落ちた偶像 ~fool's festival~ ◆7pf62HiyTE
無惨に惨殺された園田真理を救う――
その為には自分の世界、いや自身が最後まで勝ち残る以外に手はない――
故に他者は全て利用すべき手駒あるいは邪魔な敵でしかない――
が、置かれている状況は決して芳しいと言えるものではない。
自身の持つカイザを凌駕しかねない参加者が数多く存在し、自在に変身すら出来ない状況、当面は徒党を組む必要がある。
今現在同行しているメンバーは五代雄介、フィリップ、海東大樹、そして秋山蓮の4人。
見定めねばならない、草加雅人にとって使える手駒かどうかを――
「(まず五代、コイツは何の問題もない。純粋な程善良でフィリップを襲った俺を無事に説得出来たと思っている……甘過ぎるが俺にとっては都合が良い)」
と、後方で蓮を気遣いながら進む五代に視線を向けた。
五代は殺し合いに乗っている蓮に対しても気遣いを見せている。
更に彼が変身したクウガの力の強大さは先の戦いでも把握済み。
敵には回したくはないが、現状ではその心配は無いだろう。
「(だが、秋山……奴は使えない。殺し合いに乗っているという事もそうだが……コイツは乾巧と同じタイプの男だ)」
そう思いながら2人から視線を外す。
草加は蓮の姿に元の世界の一応の仲間(草加にとっては非情に不本意ではあるが)乾巧を彷彿とさせた。
巧は彼自身と同じ様に戦える草加を真理達の様に受け入れようとせず一方的に拒絶し反発した。
草加にとって自身を受け入れない存在など邪魔者以外の何者でもない。
そして蓮の言動及び態度を見た限り巧に近いタイプと感じた。
殺し合いに乗っていたであろう事も踏まえ、蓮の存在は下手すれば自分の計画の障害になりうる。
もっとも彼の持つ仮面ライダーナイトに変身する力を与えるカードデッキ、
そして仮面ライダーエターナルに変身する力を与えるガイアメモリは密かに手中に収めている。
故に今の蓮は盾程度の役割しかないという事だ。
場合によってはカイザギアを貸して戦わせれば良いだろう。
「(フィリップは理屈っぽい所はあるが概ね五代と同じタイプだ。ボロさえ出さなければ特別問題はない。せいぜい俺の為に働いてくれ)」
続いて前方で海東と共に進むフィリップに視線を向ける。
フィリップに関しては五代に近い善人だろう。真理を失った自分を気遣ってくれている部分からもそれは明らかだ。
が、五代とは違い理論的に事を進める所が見受けられる為、五代程信頼を置くわけにはいかない。
加えて、仕方がない部分があったとはいえ出会い頭に襲撃したのが痛い。恐らく今もある程度警戒をしているだろう。
とはいえそれは自業自得による部分もある為、ある程度は仕方のない話ではあったが。
それでも逆に理論的であり本質が五代と同じタイプであるならば、ボロを出さない限りは問題はないだろう。
そういう相手に取り入る事は慣れている。今はその知識を最大限に利用させて貰う所だ。
「(問題は奴だ。海東大樹……この男一体何を考えている?)」
視線の矛先は海東に向く。
他の3人と違い未だ推し量りきれなかった。
殺し合いを止める側にはいるが、人々を守るというよりは奴自身が殺し合いが気に入らないからそうしているだけの様に見える。
奴のスタンスなどどうだって良いが本心が見えないと此方としても対応が取りづらい。
いや、実の所それだけならまだ良い。
問題は海東という男が自分――いや、五代やフィリップにすら明かしていない情報があるという事だ。
最初に交戦した時点で海東はカイザ及びライダーズギアの事を把握していた。
が、それ以上に『帝王のベルト』なる存在を口にしていた。しかし草加の知る限りベルトはカイザ、ファイズ、デルタの3本だけ。
そして3本の何れも『帝王のベルト』に属するものではないという事はその全てを使った草加自身が身を以て理解している。
詳しくは知らないし別の世界がどうなっているかにそこまで関心がない為、話題に出た時は流したがどうも海東は前に『草加達の知るカイザとは別のカイザの世界』に行った事があるらしい。
