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*それぞれの決意(前篇) ◆/kFsAq0Yi2 「――君が、ガイアメモリのある世界の住人だったのか!」  E-4エリア病院のロビーにて、情報交換を行っていた六人の内の一人――橘朔也は、そう鳴海亜樹子を向いて立ち上がった。 「それじゃあ、この首輪のことを知っているのか? 解除はできないのか!?」 「え? えっ?」  だが橘の興奮が理解できないといった様子で、亜樹子はそう疑問の声を漏らすだけだ。 「――どーいうことだ?」  そこで尊大な態度で口を開いたのは、腕を組んでソファに腰かけていた門矢士だった。 「あぁ、これは橘の仮設なんだが……」  そこで口を開くのは橘と行動を共にしていた日高仁志――鬼としての名をヒビキという、音撃戦士だった。 「首輪にはガイアメモリを使うためのコネクタがあるだろ? それなら、首輪もその世界に関わりのあるものじゃないかって思ったんだが……」 「私、知らない!」  ヒビキが言葉を濁した矢先、亜樹子は首を振って否定した。 「本当か? ――まさか、殺し合いに乗っているから隠しているなんてことは……」 「橘!」  そこで声を張り上げたのは芦原涼――胸部に多大なダメージを受けたために、発声にも痛みを伴って顔を歪めながら、しかし咎めるような視線を橘に向ける。 「――あ、すまない……」 「……W(ダブル)の世界からの参加者が簡単に解除法を知っているような首輪だったら、そこの人間をそのまま引っ張っては来ないだろ。コネクタの技術を使っているだけだって考えるのが普通だろう」  そうして事態を見届けると、呆れたように士は呟いた。  初対面の際、ブレイドへとカメンライドしていた士のことを、剣崎一真を殺害しブレイバックルを奪った下手人だと勘違いしたことといい、どうもこの橘という人物は勘違いし易い性質の人間らしい。そのくせ勘違いした時には妙に決断力に富むようだから、扇動系マーダーに騙されたりしないものか非常に心配だ。  それでも正義感に溢れる仮面ライダーの一人であることは間違いないのだが、と亜樹子に謝罪を重ねる橘の姿を見て士は思う。 「……となると、カモフラージュのために全員にガイアメモリが支給されているという説も間違っていた可能性が高いな。ヒビキが落としたわけじゃなかったみたいだ」 「――そうだろうな。俺も北条も支給されてなかったしな」  俺もだ、と涼が士に続き、ここにバトルロワイヤル開始直後より長い間信じられてきたWの世界万能説は崩れることになった。 「……でも、フィリップくんなら何とかなるかもしれない」  だがそこで示されたのは、新しい希望。 「フィリップ……仮面ライダーダブルの片割れか」 「うん。私の事務所の仲間なんだけど……星の本棚って言われるぐらいのすっごい知識があって、すっごく頭が良いの。フィリップくんなら、首輪のことも解析できるかも」 「そうか……なら、急いでそのフィリップくんと合流しないとな」 「――確かに重要なことだが、もう少しここで待つという方針に変わりはないぞ、朔也。フィリップがどこにいるかわからない以上、希望が生まれても状況が変わったわけじゃないからな」  先程の話し合いの時点で、部屋の隅で両膝を抱えている矢車想以外の全員が戦いに支障が出るほどのダメージを蓄え、しかも全快の状態でも数人掛かりで太刀打ちできなかったダグバやガドルを筆頭に、アポロガイストを圧倒したウェザー・ドーパントに変身する紅渡など、強過ぎる危険人物が決して少なくない。故にまずは身体を癒し、また極力人数を分散させないようしばらくこの病院に全員で待機しておくということになった。  病院は性質上、他にも参加者が集まってくるはずだ。