3人×3人×3人(前編) ◆7pf62HiyTE
4.侵食――Erosion
宙を1匹の蜂が舞う。彼は自身に相応しき人物に出会えないでいた。
彼の名はハチ型昆虫コアザビーゼクター、彼の認めし者がザビーブレスを掲げ自身をセットする事で仮面ライダーザビーへと変身する力を与えてくれる。
だが、本来の資格者である影山瞬は既に死亡している。
故にザビーブレスは全く関係のない参加者の元に支給されていた。その人物が彼が認めるに値する人物であるかどうかなどおかまい無しに――
が、幸か不幸か彼の支給先はある意味では都合が良かった。
彼の支給先は光夏海、彼女はその人格的にザビーに相応しい人物である可能性はあった。もし、彼女がブレスの存在に気付きブレスを掲げたのであれば彼は力を貸したかも知れない。
もっとも、彼女は自身の祖父が大ショッカー側にいた事や出会ったある人物への対応、その後に起こった戦いに対しての対処があったため支給品を調べる余裕がなかった。
故にザビーブレスの存在に気付くことなくある参加者の凶刃によって倒された。
仮の話だが予めザビーブレスの存在に気付いていたならもう少し違う結末もあったかもしれないがそれは最早後の祭りである。
さて、都合が良かったという意味ではもう1つ理由が存在する。
それは彼女が最初に出会った人物の存在だ。その人物は矢車想、かつてのザビーブレスの資格者であった男だ。
無論『かつて』という以上は資格を失った人物であり、地獄の闇に堕ちた今の矢車にザビーを扱える筈もない。
それでも、影山がいないならば――ザビーブレスが矢車を改めて選ぶ可能性は多分にあった。
実の所、夏海を仕留めた相手との戦いにおいて矢車はブレスを装着していた。ここまで言えばおわかりだろう。その時にザビーゼクターは矢車を選ぼうとしていたのだ。
が、ザビーゼクターが向かう前に戦いは終幕。更に矢車自身使う気は無いともう1人の参加者にブレスを渡したのだ。
その人物は警察官、それもエリートと呼ばれる人の上に立つ人間である北條透。
多少人格に問題は無いではないが組織に属し物事の中心に立って行動出来る人物である北條ならばザビーゼクターが認める可能性はあった。
しかし、今の北條にその資格はない。先の戦いの前ならばまだ可能性があったが今の北條をザビーゼクターは認めない。
負傷した矢車や先行していたはずの同行者を放置し危険人物の排除に執着する自己中心的な行動を取る北條をザビーゼクターが認めるわけがないだろう?
かつての矢車も自己中心的な行動を取る事でザビーの資格を失ったのだから。
故に只、彼は資格者無き舞台の上空を舞い続ける――現れるかどうかすらわからない資格者を待ちながら――
ザビーゼクターが舞う空の下では北條透は夏海を殺した青年を追跡していた。
前述の通り今の北條透は本来ならば保護及び再合流すべき負傷者や同行者を放置し危険人物の排除に執着している状態だ。
その大きな原因は先の戦いで彼が手にすると共に使用した夏海の支給品の1つであるガイアメモリの副作用だ。
ガイアメモリは使用者をドーパントと呼ばれる強大な力を持つ存在に変える力を持つ。
だが、ガイアメモリは強力な薬の様なもの、言うなれば劇薬である。大きなリターンを得られる反面大きなリスクを伴うという事だ。
ガイアメモリの毒素は感情に強く作用し使用者の精神を歪めるもの、ドライバーのフィルターを介さなければそれを止める事は出来ない。
ガイアメモリを使って変身する仮面ライダー、そしてガイアメモリを牛耳るミュージアムの幹部がガイアメモリを使用しても基本問題が無いのはドライバーを介した上で変身しているからだ。
特に仮面ライダーの使用するメモリは彼等の使うドライバー専用に開発されているが故に専用のドライバーでなければ使用する事が出来なくなっている。
とはいえ、ドライバーというフィルターを介してはメモリの本来の力を発揮出来ないと語る者もおり、実際にドライバーのフィルタターを無力化し使用者の力を強化しようとしたという話もあるわけだが。
ちなみにガイアメモリは本来ドライバーもしくは生体コネクタに挿入する事でその力を発揮する。
コネクタもまたドライバーには遠く及ばないもののフィルターの役目を発揮する。それ故にコネクタ無しにガイアメモリを使用した場合は死に至る危険もある。