重要なのは『カイザの世界』の情報を持っているという事だ。自身が明かしていない重要な情報を握られているとなれば情報面での優位が消えるのは言うまでもない。
例えばカイザのベルトの秘密が明かされれば少々面倒な事になる。
勿論、今の所奴がそれを明かす様子はない。とはいえ、見透かされているというのは気に入らない。
切り札を隠し持っている可能性も踏まえ、一番警戒すべきはこの男だろう。
「(後は俺の世界の連中か――)」
当面の同行者についてはひとまずこれで良いだろう。
次に考えるべきは自身の世界の参加者に関してだ。一応ルール的には仲間という事になっている。
が、少なくても木場勇治、海堂直也、村上峡児といった3人のオルフェノクに関しては全く仲間だとは思っておらず、何処かで野垂れ死んでくれれば良いと考えている。
とはいえ、人の心を失った怪物である彼等が都合良く他の世界の連中を潰してくれるという意味では一応役には立つ。
もっとも、ベルトを手に入れる為に自分達を襲う可能性も否定出来ないわけだが。
ファイズのベルトを持つ巧については前述の通り受け入れがたい存在ではあるがその実力だけは信頼に値する。
前述の3人に襲われた所で今更ベルトを奪われる様なヘマもしないだろう。
だが、奴もまたオルフェノク。人の心を持ったオルフェノク等という馬鹿げた事を抜かしオルフェノク同士馴れ合う唾棄すべき存在だ。
それなのに――
「(何故、真理はわかってくれなかった――)」
だが、真理はそんな巧を受け入れたのだ。
いや、真理だけではない菊地啓太郎や三原修二に阿部里奈ですらも受け入れたのだ。
思えば、木村沙耶が巧にデルタギアを託そうとしていたらしいという話もあった。
草加自身はそんな事は絶対に有り得ない、奴の馬鹿げた思い込みだと断じていたわけだが真意は最早誰にもわからない。
無論、木場勇治、海堂直也といったオルフェノクとも馴れ合っていた。
奴は人当たりの悪く口下手さも目立っていた。更に言えば草加自身が仲間を作らない様に根回ししていたのにも関わらずだ。
草加にはそれが理解出来なかった。何故あの男がああいう風に受け入れられるのか?
何にせよ、オルフェノクである奴を認めるつもりは全く無い。戦力の都合もある故、当面は何時もの様に奴を信頼するなと触れ込む事は控えた方が良いだろうが、機会さえ訪れるならばあるいは――
「(後は三原か――)」
そして三原だ。最初は戦う事を拒否していたが最近はやる気になっている。
更に彼は生き残った流星塾の仲間でもある。言うなればこの地における信頼の置ける唯一の仲間と言ってもよい。
だが、彼は単純なスペックなら3つのベルトの中でも最強である筈のデルタの能力を十二分に引き出しているとは言い難い。
正直な所、ラッキークローバーの北崎辺りが使っていた頃の方がずっと強いと言わざるを得ず、自分が使った方がまだマシな様な気すらする(とはいえ、カイザの方が使いやすいという実感もあるので三原に譲渡したわけだが)。
つまり、三原の場合は戦闘力の乏しさが問題となる。下手すれば既に敗れ去っている可能性だって否定出来ない。
敗れ去るだけならばまだ良い。むしろ重要なのは彼の持つデルタギアが奪われ利用される恐れがある事だ。
他の2つと違いデルタギアは使用する『だけ』ならば誰にでも出来る。不適合者ならば危険人物になるわけだが敵の手に渡った時点で自分からみれば大差はない。
カイザ以上のスペックを持つデルタが敵に回る事が問題なのだ。厄介な敵を増やす事は避けるべき、それをされる位ならば自分が使った方がまだマシだ。
「(とはいえ、三原を遊ばせるのも良くはないか……しかしどうしたものか……待てよ)」
ここでふと草加はある事に気が付く。
デルタギアを巡って流星塾の仲間達が醜い争いを繰り広げていた。
その原因はデルタギアの不適合者であったが故に精神が変調したからであり、彼等は変身解除しても残留するパワーを駆使し牙を向けてきた。
だが、オルフェノクや自分の様な適合者は使った所で全く影響はなく、パワーが残留するという事もなかった。
では三原はどうなのか? 結論から言えば三原は良くも悪くも全く影響を受けなかった。
