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Oの始まり/嗤う運命 ◆/kFsAq0Yi2




「……結局、得たものは何もなし、か」

 呟いたのは乃木怜治。言葉ほどは落胆の籠っていない声だが、フィリップは歯噛みする。
 病院に向かおうと提案したのはフィリップだったが、それを止めたのが乃木だった。彼が言うにはまだ金居との待ち合わせにまで時間がある、それに首輪解除のために異世界の技術を集めるなら、この警察署を一度調べてからでも遅くはあるまい……とのことだった。
 それ自体は事実であり、病院に亜樹子がいるかもしれないというのもフィリップの願望に過ぎない以上、強く反論することはできなかった。

 そうして一つ一つ、警察署内を見て回ることになったが……海東大樹と乃木怜治の両方が、戦う術を持たないフィリップを一人にはできないと、彼との同行を望んで来たことが厄介になった。
 どちらがフィリップと一緒に行動するかで乃木も海東も、表面上はあくまで穏やかにしながら決して引かず、不和が広がりそうであったために秋山蓮の進言もあって四人で内部を捜索することになった。
 そうして四人で隈なく調査し、最後に調べに入ったのがこの地下の実験室のような部屋である。警察組織で独自開発された兵器についての性能実験を主な目的とした部屋だったようだが、残念ながら目的に即したものは何も置かれていなかった。

「――海東大樹。君は何故、ここに入った時に驚いたような表情をしていた?」

 乃木が尋ねたのは、この場にいる男達の中では最もフィリップと付き合いが長く、またその態度に反して最も信用が置けると考えている人物――海東に対してだった。

「いや、僕の知っている世界の警察署と似ていたのに、大事な物があった場所に何もないんだなって思っただけさ」
「僕の知っている世界、か……」

 飄々とした海東の言葉にそう一人で、興味深そうに呟いた後、乃木はフィリップの方に向き直った。

「残念な結果になってしまったな」

 そこで乃木は言葉を区切り、フィリップの表情を見た後、再び申し訳なさそうな表情で口を開いた。

「……いや。提案者として、無駄な時間を掛けさせたことを詫びるべきか。すまなかったな、フィリップ」
「乃木怜治……僕は、そこまで……」
「いや、君が友人である鳴海亜樹子を心配しているのを知っているのに、道草を食わせてしまったからな。ここは謝罪させてくれ」

 尊大な態度と裏腹に、乃木はそう素直にフィリップに謝る。フィリップは思わず彼へと一歩近寄った。

「気にしないでくれ乃木怜治。仲間のことが心配なのは僕だけじゃない。だから、僕だけが甘えたことを言うわけにはいかない。君の提案は確かに徒労に終わってしまったが、理に適っていて、皆のために必要なことだった。同意しておいて結果が悪かったからと君を責めるわけにはいかない」

 フィリップの許容を聞いて、乃木怜治は「すまない」ともう一度だけ謝って来た。
 初対面が高圧的であり、亜樹子が殺し合いに乗った可能性をフィリップに提示したことから、フィリップは彼にあまり良い印象を抱いていなかったが……一方で乃木はそのことでフィリップのことを思い遣ってか、こんな風に気遣いを見せてくれていた。

「――それにしても。わざわざ上の電気を消す必要なんてあったのか?」

 乃木への印象をフィリップが改めていた頃、蓮がそう疑問を零した。

「秋山蓮。全員で固まって行動している以上、この上は無防備だ。わざわざ周囲にここに人がいますよと宣伝することもあるまい――参加者は俺達のような真っ当な人種だけではないのだからな」

 蓮に対し、フィリップとの会話で見せた心配りなどを感じさせない口調で、乃木がそう答える。

「だが、協力的な参加者が通りかかっても俺達に気づかず、合流できない可能性があるんじゃないか?」
「一理あるな。それは確かに惜しいことだが……背に腹は代えられん」
「まあ、ここを通り過ぎたなら、時間を考えると行先は病院だろうね」

 そこで、E-4エリアの方を狙い撃つかのように指を象り、口を挟んだのは海東。

「まだ余裕がないわけじゃないけど、乃木が言うには待ち合わせしている金居くんとやらはどうも怪しい……だから先に病院に向かって準備しておきたいということも考えると、そろそろ僕らも出発した方が良いんじゃないかな?」

 秋山くんが心配している行き違いになった他の参加者とも合流できるかもしれないしね、と海東は付け足す。
 彼の言葉に異論を挟む者はなく、四人は地下から一階へと戻った。

