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闇を齎す王の剣(3) ◆o.ZQsrFREM






 突如として姿を変えた、第零号の変身した仮面ライダー――黄金のブレイドを前にして、即座に動けた者はいなかった。

 新たな形態へ変化したと同時に、それが放つ圧力が桁違いに跳ね上がった。
 肌で感じるそんな不確かな感覚だけでなく、ブレイドは実際に、一瞬で小野寺ユウスケの変身した第四号――戦士クウガをまるで塵芥の如く蹴散らす、その英雄譚を知る者からすれば悪夢のような光景を展開した。

 クウガがその空間に叩き込まれたことで追い出され、飛び散った瓦礫が、弾丸となって足元に飛来した段階に至って、ようやくアビスの仮面の下で小沢澄子は正気を取り戻した。

「――逃げなさい、京介くんっ!」

 正気を取り戻せても――小沢澄子ともあろう者が情けないことに、そんな半ば恐慌状態の言葉しか発せられなかったが。

「――凄い……うん、凄いよ、これ!」

 そう第零号が、まるで新しい玩具を与えられた幼子のように絶賛する今のブレイドは、有り体に言えば――ヤバい。

 数分前に小沢が言った、この会場における常識的な危険人物などではなく――この会場、様々な世界の超常の存在――仮面ライダーと怪人達が集められた戦いの地においてなお、桁外れに危険な存在。そうアビスは本能で感じ取ってしまっていた。

 警察官の本分に従い、この場で最も優先すべきは民間人の少年の安全――そんなアビスの叫びに、しかし当の本人は首を振る。

「ユウスケさんがっ!」

 キバが視線を注ぐのは、クウガの埋没した瓦礫の山。弾丸の勢いで吹き飛ばされた青年の身を、彼は心から案じていた。
 その優しさを好ましいと思いながらも、この状況では邪魔な甘さでしかないその感情に囚われた彼に、しかしまたらしくない自身の甘さに一瞬縛られてしまい、掛けるべき言葉が即座に浮かばなかったアビスは仮面の下で苦い表情を作った。

「二人は逃げてください……彼は私がっ!」

 そんな中で動いたのは仮面ライダーアクセル――一条薫警部補だった。
 彼は腰のドライバーを握り、ベルトから取り外して跳躍すると――何と、宙で一転する間に人型からバイクへとその形を変えたのだ。
 アクセルの変形したバイクはその前後の車輪で地を噛むと、ビートチェイサーやガードチェイサーを遥かに凌ぐ速度の紅い流星となって、夜の廃墟を縦横無尽に疾走した。

 紫の四号よりも重厚な鎧姿の敵の動きは明らかに鈍重のはず、なるほどその機動力ならブレイドを幻惑してさらにクウガを回収し、無事に離脱もできるだろう――そう判断したアビスは、なおも後ろ髪を引かれる様子のキバの肩を叩いて戦闘区域からの離脱を促す。

 だが、そんな二人の警察官の目論みも、ほんの一瞬で瓦解することになる。

 ブレイドの左足から発せられた金の光が夜の闇を制したかと思うと――その黄金の鎧姿が、霞となって消えたのだ。

 空気の破裂した鋭い音に続いたのは、金属の噛み合う不快な激突音と――それ以上に耳を塞ぎたくなるような、一条の痛々しい悲鳴。
 音速に迫る超高速機動を見せていたアクセルのバイクフォームに、明らかに俊敏な動きに向いていない甲冑を纏ったブレイドが易々と追い付き、その大剣で引き裂いていたのだ。

 斬撃のダメージによってバイクフォームから人型に戻って転がったアクセルはその胴に横一文字の裂傷を刻まれ、深紅の装甲の一部をさらに深い赤で染め直していた。

「一条さんっ!」
「止まっちゃ駄目っ!」

 悶え苦しむアクセルを振り返ったキバを、アビスはそう彼女らしくない、上擦った声で窘める。
 ここで止まっては、一条の頑張りが無駄になる――彼と京介を救うために命を散らせたという顔も知らない同僚、照井竜の遺志も。
 そのために素直に尊敬の念を持てたあの異世界の同僚を見捨てるしかない。そんな己の無力さに唇を噛みながらキバの背を押すアビスへと、ブレイドの赤い複眼が向けられる。