なお、参加者の首輪には生体コネクタの役目を持つコネクタがある。故に参加者はガイアメモリを使用しドーパントへの変身を行う事が出来るのだ。もっとも生体コネクタの代替である以上メモリの毒に侵される可能性は非常に高いが。
余談だが、北條に支給されているガイアメモリだがこのメモリはT2ガイアメモリと呼ばれる少し特殊なものだ。
此方の方は通常のガイアメモリではなく仮面ライダーの使用するガイアメモリに酷似している。故に通常のコネクタのみならずT2ガイアメモリを仮面ライダーの使用するドライバーに挿入出来る事も出来る。
長々とガイアメモリについて説明したが結局の所、今の北條はメモリの毒に侵されているという事だ。
メモリの毒により危険人物に対処したいという感情が肥大化したという事だ。本来の責務である人々を守るという事を疎かにする程に。
北條は戦う手段を欲していた。そして彼の手にしたガイアメモリは確かに戦う手段となった。
が、それによりザビーゼクターに認められる可能性を自ら潰し戦う手段を1つ失った事はある意味皮肉な結末と言えよう。
無論、北條はそれに気付く事は無い。
「出来ればコレを元の世界に持ち帰りたい所ですね。この力さえあればアギト殲滅作戦も……」
何故、北條はここまで危険人物を排除する事に執着するのだろうか? それは彼自身がこの場に連れて来られる直前の状況と関係している。
北條はその時アギト殲滅作戦を行っていた。
北條の世界ではアンノウンが人々を襲い、強力な力を持つ戦士であるアギトがそのアンノウンに立ち向かっていた。
だが結局の所アンノウンが人々を脅かしていた真相はアギトあるいはアギトに覚醒しようとしている人間の排除でしかなかったのだ。
また、アギトに覚醒しかけている人間は大小異なるものの人知を越えた超能力を持っている。
もしその力が何の力も持たない人間に向けられたらどうなるだろうか?
アギトである津上翔一や葦原涼は少なくてもそういう事はしなかった。だが、全てのアギトが同じとは限らない、その力に飲まれ暴走する者がいてもおかしくはない。
つまり、ある意味アギトもアンノウンと同じく脅威でしかない。いや、基本アギトしか襲わないアンノウンよりも質の悪い存在と言えるかもしれない。
故にアンノウンを保護しアギトを殲滅するという作戦が遂行されているのだ。
北條がその作戦の先頭に立っているのは彼自身がアギトを恐れているからだが、その根底にあるのは自分を含めた人間達を守りたいという想いである事に違いはない。だからこそ北條はアギトを排除しようとしていたのだ。
「ですが、今はこの殺し合いを止める事が先決です……そう、この力で危険人物……そして、アギトを……」
しかしその想いはガイアメモリによって歪められた。危険人物及びアギトへの恐怖を肥大化させる形で――
ふと、北條は双眼鏡型のツール、カイザポインターを覗きG-5にある住宅地の様子を探る。ほんの一瞬ではあったが人影が見えた。
「彼……見つけましたよ」
――かつて、翔一がアギトである事を知って悩む氷川誠に北條はこう口にしていた。
『私に言わせれば貴方もまたアギトだ。G-3Xを装着した時の貴方はアギトに匹敵する力を持っている筈だ』
北條自身の言葉で言えば、ガイアメモリを使用した時の北條もまたアギト、彼自身が排除すべき存在という事になる――
そんな皮肉な事にすら今の北條は気付かない――
5.遊戯――Game
白い服を着た青年が名簿と地図を見ていた。
青年は今更ながらに最初に集められた場所の事を思い返していた。
世界を懸けた戦いと言われても、青年にしてみれば実の所そんな事に興味はなかった。
『リントが面白そうなゲゲルを開いた』
そのプレイヤーとして自分が選ばれた程度の認識しかなかった。
既に自分達にゲゲルは終わっており『究極の闇』を始めるだけだったが、リントのゲゲルに興味もあったが故に青年はそのゲゲルを楽しもうとした。
だが、当初はそこまで過度な期待はしていなかった。究極の力を手にしたリントの戦士クウガならばともかく、他のリントが青年自身を笑顔にしてくれる程だとは思えなかった。
しかしその認識は間違いだった。
