闇を齎す王の剣(4) ◆o.ZQsrFREM







 キバットバットⅢ世が意識を失っていたのは、実際のところはほんの数秒の間だった。
 桐谷京介と小沢澄子を、いつの間にか、何をされたのかわからない内にあの巨大な剣で貫かれた――そのことを認識した直後、激昂のままにキバットは下手人へと飛び掛かった。
 だが一矢報いることもできずにブレイラウザーの一閃に捉えられて、その斬撃の勢いのままキバットは路上に投げ出されていた。
 強烈な剣の一撃を受けたキバットは気絶してしまっていたが、背筋が凍るような絶叫がキバットの意識を覚醒させていたのだ。

「右目がっ……右目が見えねぇっ!?」

 ――起き上ってすぐに気付いた変化は、それだった。

 キバットは斬撃を顔面で受けた。いくら硬度に優れたキバットでも、剥き出しになっている眼に刃を受けて無事で済むはずがなかったのだ。
 光を失った片目が、果たしてどんな惨状を晒しているのか――確認する術がないだけになおさら恐ろしい。

「……何だ?」

 片目を失った自身など、比較にならないほどに深く、強い――憤怒と、悲哀と、絶望と、悔恨と――そう言った、およそありとあらゆる負の感情が入り混じった慟哭を、その喉を震わせ放っていたのは、瓦礫の中からその姿を見せていたクウガだった。

「――ユウスケッ!」

 クウガは夜の中でもなおはっきりとわかるほど濃く暗い闇を周囲に纏い、アークルから地の底より轟いたような重低音を発して、四本角の黒い形態へと変化を遂げて行った。

(これが――究極の闇を、齎す者……)

 全身から突起を生やしたその禍々しい漆黒の姿を目にしただけで、本能的な恐怖が己の芯から湧き上がって来たことに、キバットは残った左目を閉じ、身を揺すって否定した。

(何ビビってんだ! あいつはユウスケなんだぞっ!?)

 例え今は、理性を失った生物兵器に成り果てていようと――
 彼はキバットの笑顔を護ると言ってくれた、渡を救うと約束してくれた、あの心優しき青年なのだ。自分が怖がっていては、そんな彼を傷つけてしまうことになる。

 だが、そんなキバットの思いやりを裏切るような所業をクウガは見せる。

 彼が黄金の騎士の姿をした悪魔へと手を翳すと――奴の身体は、紅蓮の炎に呑まれた。

「――ッ、熱ぅっ!」

 どれほど高温の炎なのだろうか。十分に離れた場所に居るキバットが、輻射熱で危うく火傷しそうになってしまった。思わず高温の風を翼で叩いて追い返したキバットだったが、そこではたと気づいた。

 ダグバの変身した黄金のブレイド――奴が手にした剣で貫いていたはずの生身の二人は、キバットよりずっとあの劫火の近くにいるということに。
 そしてキバットは、炎の中を威風堂々と闊歩するブレイドの向こう――超高熱によって大部分が焼失し、残った部分も炭となって崩れ落ちる、元が一つだったのか二つだったのかも不明な……おそらくは、人間の遺体を発見してしまった。

「お、おい……ユウスケッ!?」

 既に二人に息があったかどうかは怪しい。とっくに死んでいた公算の方が大きいだろう。
 それでも――死体とはいえ、小沢と京介の二人を巻き込むことに一切の呵責を感じず、クウガは攻撃を仕掛けていたのだ。

 理性など一切感じられない、獣の咆哮を放ちながら、颶風となったクウガがブレイドへと殴りかかる。
 拳の着弾にも、ブレイドは微かに揺らいだだけだったが――接触により解放された莫大な量の運動エネルギーに、周囲の物体は何らかの形で影響を受けた。

「うおぉおおおおおおおおっ!?」

 それはキバットとて例外ではなく、飛ばされ易い彼はクウガの拳が生んだ風圧に流され、さらに十数メートル以上後方に投げられることになった。

 起き上がったキバットが視線を戻した時には、黄金の剣で切り裂かれたろう傷を一瞬で癒しながら、やはり獣のように咆えるばかりのクウガの姿が見て取れた。
 そうしてブレイドと向き直り、彼に炎を浴びせながら、クウガは両の拳を構える。

「マジで……心を失くしちまったのかよ、ユウスケッ!?」

 ブレイドの大剣の一撃をかわし、右腕を発光させた敵とクロスカウンターで殴り合い、砲弾の勢いで吹き飛ばされるクウガに、そうキバットは悲痛な声を掛けた。
 血反吐を吐きながらも、まるで応えていないかのようにすぐに立ち上がるクウガを見て、キバットはいよいよそこにいるのが小野寺ユウスケではなく、凄まじき戦士という名の理性なき生物兵器なのだと戦慄する。

 いっそのことただの化け物に成り果てたのならともかく――だが既に、自分達と出会う前に一度、ユウスケはあの姿に変身していたのだと言う。
 つまりあの黒きクウガも首輪の制限を受けているのだ。定められた所要時間を過ぎれば、あの忌まわしい変身は解け、ユウスケは元に戻れるだろう。

 ――だが、それは本当に望ましいことなのか?