 絶望の鉤爪に心の臓を鷲掴みにされた錯覚に襲われたアビスの前に、ブレイドの視線を遮るように、揺らめきながらも立ち上がる影があった。

「――逃げやがったか……」

 そう呟いたのは、御伽噺に出て来る山賊のような服装をした壮年の男――牙王だった。
 埃を被って汚れ、服ごと胸板に縦に走った刃の痕を示しながら――彼はなお強い威圧感を放って、ブレイドに対峙した。

 ――それにしても、一体誰がここから逃げ遂せたと言うのか?
 ブレイドの周辺に散らばっていた、ラウズカードの消失に気づく余裕のない小沢には、まるで理解できない言葉だった。
 最も、気付いたところで何ができる、何が変わると言うわけでもなかったのだが――

「それがキングフォーム、か……」
「――へえ、そういう名前なんだ」

 脇に転がったアクセルの苦しむ姿に何の興味もないように、ブレイドは自らの黄金の剣をしげしげと眺める。

「凄いね、異世界のリントは――仮面ライダーはさ。本当に凄いよ、これ……僕やクウガと同じぐらい、凄い」
「凄え凄えと、語彙のねえ野郎だ」

 呆れたような牙王の溜息に含まれているのは、だが喜色だった。

「予定が変わっちまったが――そいつこそ俺が探していた、究極の獲物みてぇだな」

 そうブレイドに告げた牙王の腰に、虚空から恐竜の頭部を模したバックルが出現したのだが、生憎位置関係からアビスにそれは確認できない。
 電子音に振り返って、牙王がその名を冠した銅色の仮面ライダーに変身したということだけを確認したアビスは、危険人物同士が潰し合っている今こそを好機と見なし、竦んで重たくなった足を振り上げる。
 できるならクウガやアクセルを助けたい――だが今ここで策もなく引き返しても、全滅するだけだ。彼らもブレイドとガオウが激突しているこの隙に、何とか離脱してくれると信じるしか、今の彼女にできることはなかった。

 ――この時、アビスはようやく気付いた。

 ブレイドの視線が射抜いていたのが、ガオウではなく、またアビスでも、キバでもなく――直線状に並んだ三人の仮面ライダーを、同時に見据えていたということに。

 ――FULL CHRAGE――

 ――Spade Ten Jack Queen King Ace――

 対峙する二人の仮面ライダーが、互いに最大威力の一撃をぶつける体勢に入ったと同時に、アビスは思わず振り返っていた。

「これを持って、行って!」

 飛び道具があるため後衛になるからと彼女が預けられていた、彼らが牙王から奪還したデイパックを同じく立ち止まってしまったキバへと預けて、仁王立ちしたアビスは一枚のカードを取り出し、大急ぎでベントする。
 ――避けようとしても、間違いなく、お構いなしに諸共薙ぎ払われる。そんな恐ろしい確信が既に、彼女の内にあった。

 ――Royal Straight Flush――

 ――FINAL VENT――

「――うぉらぁああああああああああああああああああああっ!!」

 ――恐らく、牙の王も本当は悟っていたのだろう。
 彼の牙は、決してこの究極の獲物の喉笛に届くことはないと――

 五枚の巨大なラウズカードがブレイドとガオウの間に展開され、直視できないほど眩い光を湛えた王の剣が振り被られる前に、ガオウガッシャーの先端が射出される。

 それでも彼は、最期の瞬間まで、牙であり続けようとしたのか。
 喰うか喰われるか――己の価値観に殉じようと、残された全ての力を込めたタイラントクラッシュの切っ先が、横殴りにブレイドキングフォームに襲い掛かった。

 だがその結末は、あまりに無情――

 振り抜かれた右腕に反し、ブレイドの右肩に襲い掛かった刃はそこで停滞したまま。
 ――擦過傷一つ、その黄金の装甲に刻めずに、受け止められていた。

「――うぇーい!」

 そうして王は携えた光の束ごと、黄金の剣を振り下ろした。

 重醒剣キングラウザーから斬撃として放たれたのは――夜も昼も問わず染め上げるほどの、暴力的なまでに膨大な光の奔流だった。

 解き放てば世界全てを埋め尽くすのではないか――そんなありえない錯覚をしてしまうほどの密度に光の粒子を収束して放たれた一閃は、五つのゲートを一つ潜るたびにさらにその輝きを増して、刹那の間にガオウへと到達し、そして過ぎ去って行った。
 仮面ライダーの装甲も、不死すら殺し尽くす必滅の光に一瞬にも満たぬ間に蹂躙され、喰い尽くされ、その奥の肉体ごと消滅させられたのだ。

