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闇を齎す王の剣(1)」(2012/02/10 (金) 20:34:24) の最新版変更点

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*闇を齎す王の剣(1) ◆o.ZQsrFREM  何もかもを呑み込んだ爆発の跡地では、温いはずの夜風が未だにその熱気を帯びている。  その爆心地と思しき場所で鋼鉄の魔獣のように眠る異形のバイクに腰を預け、黄金の月を見上げているのは、全身を白装束に包んだ無垢な印象の青年だった。 「……やっぱり、誰もいないよね」  グロンギが誇る最強の戦士、ゴ・ガドル・バがその命を散らせた場所で、可笑しそうに笑う彼こそはグロンギにおける絶対の支配者――ン・ダグバ・ゼバその人だった。  ガドルと別れてから半刻もしない頃、天を貫く爆炎の柱が顕現する様を目撃し――それが彼の死を意味するのだと、目にした瞬間にダグバには理解できていた。  ダグバはその寸前まで、自身を脅かす強者に育つ可能性がある者としてガドルに大きな期待を寄せていた。それこそ唯一の宿敵だと認める、クウガに対するのと同じぐらいに。  だが結局、そんな期待を抱いたすぐ後に、ガドルは死んでしまった。  折角面白くなりそうだったのに、勿体ないな――と、彼は思わなかった。  何故ならそのガドルを超えるほどの強者が、既にそこにいるのだから。  首輪によって一時的に封じ込められた究極の力を再び取り戻し、新たな力を手に入れるまでは積極的に動くつもりなどなかったが――生前のガドルから護身用にと渡された仮面ライダーの力もあるのだし、その真価を確かめるためにスペードのカードを集めに行くのも一興だろうと考えた彼はバギブソンを駆り、爆発の跡地まで足を運んでいた。  とはいえ、いざ到着してもそこには誰もいなかった。ガドルを殺した強者も首輪の制限で、今頃はその力を封じられてしまっているのだろう。  先程の爆発に巻き込まれて死んでいるとは考えなかった。いくらなんでもあのガドルがそんな程度の輩に敗れはしないだろう。ガドルを殺してみせた強者は必ず生き延び、別の場所に向かったはずだ。  そのことを把握してなお、ダグバは今追い掛けようという気にはならなかった。  理由は二つあるが、一つは先程述べた通り、ガドルに勝った者がその力を首輪のせいで封じられているだろうことから、今は戦っても楽しくはなれないと思ったからだ。 「――どんな相手だったの、ガドル?」  呟いてから、ダグバはまた自分のことが可笑しくて喉を鳴らしてしまう。  負けた者に価値などないのに、もう死んでしまった者へと、気付かぬ内にダグバは声を掛けてしまっていた。それだけ自身がガドルに期待していたということや、そのガドルを打ち破った強者――おそらくはガドルが執着していたリントの戦士、『仮面ライダー』へ強く期待しているということが何だか可笑しくて、ダグバはついつい笑ってしまう。 「――ううん、違うかな?」  最後にガドルと交流した時の、自身の胸の内を思い出し、ダグバは本当の感情を悟る。  要は羨ましいのだ。ダグバは、ガドルのことが。  全身全霊を懸けた真の闘争に臨める好敵手の存在した戦士は、魔王にとっては堪らない羨望の対象だったのだ。  きっと全力を尽くした戦いでガドルは果てた――それがダグバには本当に羨ましい。  絶対者であるダグバにとっては何もかも退屈だ。そんなダグバを本当に笑顔にできるのは、彼の意に添わないものしかない。  究極の暴力で捻じ伏せようとしても抵抗して、逆にダグバを脅かし、恐怖を齎すような強者こそが、ダグバを愉悦させる唯一無二の存在なのだ。  ダグバがこんなにも欲しがるものをガドルに施した者は、果たしてダグバを満足させることができるのだろうか。そんな興味が尽きない。  だから、その力が再び万全となるまで今は休ませようではないか――ダグバがガドルの最後の戦場に敢えて留まった理由は、しかしもう一つある。  ちょうど、リントの姿でもリントの域を大きく超えた感覚機能を持つダグバの聴覚が、近づいてくる複数の足音を拾った。  ダグバが留まったのは先程、ガドルがダグバの戦いの跡地に向かったのと同じ理由だ。  広範囲で確認できた爆発に惹かれてきた参加者との戦いに興じるために、ダグバはこの場に残っていた。 「――究極の闇を、始めるよ」  このゲゲルに参加させられる直前と同じ状況――ガドルが敗北し、死亡したことを受け、やはりこのゲゲルに参加する直前と同じ言葉をダグバは誰にともなく宣告した。 「……結局、誰もいねえじゃねえか」  廃墟、否焦土という形容すら温いほどに、そこにあった全てが破壊し尽くされた跡地に立った牙王は、落胆も顕にそう呟いた。  先刻の、天を焦がし、数秒の間夜を昼と成した爆炎の柱は、牙王達にも確認できた。  あまりにも非現実的なその爆発の光景を前に、牙王すら一瞬言葉を失った。  そして次の瞬間、驚愕から転じた確信を秘めた笑みを牙王は浮かべていた。  あの大破壊を成したのは、先程立ち寄っていたE-2エリアの市街地で暴虐の限りを尽くした何者かに匹敵か、あるいはそれ以上の力を秘めた強者――己が牙に相応しい獲物であると、彼は瞬時に悟ったのだ。  故に、機が熟すまで手綱を握る四人の参加者――究極の獲物と、それを縛る鎖であり、彼を牙王の求める獲物として仕上げるための贄でもある三匹を従え、牙王はE-1エリアへ急行した。  だが、全てが灰燼に帰した地に立つ者は――先の破壊を成した者も、牙王のように強者との戦いを求める者も、誰一人として存在せず。  この会場に連れて来られてから、幾度となく感じ、蓄積されて来た苛立ちは、再び臨界の時を迎えつつあった。  その余韻も冷めやらぬまま、牙王は群れている四人の参加者を振り返った。  ――否、その先頭に立つ一人の男へと、視線を注いでいた。 「小野寺。おまえ、そろそろ戦えるんじゃねえのか?」  自身との戦いに敗れた時点では、もはや立ち上がることもできないほどに消耗していたはずの小野寺ユウスケ。彼は既に両の足で大地を踏みしめ、立ち上がっていた。  全身に刻まれていたはずの細かい傷も、そのほとんどが癒えている。まだ幾許か疲労の色が見て取れ、全快とはいかないのだろうが――それでも、勝者であったはずの牙王以上に、体調は優れているように見える。  何より牙王の視線――彼に注ぐ前に一瞬、殺意を込めた一瞥をおまけの三人に向けたのを察知してから、その瞳には強い闘志が見て取れた。  時間的に考えても、そろそろ奴の真の姿であるクウガの力が戻っているはず――後は、ダグバがやったと言うのと同じように、他の参加者を目の前で喰い殺してやれば奴は究極の力を持った存在へと変貌するはずだ。  究極などと大層な肩書を持っているのだ。この破壊を齎した闘争者達と同等以上の力を持った、牙王を満足させるような獲物であってくれなければ困る――そして少なくとも、小野寺自身の戦闘力は牙王を愉悦させるに相応しい物の片鱗を見せている。  それならこの飢えを、この眼前の男は晴らすことができるはずだ――そう牙王が考え、戦闘態勢に移ろうとした瞬間、小野寺は突如として牙王から視線を外した。 「誰か来たと思ったら、君だったんだね。……もう一人のクウガ」  自身を前にして、突然別の何かに警戒を飛ばした小野寺の不遜への怒りは、牙王の中には湧いて来なかった。  突如として現れた声の、その威圧感と存在感を鑑みれば――その反応も致し方なしだと、牙王も認めていたのだから。  だが、小野寺やその取り巻きと違い、牙の王は悠然と振り返った。  そこに立っていたのは、夜目に映える白一色の服に痩身を包んだ青年。  だがその白と言う色から連想する、極一般的なイメージを一切連想させない人物だった。  その姿を見るだけで息苦しさを、そして牙王にとっては心地良さを感じさせる圧力を、この一見何の変哲もない青年が放っていた。  一目で、わかった。この青年はあの『王』と同等――いや、おそらくはそれ以上の力を秘めた、究極の名を冠するに相応しい獲物であると。 「……第零号!」 「ダグバ……!」  餌の男女二人と、そして小野寺がその者を表す名を畏怖や憎悪を込めて口にする。  その名は響きだけで、牙王を愉悦させる物だった。  嗚呼、ダグバ。  思えば初めてその名を知った時から、牙王は彼に心を奪われていたのかもしれない。  この獲物を味わってしまえば、その後はもう何を喰っても満たされぬのではないかと。  そんな直感を覚えながら、己の中から既にダグバを喰らうこと以外の思考が消え始めていることを、牙王は自覚していた。 「君達がガドルを殺した……わけじゃなさそうだね」  ダグバがそう一人呟いたが、牙王はその独り言を無視し、同じように言葉を吐いた。 「そうか、おまえがダグバ……か」  そこまで自身を魅了した存在に、牙王はだがいつも通り、捕食者として接する。 「逢いたかったぜ……」  そう牙王は、僅かな陶酔すら込めて呟いた。  