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Tを継いで♭再戦(前篇) ◆/kFsAq0Yi2



 乾巧と天道総司――正義のために戦う二人の仮面ライダーと別れてから、名護啓介は擬態天道やタツロット達と共に、大河に区切られた西側のエリアを目指していた。
 彼と同じ顔を持つ――正しく言えばそのモデルとなった天道から聞かされた、擬態天道の歩んで来たその壮絶な人生。そのことを何も知らずに師匠になるなどと言った名護だったが、自身の言葉を撤回するつもりなどなかった。

 何故なら名護啓介は、正義の味方――海堂直也がその身で示した、仮面ライダーだからだ。
 理不尽に苦しむ者を救うために全力を尽くすことを信条とする名護にとって、擬態天道は救済すべき相手に他ならなかった。
 あの軍服の男――天道総司達と交換した情報や、奴と対面した時の海堂の反応からして、奴こそ小野寺ユウスケと海堂が遭遇したというカブトムシの怪人に変身する未確認生命体だろう。罪もなき人々を傷つけ、皆の優しい笑顔とその命をも奪っていくという許すべからず悪。奴らと戦って来たユウスケが言うには、その中でも最上級の強さを誇るという強敵を相手に、名護達を護るため、そして何より擬態天道を救うために単身挑み、散ってしまった海堂も、最期までそれを望んでいたはずだ。


 実験体として誘拐され、人間から異形の者へと造り変えられてしまった青年――天道の話では、その時はまだ、年端もいかない少年だったという。どれほどの絶望と孤独を抱いて、地獄のような世界を生きて来たのだろうか。ネイティブという悪魔の集団に、名護の赫怒が烈火と燃える。
 そうして奴らに尊厳を踏み躙られ、神も世界も呪っただろう彼の心を何とか救いたい。名護の心で強くなるのはその想いだった。長い間監禁され、モルモットとしてしか扱われなかったその孤独をせめて埋められないかと、名護は何度もタツロットと共に話しかけたが反応は芳しくなかった。名護の視線に怯えるように目を逸らし、そのたび歩みも止まってしまうこともあった。

 だがそれでも、彼は名護に付いて来てくれた。

「――総司くん、暗くて分かり難いかもしれないが、もう橋を渡り終えるぞ。頑張って翔一くん達を見つけよう」

 名簿にある名で呼び掛けた際、彼は酷い拒絶を見せた。ネイティブワームへと改造される悪夢を思い出してしまうのかもしれないと名護は見当を付け、事実その通りだったらしい。故に今は天道から、その名も借りておくことになった。
 無論、津上翔一を始めとした参加者達と出会った際には名簿にある名を伝えるしかないことは、彼の心をまた抉るようであり、名護としても本意ではないのだが……
 だが、できることなら。彼の両親が、愛しい我が子への想いを込めたその名前を彼が取り戻せる日が来ることを、名護は心の中で祈っていた。

「……名護さん、は」

 不意に後ろから名前を呼ばれて、名護は振り返った。

「どうした、総司くん?」

 俯いたままの彼は、弱々しく言葉を続けた。

「名護さんは、僕が……総ての世界を壊そうとしても、償えば良いって、言ってくれたよね」
「ああ。もちろんだ」

 人間は誰でも、苦しい時、悪意を持ってしまうことがある。
 そうならない強さを持つことが理想でも、誰でも強くなれるわけではない。擬態天道など、その機会すら天から与えられたことはなかっただろう。
 ずっとずっと、目に見える周囲の総て――彼にとっては世界そのものから迫害され続けて来たのだ。そんな悪意を抱くなと言う方が、よほど酷だと言うものだろう。
 だから、世界はもっと広いと――世界にあるのは彼を傷つける悪意ばかりではないと、この自分が教えて行かなければならない。世界に傷つけることしか教えて来られなかったなら、それ以外のことを知って貰えれば、きっと彼は変われる――名護はそう信じていた。

 名護の前に立つ擬態天道は、そんな名護の肯定を受けても酷く怯えた様子だった。
 だがこちらから呼び掛けても応えてくれなかった彼が、自分から声を出してくれたのだ――その勇気を尊重したい、そう思って名護は彼の言葉を待っていた。