別行動を取るにしても、もう少し協力者を増やして頭数を揃えてからの方が良いだろうし、危険人物襲来の可能性も考えると、この地の安全性を確保するためにも病院に残るべきである――そのような方針が六人の間で決定されていた。 (……紅渡、か)  亜樹子から伝えられた情報に、士は自身を旅に送り出した男の姿を思い描く。  剣崎一真と同じように、士が知る彼とは同じ名前で同じ姿だろうと別人だと推測できる。あの底知れない男が、簡単に大ショッカーの思惑に乗るとは考え難いからだ。 (……おそらく、音也の肉親だろう。それが殺し合いに乗っているなんてな)  士達と別れた紅音也は亜樹子を救うため、単身東京タワーに向かった。  その東京タワーで亜樹子がマーダーと化した渡に襲われたとは、何という皮肉だろうか。  また紅渡は橘達と別行動中の仲間である名護啓介の知人でもあった。名護自身は見紛うことなき仮面ライダーであるため、橘とヒビキが受けた衝撃や、名護がそのことを知っているのか、知ればどうなるのかを心配しているようだった。 (……この紅渡がどんな奴だか知らないが、音也には借りがあるからな。もしも俺の前に現れて、まだ殺し合いに乗ってやがったら、俺が音也の代わりに根性注入でもしてやるか)  この情報を届けてくれた亜樹子のことも、士は橘同様、はっきり言えばそこまで信用はできていない。  仮面ライダーとともに戦う彼女の正義は信頼できる。だが、自分の愛する世界の命運が懸かっていては、他の世界を犠牲にしようという思いが生まれないかどうかはわからない。  愛するもののためなら、普段絶対に考えないようなことだって人間は考えてしまう――士自身が、この地でそれを体験したのだから、なおさらそう疑ってしまう。  もっとも、士をそこから、紅音也が助け出してくれたわけだが。 (音也の奴が助けに行くって言っておいて、結局は会えなかったみたいだが……それならこいつも俺が救う。もしも道を違えていたら、その外れた道を俺が破壊して、元の居場所に戻してやる)  そう静かに士は、どこか元気がない亜樹子の顔を見て決意を固める。 (……おまえなら、こいつを見たらそうしろって言うだろ、夏海)  士はもういない最愛の女性が、静かに微笑み、頷く姿を幻視した。  ――こんな戦いを仕組んだ奴らに負けないで! みんなの世界を救うために戦って! 人類の味方、仮面ライダアァァァァァァーーーッ!  士の中で、未だに木霊する声の一つ。  亜樹子の行った放送――それが霧島美穂と共に行った、他者を傷つけるための嘘の言葉だったとしても。  その言葉で、士が立ち直ることができたのは事実なのだ。  その言葉が、正義の心という不屈の魂をこの胸に宿したことは、紛れもない真実なのだ。  士はそこで、部屋の隅に一人で座り、話し合いに参加しようとしない男を振り返る。 「――おい、おまえも何か意見とかないのか」 「……俺はおまえらと仲間になるつもりはない、と言ったはずだぞ……士」 「――でも、妹さんは仲良くしているみたいだけど、良いの?」  そこで士の横に現れ発言したのは、顔に手足を付けただけとデフォルメされたような姿の白い蝙蝠――親指ほどの大きさしかないモンスター、キバーラだった。 「大ショッカーを潰すっていう目的は、俺も同じだ……だから妹が代わりに、おまえらと情報交換してくれるんだとよ。……健気な妹ができて、俺は嬉しいぜ……」 「うわっ……」  いつものように消極的ながらもにんまりと笑った矢車に、キバーラは引いたようにそう声を漏らした。 「――うん、お兄ちゃん……私、頑張るからね」  一方で、矢車に合わせたかのように急に声のトーンを暗くしながら、亜樹子が答えた。 「亜樹子ぉ……!」 「お兄ちゃんっ!」 「――そんなことより! キバーラ、何か見つかったのか?」  独自の空間が展開され始めたのを阻止すべく、世界の破壊者は旅の仲間に問いかけた。  先程の話し合いにキバーラが参加していなかったのは、小回りが利いて空を飛ぶこともでき、夜目も明るい彼女が病院に周囲を見回って来てくれていたからだ。 