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Sを受け入れて/地獄の兄妹」(2011/12/13 (火) 14:34:56) の最新版変更点

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*Sを受け入れて/地獄の兄妹 ◆/kFsAq0Yi2 「……おまえ、あの時東京タワーで叫んでた奴だろ?」  東京タワー手前の激戦地で、葦原涼に助けられた後、鳴海亜樹子はどうすることもできずに茫然と立ち尽くしていた。  そんな彼女の耳に、聞きたくないのに潜り込んできたのは、キングという少年の軽薄な声。  そこで亜樹子は知ってしまった。東京タワーで共同作戦を行った霧島美穂の死を。  そして、そして――照井竜、が……  ここに連れて来られるほんの少し前に、NEVERから皆で風都を護り抜いて、一緒に花火を見たばかりの――亜樹子の、想い人。  やがて自分が泣いていることに気づいて、亜樹子は自分の気持ちを知った。  好きだったんだ、自分は。やっぱり、彼のことが。彼の居てくれる、父や仲間の護った風都が。どうしようもないくらい、自分の世界を愛していたんだ。  それがなくなってしまう。このままじゃ壊れてしまう。  竜くんも――――――――死んじゃった。  ――知らないのか。俺は死なない。 「竜くんの……嘘つき……」  ぽつりと。残された者のそんなありふれた、しかし抑えられない悲しみの籠った言葉が、ぺたんと地べたに座り込んだ亜樹子の唇から零れる。  ――もちろん、勝ち残るに値するだけの褒賞は用意している。最後まで生き残った者にはあらゆる望みを叶えてみせよう。  そんな時、亜樹子の心が砕けないよう縋ることができたのは――自分達をこの殺し合いの場へと引き込んだ憎むべき元凶の、その甘言だけだった。  ――巨万の富、無限の命、敵対勢力の根絶など望みは何でも構わん。何となれば過去の改変や死者の蘇生も可能である。  過去の改変。死者の蘇生。  NEVERという生きた死人達を見た直後なのだから、亜樹子にはそんなバカげたこともすんなりと信じられる。  園崎霧彦や井坂深紅郎と言った、亜樹子の知る死者達がここにいるのも、大ショッカーの力の証明だろう。  いや、彼らはネクロオーバーさえ施せなかったはずだ。何せ死体が残っていなかったのだから。  それなら大ショッカーの力は、亜樹子の知識を大きく超えている。逆らって勝てるわけがない。  逆に彼らの望み通りに勝ち残れば、本当に死者の蘇生が叶うのだ。  照井竜も、鳴海壮吉も、竜くんの家族だって生き返らせることができる。そもそもそんな事件をなかったことにだってできる。  皆が愛した風都から、悲しみを取り除いて――もっともっと素晴らしい場所にすることができる。  そのためには…… 「……ごめんね、涼君」  自分を助けてくれた、異世界の仮面ライダー。  彼は本当に、本当に立派な人だ。きっと竜くんや翔太郎くんと会えばきっとすぐに意気投合するような、そんな優しい仮面ライダーだ。彼が風都に居て、皆に力を貸してくれれば……と思う。  だけど、風都のためには――殺さないといけない。  亜樹子にはデイパックも装備も、もうなかった。何もできない無力な亜樹子が殺せる相手なんてほとんどいない。間引ける時に仕留めておかないと、そんなチャンスはもう巡って来ない。  そう手術室のベッドの上に運んだ涼へと、メスを握り締めて亜樹子は涼の首元にあてがい――  迸った悲鳴と共に払われた腕に突き飛ばされ、背中から何かにぶつかって倒れ込んでしまった。 「もう、やめてくれ……」  哀願するような涼の声を、メスを握ったまま、倒れ込んだ亜樹子は聞く。  涙声が混じったような声に、全身を駆け巡る痛みに凌辱されながらも、亜樹子の意識は何とか、正常な方に傾いた。  ――亜樹子ちゃん、まだ誰も殺してないでしょう? だったらまだ可能性はあるんじゃない?  死んだ美穂の、そんな言葉が思い出される。  自分はまだ、誰も殺していない。  罪を犯して、風都の仮面ライダー達に取り返しのつかないことは、まだしていない。  ――でもそれは、やっぱり都合が良すぎるんじゃないか?  