君はあの人に似ている (中編)◆/kFsAq0Yi2
◆
――視える。
ダグバとの戦いで、究極の力を持つクウガになってからというもの――ユウスケの肉体は、その機能を向上させ続けていた。
今までなら死んでいたほどの疲労も、現在進行形で強化されて行く肉体の治癒力が軽減して行く。
当然それは、まさしく本来生物兵器としての能力。戦いの中でこそその真価を発揮するという物。
変身したことによってその強化された五感は、さらにその能力を高めた。
今までのユウスケなら、目で追うのもやっというガオウガッシャーの一撃も――
今ならその軌跡が、はっきりと読み取れた。
大剣の間合いを完全に見切り、上体を引いたキバに、ガオウの剣閃は届かない。
「ふっ!」
そして一撃。キバの拳が、ガオウの顔面に叩き込まれた。
だが、浅い。その理由は、直ぐに戻って来たガオウガッシャーから逃れるために、踏み込み切れなかったこと。
再び襲い掛かった大剣の攻撃範囲から飛び退き、キバが再びガオウに対峙する。
「……良いなぁ、おい」
軽く首を振るガオウが発したそれは、肉食獣が舌舐めずりするような声だった。
「もっと喰わせろ」
「……嫌だね」
そう、もう嫌だ。
これ以上、誰かの――自分自身も含めて、皆の笑顔を理不尽な暴力に奪わせはしない!
大剣を突き付けるガオウに対し、キバは上体を倒し、記憶にあるそれのように、左手を下に、右腕を頭上に掲げた。
そうして再び、疾走した二人の間合いが接触する。
ガオウが繰り出した突きを、キバは身を捻って回避する。そのままガオウの胴へと放たれたキバの左足を、ガオウは柄を落として弾く。だがキバはその反動で跳躍しながら後退し、姿勢を崩すことを期待したガオウが横薙ぎ振るった一撃を、これまたあっさりとかわす。
「うらぁああああっ!」
ガオウは剣を振り終えてもそこで止まらず、体勢を持ち直す隙を見せずにキバへと巨体を活かした突撃を敢行した。
飛び退ったばかりの隙だらけのキバに、回避する術はない。だが――
「はぁああああああああああああああっ!」
宙で蝙蝠のように逆さになったキバは、連続で両の拳をガオウに叩きつける。怒涛のラッシュにガオウの突進の勢いはわずかに削がれ、最後にキバはガオウの肩に手を突いて体勢を立て直しながら距離を取る。
だがその胴を、ラッシュが途絶えた瞬間に跳ね上がった大剣が裂いていた。
「ぐぁああああっ!?」
互いに無理な体勢だったからか、未だ互いに決定打足り得るほどの一撃ではない。
だが、キバを纏うユウスケの身体は既に限界が近い。威力や装甲の厚みから考えても、ガオウとは一撃の重要度が違い過ぎる。
さらに言えば、今こそ大部分を見切ることができているが、疲労が溜まればそうもいくまい。
帯刀した相手に、徒手空拳はあまりに厳しかったのだ。
「くそ……」
キバの鎧が何とか耐えてくれた腹部をさすりながら、ユウスケはそう毒づく。
わかってはいたが、目の前の仮面ライダーは相当に手強い。大ショッカーの幹部達にも匹敵か、それを凌駕するほどの強さだ。
「やっぱり、武器相手に素手じゃ厳しいか……」
「――だったら目には目を、剣には剣をだっ!」
キバの腰から聞こえたのは、キバットの叫び。
キバットは誰に言われるでもなく、自分から青のフエッスルを手にしていた。
「ガルル、セイバー!」
笛というよりはトランペットのような音色が響くと、京介が持っていたデイバッグの一つから、青い胸像が飛び出す。
飛来したそれをキバが掴み取ると、胸像は狼の遠吠えを伴ってその刀身を湾曲させた片刃剣へと変形を遂げた。
黄金の刀身に、青い野獣の頭部を象った柄を持つその剣を握った左手に鎖の束が走り、弾けた時には、その腕は新たに青い装甲に覆われていた。
胸元にも同様の変化が起こり、さらにキバットの瞳も青色へ。最後に狼――ガルルの一吠えと共に、キバの月光のような黄色い瞳も、深い青へと変化していた。