 先陣に立つのは乃木怜治。単純に彼がそういうポジションを好むから――だけではなく、本人が危険人物からの不意の襲撃にもフィリップ達を護りながら対応し得る自信を持っているからだそうだ。
 その直ぐ後ろにフィリップ、海東、蓮と続く。皆が戦闘力のない自分を優先してくれていることに、フィリップは申し訳ないという想いを禁じえない。

(――翔太郎。君はどこにいるんだ)

 フィリップが求めるのは頼れる相棒の姿。状況に即さぬシュラウドへの反発心に大きく影響を受けているが――彼としかダブルにならないと決めた以上、フィリップがこれ以上同行者の足手纏いにならないためには左翔太郎との合流は至上命題だった。

 そうして裏口に隠してあったオートバジンを回収し、警察署から離れる時、彼らは結局気付かなかった。
 警察署の前に放置された、二台の車両――Gトレーラーとトライチェイサー、それらに変化が生じていることに。

 時刻は20時半過ぎ――死神が巨大な箱の中に潜んでから、未だ10分と経過していない時であった。






 それからおよそ40分後――ちょうどF-5エリアに足を踏み入れようかと言う時に、聞き慣れた耳鳴りがしたと思い、秋山蓮は振り返った。

「――どうしたんだい?」

 直ぐ前を歩く海東がそう疑問の声を投げて来たが、蓮はいや、と首を振った。

「――気のせいだったようだ」

 そうナイトのデッキと、警察署から持ち出して来た鏡の欠片をそれぞれ握り締めながら、蓮は正面を向き直る。

 一瞬、元の世界で嫌と言うほど耳にしたあの音――ミラーモンスターの気配を感じたと思ったが、改めて意識しても探り出すことができない。海東に告げた通り、気のせい――少なくとも今の自分達には関係ないことだと蓮は結論付ける。そうして先を行く乃木達に続くように、蓮も病院に続く道への歩みを再開しようとして、今度こそ確信を持って振り返った。

 後方を仰ぎ見たのは、またミラーワールドの存在を感知した、からではなく。
 自身の黒い姿を白く染めた、眩い光に気づいてだ。

「……あれは?」
「警察署の前に停めてあった車か……」
「Gトレーラーだね」

 オートバジンを手放した乃木が、疑問の声を上げるフィリップを追い越し減速する大型車両へと身構える海東の横に並ぶ。彼らよりも数歩前の位置に居る蓮は下がり際、Gトレーラーの運転席と助手席、その両方に人が乗っていることを確認した。

 三人の男が背後の少年を庇う形を取ったと同時、蓮が元居た位置よりさらに数メートル向こうでGトレーラーのタイヤが路面を噛み、その巨体を停車させた。
 照明が弱められ、獣の唸り声のようなエンジンの重低音が数秒続く。蓮が緊張しながら対峙していると、やがてその音は消えた。

 代わりに、その両端からそれぞれ一人の男をGトレーラーはその巨体から吐き出した。

「――何者かね?」

 そうどことなく高圧的な乃木の問いに、背の低い方の男が両手を上げて歩み寄る。

「突然申し訳ありません。でも、こちらに害意はありません」

 そう訴えながら一歩近づき、逆光が晴れて明らかになった男の顔を見て、海東大樹が息を呑んだのだが――生憎彼との間に乃木がいたため、また現れた二人の男への警戒に気を配っていたために、蓮がそれに気づくことはなかった。

「俺は、志村純一って言います。この人は、乾巧さん……殺し合いには乗っていません」

 そうして如何にも誠実そうな笑顔を浮かべる男と――どことなく感じの悪い顔つきの、茶髪の青年。二人は蓮達から、数歩の距離を置いて立ち止まった。

 一方蓮達は、聞き覚えのある名前に思わず反応してしまった。

「乾……巧?」

 それは第一回放送の直前まで、蓮達が共に行動していた草加雅人が口にしていた男の名。
 彼が信用に足ると言っていた、仮面ライダーファイズだった。

「――何だよ」

 蓮やフィリップの視線に、どこか居心地が悪いかのように乾はそう返す。

 本来なら、信用できると聞いている人物との合流は――優勝狙いとはいえ、操られた五代に対抗すべくこの集団に潜んだ蓮にとっても本来は望ましいことだが、自分達を裏切り、騙していた草加雅人の言葉をどこまで信用して良いのか――その不安が、乾を値踏みするような目になってしまったのだろう。