 ガオウガッシャーを握った右手首だけをその場に残し、まるで他にはそこに何者も存在していなかったかのように牙の王を呑み込んだ光子の束は、その勢いを保ったままアビスと彼女が背後にするキバへと殺到する。
 二人の仮面ライダーが煌めきの群れに呑まれる寸前、逆に光の奔流を飲み干さんとする巨影が現れた。

 明らかにそれを吐き出したガルルセイバーの数十倍も巨大な体躯を誇る、空を泳ぐ鮫の名はアビソドン――アビスのファイナルベント・アビスダイブによって召喚された、彼女の契約モンスターのアビスラッシャーとアビスハンマーが融合した姿である。
 主の呼び声に応えた魔獣は、ガオウが光に消えた時点で既に迎撃を放っていた。両目を展開した砲台からエネルギー弾を放ちながら、鼻先にアーミーナイフ状の鋸を装備し、光の流れを断たんと自ら躍り掛かっていたのだ。

 だが、既に牙の王たる者を破った光輝の剣に、鮫の牙が切れぬはずがなく。

 物理的な圧力すら得た閃光に殴り付けられたアビソドンの身体が、一瞬まるで膨張するかのように変形させられたが、次に瞬く間もなく、結局は一片も残さず蒸発させられた。

 しかし忠臣であった魔獣の命は、決して無駄に潰えたわけではなかった。

 爆発すら貫いてアビスに迫る光条は、放たれた当初と比べれば痩せ細りその勢いも減衰していた。ガオウとアビソドン、この二つの存在を消し去ったことで、その力をさすがに消耗させていたのだ。

 ――ありがとう、と。本来は人に仇成すだけの畜生に、ただ契約によって操られていただけのモンスターに、それでも小沢は柄にもなく、内心で感謝を告げた。
 あるいはそれは、まるで人間のような醜悪だった未確認生命体の死を見たために、彼女の中に余計な感傷を生んだ結果だったのかもしれない。

 ――それでも光の剣は、なおも脅威としてアビスへと迫っていた。

 振り降ろされた大剣から放たれた光線が、ガオウを消し去り、アビソドンを蒸発させ、アビスへとその切っ先が伸ばすまで、所要時間は結局一秒にも満たなかった。
 その間に彼女ができたのは己が身と、背後の少年が変身した仮面ライダーを庇うように両腕を交差させ防御姿勢を取る、たったのそれだけの所作だった。

(――結局私も、あの馬鹿みたいに自惚れていたのかしら?)

 結局無力だというのに出しゃばった結果のこの有り様に――既に殉職した疎ましい同僚の憎らしい顔が、何故か脳裏を過ぎった。

 その直後、契約モンスターの死によってその身の水色が失せて行くアビスへと――眩き刃が突き刺さった。



「――小沢さんっ!!」

 光に弾かれたようにして自らに激突した後、地にその背を着けた女性へと、キバの鎧を纏った京介は駆け寄った。

「小沢さん、しっかりしてください! ――小沢さんっ!」
「おい姉ちゃん、しっかりしてくれよ! なぁ、おいっ!」

 キバの腰に止まっているキバットも、必死の想いで彼女に呼び掛ける。
 脂汗を流し、苦しそうに眉を顰めながらも、小沢澄子は生きていた。微かに息があった。

 だが――その命がもう長くないことぐらい、明日夢と比べて医学に疎い京介にも一目でわかった。そんな惨状だった。

 アビスの鎧もカードデッキも、あの殲滅の光の中に連れ去られた。

 身体を庇うように交差させていた彼女の両腕は、肘から先が消し飛んでいた。
 それで護られていたはずの上半身も、黒味を帯びた血液に染まり切り素肌と衣服の区別が付かなくなるほどに抉られていたのだ。

 そんな中で汚れ一つない首輪の輝きが、やたらと異彩を放っていた。

 今すぐにでも手当てをしなければ、彼女は間違いなく死ぬ――京介を庇おうとしたせいで。

 要救助者を救うために、燃え盛る業火の中へ飛び込む父の姿が。一条と、彼が運ぶ気絶した京介自身を護るために、無数の怪人とレンゲルへ変身もせずに単身立ち向かう照井の姿が。実際には目にしていないはずの京介の脳裏で、それでもフラッシュバックする。