流れ込んで来る衝動のまま、キバは剣を担いで四つん這いのような体勢を取り、そして吠えた。
「随分威勢良くなったじゃねぇか」
ガルルフォームへの変化を見届け、ガオウはそう不敵に笑う。
そのガオウを見据え、キバは腰を落としたまま走り出す。ガオウもそれに応じ、二人の仮面ライダーの戦いが再開される。
だがガルルフォームとなったキバは、今までガオウの戦っていたそれとは完全に別種のもの。
まさに獣の如き瞬発力で、ガオウの予想を超えた速度を叩き出し、刃を叩きつけて来た。
だがガオウも無抵抗に刃に蹂躙されるような男ではない。巨大なガオウガッシャーを巧みに操り、最小限の動きでガルルセイバーの連撃を弾く。
「がぁああああああっ!」
着地したキバが、さらに追撃の牙として得物を振るう。
一合、二合、三合。火花を散らせぶつかり合う剣と剣。速度はキバが圧倒的に勝っており、防戦一方にまでガオウは追い詰められているように見えた。
確かに純粋な剣と剣のぶつかり合いでは、技量で勝っていても反撃の芽を見出せないほどの速度差に、ガオウは明らかに押されている。防ぎ切れなかった刃の嵐が少しずつ、ガオウの装甲を削って行く。
だが。
「足元に気をつけろ」
言うや否や、右から迫るガルルセイバーを受け止めるわずか一瞬前に、ガオウの右足が動く。
速度で勝りガオウを刻み続けるガルルセイバーは、その分一撃ごとの重さが足りなかった。野獣のような猛攻だろうと、剣技で遥かに上回るガオウからすれば、片手間でも数度ならば対処できるほどに。
結果、相手の一撃を受け止めながらの、ガオウのカウンターキックがキバを強襲していた。
攻撃が終了した直後の、慣性による硬直。しかも蹴りを防ぐための左腕は剣を持ち、一撃を繰り出したばかりで反応が遅れる。
確実に敵手を捉えたガオウの炎を纏った蹴りは、赤い塊によって迎撃された。
それはキバが握り締めた右拳だった。
ガオウの蹴りは、ただの攻撃後の隙を狙っただけではなく。ガルルセイバーがキバの視界を塞ぐ、そのタイミングで放たれた感知不可の一撃のはずだった。だからこそその余裕が声に出た。
だがそれに、キバは後出しで反応して見せたのだ。
しかしながら、腕力と脚力には大きな開きがある。ガオウとキバガルルフォームではキバの方がスペックに勝るが、それでもほんのわずかでもガオウのキック力はキバの拳を凌ぐ。さらに言えば満足な体勢からでない一撃は、到底重たい蹴りを撃墜できるほどのものではない。
結果、キバの拳は弾き返され、ガオウの蹴りはその胴を捉えた。
「ぐぁああああああっ!」
「あぁっ!」
意識の無い女性を庇いながら見守るしかできない京介がそう悲痛な声を上げるが、数度転がって立ち上がったキバはガオウに構え、「大丈夫だ」と返す。
純粋に見れば、仮面ライダーとしてのスペックはキバが勝っている。また、究極の闇へと覚醒を果たしたことで強化された今のユウスケの身体能力――それによって生み出された戦闘センスは、牙王さえ大きく上回るほどの物だ。
だが仮に素質で劣ろうとも、現時点での戦闘技術は熟練の戦士である牙王が遥かに上。特に素手よりマシと言え剣戟はガオウの専門分野であり、相手の土俵で戦っているに等しい。ましてキバとして戦うのが初であるユウスケには荷が勝ち過ぎる相手だ。
加えて、ユウスケの全身を蝕む疲労と傷の数々は十分戦いに影響を及ぼすレベルに達している。それによって有利は、襲撃者の方に傾いていた。
速度を活かし、連続攻撃で押し続ければ、万全なら十分に勝機はあっただろう。
だが今のユウスケに消耗戦が許される体力は残っていない。活力の源である魔皇力も、いつ毒となってこの身に牙を剥くか知れたものではない。
ならキバの取れる選択肢は、一つ。
キバはガルルセイバーを地に水平に構え、腰に落とした。
ちょうど、キバットの目の前に。
「ガルル、バイトッ!」
ユウスケの意図を察したキバットが峰に噛み付き、刃が燐光を漏らす。
