに壊れていた。  この身を突き動かすのは、本能的な破壊衝動と、妙に気持ちを高揚させる何か。  そうなってしまっては、もう目の前にある獲物を喰らう事しか考えられない。 ◆  肌が泡立つ様な、本能的な恐怖が目の前のライダーからは感じられた。  そこに理性などは存在しない。ただ、障害となる者はその圧倒的な力で押し潰すのみ。  それはまるで、無邪気な子供が虫や小動物を縊り殺すのにも似た、意志無き暴力の奔流。  最早原形すら留めぬ程に破壊された男の遺体を見る限り、正真正銘、狂気の沙汰だと思う。  城戸真司の知る範囲で語るなら、浅倉威なんかは奴に近いが……否、浅倉からはまだ、理性が感じられた。 「キヒ、キヒヒヒヒヒヒヒヒァッハハハハハハハハハハハハハハハハハハ――」  目の前のライダー(化け物)からは、最早それすらも感じられない。  理性を持たぬ化け物程、人が本能的な恐怖心を掻き立てられるものはないのだ。 「何なんだよお前……なんでこんな事!」 「無駄よ、城戸君。こいつに私達の言葉は届かないわ」  鮫の仮面と龍の仮面が、数瞬視線を交差させる。  龍騎となった真司は、アビスとなった小沢の言葉に軽く頷く。  こいつを放っておけば、きっともっと多くの人が危険に晒されるだろう。  ぐちゃぐちゃに壊された目の前の遺体を見れば解る。こいつは人間じゃない。化け物だ。  それがそのまま「だからこいつを殺してもいい」という結論になる訳ではないが、それでも戦う決意は出来た。 「小沢さん。俺、一つだけ思い出しましたよ」 「今話さなきゃいけない事かしら」 「はい、俺が戦う理由です」 「世界を、というより人々を守りたいからじゃないの?」 「いや、それはそうなんですけど……ちょっとだけ違ったっていうか」  ここへ来てからは、ただ大ショッカーが許せなかった。  人間同士で殺し合わせる為に、罪の無い男を見せしめに殺した奴らが許せなかった。  当然それは今でも変わりないし、大ショッカーを許してやろうなんて気は更々ない。  だが今は、精神的に、一つだけ変わった事がある。というよりも、思い出した決意がある。 「俺、最初はただ、目の前で誰かが死ぬのが嫌だったんだ。人を守りたいから、ライダーになったんだって」 「ええ、それは最初に会った時から聞いてるわよ」 「いやだから、それはそうですけど……ああああ、もうとにかくっ!」  上手く言葉に出来ない自分がもどかしくて。  それを紛らわす様に、一枚のカードをドラグバイザーに装填(ベント)した。  ――SWORD VENT――  具現化された龍の刀を握り締め、龍騎は眼前の蜘蛛のライダーを眇める。  思い出したのだ。あんな滅茶苦茶になるまで壊されてしまった男の人を見て、最初の決意を。  真司がライダーとして戦う理由は、世界を守りたいからとか、そんな大仰な理由の為ではない。  多くの人々を救える、小さい頃に憧れた「正義のヒーロー」になりたい訳でもない。  ただこれ以上、目の前で傷つく人間を見たくなかった。  誰かが傷付けられるのを、見過ごしたくなかった。  せめてこの手の届く範囲の人間だけでもいい。  弱い自分でも、この手で誰かを守り抜きたいと思ったのだ。  そこに世界とか正義とか、そういう偉そうな大義名分なんかは存在しない。  もっと言えば、そんな目に見えない物の為に戦える気もしない。 (俺……ライダー同士の戦いって、ずっと迷ってたけど……今なら戦えるよ)  目の前の化け物(モンスター)を見逃せば、その悪意の矛先は次の参加者へと向けるだろう。  それはきっと、遠い未来の話や、もしかしたらあり得るかも知れないIFの話なんかじゃない。  奴は間違いなく、圧倒的な悪意の奔流となって、目の前で起こった悲劇を繰り返すだろう。  そんな事は絶対に許せない。その想いを胸に、戦う決意は十分過ぎる程に固めた。  そして、その心構えが出来た男は、強い。  例え力は弱くとも、強いのだ。   「よし……行くぞっ!!」 「――ヒヒヒヒハハハハハハハッ!」  龍騎の青龍刀とレンゲルの錫杖が、音を立てて激突した。  二度三度と、青龍刀の刃と錫杖の柄が激突して、お互いの技量を計り合う。  龍騎が隙を見た場所へ刃を叩き込もうにも、それは全てレンゲルの錫杖に阻まれるのだ。  幾度か金属音を響かせてお互いの獲物を激突させた後で、レンゲルの蹴りが龍騎の甲冑に叩き込まれた。  龍騎がよろけて数歩後じさる。追撃をかけようと錫杖を振り上げたレンゲルの背部で、火花が弾けた。 「ヅギザ、ゴラゲバ(次は、お前か)」 「このっ!」  仮面ライダーアビスが、鮫の牙を模した剣を振り下ろす。  アビスのソードベントによって生成される武器、アビスセイバーだ。  