「――どうして……っ、どうしてなんだよっ!」

 人助けは立派な行いだ。それを疑う気持ちは、その道を選んだ京介には毛頭ない。
 だが、そのために簡単に自分の命を投げ出すのは違うだろう?
 そうやって助けられ、残された側が、どんな想いで生きることになるか――そんな状態で人を助けたなんて言わせない、認めたくない。

「――ハハ、アハハ、アハハハハハハッ! 凄い、本当に凄いよ、これ!」

 自らの生んだ惨状に無邪気に笑うその不快な声も、今の京介にはただの雑音でしかなかった。まるで世界の全てが背景のように遠く、自身と関係のない出来事に感じられたのだ。

「――早く逃げるんだ、京介くんっ!」

 そんな一条の絶叫の後に、壮絶な陥没音が聞こえて来た。重傷を圧して立ち上がり、敵を喰い止めようとしたアクセルが一撃で叩きのめされる、そんな音が。直ぐ後に聞こえた先程のクウガが生んだのと似た音は、瓦礫にでも突っ込んだ音だろうか――金属質な装甲のアクセルにしては、クウガの時よりもずっと、生々しかったが。

「――京介、おい京介! 泣いてる場合じゃねえ、直ぐに姉ちゃんを!」

 キバットに言われるまで、京介が変身したキバは呆然自失の体だったのだろう。はっとしたように小沢に手を伸ばすと、彼女は目を開けるのも辛そうな顔で、微かに首を振った。

「私は、良いから……行きなさい」
「――嫌ですっ!」
「……命令、よ」

 今にも息絶えそうな苦痛の中、それでも光を失わない強い瞳に、キバは大きく首を振る。

「お断りしますっ!」

 邪魔なデイパックを投げ捨てて小沢を抱き上げ、彼女の苦しげな呻き声を耳にしながらキバは、状況を確認すべく背後を振り返った。
 惨劇の中央に立つ、暴虐の王――その黄金の威容と、自分達の間にあった全ての物が、完全に消え失せていた。
 奴を中心に見て、自分達とは反対方向にある瓦礫の山の一つから、破れたコートの袖に包まれた血塗れの腕が一本、生えている。それが一条の変わり果てた姿だと悟り、キバの仮面の下で京介は思わず頬を濡らす。

「――まだ足りないのかな?」

 先程の興奮を感じさせない冷めた様子で、ブレイラウザーを腰に戻したブレイドはその大剣を地に突き刺し、そこに両掌を置いたまま、一条の物とは別の瓦礫の山を眺めていた。

 まるでその言葉を待っていたかのように――積み上げられた瓦礫の一角が吹き飛ぶ。
 その奥から肩を上下させながら現れたのは、短い二本の金の角に、弱々しい印象の白い装甲――キバの知らない姿をしたクウガだった。

「――ダグバ……ッ!」

 だが彼は、弱々しいと京介が感じた印象を裏切るかのように力強く拳を握り込み、憤怒を滲ませた声色でそう呟き、眼前に立つブレイドを視線だけで殺すかのように睨みつけた。
 アークルが唸りを上げ、その白い身体が戦意によって再び赤へと彩られたが――

「――そっか。やっぱりまだ足りないんだね」

 そうブレイドが言い残すと同時に、右の上腕部の装甲に刻まれたクレストが黄金の輝きを解き放って――

 ――――――ash――

「――えっ?」

 ――電子音と同時、痛みなど通り過ぎた衝撃が、キバの鎧ごと京介の身体を貫いていた。
 何が起こったのか――目を通す前に、電流がその身を灼いた。

「――うぁああああああああああああぁぁぁああああああぁぁぁぁぁあああああっ!?」

 自分の喉から迸った絶叫が、まるで他人の物のように感じられた。先程までの魔皇力の責め苦などとはまるで比にならない、本当に内側から焼かれる苦痛を前に京介は数秒後、喉が焼き潰されるまでの間、壊れた機械のようにただ悲鳴を上げ続けていた。
 キバの鎧が、ダメージに耐え切れずに霧散するのを感じた時に京介はようやく、己の胸から生えて小沢の胴を貫いた、黄金の美しい刀身を目にした。

 ――この時既に、腕の中の小沢の呼気が消えていたことに気づく余裕はもう、京介には残ってなかった。また自身が、皮膚と筋肉と骨と臓器を貫かれた致命傷でなお即死できず、徒に苦しまなければならない理由が――憧れの師の記録を更新するほど熱心に打ち込んだ、鬼としての鍛錬の成果であるという皮肉に気づく余力もなかった。
 ……あるいはそれは、まだ幸運だったのかもしれないが。