「あー、そうそう、凄ぉい大発見があるんだから! 士――それと朔也さん、来て貰える?」 「――俺か?」  思わぬ指名だったのか、橘は自身を指差しながらキバーラを振り返る。 「あなた、確か剣(ブレイド)の世界のライダーシステムに詳しいのよね?」 「あぁ、一応、研究を見ていた程度はあるからな……」 「技術屋ではあるんだ。それじゃ、やっぱり来て貰った方が良いわ。――士はまだ、変身できないでしょうしね」  もしも危険人物と鉢合わせしてしまった場合、いくら優れた身体能力を持つ士と言えど変身が叶わなければその結果は明白――悲しいことだが、剣崎一真がそれを証明している。  それなら短距離だろうと、別行動を取る際には最低限その時変身できる者が一人は同行する――それも先程の取り決めで決まっていた。 「行くぞ、朔也。――涼、ヒビキ。誰か来たら頼んだぞ」  そうして橘を伴って、士は扇動するように前を飛ぶ小さな白い影を追った。  外に出て、寒気を感じながらしばらく歩いたところで――士達は、黒い塊を見つけた。 「こいつは――イマジン、か?」 「多分、ネガタロスって奴よ、士」  矢車や光夏海に襲い掛かって来たが、剣崎一真の協力もあって撃退に成功した色違いの電王――眼前に転がる首なし死体は、それに変身していた者だろうとキバーラは告げる。 「イマジンのくせに電王じゃなくてキバに恨みがあるって言ってた奴だけど、悪党だったし、多分野上良太郎の仲間じゃないんでしょうね」 「……悪の怪人とはいえ、これは惨いな」  足元の死体を見下ろし、そう呟いたのは橘だった。  血の代わりに砂が溢れているが……腹部は大きく爆ぜており、この時点で致命傷だっただろう。それなのに、さらに首を途中まで掻き切り、残り半分は踏み付けられたのか折れ、頭が千切られていたのだ。 「……一真を殺した、あの黒いカブトの仕業かもな」  残虐な手口から連想したわけではなく、単に状況的に他の犯人が見つからないからだが――士はそう、ぽつりと呟く。 「――それで、キバーラ。大発見ってのはこいつのことか?」 「いくら何でも――さすがにこいつを手厚く葬る気にはなれないぞ」  士に続き、橘もそうキバーラに不満の声を漏らす。実際は東條悟もいたとはいえ、もしこいつが居なければ、剣崎達はひょっとしたらその後の襲撃にも対応できたかもしれない――そのことを考えると、薄情になっても仕方がないというものだ。 「違う違う。ほら、よく考えてみなさいよ。首が取れてる、ってことは……」  キバーラの言葉に閃き、周囲を見渡した士は――闇の中に転がった、銀の輪を見つけた。 「――そういうことか」 「士、写真を撮ること以外は苦手なことはないのよね? ――何か、わかるんじゃない?」  キバーラがそう呟く中、士はネガタロスのものと思われる首輪を、その手で拾い上げていた。 ◆ 「――キバーラの発見って何なんだろうな」 「さあな。帰って来たらすぐわかるだろ」  ヒビキの問いに、涼はそう素っ気なく答えた。  別に、ヒビキを不快にさせたいわけではなく、士のように不器用な喋り方しかできない年頃なんだろうと、ヒビキは見当付ける。 「それより、そのダグバって奴のことをもっと教えてくれ。門矢が言うには、あのガドルが自分より強いと言った未確認で……北条を殺した奴、なんだろ?」 「ああ、そうだな――」  危険人物についての情報を共有しておくことも、大切なことだろうとヒビキは頷く。  特にダグバの危険度は、身を以て理解している。少しでも詳細な情報を知ることが危機回避に繋がることは決して珍しいことではないと、ヒビキは長年の魔化魍退治の経験から理解していた。 「――第零号、だと」  ダグバの脅威に付いて説明していた中で、涼はその単語に大きく反応した。 「知っているのか、葦原?」 「――ああ。