固唾を呑んで事態の推移を見守っているだけの外野など、もはやどうでも良い。牙王の目には、ダグバしか映っていなかった。 「――君は誰?」  まるで恐れを知らぬ無垢な幼子のように、ダグバはそう純粋な疑問を投げて来た。  牙の王の殺意に晒されて、この反応。この魔王は今まで、他者に脅かされるという経験と縁がなかったのだろう。そう察した牙王は、その最強という安寧の座にいた白を自らの牙で蹂躙できるという悦びに震えそうになりながら、問答に応じた。 「俺は牙王――ダグバ、おまえを喰らう牙だ」 「君が僕を怖くしてくれるの?」  能面のように固まった無機質な笑顔を浮かべたまま、無邪気にダグバが応じる。  相手も望んでいるのなら、応えてやるべきだろう――牙王はダグバに頷いた。 「究極の力を持つおまえこそ、俺の牙に相応しい獲物だ……たっぷり味わせて貰うぜ」 「ああ、ごめんね。後少しの間、究極の力は使えないんだ」  牙王の言葉に対し、そう首輪を示すダグバを前に、牙王の中では憤怒が沸騰していた。  それは余計な小細工を施した、大ショッカーへの烈火の如き怒り。  探し求めた究極の獲物を前にしながら味わうことができないと言うことに、彼の飢餓がそのまま転じた感情だった。 「でも、後ちょっとだから……その間は、これで遊ぼうよ」  怒れる牙の王にダグバが示して見せたのは、スペードの紋章が刻まれたバックル。 「――あれは、ブレイバックルっ!?」  ダグバを前にして一気に色褪せた、もう一人の獲物――小野寺が、ダグバの取り出したバックルに対してそう驚愕を滲ませた。  同時に、牙王の脳内に響く、不快な声。  ――戦え……あれを手にすれば、さらなる力が……! (うるせえ奴だな……)  小野寺と戦う直前に手に入れた、クローバーの意匠が施された変身アイテム――変身者と異なる、独自の意志を宿しているレンゲルバックルの囁きに、内心牙王は嘆息する。  どうやら、今ダグバが見せているのはレンゲルバックルと同じ世界に存在している仮面ライダーの変身アイテムらしい。それが持つカードを奪うことで、さらにレンゲルの力を増すことができる、と言いたいらしい。  正直、このやかましい奴の望みを叶えるのは癪だが、牙王自身の本来の力であるガオウは究極の力を取り戻した後のダグバに取っておきたいとすれば、前哨戦として同じ世界の仮面ライダー同士で、と言うのも一興か。 「良いぜ……まずは味見させて貰うとするか」  ダグバに頷いた牙王は、懐からレンゲルバックルを取り出し、腰に翳した。  腰に巻いていた武骨なベルトを投げ捨てたダグバも同様にすると、バックルから現れたカードの束がベルトを構成し、それぞれの腰に巻きついて行く。 「ふふっ……変身」 「――変身」  ――Turn up――  ――Open up――  それぞれ違った、だが良く似た電子音と共に、ダグバの前にヘラクレスオオカブトの、牙王の前に蜘蛛の紋章が描かれた青の光の壁が展開される。  二人の闘争者は躊躇わずそのゲートを通り過ぎて、変身を完了させた。  紫紺に白銀の騎士と、濃緑に黄金の装甲を持つ戦士。  青年と壮年ではなく、仮面ライダーブレイドと仮面ライダーレンゲルが、夜の中で対峙していた。  牙王――レンゲルが醒状レンゲルラウザーを構えたのに合わせて、ダグバの変身したブレイドも、腰から白銀の剣を引き抜く。  そうして、夜闇を切り裂く白銀の一閃が迸る。 「――うん」  何のことはない素振りの感触に、だがダグバは満足したように頷いた。  一方で、その何気ないながら流麗な太刀筋に、改めて牙王は惚れ惚れとする。  応じるようにレンゲルも自らの得物を一旋し、緑の煌めきを円弧の形で夜に残す。  棍や杖は牙王本来の武器ではないが、その槍捌きを見てかブレイドもブレイラウザーを正眼に構え直した。 「――行くぜ」  宣告に続いた裂帛の気合と共に、レンゲルが地を蹴って間合いを詰め始めた。  応じたブレイドも静かに走り出し、両者の剣戟が相克する重厚な、そして凄烈な音が、全ての失せた夜の地で響き始めた。 「――皆は、この間に逃げてください」  そんな異常者同士の戦いを前にして、小野寺ユウスケが同行者達を振り返り、そう真剣な表情で告げた。 「あいつらが戦いに夢中な間に皆が離れたら、あの黒いクウガになってダグバを倒します。だから、巻き込まれないよう逃げてください」  それは確かに、ほんの数刻前にこの青年が口にした言葉だった。  だが小沢澄子は、その言葉を受け入れず、首を横に振った。 「いいえ、小野寺くん……あなたが想定した場合と、今は状況が違うわ」  間合いで勝る醒杖の刺突を剣腹で弾き、捌きながら、間合いの長さ故に隙を見せた敵手の懐に潜り込んだブレイドが斬撃を繰り出す。醒剣の一撃をレンゲルは前転してかわし、体勢を立て直す間も惜しんで片膝を着いたまま、レンゲルラウザーを片手で背後へと旋回させる。追撃しようとしていたブレイドも、自らの切っ先が敵を貫くより先に自身が切り裂かれることを悟ったか、遠心力の乗った一撃をブレイラウザーで受け止める。追撃から防御の姿勢へブレイドが移行する間に立ち上がったレンゲルがそのまま押し込み、武器が絡み合った状態のまま、二人の仮面ライダーは戦いの場所を廃墟の方へと変えて行く。  その干戈の交わりの軌跡を視界の端に収め、確かにユウスケの言う通り、逃げるなら今が好機だと理解しながらも、小沢は目の前の青年に告げた。 「第一に、第零号は本来の力を発揮できない状態よ。奴が本来の力のままで暴れているのなら、確かに私達はここにいるだけであなたの負担にしかならないわ」 「だから――」 「でも、今は違う。いくら第零号だと言っても、首輪の制限には勝てなかった。奴自身がそう認めたのよ。牙王との戦いを見れば十分強いことはわかるけれど、それでも今の奴は、この地においては常識的な範囲内の危険人物に過ぎない」  刃同士の抱擁が終わり、再び激烈な攻めとなって人の身の丈ほどの高さに無数の星屑を生みながらぶつかり合う。間断ない金属の擦過音に不快さを感じながら、小沢は続けた。 「それなら当初の予定通り……危険人物同士が潰し合っているこの隙に、私達全員で協力して、二人ともここで何とかするべきよ」 「いや……でも、危険なんですよ!?」 「ここで逃げても、牙王が装備を返さなかった以上、私達が危険なのは変わりないわ」 「それは……キバットが何とかしてくれますから……」 「――なぁ、ユウスケ。おまえはそんなにその黒いクウガってのになりてぇのか?」  パタパタと空気を叩きながら、キバットバットⅢ世がユウスケへと問い掛けた。 「あの白い野郎がヤベーってのは、俺も何となく感じたけどよ……それでも無理におまえが危険をしょい込む必要なんざねーんじゃねーかって、俺は思うぜ」 「――そうですよ!」  キバットの言葉に続いたのは、桐谷京介だ。ほんのつい先程まで、ユウスケを背負った上で歩いていたというのにまるで疲労の色を見せることなく、むしろ気力に溢れ、それをとうとう御し切れなくなったかのように、力強くユウスケに詰め寄る。 「俺は……ずっと、見てるだけでした。やっと鬼になれたのに、ここに来ても、照井さんや、一条さんや、ユウスケさんが誰かのために命を懸けるのを……」 「京介くん……」 「だから、これ以上あなただけが無理に苦しむ必要なんかないんです! 小沢さんの言う通り、力を合わせて誰も苦しまずに何とかできるんなら……俺にも、手伝わせてください!」  少年の真摯な訴えに、どう応じて良いのか困惑する様子のユウスケに肩に力強く、だが優しさを感じ取れる絶妙な加減で、大きな掌が置かれる。 「――君は言ったはずだ、小野寺くん」  声の主へとユウスケは振り返り、一条薫はそんな彼へと力強く頷く。 「五代のように頑張る、と……そして俺は言ったはずだ。あいつが戦えたのは、あいつが一人じゃなかったからだ。あいつを支えてくれる人が、大勢いたからだと。  だから俺達にも、君を支えさせてくれ。小野寺ユウスケ」  そんな一条の言葉を受けても、でも、でもとユウスケは頭を振る。 「……俺は、元の世界では仮面ライダーのように戦う力を持っていなかった……全て五代に、押し付けてしまっていた。それなら今度は、俺があいつの笑顔を護ってやりたい……小野寺くん、君の笑顔もだ」  その言葉に衝撃を受けたかのように、ユウスケがその目を見張った。  その様子を見て、小沢は改めて口を開いた。 「――何より、さっきも言ったけれど牙王から装備を取り戻さないことには危険過ぎるわ。逃げろって言うなら、せめてそれを取り返して来てから言ってくれなきゃ無理な話よ」  もちろん、装備が戻った後に本当に逃げるのかはわからないけれどね、と付け足して。  ――一条の語った心境は、小沢にも心当たりがあった。  いつだって前線に立つのは責任者である小沢澄子ではなく、氷川誠だった。アンノウンと戦うのは津上翔一や葦原涼だった。  もちろん、後方支援する者がいてこそ戦士は背中を気にせず戦えるのだ。自らの役割の重要性を知っているし、常にベストを尽くして来たと小沢は自負している。  