「――いや失敬。殺し合いを否定し、愚かな大ショッカーの諸君を叩き潰そうと言うのは我々も同じだ」

 そこでまるで代表のように歩み出たのは、傲慢な態度を崩さぬ乃木怜治。どこか皮肉な笑みを浮かべて、二人の参加者を睥睨する。

「こちらも名乗らねばならんな。俺は乃木怜治――」
「――乃木怜治だと!?」

 乾巧は、乃木が名乗った瞬間にそう強い敵意を剥き出しにした。

「どうかしたかな?」

 そうあくまで軽く、穏やかに応対する乃木に、乾は夜目にもわかる険しい表情と、立ち昇るほどの怒りで以って一歩詰める。

「――殺し合いに乗っていないだと? 天道の世界を征服しようとしたワームの言うことなんて、信用できるかよ!」

 乾の弾劾を受けて、乃木が少し視線を鋭くし、フィリップや志村と名乗ったもう一人の男が驚いたように乃木を見た。
 蓮自身は、あの剣幕で告げられた乃木の秘密に対し海東がまったく反応を見せていない方に注意が行ったが。

「……なるほど。君は天道総司と会っていたのか」

 乃木はそう静かに呟き、それから可笑しそうに鼻を鳴らす。

「だが……我々も、君のことを完全に信用できるわけではないのだよ」

 何、と眉間に皺を刻む乾に対し、乃木は背後に立つ蓮達を指し示す。

「俺自身に面識はないが、彼らは放送の前まで草加雅人と行動を共にしていた――その彼から、君のことを信用できる相手だと聞かされていてね」
「草加と!?」
「だが、彼は裏切った――隙を見て彼らを出し抜こうと、密かに凶器を集めていたのさ。目的は、優勝による園田真理の蘇生だろう」

 大ショッカーの言葉を信じるとは愚かな男だ、と芝居気たっぷりに乃木が笑う。

「嘘を吐くんじゃねえ!」

 対して、乾は吠えた。乃木にさらに一歩詰め寄り、胸倉を掴む。

「あいつは前に真理が死んだ時も……人々を護るっていう使命を優先した。今更あいつが、真理が死んだからってそんな真似に走るわけがあるか!」
「――だが、同行者を欺いてまで彼らの武器を自分の手元だけに集めていたのは事実だ。協力し合い、殺し合いを打倒しようという人間が、何故そんな真似をする必要がある?」

 冷めた視線のまま乃木が乾の腕を掴み、力んで震える彼の手を自分の首元から無理矢理引き剥がさせる。

「そんな草加雅人の仲間だと言う時点で、君が嘘吐きじゃないと言う保証はない――それと俺がワームだというのも、理由があって元の世界で人類と争っているのは事実だが、今は大ショッカーを潰すため、君達異世界の人間とも協力したいと言っているのも本当だ」

 乾の手を掴んだまま乃木が振り返ったのは、後ろに立つ蓮達三人。彼は悲しそうな表情を作り、続ける。

「――それでもやはり、人間以外の者を信じることはできないかね?」
「いや――信じるよ、乃木怜治」

 答えたのはフィリップだった。彼は一歩前に出て、乃木と乾の間に立つ。

「君の世界の事情については、後でもう一度じっくり聞かせて貰う――その時にまた、別の答えを出すかもしれないが、今は君を信じる」
「……ありがたいよ、フィリップ」
「その代わり、乾巧の話も聞いてあげて欲しい」

 フィリップに言われて、乃木は掴んでいた乾の手を解放した。彼は丁寧に手放したが、乾が乱暴に乃木の手を振り払ったため、粗雑な対応に見えたかもしれないが。

「――確かに草加雅人は嘘つきだったけど、乾巧が信用できる人物だと言うのは本当だと思うよ」

 そこで口を挟んだのは海東だった。

「おっと、別に乃木怜治が信用できない、と言いたいわけじゃないよ」

 視線の鋭くなった乃木に諸手を上げて見せ、海東は飄々とした様子で告げる。
 そこで蓮も口を開くことにした。

「……他人を騙すには、ある程度真実を混ぜる方が良いからな。乾巧が信用できる人間だと言う話は、事実だという可能性が高い」
「――ごもっとも、だな。失礼した、乾巧」

 乃木は慇懃無礼に乾に謝罪し、乾はそんな彼に対し顔を歪ませるが、横から彼の同行者が制止に入る。

「乾さん、落ち着いてくれ。確かにいきなりこんな目で見られて、嫌な気持ちになるのはわかるが――今はそんなことをしている場合じゃないだろ!?」

 真摯に訴える志村の姿に、舌打ちを交えながらも乾は頷く。彼は足元に視線を巡らせた後、何かに気づいたように顔を上げた。

「――待ってくれ。それじゃ草加は……?」

 彼が気にするのは当然、同郷の仲間の身。
 ステルスマーダーであるということが同行者に暴かれた以上、草加のその後は真っ当な道ではないだろう。蓮達からすれば勝手に見えても、乾の反応は当然と言えた。