「……それはまだ、僕がどの世界も壊してない、から?」
「そうだな。それもある。まだ何も壊していないなら、謝れば良いことだ」
「そーですよー!」

 二人の後ろを飛んでいたタツロットが、びゅびゅーんと名護の肩辺りまで飛んで来る。

「誰だって、気分が優れなくて悪いことしちゃいたい時や、しちゃう時だってあります! でも、そこでちゃんとごめんなさいするのが大事なんですよ! 謝ったら、ちゃんと許して貰えます!」

 タツロットの言葉を受け、名護は頷く。そんな二人に、彼は弱々しい笑顔を浮かべた。

「それじゃあ、やっぱり僕は……名護さんとは、いられない……」

 突然の宣告に、名護は思わず声を荒げた。

「どうしてだ!? 理由を言いなさい、総司くん!」
「……僕は、もう壊したんだ。……剣崎一真っていう、仮面ライダーを」
「剣崎……一真だって!?」

 その名には覚えがある。この会場で最初に合流した仮面ライダーギャレン、橘朔也の仲間だ。
 そして、先程の放送で名前を呼ばれていた、この狂気の世界の犠牲者でもある。

 彼を殺した悪は、絶対に許さない――そう密かに思ってもいたが。

「総司くんが……彼を、殺めてしまっていたのか……」
「そうだよ、僕が壊したんだ……剣崎一真を。もうあいつには、ごめんなさいなんて言えないんだ」

 今にもまた泣き出しそうな顔で、擬態天道はそう言葉を紡いだ。

「謝ったって……許してなんか、貰えない」
「……確かに、誰かの命を奪うと言うことは、決して許されることではない」

 名護はそう静かに頷いた。それを見て、擬態天道の顔の均整がなおさらに崩れる。

「――だが俺は言ったはずだ、総司くん。過去がどうあろうとも、償えば良いのだと」

 崩れそうな擬態天道に、名護はそう力強く告げた。

「一真くんが今の君を見て、自分の仇を討てと――君のことを、倒すべき悪だと言うだろうか。俺は直接には彼のことを知らない。だが彼が……直也くんのような立派な仮面ライダーだったということは、その仲間から聞いている」

 海堂直也の名を聞いて、驚いたように名護の言葉に聞き入っていた擬態天道は再びびくりと身を震わせるが、怯えたような瞳で、それでも必死にこちらを見ている。
 名護は彼を安心させるために、顔も知らぬ死者の心を信じて、救うべき魂のために言葉を継ぐ。

「一真くんはきっと、今の総司くんを倒すべき悪などとは言わないはずだ。何故なら君は、その罪を悔やみ、苦しんでいるからだ」

 名護は擬態天道に歩み寄り、その肩を力強く掴む。

「そして俺は、直也くんの正義を継いで、君を救うと約束した。彼の残した想いが、その優しさが、その強さが! ……無駄ではないと証明してみせる。そう言ったはずだ」

 名護の顔を見るのも辛そうな擬態天道を、それでも正面から見据えて、名護は言葉を送り続ける。

「君が一真くんを殺めたことは、決して許されることではない。――だが。仮に君がこれまでに、どんな許されざることをして来たのだとしても。俺が君を導き、一緒にその罪を贖おう」
「どうして……どうして君達は、そこまでして僕のことを……?」

 理解できないと言った様子で、目尻に涙さえ溜めて、擬態天道は首を振る。
 名護は柔らかい笑顔を作り、彼に答えた。

「直也くんが言っていただろう。俺達仮面ライダーは、皆を護って、世界だって救ってしまう……そんな存在だと。
 君は心悪しき者にずっと苦しめられてきた、俺達仮面ライダーが助けなければならない人なんだ。俺は、俺達は、君のことを絶対に絶対に見捨てない。絶対に……だ!」
「そーですよ! 何があっても、私達が付いてますからね、総司さん! だから、そんなにご自分を責めないでください!」
「――この俺様の目は、途中で見捨てねばならん奴を選ぶほど濁ってはいない」

 名護の言葉に続いて、後ろからタツロットが、擬態天道の後ろからレイキバットが、それぞれの言葉を彼に送る。
 彼は、そんな言葉を掛けられたことが初めてだったのか、どう受け取ったら良いのかわからない様子で、重みに耐えられないように名護の手から離れ、一歩後退した。