これは三原の精神が強かったからなのか? いや、すぐに逃げ出す様な三原が精神の強い人間とは言えないだろう。
恐らくは――自分同様ベルトに適合する肉体――そういう事なのだろう。
つまり――三原ならばファイズやカイザのベルトを問題なく使える可能性があるという事だ。
そう、デルタのベルトを自分が使い、カイザのベルトを三原に使わせるという事を考えたのだ――が、
「(……いや、幾ら何でもカイザのベルトを好き好んで使うわけもないか)」
この仮説はあくまでも可能性に過ぎない。ファイズのベルトならば弾かれるだけなので問題はないが、カイザのベルトはそうはいかない。
唯一とも言うべき元の世界の仲間である以上、そこまでリスクの高い事はさせられない。
「(カイザを使わせるかはともかく、どちらにしてもデルタは手元に置いておくべきだな……)」
実は三原に関してはもう1つ問題がある。
三原は良くも悪くも自分について把握している人物だ。
下手をすれば自分にとって都合の悪い情報を振りまいている可能性もあるだろう。
特に真理が死んだ事が解れば、自分が優勝狙いに切り替える可能性に容易に予想出来る筈だ。
そうなると後々動きにくくなる事は言うまでもない。
三原も優勝狙いになってくれるならそういう心配はないだろうが、彼の性格や実力から考えてそれはまず有り得ない。せいぜい生き残る為に必死になるだけだろう。
何にせよ、三原が自分に都合の悪い事をする前に合流は目指した方が良いだろう。合流さえ出来れば幾らでもやりようはある。
「(全く、頭が痛い話だ……)」
考えれば考える程頭の痛い話であり、本当に刺す様な痛みすら感じる。
「あの草加さん。大丈夫ですか?」
と、頭を抱える草加を心配してか五代が声を掛ける。
「ああ、別に何でもない。それより、秋山の方を見張っていてくれないか」
そう何事も無かったかの様に返す草加だった。
何にせよ此処までの話は机上の空論でもある。今は目先の事に集中すべきだ。
合流出来るか解らない同郷者よりも、目先の同行者に対する警戒の方が重要だ。
故に再び海東へと視線を向けた。
「(秋山蓮を警戒するとみせかけて――僕を警戒する、まぁ当然かな)」
その海東は草加が自身を警戒している事に気付いていた。
変身出来ない蓮とフィリップはさほど警戒すべき対象ではなく。強大な力を持つクウガとはいえお人好しで善良な五代もそこまで問題にはなり得ない。
となれば、客観的に見ても真意を悟られにくく底が読めない自分を警戒するのは当然の帰結だろう。
もっとも、それは常日頃から門矢士から何を企んでいるのかと言われている自分にとっては何時もの事なので別段気にしていない。
「(でも、それはお互い様だ。君が簡単に園田真理の蘇生――優勝を諦めているとは思っていない。今はともかく何れは僕達を出し抜くつもりなのは解っているよ)」
一方で海東自身、草加が未だ優勝を狙っていると考えていた。
フィリップを襲った時の態度と言動から、彼が真理1人の為に優勝を目指していたのは明白。その態度から察するに恋人か何かだったのだろう。
言ってしまえば五代にとっての『人々の笑顔』、自身にとっての『お宝』に匹敵する程大切なものだろう。
真面目な話、安っぽい説得等では止める事など不可能だ。
しかし、あの時自分達が介入した事で引き下が――いや、改心した素振りを見せた、それも恐ろしい程あっさりと。
それが些か奇妙に思えたのだ。そうそう簡単に大切なものを取り戻すのを諦めるだろうか? 少なくても自分だったら諦めたりはしない。
むしろあの状況では、下手に戦ったところで返り討ちに遭う、ならば隙が出来るまで待つのが得策だと考えるだろう。
その為に警戒心を解く為に自分達に協力する素振りを見せる。少なくても以後の彼はずっとそういう動きを見せていた。
そして都合良く優勝を目指していたであろう蓮が現れ、彼に対し警戒心を向ける様にし向ける。
そうする事により草加自身に向けられる注意が幾らか逸れ、動きやすくするという寸法だ。
もしかしたら既に他にも何か仕掛けられている可能性もあるだろう。