「――っ、テ……テメ……エッ!!」

 同じく電流を浴びたからか――苦しそうな様子で、それでも叫んだキバットが京介の腰から背後へと飛び回り――硬い殴打、続いて何かが転がった音の後からは、その羽ばたきが聞こえなくなった。

「ほら、クウガ――これでもまだ足りない?」

 そんなブレイドの声が、傷口を捻られて血が噴き出す京介の耳に届くと同時に――
 京介の――今気づいたが、左側が消えた視界の中で、クウガは咆哮していた。

 それはただ聞いただけの者さえ悲しませるような、深い慟哭だった。

 叫びと同時、突如として彼の周囲に発生した、稲光を伴ったどす黒い靄が辺りの瓦礫を宙に浮上させ――霊石から常とは違う、重々しい唸り声が発せられ始める。
 肩や肘から突起を伸ばし、その身を夜より暗い漆黒へと染めて行くクウガの、その仮面の下にある、あんなに温かい笑顔を浮かべていた青年の顔を京介は思い出して――

(ごめんなさい……!)

 震える唇で、実際には声にならなかった言葉を、無我夢中で紡いでいた。
 彼は最初、京介達の同行に反対していたのだ。敵は危険だと。他の者が巻き込まれないよう、自分だけで戦うと――
 それでも一条が語った黒いクウガは、それを生み出した古代民族から見ても禁忌の存在であったという。変身者の心を喰い尽くした、世界を滅ぼす理性なき生物兵器であると。
 制限によりそんな危険な変身でも一定時間が過ぎれば解除されることがわかっていても、例え一時でも、この心優しい青年をそのようなおぞましい存在に変えたくない。彼はそれで苦しんでいたのだから――京介達はそう考えて、彼の力になろうと戦場に馳せ参じた。

 だが、結果はどうだ。

 彼の危惧した通り、あまりに危険な敵によって皆殺し尽くされてしまった。彼を救う力となるどころか、ただその力を封じる枷となって事態を悪化させ、勝手に殺されて彼の心をより深く抉ることになった。そうして勇者は、彼の言う通りに単身挑んだ場合よりも、さらに深く救いのない暗闇にまでその身と心を堕してしまった。
 彼の警告を聞き入れていれば――せめて小沢や一条が命を懸けて護ってくれた時、立ち止まらずに自分が逃げていれば……彼は、こんなに傷つくことはなかったのに。

(ごめんなさい……!)

 色を失い、光を返さぬ黒に変じたクウガの瞳を見て、京介の穴の開いた胸の中も同じ色に染められる。

(安達……おまえは、ちゃんと立派なお医者様になって……人を助けてくれ……大丈夫、世界はきっと、ヒビキさん達が護ってくれるから……)

 命が闇に消えるまでの、ほんの一瞬の間に――京介は声のない遺言を頭に浮かべた。

(だから、ヒビキさん……ユウスケさんも、他の皆さんも、人を……助けて……あげて、くださ……い……)

 次の瞬間、喉を震わせ絶叫したクウガが掌を翳したと同時に生まれた劫火に呑まれ――桐谷京介は、小沢澄子の遺体と共に完全に焼滅した。

 ――彼の命と肉体、果たしてどちらが消えたのが早かったのか、誰にもわからぬまま。



 強烈な一撃により前後不覚に陥って、グローイングフォームに退化した仮面ライダークウガ――小野寺ユウスケは、それでも惨劇の全てを克明に目撃していた。
 ロイヤルストレートフラッシュで牙王が死に、小沢が瀕死の重傷を負うのも。
 彼女を連れた京介が逃げる時を稼ごうと奴に組み付いた一条が、アンデッドの力を得た拳を受けて変身が解け――そのまま生身で瓦礫の山に叩きつけられ、埋没したのも。
 そうしてようやく動ける程度に回復したユウスケは立ち上がり、再びマイティフォームへと変身した。これ以上、理不尽な暴力に誰かの笑顔を奪わせないために――
 だがダグバは、彼を見てこう言ったのだ。

 ――まだ足りない、と……

 直後、まるでビデオのフィルムがそこだけ切り取られたかのように、過程が置き去りにされて小沢を抱いたキバが、彼女ごと稲妻を纏ったキングラウザーに貫かれていたのだ。
 その所業に怒りのまま飛び掛かったキバットが、ブレイラウザーに切り捨てられた。