キバは左手にガルルセイバーを構えたまま両手を広げ、扇を描くように顔の前に移動させ両手で剣を掴むと、横を向いていた刃先をガオウに向ける。
刃を再び寝かせ、それを仮面が銜えると、キバの身体は夜空高くへと跳躍した。
「――なるほどな」
キバの意図を悟り、ガオウは一人頷く。
長引けば消耗し続け、敗色濃厚と見たか。ここに連れて来られてから最初に戦った仮面ライダーと同じように、最大の一撃で一気に勝負を着けるつもりなのだとガオウは悟る。
「そう来るなら、あいつと同じように喰い潰してやるよ」
相手が最大の力での決着を望むなら、それ以上の力で叩き潰してやるのみ。
ガオウはそうマスターパスを手に取り、それをベルトに翳して――
一発の銃声を聞いた。
「あ――っ?」
感じたのはパスを握っていたはずの右手の痺れ。そこにあったはずのマスターパスは、意識外からの狙撃を受けてガオウの手から零れていた。
予想外の事態にガオウが思わず視線を巡らせると――先程その命を喰らったはずの、一条という男が隙なく構えたライフルの先端から硝煙を昇らせる姿が、そこにあった。
「テメェ……ッ!」
「ウォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!」
そうして一条という男に一瞬でも気取られたのが、致命的な隙。
巨大な満月を背景に、天から迫り来るキバへと対抗するだけの力を、ガオウはもう用意できない。
迎え撃とうと振り上げたガオウガッシャーは口に銜えられた斬撃に押し切られ、ガルルセイバーはガオウの身体を縦に切り裂いた。
◆
ガルル・ハウリングスラッシュを受けたガオウの鎧が消失し、その中から牙王の生身が晒される。
彼が倒れ込むのを見たキバもまた、がくりと膝を着いた。
「……キバット、悪い。もう限界だ」
ユウスケが告げると同時に、キバットはベルトから飛び出して、キバの鎧が砕け散る。
もう一度牙王が動く様子がないことを確認すると、ユウスケは重い身体に喝を入れて立ち上がった。
「――無事だったんですね、一条さん!」
そう彼の元に歩み寄るのは、脅威が無力化されたこと、そして同行者の無事に胸を撫で下ろす京介だ。ユウスケも同じ気持ちで、一条達の元に駆け寄る。
「もうダメだと思っちゃいましたよ」
「あれで死んでないなんて、モディリアーニの姉ちゃんよりもタフな兄ちゃんだなぁ」
ユウスケに続いて、そうキバットも失礼な、しかし喜びを込めて軽口を叩く。
「この程度のことは、未確認に何度もされて来たからな。君達を置いて何もせず死ぬなんて、中途半端な真似ができなかっただけだ」
そう、ユウスケに言い聞かせるように、一条は強く言って来た。
実際問題、壁を突き破ったのに五体満足で額を切っている以外に目立った外傷もない一条という刑事は、生身でも下手な怪人よりよほど頑強なんじゃなかろうかと思えてしまう。
その彼に、ユウスケは頭を下げる。
「さっきは、ありがとうございました。ほとんど捨て身だったんです、一条さんの助けがなかったらどうなってたか……」
「気にしなくて良い。俺は警察官だ。どんな凄い力を持っていようと、民間人である君達を護る義務がある……それを果たしただけさ」
どこか寂寥を孕んだその声を聞いて、ユウスケは彼に自らの決意を伝えることを決めた。
「一条さん。俺、決めました」
すぐ横でパタパタと滞空するキバットにちらりと目をやり、ユウスケは再び、一条を見る。
「やっぱり、ダグバとは一人で戦います。そこに他の人は巻き込めない」
「君……!」
「だけど! ……中途半端は、もうしません」
強い決意で以って、一条の声を遮る。
「ダグバは俺が倒します。究極の闇に対抗できるのは、究極の闇しかない。それ以外に誰かがいても、無意味に傷つけられてしまうだけです。
だけど、あいつを倒すのは皆の笑顔を護るためです。――俺自身のものを含めて」
静かに、しかし確かな決意を込めて、ユウスケは言い放った。