最初に遭遇した相手の内の1人が放った威圧感。リントの道具によるものだったがそれは強大なもの。青年に今まで体験した事のない『恐怖』という感情を与えたのだ。
それは青年にとって只人を殺すだけでは味わえない大きな喜びを与えてくれた。それだけでも十分このゲゲルに参加した意義はあるだろう。
それだけではなかった。その後、戻った時の戦いもまた青年を大いに喜ばせた。
『クウガ以外にも面白いリントが沢山いる』
そう感じるのに十分だった。あの後逃げられた事に少々苛立ちを感じたもののそれでも構わない。ゲゲルを続ける内に何れ出会えるだろう、そう考えていた。
その後、自分達と同族であるゴ・ガドル・バと遭遇した。気になる事が無いでもなかったがガドルと戦っても良いとは思っていた。
どういうわけか本来の姿にはなれなかったが恐怖を感じ笑顔になれるのならばそれでも良かった。
だが、ガドルの様子を見て気が変わった。ガドルは自分を恐れていたせいか戦おうとしなかった。
殺しても良かったがそれでは自分は笑顔になれない。それにガドルはゴの中でも最強、更に強くなってくれれば自身を笑顔にしてくれるかも知れない。
だからこそガドルを見逃したのだ。ガドルはもっと強くなって帰ってくるだろう。もし誰かに倒されてもガドルを倒したリントが自分を笑顔にしてくれる、そう考えたのだ。
さて、このタイミングで青年が名簿を見ているのには先程のガドルとの遭遇が関係している。
前述の通り、青年は『究極の闇』を始めようとしていた。つまり、既にガドルはクウガに倒されている筈なのだ。
それだけではない。ガドル以外にも自身のベルトの破片を手に入れ自身を殺そうと目論んだものの返り討ちにしたズ・ゴオマ・グの名前も確認出来た。
これだけの異常事態があったからこそ最初の場での話を思い返したという事だ。
確か大ショッカーの話では死者の蘇生や過去の改竄が可能らしい。どれぐらいの力を持つかは知らないが自分達には想像の付かない技術で死んだ筈のガドルやゴオマを参加させた可能性は大いにあり得る。
自身に恐怖を与えたガイアメモリが存在を知った今ならそれを信じられる。
ならばこれからのゲゲルが非常に楽しみだ。最初の場ではクウガやそれに似た者達が自分達の様な者達と戦っている映像が流れていた。
他の世界にもクウガの様な者や自分の様な者もいるという事だ。当然、その中には自分に匹敵する力を持つ者もいるだろう。これまでの戦いがその証拠でもある。
そんな中、遠方に数人の集団が歩いているのが見えた。
「ねぇ……君達なら僕を笑顔にしてくれるのかな……?」
リントの言葉でそう口にする青年、彼の名はン・ダグバ・ゼバ、グロンギの頂点に君臨する王である。
6.世界――World
「小野寺……それは本当なのか……?」
「ええ、俺達が行った『剣(ブレイド)の世界』はさっき話した通りだけど……」
橘とヒビキはユウスケから大ショッカーの事や彼の旅した世界について聞いていた。
その中でも橘が特に気になったのは『剣の世界』の存在だ。ブレイドは橘の世界の仮面ライダー、その名を冠する世界である以上気になるのも道理だ。
しかし、それはある意味、橘の想像を絶するものだった。
アンデッドと戦うBOARDの仮面ライダーという構図こそ共通しているがその在りようは大幅に異なるものだった。
例えば橘の世界のBOARDは研究所であったがユウスケの訪れた世界のBOARDは大企業という風にだ。
レンゲルに関しても厳密に言えば橘の世界ではBOARDで作られたライダーシステムではない。そして何より――
「カリス……それにジョーカーに関する所が全然違うな……」
「え、それは一体……?」
ユウスケの訪れた世界のカリスはブレイド同様のライダーシステムで、ジョーカーは更にカリスが変身した人造アンデッドだった。
だが、橘の世界のカリス及びジョーカーはそうではない。
どの生物の始祖にも属さない最強のアンデッドジョーカーがハートのカテゴリーAマンティスアンデッドを封印したカードをラウズする事で変身した姿がカリスだったのだ。
そして、ジョーカーがハートのカテゴリー2ヒューマンアンデッドを封印したカードで変身したのが相川始である。
「ちょっと待ってくれ。それってつまり相川始はアンデッドって事か!?」
「その通りだ、奴がバトルファイトで優勝すれば世界が滅びる事になる……剣崎はアイツを信じているみたいだが……」