現に今、自分は、身を呈して護ってくれた仮面ライダーを、殺そうとしたのだから……  ――テメーのやった事は自分の世界すら守れてねえよ……  ――只の……只の人殺しだ。  もうとっくに、手遅れなんじゃないだろうか……?  何事かを叫んで涼が出て行ったことにも関心が持てず、亜樹子は再び生まれた罪悪感と、喪失感と、悲哀と、鳴海探偵事務所の所長として残った最後の正義感が、せめぎ合いをするのを止められなかった。  新たに手術室に二人の男が現れたが、亜樹子は今、彼らを殺すどころの状態ではなかった。その前に、自分の精神を擦り潰して死んでしまいそうだった。  ただ止められない感情の奔流に翻弄されながら、いつまでも放心状態を続けていると…… 「……おまえ、あの時東京タワーで叫んでた奴だろ?」  そう、亜樹子の前に立っていた左袖の無い黒コートの男が尋ねて来た。  ビクッ、と身体が強張るのを、亜樹子は抑え切れなかった。  それを見て、男はくつくつと喉を鳴らす。 「良い目だ。何があったのか知らないが、おまえの瞳に闇が見える……」  闇。暗部。――悪しき、モノ。  そう連想した亜樹子は、さらに心の内が大きな感情に押し潰されるのを感じた。  私は何なの? 鳴海壮吉の娘? 鳴海探偵事務所の所長? 仮面ライダーの、仲間?  違う、私は――私はただの、人殺し――っ!  メスを落とし、涙を流しながら、亜樹子は顔を抱え込んで、そんな想いを消そうと首を振る。  私は、仮面ライダーに倒されるべき悪? 翔太郎くんの、フィリップくんの、涼くんの、お父さんの、竜くんの、仮面ライダーを裏切って彼らの誇りを汚すような、そんな醜い存在――? 「違う、私は、私、は……っ!」  声が詰まる。涙で視界が歪む。それでも感情は、喉から嗚咽として零れ出す。 「うっ……くっ、あぁぁ……ぁっ!」  私はただ、ただ。皆で幸せに暮らす、大好きな風都を護りたかっただけなのに――っ!  外から重く、しかし弾けるような音が聞こえて来たのは、まさしくその時だった。 「――っ!?」 「――大変! 大変よ!」  そう、甲高い女の声がする。でも女なんて、自分以外この場にいただろうか? 「東京タワーが崩れちゃったのよぉっ!」  その甲高い声が耳に入った時、亜樹子は拳銃で撃たれたような衝撃を覚えた。  ふらふらと、視界が揺れる。自分が立ち上がったのだと気づくのに、少し時間が掛かった。 「ちょ、ちょっと! あんた、待ちなさいよ!」  女の声が聞こえてくるが、耳から耳へ通り過ぎて行くように、意味が頭に届かない。  身体のあちこちが、痛い。だけど胸はもっと、もっと痛い。  それが怪我のせいなのか、亜樹子にはもうわからない。  まるで今の彼女の心のように暗い廊下を、遥か遠い緑色の光を目指し、一歩動くごとに走る痛みに耐えながら、躓きそうになる足を必死に進める。  何で自分がそんなことをしているのか、亜樹子にはわからなかった。思考の届かない深い意識の声に呼ばれるように、亜樹子は病院の入り口を目指す。  ――そうして外に出れば、周囲を覆う闇は一層濃くなった。  ――まるで、本当に亜樹子の心と通じているかのように。  さっき伝えられた言葉を、できれば嘘だと思いたかった。  すっかり闇で化粧を終えた世界には、あるべきものの姿がなかった。  夜の帳を人工の光で切り裂いて、こんなに離れていてもその威容を見せていたあの真紅の塔――東京タワーが、どこにも見えなかったのだ。  代わりに、わずかばかりに黒を赤に染める火の手が見える。 「はは……あははは……」  自分でも引き攣っていると理解できながら、それを正すことができない笑声を、亜樹子は漏らす。  東京タワーに美穂と共に仕掛けた爆弾の起爆装置は、あの喋る蝙蝠によって壊されてしまっていた。だから、外部から起爆することはできない。  爆発させるには、誰かが直接爆弾に手を出すしかない。爆弾があるとも知らずにやって来た、あの呼びかけで亜樹子達を助けようとしてくれただろう正義の仮面ライダーや、他の参加者を殺そうとする危険人物がそこで出会い、戦って――その影響で、タワー崩壊が引き起こされたのだ。  死んでいる。絶対に、あの爆発に巻き込まれた人は死んでいる。