「それ以外の時は、やっぱり俺も皆と一緒に居て、皆の笑顔を護りたい。俺が傷つくことで、誰かの笑顔が失われるなら――俺は絶対、負けません。必ず、帰ってきます」
再びユウスケは、キバットの方を見る。
「クウガの力を、俺が制御できるのかはわかりません。だけど、皆の笑顔を護るために、こいつがきっと力を貸してくれます」
「えぇっ!?」
いきなりそう振られて、キバットは驚いたようだった。
「さっき言ったじゃないか、キバット。これ以上の悪事は見過ごさないって」
「いや、まぁ……そりゃそうだけどよ」
「だから、おまえの笑顔も俺が護る。俺が力になれることがあるなら、言ってくれ、キバット」
「に、兄ちゃん……!」
キバットは感銘を受けたように、大きな瞳をウルウルとさせた。
「キバット、教えてくれないか? おまえの相棒のワタルを救ってくれって、どういうことなのか」
「あ、あぁ、頼む! 渡は――」
「――悪いが、そう言った話は少しだけ待ってくれ」
一条がそう、二人の間に割り込んできた。
「まずはあの男を拘束しよう。その後、互いの知っている情報を交換して、それから今後の方針を立てよう。――俺達はまだ、君の名前もちゃんと聞けていないからな」
そう一条に言われて、ユウスケはそう言えば名乗っていなかったことにようやく気づいた。
「ああ、すいません! 俺は、小野寺……」
「――一条さんっ!」
ユウスケの自己紹介を遮ったのは、京介の切羽詰まった声だった。
振り返った一条と、ユウスケが見たのは――鏡から飛び出して来る虎の怪物の姿だった。
「危ねええええええええっ!」
叫ぶが早いか、キバットがユウスケの襟に噛みつき、後ろに引っ張った。
一瞬前までにユウスケがいた空間を、突如現れた怪物の爪が薙ぐ。
「こいつは……!」
「チックショー、次から次へと!」
あの時橘達に襲い掛かっていたミラーモンスターの登場にユウスケは驚き、キバットは休む暇もくれない新たな襲撃者へと怒りを燃やす。
「二人とも、離れろ!」
一条が残った対オルフェノク用スパイラル弾をばら撒く。それは怪物の全身に刻まれた酷い火傷の痕のような傷に寸分違わず吸い込まれて行き、獣に苦悶の咆哮を上げさせる。
だがそれで絶命させるには至らず、怪物はその剛腕で一条を薙ぎ払うと、既に限界のユウスケへと襲い掛かって来た。
「んにゃろぉ、させるかぁああああっ!」
遥かに巨大な相手へと、勇猛果敢にキバットが立ち向かう。一条がさらに抉った傷口へと、その牙と爪による連続攻撃で畳掛ける。高速で旋回するキバットにミラーモンスターも手を焼いたようだったが、やはり攻撃力が足りない以上、それも長くは続かない。怪物が遮二無二振りまわした爪がキバットを捉え、叩き落とす。
「キバット!」
叫ぶユウスケだが、凶器たる長い爪を持つ怪物に立ち向かう術はない。もう一度だけクウガへの変身を試みたが、やはりアークルは現出しなかった。
「――こっちだ!」
それでも女性を連れている京介や、自分を庇って倒れた一条やキバットへと注意を向けさせないため、声を上げて彼らと反対の方向にユウスケは動く。
怪物が両手を広げ、ユウスケを追い――
――HOPPER!――
そんな電子音声が背後から聞こえて来たが、意識を向ける前にモンスターの一撃が来襲した。
虎の爪をボロボロの身体で何とか一度かわしたユウスケだが、二度目を避けるだけの体力はない。
命を狩り取る一撃を阻んだのは、突然その間に割り込んだ褐色の影だった。
「――誰の獲物に手出ししてんだ、テメェ」
そうユウスケを庇った異形が発した声は――ついさっき、一条の援護が在ってようやく撃退したはずの襲撃者、牙王の物だった。
「――ドーパント!?」
起き上り、ユウスケ達の方へと歩み寄っていた一条がそう叫ぶ。
「うらぁっ!」
受け止めた爪を払い除け、牙王の変じたバッタの怪物は強烈なハイキックを虎の怪物に叩き込む。溜まらず後退する相手へと、さらに容赦なく踵がめり込む。