それでも、前線で戦う彼らにばかり痛みを押し付けてしまっていると感じたことがないというわけでは、ない。  無論小沢自身は戦士ではない――どんなヘマを踏んだのか、この会場に骨を埋めることになってしまった、自分こそG3の装着者に相応しいと言い張り続けたあの同僚ほどには自惚れてはいない。仮面ライダーの力を得ても、それを十全に発揮できるなどと豪語するつもりはない。  それでも殺し合いの場に立たされた以上は、本来は民間人である翔一や真司、ユウスケ達に護って貰ってばかりではいられない。彼女は市民の安全を護る、警察官なのだから。  せめて彼らの足手纏いにならないよう、自衛する程度の力は持っておきたい――幸いなことに、アビスのデッキは周辺に鏡になる物がなくなってから、牙王は一条達の支給品と同じデイパックに入れていた。レンゲルとなった今も、それを身に着けたまま奴は戦っている。あれを取り戻せば、最低限の戦う力は確保できる。  ユウスケを凄まじき戦士へと変身させなくても、三人で牙王を抑えていれば今の彼ならきっと制限された第零号を打倒できる――そのまま牙王を拘束することも可能なはずだ。  自らを闇の呪縛から解放してくれた青年への恩返しや、彼を想う操られた間に傷つけてしまった同行者達への罪滅ぼしとしては大したことではないかもしれないが、それでも今は彼らの力になりたい――それが小沢澄子の偽らざる気持ちだった。  三人と一匹の仲間、さらに彼を相棒と見なすガタックゼクターが降りて来て、ユウスケを取り囲む。  仲間の視線を一身に集めた彼は、諦念したように息を吐いた。 「……わかりました」  月明かりや満天の星空より、なお明るい光源が、地上に一つ。  火花を散らせ激突を続けるブレイドとレンゲルの戦いは、拮抗状態にあった。  ライダーシステムとしての優劣は、基本形態ではレンゲルが上。しかし小野寺ユウスケとの激闘から未だ癒えぬダメージを蓄積した牙王に対し、究極の闇を齎す者――グロンギにおいて最強の存在であるダグバは、脆弱なリントを模した姿でありながら、その実屈強な牙王を大きく上回る身体能力を誇っている。その不利を間合いの有利な武器が再び埋め、その上で両者の技量が同程度であるということが膠着の原因だと言えるだろう。  攻め手に回っているのはレンゲル。やはり間合いの差は大きく、ブレイドの踏み込みを許さない。  だが槍と剣では手数に差が生じ過ぎる。レンゲルが一撃放つたびにブレイドは二度剣を振れる。初撃は迎撃に費やされるとしても、後発はレンゲルラウザーが次撃を備える前に彼我の距離を疾走し、その装甲を裂かんと迫る。  それに対して弾かれた穂先をその勢いのまま、レンゲルは愛杖を旋回させる。遠心力を柄のスラッシュ・リーダーに向け直すことに成功したレンゲルは握力を緩め、掌と五指の間でレンゲルラウザーを滑らせる。そうして放たれた打突を前に、ブレイドは身を翻す。  避けたままブレイドがさらなる追撃を見せなかったのは、短く持たれたクローバーの刃がまるで短刀のように目先を過ぎったため。攻め入る隙を今の敵手は見せていないと判断し、ブレイドの鎧に身を包んだダグバは相手の間合いのさらに一歩外にまで後退する。  そこで立ち止まり、次の激突に臨もうとしていたブレイドは、予定を変更しさらに後方へと跳躍する。  ――Slash――  その過程で、ここまでの攻防で一度も披露しなかった特殊能力――ラウズカードを使用したブレイドは、レンゲルとは見当違いの方向にそれを一閃させた。  ――瞬間。刃が纏ったエネルギーが、突如として現れた矢と激突し、相殺し合う。  ただ剣で受けようとすれば踏み止まれなかっただろう峻烈な一矢――それによって打ち込まれた刻印を、解放されたアンデッドのエネルギーが真っ二つに切り裂き、同時に副次効果として繰り出された強烈な斬撃が、見事に不可視の矢の運動エネルギーに打ち勝った。  刃を振り抜いたブレイド――ダグバの視界に映るのは、廃墟の彼方から限られた射線を的確に貫いた宿敵の、緑の姿。  今、自らに牙を立てんと向かって来るこの『仮面ライダー』も、リントとしては破格の戦士だろう。だが彼の武勇は長き歳月を費やして磨き上げた、その類稀なる技量による物だ。それだけでは、ダグバを満足させるにはまだ足りなかった。  彼はダグバに執心を見せたが、ダグバからすれば結局、牙王との戦いも、凄まじき戦士との究極の闘争、そこで味わう至高の恐怖に比べればただの暇潰し、余興に過ぎなかった。  だからこそ―― 「――来るんだね、もう一人のクウガ」  余興を一気に彩る宿敵、その参戦に胸を高鳴らせながら、ダグバは呟いた。 「――ありがとうございました」  長時間変身できないペガサスフォームからマイティフォームへと戻りながら、クウガは小沢へとコルト・パイソンを返していた。  彼女の持っていた、既に弾が尽きたコルト・パイソンをペガサスボウガンに変化させ、レンゲルと激しく争う隙にブレイド――ダグバを狙い撃つ。これで倒せればもちろん言うことはなかったが、やはりそう簡単な相手ではなかったようだ。  不意を突いて放たれた不可視の矢を、おそらくはクウガの構えだけからなおも見切ったブレイドはこともなくその一撃を叩き斬り、レンゲルへと向き直っていた。  これではユウスケがクウガに変身したことを無為に知らせただけとなってしまったが――それでもAPを消費させただけでも意味があると信じ、クウガは彼女に協力を感謝していた。 「――小野寺くん」  続いて一条が差し出して来たのは、超人の怪力によって半ばから折られた名銃AK-47カラシニコフのなれの果て。  ――その長い銃身は、棒切れと見なすに十分な代物だった。 「ありがとうございます」  そう静かに受け取り、ユウスケは改めて激突する二人の仮面ライダーの方を見据える。 「――超変身!」  叫びと共に、アークルが甲高い唸り声を上げる。  光と共にクウガの装甲が、その大きな双眸が、そして霊石アマダムが、赤から青へその煌めきを変える。  青いクウガ――ドラゴンフォームへのフォームチェンジを終えたクウガは、ほぼ同時に手にした元銃である棒切れを、専用武器であるドラゴンロッドへと再構成する。 「――行ってきます」  ここに辿り着くまで、ユウスケを回復させるために背負ってくれた京介も。これからの戦いに対する策を授けてくれた小沢も。自分を支え、こうして力を貸してくれる一条も。  確かに彼らには、直接ダグバや牙王と戦える力はないかもしれない。  それでも、彼らも許せないのだ。誰かを無意味に傷つける理不尽な暴力が。  そんな物に、誰かの優しい笑顔が奪われることが。  その想いが、ただ力が足りない、そんな理由で踏み躙られると言うのなら―― (それなら――戦えない皆の代わりに、俺が戦う!)  それが力を持った者の責任だと言うのなら、望むところだ。  世界中の人達の笑顔のためなら、どこまでだって強くなってやる!  奇しくも今、人を無意味に傷つける暴虐の王の手に堕ちた剣の、本来の所有者が抱いた物と同じ想いを胸に、クウガはドラゴンフォームの跳躍力を活かし戦場へと駆けた。  狙うはレンゲルが持つ、一条達の装備を纏めたデイパック。取り返した後、できるなら彼らにはここから離脱して欲しいが――自分が彼らの立場だったらどうするのか、わかり切っていたから。クウガはもう何も言わず、今は彼らの頼みを叶えるために力を揮うことにしていた。 「――邪魔するんじゃねえ!」  焦土から廃墟へと戦いの舞台を移し、ブレイドと刃を交えて互いに動けない状態からのレンゲルの叫びと同時、天から黄金の流星が一筋、クウガ目掛けて墜ちて来る。  それをクウガの背後から現れた――彼に似た青のクワガタが、地から天へ昇る光の帯となって迎え撃つ。  コーカサスゼクターの相手をガタックゼクターに任せ、クウガは一際強く地を蹴った。 「おぉりゃぁああああああああああっ!」  ドラゴンロッドの先端に封印エネルギーを注ぎ込み、密着していた二人の危険人物へとその穂先を繰り出す。  これには溜まらずという様子で、銀と緑の影は互いに弾き合うようにしてその場を離れ、誰もいなくなった剥き出しの地表をドラゴンロッドが深々と抉る。  地中深くに得物を突き刺し、隙を見せたクウガはブレイドとレンゲルにとって恰好の的であった。  クウガを貫いて、向こう側のブレイドに仕掛けようとするレンゲル。そんなレンゲルの意図すら無視して、純粋にクウガとの戦いを望むブレイド。 「――超変身っ!」  迫り来る両者に対し、立ち上がりながらクウガはそう叫び声を上げた。  叫んだ時には、アークルが光輝き、その色を紫に変えていた。それに合わせてクウガの鎧も、より大きく、堅牢な紫銀の甲冑へと変化する。  その装甲の硬度はレンゲルラウザーのエッジを受けてなおクウガの身を護り切り、彼に武器を取らせる時間を与えた。深い紫の瞳をしたクウガ――タイタンフォームが手にしたドラゴンロッドが、紫の刀身に黄金の装飾の施された長大な直剣へと形を変える。  