 その頬に伝わる一筋の涙を夜闇の中垣間見て、名護はその横に並び、肩を叩く。

「さあ、行こう。総司くん」

 今は、受け取り方がわからなくても良い。
 それでも、この世界には彼を想いやる温かい心を持った者がいるということを、いつかわかってくれる。名護はそう信じていた。

 そうして擬態天道の背を押しながら、橋を渡り切ろうと言うところで――遠くから届いた轟音に振り返ると、南の空を朱に焦がす煉獄がこの地に顕現する様を、名護は目にした。






 橋を渡り切った辺りで、突如として南方の市街地で発生した火災を見て、名護啓介は彼を伴って急行した。
 擬態天道は、つい先程までその業火に負けないほど熱く、だが誰かを傷つけることのない優しさ持ち合わせた言葉を吐いた名護に逆らう気になれず、彼の後を必死に追い駆けた。

 ――俺は、俺達は、君のことを絶対に絶対に見捨てない。絶対に……だ!

 そんなことを言われたのは、擬態天道にとって初めてのことだった。

 ずっとずっと、自分はひとりだと思っていた。
 世界はこんなに広いのに。世界はこんなにたくさんあるのに。
 誰も彼を顧みない。誰も彼を見はしない。天道総司の名と姿を借りなければ、誰の目にも留まることなく、誰からも何も想われず、正体を知られれば否定されるだけの存在なのだと――
 ――ずっと、そう思っていたのに。

 名護啓介は、自分が本物の『天道総司』ではないと知っても、それ以前と変わることなく接してくれている。レイキバットやタツロットも同じだ。彼らの言葉を信じるのなら、今はもう亡き海堂直也もまた、『天道総司』ではなく、『彼』自身を想って散ったのだという。

(――どうして、僕なんかのために……)

 わからない。本当にわからない。そんなことなんて、今まで一度もなかったのに。
 疑念が渦巻く中で、それでも彼は何故か、理由もわからないまま、ただ名護達から離れたくないと思っていた。
 このままでいるのか、それとも彼らと共に歩むのか。自分の道は自分で決めろと、『天道総司』は言っていた。
 まだその道を決めたわけではないが――それでも、名護達と離れることに強い抵抗があった。

 そうして、青空の会の戦士として鍛え続けた名護と、ワームと戦うために鍛錬を積んだ天道総司の肉体を持つ彼が、まったく止まらずに30分ほど走っただろうか。

 訪れたE-2エリアの市街地は、彼のいた世界の渋谷という街を思い出させた。

 絶大な暴力に晒され、ビルは崩れ、路面のコンクリは砕け、家屋は焼け落ちている。へし折れた街路樹を超えると、様々な物質が焼け焦げた臭いがそこら中から漂って来ており、彼は思わず鼻を塞ぎたくなった。
 隕石の直撃を受けた渋谷跡地のような惨状に、擬態天道さえも恐れを抱く。

 病院で出会った、通りすがりの仮面ライダー。そして放送の前に戦った、異世界のあの全身兵器の怪人。
 異世界から参加者を集ったこの会場には、ダークカブトの力さえ凌ぐバケモノが跳梁している。この惨状も、その内の一匹により引き起こされたものか。
 もしも、その犯人がまだ近くに居たら……そう背筋を凍らせるものを感じながら、自分と違って物怖じせず周囲を探索する名護に、彼は黙って付いて行く。

 怖くないと言えば嘘になるが……名護やタツロット達と別れてしまう方が、ずっと怖く感じて。彼は何故か引き返そうとも言えず、ただ名護に続いていた。

「――啓介すぁーんっ!」

 そう呼び掛けて来たのは、先行していたタツロットだった。未だ瓦礫の山が燻り、一層その視界が奪われるこの状況下では、月光を返す彼の黄金の身体を捉えるのも一苦労する。

「あっちに、生存者の方が……」
「――わかった。行くぞ、総司くん!」

 名護にそう促され、彼はその背に続いた。

 歩くと直ぐに、嘆きと共に地を叩く音が聞こえて来た。

 煙の先に真っ先に覚えたのは、焦げた臭いに混じる鉄の臭い。足元へと視線を配れば、既に凝固が始まっているもののおびただしい量の血液が楕円状に広がっていた。

「……何てことだ」

 名護が思わず、と言った様子でそう呟くのが聞こえ、声の方向に擬態天道も顔を上げる。

 そこには真紅のジャケットを、深紅の血で染め上げた一つの死体が横たわっていた。
 血の海に沈んだ遺体には身体を正面から背中まで貫通したような傷がいくつもあり、精悍な顔にも鋭利な切り傷が刻まれ、削られている。明らかに狂気に塗れた悪意を持って、死後も執拗なまでにその躯を破壊され続けたことがわかる、あまりに惨い死に様だった。