吹き飛んだ相手にトドメを刺すべくホッパードーパントは跳躍し、両足で飛び蹴りを放った。
それは破砕音と共に路面のコンクリを砕くが、そこに虎の怪物の残骸は見られなかった。
見れば襲撃される前と同じように、タイラントクラッシュによって爆砕された装甲車から離れたサイドミラーの中に、全身に深い傷を刻んだ獣の姿が見えた。
だがそのミラーモンスターの姿は、現実では確認できない。もっとも、鏡の中に敵が逃げ込んだことに気づいたのは、その知識があるユウスケと、直接相対した牙王だけだったが。
「……また隠れやがったか」
雑魚が、と苛立ちも露に牙王の変身した怪物が吐き捨てる。
「……さて、小野寺。テメェまだ力はあるか?」
未確認のような異形と化した牙王がそう尋ね、ユウスケの返事を待たずに溜息を着く。
「ないみてぇだな……なら、仕込みに戻るか」
「――っ、よせ!」
一条へと踵を返した怪物へユウスケは追い縋ろうとするが、限界を迎えた身体がそれを阻む。
一条はAK-47 カラシニコフを構えるが、既に弾も残っていない。残っていたところで牽制にもならないだろうが、それでも威嚇するように構える。
「京介くん、逃げろ!」
そう叫ぶ一条の掲げたカラシニコフがホッパーの打撃でへし折れ、防御した上から一条の身体が転がる。だが先程も似た状況で、死んだと思えば平然と生存していた一条を警戒してか、ホッパードーパントは容赦なく追撃を加えに行く。
「一条さんっ!」
膝を着いている場合じゃない。喉が潰れるほどの叫びを放ち、その一念で立ち上がったユウスケの前に――
――もう一つの、護るための力が現れた。
突然、銀色のベルトがユウスケの足元に降って来たかと思うと、一条をくびり殺そうとしていたホッパードーパントの元へと、そこから青い影が筋となって伸びる。
ホッパードーパントに自らの身体をぶつけ、火花を散らせたそのクワガタ型メカは、怪人が一条を手放すとユウスケの元へと舞い戻る。
「――ガタック、ゼクター……!?」
自分に向かって頷いて見せるライダーシステムのコアに、ユウスケは問い掛けた。
「まさか……俺に、変身しろって言うのか!?」
「ほぅ、面白え」
こちらを見ていたホッパードーパントが、そう呟く。
「おまえがクウガになるまで待ってやるつもりだったが、さっきのでもまだまだ喰い足りねえんだ。もっとやろうぜ。じゃねえと……」
そうユウスケに背を向け、喉を押さえて咳き込んでいる一条の方へ、ホッパードーパントは再度歩み出す。
それを見ては、ユウスケにはもう猶予はなかった。
足元にあるベルトを急ぎ装着すると、その手にガタックゼクターが飛び込んで来る。それを掴み、ユウスケは許し難き怪人を見据え――戦いへ臨む、宣告を口にした。
「――変身ッ!!」
――HEN-SHIN――
電子音声と共に、ガタックゼクターをライダーベルトに挿し込んだユウスケの身体は正六角形の金属片に覆われて行き、それが青と銀の重量感溢れる装甲へと変化していく。
それの完了を待たずに、ユウスケはガタックゼクターの角を倒す。
形成された装甲が弾け飛び、その下からスマートなフォルムの一人のライダーが現れた。
――CHANGE STAG BEETLE――
それこそは、戦いの神仮面ライダーガタックが、世界の命運を賭けた戦場に、再三に渡って降臨した瞬間だった。
それを見届けず、ホッパードーパントは一条へと襲い掛かる。
笑顔を奪うことでユウスケを憎しみに染め、その力を引き出すために。
だが、そんな真似は仮面ライダーが許さない。
限界に近い身体を、それでも皆の笑顔を護りたいという強い願いを活力に変えて、ユウスケは――ガタックは叫んだ。
「クロックアップ!」
――CLOCK UP――
そうして、ガタックは一人だけ違う時間の流れの中に飛び込んだ。
猛烈な速度で一条に襲い掛かりつつあったホッパードーパントの動きが停滞する。間に合うはずのなかったそれが、充分に間に合う距離と時間へと変換される。