長さが変化し、半分以上地面に埋まっていたはずのクウガの専用武器は、その切っ先を僅かに土中に埋もれさせただけになっていた。  ちゃきりという、柄を握る音だけでその重厚さの伝わる大剣が、切っ先に触れた土くれを吹き飛ばし、印象を裏切る速度で跳ね上がる。  逆袈裟に振り上げられたタイタンソードが、鏡映しのような軌跡を見せていた銀の刀身と噛み合い、派手な火花を散らせた。  華開いた光芒が切り取った宿敵の姿を、クウガは睨みつける。 「――楽しいね、クウガ」  ブレイドの仮面の向こうから、そう涼しげな声で語りかけて来るダグバに対し、クウガの中の怒りが再燃する。  この会場に連れて来られた仮面ライダーブレイド――その本来の資格者は橘朔也の後輩、剣崎一真のはずだ。先の放送で名を呼ばれた彼がどんな死に方をしたのかは知らないが、きっと最期の瞬間まで仮面ライダーとして戦い抜いたことだろう。  剣崎一真は、その剣がダグバの手によって血に染められることを望まないはずだ。  彼のためにも、ここで倒さなければならない。皆の笑顔を涙に変える、この未確認を! 「はぁああああああああああああああああっ!」  沸き上がる想いのまま、クウガはタイタンソードを振り抜いた。  クウガが激闘を繰り広げる二人の仮面ライダーの前に飛び出した直後、残された三人と一匹の間でも動きがあった。 「――それじゃあ行くぜ、京介!」  キバットの呼び掛けに、京介は深く頷く。 「ああ――行こう、キバット!」 「――ガブリッ!」  京介がキバットを掴んだ右手を左手の前に翳すと、彼の牙が手の甲に突き立てられる。  瞬間的に流れ込んで来る魔皇力の奔流に内側から苛まれつつも、京介はキバットを自らの腰に出現したベルトに押し込んだ。 「変身っ!」  次の瞬間、桐谷京介の全身に波動が生じ、それが収束して鎧を形作る。  仮面ライダーキバへの変身を遂げた京介は、二人の刑事を振り返ることなく駆け出した。  皮膚の下からこの身を喰い破ろうと荒れ狂うような、異質な力。ファンガイア王位継承の証であるキバの鎧を資格無き者が纏った場合の拒絶反応。キバットから聞かされた通りの痛みを感じながら、しかし京介の胸にあったのは喜びだった。  女性である小沢や、満身創痍の一条に、こんな負担を強いることなく済んだ安心と――こんな苦痛に晒されながら、人を護るために強敵へと立ち向かったユウスケ――師であるヒビキと肩を並べた男に近づけた、そんな満足感を抱いたために。  厳しい修行に耐えて鬼の力を手に入れた、その苦労がこの会場に来てから初めて、少しだけ報われたような気がして……京介は不適合の烙印を、甘んじて受け入れていた。  もちろん、一条や小沢は京介にキバの鎧の負担を押し付けるために彼を変身させたのではない。牙王からの装備の奪還――それが失敗した時、少しでも生存確率を上げるために京介をキバへと変身させることを選んだのだ。  逆を言えば、クウガが――そしてキバが、彼らのアクセルやアビスの力を取り戻すことに失敗すれば、一条と小沢の身が危険に晒されることになる。  キバ自身には、難しいことは要求されていないが――それでも、あの三つ巴に自分から近づくと言うだけでも、京介からすれば十分に勇気を試されることであった。  ヒビキの弟子になったばかりの頃の、逃げてばかりの情けない姿が思い出される。 (――俺は……あの頃とは違うんだ!)  鬼になることをやめた、あの安達明日夢だって――修行から逃げ出したわけではなく、彼は彼なりの人助けの道を見出し、そちらに進んだのだから。  明日夢のライバルである自分が、自分の道から逃げ出すなんてできるわけがない!  ――Stab――  京介が変身したキバがほんの十数歩の距離まで肉薄して瓦礫の影に隠れた時、レンゲルが一枚のカードをラウズした。  先程までレンゲルラウザーの猛攻を悉く弾いていたタイタンフォームの装甲だが、蜂の紋章を吸い込んだ切っ先が、さらに狙い澄ましたかのように関節部に突き刺さる。  刺された個所から血のように火花を噴き出して、刺突の勢いのまま後方に弾かれた紫のクウガの姿に、キバは思わず飛び出しそうになるのを自制する。 (ザンキさん、照井さん……父さん! お願いだ、ユウスケさんに力を貸してください!)  追撃に襲い掛かったブレイドの剣を何とか構えたタイタンソードでクウガが受け止め、上に打ち弾くと同時に旋回したレンゲルラウザーの穂先が足元からクウガに迫り―― 「――超変身っ!」  声が響いたと同時に、青い光が一瞬クウガの姿を隠す。  クウガ自身と同時に再び棍に姿を変えた彼の武具が、その伸びた長い柄の先でレンゲルの錫杖をさらに下から、掬い上げるようにして弾いた。高々と打ち上げられる形になったレンゲルラウザーに対し、構えを取る過程でその防御を成しただけだったドラゴンロッドは遥かに早く腰溜めに構えられる――  ――構え終わる前に、再び横薙ぎに引かれた銀光が、青い影を両断した。  ブレイドの斬撃が捉えたのは、だがクウガではなくキバの目に映った残像だった。刃が届く寸前、その一瞬にも満たない刹那の間に、青き勇者は高く舞い上がっていた。  そしてまさに竜の如く天を駆けたロッドは、レンゲルの肩へと疾走し、そこに存在したデイパックの紐を貫いていた。 「――甘えんだよ!」  まったくの同時、レンゲルラウザーの一撃がクウガの腹に突き刺さる。  ドラゴンロッドが肩を打ち据えたことで、威力が若干削がれていたことが幸いしたのか、傷は浅い。それでもエッジ部分は宙にあるクウガの腹部を切り裂き、血を滲ませていた。 「――くっ!」  痛みに負けることなく苦鳴と共にクウガはその武器を操り、レンゲルラウザーの刃からその身を逃れると同時に――レンゲルの肩口から千切れたデイパックを打ち出していた。  ――京介の変身した、キバの控える方に。 「京介!」  キバットに呼び掛けられるまでもなく、キバは青いフエッスルを手に取り、それを彼に咥えさせていた。 「ガルル、セイバー!」  鳴り響くのは、契約に基づく呼び声。デイパックから明らかに別の力が加わった彫像が、その形状を刃に変えながら飛来する。  右手で受け取れば、キバの姿は青のガルルフォームへと変化していた。  奥底から沸いて来る獣のような衝動を感じながら、俊敏性を大きく増したキバは続いて飛来するデイパックを掴み取る。  予定通り――クウガが先行して仕掛け、まずは通常通り交戦することでデイパックから意識を逸らさせ、キバが接近してから装備を取り戻すという、その目的を達成できた。  実際に装備を奪還するまではデイパックに意識を向けさせないために、ガルルフォームになるのはクウガがデイパックを取り戻すまで待たなければならなかったが、彼は見事にその役を果たしてくれた。  ならば自分も、それに続かなくては――大幅に強化された機動性で以ってその場を離れようとしたキバの背に、絶望を想起させる声が追い付く。  ――Remote――  京介にとっての拭い難き恐怖の象徴、アンデッド解放を告げる単語が夜の闇の中で響く。 「これ以上邪魔させんな」  解放されたパラドキサアンデッドとコーカサスアンデッド、二体のカテゴリーキングへと、不愉快さを隠そうともせずにレンゲルが告げる。  振り返ったキバの背に向かって、パラドキサアンデッドは右腕から生やした鎌の周辺に、目視できるほどに大気を凝集させ――  その腕を、閃いたクウガのドラゴンロッドが叩き落とす。  誤射された空気の鎌は、瓦礫の山を吹き飛ばし、夜では底が見えないほどの断裂を大地に刻みながらも、キバの身体をその刃から取り逃がしていた。 「行け、京介くん!」  キバを庇うように立ち、青く輝く霊石を自らの血で赤く汚しながら、伸長したドラゴンロッドを構えたクウガが二体のカテゴリーキングと対峙していた。 「――はいっ!」  その声に背を押されるように、キバは驚異的な脚力で、一時戦場を離脱する。  孤軍奮闘するクウガを助けるために、必ず戻って来ると誓いながら。  疾走する青き獣の背を、剣戟の響きが抜き去って行った。 |102:[[G線上のアリア/リレーション・ウィル・ネバーエンド]]|投下順|103:[[闇を齎す王の剣(2)]]| ||時系列順|103:[[闇を齎す王の剣(2)]]| |093:[[君はあの人に似ている (状態表)]]|[[一条薫]]|103:[[闇を齎す王の剣(2)]]| |102:[[G線上のアリア/リレーション・ウィル・ネバーエンド]]|[[ン・ダグバ・ゼバ]]|103:[[闇を齎す王の剣(2)]]| |093:[[君はあの人に似ている (状態表)]]|[[小沢澄子]]|103:[[闇を齎す王の剣(2)]]| |097:[[眠りが覚めて]]|[[浅倉威]]|103:[[闇を齎す王の剣(2)]]| |093:[[君はあの人に似ている (状態表)]]|[[桐矢京介]]|103:[[闇を齎す王の剣(2)]]| |093:[[君はあの人に似ている (状態表)]]|[[牙王]]|103:[[闇を齎す王の剣(2)]]| |093:[[君はあの人に似ている (状態表)]]|[[小野寺ユウスケ]]|103:[[闇を齎す王の剣(2)]]| ----