 そうして奴は、また言ったのだ。これでもまだ足りないのかと――

 全てはユウスケを怒らせ、ダグバを憎ませ、究極のクウガにするために。そうして奴が笑顔になるために。

 奴はそんな理由で、皆の笑顔を奪ったのだ。

 人を護ろうとした一条が、容赦なく拳に砕かれて――かつての姐さんのように、究極の闇によって小沢は息を引き取った。
 そんな理不尽に耐え切れず飛び掛かったキバットも、一刀の下に切り捨てられて――

 ――最後に残った京介が、悲しそうな隻眼で自分を見たのを、ユウスケは忘れられない。

 少年はきっと、助けを求めていたのだ。
 なのに自分は、それに応えられなかった。
 だって、自分は――っ!

(ごめんなさい、一条さん……俺、中途半端しかできない奴でした――っ!)

 皆の笑顔を護るなら、その皆の中に自分を入れろと、クウガと共に戦った異世界の刑事は言っていた。だからユウスケも一人だけで究極の闇を齎す者となってダグバを倒すのではなく、本当の意味で皆の笑顔を護るため、仲間と力を合わせて立ち向かおうとした。

 だが、ユウスケは自分を救おうとしてくれた恩人達を、全員死なせてしまった。
 彼らがユウスケの警告を無視し、付いて来たことなど、問題ではない。彼らは約束通りに、強敵であるレンゲルを抑えていたではないか。あの時自分がダグバの変身した、通常のブレイドにさえ後れを取っていなければ、こんなことにはならなかったのだ。

 つまり――結局のところユウスケは、仮面ライダークウガに相応しくなかったのだ。

 五代雄介や門矢士のように誰かを護ることさえできない、弱くて情けない奴のくせに、そんな自分が彼らの真似事なんてしようとしたせいで、仲間が全員殺されてしまった。
 ユウスケは、一条が言うような、本当の意味で皆の笑顔を護ることなどできっこない、中途半端な奴でしかなかったのだ。理不尽な暴力に優しい笑顔が奪われて行くのを、ただ眺めることしかできないような、どうしようもなく不甲斐ない奴でしかなかったのだ。

 こんな自分のために――きっとこれからも、ダグバの存在を許す限りずっと、この惨劇は繰り返される。幾度となく、全ての生命が殺し尽くされるその時まで。

 そんなことにはもう、耐えられないから――
 この命も、心も、全部捧げたって良い。それでダグバを倒せるのなら――もうこれ以上、自分のせいで誰かの笑顔が奪われずに済むのなら――

 ――俺は、究極の闇にもなる!

 中途半端でしかないのなら、せめてこれ以上の犠牲は自分だけで、ダグバを討とう。

 その願いだけを残して、彼は再び禁断の変身を遂げた。



 ン・ダグバ・ゼバは、かつてない歓喜に包まれていた。

 身を包むこの異世界の鎧。仮面ライダー。ブレイド。キングフォーム。その秘めたる力を感じ取り、無邪気な少年のようにダグバは笑っていた。
 この王の名を冠した鎧は、それに相応しく――それこそグロンギの王である自身と比肩するほどの力を有していた。究極の闇を齎す者と並ぶほどの力を、だ。
 期待していたものを大きく上回る、その力。それを自在に操るこの快感は、ダグバでも身体の芯から湧き出る喜びを抑えることができないほどに絶大な物だった。

 そして彼は幼子のように、純粋に興味を持った――キングフォームに変身した今の自分と、究極の力を持つ者が戦えば、どっちが強いのだろう、どんなに楽しいんだろう……と。

 殺すのか殺されるのかわからない、命のやり取り。
 ダグバの魂を掴んだ至高の感情――恐怖を感じ、恐怖を与え、恐怖を乗り越えるための闘争――それを超えた先にある、心の底から笑顔になれる理想郷。
 それらを求めた魔王は、その最強の剣を以って殺戮を行った。
 全てはクウガを怒らせるため――究極の力を持つ、凄まじき戦士に変貌させて、自らが笑顔になるために。

 ラウズしなければ使えなかった、封印されたアンデッド達の力が、念じるだけで扱えた。
 重厚な鎧を纏ったままで音と同じ速さで駆け、より重みを増した拳を放ち、果ては究極の力を以ってしても叶わぬこと、時間の停止すら意のままに――
 さらには、全力を注げば究極の闇さえ打ち払えそうな、絶対的な力を秘めた光輝の剣をも、ブレイドは操ってみせた。