 ただ血の固まり具合から見て、この男はこの市街地を崩壊させた戦いとは無関係に命を落としたようだ。無論高熱で早く固まった可能性もあるが、それにしては多く血液が残り過ぎており、自然に血が凝固したように見えることがその推測の根拠となる。

 次に生理的な嫌悪を呼び起こす悪臭を乗せた生温かい風が吹き、擬態天道はそちらの方を向く。

 先程声が聞こえて来た方だと思った時には、そちらに両手を着き力なく震える男の姿を見つけることができた。

 この帽子の男が生存者か。その向こうには、瓦礫に埋もれた真っ黒な焼死体がある。全身が完全に炭化し、その原型を留めぬほどに崩れたその遺体に比べれば、赤い男の遺体も幾分マシに思えた。何しろその炭の塊が人間の亡骸だとわかったのは、単純に大きさで判断できたに過ぎないからだ。

「――君、しっかりしなさい」

 高温に晒され、肌を焼く熱を持ったコンクリの上で両拳を握っていた男は駆け寄った名護の呼び掛けを境にして数回、一際大きく震えた後、長い溜息と共に蠕動を止め立ち上がった。

「……すまねぇ。情けない姿、見せちまったな」

 あちこちで上がる黒煙に汚されたのもあるのだろうが、それ以上に泣き腫らしたことで真っ赤になった両目を帽子で隠そうとする男が鼻声で名護と擬態天道にそう告げて来た。

「――情けないなどということはない。君も、大変だったのだろう?」
「……慰めて貰ってくれたところ悪いが、俺には辛いなんて思う資格はねぇんだ」

 そう言いながらも、心に負った傷を隠し切れていない青年は声を震わせながら名護に答えた。

「……あんた達は、殺し合いには乗ってないんだな」

 男の確認に、名護はああ、と力強く頷く。

「そうか。……俺は左翔太郎。風都の……その名も背負えねえ、半人前の探偵だ」

 翔太郎と名乗った男は帽子を取り、ぐしゃりと握り締めた。

「……あんた達は早く逃げてくれ。この近くには、トンデモねえ危険人物がいやがるんだ」
「何だって? なら君はどうするつもりだ」
「俺は……あいつを倒す」

 自らの帽子を眺めながら、翔太郎と名乗った青年はそう怒りを込めて言い放った。

「危険人物……だと言ったな。なら、君を一人にしておくわけにはいかない。君こそ逃げなさい」
「……そうはいかねえ。俺は半人前だが探偵で……半人前だが、仮面ライダーだ。あんた達を危険な目には遭わせられねえ」
「そうか。なら俺はやはり君を見捨てられないな。何故なら俺は、一人前の仮面ライダーだからな」

 そう臆面もなく言い切る名護に翔太郎は一瞬、面喰らったようになり、それから名護の方へ向き直る。

「そんなことを言ってる場合じゃねぇんだよ! 頼むから逃げてくれよ、俺は本当に半端者なんだ……誰も護れてない、皆死なせちまってる能無しなんだよ!」
「なら俺達が一緒に居よう。君の分も、俺が他の人々を護ると約束しよう」
「……何なんだよあんた。どうしてこんなところを見て、どうしてそんなこと言えるんだよ!」
「俺は名護だ!」

 瓦礫の山や真っ黒の焼死体を指差して翔太郎が自棄になったように抗議するも、名護はそう叫び返して、翔太郎を唖然とさせる。

「俺は名護啓介だ。そして言ったはずだ、俺は仮面ライダーだと。どんな力を誇る敵が相手だろうと、俺は誰かの命を護るために戦う。……その使命を、仲間からも託された。なら、俺は君のことも見捨てるわけにはいかない」

 海堂があそこまで必死だったのは、自らの過去への贖罪だと、名護は言っていた。
 それなら、名護にここまで言わせるのも、海堂を見捨てたことに対する罪悪感なのだろうか――ふと、擬態天道はそう考える。
 そして、多分違うと、内心で彼は否定する。
 何故なら名護啓介は、初めて彼と出会った時、海堂が犠牲になる前から、こんな男だった。
 海堂も、誰かを救えなかったことが重荷になっているのなら、それはきっと彼が最初から、あの正義とか言う心を持っていたからだと、彼は思う。
 最初から彼らには、彼らが尊ぶ正義の心があった。
 なら、そんなものを持っていない自分は――