*闇を齎す王の剣(1) ◆o.ZQsrFREM  何もかもを呑み込んだ爆発の跡地では、温いはずの夜風が未だにその熱気を帯びている。  その爆心地と思しき場所で鋼鉄の魔獣のように眠る異形のバイクに腰を預け、黄金の月を見上げているのは、全身を白装束に包んだ無垢な印象の青年だった。 「……やっぱり、誰もいないよね」  グロンギが誇る最強の戦士、ゴ・ガドル・バがその命を散らせた場所で、可笑しそうに笑う彼こそはグロンギにおける絶対の支配者――ン・ダグバ・ゼバその人だった。  ガドルと別れてから半刻もしない頃、天を貫く爆炎の柱が顕現する様を目撃し――それが彼の死を意味するのだと、目にした瞬間にダグバには理解できていた。  ダグバはその寸前まで、自身を脅かす強者に育つ可能性がある者としてガドルに大きな期待を寄せていた。それこそ唯一の宿敵だと認める、クウガに対するのと同じぐらいに。  だが結局、そんな期待を抱いたすぐ後に、ガドルは死んでしまった。  折角面白くなりそうだったのに、勿体ないな――と、彼は思わなかった。  何故ならそのガドルを超えるほどの強者が、既にそこにいるのだから。  首輪によって一時的に封じ込められた究極の力を再び取り戻し、新たな力を手に入れるまでは積極的に動くつもりなどなかったが――生前のガドルから護身用にと渡された仮面ライダーの力もあるのだし、その真価を確かめるためにスペードのカードを集めに行くのも一興だろうと考えた彼はバギブソンを駆り、爆発の跡地まで足を運んでいた。  とはいえ、ガドルを殺した強者も首輪の制限で今頃はその力を封じられてしまっているのだろうし、いざ到着しても結局そこには誰もいなかった。  先程の爆発に巻き込まれて死んでいるとは考えなかった。いくらなんでもあのガドルがそんな程度の輩に敗れはしないだろう。ガドルを殺してみせた強者は必ず生き延び、別の場所に向かったはずだ。  そのことを把握してなお、ダグバは今追い掛けようという気にはならなかった。  理由は二つあるが、一つは先程述べた通り、ガドルに勝った者がその力を首輪のせいで封じられているだろうことから、今は戦っても楽しくはなれないと思ったからだ。 「――どんな相手だったの、ガドル?」  呟いてから、ダグバはまた自分のことが可笑しくて喉を鳴らしてしまう。  負けた者に価値などないのに、もう死んでしまった者へと、気付かぬ内にダグバは声を掛けてしまっていた。それだけ自身がガドルに期待していたということや、そのガドルを打ち破った強者――おそらくはガドルが執着していたリントの戦士、『仮面ライダー』へ強く期待しているということが何だか可笑しくて、ダグバはついつい笑ってしまう。 「――ううん、違うかな?」  最後にガドルと交流した時の、自身の胸の内を思い出し、ダグバは本当の感情を悟る。  要は羨ましいのだ。ダグバは、ガドルのことが。  全身全霊を懸けた真の闘争に臨める好敵手の存在した戦士は、魔王にとっては堪らない羨望の対象だったのだ。  きっと全力を尽くした戦いでガドルは果てた――それがダグバには本当に羨ましい。  絶対者であるダグバにとっては何もかも退屈だ。そんなダグバを本当に笑顔にできるのは、彼の意に添わないものしかない。  究極の暴力で捻じ伏せようとしても抵抗して、逆にダグバを脅かし、恐怖を齎すような強者こそが、ダグバを愉悦させる唯一無二の存在なのだ。  ダグバがこんなにも欲しがるものをガドルに施した者は、果たしてダグバを満足させることができるのだろうか。そんな興味が尽きない。  だから、その力が再び万全となるまで休ませようではないか――ダグバがガドルの最後の戦場に敢えて留まった理由は、しかしもう一つある。  ちょうど、リントの姿でもリントの域を大きく超えた感覚機能を持つダグバの聴覚が、近づいてくる複数の足音を拾った。  ダグバが留まったのは先程、ガドルがダグバの戦いの跡地に向かったのと同じ理由だ。  広範囲で確認できた爆発に惹かれてきた参加者との戦いに興じるために、ダグバはこの場に残っていた。 「――究極の闇を、始めるよ」  このゲゲルに参加させられる直前と同じ状況――ガドルが敗北し、死亡したことを受け、やはりこのゲゲルに参加させられる直前と同じ言葉を、ダグバは誰にともなく宣告した。 「……結局、誰もいねえじゃねえか」  廃墟、否焦土という形容すら温いほどに、そこにあった全てが破壊し尽くされた跡地に立った牙王は、落胆も顕にそう呟いた。  先刻の、天を焦がし、数秒の間夜を昼と成した爆炎の柱は、牙王達にも確認できた。  あまりにも非現実的なその爆発の光景を前に、牙王すら一瞬言葉を失った。  そして次の瞬間、驚愕から転じた確信を秘めた笑みを牙王は浮かべていた。  あの大破壊を成したのは、先程立ち寄っていたE-2エリアの市街地で暴虐の限りを尽くした何者かに匹敵か、あるいはそれ以上の力を秘めた強者――己が牙に相応しい獲物であると、彼は瞬時に悟ったのだ。  故に、機が熟すまで手綱を握る四人の参加者――究極の獲物と、それを縛る鎖であり、彼を牙王の求める獲物として仕上げるための贄でもある三匹を従え、牙王はE-1エリアへ急行した。  だが、全てが灰燼に帰した地に立つ者は――先の破壊を成した者も、牙王のように強者との戦いを求める者も、誰一人として存在せず。  この会場に連れて来られてから、幾度となく感じ、蓄積されて来た苛立ちは、再び臨界の時を迎えつつあった。  その余韻も冷めやらぬまま、牙王は群れている四人の参加者を振り返った。  ――否、その先頭に立つ一人の男へと、視線を注いでいた。 「小野寺。おまえ、そろそろ戦えるんじゃねえのか?」  自身との戦いに敗れた時点では、もはや立ち上がることもできないほどに消耗していたはずの小野寺ユウスケ。彼は既に両の足で大地を踏みしめ、立ち上がっていた。  全身に刻まれていたはずの細かい傷も、そのほとんどが癒えている。まだ幾許か疲労の色が見て取れ、全快とはいかないのだろうが――それでも、勝者であったはずの牙王以上に、体調は優れているように見える。  何より牙王の視線――彼に注ぐ前に一瞬、殺意を込めた一瞥をおまけの三人に向けたのを察知してから、その瞳には強い闘志が見て取れた。  時間的に考えても、そろそろ奴の真の姿であるクウガの力が戻っているはず――後は、ダグバがやったと言うのと同じように、他の参加者を目の前で喰い殺してやれば奴は究極の力を持った存在へと変貌するはずだ。  究極などと大層な肩書を持っているのだ。この破壊を齎した闘争者達と同等以上の力を持った、牙王を満足させるような獲物であってくれなければ困る――そして少なくとも、小野寺自身の戦闘力は牙王を愉悦させるに相応しい物の片鱗を見せている。  それならこの飢えを、この眼前の男は晴らすことができるはずだ――そう牙王が考え、戦闘態勢に移ろうとした瞬間、小野寺は突如として牙王から視線を外した。 「誰か来たと思ったら、君だったんだね。……もう一人のクウガ」  自身を前にして、突然別の何かに警戒を飛ばした小野寺の不遜への怒りは、牙王の中には湧いて来なかった。  突如として現れた声の、その威圧感と存在感を鑑みれば――その反応も致し方なしだと、牙王も認めていたのだから。  だが、小野寺やその取り巻きと違い、牙の王は悠然と振り返った。  そこに立っていたのは、夜目に映える白一色の服に痩身を包んだ青年。  だがその白と言う色から連想する、極一般的なイメージを一切連想させない人物だった。  その姿を見るだけで息苦しさを、そして牙王にとっては心地良さを感じさせる圧力を、この一見何の変哲もない青年が放っていた。  一目で、わかった。この青年はあの『王』と同等――いや、おそらくはそれ以上の力を秘めた、究極の名を冠するに相応しい獲物であると。 「……第零号!」 「ダグバ……!」  餌の男女二人と、そして小野寺がその者を表す名を畏怖や憎悪を込めて口にする。  その名は響きだけで、牙王を愉悦させる物だった。  嗚呼、ダグバ。  思えば初めてその名を知った時から、牙王は彼に心を奪われていたのかもしれない。  この獲物を味わってしまえば、その後はもう何を喰っても満たされぬのではないかと。  そんな直感を覚えながら、己の中から既にダグバを喰らうこと以外の思考が消え始めていることを、牙王は自覚していた。 「君達がガドルを殺した……わけじゃなさそうだね」  ダグバがそう一人呟いたが、牙王はその独り言を無視し、同じように言葉を吐いた。 「そうか、おまえがダグバ……か」  そこまで自身を魅了した存在に、牙王はだがいつも通り、捕食者として接する。 「逢いたかったぜ……」  そう牙王は、僅かな陶酔すら込めて呟いた。  固唾を呑んで事態の推移を見守っているだけの外野など、もはやどうでも良い。牙王の目には、ダグバしか映っていなかった。 「――君は誰?」  まるで恐れを知らぬ無垢な幼子のように、ダグバはそう純粋な疑問を投げて来た。  