橘は剣崎一真ほど始を信用していない。それでも、最近の行動を見る限りある程度は信用しても良いと考えている。故に、先の情報交換の時には友好的な人物だと説明していたのだ。
アンデッドという事を今まで伏せていたのも下手に疑心を持たれない為である。
「だが、その始は世話になっている人達を守っているんだろ?」
「そうだ、それに今は人を襲っていないっていうなら信じても良いんじゃないか? 世界を滅ぼすって話も本当かどうかわからないんだ……それに、仮にそうだとしても何か方法はあるはずだ」
始がアンデッドなる異形の存在という話を聞いても2人は信じても良いと考えている。
ヒビキ自身が変身する鬼もまた異形の存在と言う事も出来る。現代ではそうではないが戦国時代では忌み嫌われていたという話がある。
嫌悪された鬼達が現代に至るまでに受け入れられたのは、永きに渡り彼等が人々を守ってきた事により人々が彼等を信じ受け入れる様になったからだ。
ならば、始が人々を守るのであればそれを信じるべきでは無いだろうか、ヒビキはそう思っている。
ユウスケも様々な世界を旅する中で人間と共存しているファンガイアやオルフェノク等と出会っている。それを知るからこそ始を信じる事が出来るのだ。
「それに今はアンデッドとか人間とか言っている場合じゃないだろう。大ショッカーをどうにかしなければそれこそ世界が滅ぶ事になる。それでユウスケ、士や大樹だったらどうにか出来るのか?」
「はい。士や海東なら俺よりももっと大ショッカーに詳しい筈です」
ユウスケにとって旅の仲間である門矢士、海東大樹はそれぞれディケイド、ディエンドと呼ばれる通りすがりの仮面ライダーだ。
数多の世界の仮面ライダーの力を使える彼等ならば数多の世界に干渉をかける大ショッカーに対抗出来る可能性はある。
そこまで都合良くはいかなくてもあの2人ならばユウスケよりも重要な事を知っている可能性はある。探してみる価値はあるだろう。
「それにしても……何故『剣の世界』なんだ? 『ギャレンの世界』じゃなく……」
「ああ、それは俺も思った。どうして『響鬼の世界』って呼ばれていたんだ? 別に俺の世界ってわけじゃないんだけどな……『威吹鬼の世界』や『斬鬼の世界』でも良いだろう……」
「俺は自分の世界が『クウガの世界』って言われても疑問には思わなかったけどな……ところで今何時かわかります?」
と、橘とヒビキが時計を確認する。
「もうすぐ5時か……」
「放送まで後1時間といった所か……ザンキさんにあきら、それに京介……無事でいろよ……」
7.笑顔――Smile
その最中、突如3人は不穏な気配を感じた。
「「「!?」」」
前方を見るとそこに白い服を着た青年がいた。気配の出所が彼なのは確実。
「お前……何者だ?」
そう言いながらも3人は決して警戒を解く事はない。
「僕? 僕はダグバ……リントの君達が僕を怖がらせてくれるのかい? それとも――」
そう言いながら青年ン・ダグバ・ゼバは姿を変えていく――
服の色と同じ――
白色の怪人へと――
「――笑顔にしてくれるのかい?」
まだ戦いは始まってはいない。それでもダグバから放たれる威圧感は相当なものだ。
それだけで3人は理解した。話し合うまでもない、目の前の相手はこの殺し合いに乗っている。
そして奴を放置すれば確実に人々が殺されるだろう。ならば答えは簡単だ。
「笑顔だと――冗談じゃない、俺が戦うのは世界中の人々を笑顔にする為だ! お前の為なんかじゃない!」
最初に動いたのはユウスケ――両手を腹部にかざす、すると腹部にアークルと呼ばれるベルトが出現する。
「そのベルト……まさか君も!?」
今まで穏やかな口調で話していたダグバが初めて驚愕した。それに構うことなく、
「変身!」
その言葉と共にユウスケの身体が赤色の戦士クウガの身体へと変化していく。
「やっぱり……そうか、君もクウガだったんだね……」
「『も』……まさかダグバ……お前はもう1人の……俺以外のクウガを知っているのか!?」
クウガが問いかける一方、ダグバは歓喜した。
別の世界にもクウガに匹敵するリントの戦士がいる事を期待していたが、まさか別のクウガがいたとは予想外だった。