「――あんたが、名護さんか」

 擬態天道を思考の渦から呼び戻したのは、名護を呼ぶ翔太郎の声だった。

「さすがは紅が認めてた人だな、あんた……自棄になって、また情けねえ真似するところだったが、あんたのおかげで落ち着けたぜ……ありがとな」
「そうか。感謝はありがたく受け取っておこう。……紅?」

 そこで名護の顔色が変わる。

「君は渡くんか、紅音也を知っているのか?」
「――あぁ」

 平静さが戻りつつあった翔太郎の声が、その問い掛けによってまた震えた物となる。

「俺のせいで、紅……音也は……っ!」

 帽子を被り直し、再び拳を握り締めた翔太郎が身を翻して、焼死体の姿を晒す。
 その傍らで散らばっている、黒く汚れた白の欠片には――擬態天道にも見覚えがあった。

「イクサナックル……まさか、彼が……っ!」
「……こいつが、紅だ」

 声を出すことも辛い戦いだと感じさせるほどに全身を震わせながら、翔太郎が首肯した。

「そんな……音也さんが……」
「あの伝説の男が、こんな姿になるとはな……」
「紅音也……まさか、そんな……」
「すまねえ名護さん。俺が不甲斐ねえばっかりに、紅は……!」
「……いや。自分を責めるな、翔太郎くん。彼はきっと、最期まで人の音楽を護ることができて、本望だったはずだ。君が自分を責めてその音楽を止めてしまっては、彼はきっと悲しむ」

 タツロット達と共に愕然とした表情だった名護が、翔太郎の零した涙に正気を戻し、そう彼の肩に手を乗せる。そうして視線を、紅音也だった物へと向けた。

「紅音也。俺はかつて、過去に跳んだ時……あなたと出会った」

 時を跳ぶ。異世界にもハイパークロックアップのような代物があるのかと、そのための実験体でもあった擬態天道は複雑な心中で名護の言葉を聞く。

「軽薄で、破廉恥で、何と自分勝手な男だ。こんな奴に違う時代とはいえ、イクサを任すことなどできない……あなたの上っ面だけを見て、俺はそう思いもした。だが本当のあなたは、その内なる心の法に従って、護るべき愛するもののために命を懸けて戦う、立派な真の戦士だった。
 今の俺があるのは、あの時あなたから遊び心を教わったからだ。その恩を忘れるつもりはない。あなたに代わって、俺があなたの愛した、人の心が奏でる音楽を護ろう。そして、あなたの御子息である渡くんも――彼からすれば余計なお世話かもしれないが、必ず俺が支え、護り抜いてみせる。
だからどうか、せめて安らかに眠りなさい……」

 そう紅音也へと告げる名護の頬に光輝が生じたのを見て、擬態天道は思わず問うていた。

「名護さん……泣いてるの?」

 指摘されてから、翔太郎にああ言った手前、罰が悪いかのように彼は目元を拭う。

「俺は泣いてなど居ない! これは……心の汗です」
「名護さん、その言い訳はちょっと古いぜ……」

 微かに呆れたように、そう翔太郎が名護に突っ込んだ。

(――その、紅音也って言うのは……名護さんにとって、大事な人だったんだ……)

 大事な人が死ねば、人間は悲しい……それくらいは、擬態天道も知っていた。

 ――もうこれ以上、俺様の目の前で誰一人傷付けさせねぇ! 誰一人だって、殺させやしねぇ!
 ――嗚呼そうさ……俺ぁ守るんだ! 今度は俺が……みんな、この俺様が、守り抜いてやるんだよ!

 そう言って、死んでいった男の姿が、擬態天道の脳裏に蘇る。

(――どうして。どうして、僕を……)

 どうして――誰からも何も想われないような自分なんかのために、海堂は命を捨てたりしたのか。
 それは擬態天道に生きて欲しかったからだと、名護は言っていた。だけど、他人の――それも、見ず知らずの自分のためにその命を捨てるなんて、馬鹿げてる。
 誰だって死ぬのは怖いはずだ。痛いのは嫌なはずだ。苦しいことなんてしたくないはずだ。それなのに、どうして海堂は、名護は、そこで死んでしまっている紅音也は、あの時向かって来た剣崎一真は、どうしてこんな簡単に、他人のために命を懸けるんだろうか。
 自分は死にたくない。生きていたい。他人のための犠牲になるなんて、もう真っ平だ。
 ……なのに。自分は生きているのに、紅音也が死んで名護が嘆き、海堂が死んでしまった今この生を、彼は手放しで喜ぶことができなかった。