牙の王の殺意に晒されて、この反応。この魔王は今まで、他者に脅かされるという経験と縁がなかったのだろう。そう察した牙王は、その最強という安寧の座にいた白を自らの牙で蹂躙できるという悦びに震えそうになりながら、問答に応じた。 「俺は牙王――ダグバ、おまえを喰らう牙だ」 「君が僕を怖くしてくれるの?」  能面のように固まった無機質な笑顔を浮かべたまま、無邪気にダグバが応じる。  相手も望んでいるのなら、応えてやるべきだろう――牙王はダグバに頷いた。 「究極の力を持つおまえこそ、俺の牙に相応しい獲物だ……たっぷり味わせて貰うぜ」 「ああ、ごめんね。後少しの間、究極の力は使えないんだ」  牙王の言葉に対し、そう首輪を示すダグバを前に、牙王の中では憤怒が沸騰していた。  それは余計な小細工を施した、大ショッカーへの烈火の如き怒り。  探し求めた究極の獲物を前にしながら味わうことができないと言うことに、彼の飢餓がそのまま転じた感情だった。 「でも、後ちょっとだから……その間は、これで遊ぼうよ」  怒れる牙の王にダグバが示して見せたのは、スペードの紋章が刻まれたバックル。 「――あれは、ブレイバックルっ!?」  ダグバを前にして一気に色褪せた、もう一人の獲物――小野寺が、ダグバの取り出したバックルに対してそう驚愕を滲ませた。  同時に、牙王の脳内に響く、不快な声。  ――戦え……あれを手にすれば、さらなる力が……! (うるせえ奴だな……)  小野寺と戦う直前に手に入れた、クローバーの意匠が施された変身アイテム――変身者と異なる、独自の意志を宿しているレンゲルバックルの囁きに、内心牙王は嘆息する。  どうやら、今ダグバが見せているのはレンゲルバックルと同じ世界に存在している仮面ライダーの変身アイテムらしい。それが持つカードを奪うことで、さらにレンゲルの力を増すことができる、と言いたいらしい。  正直、このやかましい奴の望みを叶えるのは癪だが、牙王自身の本来の力であるガオウは究極の力を取り戻した後のダグバに取っておきたいとすれば、前哨戦として同じ世界の仮面ライダー同士で、と言うのも一興か。 「良いぜ……まずは味見させて貰うとするか」  ダグバに頷いた牙王は、懐からレンゲルバックルを取り出し、腰に翳した。  腰に巻いていた武骨なベルトを投げ捨てたダグバも同様にすると、バックルから現れたカードの束がベルトを構成し、それぞれの腰に巻きついて行く。 「ふふっ……変身」 「――変身」  ――Turn up――  ――Open up――  それぞれ違った、だが良く似た電子音と共に、ダグバの前にヘラクレスオオカブトの、牙王の前に蜘蛛の紋章が描かれた青の光の壁が展開される。  二人の闘争者は躊躇わずそのゲートを通り過ぎて、変身を完了させた。  紫紺に白銀の騎士と、濃緑に黄金の装甲を持つ戦士。  青年と壮年ではなく、仮面ライダーブレイドと仮面ライダーレンゲルが、夜の中で対峙していた。  牙王――レンゲルが醒状レンゲルラウザーを構えたのに合わせて、ダグバの変身したブレイドも、腰から白銀の剣を引き抜く。  そうして、夜闇を切り裂く白銀の一閃が迸る。 「――うん」  何のことはない素振りの感触に、だがダグバは満足したように頷いた。  一方で、その何気ないながら流麗な太刀筋に、改めて牙王は惚れ惚れとする。  応じるようにレンゲルも自らの得物を一旋し、緑の煌めきを円弧の形で夜に残す。  棍や杖は牙王本来の武器ではないが、その槍捌きを見てかブレイドもブレイラウザーを正眼に構え直した。 「――行くぜ」  宣告に続いた裂帛の気合と共に、レンゲルが地を蹴って間合いを詰め始めた。  応じたブレイドも静かに走り出し、両者の剣戟が相克する重厚な、そして凄烈な音が、全ての失せた夜の地で響き始めた。 「――皆は、この間に逃げてください」  そんな異常者同士の戦いを前にして、小野寺ユウスケが同行者達を振り返り、そう真剣な表情で告げた。 「あいつらが戦いに夢中な間に皆が離れたら、あの黒いクウガになってダグバを倒します。だから、巻き込まれないよう逃げてください」  それは確かに、ほんの数刻前にこの青年が口にした言葉だった。  だが小沢澄子は、その言葉を受け入れず、首を横に振った。 「いいえ、小野寺くん……あなたが想定した場合と、今は状況が違うわ」  間合いで勝る醒杖の刺突を剣腹で弾き、捌きながら、間合いの長さ故に隙を見せた敵手の懐に潜り込んだブレイドが斬撃を繰り出す。醒剣の一撃をレンゲルは前転してかわし、体勢を立て直す間も惜しんで片膝を着いたまま、レンゲルラウザーを片手で背後へと旋回させる。追撃しようとしていたブレイドも、自らの切っ先が敵を貫くより先に自身が切り裂かれることを悟ったか、遠心力の乗った一撃をブレイラウザーで受け止める。追撃から防御の姿勢へブレイドが移行する間に立ち上がったレンゲルがそのまま押し込み、武器が絡み合った状態のまま、二人の仮面ライダーは戦いの場所を廃墟の方へと変えて行く。  その干戈の交わりの軌跡を視界の端に収め、確かにユウスケの言う通り、逃げるなら今が好機だと理解しながらも、小沢は目の前の青年に告げた。 「第一に、第零号は本来の力を発揮できない状態よ。奴が本来の力のままで暴れているのなら、確かに私達はここにいるだけであなたの負担にしかならないわ」 「だから――」 「でも、今は違う。いくら第零号だと言っても、首輪の制限には勝てなかった。奴自身がそう認めたのよ。牙王との戦いを見れば十分強いことはわかるけれど、それでも今の奴は、この地においては常識的な範囲内の危険人物に過ぎない」  刃同士の抱擁が終わり、再び激烈な攻めとなって人の身の丈ほどの高さに無数の星屑を生みながらぶつかり合う。間断ない金属の擦過音に不快さを感じながら、小沢は続けた。 「それなら当初の予定通り……危険人物同士が潰し合っているこの隙に、私達全員で協力して、二人ともここで何とかするべきよ」 「いや……でも、危険なんですよ!?」 「ここで逃げても、牙王が装備を返さなかった以上、私達が危険なのは変わりないわ」 「それは……キバットが何とかしてくれますから……」 「――なぁ、ユウスケ。おまえはそんなにその黒いクウガってのになりてぇのか?」  パタパタと空気を叩きながら、キバットバットⅢ世がユウスケへと問い掛けた。 「あの白い野郎がヤベーってのは、俺も何となく感じたけどよ……それでも無理におまえが危険をしょい込む必要なんざねーんじゃねーかって、俺は思うぜ」 「――そうですよ!」  キバットの言葉に続いたのは、桐谷京介だ。ほんのつい先程まで、ユウスケを背負った上で歩いていたというのにまるで疲労の色を見せることなく、むしろ気力に溢れ、それをとうとう御し切れなくなったかのように、力強くユウスケに詰め寄る。 「俺は……ずっと、見てるだけでした。やっと鬼になれたのに、ここに来ても、照井さんや、一条さんや、ユウスケさんが誰かのために命を懸けるのを……」 「京介くん……」 「だから、これ以上あなただけが無理に苦しむ必要なんかないんです! 小沢さんの言う通り、力を合わせて誰も苦しまずに何とかできるんなら……俺にも、手伝わせてください!」  少年の真摯な訴えに、どう応じて良いのか困惑する様子のユウスケに肩に力強く、だが優しさを感じ取れる絶妙な加減で、大きな掌が置かれる。 「――君は言ったはずだ、小野寺くん」  声の主へとユウスケは振り返り、一条薫はそんな彼へと力強く頷く。 「五代のように頑張る、と……そして俺は言ったはずだ。あいつが戦えたのは、あいつが一人じゃなかったからだ。あいつを支えてくれる人が、大勢いたからだと。  だから俺達にも、君を支えさせてくれ。小野寺ユウスケ」  そんな一条の言葉を受けても、でも、でもとユウスケは頭を振る。 「……俺は、元の世界では仮面ライダーのように戦う力を持っていなかった……全て五代に、押し付けてしまっていた。それなら今度は、俺があいつの笑顔を護ってやりたい……小野寺くん、君の笑顔もだ」  その言葉に衝撃を受けたかのように、ユウスケがその目を見張った。  その様子を見て、小沢は改めて口を開いた。 「――何より、さっきも言ったけれど牙王から装備を取り戻さないことには危険過ぎるわ。逃げろって言うなら、せめてそれを取り返して来てから言ってくれなきゃ無理な話よ」  もちろん、装備が戻った後に本当に逃げるのかはわからないけれどね、と付け足して。  ――一条の語った心境は、小沢にも心当たりがあった。  いつだって前線に立つのは責任者である小沢澄子ではなく、氷川誠だった。アンノウンと戦うのは津上翔一や葦原涼だった。  もちろん、後方支援する者がいてこそ戦士は背中を気にせず戦えるのだ。自らの役割の重要性を知っているし、常にベストを尽くして来たと小沢は自負している。  それでも、前線で戦う彼らにばかり痛みを押し付けてしまっていると感じたことがないというわけでは、ない。  