無論、目の前のクウガが自分の知るクウガよりも大きく劣る可能性もある。
それでも今はこのゲゲルを楽しもうと思った。
「僕と戦ってくれたら教えてあげるよ、さぁやろうよ……僕達のゲゲルを」
「巫山戯るな……」
そう口では勇猛ではあっても内心では震えていた。ダグバは間違いなくこれまでに出会った相手の中でもトップクラスの強敵だ。
思えば最初に遭遇したカブトムシの未確認生命体。奴が口にしたクウガも自分とは違うもう1人のクウガだったのだろう。
その未確認の口ぶりだと、もう1人のクウガは自分よりもずっと強かったらしい。先程見たスクラップ記事の記述を踏まえても間違いないだろう。
だが、そのクウガでもその未確認には勝ててはいないらしい。
そして目の前のダグバは確実にカブトムシの未確認よりも強い。今の自分が戦って勝てるとは到底思えない。
だが――
「(姐さんは言ってくれた……世界中の人の笑顔の為だったらもっと強くなれるって……)」
脳裏に浮かぶのは自身をサポートしてくれた八代藍の言葉。それまでは彼女の笑顔の為だけに戦ってきたが、彼女の死後はその言葉を胸に様々な世界を旅し戦い続けてきた。
「(だから負けない――みんなの笑顔の為に――俺はコイツを――)」
8.英雄――Hero
ダグバの存在は彼等にとってあまりにも強烈だった。故に――
もう1つの脅威が迫っていた事に気が付かなかった――
東條悟が3人を見つけたのはほんの数分前だった。住宅街の建物の中で身を休めている時に偶然見かけたのだ。
先の戦いから既に2時間以上経過している。もうそろそろ再変身が可能だろう。そう考え3人を襲撃――
そう考えたもののそう簡単にはいかないと思った。
先の戦いで受けたダメージが完全回復したわけではない。
何より相手は3人だ。最悪3対1になれば勝てる道理は何処にもない。
ならば自身が一番得意とする戦法を使えばよい。
それは奇襲、隙を見せた所でリュウガの契約モンスターであるドラグブラッカーを差し向ければ良い。
上手く行けば先程と同様に参加者を1人仕留める事が出来るだろう。
故に東條は遠くから3人を尾行する事にしたのだ。もしも見つかった時は待避すれば良い話だ。
あまりにも消極的な話ではあったが手元にある残りの支給品2つは東條から見て武器と言えない。それを踏まえるならば無茶は禁物だ。
が、3人が東條の存在に気付く事はなかった。東條の尾行が上手かったという説もあったかも知れない。
そして何より、もう1人の人物――ダグバの存在と威圧感が東條の存在感と気配を覆い隠してしまったのだろう――
さて、東條が見ると3人は白服の青年と対峙していた。そして白服の青年は白の怪人へと姿を変えた。
白の怪人――ダグバから放たれる威圧感は離れている東條にも伝わってくる。しかしまだ逃げるわけにはいかない。
何よりダグバと対峙している3人は皆ダグバに気を取られている。この期を逃す理由はない。
今いる場所は住宅地、鏡の様に映るガラス等は周囲に幾らでもある。
故に東條はデッキを掲げドラグブラッカーを放った――
9.恐怖――Fear
本当に誰も気付けなかったのか?
否――実は1人だけ気付いた者がいた。
橘は目の前のダグバに恐怖していた。
過去に遭遇したどのアンデッドよりも強いのは確実、奴が本気を出せば自分達が全滅する可能性もある。
だからこそクウガに変身したユウスケ、音叉を構えるヒビキと違い動く事が出来なかった。
「(勝てるのか……俺達は……目の前の怪物に……?)」
橘の持つライダーシステムギャレンは強力な力である。しかしライダーシステムには1つの問題があった。
ブレイドやギャレンといったアンデッドの力を使う仮面ライダーの強さはアンデッドとの融合係数で決まる。
そしてその融合係数は装着者の資質や精神状態にも左右され、特に恐怖心を抱く事で融合係数は低下する。
更に問題なのは場合によっては恐怖心が増長するという問題点もある。
橘は長い間それに悩まされ続け、仮面ライダーとして思うように戦えず、あるアンデッドにそんな自分を利用された。
最終的にその恐怖を乗り越える事は出来たものの二度と取り戻す事の出来ない非常に大きな代償を払う事になった。
ふと橘は手元にある1枚のカードを見る――それは自身にとって因縁の深いカードだ。
「(そうだ……ここで恐怖に負けたらアイツは何の為に……)」