「(ここまでの事は恐らくフィリップも気付いている筈、クウガ……五代雄介が気付いているかは正直微妙だけどね)」
フィリップは未だ草加に対し完全に警戒を解いていない。襲われた事もあるわけだが、彼程の洞察力ならばある程度は見抜ける筈だ。
五代に関しては解らない。洞察力に関しては海東自身の知るクウガである小野寺ユウスケよりもずっと秀でている為、気付けない事もない。
だが、彼の場合は草加自身の悪意よりも深い悲しみの方に配慮するだろう。悪意を見落とすか、悪意を察してなお気遣おうとするか、そこまではわからないわけだが。
「(問題は今の段階では何の問題も無いという事だ。流石にこの状況でボロを出すわけもないしね)」
此処までの仮説は只の推測に過ぎず決定的な証拠に欠ける。
少なくても彼の言動そのものは状況を見る限りでは概ね問題が見られないからだ。
今の段階で追求した所で容易に切り抜けられてしまうだろう。
「(オルフェノクに対する敵対心が気にならないでもないけど……ただそれにしてもね)」
草加は木場、海堂、村上の3人を人間に危害を加える怪物オルフェノクだと断じていた。
海東自身も行った事のある555の世界を踏まえて考えても、そことは違うとはいえ555の世界の出身である草加がそういう態度を取る事に疑問は無い。
だが、彼は巧に関しては信頼出来ると語っていた。
五代雄介が海東の知るクウガ小野寺ユウスケと同じ様にクウガであった事を踏まえるならば、
乾巧が海東の知るファイズ尾上タクミ同様ファイズである可能性は高い。
そしてそれを踏まえるならば乾巧もまた尾上タクミ同様オルフェノクである可能性が高い。
しかし草加は何故かそれに触れず、信頼出来ると語った。
草加は巧がオルフェノクである事を知らないのか? 知っているけど他のオルフェノクとは違うと考えているのか?
それとも知っているけど自分達に対しては何かしらの思惑から伏せているのか? もしくはオルフェノクでは無いのか?
「(ま、これに関しては正直どっちでも構わないけどね。それよりも……)」
草加にばかり警戒を続けるわけにはいかない。他にも気になる事はある。
その中でも気になるのは真理を殺した白い怪物だ。フィリップや草加達には語ってはいないものの実は海東はその正体をある程度推測出来ていた。
「(この怪物のバックルは仮面ライダーカリスのものに似ている……そこから考えてこの怪物はブレイドの世界に関係する者だと考えて良い)」
ブレイドの世界の仮面ライダーカリス、そのバックルと白い怪物のバックルが酷似していた事から白い怪物がブレイドの世界の者だと考えていた。
ちなみにいえば、白い怪物はむしろブレイドの世界で遭遇したジョーカーの色違いという方が正確ではあるものの、海東自身がジョーカーと遭遇していない為、そこまで把握は出来ていない。
さて、白い怪物がブレイド世界に関係があるのであればその正体はまずブレイド世界からの参加者だろう。
名簿に記載されていた名前と配置から判断してブレイド世界の関係者は剣崎一真ら6人、恐らくは彼等の内の誰かと考えて良いだろう。
しかし、ここまで解っていながら何故それを語らないのか? 証拠としては弱いからか? 確かにそれもあるだろう。
だがむしろ重要なのはブレイド世界からの参加者の中に海東にとって見逃してはならない名前があったのだ。
「(志村純一……兄さんと同じ名前を持つ男……か……)」
海東大樹には海東純一という兄がいる。海東純一は海東大樹のいた世界にて仮面ライダーグレイブとして戦っている。
その世界はフォーティーン及びローチによって支配されており海東純一は彼等に操られる事となった。
海東大樹は大ショッカーからディエンドライバーを奪いディエンドとなり兄を取り戻そうとしたが、操られていた筈の海東純一の真の目的こそが世界を支配する事だった。
最終的には戦いにはなったものの互いにトドメを刺す事はなく何とか収まったわけではあるが――
さて、今更な話ではあるがその世界のグレイブ、ランス、ラルクのベルトはブレイドの世界のベルト、特にレンゲルに近い構造をしている。