二年前、猛威を振るった未確認生命体の中でも……最悪の奴だ」  あいつ一体に、三万人が殺された。 「――え?」  涼の紡いだ言葉を最初、ヒビキは理解できなかった。  いやそんな馬鹿な、ただの聞き間違いだろ――そう現実的な思考という逃避が働いたが、涼の沈痛な面持ちを見て事実だと思考に染み込んで来る。 「三万、って……最近じゃ大きな災害があっても、死者なんて二万も行かないよ!?」  そう、思わずといった様子で叫んだのは亜樹子だった。ヒビキも同じことを思っていた。 「そんな、野放しになっていたんじゃなくて、仮面ライダーがいたんでしょ!? 組織的に動いたわけでもないのに、それで……」 「……仮面ライダーだかは知らないが、その頃は未確認生命体の中に人間に友好な第四号という奴がいた。そいつはそれまでに四十体以上の未確認を倒していたが……その四号も簡単に蹴散らして、奴は暴れたと言われている」  涼が淡々と語る言葉に、ヒビキは背筋が凍るような錯覚を感じた。 (……こいつは、割と本気で鍛える時間があってもヤバいな)  あの時、装甲声刃もなかったのによくも生き残れたものだとヒビキは思ってしまう。奴は遊んでいるような態度と口ぶりだったが、それは嘘でも何でもなかったようだ。 (鍛えに鍛えて、道具に頼って……それでやっとか。今の俺じゃ多分、装甲響鬼になっても退治できないだろうな)  歴戦の鬼であるヒビキをして、そう悟らざるを得なかった。相手は天災の域すら超えた、正真正銘のバケモノだ。嫌でもあの時看取った男の遺言が蘇る。  ――逃げて……くださ……い  ――奴は…………第0号………我々では……到底、太刀打ち出来る………相手では………ありま、せん  人を護って全身を焼かれ、それでも必死に警告を残そうとした男――放送を聞き逃した涼に説明する過程で、北条透という名前と一時的に士と行動を共にしていたという事実が明らかになった彼は、涼と同じようにダグバを知っていて、なおも奴に立ち向かった。  あるいは彼も、誰かを護るために死地に赴いたのかもしれない。  自分達が奴とまた戦うようになっては、彼の願いを裏切ることになるのかもしれないが―― 「――それでも、人を護るためには俺達が倒すしかないでしょ」  しかし、その不安を振り払うように、ヒビキは決意を口にした。 「俺達はそのために鍛えてる――仮面ライダーなんだからさ」  ヒビキの言葉に、涼は瞳に意志の光を取り戻すと、力強く頷いた。 「そうだな。……俺も剣崎に、そう誓ったばかりだ」  涼が頷くのを見て、ヒビキは心強い物を覚えた。  確かにヒビキ一人では、奴を倒せるほど鍛えられるかはわからない。少なくとも、このバトルロワイヤルの会場で他の人を護るためには、そこまで鍛えている時間はない。  それでもヒビキ達は一人ではないのだ。元の世界の鬼や猛士の仲間達ではないが、彼らと志を同じくする仲間――仮面ライダーがいる。  五人で歯が立たなかった上、生半可な戦力では犠牲者が増えるだけでも……あの門矢士は、小野寺ユウスケが究極の闇を齎す者になったと聞いても自分が止めると言っていた。  究極の闇を齎す者がどんなに強くても、それに立ち向かえるほどの力を、正義のために使える者がいるのもまた事実なのだ。なら一人では無理でも、五人でも無理でも、もっと多くの頼れる仲間達と力を合わせれば、きっとあの怪物だって退治できるはずだ。 (……そのためには、俺ももっと鍛えなきゃな)  自分だけではダグバに届かないとしても、少しでも皆の力となるために。そう考えを固めたヒビキは自然と、たった一人でダグバに挑もうとしている仲間を思い出す。 (だからそれまで、早まるなよ……小野寺)  ヒビキは別の場所にいる仲間を想いやった後、目の前にいる亜樹子に笑顔を向けた。 「だから鳴海、そんな怯えなくて大丈夫だよ。俺達が必ず、何とかするからさ」  ヒビキの言葉に、亜樹子は「ありがとう」と小さく呟いた。  