強力な爆発を受けて、それを凌いでも今度は東京タワーの瓦礫に襲われる。もしタワーの上の階が戦場になっていたのなら、落下というおまけまでついて来る。  助かるわけが、ない。  ――亜樹子ちゃん、まだ誰も殺してないでしょう? だったらまだ可能性はあるんじゃない?  殺した。  私は人を殺した。  起爆してないなんて、あそこで死んだ人は聞いていない。  あそこに人が集まるように、私が呼び掛けた。私が、あそこに爆弾を仕掛けた。  私が、あの爆発に巻き込まれた人達を殺したんだ。  ――もう、言い逃れなんて絶対できない。  私は、悪だ。ただの、人殺しだ。  仮面ライダーの横に立つなんて、許されるような存在じゃない。  私は風都に吹く風を汚す、ただの悪なんだ。  ……それでも。  ……私は悪でも、風都を護りたい。  ……そこに私がいなくても、良いから。 「――崩れちまったなぁ、東京タワー」  手術室から追い駆けて来たのだろう、男がそう亜樹子に呟く。 「様子を見にでも行くつもりか?」  後ろから投げられた男の問いに、亜樹子はゆっくりと首を振る。  こつ、こつとブーツを鳴らしながら、男は亜樹子の前へと移動して来て――彼女の顔を覗き込む。 「――底に落ちた……か」  そう満足げに、彼は呟いた。  ――崩れたのは、東京タワーだけではない。  鳴海亜樹子という人間の心も、また―― 「おまえ……俺の妹にならないか?」  男の言葉の意味が、亜樹子には最初理解できなかった。 「どん底に落ちてから見えるものもある。俺はずっと、暗闇の中を歩いて来た……。  おまえも、俺と一緒に地獄を行かないか?」  やっぱり、何を言っているのか全然わからない。  目の前の男は狂っているんじゃないかと、亜樹子は思う。 「俺は、おまえの傍にいてやる。だからおまえも――来い」  だけど――好都合だ。  亜樹子はもう、迷いを捨てていた。  ぐだぐだうじうじと、心の中で言い訳ばかりして。あそこで野上良太郎達と別れた時に、本当は済ませておかなければならなかったことを、自分はずっと置き去りにして来た。  美穂にあって自分になかったもの。それは覚悟だ。  罪を受け入れ、悪となってでも目的を達成するという覚悟が、自分には足りていなかった。 「お兄……ちゃん?」  今の亜樹子は徒手空拳。ライダーや怪人が跋扈するこの殺し合いにおいて、ただの一般人程度の力しか持たない亜樹子が生き残ることなど、本来は不可能だ。  だけど、美穂が教えてくれた。亜樹子には亜樹子の武器があると。 「……行こうぜ、妹」  満足げに頷く男に、亜樹子も――本心からの喜びを込めてやった笑みを返す。  目的に近づく、道具を見つけた歓喜を。  亜樹子が無力な女に過ぎないなら――それを武器にすれば良い。  バカな奴らを、利用して駒にするのだ。  幸いなことに、目の前のこの男は亜樹子を求めている。どういう目的かは知らない。妹になれ、などと初対面の女性に言って来る男がまともであるはずがない。  だがそういう趣味だというなら応じてやる。どんな汚い真似をしたって、まずは手駒を手に入れてやる。何しろ亜樹子には武器も力も今はないのだから、盾となる参加者は必要だ。  急に視界がクリアになった気がして、亜樹子は心の中で先程の自分の失態を嗤う。  葦原涼は、殺し合いに乗ると宣言した亜樹子を、わざわざ助けに来るような御人好しだ。あそこで殺そうとするよりも、身を護る盾として使う方が絶対に良かった。損得勘定ができなかった自分を悔やむが、まあ良い。  今は目の前の男。こいつを利用して、少しずつで良い。あわよくば他の世界の参加者を削り、亜樹子自身の戦力も用意させる。都合が悪くなったら、美穂の言うように男を捨てれば良い。 「――うん、行こう」  亜樹子は応えて、痛みの残る身を動かして男に続く。  そう、行こう。風都を護るために。邪魔者を全て消し去るために。  殺し合いのシステムを考えると、自分と同じ世界の参加者にはできるだけ生き残って欲しいが――もしも自分の邪魔をするなら、翔太郎やフィリップだって――殺す。どうせ大ショッカーに生き返らせて貰うのだから、もう躊躇わない。むしろ彼らは、その性格上最初の内に盾としてしか利用できないと考えた方が良い。  