それでも一度感じた恐怖を消す事は簡単な事ではない。恐らく今の自分では十分な力を発揮する事は出来ないだろう。
ならば考えろ。勝てなくても良い、最悪この場を切り抜ける方法を――周囲を探って突破口を見つけるのだ。
幸運にもそれが迫る脅威の存在に気付かせてくれた。
そう、ガラスの中から漆黒の龍が自分達を狙っているのを見つける事が出来たのだ。
「来るぞっ!」
そう叫んだ瞬間、互いを注視していたクウガとヒビキそしてダグバは周囲を見回す。
その時だった。漆黒の龍ドラグブラッカーが自分達を喰らおうと飛び込んできたのは。4人の反応が早かったが故にドラグブラッカーの強襲は外れた――そしてそのまま戻ろうと――
「くっ、もう1人いたか!」
近くに殺し合いに乗った参加者がもう1人いる。もし、ダグバとの戦いを切り抜けられたとしても疲弊した所を襲撃されればその時点で自分達は終わりだ。
ならば誰かがその人物に対処しなければならないだろう。
「俺が奴を追う! ヒビキさん、小野寺! そいつは任せた!」
行くべき人物は自分だ。恐怖している状態では戦力的に足手纏い、それでももう1人の足止めぐらいは出来る筈だ。故に橘は漆黒の龍を放った者の追跡に入った。
10.狙撃――Sniping
「お、おい橘!」
漆黒の龍による奇襲と橘の迅速な行動にヒビキは驚いていた。
情けない話だが橘が気付かなければ自分達の内誰かが龍の餌になっていただろう。
奇襲に気付けなかったのはダグバの威圧感に圧されていたから?
いや、そんなのは言い訳にもなりはしない。現実に橘は気付いていたではないか。
結局の所まだまだ鍛え方が足りなかったという事だろう。ならば更に鍛えれば良いだけの話だ。
それよりも今すべき事はこの場をどうするかだ。その為にはまずは――
壁を叩く事で音叉を震わせ――
それを額に当てて震動を伝え――
鬼の紋章が出現すると共に自身の身体を炎が包み――
「ハッ!」
かけ声と共に炎を振り払った時、ヒビキの姿は鬼としての姿響鬼へと変化した――
「さて、橘を追うか、それとも目の前の……」
と、音撃棒を構えどうするか考えていた時――
横から何かが飛んでくる気配を察知した。
「!?」
響鬼の回避行動の方が早く銃弾は外れ壁に命中した。そして遠方に右手がライフルになっている青色の怪人を見つける。
「今のは……俺を狙ったのか?」
と、青色の怪人は響鬼を狙い何発も発砲をする。
「鬼の様なアギト……貴方の様な危険な存在を放置するわけにはいきません」
北條は東條の姿を見つけ近付いたものの再び彼を見失ってしまった。
だが近くにいるのは間違いないと思いカイザポインターを覗き捜索を続け――
偶然にも鬼の様なアギトに変化する人間を見つけたのだ。
わざわざこの状況でアギトに変身するという事は誰かを襲うという事、
夏海の悲劇を繰り返すわけにはいかない、故に北條はすぐさま、
――Trigger!!――
ガイアメモリをコネクターに挿入しトリガードーパントに変身した。
そしてすぐさま鬼のアギトを狙撃したという事だ。
それはまさしくガイアメモリの毒で増長したアギトを殲滅しなければならないという強迫概念だったのだろう。
不幸にも北條の立ち位置からは鬼のアギト以外の存在は確認出来なかった。故にトリガードーパントは只、鬼のアギトを狙い発砲したというわけだ。
「ユウスケや橘を助ける所じゃないな……」
このままダグバとの戦いに入った所でトリガードーパントの狙撃がある状況では自分達が生き残るのは厳しい。
何よりトリガードーパントの狙いは響鬼だ。ならば、響鬼自身が狙撃手を迅速に止め、その後ダグバへの対処に戻るのが最善の策だろう。
「ユウスケ、俺は狙撃した奴を追う。無理はするな!」
そう言って響鬼はトリガードーパントの方へと走り出した。
しかしトリガードーパントは響鬼の真意に気付かない。只、危険人物の矛先が自分に向けられたとしか思っていない。故に――
「どうやら私を仕留めるつもりですか? 良いでしょう返り討ちにしてあげますよ」
トリガードーパントもまた臨戦態勢に入った――
アギトに対する恐怖によりガイアメモリの毒を加速度的に進行させながら――
11.朔也――Garren