 その力はダグバを大いに満足させ――そして望む通りの結果を齎した。
 夕刻二人のリントを『整理』した時と同じように――やっぱりあのもう一人のクウガは、ダグバの期待に応えて、彼と等しい究極の姿になってくれた。
 これで、楽しい戦いができる――そう思ったブレイドが、キングラウザーを生きているか死んでいるかもわからない二人のリントから引き抜こうとした時、その全身を紅蓮の炎が舐めた。

 この世界を構成する全ての原子分子――否、素粒子を自在に操る、究極のモーフィングパワー。その能力の一端、対象の分子状態をプラズマ化させ、その結果として発生した超高熱の劫火――超自然発火の炎が、ブレイドに襲い掛かったのだ。
 リントがもっと苦しんで死ぬよう、ダグバが戯れに放つ加減したそれとは違う、本気で放たれた必殺の炎――キングラウザーが貫いていたリント二人の死体が、その余波の熱量に晒されただけで一瞬の間に炭化し、蒸発した。ブレイドが身に着けていたデイパックも、瞬く間に燃え尽きる。

 ――しかし、究極の炎を浴びせられてなお、王の威光に翳りはなかった。

 同種の力で相殺し、その超再生力で無効化する凄まじき戦士とは違い――純粋な防御力のみで、キングフォームは数千から箇所によっては数十万度のプラズマ炎に耐えていた。
 他の仮面ライダーの、何らかの超常の加護を持つ装甲すら紙のように焼き切る劫火で、装着者に一切のダメージを通さないだけではなく、その絢爛な甲冑に煤汚れの一つ付けず。

 全ての生命が死に絶える煉獄の中を、ブレイドは悠然と一歩踏み出した。

「うん――やっぱり、凄い」

 自らの纏う鎧にか、はたまた再確認できた自身に等しい敵対者の力にか――そう頷いたブレイドに対し、理性を失ったクウガが獣の如き咆哮を発する。

 叫びが終わらぬ内に、凄まじき速度で人型の黒き影が伸びた。

 アルティメットフォームと化したクウガの、究極の力を持った拳が、究極の炎さえ寄せ付けなかった金の装甲に叩き込まれる。

 世界を轟かせた物の正体が、まさか拳が鎧を殴った音だとは――直視していたとしても、誰が信じただろうか。

 もはや爆音となった打撃音に、ブレイドも微かに揺らいだ。その背後で、散乱した瓦礫が震撼し、砂塵が暴風に晒されたかのように、衝撃によって吹き飛ばされる。

 アルティメットフォームの究極の拳打を受けたキングフォームの装甲は、小さな歪みを生じさせていたが――それだけだ。
 究極の力を持った、凄まじき戦士が放った必殺の二撃――どちらも、鎧の中の王を損耗させることすらできなかった。

 そんな事実にまるで動揺することなく――そもそも、そんな心も究極の力と引き換えに失ったクウガは、再び拳を固めた。
 一打で砕けずとも、ならば砕けるまでただひたすらに攻撃あるのみ――そんな単純な、狂戦士の思考は誤りではない。無限の硬度などあり得ない。事実僅かでも変形したならば、その鎧は永遠の壁には鳴り得ないということ。際限なく拳を浴びせ続ければ、やがて装甲の耐久も限界を迎えるだろう。

 だがそれが叶うのは――彼の敵が、ただ無抵抗に攻撃を受けるだけであれば、の話だ。

 クウガが二撃目を放つ前に、ブレイドの操る黄金の剣が、クウガを構成する黒に一つ線を引いた。
 次の瞬間、その線から噴き出したのは赤い色。
 血の華を咲かせ、理性を失ったはずの狂戦士はそれでも危険を感じ取り、一歩後退した。

 凄まじき戦士の躯さえも引き裂くその切れ味に、あるいは聖なる泉の枯れ果てたクウガ以上の狂気を宿した笑みを、ブレイドは仮面の下で浮かべる。
 究極の力さえ通じぬ鎧と、究極の闇をも切り裂く剣。最強の盾と矛を兼ね備えた、無敵の装備――そう確信するブレイドの前で、クウガの胸の裂傷が夜闇の中に溶けて行く。