しかしながら、二度目の激突で鮫の牙は錫杖によって弾かれ、錫杖はそのままびゅんと音を立てて宙に弧を描く。  緑の軌跡を描きながら迫るのは、展開されたクローバーの刃。  それがアビスの胸部装甲を抉って、水色の身体を数歩後退させる。  そのまま追撃に出ようとしたレンゲルであるが、そうは行かない。 「このっ、させるかよ!」  龍騎がレンゲルの背中に飛びつき、そのまま押さえ付ける。  その隙にアビスは体勢を立て直し、剣を構え直す。  龍騎の拘束もいつまで続くか解らない。打撃を与えるなら、今しかない。  仮面越しにアビスとアイコンタクトを交わせば、アビスはすぐに駆け出した。  龍騎によって身動きが取れぬレンゲルへと、鮫の牙が急迫する。  我武者羅に振り下ろされた攻撃は、レンゲルクロスを幾度となく斬り付けた。  その度鮮やかな火花が舞うが、装甲に傷は付けられても、中身には届いていない様子。  終始聞こえる不敵な笑い声は止む事無く、やがてレンゲルが龍騎の拘束を破った。 「ガゴヂパ、ゴパシザ(遊びは、終わりだ)」  強引なやり方だった。  何か新たな策を練るという訳でも無く、ただ力に任せて龍騎を振り解いたのだ。  同時に強烈なレンゲルの肘打ちが龍騎の甲冑を叩いて、よろけた所へ錫杖が振り下ろされる。  一撃目は大袈裟な火花を撒き散らし、グランメイルに灰色の傷跡を残した。  二撃目は錫杖を振り上げると同時に、龍騎の脇腹を強かに殴った。  三撃目に振り下ろされた一撃で、ようやく龍騎の青龍刀がそれを受け止めた。  右手でグリップを握り締め、左手でサーベルの腹を支え、両手でレンゲルの圧力に耐える。  力は拮抗しているかに見えたが、次第に龍騎が押されて行き、アスファルトに片膝を着いた。  それでも頭上で構えたドラグセイバーは離さない。力を抜くこともしない。  敵の攻撃は非常に重く、龍騎は身動きが取れない状況なのであった。 「城戸君から離れなさい!」  一体二の戦闘で、片方にかまける事は、そのまま片方を放置する事に繋がる。  龍騎との力比べの隙に懐まで飛び込んだアビスは、鮫の牙を思いきりレンゲルの背中へ叩き付けた。  レンゲルの装甲を纏った男の、声にならない程の微かな呻きが漏れると同時、一瞬ではあるが力も弱まった。  今が好機とばかりに、龍騎の脚が覆いかぶさる様に錫杖を構えていたレンゲルの胴を蹴り上げた。  龍騎の前蹴りによって体勢を大幅に崩し、数歩よろめいた所へ、アビスの刃が迫る。  振り下ろされた刃がレンゲルに触れるかと思われたが、その瞬間レンゲルは錫杖に一枚のカードを通した。 「あのカードは!」  龍騎の仮面の下で、真司が叫ぶ。  レンゲルが通したカードは、どう見ても当初自分に支給されていたトランプと同規格だ。  あのカードにはそんな意味があったのか、なんて思い知る前に、レンゲルに変化が起こった。    ――GEL――  それはクラブの7、ゲルジェリーフィッシュのカードだった。  宙に青白い海月の紋章が浮かび上がったかと思えば、それはレンゲルクロスへと吸い込まれてゆく。  アビスの刃がレンゲルへと殺到する瞬間には、レンゲルの身体は無色透明の液体となって、空を舞っていた。  一体何が起こったのか。それを理解するよりも早く、液状化したレンゲルは、龍騎とアビスを翻弄する。  二人が如何に刃を振り下ろそうと、ゲルはそれをすり抜けるのだ。  宙を舞う液が龍騎やアビスの装甲に触れる瞬間には、それは確かなダメージとなって二人を襲う。  とんだチート能力があったものだと、真司は身を以て体感した。 「これじゃ攻撃も出来ないわ!」 「くそっ、斬って効かないなら!」  カードにはカードだ。  真司とて、元の世界ではカードを使うライダー同士で戦っていたのだ。  それ故、力の応用については他の世界の住人よりも理解しているつもりだった。  相手は液状化していて、剣や拳での肉弾攻撃は効かない。  となれば、通用するのは恐らくエネルギー系の攻撃。  ならば――!  ――STRIKE VENT――  左腕の龍召機甲によって、真司が選択した手札が読み上げられた。  次いで、龍騎の右腕に、無双龍の頭部を模したドラグクローが形成される。  腰を落とし、右腕をゆっくりと引いた。現れた無双龍が、龍騎の背後で華麗に舞う。  そして拳を突き出すと同時、ドラグレッダーが吐き出した圧倒的な熱量が、液状化したレンゲルを焼き払った。  これには流石のアビスも驚いたらしく、一歩身を引いて、焼かれるレンゲルを傍観する。 「成程、相手が液状なら、こっちは熱量で蒸発させてやればいいって訳。考えたわね、城戸君」 「え? あ、ああ、まぁ、俺もそんな感じになるとは思ってたんすよね!」 「……知らずにやったのね」  アビスが軽く頭を支えながら、溜息と共にぽつりと呟いた。  