彼女が本当に殺し合いに乗っていないかどうかはわからない。だが、彼女にこれ以上罪を重ねさせず、導くのも自分達の仕事だろうとヒビキは思っていた。  その後も、ヒビキと涼は警戒するべき危険人物についての情報交換を続けることにして――  ――その時が、来てしまった。 「――俺が最初に戦ったのは、ギターみたいな剣を使う鉛色と深緑の怪人だった」 「――え?」  ――共に戦う仲間と決めたばかりの男の犯した、過ちを知る時が。 「葦原――その時のこと、詳しく教えてくれないか?」  微かに震えたヒビキの問いかけに、涼は怪訝そうな顔をしながら頷く。 「あぁ、茶髪の女が襲われていたところを見つけたんだが……」 「――茶髪?」  そこで新たに反応したのは、亜樹子だった。 「――ねえ涼くん。その女の人、すっごい綺麗で、髪が長くて、背も高くなかった?」 「ん? ――あ、あぁ。確かに、座っていても女にしては随分でかかった気はしたが……」  その返答に亜樹子はさらに、その女性の服装について尋ね、涼がそれに答える。  そうして亜樹子が息を呑むまでの光景を、ヒビキは何か膜を通して見ているような――酷く、現実感が欠落した心地で眺めていた。 「その人、霧島美穂だよ、涼くん!」 「――何?」  東京タワーに罠を仕掛けた主犯の名を出されて、涼の顔色が変わる。 「俺は――騙されていたのか?」 「いや、でも……襲っていた方も、本当にただの怪人だったのかもしれないし……」 「――葦原」  自分で出した声が随分冷めていることに、ヒビキ自身驚いていた。  故にこちらを二人が――部屋の隅で矢車さえ驚いて振り向いたのも、当然かもしれないとヒビキは感じていた。 「その怪人は……音撃斬、とか言ってなかったか?」  勘違いであって欲しかった。  首を振って欲しかった。  だが、葦原涼は――躊躇いながらも、頷いてしまった。  肯定してしまったのだ。 「ザンキさんだ……」  思わずそう零してしまって、すぐにヒビキは後悔した。 「……知り合い、だったのか?」  遠慮がちに、涼が尋ねて来た。  一瞬、はぐらかすべきかとも思ったが――ヒビキは自分の考えを否定する。  いつかわかることなら、ここで伝えるべきなのだ。 「――その人の本名は、財津原蔵王丸って言うんだ」  ヒビキの言葉に、亜樹子が両手で口元を覆い、涼が衝撃を受けた顔になった。  先の放送で告げられた死者を伝える際、その名前をどう読むんだと彼が反応したから。ヒビキは彼が、自分の尊敬できる先輩格であるとだと伝えていた。 「いや、でもほら。――葦原が勘違いして戦ったんだとしても、それが原因とは限らないからさ、そんな気にするなよ」  気休めでしかないことは、口にしたヒビキ自身理解していた。  この会場で一度変身するということは、それが解ければただの蹂躙されるだけになるというリスクを背負うこと――その場にマーダーの霧島美穂が居合わせていて、その後彼女が五体満足で亜樹子の前に現れているのなら、答えは一つだ。  それ以前に、涼との戦いで致命傷を負っていた可能性も捨て切れない。 「いや……俺は仕留めちゃいないが、浅くない傷を負わせちまった……」  あぁ、やっぱり――と、ヒビキは一瞬だけ、何かが込み上げて来るのを感じた。 「俺が……俺のせいで!」 「――おまえのせいで、どうしたんだ?」  投げられたのは、どこか尊大な青年の声。士達が帰って来たのだ。 「俺が……ザンキって人を、死なせちまってた……!」 「何!?」  大きく反応したのは橘の方だが、士も決して小さくはない動揺を見せていた。  目の前で自分自身を激しく責める青年に対し、ヒビキの心に憎い気持ちがないと言えば嘘になる。  長い間、同じ想いを抱いて戦って来た仲間の死ぬ原因を作った男が、目の前にいるのだ。これで憎む気持ちが出ないのは、心を鍛えるとかそういう問題ではなかった。  