「……総司くん。君こそ、彼のために泣いてくれているのか?」

 名護にそう聞かれてから。擬態天道はいつの間にか、自分が嗚咽を上げて泣いていたことに気づいた。
 何で、どうして泣いているのかはわからないけれど――擬態天道は首を振る。

「違……う……っ!」

 しゃくり上げながら、そう首を振る。頭の中に浮かんで来たあの胡散臭い顔を思い出すままに、擬態天道は、わからないままでも理由を声に出す。

「その人には、悪いけど……その人のためじゃ、ない……ただ、海堂を、思い出したら……」
「……海堂は、おまえにとって大事な仲間だったんだな」

 そう、わかったような口をきいて来たのは翔太郎だった。

「仲間……だって?」
「あぁ。木場さんから聞いていた通りの奴だったみたいだな、その海堂直也って男も……」

 何も知らないくせに、そう一人頷く男が気に食わなくて、擬態天道は声を荒げる。

「仲間なんかじゃない! 僕は、おまえらとは違う! 僕には、そんなものいなかったっ!」
「それは違うぞ、総司くん!」

 何言ってるんだよこいつ、と翔太郎が呟くのを掻き消して、名護の叫びが響く。

「確かに、これまで君には仲間は居てくれなかったかもしれない。だが、それは過去の話だ。今や俺も、直也くんも、タツロットやレイキバットも、君のことをかけがえのない仲間だと思っている。例え君が孤独だと思い込んでいても、君は決して一人じゃない、俺達が一緒に居るんだ!」

 己を指差してそう強く言った名護は、そこで一度息を吐いて自身を落ち着かせる。

「――それを君が嫌だと言うなら、それでも構わない。だが誰かを頼りたくなったら、そのことを思い出してくれ。君が助けを求めれば、俺達はいつでも、必ず駆け付ける」

 そう暑苦しいほどの気持ちを込めて、それを伝えて来る名護に、擬態天道は何も言えなかった。



 名護が翔太郎と情報交換し始めたのをぼんやりと眺め、その内容を何となくだが頭に入れながら、擬態天道は尻を地べたに着いて座っていた。

「……できるなら、照井や紅の奴をこのままになんてして置きたくねぇが……」
「――手厚く葬りたいところだが、埋葬する時間はないだろうな」

 場所によってはまだ熱を保っているコンクリを避けて、座れる場所を見つけ出したばかりの頃は、そんな会話も聞こえたが。実際時間がないのは事実である以上、津上翔一達を見つけ出すべく早めに移動を開始し、その過程で情報交換を進めるという方向で二人の方針は決まったようだ。

 名護の言葉が、自分にとって事実なのかは知らないが――今は彼らに付いて行く、そのことしか考えていなかった擬態天道も、移動を始めようとした彼らの後に続こうとして……

(――ダークカブトゼクター? いや、違う……)

 聞き覚えのあるゼクターの飛行音が、彼の耳に届いた。
 それは自身の半身とも言える、ダークカブトゼクターと瓜二つの移動方法で、その空気の裂き方も同じだった。それによって発生した音を、一瞬彼が聞き間違えてしまうほどに。

 それが近づいて来ることに気づいて、擬態天道は立ち止まり、視線を巡らせ――見つけた。

「……あれはっ!」

 彼の声を聞いてか、名護も振り返る。そして次の瞬間に、大きく驚愕した声を上げた。

「……カブトゼクター!?」

 それは二時間前、この殺し合いを止め大ショッカーを打倒するために、それぞれの成すべきことを果たそうと、彼らとは別行動を選んだ男の、その相棒――

 本物の天道総司の連れていたはずのカブトゼクターが、擬態天道の頭の上まで飛んで来ていた。

「あのベルトは……」

 カブトゼクターが抱えるライダーベルトを目にして、思い当たるものがあるかのように翔太郎が声を漏らし、その言葉にはっとしたように名護が息を呑む。

「カブトゼクターがベルトとともにここにいるということは……まさか、天道くんが……っ!?」

 その愕然とした声に、擬態天道もあぁと、自分でも意外なほどにあっさりと、事実を受け入れる。

 その主と共に天の道を往くカブトゼクターが、彼が肌身離さず持っているはずのベルトを抱え、今ここにいるということ。
 それは、天の道を行き総てを司る男――天道総司の死を、意味していた。

 誰も彼もから愛され、何もかもを手に入れ、総ての頂点に立つ、まるで太陽のようなあの男――
 天道総司が、死んだ。それも、こんなに呆気なく。

 悲願が叶ったというのに、擬態天道の中には、不思議とそれを喜ぶ気持ちが湧いて来なかった。

 あまりにも突然のことで、まだそのことを実感できていないから? 自分の手で、あの男に復讐することができなかったから?