体力が尽きるまで時間はない。長引かせるつもりもない。
――One――
――Two――
――Three――
ガタックゼクターのボタンを押し、準備を終える。宙に浮いたままのホッパードーパントの元へ駆け寄ったガタックは、勢いを弱めずに跳躍する。
後は叫ぶだけだ。皆の笑顔を護るために悪を砕く、その技の名を。
「――ライダーキック!!!」
――Rider Kick――
電子音と同時、ガタックゼクターから大量のタキオン粒子が塊となってガタックの右足へと集中する。
「おぉりゃぁああああああっ!」
一閃したその蹴りは、確かにホッパードーパントの胴を捉え、弾き飛ばした。
――CLOCK OVER――
同時に、その時間流の終焉を告げる電子音が響いた。
ガタックは通常の時間軸へと引き戻され、必殺技を受けたドーパントの変身が解かれる。路上を勢いよく牙王が転がり、その首輪からガイアメモリが射出されて来る。
「――こんにゃろっ!」
復活したキバットが、そのガイアメモリを口腔へと運んだ。
「ガブリ、っと! ――これでもう、使えねえぜ!」
ぺっぺっとその欠片を吐き出しながら、キバットが牙王にあかんべえした。
それを見て肩で息をしながら、ガタックは一条へと手を差し伸べる。
「大丈夫ですか?」
「君――か?」
さすがに苦しそうに顔を歪める一条に尋ねられ、ガタック――ユウスケは先程言い損ねた己が名を、今度こそ告げる。
「はい、小野寺――ユウスケです」
「ユウスケ……!?」
驚いたような一条に、ガタックはどうしたのかと尋ねようとした。
だがそれは、またも阻まれる。
「良いなぁ、おい……俺はこういうのを待ってたんだよ」
ごきり、と。
首を鳴らせながら、再び牙王が立ち上がった。
「ゲェッ!? まだ動けんのかよ!?」
キバットが心底驚き、微かに怯え、そして呆れたような声を漏らした。
「もっと喰わせろ。ここに来てからずっとお預けだったからな」
そう牙王がデイバッグに手を伸ばそうとするのを見て、キバットが声を上げる。
「させるかよっ!」
「そうだ……今ならっ!」
ガタックは再び腰のスイッチを叩いたが、何故かクロックアップはできなかった。
だがまだ十分、ボロボロの牙王が何かする前に、仮面ライダーの力で取り押さえるぐらいの体力は残っている。ガタックは先行するキバットに導かれるように走り――見た。
天から流星の如く堕ちて来た金色の昆虫型メカが、キバットを叩き落とすのを。
「ぐぁっ!?」
「キバット!」
彼の身を案じる前に、さらにその金の影はガタックにも襲い掛かり、連続で体当たりを敢行する。
怒涛の攻撃に思わずガタックが足を止めたことを見届けると――その未知の黄金のゼクターは、牙王の元へと舞い降りた。
「……あぁ、なるほどな。おまえがそうだったのか」
一人納得した様子の牙王はデイバッグに突っ込んでいた右腕を抜き取り――
そこに巻かれていたブレスレットに、コーカサスオオカブトを思わせるゼクターが鎮座した。
「変身」
――HEN-SHIN――
先程のガタックの変身の再現のように、六角形のパーツが牙王の全身を覆って行き、それは黄金の装甲へと変化して行く。
――CHANGE BEETLE――
現れたのは天に向け屹立する黄金の三又の角の間に、青い瞳を持つ戦士。外国種のカブトムシの角を思わせるショルダーアーマーを右肩に装着した、黄金の仮面ライダーだった。
その変身の光景を見たキバットは、呆然と呟いた。
「嘘だろ……まだ戦うのかよ」
ユウスケに力を貸し、キバへと変身させていたキバットだからわかる。もうユウスケが限界を迎えるまで、猶予がないと。
極限に近いその状態で、しかしガタックは強く拳を握った。
自分の身体の限界が近いことは嫌でもわかる。まともな戦闘行為ができるのは保って後1、2分か。
だがそれは、牙王も同じはずだ。
ここで最初に戦ったカブトムシの未確認や、ダグバのように、強固過ぎる肉体に攻撃そのものが効いていないわけではない。その技量で以ってかわし、防ぎ、ダメージを軽減しているからこその牙王の鉄壁。