更に言えばローチの姿は白い怪物をどことなく彷彿とするものだ。
それらから考えて海東兄弟の世界とブレイドの世界が似ている事がわかる。その流れを見れば『純一』の名を持つ者がブレイド世界にいる事自体は不思議でも何でもない。
そしてユウスケ達の例から考え、志村純一が海東純一に相当する存在である事が推察出来る。
言うなれば彼はもう1人の仮面ライダーグレイブとも言える。
「(ユウスケも五代雄介も『笑顔』の為に戦っていた……それから考えて、兄さんと同じ名前を持つこの男の目的は……)」
前述の通り、海東純一の最終目的は世界を支配する事だった。ユウスケ達の例を考えるのであれば志村純一の最終目的が同じものである可能性は決して否定出来ない。
「(……いや、今はまだ結論を出すべきではないか)」
が、所詮これは推測レベルの話でしかない。懸念はあるものの現状これ以上考えても仕方の無い事だ。
とはいえ『純一』という名前はどうしても気になる。もしかしたら白い怪物の正体に関係している可能性も否定出来ない。
本来ならばそれを今すぐにでも語るべきかも知れない。だが、海東はそれを語らない。
もしかしたら、遠い世界にいる『兄』に対する複雑な感情があったのかも知れない。
「(どちらにしてもやるべき事は変わらない。そう、僕は『お宝』を手に入れる、そして守るだけだ)」
◆
色々話し合った結果、5人はE-6にある警察署を経由しE-4にある病院に向かう事にした。
大ショッカー打倒の為には仲間を集め戦力を整える必要がある。
故に、参加者の集いやすい警察署、そして病院に向かう事にしたのだ。
なお、そのルート取りとしてはDエリアを横断する道路を通る事にした。
理由としては鳴海亜樹子がいるであろう東京タワーにある程度の気を回せるからだ。
一応先程の手紙には東京タワーに来るなとあった。
彼女を信じてはいないわけではないが、いざという時に助けに動ける用意はしておいた方が良い。
その為、臨機応変に対応すべく以上のルートを取る事にしたのだ。
そしてD-7を横断する中――雷鳴の轟く音が耳に飛び込んできた。
「雷?」
遠方を見ると東京タワーの近くに稲光が炸裂するのが見える。数秒遅れた後に音も響いている。
晴れている筈なのに――奇妙な現象だと誰もが考える。
だが、1人だけは違った。
「まさか……ウェザードーパント井坂深紅郎か?」
フィリップはその雷を起こしている人物が気象の記憶が内包されたウェザーメモリ、その持ち主である井坂深紅郎であると考えていた。
「まずい……幾ら亜樹ちゃんの仲間が強い人物であったとしても井坂が相手では……」
フィリップの表情に焦りが現れる。
雷の起こっている場所は亜樹子達がいるであろう東京タワーのすぐ近く、彼女がその攻撃に遭っている可能性は非情に高い。
それでなくても近くに危険人物がいる事だけは確実だ。
井坂の変身したウェザードーパントの戦闘能力は絶大。通常のWやアクセルの力ではまず太刀打ち出来ない。余程の実力者じゃなければ対抗は不可能だ。
故に、亜樹子達に危機が迫っているという事だ。
「(どうする……)」
幾ら東京タワーに向かうなと言えど、相手が井坂ならば話は別だ。
生半可な戦力ならば一方的に蹂躙されるだけ、早急に助けに向かうべきだろう。
亜樹子以外の人物が襲われている可能性もある。何れにしても他者の危機を見過ごす事など論外だ。
だが、現在位置のD-7から戦場となっているD-5までは少し遠い、負傷者もいる5人が纏まって向かった所で間に合う筈がない。
それ以前に戦闘力を持たない蓮を連れて行く事は愚行以外の何物でもない。
となると本来ならチームを分割するべきではないものの1~2人だけを先行させるのが得策だろう。それでも距離から考えて戦いに間に合うとも思えないわけだが全員で向かうよりはマシだろう。
「(それでも井坂が相手では……)」
井坂を撃退するにはツインマキシマムクラス以上の火力、あるいはトライアルで限界を超えた速度による連続攻撃を叩き込むしかない。
果たしてディエンドとクウガ、そしてカイザにそれが可能なのだろうか?