当面は、誰と会ってももう殺し合いには乗っていませんと言い張る。その方が、御人好しの多い正義の仮面ライダーと近づき易い。無力な女であることを活かして彼らの庇護欲を煽る方が、今の自分に扱える駒を増やし易いはずだ。涼のことは正気じゃなかったと、泣いて謝って許しを乞おう。本人は無理でも、他の仮面ライダー――野上良太郎のような相手は、それで十分なはずだ。  東京タワーの爆弾は、全部あのアポロガイストとかいう怪人の仕業にすれば良い。事実を知っている渡と言う男は殺し合いに乗っているから、正義の仮面ライダーにそれが知れることはない。  ああでも、もしもあの蝙蝠が他の参加者にも言い触らしていたらどうしよう――?  ――あぁ、そっか。  放送も爆弾も、何もかも、全部霧島美穂に脅されていたことにすれば良いんだ。  あの状況、起きたばかりで錯乱していたことにすれば良い。自分の命が惜しくて、美穂に手を貸していた。それであんな応答をしてしまったと言い張ろう。  死人に口はない。全部押し付けてしまおう。利用する相手に蝙蝠がそのことを話す前なら、自分は被害者なんだと吹き込んでしまえば良い。  別に良いよね、美穂さん。私達は本来、敵同士なんだから――  追及が続くなら、この男に中てられて狂ったフリをしたって良いのだ――いやもう、狂っているのか。  それでも、構わない。  自分が狂おうと、命を落とすことになろうと――幸せな風都を作り上げる。惨劇を失くし、照井竜とその家族が笑って暮らせる風都を。父壮吉が二人で一人の仮面ライダーを導いて、人々の平和を護る理想の風都を、この手で護るのだ。  そのためなら自分は、何にだってなってやる。  男の言うように、地獄を歩むことになっても――それで願いが叶うなら、もう何も望まない。  悲壮過ぎる決意を胸に隠し、偽りに兄と呼ぶ男に続いて地獄を歩もうとする女を、夜空に浮かぶ星々が見下ろしていた……。 【1日目 夜】 【E-5 病院 手術室】 【矢車想@仮面ライダーカブト】 【時間軸】48話終了後 【状態】全身に傷(手当て済)、闇の中に一人ではなくなったことへの喜び 【装備】ゼクトバックル+ホッパーゼクター@仮面ライダーカブト、ゼクトマイザー@仮面ライダーカブト 【道具】支給品一式、キバーラ@仮面ライダーディケイド 基本行動方針:弟を殺した大ショッカーを潰す。 1:士の中の闇を見極めたいが、今は士を待つか……? 2:殺し合いも戦いの褒美もどうでもいいが、大ショッカーは許さない。 3:妹(亜樹子)と話をする。 4:天道と出会ったら……? 5:音也の言葉が、少しだけ気がかり。 6:自分にだけ掴める光を探してみるか……? 【備考】 ※ディケイド世界の参加者と大ショッカーについて、大まかに把握しました。 ※10分間の変身制限を把握しました。 ※仮面ライダーキバーラへの変身は夏海以外は出来ないようです。 ※黒いカブト(ダークカブト)の正体は、天道に擬態したワームだと思っています。 ※鳴海亜樹子を妹にしました。 【鳴海亜樹子@仮面ライダーW】 【時間軸】番組後半(劇場版『仮面ライダーW FOREVER AtoZ/運命のガイアメモリ』直後) 【状態】ダメージ(大)、疲労(小)、極めて強い覚悟、ファムに変身不可15分変身不可 【装備】無し 【道具】無し 【思考・状況】 基本行動方針:風都を護るため、殺し合いに乗る。 0:例え仲間を犠牲にしてでも優勝し、照井や父を生き返らせて悲しみの無い風都を勝ち取る。 1:まずは目の前の男(矢車)を利用する。 2:他の参加者を利用して潰し合わせ、その間に自分の戦力を整える。 3:良太郎は利用できる? 涼のことは会ってから判断。 4:当面は殺し合いにはもう乗ってないと嘘を吐く。 5:東京タワーのことは全て霧島美穂に脅され、アポロガイストに利用されていたことにする。 【備考】 ※良太郎について、職業:芸人、憑依は芸と誤認しています。 ※放送で照井竜の死を知ってしまいました。 |091:[[献上]]|投下順|093:[[君はあの人に似ている (前篇)]]| |090:[[信じる心]]|時系列順|[[]]| |087:[[光と影]]|[[矢車想]]|098:[[新たなる思い]]| |086:[[光と影]]|[[鳴海亜樹子]]|098:[[新たなる思い]]| ----