それでも変身を解除し、数十秒意識を奪うほどの一撃目と、クロックアップして仕掛け、無防備を突いた二度目。この二つの必殺技で牙王の体力もまた十分に消耗しているはずだった。
雄叫びを上げて疾走し、互いの距離を詰める二人のマスクドライダー。その拳は確かに互いの胸を捉え、敵をよろめかせた。
凄まじい速度で、鋭さで、重さで交わされる肉弾戦。だがそれは明らかにそれまでの二人の攻防に比して、疲れが見て取れる雑な物となっている。
具体的に言えば、防御が疎かになっていたのだ。
多くの戦いにおいて、攻めるは容易く守ることは非常に困難だ。攻撃側は相手の隙をたった一つでも見つけ出しそこを突けば良いが、守勢に回れば相手の攻撃を全て予測して対処する必要がある。
今の二人に、そこまでの余裕はない。
ただただ少しでも早く相手を打ち倒し、自身の受けるダメージを最小に抑える戦法しか、彼らには残されていなかった。
故にコーカサスのラッシュにより、ガタックは折角の武器であるガタックダブルカリバーを手に取る余裕がない。そんな行動をする余力があれば、ただ一撃でも多く相手に届かせ、その力を削る方が重要だったからだ。
ガタックの――ユウスケの読みは正しかった。牙王の身体も既に限界に近いほど疲弊していた。故に二人に残された体力はほぼ同等。身体能力による素質はユウスケが勝り、磨き抜かれた技術は牙王に軍配が上がる。総合的に見れば、実質的に今の二人の装着者としての戦闘力は拮抗していると言えた。
そうなれば、勝負を決めるのは――それぞれが身に纏う、ライダーシステムの優劣。
「――クロックアップ!」
「いちいち叫んでんじゃねえよ!」
――CLOCK UP――
ほんの一瞬だけ距離が開けた時、二人はクロックアップを発動させていた。
これでガタックの――元々もう期待はできなかったが、味方の援護というアドバンテージは消失。それでも相手のクロックアップに遅れを取って、全員まとめて蹂躙される展開だけは避けなければならなかった。それほどまでに時間にさえ干渉せしめるクロックアップというシステムは強力な物。
他の時が止まった中、互いの拳を打ち合わせるたびに、大きく消耗するのはガタックの方だった。
ガタックは元の世界では、最強のライダーシステムと称される存在だ。ハイパーゼクターの力で一段上の存在に進化したハイパーカブト以外、全てのライダーシステムを超えるスペックを誇っている。
だが相対する黄金のライダーは、また別の可能性の元に存在したカブトの世界において――そのガタックさえも上回る、最強の仮面ライダーとして君臨した王者だった。その看板に偽りはなく、ハイパーゼクターを欠いた不完全な状態でもその性能は全ての面でガタックを凌駕している。
それでもガタックが豊富な武装を活用できていれば、互角以上に持ち込めたかもしれない。だがそれが許される状況ではなく、攻撃こそ最大の防御という言葉を体現したこの戦いでは、純粋により強大な力が勝つのは当然のことと言えた。
今また互いに繰り出した拳が交錯し、結果としてガタックだけが後退する。
「くっ……ライダーキックっ!」
だがその間に必殺技の発動準備を済ませていたガタックは、ガタックゼクターの角に手を伸ばす。
純粋な殴り合いにおいて、より強い力が勝つのなら――自身の持つ、最大の力で勝負するのみ!
「面白ぇ……最後は派手な力比べと行こうぜ!」
クロックアップの少ない残り時間の内に決着を着けようとするガタックを見て、コーカサスも右腕に装着したゼクターからタキオン粒子の巨大な塊を放出し、その拳へと流れ込ませる。
――Rider Kick――
――Rider Beat――
「はぁあああああああああっ!」
二つの電子音、二人の叫びは唱和され、青い煌めきを纏った両者の蹴りと拳が激突し――
閃光が、爆発した。
最終更新:2011年12月16日 23:09