左翔太郎さえ近くにいればW、それもエクストリームの力で強化変身したサイクロンジョーカーエクストリームになれるわけだが彼がいない以上それは不可能だ。
それにここで誰かを残した事がミスに繋がる恐れもある。故に草加と蓮の両名に目を光らせる者は必要だ。
頭を悩ませるフィリップを余所に、
「フィリップ君、俺が……」
フィリップの心中を察した五代が自分が向かうと言い出そうとしたが、
「いや、タワーには僕とフィリップが向かう。クウガ、君は2人と一緒に向かってくれたまえ」
海東がそう口を挟む。だが、それに異を唱える人物がいた。
「フィリップ君を向かわせるのは危ないんじゃないのかな?」
草加がフィリップを連れて行く事については反論する。
なお、これはフィリップを気遣っての言葉ではない。現状で一番やりにくい相手である海東だけを向かわせた方が色々都合が良いと考えたのだ。
「いや、もしあそこにいるのがフィリップの知り合いならばフィリップがいた方が色々話を通しやすいし色々対策も取れる」
が、問題の場所にいるのが井坂及び亜樹子ならばフィリップがいる場合、知る相手という事で場を収める事が容易になる可能性が出る。
「海東大樹、井坂は強敵だ。ディエンドの力で太刀打ち出来るかは……」
フィリップとしては海東の申し出は願ってもない話だ。だが、井坂が相手である以上、海東が仕留められる可能性も否定出来ない。
故に向かいたいという感情を抑えつつ、敗退する懸念を口にするが、
「先程、クウガから受け取ったカードもあるから最低限僕達が無事に離脱する程度の自信はある。勿論、無理強いをするつもりはないけど、どうかな?」
そう海東は返した。それに対しフィリップは、
「……わかった。それなら今すぐに向かおう」
と、海東の提案を受け入れた。
「それじゃクウガ、2人の事は頼んだよ」
「わかりました。俺達も後から向かいますから」
そう五代が言い切る前に海東とフィリップは走り出していた。
「……それで本当に海東を行かせて良かったのか?」
これまで口を挟まなかった蓮がそう口にする。
「どういう意味かな?」
「例のファンガイアとの戦いでのダメージを考えれば草加が向かうべきじゃなかったのか?」
実の所、蓮の言い分自体は理に適っている。
先程のファンガイアの戦いにより五代、蓮、海東は大なり小なり疲弊している。
それを踏まえるならば疲弊していなくてなおかつ戦闘能力を有する草加を向かわせる方が得策だろう。
無論、それ自体は草加自身も理解している。
だが、草加は自分自身が向かうつもりは全く無く、海東か五代のどちらかあるいは両方が向かえば良いと考えていた。
とはいえ露骨な事は出来ない故に、あまり大きく口にはしなかったわけだが。
「俺もその方が良いと考えていたさ。だが海東君とフィリップ君の意見も尊重すべきだとも思った。あの2人は俺よりも頭が切れるみたいだからね」
が、表向きには『自分が向かうつもりだったが、海東とフィリップが強く言ったから言わなかった』という風に見せる。
「ま、俺は誰が行こうが構わないがな。そういえば五代、あの戦いでダメージを受けた割には俺や海東よりも調子良さそうだが?」
草加の思惑を余所に蓮は五代の状態が自分達よりも良さそうな事について疑問をぶつける。
「ああ、だって俺クウガだから」
五代はそう笑顔で答えた。
「答えになってないな……クウガだから傷の治りが早いっていうのか?」
「ええ、まぁそんな所です」
◆
時刻にして5時45分を過ぎた頃、雷鳴の轟いた場所であるD-5のT字路に2人は到着した。
出来るだけ早く移動したつもりだったが雷は何時しか止んでおりそれどころか辿り着く頃には戦いの音すら聞こえなくなっていた。