*Sを受け入れて/地獄の兄妹 ◆/kFsAq0Yi2 「……おまえ、あの時東京タワーで叫んでた奴だろ?」  東京タワー手前の激戦地で、葦原涼に助けられた後、鳴海亜樹子はどうすることもできずに茫然と立ち尽くしていた。  そんな彼女の耳に、聞きたくないのに潜り込んできたのは、キングという少年の軽薄な声。  そこで亜樹子は知ってしまった。東京タワーで共同作戦を行った霧島美穂の死を。  そして、そして――照井竜、が……  ここに連れて来られるほんの少し前に、NEVERから皆で風都を護り抜いて、一緒に花火を見たばかりの――亜樹子の、想い人。  やがて自分が泣いていることに気づいて、亜樹子は自分の気持ちを知った。  好きだったんだ、自分は。やっぱり、彼のことが。彼の居てくれる、父や仲間の護った風都が。どうしようもないくらい、自分の世界を愛していたんだ。  それがなくなってしまう。このままじゃ壊れてしまう。  竜くんも――――――――死んじゃった。  ――知らないのか。俺は死なない。 「竜くんの……嘘つき……」  ぽつりと。残された者のそんなありふれた、しかし抑えられない悲しみの籠った言葉が、ぺたんと地べたに座り込んだ亜樹子の唇から零れる。  ――もちろん、勝ち残るに値するだけの褒賞は用意している。最後まで生き残った者にはあらゆる望みを叶えてみせよう。  そんな時、亜樹子の心が砕けないよう縋ることができたのは――自分達をこの殺し合いの場へと引き込んだ憎むべき元凶の、その甘言だけだった。  ――巨万の富、無限の命、敵対勢力の根絶など望みは何でも構わん。何となれば過去の改変や死者の蘇生も可能である。  過去の改変。死者の蘇生。  NEVERという生きた死人達を見た直後なのだから、亜樹子にはそんなバカげたこともすんなりと信じられる。  園崎霧彦や井坂深紅郎と言った、亜樹子の知る死者達がここにいるのも、大ショッカーの力の証明だろう。  いや、彼らはネクロオーバーさえ施せなかったはずだ。何せ死体が残っていなかったのだから。  それなら大ショッカーの力は、亜樹子の知識を大きく超えている。逆らって勝てるわけがない。  逆に彼らの望み通りに勝ち残れば、本当に死者の蘇生が叶うのだ。  照井竜も、鳴海壮吉も、竜くんの家族だって生き返らせることができる。そもそもそんな事件をなかったことにだってできる。  皆が愛した風都から、悲しみを取り除いて――もっともっと素晴らしい場所にすることができる。  そのためには…… 「……ごめんね、涼君」  自分を助けてくれた、異世界の仮面ライダー。  彼は本当に、本当に立派な人だ。きっと竜くんや翔太郎くんと会えばきっとすぐに意気投合するような、そんな優しい仮面ライダーだ。彼が風都に居て、皆に力を貸してくれれば……と思う。  だけど、風都のためには――殺さないといけない。  亜樹子にはデイパックも装備も、もうなかった。何もできない無力な亜樹子が殺せる相手なんてほとんどいない。間引ける時に仕留めておかないと、そんなチャンスはもう巡って来ない。  そう手術室のベッドの上に運んだ涼へと、メスを握り締めて亜樹子は涼の首元にあてがい――  迸った悲鳴と共に払われた腕に突き飛ばされ、背中から何かにぶつかって倒れ込んでしまった。 「もう、やめてくれ……」  哀願するような涼の声を、メスを握ったまま、倒れ込んだ亜樹子は聞く。  涙声が混じったような声に、全身を駆け巡る痛みに凌辱されながらも、亜樹子の意識は何とか、正常な方に傾いた。  ――亜樹子ちゃん、まだ誰も殺してないでしょう? だったらまだ可能性はあるんじゃない?  死んだ美穂の、そんな言葉が思い出される。  自分はまだ、誰も殺していない。  罪を犯して、風都の仮面ライダー達に取り返しのつかないことは、まだしていない。  ――でもそれは、やっぱり都合が良すぎるんじゃないか?  現に今、自分は、身を呈して護ってくれた仮面ライダーを、殺そうとしたのだから……  ――テメーのやった事は自分の世界すら守れてねえよ……  ――只の……只の人殺しだ。  もうとっくに、手遅れなんじゃないだろうか……?  