水は熱を加えれば蒸発する。それくらいは如何に馬鹿であろうとも知っているつもりだ。  まあ、真司は水だから蒸発させるとか、そういう考えを持ってこの手札を選んだ訳ではないのだが。  やがて、ドラグブレスに焼かれたレンゲルが、堪らず原形を取り戻し、アスファルトに着地した。  流石に消耗したのか、レンゲルは肩で息をしながら、 「――ハ、ハハ、ヒ、ヒヒィヒヒ、ヒヒヒッヒァハハッハハハハァッ!」  しかし、声高らかに嗤う。  蜘蛛の複眼がきらりと煌めいた。  それはまさしく、手負いの野獣が見せる野生の輝き。  ただ貪欲に、相手を狩る為に。ただ相手を殺す為に。  一足跳びに龍騎の間合いまで飛び込んだレンゲルが、龍騎の首根っこを掴み上げた。  刹那、圧倒的な息苦しさが、龍騎の装甲の中の真司を襲う。  目眩さえする苦しさの中で、それでも龍騎はレンゲルを蹴る。  されど、虫の息となった龍騎の悪足掻きがレンゲルに通用する訳が無い。  霞む視界でレンゲルを見下ろせば、レンゲルの仮面には、三つ目の蜘蛛の顔が浮かび上がって居た。   「ハハ、ハハハハハァハ、ゲェアハハハハハハッ!!」 「こいつっ……モンスター、かよっ……!」  生物的な蜘蛛の表情は、まさしく獲物を狩る毒蜘蛛のようで。  浮かび上がったスパイダーアンデッドの顔は、真司の目には確かなモンスターに見えた。  すぐにアビスが龍騎を救おうと剣を片手に駆け付けるが……。  レンゲルは掴み上げたままの龍騎の身体を、そのまま振り回し、ぶん投げた。  ぶぉんと空を切り、龍騎の身体は鈍器となってアビスの身体に打ち付けられる。  龍騎の身体がアビスの身体を巻き込んで、そのまま二人はアスファルトを無様に転がった。  そして、追撃だ。体勢すら立て直していない二人を蹂躙するべく――  ――STAB――  レンゲルラウザーの切れ味を上げる、スタッブビーだ。  蜂の紋章が錫杖に吸い込まれたかと思えば、三つ葉型の刃がしゃきんと音を立てて開いた。  それを振り回しながら、レンゲルは数瞬の内に龍騎とアビスへ急迫。  咄嗟に剣を構え直すアビスだったが、戦闘経験の未熟な小沢に完璧な対処など不可能。  剣と錫杖、最初の一合でアビスの剣が掬い上げる様に弾かれて。  二合目で、アビスのグランメイルを、三つ葉が切り裂いた。  スタッブの威力は確かだった。  ほんの一瞬の内に二度三度と装甲を斬り付けられたアビスは、水色の装甲に黒い傷跡を残しながら後退。  身動きを取るだけの余裕すら与えられず、怒涛の勢いで連続攻撃を叩き込まれたアビスに蓄積したダメージは甚大だ。  その場で思わず片膝を着いてしまったアビスに、錫杖による一撃が、高らかな嗤いと共に迫る。 「させるかよ!」  しかし、それを阻むべく、両者の間に割り込んだのは龍騎だった。  アビスが連続攻撃を叩き込まれた一瞬の内に選択したカードは、ガードベント。  龍の身体は、そのまま強固なる盾となって龍騎の両肩に装備されて居た。  スタッブの一撃が、龍の盾と激突して、きぃん! と金属音を掻き鳴らす。  錫杖を握った腕を引く際に、レンゲルは一瞬だけ無防備となった。  そこに付け込む程の技術は持ち合わせてはいないが、それでも今は無我夢中。  考えなしに叩き込んだ前蹴りは、レンゲルの装甲に減り込んで、数歩後退させるに至った。 「大丈夫ですか、小沢さん!」 「ええ、何とかね」  既に小沢はアビスでは無くなって居た。  ダメージの超過による変身解除。元の世界でも見受けられた現象だった。  変身状態を保てなくなった小沢に肩を貸して立ち上がらせながら、龍騎は言う。 「俺が戦いますから、小沢さんは隠れてて下さい」 「無茶よ! 貴方一人で勝てる相手じゃないわ!」 「今の小沢さんが戦える相手でもないでしょ!」  龍騎の怒声に、小沢は渋々ながらに後退した。  それを確認するや、もう一度レンゲルに視線を向ける。  殆どの手札を切ってしまった今、残ったカードはたったの二枚。  アドベントと、ファイナルベント……どちらも、使い時を間違えれば勝ちは無くなるだろう。  一方で、現在レンゲルが切る事が出来る手札がどれ程あるのかを、真司は知らない。  もしかしたらまだまだ手数があるのかも知れないし、相手も龍騎と同じなのかも知れない。  元々ライダー同士の戦いに否定的であった真司に、勝つ為の戦略性などは皆無だ。  こんな時、どうすればいいのか思案するも、答えは一向に出ない。  そうしてまごついている内に、先手を打ったのはレンゲルだった。  高笑いと共に、龍騎目掛けて突貫を仕掛けて来たのだ。  しかし――。   「ゲェァハァハハァハハハハハアァァ――ハァッ?」  気味の悪い嗤い声が、不意に疑問に歪んだ。  