ダグバ達のいる場所から数十メートル離れた地点、橘は東條を見つける事が出来た。ちなみに既に漆黒の龍の姿は消えている。
「さっきの龍はお前の仕業か?」
「うん、君が気付かなかったら誰か殺せたんだけどね。あの子……確か夏海って呼ばれていたかな……彼女みたいにね」
橘の問いにあっけからんと東條は答える。
「夏海……まさか小野寺の……」
奇しくもユウスケの仲間の夏海の消息を知る事が出来た。だがそれは既にこの世にはいないという最悪の結果だ。
「お前……乗っているのか?」
「そうだよ、英雄になる為にね」
『英雄』――そのフレーズを聞いた橘の頭には疑問符しか浮かばなかった。
「お前は何を言っている? 何故、人を殺して英雄になれるんだ?」
そう、東條のやろうとした事は英雄とは全く真逆の行為だ。
勿論、悪人を仕留めたならば英雄と言えるだろう。しかし東條の仕留めた夏海は善良な人間だと聞いている。
「大体、お前が殺した夏海は悪い奴じゃ……」
「知っているよ。多分彼女は良い子だったんだと思う……」
またしても意外な返事が飛び出した。
「でも仕方が無い事なんだ。英雄になる為には大切な人を犠牲にしなきゃならないんだ……」
その言葉を聞いた橘の表情が強ばっていく。
「本気で言っているのか?」
「仲村君に佐野君……それに先生……みんな僕にとって大切な人だった……苦しかった……だけど、英雄は苦しいものだから仕方がないんだ……」
東條が口にした人物が誰かは知らない。しかし、彼等が東條にとって大事な人であり、同時に東條自身が手にかけたのは間違いない。
「だから僕が英雄になる為に君も犠せ……」
「……戯るな」
「いに……?」
先程までと違い橘の言葉に強い感情が込められている。それ故に東條は思わず口を止めてしまう。
「巫山戯るな……お前が何人大切な人を犠牲にしようが英雄になんてなれない! 絶対にだ!」
「君も剣崎君と似た様な事言うんだね」
思わぬ所で仲間の消息を聞く事が出来た。しかし恐らく剣崎と東條は戦う事となっただろう。
「剣崎に会ったのか? ……その様子だと剣崎とも戦ったんだろうな。それでお前がここにいるという事は……」
「いや、残念だけど彼を殺す事はできなかったよ。でももう死んでいると思うよ」
「どういう事だ?」
東條は病院での戦いで矢車に倒され気を失っていた。しかし意識を取り戻した時に矢車達の会話から、もう1人の襲撃者を足止めする為に剣崎が犠牲になった事は推測出来た。
「詳しくは知らないけど病院に誰かが襲ってきたみたい……それで剣崎君はそれを足止めする為に残ったらしいけど」
「何、病院だと……名護達が……」
「あれ? 君の仲間が向かったんだ。気を付けた方がいいよ、あの辺りには僕が契約していたモンスターもいるからね」
「いや、名護達がそう簡単にやられるわけもないか……それよりも……剣崎が犠牲になったのに何も思わないのか!?」
「本当に馬鹿だと思うよ。英雄になる前に死んでも何の意味も無いのにね」
剣崎の命を賭した行動を馬鹿だと嘲笑う東條であったが。
「いや、剣崎は英雄だ……もっとも、それを聞いて喜ぶ様な奴じゃないが」
「何を言っているの? 彼は犠牲にする勇気を持たなかったんだよ、彼が英雄なわけが……」
「わからないだろうな……大切な人を犠牲にすれば英雄になれると勘違いしているお前にはな」
「勘違いだって? 先生が言っていたんだ、犠牲に出来る勇気を持つのが英雄だって……」
「勘違いの原因はその先生か? とんでもない奴だな」
「先生を侮辱しないで、先生は世界を救う為なら家族だって犠牲に出来る人なんだ!」
世界を救う為に家族を犠牲にする――最大公約数的に言えば99を救う為に1を殺すという意味だろう。
それ自体は橘から見ても必ずしも間違っているとは思わない。
何故なら、自分の世界でもジョーカーである始の封印という問題が付いて回っているからだ。
始を封印すれば世界は救われる、だがジョーカーの正体を知らずに始を慕う栗原親子が悲しむ事だけは確実だ。
今はまだ良くても何れは世界を救う為に栗原親子の想いを犠牲にする時が来るかも知れない。
故に、先生こと香川英行の言葉自体はある意味では正しい――
だが、それは決して犠牲を出して良いという免罪符にはなり得ない――
剣崎が始を封印しないのは結局の所、栗原親子の想いも世界も救えると信じているからだ。