何事かを叫んで涼が出て行ったことにも関心が持てず、亜樹子は再び生まれた罪悪感と、喪失感と、悲哀と、鳴海探偵事務所の所長として残った最後の正義感が、せめぎ合いをするのを止められなかった。  新たに手術室に二人の男が現れたが、亜樹子は今、彼らを殺すどころの状態ではなかった。その前に、自分の精神を擦り潰して死んでしまいそうだった。  ただ止められない感情の奔流に翻弄されながら、いつまでも放心状態を続けていると…… 「……おまえ、あの時東京タワーで叫んでた奴だろ?」  そう、亜樹子の前に立っていた左袖の無い黒コートの男が尋ねて来た。  ビクッ、と身体が強張るのを、亜樹子は抑え切れなかった。  それを見て、男はくつくつと喉を鳴らす。 「良い目だ。何があったのか知らないが、おまえの瞳に闇が見える……」  闇。暗部。――悪しき、モノ。  そう連想した亜樹子は、さらに心の内が大きな感情に押し潰されるのを感じた。  私は何なの? 鳴海壮吉の娘? 鳴海探偵事務所の所長? 仮面ライダーの、仲間?  違う、私は――私はただの、人殺し――っ!  メスを落とし、涙を流しながら、亜樹子は顔を抱え込んで、そんな想いを消そうと首を振る。  私は、仮面ライダーに倒されるべき悪? 翔太郎くんの、フィリップくんの、涼くんの、お父さんの、竜くんの、仮面ライダーを裏切って彼らの誇りを汚すような、そんな醜い存在――? 「違う、私は、私、は……っ!」  声が詰まる。涙で視界が歪む。それでも感情は、喉から嗚咽として零れ出す。 「うっ……くっ、あぁぁ……ぁっ!」  私はただ、ただ。皆で幸せに暮らす、大好きな風都を護りたかっただけなのに――っ!  外から重く、しかし弾けるような音が聞こえて来たのは、まさしくその時だった。 「――っ!?」 「――大変! 大変よ!」  そう、甲高い女の声がする。でも女なんて、自分以外この場にいただろうか? 「東京タワーが崩れちゃったのよぉっ!」  その甲高い声が耳に入った時、亜樹子は拳銃で撃たれたような衝撃を覚えた。  ふらふらと、視界が揺れる。自分が立ち上がったのだと気づくのに、少し時間が掛かった。 「ちょ、ちょっと! あんた、待ちなさいよ!」  女の声が聞こえてくるが、耳から耳へ通り過ぎて行くように、意味が頭に届かない。  身体のあちこちが、痛い。だけど胸はもっと、もっと痛い。  それが怪我のせいなのか、亜樹子にはもうわからない。  まるで今の彼女の心のように暗い廊下を、遥か遠い緑色の光を目指し、一歩動くごとに走る痛みに耐えながら、躓きそうになる足を必死に進める。  何で自分がそんなことをしているのか、亜樹子にはわからなかった。思考の届かない深い意識の声に呼ばれるように、亜樹子は病院の入り口を目指す。  ――そうして外に出れば、周囲を覆う闇は一層濃くなった。  ――まるで、本当に亜樹子の心と通じているかのように。  さっき伝えられた言葉を、できれば嘘だと思いたかった。  すっかり闇で化粧を終えた世界には、あるべきものの姿がなかった。  夜の帳を人工の光で切り裂いて、こんなに離れていてもその威容を見せていたあの真紅の塔――東京タワーが、どこにも見えなかったのだ。  代わりに、わずかばかりに黒を赤に染める火の手が見える。 「はは……あははは……」  自分でも引き攣っていると理解できながら、それを正すことができない笑声を、亜樹子は漏らす。  東京タワーに美穂と共に仕掛けた爆弾の起爆装置は、あの喋る蝙蝠によって壊されてしまっていた。だから、外部から起爆することはできない。  爆発させるには、誰かが直接爆弾に手を出すしかない。爆弾があるとも知らずにやって来た、あの呼びかけで亜樹子達を助けようとしてくれただろう正義の仮面ライダーや、他の参加者を殺そうとする危険人物がそこで出会い、戦って――その影響で、タワー崩壊が引き起こされたのだ。  死んでいる。絶対に、あの爆発に巻き込まれた人は死んでいる。強力な爆発を受けて、それを凌いでも今度は東京タワーの瓦礫に襲われる。もしタワーの上の階が戦場になっていたのなら、落下というおまけまでついて来る。  助かるわけが、ない。  ――亜樹子ちゃん、まだ誰も殺してないでしょう? だったらまだ可能性はあるんじゃない?  