「草加雅人は……」

 フィリップは、放送の直前に起きた悪夢を語る。彼らの頼れる仲間であった五代雄介が何者かの罠に嵌り、地の石によって操られてしまったということ。そうして変貌した五代を抹殺しようと、躊躇わず草加雅人が向かって行き――恐らく、カイザを遥かに凌駕したライジングアルティメットを前に敗北しただろうということ。

「ライジングアルティメットだと……」

 そこで乾が口を開いた。そうして呆然とした様子で、右手で額に当てる。

「じゃあ、あのカイザギアは……やっぱり草加の……」
「――っ、乾巧! ……君は、五代雄介と会ったのか?」

 平静を欠いた乾の反応からその事実に気付いたフィリップの問いによって、蓮達に緊張が走る。

「――五代さんなのかはわかりませんが、乾さんはライジングアルティメットと呼ばれた仮面ライダーと戦ったそうです」

 沈痛な面持ちの乾に代わり、彼の同行者である志村純一がそうフィリップに答えた。

「その際に、カイザギアという普通の人間が変身すれば死んでしまうベルトを使い、天道総司さんが自分を犠牲に乾さんを助けたそうで……」
「――待て。今君は、天道総司が死んだと言ったか?」

 聞き捨てならない、という風に反応したのは乃木怜治だった。

「ええ、悲しいことですが――」
「あの天道総司が……、か」

 あの乃木怜治が、そう噛み締めるように呟いた。
 悲しみの情などこれっぽっちも含まれてはいなかったが、その声に含まれた緊張は蓮が知る限り彼が見せた最高の物だった。

「――乾巧、その時の詳細を教えて貰えるか? 君らの装備はどういう状態だった?」
「乃木怜治、どうしたんだ?」
「何より、ライジングアルティメットを操っていたのはどんな人物だった?」

 フィリップの問いさえ無視して、乃木はそう乾に問い詰めた。

「ライジングアルティメットという呼称がわかるのなら、それを呼んだ人物――つまりは、五代雄介を操った張本人も君は見たはずだ」
「乃木怜治、それは僕も興味深いことだけど……今の乾巧は辛そうだ。何よりまずは互いの情報交換も満足に済んでいないんだ。最低限、君以外の僕達も名乗るべきだろう」
「……そうか。そうだな、フィリップ」

 意外なほどにあっさりと、乃木はフィリップの制止に応じる。
 彼がフィリップにだけは態度が違う――それは蓮の勘違いかもしれないし、仮にそうでも単純に胸中を秘めたままの蓮自身や海東よりは、明確な正義を示すフィリップ少年の方が乃木も感情移入し易いだけかもしれないが、蓮がそんな印象を抱くのも無理はなかった。
 ましてや彼はワーム……つまるところ人間ではないらしいということがわかった以上、彼が首輪の解除に最も近いフィリップを必死に懐柔しようとしているのではないのかと、疑いの目を向けてしまう。

「聞き間違えじゃなかったのか!」

 その蓮の思考を遮ったのは、歓喜の表情を浮かべた志村だった。

「――フィリップくん、俺達は君を探していたんだよ!」






「――それじゃあ、クウガを操っているのは……」
「怪しいとは思っていたが……やはり殺し合いに乗っていたか」

 情報交換の後、海東大樹に続いて呟いた乃木が表情を歪めた。

「金居ィ……ッ!」

 乾巧から改めて語られた情報により、彼らはライジングアルティメット――五代雄介を地の石によって操った張本人が誰なのかを解き明かすことができていた。

 ――その情報は、純一にとっても望むものだった。

(まさか敵は同じ世界の参加者だとは……な)

 冴子の死を知り悲痛な表情を浮かべたまま黙り込んでしまったフィリップに、彼の姉を護れなかったことを謝り何とか励まそうとする善人の顔を被ったまま、純一は考える。

(恐らく奴はギラファアンデッド……同じ世界の住人とはいえ、協力は難しいだろうな)