無論小沢自身は戦士ではない――どんなヘマを踏んだのか、この会場に骨を埋めることになってしまった、自分こそG3の装着者に相応しいと言い張り続けたあの同僚ほどには自惚れてはいない。仮面ライダーの力を得ても、それを十全に発揮できるなどと豪語するつもりはない。  それでも殺し合いの場に立たされた以上は、本来は民間人である翔一や真司、ユウスケ達に護って貰ってばかりではいられない。彼女は市民の安全を護る、警察官なのだから。  せめて彼らの足手纏いにならないよう、自衛する程度の力は持っておきたい――幸いなことに、アビスのデッキは周辺に鏡になる物がなくなってから、牙王は一条達の支給品と同じデイパックに入れていた。レンゲルとなった今も、それを身に着けたまま奴は戦っている。あれを取り戻せば、最低限の戦う力は確保できる。  ユウスケを凄まじき戦士へと変身させなくても、三人で牙王を抑えていれば今の彼ならきっと制限された第零号を打倒できる――そのまま牙王を拘束することも可能なはずだ。  自らを闇の呪縛から解放してくれた青年への恩返しや、彼を想う操られた間に傷つけてしまった同行者達への罪滅ぼしとしては大したことではないかもしれないが、それでも今は彼らの力になりたい――それが小沢澄子の偽らざる気持ちだった。  三人と一匹の仲間、さらに彼を相棒と見なすガタックゼクターが降りて来て、ユウスケを取り囲む。  仲間の視線を一身に集めた彼は、諦念したように息を吐いた。 「……わかりました」  月明かりや満天の星空より、なお明るい光源が、地上に一つ。  火花を散らせ激突を続けるブレイドとレンゲルの戦いは、拮抗状態にあった。  ライダーシステムとしての優劣は、基本形態ではレンゲルが上。しかし小野寺ユウスケとの激闘から未だ癒えぬダメージを蓄積した牙王に対し、究極の闇を齎す者――グロンギにおいて最強の存在であるダグバは、脆弱なリントを模した姿でありながら、その実屈強な牙王を大きく上回る身体能力を誇っている。その不利を間合いの有利な武器が再び埋め、その上で両者の技量が同程度であるということが膠着の原因だと言えるだろう。  攻め手に回っているのはレンゲル。やはり間合いの差は大きく、ブレイドの踏み込みを許さない。  だが槍と剣では手数に差が生じ過ぎる。レンゲルが一撃放つたびにブレイドは二度剣を振れる。初撃は迎撃に費やされるとしても、後発はレンゲルラウザーが次撃を備える前に彼我の距離を疾走し、その装甲を裂かんと迫る。  それに対して弾かれた穂先をその勢いのまま、レンゲルは愛杖を旋回させる。遠心力を柄のスラッシュ・リーダーに向け直すことに成功したレンゲルは握力を緩め、掌と五指の間でレンゲルラウザーを滑らせる。そうして放たれた打突を前に、ブレイドは身を翻す。  避けたままブレイドがさらなる追撃を見せなかったのは、短く持たれたクローバーの刃がまるで短刀のように目先を過ぎったため。攻め入る隙を今の敵手は見せていないと判断し、ブレイドの鎧に身を包んだダグバは相手の間合いのさらに一歩外にまで後退する。  そこで立ち止まり、次の激突に臨もうとしていたブレイドは、予定を変更しさらに後方へと跳躍する。  ――Slash――  その過程で、ここまでの攻防で一度も披露しなかった特殊能力――ラウズカードを使用したブレイドは、レンゲルとは見当違いの方向にそれを一閃させた。  ――瞬間。刃が纏ったエネルギーが、突如として現れた矢と激突し、相殺し合う。  ただ剣で受けようとすれば踏み止まれなかっただろう峻烈な一矢――それによって打ち込まれた刻印を、解放されたアンデッドのエネルギーが真っ二つに切り裂き、同時に副次効果として繰り出された強烈な斬撃が、見事に不可視の矢の運動エネルギーに打ち勝った。  刃を振り抜いたブレイド――ダグバの視界に映るのは、廃墟の彼方から限られた射線を的確に貫いた宿敵の、緑の姿。  今、自らに牙を立てんと向かって来るこの『仮面ライダー』も、リントとしては破格の戦士だろう。だが彼の武勇は長き歳月を費やして磨き上げた、その類稀なる技量による物だ。それだけでは、ダグバを満足させるにはまだ足りなかった。  彼はダグバに執心を見せたが、ダグバからすれば結局、牙王との戦いも、凄まじき戦士との究極の闘争、そこで味わう至高の恐怖に比べればただの暇潰し、余興に過ぎなかった。  だからこそ―― 「――来るんだね、もう一人のクウガ」  余興を一気に彩る宿敵、その参戦に胸を高鳴らせながら、ダグバは呟いた。 「――ありがとうございました」  長時間変身できないペガサスフォームからマイティフォームへと戻りながら、クウガは小沢へとコルト・パイソンを返していた。  彼女の持っていた、既に弾が尽きたコルト・パイソンをペガサスボウガンに変化させ、レンゲルと激しく争う隙にブレイド――ダグバを狙い撃つ。これで倒せればもちろん言うことはなかったが、やはりそう簡単な相手ではなかったようだ。  不意を突いて放たれた不可視の矢を、おそらくはクウガの構えだけからなおも見切ったブレイドはこともなくその一撃を叩き斬り、レンゲルへと向き直っていた。  これではユウスケがクウガに変身したことを無為に知らせただけとなってしまったが――それでもAPを消費させただけでも意味があると信じ、クウガは彼女に協力を感謝していた。 「――小野寺くん」  続いて一条が差し出して来たのは、超人の怪力によって半ばから折られた名銃AK-47カラシニコフのなれの果て。  ――その長い銃身は、棒切れと見なすに十分な代物だった。 「ありがとうございます」  そう静かに受け取り、ユウスケは改めて激突する二人の仮面ライダーの方を見据える。 「――超変身!」  叫びと共に、アークルが甲高い唸り声を上げる。  光と共にクウガの装甲が、その大きな双眸が、そして霊石アマダムが、赤から青へその煌めきを変える。  青いクウガ――ドラゴンフォームへのフォームチェンジを終えたクウガは、ほぼ同時に手にした元銃である棒切れを、専用武器であるドラゴンロッドへと再構成する。 「――行ってきます」  ここに辿り着くまで、ユウスケを回復させるために背負ってくれた京介も。これからの戦いに対する策を授けてくれた小沢も。自分を支え、こうして力を貸してくれる一条も。  確かに彼らには、直接ダグバや牙王と戦える力はないかもしれない。  それでも、彼らも許せないのだ。誰かを無意味に傷つける理不尽な暴力が。  そんな物に、誰かの優しい笑顔が奪われることが。  その想いが、ただ力が足りない、そんな理由で踏み躙られると言うのなら―― (それなら――戦えない皆の代わりに、俺が戦う!)  それが力を持った者の責任だと言うのなら、望むところだ。  世界中の人達の笑顔のためなら、どこまでだって強くなってやる!  奇しくも今、人を無意味に傷つける暴虐の王の手に堕ちた剣の、本来の所有者が抱いた物と同じ想いを胸に、クウガはドラゴンフォームの跳躍力を活かし戦場へと駆けた。  狙うはレンゲルが持つ、一条達の装備を纏めたデイパック。取り返した後、できるなら彼らにはここから離脱して欲しいが――自分が彼らの立場だったらどうするのか、わかり切っていたから。クウガはもう何も言わず、今は彼らの頼みを叶えるために力を揮うことにしていた。 「――邪魔するんじゃねえ!」  焦土から廃墟へと戦いの舞台を移し、ブレイドと刃を交えて互いに動けない状態からのレンゲルの叫びと同時、天から黄金の流星が一筋、クウガ目掛けて墜ちて来る。  それをクウガの背後から現れた――彼に似た青のクワガタが、地から天へ昇る光の帯となって迎え撃つ。  コーカサスゼクターの相手をガタックゼクターに任せ、クウガは一際強く地を蹴った。 「おぉりゃぁああああああああああっ!」  ドラゴンロッドの先端に封印エネルギーを注ぎ込み、密着していた二人の危険人物へとその穂先を繰り出す。  これには溜まらずという様子で、銀と緑の影は互いに弾き合うようにしてその場を離れ、誰もいなくなった剥き出しの地表をドラゴンロッドが深々と抉る。  地中深くに得物を突き刺し、隙を見せたクウガはブレイドとレンゲルにとって恰好の的であった。  クウガを貫いて、向こう側のブレイドに仕掛けようとするレンゲル。そんなレンゲルの意図すら無視して、純粋にクウガとの戦いを望むブレイド。 「――超変身っ!」  迫り来る両者に対し、立ち上がりながらクウガはそう叫び声を上げた。  叫んだ時には、アークルが光輝き、その色を紫に変えていた。それに合わせてクウガの鎧も、より大きく、堅牢な紫銀の甲冑へと変化する。  その装甲の硬度はレンゲルラウザーのエッジを受けてなおクウガの身を護り切り、彼に武器を取らせる時間を与えた。深い紫の瞳をしたクウガ――タイタンフォームが手にしたドラゴンロッドが、紫の刀身に黄金の装飾の施された長大な直剣へと形を変える。  長さが変化し、半分以上地面に埋まっていたはずのクウガの専用武器は、その切っ先を僅かに土中に埋もれさせただけになっていた。  ちゃきりという、柄を握る音だけでその重厚さの伝わる大剣が、切っ先に触れた土くれを吹き飛ばし、印象を裏切る速度で跳ね上がる。  