殺した。  私は人を殺した。  起爆してないなんて、あそこで死んだ人は聞いていない。  あそこに人が集まるように、私が呼び掛けた。私が、あそこに爆弾を仕掛けた。  私が、あの爆発に巻き込まれた人達を殺したんだ。  ――もう、言い逃れなんて絶対できない。  私は、悪だ。ただの、人殺しだ。  仮面ライダーの横に立つなんて、許されるような存在じゃない。  私は風都に吹く風を汚す、ただの悪なんだ。  ……それでも。  ……私は悪でも、風都を護りたい。  ……そこに私がいなくても、良いから。 「――崩れちまったなぁ、東京タワー」  手術室から追い駆けて来たのだろう、男がそう亜樹子に呟く。 「様子を見にでも行くつもりか?」  後ろから投げられた男の問いに、亜樹子はゆっくりと首を振る。  こつ、こつとブーツを鳴らしながら、男は亜樹子の前へと移動して来て――彼女の顔を覗き込む。 「――底に落ちた……か」  そう満足げに、彼は呟いた。  ――崩れたのは、東京タワーだけではない。  鳴海亜樹子という人間の心も、また―― 「おまえ……俺の妹にならないか?」  男の言葉の意味が、亜樹子には最初理解できなかった。 「どん底に落ちてから見えるものもある。俺はずっと、暗闇の中を歩いて来た……。  おまえも、俺と一緒に地獄を行かないか?」  やっぱり、何を言っているのか全然わからない。  目の前の男は狂っているんじゃないかと、亜樹子は思う。 「俺は、おまえの傍にいてやる。だからおまえも――来い」  だけど――好都合だ。  亜樹子はもう、迷いを捨てていた。  ぐだぐだうじうじと、心の中で言い訳ばかりして。あそこで野上良太郎達と別れた時に、本当は済ませておかなければならなかったことを、自分はずっと置き去りにして来た。  美穂にあって自分になかったもの。それは覚悟だ。  罪を受け入れ、悪となってでも目的を達成するという覚悟が、自分には足りていなかった。 「お兄……ちゃん?」  今の亜樹子は徒手空拳。ライダーや怪人が跋扈するこの殺し合いにおいて、ただの一般人程度の力しか持たない亜樹子が生き残ることなど、本来は不可能だ。  だけど、美穂が教えてくれた。亜樹子には亜樹子の武器があると。 「……行こうぜ、妹」  満足げに頷く男に、亜樹子も――本心からの喜びを込めてやった笑みを返す。  目的に近づく、道具を見つけた歓喜を。  亜樹子が無力な女に過ぎないなら――それを武器にすれば良い。  バカな奴らを、利用して駒にするのだ。  幸いなことに、目の前のこの男は亜樹子を求めている。どういう目的かは知らない。妹になれ、などと初対面の女性に言って来る男がまともであるはずがない。  だがそういう趣味だというなら応じてやる。どんな汚い真似をしたって、まずは手駒を手に入れてやる。何しろ亜樹子には武器も力も今はないのだから、盾となる参加者は必要だ。  急に視界がクリアになった気がして、亜樹子は心の中で先程の自分の失態を嗤う。  葦原涼は、殺し合いに乗ると宣言した亜樹子を、わざわざ助けに来るような御人好しだ。あそこで殺そうとするよりも、身を護る盾として使う方が絶対に良かった。損得勘定ができなかった自分を悔やむが、まあ良い。  今は目の前の男。こいつを利用して、少しずつで良い。あわよくば他の世界の参加者を削り、亜樹子自身の戦力も用意させる。都合が悪くなったら、美穂の言うように男を捨てれば良い。 「――うん、行こう」  亜樹子は応えて、痛みの残る身を動かして男に続く。  そう、行こう。風都を護るために。邪魔者を全て消し去るために。  殺し合いのシステムを考えると、自分と同じ世界の参加者にはできるだけ生き残って欲しいが――もしも自分の邪魔をするなら、翔太郎やフィリップだって――殺す。どうせ大ショッカーに生き返らせて貰うのだから、もう躊躇わない。むしろ彼らは、その性格上最初の内に盾としてしか利用できないと考えた方が良い。  当面は、誰と会ってももう殺し合いには乗っていませんと言い張る。その方が、御人好しの多い正義の仮面ライダーと近づき易い。無力な女であることを活かして彼らの庇護欲を煽る方が、今の自分に扱える駒を増やし易いはずだ。