 アンデッド同士である以上、このような場でも純一と金居は敵であることに変わりない。無論世界保存のために協力することはできるかもしれないが、そのためには最低限、志村純一という善人の仮面を脱ぎ捨てねばならない。しかもそれで確実に地の石を有する金居との同盟が成立するとは限らないのだ。純一自身、機会があれば本来の敵である金居のことを始末したいとすら思っているのだから。

(……もっとも、『志村純一』として振舞えるのも後どれぐらいか)

 先程の情報交換の場において――あるいは首輪解除の希望である以上に、フィリップ達と合流できたことは純一にとって大きな意味を持つ、ある一つの要素があった。

(まさか、既に姿を見られていたとはな……!)

 フィリップが乾に見せる物があると言って提示したのは、園田真理を殺したと目される白い怪人の姿。赤いフェイスカバーに、鮮血滴る巨大な鎌を片手で握るそれは――志村純一の真の姿、アルビノジョーカーの物だった。
 その写真を見せられた瞬間、衝動的にこの場に居る全員を殺してしまいそうだったが、身体が動き出すのを純一は必死に抑えた。実際問題、油断し切っていた乾とフィリップを仕留めることは簡単だったかも知れなかったが、それでも純一の行動を制したのは二つの視線だった。

 乃木怜治と、海東大樹――奴らからは、一切の隙が感じ取れない。
 隙がない、というのはある意味では間違いかもしれないが……少なくとも乃木怜治は、その傲慢な振舞いは隙だらけに見えても、この男にとってはそうではないと、純一は本能的に悟っていた。何より、自分がヘマを踏んだ覚えなどないが――こいつは先程から、常に純一の動きを視界に収めるように立ち回っている。村上峡児の時のように、純一が警戒されているのは明白だった。こいつもワームという怪人らしく、どうも純一は人間以外の相手との化かし合いは上手く行かないようだ。

 海東大樹の方は、もっと露骨に純一を見張っていた。乾が乃木をワームだと告発した際も、その後の情報交換も、常に純一を視界に収めるどころではなく、純一に視線を向けていたのだ。乾から情報を聞き出していた今も、常にこちらを見ていた。
 二人の男から疑いの目を向けられているという状況は、この前に潜んでいた集団の状況を苦い思い出と共に思い起こさせるものであり、純一は内心舌打ちする。

「……村上峡児。野上……良太郎!」

 まさに今頭に浮かべた名を、傍らのフィリップが怒気と共に吐き出した。

「僕は必ず……君達を捕まえてみせる!」

 彼は風都の探偵だという。こんな状況下でも、肉親を奪われたのだとしても、憎しみに呑まれて仇の死を望むような人種ではないというのは、なるほど彼は立派な善人だろう。

「――フィリップくん。君のお姉さんを助けられなかった俺が、こんなことを言う資格はないのかもしれない。それでも、その手伝い、俺にもさせてくれ!」

 ――だが真犯人にあっさり騙されるのは、ただの道化でしかない。

 こちらの思惑も知らず、純一の熱弁に彼は少しだけ柔らかくなった表情で、「ありがとう」と返して来た。
 そんな少年に笑顔で応じながら、純一は今後のプランを練っていた。

 乾が期待していたフィリップでも、首輪を解除できる確証はないらしい。だが彼は既に首輪の内部構造について詳細を得ており、さらにいくつかの考察も纏めていた。純一の嘘に簡単に騙された甘い面もあるが、こと技術に関しては間違いなく傑物ということだろう。
 つまり、首輪を今すぐ外せるというわけではないようだが、フィリップが首輪の解除に最も近い鍵であることは確かなようだ。妙にフィリップに対して態度が甘かった乃木怜治も、おそらくは彼が首輪を解除し得る人材であることを見越し、この少年を懐柔しようとしているのだろう。となれば、奴はライバルと言うことになる。
 理想を言うならば、フィリップに取り入り、彼の信頼を得て誰よりも先に純一の首輪を外させられれば最高だ。そのまま即座にフィリップを殺害し、純一以外の参加者の首輪を解除できなくしてやれば、彼らと違って変身に制限がない――さらに言えばアンデッドとしての不死性を取り戻した純一が、この殺し合いにおいて絶対的な優位に立てる。
 また、逆に純一の正体が暴露される時も、やはり真っ先にこの少年の命を狩り取らねばなるまい。正体がバレればフィリップに純一の首輪を外させることができなくなる以上、彼の存在は他の参加者を有利にする危険因子でしかないからだ。

「――妙だね」

 純一が瞬時に思考を巡らせていると、不意に、海東が奴にしては真剣味を帯びた声でそう呟いた。

「どうしたのかね?」
「野上良太郎――僕はその名前を知っている。そんなことをする仮面ライダーだとは考え難い、ということさ」

 乃木の問いに答える形で発せされた思わぬ言葉に、純一の中に衝撃が走る。

(――何……だとっ!?)