何事かと頭を上げる龍騎の視界に入ったのは、レンゲルではなく、一人の男。  黒のコートに身を包んだ、屈強な身体の男が、自分の両手を見詰めて戸惑っている様子だった。  すぐにカシャンと音を立てて、レンゲルのベルトが表面の扉を閉鎖し、アスファルトに落下する。  制限による強制的な変身解除だ。それはこの空間に設けられた、参加者を平等にする為の特殊ルール。  何が何だか解らないが、とにかくこれはチャンスだ。今ならばこの男を無力化出来る。 「今ならこの人をっ――」 「城戸君! そいつは人じゃないわ……未確認よ!」 「へっ……?」  龍騎の後方で、小沢が物陰から顔を出しながら叫んだ。  小沢の話を聞く限りでは、未確認とは確か、既に全滅した異形の集団では無かったか。  アンノウンが脅威とされている今、未確認生命体は既に過去の脅威である筈なのだ。  何故こいつが未確認だと解ったのか。そして、何故未確認がここに居るのか。  そんな疑問に答えもせずに、小沢は黒服の男にリボルバーの銃を向けた。  デイバッグから取り出した、コルト・パイソンだ。 「ちょ、ちょっと小沢さん! あいつが未確認だって保証は!?」 「こいつが使った言語よ。あれは未確認生命体特有のものだし、何よりもこいつの姿は警察の資料で見覚えがある」  これでほぼ確定だった。  小沢は嘘を言う様な人間では無いという事くらい真司にも解る。  その小沢がここまで言う以上、目の前の敵は未確認(モンスター)なのだろう。  それならば、執拗異常に人の遺体を痛めつけるなどといった非人道的な行為にも説明が付く。  なんて事はない。そもそもこいつには、最初から人間らしさとか、人間の常識や理性なんてものは無いのだ。  そんなモンスターに引導を渡すべく、小沢がコルト・パイソンの引き金を引き絞った。  ――SMILODON――  瞬間、響き渡った野太い声(ガイアウィスパー)。  放たれた神経断裂弾の一撃はしかし、野獣の爪によって阻まれた。  変化したその姿を見て、誰が「仮面ライダー」なんて印象を抱こうものか。  強靭に発達した、獣の怪人。血の様な赤い牙と、肥大化した腕が、気味悪く煌めく。  先程まで蜘蛛のライダーだった男が変じたそれは、正真正銘の化け物(モンスター)だった。 |061:[[究極の目覚め(後編)]]|投下順|062:[[狂気の果てに(後編)]]| |061:[[究極の目覚め(後編)]]|時系列順|062:[[狂気の果てに(後編)]]| |053:[[強魔(後編)]]|[[津上翔一]]|062:[[狂気の果てに(後編)]]| |053:[[強魔(後編)]]|[[ズ・ゴオマ・グ]]|062:[[狂気の果てに(後編)]]| |053:[[強魔(後編)]]|[[城戸真司]]|062:[[狂気の果てに(後編)]]| |053:[[強魔(後編)]]|[[小沢澄子]]|062:[[狂気の果てに(後編)]]| ----
*狂気の果てに(前編) ◆MiRaiTlHUI  目の前に広がる光景を見るや、背筋が凍りつく様な悪寒を覚えた。  人の死の瞬間……或いは、人の死体を見たことが無い訳ではない。  だけど、これはただの死体ではない。余りにも惨過ぎる、惨殺死体だ。  遺体の頭蓋骨に当たる部分は、最早原形すら残していない。  周囲にぶち撒けられている赤黒いモノは、この男の頭を形成していた器官。  脳だったものとか、肉だったものとか、そんなものが滅茶苦茶になって飛散していた。  例えどんな理由があったとしても、ここまで“壊す”必要性など無い筈だった。  津上翔一の胸中で、目の前の現実に対しての義憤が渦を巻く。 「一体どうして、こんな事に……!」  理不尽なまでの暴力の爪痕に、翔一は拳を握り締め、絶叫した。  先程までキバットが居た病室の、突き破られた硝子から下を覗き込めば、この遺体はすぐに視界に入った。  当然、こんな滅茶苦茶なまでの惨殺死体を発見した翔一が、それを無視する事など出来よう筈もない。  キバットを引き連れた翔一は、真っ先に病院を飛び出して、遺体の元まで走って来たのだ。 「普通に考えれば、あのアギトの男がやったと考えるのが妥当だろうな」 「何ですそれ……なんでそうなるんですか!」  憤りを隠す事すらせずに、翔一はキバットに向かって叫んだ。 「病室の真下だ。どう考えてもこいつがアギトの男を襲い、返り討ちにあったとしか考えられん」 「それは確かに、そうかもしれませんけどっ……」  頭では理解出来ても、心は納得していなかった。  当然だ。良かれと思って救った命が、他者の命を奪ったと聞いて、喜べる訳が無い。  そんな翔一に対するキバットの返事には、少なからず糾弾の色が含まれて居た。 