涼のことは正気じゃなかったと、泣いて謝って許しを乞おう。本人は無理でも、他の仮面ライダー――野上良太郎のような相手は、それで十分なはずだ。  東京タワーの爆弾は、全部あのアポロガイストとかいう怪人の仕業にすれば良い。事実を知っている渡と言う男は殺し合いに乗っているから、正義の仮面ライダーにそれが知れることはない。  ああでも、もしもあの蝙蝠が他の参加者にも言い触らしていたらどうしよう――?  ――あぁ、そっか。  放送も爆弾も、何もかも、全部霧島美穂に脅されていたことにすれば良いんだ。  あの状況、起きたばかりで錯乱していたことにすれば良い。自分の命が惜しくて、美穂に手を貸していた。それであんな応答をしてしまったと言い張ろう。  死人に口はない。全部押し付けてしまおう。利用する相手に蝙蝠がそのことを話す前なら、自分は被害者なんだと吹き込んでしまえば良い。  別に良いよね、美穂さん。私達は本来、敵同士なんだから――  追及が続くなら、この男に中てられて狂ったフリをしたって良いのだ――いやもう、狂っているのか。  それでも、構わない。  自分が狂おうと、命を落とすことになろうと――幸せな風都を作り上げる。惨劇を失くし、照井竜とその家族が笑って暮らせる風都を。父壮吉が二人で一人の仮面ライダーを導いて、人々の平和を護る理想の風都を、この手で護るのだ。  そのためなら自分は、何にだってなってやる。  男の言うように、地獄を歩むことになっても――それで願いが叶うなら、もう何も望まない。  悲壮過ぎる決意を胸に隠し、偽りに兄と呼ぶ男に続いて地獄を歩もうとする女を、夜空に浮かぶ星々が見下ろしていた……。 【1日目 夜】 【E-5 病院 手術室】 【矢車想@仮面ライダーカブト】 【時間軸】48話終了後 【状態】全身に傷(手当て済)、闇の中に一人ではなくなったことへの喜び 【装備】ゼクトバックル+ホッパーゼクター@仮面ライダーカブト、ゼクトマイザー@仮面ライダーカブト 【道具】支給品一式、キバーラ@仮面ライダーディケイド 基本行動方針:弟を殺した大ショッカーを潰す。 1:士の中の闇を見極めたいが、今は士を待つか……? 2:殺し合いも戦いの褒美もどうでもいいが、大ショッカーは許さない。 3:妹(亜樹子)と話をする。 4:天道と出会ったら……? 5:音也の言葉が、少しだけ気がかり。 6:自分にだけ掴める光を探してみるか……? 【備考】 ※ディケイド世界の参加者と大ショッカーについて、大まかに把握しました。 ※10分間の変身制限を把握しました。 ※仮面ライダーキバーラへの変身は夏海以外は出来ないようです。 ※黒いカブト(ダークカブト)の正体は、天道に擬態したワームだと思っています。 ※鳴海亜樹子を妹にしました。 【鳴海亜樹子@仮面ライダーW】 【時間軸】番組後半(劇場版『仮面ライダーW FOREVER AtoZ/運命のガイアメモリ』直後) 【状態】ダメージ(大)、疲労(小)、極めて強い覚悟、ファムに変身不可15分変身不可 【装備】無し 【道具】無し 【思考・状況】 基本行動方針:風都を護るため、殺し合いに乗る。 0:例え仲間を犠牲にしてでも優勝し、照井や父を生き返らせて悲しみの無い風都を勝ち取る。 1:まずは目の前の男(矢車)を利用する。 2:他の参加者を利用して潰し合わせ、その間に自分の戦力を整える。 3:良太郎は利用できる? 涼のことは会ってから判断。 4:当面は殺し合いにはもう乗ってないと嘘を吐く。 5:東京タワーのことは全て霧島美穂に脅され、アポロガイストに利用されていたことにする。 【備考】 ※良太郎について、職業:芸人、憑依は芸と誤認しています。 ※放送で照井竜の死を知ってしまいました。 |091:[[献上]]|投下順|093:[[君はあの人に似ている (前篇)]]| |090:[[信じる心]]|時系列順|098:[[新たなる思い]]| |087:[[光と影]]|[[矢車想]]|098:[[新たなる思い]]| |086:[[光と影]]|[[鳴海亜樹子]]|098:[[新たなる思い]]| ----

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