D-7からD-5までの距離故に時間がかかってしまったという事だ。
そして、その場所で――
「亜樹ちゃん……僕は……」
フィリップは現場に残されていた亜樹子のスリッパを見つけ項垂れていた。
スリッパの存在が意味するのは亜樹子がこの場所にいた可能性が非情に高いという事。
もしかしたら既に彼女は井坂によって死体も残らない程に惨殺されたかも知れない。
手紙の言葉を鵜呑みにせずにすぐさまタワーに向かうべきだったのかもしれない。
そういう自責の念にかられなくもない。
「落ち着きたまえフィリップ、そのスリッパが彼女のものであったとしても此処にいた決定的な証拠にはなり得ない」
落ち込むフィリップに対し海東が口を出す。
確かにスリッパが別の参加者に支給された可能性もある故有り得ない話ではない。
とはいえ、どちらにしても誰かが犠牲になったかもしれない以上素直に喜べるわけもないわけだが。
「それに仮にこの場にいたとしても何とか逃げ出した可能性もある」
「そうだ、亜樹ちゃんの事だからきっと……」
そう言って更に周囲を見渡す。そして、
「……これは?」
何かの黒い箱の破片を見つけた。
「興味深い……が、これは一体何なんだ?」
何時もならば嬉々として調査する所ではあるが、今回は状況が状況故にそこまで喜んではいられない。
「それと同じ様なものなら僕もあそこで見つけたよ」
と、海東が少し離れた場所に黒い箱の破片を見つけた事を話す。同じ黒とはいえ微妙に色合いが違っている。
「恐らくこれは龍騎の世界に存在するカードデッキ、その破片だね」
「龍騎の世界?」
「城戸真司と秋山蓮のいる世界といえばわかるかな?」
「前々から気になっていた事だが、何故君は他の世界の事にそこまで詳しいんだ?」
「お宝を求めて色々な世界を旅してきたから……と、それよりもそのカードデッキを使えば仮面ライダーに変身出来る。鏡か何かに翳す事で現れるベルトに挿入することでね」
「鏡に翳す事で現れるベルト……実に興味深い」
と、周囲を見渡し鏡か何かを探す。
「いや、そこまで壊れていたらもう使えないよ」
「仕方な……!」
そんな中、見つけたロードミラーに蟹の怪物が映っているのが見えた。
「これは……」
「仮面ライダーシザースの契約モンスターか、どうやら片方はシザースのデッキの様だ」
「契約?」
「ああ、言い忘れていたがそのカードデッキはモンスターと契約しなければ力を発揮しない」
「……待ってくれ、デッキが破壊されたという事は」
「契約は解除されモンスターは無差別に人を襲うだろうね。もっとも、基本的に鏡の中にしかいられないわけだけど……」
何時鏡から出てくるかは不明瞭故に放置するわけにはいかない。とはいえ鏡の中に対し攻撃を仕掛ける事など不可能。それ故に手を出せずにいる。
何にせよ、状況から考えてこの場にはデッキを使う仮面ライダーがいた事になる。
デッキが支給されていたのが亜樹子という可能性もあるだろう。
とはいえ、破壊されている以上は敗北したということなのだろうが――
何にせよ、死体が残っていない以上、本当に惨殺されたかどうかは不明。
また、亜樹子がここにいたという前提自体が仮説に過ぎない。
それ故に下手に断定するわけにはいかないだろう。
「さてフィリップ、もう少し此処を調べるかい? それともタワーに向かおうか? 僕はどちらでも構わないけど」
問題はこれからどうするか、回収出来たのはデイパックとスリッパだけ。
これ以上調査した所で時間に見合うだけの成果は期待出来ないだろう。