それでも、だ―― (あのザンキさんが、葦原相手だからってただでやられるわけがない……それならきっと、ザンキさんにはわかっていたんだ。葦原が悪い奴じゃないって)  それなら――いやそうじゃなくても、彼は自分に仇討ちなんて望まないはずだ。 (怒りや憎しみに心を囚われちゃいけない……こう言っちゃ悪いけど、あの時の小野寺や、もう一人のヒビキさんみたいになっちゃいけないんだ)  憎しみを抱かないなんて、自分を含め人間には無理だとヒビキは思う。  だが誰かを護りたいと言う想いで鍛えたその力で、どうしても生まれる怒りや憎しみに呑まれて自分の願いを壊さないように、心を鍛えることはできるとヒビキは信じていた。 (鬼の力に振り回されないように、俺ももっと鍛えないとな)  そうして、自分を傷つけてしまっている葦原を――自分が鍛えてやらないと。 「殺し合いをぶっ潰すとか言って……実際には、俺が殺し合いを助けちまっている!」  剣崎の墓前での誓いを、涼は既に、完全に裏切っていた。そんなことを誓う資格は、涼にはなかった。  情けなさと。惨めさと。己自身への御せない怒りに叫んだ涼の肩を、正面に座っていたヒビキが叩いて来た。 「でも葦原はさ……誰かを護りたかったんだろ?」  そう、優しく掛けられたヒビキの気遣いが痛くて、涼は叫び返してしまう。 「それで、誰かを傷つける奴ばっかり助けて! 霧島美穂も、アポロガイストも! 挙句に、最期まで誰かのために戦った剣崎の、ブレイバックルまで未確認に奪われて!」 「でもさ、葦原……ザンキさんも、剣崎も。そんな風に、おまえに自分を責めて欲しいとは思ってないって、俺はそんな気がするんだ」 「どうしてだ!? 俺は、あいつらを裏切って――ザンキを死なせて、剣崎の願いを踏み躙って――!」 「――涼くんは、さ」  そこで涼の叫びを止めたのは――何か言おうとしたヒビキではなく、亜樹子の小さな声だった。 「私を、護ってくれたじゃない。それとも……私を護ったことも、やっぱり後悔してる?」  亜樹子のそんな……不安そうな問い掛けに、涼は冷水を掛けられたような気分になる。 「――そうだ、葦原。おまえはちゃんと、鳴海を護ってみせたじゃないか」  声を掛けたのは橘。それに後押しされたかのように、頷いたヒビキが改めて言葉を紡ぐ。 「確かに葦原は、失敗して誰かを傷つけることになったかもしれない。でもザンキさんや剣崎は、きっと葦原のことだって護りたいって考えるって思うんだよ、俺は。確かに二人が理想とした結果じゃないだろうけど、そのことで葦原が自分のことを傷つけるのだって、二人は望まないんじゃないかな」  だから、自分が二人を裏切って辛いなら、せめてそのぐらいは聞いてあげて欲しいな、と――ヒビキは、憎いはずの涼に、温かく微笑んで。 「――俺が、憎くないのか? あんたの仲間を死なせた俺が……」 「はっきり言って、嫌な気持ちがないわけじゃないよ。でも、それに負けて、自分の本当の想いを曲げたくないんだ」 「どうしてあんたは、そんな強く……」 「そりゃ、鍛えてますから!」  しゅっ、と指二本の敬礼のような真似をして、ヒビキは爽やかに笑った。  それを眩しいと思って、涼は力なく首を振った。 「それでも、俺は……いつも、間違ってばかりだ。あんたみたいに、俺は強くない……」 「それなら、葦原を俺達で……」  ヒビキの言葉の途中で、涼は頬に衝撃を覚えていた。 「――っ、何をする、門矢!?」 「根性注入」  痛みを覚えて振り返った先には、涼を殴った手をぷらぷらさせている士の姿があった。 「――裏切られるのには慣れているんじゃなかったのか、涼」  ガドルとの戦いの直前、士に伝えた自身の言葉を、今度は彼に提示される。 「言ったはずだ。おまえは愚かな人間だ。道に迷うこともある。転んで怪我をすることもある。だが、その痛みを乗り越えて、誰かを護りたいという自分の信じた道を行くことができる人間だ、とな。