逆袈裟に振り上げられたタイタンソードが、鏡映しのような軌跡を見せていた銀の刀身と噛み合い、派手な火花を散らせた。  華開いた光芒が切り取った宿敵の姿を、クウガは睨みつける。 「――楽しいね、クウガ」  ブレイドの仮面の向こうから、そう涼しげな声で語りかけて来るダグバに対し、クウガの中の怒りが再燃する。  この会場に連れて来られた仮面ライダーブレイド――その本来の資格者は橘朔也の後輩、剣崎一真のはずだ。先の放送で名を呼ばれた彼がどんな死に方をしたのかは知らないが、きっと最期の瞬間まで仮面ライダーとして戦い抜いたことだろう。  剣崎一真は、その剣がダグバの手によって血に染められることを望まないはずだ。  彼のためにも、ここで倒さなければならない。皆の笑顔を涙に変える、この未確認を! 「はぁああああああああああああああああっ!」  沸き上がる想いのまま、クウガはタイタンソードを振り抜いた。  クウガが激闘を繰り広げる二人の仮面ライダーの前に飛び出した直後、残された三人と一匹の間でも動きがあった。 「――それじゃあ行くぜ、京介!」  キバットの呼び掛けに、京介は深く頷く。 「ああ――行こう、キバット!」 「――ガブリッ!」  京介がキバットを掴んだ右手を左手の前に翳すと、彼の牙が手の甲に突き立てられる。  瞬間的に流れ込んで来る魔皇力の奔流に内側から苛まれつつも、京介はキバットを自らの腰に出現したベルトに押し込んだ。 「変身っ!」  次の瞬間、桐谷京介の全身に波動が生じ、それが収束して鎧を形作る。  仮面ライダーキバへの変身を遂げた京介は、二人の刑事を振り返ることなく駆け出した。  皮膚の下からこの身を喰い破ろうと荒れ狂うような、異質な力。ファンガイア王位継承の証であるキバの鎧を資格無き者が纏った場合の拒絶反応。キバットから聞かされた通りの痛みを感じながら、しかし京介の胸にあったのは喜びだった。  女性である小沢や、満身創痍の一条に、こんな負担を強いることなく済んだ安心と――こんな苦痛に晒されながら、人を護るために強敵へと立ち向かったユウスケ――師であるヒビキと肩を並べた男に近づけた、そんな満足感を抱いたために。  厳しい修行に耐えて鬼の力を手に入れた、その苦労がこの会場に来てから初めて、少しだけ報われたような気がして……京介は不適合の烙印を、甘んじて受け入れていた。  もちろん、一条や小沢は京介にキバの鎧の負担を押し付けるために彼を変身させたのではない。牙王からの装備の奪還――それが失敗した時、少しでも生存確率を上げるために京介をキバへと変身させることを選んだのだ。  逆を言えば、クウガが――そしてキバが、彼らのアクセルやアビスの力を取り戻すことに失敗すれば、一条と小沢の身が危険に晒されることになる。  キバ自身には、難しいことは要求されていないが――それでも、あの三つ巴に自分から近づくと言うだけでも、京介からすれば十分に勇気を試されることであった。  ヒビキの弟子になったばかりの頃の、逃げてばかりの情けない姿が思い出される。 (――俺は……あの頃とは違うんだ!)  鬼になることをやめた、あの安達明日夢だって――修行から逃げ出したわけではなく、彼は彼なりの人助けの道を見出し、そちらに進んだのだから。  明日夢のライバルである自分が、自分の道から逃げ出すなんてできるわけがない!  ――Stab――  京介が変身したキバがほんの十数歩の距離まで肉薄して瓦礫の影に隠れた時、レンゲルが一枚のカードをラウズした。  先程までレンゲルラウザーの猛攻を悉く弾いていたタイタンフォームの装甲だが、蜂の紋章を吸い込んだ切っ先が、さらに狙い澄ましたかのように関節部に突き刺さる。  刺された個所から血のように火花を噴き出して、刺突の勢いのまま後方に弾かれた紫のクウガの姿に、キバは思わず飛び出しそうになるのを自制する。 (ザンキさん、照井さん……父さん! お願いだ、ユウスケさんに力を貸してください!)  追撃に襲い掛かったブレイドの剣を何とか構えたタイタンソードでクウガが受け止め、上に打ち弾くと同時に旋回したレンゲルラウザーの穂先が足元からクウガに迫り―― 「――超変身っ!」  声が響いたと同時に、青い光が一瞬クウガの姿を隠す。  クウガ自身と同時に再び棍に姿を変えた彼の武具が、その伸びた長い柄の先でレンゲルの錫杖をさらに下から、掬い上げるようにして弾いた。高々と打ち上げられる形になったレンゲルラウザーに対し、構えを取る過程でその防御を成しただけだったドラゴンロッドは遥かに早く腰溜めに構えられる――  ――構え終わる前に、再び横薙ぎに引かれた銀光が、青い影を両断した。  ブレイドの斬撃が捉えたのは、だがクウガではなくキバの目に映った残像だった。刃が届く寸前、その一瞬にも満たない刹那の間に、青き勇者は高く舞い上がっていた。  そしてまさに竜の如く天を駆けたロッドは、レンゲルの肩へと疾走し、そこに存在したデイパックの紐を貫いていた。 「――甘えんだよ!」  まったくの同時、レンゲルラウザーの一撃がクウガの腹に突き刺さる。  ドラゴンロッドが肩を打ち据えたことで、威力が若干削がれていたことが幸いしたのか、傷は浅い。それでもエッジ部分は宙にあるクウガの腹部を切り裂き、血を滲ませていた。 「――くっ!」  痛みに負けることなく苦鳴と共にクウガはその武器を操り、レンゲルラウザーの刃からその身を逃れると同時に――レンゲルの肩口から千切れたデイパックを打ち出していた。  ――京介の変身した、キバの控える方に。 「京介!」  キバットに呼び掛けられるまでもなく、キバは青いフエッスルを手に取り、それを彼に咥えさせていた。 「ガルル、セイバー!」  鳴り響くのは、契約に基づく呼び声。デイパックから明らかに別の力が加わった彫像が、その形状を刃に変えながら飛来する。  右手で受け取れば、キバの姿は青のガルルフォームへと変化していた。  奥底から沸いて来る獣のような衝動を感じながら、俊敏性を大きく増したキバは続いて飛来するデイパックを掴み取る。  予定通り――クウガが先行して仕掛け、まずは通常通り交戦することでデイパックから意識を逸らさせ、キバが接近してから装備を取り戻すという、その目的を達成できた。  実際に装備を奪還するまではデイパックに意識を向けさせないために、ガルルフォームになるのはクウガがデイパックを取り戻すまで待たなければならなかったが、彼は見事にその役を果たしてくれた。  ならば自分も、それに続かなくては――大幅に強化された機動性で以ってその場を離れようとしたキバの背に、絶望を想起させる声が追い付く。  ――Remote――  京介にとっての拭い難き恐怖の象徴、アンデッド解放を告げる単語が夜の闇の中で響く。 「これ以上邪魔させんな」  解放されたパラドキサアンデッドとコーカサスアンデッド、二体のカテゴリーキングへと、不愉快さを隠そうともせずにレンゲルが告げる。  振り返ったキバの背に向かって、パラドキサアンデッドは右腕から生やした鎌の周辺に、目視できるほどに大気を凝集させ――  その腕を、閃いたクウガのドラゴンロッドが叩き落とす。  誤射された空気の鎌は、瓦礫の山を吹き飛ばし、夜では底が見えないほどの断裂を大地に刻みながらも、キバの身体をその刃から取り逃がしていた。 「行け、京介くん!」  キバを庇うように立ち、青く輝く霊石を自らの血で赤く汚しながら、伸長したドラゴンロッドを構えたクウガが二体のカテゴリーキングと対峙していた。 「――はいっ!」  その声に背を押されるように、キバは驚異的な脚力で、一時戦場を離脱する。  孤軍奮闘するクウガを助けるために、必ず戻って来ると誓いながら。  疾走する青き獣の背を、剣戟の響きが抜き去って行った。 |102:[[G線上のアリア/リレーション・ウィル・ネバーエンド]]|投下順|103:[[闇を齎す王の剣(2)]]| ||時系列順|103:[[闇を齎す王の剣(2)]]| |093:[[君はあの人に似ている (状態表)]]|[[一条薫]]|103:[[闇を齎す王の剣(2)]]| |102:[[G線上のアリア/リレーション・ウィル・ネバーエンド]]|[[ン・ダグバ・ゼバ]]|103:[[闇を齎す王の剣(2)]]| |093:[[君はあの人に似ている (状態表)]]|[[小沢澄子]]|103:[[闇を齎す王の剣(2)]]| |097:[[眠りが覚めて]]|[[浅倉威]]|103:[[闇を齎す王の剣(2)]]| |093:[[君はあの人に似ている (状態表)]]|[[桐矢京介]]|103:[[闇を齎す王の剣(2)]]| |093:[[君はあの人に似ている (状態表)]]|[[牙王]]|103:[[闇を齎す王の剣(2)]]| |093:[[君はあの人に似ている (状態表)]]|[[小野寺ユウスケ]]|103:[[闇を齎す王の剣(2)]]| ----

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