それで誰も救えなければ意味はないが、犠牲が無いにこした事はない。
そう、99を救い同時に1すらも救う事こそが理想なのだ――
無論、それは甘すぎる幻想に過ぎない。だからこそ最低限の犠牲は必要という事になるが、少なく出来るのならばそれに越した事はない。
橘は理解した。東條は香川の言動を自分に都合が良い風に曲解しているという事に。
その一方で今でも東條は香川を尊敬している事から考えそれは絶対なのだろう。
自身に都合良く歪めた香川の言葉を――
恐らく、生半可な説得が通用する相手ではない。故に最早これ以上の口論に意味はない。
「……お前に何を言っても通じないだろうな」
橘はAのカードをセットしたギャレンバックルを腹部に当てる。するとバックルからカード状のベルトが展開され橘に巻かれる。
「そうだね、英雄を理解出来ない君も死んで貰うよ、僕が英雄になる為に……変身」
東條も横のガラスに自身を映しデッキを掲げVバックルを出現させ自身に装着させそこにデッキを挿入する。
そして全身に黒と銀の甲冑を纏い仮面ライダーリュウガへの変身を完了した。
すぐさま左腕に装備されているブラックドラグバイザーに1枚のカードを挿入し、
──STRIKE VENT──
右手にドラグクローを装着し橘に仕掛けようとする。相手はまだ変身前、その前に仕留める事も可能な筈だ。
だが、東條は橘の言葉で感情的になっていたが故に致命的な事を失念していた。橘が巻いているバックルが剣崎のそれと酷似している事を。
そう、病院での戦いで剣崎が変身した時の事を――
「変身」
──TURN UP──
バックルのダイヤを回転させる。するとクワガタが描かれた青い壁が出現し、その壁に真正面からぶつかりリュウガは吹っ飛ばされる。
そして橘はその壁を通過し全身に赤と銀の甲冑を纏い仮面ライダーギャレンへの変身を完了した。
「(俺の手にあるカードは8枚、戦うには十分だ――)」
手元にあるラウズカードはA~6に9、そして――
「(しかし、アブゾーバーもカテゴリーQも奪っておきながら……)」
何故、橘は東條の言葉にここまで怒りを覚えていたのだろうか?
単純に誰かを犠牲にする事が許せなかったからか?
自身を犠牲にしてまで人々を守ったであろう剣崎の事を侮辱されたからか?
それもあるかもしれない――だが、橘にとって重要な理由が別に存在していた――
「(カテゴリーJ、伊坂のカードがあるのは何の冗談だ――)」
先程も触れた通り、橘は恐怖心により戦えなくなり、それを振り払おうと力を欲するあまりそれをアンデッドに利用された時期があった。
そう、カテゴリーJのアンデッド伊坂によって――
前述の通り、最終的に恐怖心を乗り越え伊坂を封印する事が出来た。だがそれを成し遂げる事ができたのは橘にとって最愛の人物である深澤小夜子が伊坂によって殺されたからだ。
それだけではない。伊坂封印後、橘は一時期ギャレンを捨てようとした。
しかし、彼が再びギャレンとなったのはこれまた橘にとって大事な先輩であった桐生豪がカテゴリーAの邪悪な意志によって暴走したからだ。何とか彼を止める事が出来たものの、結局桐生を死なせる結果となった。
そんな桐生が何故か参加者に名を連ねているが敢えてこの場では触れない。
つまり、橘が仮面ライダーとして戦える様になったのは小夜子と桐生の犠牲があったからだ。
2人の犠牲があったからこそ橘は英雄とも言える仮面ライダーになれたと言って良い。
だが、橘がそれを誇らしく思うわけもない。2人を犠牲にして嬉しく思うわけもない。死なせたくなかったと思うだろう。
2人を犠牲にしてまで仮面ライダーになどなりたくなかっただろう。
故に大切な人を当然の事の様に平然と犠牲にする東條が許せなかったのだ。
彼の言動は自分の為に死んでいった小夜子や桐生に対する冒涜だ。
人々を守るだけではない、剣崎や桐生、そして小夜子の為にも東條を止めなければならない。
「(だが、今はそれでも構わん――)」
皮肉な話だが、東條への怒りがダグバに対する恐怖を払拭してくれた。故に十分にギャレンの力を引き出す事が出来る。
「お前が自身を英雄だと言うのなら――俺を倒してみろ」
「言われなくても……」
最終更新:2011年06月28日 23:46