そしておまえが道に迷うなら、おまえの道を邪魔するおまえ自身を、俺が破壊する――ってな」  不敵に笑う門矢の顔を、涼は黙って見ることしかできない。 「何度も何度も信じようとして、何度も何度も裏切られて来た――やっと決意したのに、自分自身の行いがその決意を裏切っていた。それが許せなかった、ってところか」  やっぱり子供みたいな奴だな、とどこか馬鹿にするように笑う士に、自分の感じている辛さをこいつは本当にわかっているのかと、涼は反射的に苛立ちを覚えてしまう。 「だが、子供だったらこれから学んで行けば良い話だ。おまえはたくさん間違えた。何度も裏切られて来た。数え切れないくらい、傷ついて来た。だが、間違えたのならもう同じ間違いをしないように学べば良い。裏切られた辛さを知ったなら、自分はもうそれを他人に与えないようにすれば良い。力が足りず傷ついたなら、前よりもっと強く鍛えれば良い。そうして、おまえはおまえの信じた道を歩いて行けば良いんだ。その邪魔をする奴は、俺が壊してやる」  そう語る士の目には、嘲るような色は一切なく。  橘やヒビキも、彼の言葉に深く頷いていた。  だが涼は、罪悪感のままに、自らに強く巣食った諦念を彼らに放つ。 「それでも、俺は……俺だって、何度もそうしようとして来たさ! それでも……」 「……一人じゃ上手く行かなかったってんなら、これからは俺達が支えるよ。――だから、そんな自棄にならないでさ。皆で一緒に鍛えよう」  そう涼に手を伸ばしたのは、ヒビキ。  その大きさに、士や橘の浮かべる笑顔の温かさに、両目に込み上げて来るものがあって、涼はそれを隠すために顔を掌で覆い、俯く。 「――っ、すまない……ありが、とう……っ!」  そうして、そう謝罪と、感謝の言葉を、涼は吐き出した。  ――大学のプールで、身動きも取れずに水底へと沈んで行く、いつものヴィジョン。  自分一人だけが水の底へ――暗い闇の底へ沈んで行くのに、周囲の人間は誰も助けてはくれなかった――  ――今までは。    今は、沈んで行く自分に手を差し伸べてくれる者達がいる。  心が発した助けを求める声に、応えて者がいるということに――  葦原涼は、涙が零れるのを堪え切れなかった。  そんな彼の背を、ヒビキは力強く、しかし優しく叩いて、傍に居てくれた。  ――その時、自分の力で、人を護ってみるのも悪くない、と言った想いから。  例え力がなくとも、人々を護りたい――そう強い感情へと、葦原涼が抱えるものは確かに変化した。  ほんの少しだけの変化――しかしそれは、彼にとって、確かに大きな一歩だった。 (――ちょっと、甘かったかな)  涙ぐんでいる涼を見て、亜樹子はそう静かに、そして冷たく振り返る。  涼が口にした茶髪の女が霧島美穂であった確証はなかったが、もしもそうならヒビキの様子から二人の間に不和を生むことができるのではないか――そう思って突いてみれば、結果は大当たりだった。  もちろんこんなところで殺し合いをされても困るし、仮面ライダーである彼らがそんな簡単に殺し合ったりはしないだろうと亜樹子は踏んでいた。事実その通りだったが、想像していたよりもずっと、涼に与えたショックが大きかったようで。  気が付いたら、つい、彼を慰めるような言葉を亜樹子は口にしていた。  もちろん、『お兄ちゃん』と並んで扱い易いと想像できる、亜樹子の盾になって貰う涼にこんなところで潰れられるわけにも行かないし、彼を気遣ったことで、他の仮面ライダーからの警戒も弱められただろう、ということを考えれば、結果オーライではあるが。  そんな言葉を掛けた時、亜樹子にそこまで打算は働いていただろうか。 (――こんな調子でどうするの、私)  首輪を解除する上の重要人物としてフィリップの名を上げたのは、実際にフィリップにならそれができるかもしれないという信用があったのも事実だが、彼らに協力することで信頼を勝ち得て行くための行為でもあった。