「何故最初に出会った時、あの男が殺し合いに乗って居ると考えなかった」 「……まだあの人が殺し合いに乗ったと決まった訳じゃないじゃないですか!」 「これを見てもまだそう言えるのか?」  翔一の視界に、徹底的に叩き潰された男の遺体が入る。  キバットの言いたい事は解る。ただ暴走しているだけなら、こんな殺し方はしない。  これを見るに、暴走というよりも明確な意思を持っての蹂躙と考える方が自然だ。  頭だけがこうも執拗に潰されるなど、よっぽどの悪意がなければそうそうあり得ないからだ。  だが、だとすればそれは自分の責でもある。  殺された男が殺し合いに乗って居たからいい、なんて言い訳は通用しない。  事実として、自分が助けた男がこの理不尽な殺戮を行った可能性が高いのだ。 「もしもあの人が人を殺す事を楽しんで居るのなら……その時は、俺があの人を止めてみせます」  決意を胸に、拳を握り締める。  それが、せめてもの責任の取り方だと思うから。  だけど、まだそうと決まった訳ではないのはせめてもの救いか。  出来る事なら、自分が助けた男は殺し合いに乗った化け物などではないと信じたい。  ともすれば、全てが手遅れになる前に、何としてもあの男を見付けなければならないのだ。 「そうか。ならば俺はお前の覚悟を見届けさせて貰う」 「ありがとうございます。それじゃあ、急ぎましょうか……早くあの人を見付けないと!」  遺体を放置するのは少し気が重たい、今は一刻を争う。  殺し合いに乗って居るにせよ暴走中にせよ、早急に彼を見付けねばならない事に変わりはないのだ。  病院を出て、市街地の街並みの中へ消えて行く翔一を追いかけるように、キバットもまた羽ばたくのだった。   ◆  精神なんかは、とっくに壊れていた。  この身を突き動かすのは、本能的な破壊衝動と、妙に気持ちを高揚させる何か。  そうなってしまっては、もう目の前にある獲物を喰らう事しか考えられない。 ◆  肌が泡立つ様な、本能的な恐怖が目の前のライダーからは感じられた。  そこに理性などは存在しない。ただ、障害となる者はその圧倒的な力で押し潰すのみ。  それはまるで、無邪気な子供が虫や小動物を縊り殺すのにも似た、意志無き暴力の奔流。  最早原形すら留めぬ程に破壊された男の遺体を見る限り、正真正銘、狂気の沙汰だと思う。  城戸真司の知る範囲で語るなら、浅倉威なんかは奴に近いが……否、浅倉からはまだ、理性が感じられた。 「キヒ、キヒヒヒヒヒヒヒヒァッハハハハハハハハハハハハハハハハハハ――」  目の前のライダー(化け物)からは、最早それすらも感じられない。  理性を持たぬ化け物程、人が本能的な恐怖心を掻き立てられるものはないのだ。 「何なんだよお前……なんでこんな事!」 「無駄よ、城戸君。こいつに私達の言葉は届かないわ」  鮫の仮面と龍の仮面が、数瞬視線を交差させる。  龍騎となった真司は、アビスとなった小沢の言葉に軽く頷く。  こいつを放っておけば、きっともっと多くの人が危険に晒されるだろう。  ぐちゃぐちゃに壊された目の前の遺体を見れば解る。こいつは人間じゃない。化け物だ。  それがそのまま「だからこいつを殺してもいい」という結論になる訳ではないが、それでも戦う決意は出来た。 「小沢さん。俺、一つだけ思い出しましたよ」 「今話さなきゃいけない事かしら」 「はい、俺が戦う理由です」 「世界を、というより人々を守りたいからじゃないの?」 「いや、それはそうなんですけど……ちょっとだけ違ったっていうか」  ここへ来てからは、ただ大ショッカーが許せなかった。  人間同士で殺し合わせる為に、罪の無い男を見せしめに殺した奴らが許せなかった。  当然それは今でも変わりないし、大ショッカーを許してやろうなんて気は更々ない。  だが今は、精神的に、一つだけ変わった事がある。というよりも、思い出した決意がある。 「俺、最初はただ、目の前で誰かが死ぬのが嫌だったんだ。人を守りたいから、ライダーになったんだって」 「ええ、それは最初に会った時から聞いてるわよ」 「いやだから、それはそうですけど……ああああ、もうとにかくっ!」  上手く言葉に出来ない自分がもどかしくて。  それを紛らわす様に、一枚のカードをドラグバイザーに装填(ベント)した。  ――SWORD VENT――  具現化された龍の刀を握り締め、龍騎は眼前の蜘蛛のライダーを眇める。  思い出したのだ。あんな滅茶苦茶になるまで壊されてしまった男の人を見て、最初の決意を。  真司がライダーとして戦う理由は、世界を守りたいからとか、そんな大仰な理由の為ではない。  多くの人々を救える、小さい頃に憧れた「正義のヒーロー」になりたい訳でもない。  ただこれ以上、目の前で傷つく人間を見たくなかった。  誰かが傷付けられるのを、見過ごしたくなかった。  