亜樹子の行方も気になる所だ。タワーにいる可能性もあるが、戦いに巻き込まれた事でタワーから離れた可能性もある。
単純にタワーに向かって良いというものでもないだろう。
「……ひとまず、五代雄介達の所に戻った方が良い」
考えた結果、一旦3人の元に戻りそれから再度方針を検討し直す事にした。
井坂等の強敵を相手にするのに海東だけをアテにするわけにはいかない。
現状の戦力を結集する方が最善と言えよう。
海東もその考えに賛同し一旦戻る事になった。
「……そういえば」
「どうした海東大樹」
「いや、デッキは2つあったのに確認できたモンスターが1体だけだったのが気になってね……倒されたんだったら別に構わないが」
◆
D-5T字路での戦いで破壊されたデッキはシザースとガイ、2つのデッキだ。
デッキが破壊された事により2体のモンスターは野に放たれた。
前述の通り、シザースの契約モンスターボルキャンサーはT字路に残り参加者を喰らわんと待ち受けている。
もっとも、制限上の都合により当面は襲撃することはないわけだが――
ではガイの契約モンスター、メタルゲラスは何処に向かったのだろうか?
結論を述べよう。今現在メタルゲラスは何処かへと走っている。
『何処』? それ自体はメタルゲラスだけが知る話である。
しかし、目的もなく走るわけもない。恐らくは自身に関わる人物の匂いを探知しそれを元に追跡しているのだろう。
この場で自身のデッキを所持していた葦原涼?
涼が変身したガイと交戦した村上?
涼と激闘を繰り広げた紅渡?
奇襲を仕掛けデッキを破壊したアポロガイスト?
あるいは――元々の世界に置ける仇敵ともいうべき浅倉威?
無論、全く別の可能性すらあるだろう。
問題は今のメタルゲラスは何時でも現実世界に現れ攻撃を仕掛ける事が可能だという事だ。
対処する方法は3つ、
1つ、制限時間である1分を逃げ切る。
2つ、襲撃してきたメタルゲラスを撃破する。
3つ、カードを使い封印、あるいは契約を結ぶ。
何れかの方法で対処せねばならないだろう。
メタルゲラスは奔る――自らの『敵』の元へと――
◆
「それにしても……草加雅人が何か仕掛けていなければ良いけど……」
その最中、草加の暴走を危惧するフィリップではあるが、
「その為にクウガを残したから大丈夫だろう」
そう、海東はそれを見越した上で五代を残したのだ。
仮に五代が単身で向かえば危険人物である草加と蓮の2人を相手取りつつフィリップを守らなければならなくなる。
また草加と誰かを向かわせた場合もそこでの戦いに乗じて同行者を密かに排除する可能性があった。
故に、海東は自身とフィリップが調査に向かい、五代に危険人物の監視をさせる形に話を運んだのだ。
こうする事で自身はフィリップの護衛に尽力する事が出来、五代の方も守る負担を軽減させる事が出来るという事だ。
海東の見立てでは五代の変身したクウガはユウスケの変身したそれよりもずっと強く精神的な面でもずっと信頼出来る。
それがあったからこそ五代に危険人物2人を任せる事が出来たのだ。
フィリップ自身も五代は他の3人よりも信頼に値すると考えている。それ故に海東の考えには異を唱えなかった。
そうしてD-6に入った頃、
「……ん?」
「秋山……蓮……」
2人の方に蓮が向かってきた。何故蓮が単身此方に向かってきたのか?
もしや何者かが襲撃し、戦闘能力を持たない蓮が離脱したのだろうか?
「蓮、何かあったのかな?」
「ああ……」
そう問いかける海東だったが。
「なっ……それは本当かな?」
「まさか……そんな馬鹿な……」
それは2人の予想を超えた最悪の事態だった――
最終更新:2011年08月05日 14:27