またフィリップの生存確率を向上させることは風都の保全に繋がり、さらに彼と元の世界で深い関わりを持つ自分の価値を彼らに認識させ、保護欲を強くする狙いもあった――  あの時はそこまで、ちゃんと考えた上で行動できたじゃないか。咄嗟にそこまで考えが回ったのは、単に橘がヒントをくれたからなだけという気もしないでもなかったが。  それがあっさり、憐憫の情に流されているようでは話にならない。 (――失敗から学べって言ったよね、仮面ライダー……私、その言葉覚えておくね)  幸い周りは御人好しばかりだ。今は徹底して害意のない一般人を装えば、いくつか失敗しても問題はないだろう。  彼らのことは嫌いになれない。むしろ、好ましいとさえ思う。  だけど亜樹子は、天秤の片方に風都を――それも、過去をやり直し、悲劇もない理想郷としての風都を護り抜き、勝ち取るためという錘が乗った時点で、もう片方に釣り合う物を持ち合わせていなかった。  狂熱に至れぬ好ましいという感情では、狂気になり得る愛には到底、及ばないのだ。  本音を言えば、その前提となる大ショッカーの機嫌を損ねないために、首輪の解除などされてはたまった物じゃないが――露骨に邪魔するわけにもいかないと、キバーラが発見した首輪を解析すべく、士と橘の去った方を亜樹子は見やる。  今の亜樹子は一切の戦力を持たない。幸い仮面ライダーの庇護下にあるが、未確認生命体第零号などのような怪物にも、優勝を狙うなら対処していかなければならない。  故にまず亜樹子に必要なのは情報だった。警戒すべき相手を把握し、自分に使えそうな戦力について知り、可能ならば手中に収めて行く。  ――最も、意思がなく亜樹子の命に忠実で、全ての参加者を圧倒するような戦力を誇る、都合の良い駒などあるわけがないのだが、と亜樹子は少しだけ、心を重くする。  まさにその条件を満たす物――いや者が、この地を目指して歩み始めたことも知らずに。  全ては愛する人々の生きる、愛する故郷のために――彼女の心はより暗く凍えて行った。 (――良い感じだな、亜樹子)  そうして暗い闇に染まって行く、自らの妹となった女性を見て、矢車はほくそ笑む。  表面上は地の性格なのか、やや煩いくらいの様子を見せる彼女が、矢車にも見通せないような暗い闇を抱え、またその奥に何か、彼とは異なる思惑を隠していることは既に見当が付いている。あるいは彼女は本当に殺し合いに乗っているのかもしれない。  弟を笑った大ショッカーは潰す。それに変わりはないが、もう少しこの妹の闇を眺めていたい。例え今は目的が一致していなくても、彼女も矢車や相棒と同じく、絶望の底の闇に堕ちた大切な仲間であり、大事な妹であることに変わりはないと、矢車は思っていた。  もう闇の中に一人ではない――奇しくも彼が光の住人と呼ぶ葦原涼が得たのと似た想いが、彼に笑顔を象らせていた。 |098:[[新たなる思い]]|投下順|099:[[それぞれの決意(後篇)]]| |098:[[新たなる思い]]|時系列順|099:[[それぞれの決意(後篇)]]| |098:[[新たなる思い]]|[[葦原涼]]|099:[[それぞれの決意(後篇)]]| |098:[[新たなる思い]]|[[橘朔也]]|099:[[それぞれの決意(後篇)]]| |098:[[新たなる思い]]|[[日高仁志]]|099:[[それぞれの決意(後篇)]]| |098:[[新たなる思い]]|[[矢車想]]|099:[[それぞれの決意(後篇)]]| |098:[[新たなる思い]]|[[門矢士]]|099:[[それぞれの決意(後篇)]]| |098:[[新たなる思い]]|[[鳴海亜樹子]]|099:[[それぞれの決意(後篇)]]| ----

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