 どちらも違う気がすると、擬態天道は結論していた。

 ――このままのお前でいるか、それともお前がお前自身の力で生きようとするか……決めるのはお前だ。

 そう告げて来た天道は……自分を邪魔者のようには、扱わなかった。
 ずっと、出来損ないの擬態である自分を、見下していると思っていたのに。ずっと、彼と同じ顔で惨めに生きる自分を、疎ましく感じていると思っていたのに。
『天道総司』は名護や海堂と同じような光を燈した瞳で、彼のことを見つめていた。

 その瞳がもう二度と開かれることはないのだと思うと、喜びではなく、その反対の感情が、擬態天道の中に溢れて来た。

 どうしてなのかわからない。わからない。わからないことだらけだ。

 他者から辛い扱いしかされずに生きて来た彼にとっては、未知のことが多過ぎて。これまで体験したことのない感情の奔流に、擬態天道が戸惑っていると――

 その彼に話しかけるかのように、カブトゼクターが鼻先まで降りて来る。
 何かを伝えるようにカブトゼクターはその角を上下させると――抱えていた銀のベルトを、擬態天道の手の上に落として来た。
 ――瞬間。彼の感情が沸騰する。

「……ふっざ、けるなぁあっ!」

 受け取ったライダーベルトを、擬態天道は思い切り振り被ってカブトゼクターに投げ返す。渾身の力で叩きつけてやったと言うのに、その機体より大きなベルトを器用に掴み取るゼクターは何でもそつなくこなすあの男を思い出させた。心を占めるその他の感情総てを圧し払った怒りを込めて、滞空するカブトゼクターを彼は睨んだ。

「僕は……僕は、天道の予備なんかじゃないっ!」

 その死に感じた痛みも忘れ、ずっと抱えて来た憎しみのまま、擬態天道は叫ぶ。

「天道が死んだから? 僕にカブトになれってことか! ふざけるな、誰に頼まれたって、あいつの代わりになんかなるもんかっ!」

 あの時天道が自分を気遣ったようだったのは、つまりそういうことか――

「あいつがあの時僕を心配したのだって、僕を自分のスペアだって考えてたからだなっ!?」
「――総司くん!」

 擬態天道の激昂に、呆気に取られている翔太郎を追い越して、名護が歩み寄って来るのがわかる。
 その声がまた、制止の意味合いを含んでいたことはわかった。だけど、今度の声にはこれまでとは違う、自分への強い否定が込められていたことにも彼は気づいてしまった。また涙が込み上げて来るのを堪えられないまま、擬態天道は天空にあるカブトゼクターに罵倒を浴びせる。

「消えろ! どっか行っちゃえ! 天道の亡霊め、二度と僕の前に現れるなっ!」

 彼の叫びを受けてか、飛来したダークカブトゼクターがカブトゼクターに体当たりを仕掛けた。ライダーベルトを抱えたままでは満足に黒いゼクターに対処することができず、カブトゼクターは後退を余儀なくされる。深紅のゼクターを執拗に追い駆けて、ダークカブトゼクターはさらに突撃を仕掛ける。それを幾度と繰り返し、やがて黒金と深紅の双つのカブトムシ型のゼクターは、擬態天道達の視界から消えて行った。

 はぁはぁと、全力で叫んだことによって酸欠になった肺に空気を送りながら、擬態天道はカブトゼクターが消えた夜天をずっと見据えていた。

「……総司くん」
「何だよ、名護さ――」

 パン、と響いたのは、振り返り際自分の頬が叩かれた音だと気づいたのは一拍置いてからのこと。
 擬態天道は痛みから生じた敵意を乗せて、名護へと視線を戻す。
 そこにあった名護の顔は、強い憤怒に歪んでいた。

「天道くんに、謝りなさい」
「嫌だ。僕は、あいつの代わりになんか、絶対にならない」
「――そんなふざけたことを言うのはやめなさい!」

 名護から浴びせられた否定の言葉に、擬態天道は二の句を繋げなくなってしまう。

(何だよ……結局、名護さんもそうなの……?)