せめてこの手の届く範囲の人間だけでもいい。  弱い自分でも、この手で誰かを守り抜きたいと思ったのだ。  そこに世界とか正義とか、そういう偉そうな大義名分なんかは存在しない。  もっと言えば、そんな目に見えない物の為に戦える気もしない。 (俺……ライダー同士の戦いって、ずっと迷ってたけど……今なら戦えるよ)  目の前の化け物(モンスター)を見逃せば、その悪意の矛先は次の参加者へと向けるだろう。  それはきっと、遠い未来の話や、もしかしたらあり得るかも知れないIFの話なんかじゃない。  奴は間違いなく、圧倒的な悪意の奔流となって、目の前で起こった悲劇を繰り返すだろう。  そんな事は絶対に許せない。その想いを胸に、戦う決意は十分過ぎる程に固めた。  そして、その心構えが出来た男は、強い。  例え力は弱くとも、強いのだ。   「よし……行くぞっ!!」 「――ヒヒヒヒハハハハハハハッ!」  龍騎の青龍刀とレンゲルの錫杖が、音を立てて激突した。  二度三度と、青龍刀の刃と錫杖の柄が激突して、お互いの技量を計り合う。  龍騎が隙を見た場所へ刃を叩き込もうにも、それは全てレンゲルの錫杖に阻まれるのだ。  幾度か金属音を響かせてお互いの獲物を激突させた後で、レンゲルの蹴りが龍騎の甲冑に叩き込まれた。  龍騎がよろけて数歩後じさる。追撃をかけようと錫杖を振り上げたレンゲルの背部で、火花が弾けた。 「ヅギザ、ゴラゲバ(次は、お前か)」 「このっ!」  仮面ライダーアビスが、鮫の牙を模した剣を振り下ろす。  アビスのソードベントによって生成される武器、アビスセイバーだ。  しかしながら、二度目の激突で鮫の牙は錫杖によって弾かれ、錫杖はそのままびゅんと音を立てて宙に弧を描く。  緑の軌跡を描きながら迫るのは、展開されたクローバーの刃。  それがアビスの胸部装甲を抉って、水色の身体を数歩後退させる。  そのまま追撃に出ようとしたレンゲルであるが、そうは行かない。 「このっ、させるかよ!」  龍騎がレンゲルの背中に飛びつき、そのまま押さえ付ける。  その隙にアビスは体勢を立て直し、剣を構え直す。  龍騎の拘束もいつまで続くか解らない。打撃を与えるなら、今しかない。  仮面越しにアビスとアイコンタクトを交わせば、アビスはすぐに駆け出した。  龍騎によって身動きが取れぬレンゲルへと、鮫の牙が急迫する。  我武者羅に振り下ろされた攻撃は、レンゲルクロスを幾度となく斬り付けた。  その度鮮やかな火花が舞うが、装甲に傷は付けられても、中身には届いていない様子。  終始聞こえる不敵な笑い声は止む事無く、やがてレンゲルが龍騎の拘束を破った。 「ガゴヂパ、ゴパシザ(遊びは、終わりだ)」  強引なやり方だった。  何か新たな策を練るという訳でも無く、ただ力に任せて龍騎を振り解いたのだ。  同時に強烈なレンゲルの肘打ちが龍騎の甲冑を叩いて、よろけた所へ錫杖が振り下ろされる。  一撃目は大袈裟な火花を撒き散らし、グランメイルに灰色の傷跡を残した。  二撃目は錫杖を振り上げると同時に、龍騎の脇腹を強かに殴った。  三撃目に振り下ろされた一撃で、ようやく龍騎の青龍刀がそれを受け止めた。  右手でグリップを握り締め、左手でサーベルの腹を支え、両手でレンゲルの圧力に耐える。  力は拮抗しているかに見えたが、次第に龍騎が押されて行き、アスファルトに片膝を着いた。  それでも頭上で構えたドラグセイバーは離さない。力を抜くこともしない。  敵の攻撃は非常に重く、龍騎は身動きが取れない状況なのであった。 「城戸君から離れなさい!」  一体二の戦闘で、片方にかまける事は、そのまま片方を放置する事に繋がる。  龍騎との力比べの隙に懐まで飛び込んだアビスは、鮫の牙を思いきりレンゲルの背中へ叩き付けた。  レンゲルの装甲を纏った男の、声にならない程の微かな呻きが漏れると同時、一瞬ではあるが力も弱まった。  今が好機とばかりに、龍騎の脚が覆いかぶさる様に錫杖を構えていたレンゲルの胴を蹴り上げた。  龍騎の前蹴りによって体勢を大幅に崩し、数歩よろめいた所へ、アビスの刃が迫る。  振り下ろされた刃がレンゲルに触れるかと思われたが、その瞬間レンゲルは錫杖に一枚のカードを通した。 「あのカードは!」  龍騎の仮面の下で、真司が叫ぶ。  レンゲルが通したカードは、どう見ても当初自分に支給されていたトランプと同規格だ。  あのカードにはそんな意味があったのか、なんて思い知る前に、レンゲルに変化が起こった。    ――GEL――  それはクラブの7、ゲルジェリーフィッシュのカードだった。  宙に青白い海月の紋章が浮かび上がったかと思えば、それはレンゲルクロスへと吸い込まれてゆく。  