 硬度でブレイドの物に劣る代わりに、クウガの鎧は彼自身の身体の一部であった。霊石アマダムは、全身に独自の強化神経を張り巡らせることで宿主の身体を改造し、身体能力や再生能力を大幅に強化している。アマダムとの融合や、その霊石の進化の未熟な下位のグロンギでさえ並大抵の傷は容易く完治し、上位のゴ集団ともなれば器官の一部を失っても数刻で復元して見せる。とは言ってもガドルがディケイドエッジで受けた傷を終に癒すことなく死んだように、当然ながらその生命力には限界があるわけだが。
 そして今のクウガは、アマダムを究極の状態まで進化させた存在だった。その再生力は、制限されていない超自然発火を受けて一切ダメージを負わないほどの域にある。
 故に、クウガの生体鎧をいくらブレイドが切り裂こうと、クウガはその再生能力で無為にしてしまうのだ。

 ――そうでなければ困る、とブレイドはキングラウザーを持ち直し、応じるかのようにクウガも拳を構えながら、手も翳さずに超自然発火のプラズマ炎をブレイドに纏わせる。

 クウガがブレイドの圧倒的な防御力を崩すだけの攻撃を浴びせるのが先か――それともブレイドがクウガの驚異的な再生力を上回る量のダメージを与えるのが先か――いずれにせよ、勝負はそれで決することになる。全力を傾けても容易には至れない、その終点で。

 この戦いを長く楽しむことができそうだ、とダグバは胸を躍らせながら、ブレイドの鎧に刻まれた紋章を光らせて、キングラウザーを振るった。



 ――これはダグバも預かり知らぬことだが、はっきり言えば首輪による制限がなければ、クウガとブレイドの対決はどちらが勝利するにしても一瞬も続かなかっただろう。

 超自然発火はこの世全ての原子分子を自在に操り、プラズマ状態にする異能がその本質――モーフィングパワーが元となっているのだから、その他にも様々な応用が可能だろうし、何よりどんな強固な仮面ライダーの装甲も無視して装着者自身をピンポイントで狙い撃つことができるという恐怖の能力だった。そのため、発動を許した時点で、本来は鎧の中にいるダグバ自身が原子分子の領域で分解され絶命するはずだったが、大ショッカーはこの恐るべき能力を見逃すことなく、厳しく制限を設けていた。

 これにより、超自然発火は対象ではなくその周辺の空気分子をプラズマ化させるだけの能力にまで弱められ、さらにその応用もプラズマ化させる際の運動の強弱――要するに、定められた範囲内で炎の温度を上下させる程度しかできなくなっていた。しかも、さらにバランスを保つために、その有効範囲も使用者が視認できる距離にいる参加者の一人分にまで弱められていたのだ。
 故に、なおも並の仮面ライダーを一撃で倒す脅威の技であっても――最強フォーム相当の仮面ライダー、それも防御に優れたブレイドキングフォームには一切通用しないという結果に終わったのだ。

 対するブレイドキングフォームも、封印されたアンデッド達が誇る異能力を、無尽蔵のAPで自在に操ると言う破格の能力を持っている。その中でも特に、スペードの10、時を止めるスカラベタイムの力は、連発を許せば究極の形態に至ったクウガにさえ一切の抵抗を許さず、何者であろうと殺してみせるだろう物だ。故に、そもそもラウズカード使用の時点で、同種のカードは使用完了後10秒以上の間隔を置かねば次の発動ができない――また、効果が持続するラウズカードにはさらに効果の継続時間が5秒しかないという制限が架されていた。

 もっとも、本来ブレイドがその力を全開したことは、これまで、そしてこの後にもない。キングフォームはその属する世界において、あまりに最強で在り過ぎた。その真価を発揮するまでもなく、ただ黄金の剣を振るえばそこに勝利は約束されていたのだ。
 だが眼前の凄まじき戦士もまた、彼の世界において最強の存在。特に単純な身体能力においては、キングフォームをも上回っている。能力を活用せずして勝ち得る相手ではない。

 そう――今こそ無敵の王の鎧は、その真の力を解放すべき戦場に立ったのだ。

 故に本来なら、超自然発火でダグバが分解されるか、またはタイムの時間停止にクウガが囚われ抵抗も儘ならず虐殺されるか、どちらの始動が早いかだけで決着するはずだった最強フォーム同士の激突は――

 両者ともにいつ果てるとも知れぬ、壮絶な死闘として幕を開けることになった。




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