 結局彼も、自分を天道総司の代わりだと見ていたということか。
 だから天道が死んで、彼の予備としてカブトゼクターの資格者となることを拒んだ自分に、強い怒りを見せているのか。

 頬を張られた痛みではなく、自分の頭に浮かんだ事実にもう何度目かわからない涙を流しながら、キッと擬態天道は視線を強める。

「……君が自分の予備などと。天道くんが、本気でそう思っていると考えているのか?」

 だが名護の放った言葉に、擬態天道は意表を突かれ、そして愕然とする。

「……僕なんかじゃ、偉大な天道総司の劣化コピーにもなれないってこと?」
「総司さん、違いま……っ!」
「死者を愚弄するのはやめなさいっ!」

 タツロットが口を挟んで来たのを無視して、名護が声を張り上げた。その剣幕に、タツロットや視界の端の翔太郎、擬態天道自身も縮こまる。
 その畏縮した肩を、名護はまた力強く掴んで来る。

「彼は君のことを、自分の偽物だとか、予備だとか! そんな風に思ったりしない! 天道総司は、もっと大きく立派な仮面ライダーだ! 彼が君を気遣ったのは、一重に彼が君を、君自身を! 心から助けたい、救うための力になりたいと願ったからだ!」

 そう訴えて来る名護は、それを伝えること以外、何も頭にないかのように。まったく遠慮せずに、ひたすらに大声を発し続ける。

「きっと天道くんは、死の瞬間まで君のことを気に掛けていた! 心配していた! だからカブトゼクターは、彼のその遺志を継いで、君を護る力になろうと、ここまでやって来たんだ!」
「天道が……僕を……!?」
「そうだ!」

 確信に満ちた声で、名護は力強く頷く。

「天道くんは、君のことを想い、できることなら君の力になりたいと思っていた。絶対にそうだ! あの天道くんが、死に際にカブトゼクターに託したのは、君のことだったんだ!」

 自分とはまるで違う考え方を、完全に信じ切って名護は擬態天道に示して来る。

「そんな……そんなことが……」
「――なのに、君は。その天道くんの想いを愚弄した。その行為を見逃すことは、俺にはできない。天道くんに謝りなさい、総司くん」

 名護の物言いは、擬態天道を責める物から、諭す物へと変化していた。

「俺は君の師匠として、君に道を示すと言ったはずだ。君が道から外れそうになったら、元通りに導く義務がある。だから、もう一度だけ言う。天道くんに謝るんだ、総司くん!」

 そう掴まれた肩を揺すられ、擬態天道は成されるがままにぐらぐらとふらつく。
 何を信じていいのか、擬態天道には何も分からなくなっていた。何の基盤もないから、こんなに簡単に揺らいでしまう。
 今までずっと、擬態天道が見て来た世界と――名護達仮面ライダーが、彼に示そうとする世界は、同じ世界のはずなのに、まるで別の物に見えて。

 これまでの自分の見て来たそれか、仮面ライダーの示す世界か。

 擬態天道が判断を付けられず、ただただ戸惑っていた時だった。
 ――彼らの元に迫って来るバイクの音に、三人が気づいたのは。

「どなたかこちらに来てますね……?」

 タツロットがそう呟き、その直ぐ後に、深いワインレッドのバイクがその姿を現した。
 それを駆る軍服の男の顔は、その場に居た全員に覚えがあるものだった。

「おまえは……!」

 翔太郎が驚愕を、名護と、そして擬態天道が怒りを込めて、新たに現れた男へ視線を向ける。

「ガドル……さん……っ!」

 タツロットがそう、辛そうに呟いた。




095:志村運送(株) 投下順 096:Tを継いで♭再戦(後篇)
095:志村運送(株) 時系列順 096:Tを継いで♭再戦(後篇)
090:献上 ゴ・ガドル・バ 096:Tを継いで♭再戦(後篇)
079:生きるとは 擬態天道 096:Tを継いで♭再戦(後篇)
079:生きるとは 名護啓介 096:Tを継いで♭再戦(後篇)
086:This Love Never Ends♪音也の決意(後編) 左翔太郎 096:Tを継いで♭再戦(後篇)