アビスの刃がレンゲルへと殺到する瞬間には、レンゲルの身体は無色透明の液体となって、空を舞っていた。  一体何が起こったのか。それを理解するよりも早く、液状化したレンゲルは、龍騎とアビスを翻弄する。  二人が如何に刃を振り下ろそうと、ゲルはそれをすり抜けるのだ。  宙を舞う液が龍騎やアビスの装甲に触れる瞬間には、それは確かなダメージとなって二人を襲う。  とんだチート能力があったものだと、真司は身を以て体感した。 「これじゃ攻撃も出来ないわ!」 「くそっ、斬って効かないなら!」  カードにはカードだ。  真司とて、元の世界ではカードを使うライダー同士で戦っていたのだ。  それ故、力の応用については他の世界の住人よりも理解しているつもりだった。  相手は液状化していて、剣や拳での肉弾攻撃は効かない。  となれば、通用するのは恐らくエネルギー系の攻撃。  ならば――!  ――STRIKE VENT――  左腕の龍召機甲によって、真司が選択した手札が読み上げられた。  次いで、龍騎の右腕に、無双龍の頭部を模したドラグクローが形成される。  腰を落とし、右腕をゆっくりと引いた。現れた無双龍が、龍騎の背後で華麗に舞う。  そして拳を突き出すと同時、ドラグレッダーが吐き出した圧倒的な熱量が、液状化したレンゲルを焼き払った。  これには流石のアビスも驚いたらしく、一歩身を引いて、焼かれるレンゲルを傍観する。 「成程、相手が液状なら、こっちは熱量で蒸発させてやればいいって訳。考えたわね、城戸君」 「え? あ、ああ、まぁ、俺もそんな感じになるとは思ってたんすよね!」 「……知らずにやったのね」  アビスが軽く頭を支えながら、溜息と共にぽつりと呟いた。  水は熱を加えれば蒸発する。それくらいは如何に馬鹿であろうとも知っているつもりだ。  まあ、真司は水だから蒸発させるとか、そういう考えを持ってこの手札を選んだ訳ではないのだが。  やがて、ドラグブレスに焼かれたレンゲルが、堪らず原形を取り戻し、アスファルトに着地した。  流石に消耗したのか、レンゲルは肩で息をしながら、 「――ハ、ハハ、ヒ、ヒヒィヒヒ、ヒヒヒッヒァハハッハハハハァッ!」  しかし、声高らかに嗤う。  蜘蛛の複眼がきらりと煌めいた。  それはまさしく、手負いの野獣が見せる野生の輝き。  ただ貪欲に、相手を狩る為に。ただ相手を殺す為に。  一足跳びに龍騎の間合いまで飛び込んだレンゲルが、龍騎の首根っこを掴み上げた。  刹那、圧倒的な息苦しさが、龍騎の装甲の中の真司を襲う。  目眩さえする苦しさの中で、それでも龍騎はレンゲルを蹴る。  されど、虫の息となった龍騎の悪足掻きがレンゲルに通用する訳が無い。  霞む視界でレンゲルを見下ろせば、レンゲルの仮面には、三つ目の蜘蛛の顔が浮かび上がって居た。   「ハハ、ハハハハハァハ、ゲェアハハハハハハッ!!」 「こいつっ……モンスター、かよっ……!」  生物的な蜘蛛の表情は、まさしく獲物を狩る毒蜘蛛のようで。  浮かび上がったスパイダーアンデッドの顔は、真司の目には確かなモンスターに見えた。  すぐにアビスが龍騎を救おうと剣を片手に駆け付けるが……。  レンゲルは掴み上げたままの龍騎の身体を、そのまま振り回し、ぶん投げた。  ぶぉんと空を切り、龍騎の身体は鈍器となってアビスの身体に打ち付けられる。  龍騎の身体がアビスの身体を巻き込んで、そのまま二人はアスファルトを無様に転がった。  そして、追撃だ。体勢すら立て直していない二人を蹂躙するべく――  ――STAB――  レンゲルラウザーの切れ味を上げる、スタッブビーだ。  蜂の紋章が錫杖に吸い込まれたかと思えば、三つ葉型の刃がしゃきんと音を立てて開いた。  それを振り回しながら、レンゲルは数瞬の内に龍騎とアビスへ急迫。  咄嗟に剣を構え直すアビスだったが、戦闘経験の未熟な小沢に完璧な対処など不可能。  剣と錫杖、最初の一合でアビスの剣が掬い上げる様に弾かれて。  二合目で、アビスのグランメイルを、三つ葉が切り裂いた。  スタッブの威力は確かだった。  ほんの一瞬の内に二度三度と装甲を斬り付けられたアビスは、水色の装甲に黒い傷跡を残しながら後退。  身動きを取るだけの余裕すら与えられず、怒涛の勢いで連続攻撃を叩き込まれたアビスに蓄積したダメージは甚大だ。  その場で思わず片膝を着いてしまったアビスに、錫杖による一撃が、高らかな嗤いと共に迫る。 「させるかよ!」  しかし、それを阻むべく、両者の間に割り込んだのは龍騎だった。  アビスが連続攻撃を叩き込まれた一瞬の内に選択したカードは、ガードベント。  龍の身体は、そのまま強固なる盾となって龍騎の両肩に装備されて居た。  スタッブの一撃が、龍の盾と激突して、きぃん! と金属音を掻き鳴らす。  