 名簿では、奴と野上は別の世界だったはずだ――そう思わず海東へと目を剥いた純一だったが、同時にフィリップが彼に声を掛けていたおかげで、幸いにもそちらに注意が集まり善人の仮面を脱いだ顔を見られることはなかった。

「海東大樹……志村純一の言うことが嘘だと言いたいのかい?」

 だがそれに安心する暇もないフィリップの言葉に、純一は冷や汗を掻く。

 ここで嘘が見抜かれれば、最悪この五人全員と戦うことになる。いくら純一でも、そうなればただではすまない。
 隙を見せている奴らだけでも今殺すか? と純一は悟られぬように周囲を見渡すが、既に乃木が純一の一挙手一投足を完全に監視していることに気づく。油断し切ったフィリップなどを攻撃した隙に、奴から手痛い反撃を受けることは明白だ。
 かといって隙がなく、見るからに強敵である乃木に最初に仕掛けたところで仕留められまい――そうなれば、結果は五人からの袋叩きだ。

「いや、そういう意味じゃないさ」

 袋小路に追い詰められ、一か八かの賭けに出ようかとしていた純一を踏み止めさせたのは他ならぬ海東の言葉だった。

「志村くんの言う野上良太郎は、電王に変身する二十前後の青年……僕の知っている野上良太郎も電王だが、まだ十代前半の子供だからね。よく似た別人と考える方が自然さ」
「――ならどうして君は、先程わざわざ妙だと口にした?」

 そう質問したのはまた乃木だった。今度は真面目に理解できない、と言った顔をしている。

「同じ名前を持った同じ仮面ライダーに変身する、別世界の人物――心当たりのある彼らは、僕の知る限りだと似通っていたからね。完全に同一の名前を持つのに、見た目も中身もまったく違うのかなって思ってさ」
「それは気にするようなことだったのかね? 君の知る例が偶々そうだっただけ、という可能性の方が高いだろう」
「……そうだね。その通りだ。誤解を招くような物言いをしてしまったが、皆許してくれたまえ」

 乃木の言葉に、海東はそう言葉だけ聞くとあまり反省していないような謝罪を口にした。

 一方で純一は、実際には二人の野上良太郎が似ている――といえなくても、少なくとも殺し合いに乗らない人物であることは共通していると知っている。二人の外見的特徴の時点で大きな差異があり、間違っても海東に同一人物であり純一が嘘を吐いている、などと認識されなかったことに胸を撫で下ろしていた。

 いずれにせよ、アルビノジョーカーの姿を知っている彼らをこのまま野放しにするつもりはない。

 これまで、ジョーカーの姿を見た者は全て死んでいる。死神の姿を見るのは、その者の命が潰える瞬間だけでなければならないのだ。それが生者に知られているなど論外だ。今はまだ純一と結びつけられていないが、さっきみたいな拍子にいつ嗅ぎ付かれるかわかったものではない。
 邪魔な村上達の悪評を流すために今は生かすが、彼らが生きていることで純一が被る不利益がメリットを上回った時は……彼は殺意を刃の形に練り上げ、その上で鞘に隠す。
 下手に吹聴させないためにも、言い触らされた場合でも誰にジョーカーの姿を知られたのか――それを確認するために、しばらく彼らと同行することはもはや確定事項だった。
 一先ず、彼らと共に純一が目指すべき場所は、やはり……


100:狼と死神 投下順 101:Oの始まり/嗤う運命(中篇)
100:狼と死神 時系列順 101:Oの始まり/嗤う運命(中篇)
090:信じる心 秋山蓮 101:Oの始まり/嗤う運命(中篇)
100:狼と死神 乾巧 101:Oの始まり/嗤う運命(中篇)
100:狼と死神 志村純一 101:Oの始まり/嗤う運命(中篇)
072:信じる心 乃木怜司 101:Oの始まり/嗤う運命(中篇)
073:信じる心 海東大樹 101:Oの始まり/嗤う運命(中篇)
073:信じる心 フィリップ 101:Oの始まり/嗤う運命(中篇)