錫杖を握った腕を引く際に、レンゲルは一瞬だけ無防備となった。  そこに付け込む程の技術は持ち合わせてはいないが、それでも今は無我夢中。  考えなしに叩き込んだ前蹴りは、レンゲルの装甲に減り込んで、数歩後退させるに至った。 「大丈夫ですか、小沢さん!」 「ええ、何とかね」  既に小沢はアビスでは無くなって居た。  ダメージの超過による変身解除。元の世界でも見受けられた現象だった。  変身状態を保てなくなった小沢に肩を貸して立ち上がらせながら、龍騎は言う。 「俺が戦いますから、小沢さんは隠れてて下さい」 「無茶よ! 貴方一人で勝てる相手じゃないわ!」 「今の小沢さんが戦える相手でもないでしょ!」  龍騎の怒声に、小沢は渋々ながらに後退した。  それを確認するや、もう一度レンゲルに視線を向ける。  殆どの手札を切ってしまった今、残ったカードはたったの二枚。  アドベントと、ファイナルベント……どちらも、使い時を間違えれば勝ちは無くなるだろう。  一方で、現在レンゲルが切る事が出来る手札がどれ程あるのかを、真司は知らない。  もしかしたらまだまだ手数があるのかも知れないし、相手も龍騎と同じなのかも知れない。  元々ライダー同士の戦いに否定的であった真司に、勝つ為の戦略性などは皆無だ。  こんな時、どうすればいいのか思案するも、答えは一向に出ない。  そうしてまごついている内に、先手を打ったのはレンゲルだった。  高笑いと共に、龍騎目掛けて突貫を仕掛けて来たのだ。  しかし――。   「ゲェァハァハハァハハハハハアァァ――ハァッ?」  気味の悪い嗤い声が、不意に疑問に歪んだ。  何事かと頭を上げる龍騎の視界に入ったのは、レンゲルではなく、一人の男。  黒のコートに身を包んだ、屈強な身体の男が、自分の両手を見詰めて戸惑っている様子だった。  すぐにカシャンと音を立てて、レンゲルのベルトが表面の扉を閉鎖し、アスファルトに落下する。  制限による強制的な変身解除だ。それはこの空間に設けられた、参加者を平等にする為の特殊ルール。  何が何だか解らないが、とにかくこれはチャンスだ。今ならばこの男を無力化出来る。 「今ならこの人をっ――」 「城戸君! そいつは人じゃないわ……未確認よ!」 「へっ……?」  龍騎の後方で、小沢が物陰から顔を出しながら叫んだ。  小沢の話を聞く限りでは、未確認とは確か、既に全滅した異形の集団では無かったか。  アンノウンが脅威とされている今、未確認生命体は既に過去の脅威である筈なのだ。  何故こいつが未確認だと解ったのか。そして、何故未確認がここに居るのか。  そんな疑問に答えもせずに、小沢は黒服の男にリボルバーの銃を向けた。  デイバッグから取り出した、コルト・パイソンだ。 「ちょ、ちょっと小沢さん! あいつが未確認だって根拠は!?」 「こいつが使った言語よ。あれは未確認生命体特有のものだし、何よりもこいつの姿は警察の資料で見覚えがある」  これでほぼ確定だった。  小沢は嘘を言う様な人間では無いという事くらい真司にも解る。  その小沢がここまで言う以上、目の前の敵は未確認(モンスター)なのだろう。  それならば、執拗異常に人の遺体を痛めつけるなどといった非人道的な行為にも説明が付く。  なんて事はない。そもそもこいつには、最初から人間らしさとか、人間の常識や理性なんてものは無いのだ。  そんなモンスターに引導を渡すべく、小沢がコルト・パイソンの引き金を引き絞った。  ――SMILODON――  瞬間、響き渡った野太い声(ガイアウィスパー)。  放たれた神経断裂弾の一撃はしかし、野獣の爪によって阻まれた。  変化したその姿を見て、誰が「仮面ライダー」なんて印象を抱こうものか。  強靭に発達した、獣の怪人。血の様な赤い牙と、肥大化した腕が、気味悪く煌めく。  先程まで蜘蛛のライダーだった男が変じたそれは、正真正銘の化け物(モンスター)だった。 |061:[[究極の目覚め(後編)]]|投下順|062:[[狂気の果てに(後編)]]| |061:[[究極の目覚め(後編)]]|時系列順|062:[[狂気の果てに(後編)]]| |053:[[強魔(後編)]]|[[津上翔一]]|062:[[狂気の果てに(後編)]]| |053:[[強魔(後編)]]|[[ズ・ゴオマ・グ]]|062:[[狂気の果てに(後編)]]| |053:[[強魔(後編)]]|[[城戸真司]]|062:[[狂気の果てに(後編)]]| |053:[[強魔(後編)]]|[[小沢澄子]]|062:[[狂気の果てに(後編)]]| ----

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