 もしも――もしも、今ユウスケ本来の人格を失って、狂戦士と化したこのクウガの間も――行動に反映できないだけで、ユウスケの意識が実は、残っているのだとしたら……?

 彼は正気を失った自らの行いに、変身が解けた瞬間向き合わされるのではなかろうか。

 生きていたか、死んでいたかもわからない――あんな状態で、地獄の責め苦を味合わせ続けるぐらいならば、いっそ介錯してやるのが人情だというような有り様だったとはいえ……二人を焼き尽くしたその行いに、彼自身の心が苛まれるのではなかろうか?

 キバットがそんな不安に襲われている間に、クウガとブレイドは激突を再開する。
 さすがに、恒常的にあの炎を操れるわけではないのか――今度は拳一本槍で、クウガはブレイドへと間合いを詰めた。対してブレイドは、右上腕部の紋章から光を放つ。
 瞬きをしていなかったというのに、キバットは突然クウガの背後にブレイドが出現する光景を目の当たりにした。
 超スピードだとか何かの暗示だとか、そんなチャチなもんじゃない――まるで一人だけ時を渡ったかのように、ブレイドは忽然とクウガの眼前から消え、その背後に現れていた。

 ただ何故かキングラウザーが弾かれたかのように体勢を崩していたブレイドに、即座に反応して見せたクウガの直線の蹴りが突き刺さって、金属同士を打ち合わせるより硬質な響きが生じた。重い瓦礫も吹き飛ばす衝撃波を伴った蹴りに胴を射抜かれても黄金の装甲は減り込むことすらなかったが、その威力に踏ん張り切れなかったブレイドが転倒する。
 容赦せず追撃を仕掛けたクウガに対し、ブレイドの右膝が黄金に輝く。先程までよりもさらに硬い激突音が、彼を踏み砕こうと振り下ろされたクウガの足の裏から鳴り響く。
 踏み付けを受けて、彼を中心として大地を陥没させながらもブレイドは無傷のまま右の脛に光を湛えると、二度目の踏み付けが繰り出される前に上弦の半月をその場で描いた。

 強烈な蹴りを受けたクウガが、眩い光に闇が圧されるかのように正面へ投げ出される。ブレイドはその隙に、まるで不可視の巨人に手を引かれたかのようにその身を浮遊させて小さなクレーターの外に出ると、逞しい両の足で地を噛んだ。

 続いて右腿と左の上腕部の紋章から、ブレイドは黄金に縁取られたカードを顕現させた。
 クウガは即座にそれに向かって炎を繰り出し、カードを燃やそうとしたが――遠距離にいるキバットが熱風に耐えなければならないほどの地獄の業火に直接襲われても、不死者を封じ込めたカードはその破壊力を寄せ付けずに、キングラウザーへと挿入された。

 ――Lightning Slash――

 稲妻を迸らせるキングラウザーを構えたブレイドに対して、クウガは怯むことなく突撃する。左腿の紋章が輝いた瞬間、周囲の物体が猛烈な勢いでブレイドへと吸い寄せられることになった。キバットもまた引き寄せられそうになるが、さらに影響を受ける至近距離にいたはずのクウガはその引力を無視して逆に立ち止まり、稲妻を纏った剣を回避した。
 一撃を外した敵の隙を逃さず、クウガがほとんどキバットの知覚から消える速度で拳を繰り出す、その寸前にブレイドの左足が光ったかと思うと、黄金の騎士も高速移動の霞を残してキバットの視界から失せる。

 超音速の打ち込みを、それでもクウガは見切っていた。空気の裂ける音よりもなお速く叩きつけられたキングラウザーを、クウガは肘の突起で防いでいたのだ。
 その肘の突起もキングラウザーには敵わず、損壊しながら受け流すのがやっととなる。だがクウガの一部であるその棘は、切り捨てられた端から再生していた。

 今また剣をブレイドが振り抜き、クウガが肘の突起でそれを弾いて――そうして彼の胴ががら空きになった瞬間に、ブレイドの腰から銀の帯が飛翔する。

 ブレイラウザーの一閃を、だがクウガは左掌を切り裂かれながらも受け止めていた。
 銀の刃にその血を吸われながら、クウガが一瞬、何かの力を加えたように見えたが――次の瞬間動きを見せていたのは、ブレイドの方。
 再び左足から光輝を発すと、その鎧に包まれた体躯を砲弾としてクウガにぶつけたのだ。

 突然増した勢いにさらに刃を握る掌を裂かれ、血を滴らせながらも、クウガはブレイドの突進を見切り、その首を鷲掴みにすることで受け止める。
 即座にまたあの劫火が生じて甲冑を焙り始め、究極の力が五指の形をして首を締め付け、さらには左手でその首輪を引き剥がそうとする。それでもブレイドは苦しむ様子もなく、首輪もまるで外れる様子のないままに、黄金の大剣がクウガの頭上に翳される。

 金色をした死の刃がクウガに届く寸前、またもブレイドの姿が掻き消えた。

 今度は高速移動でも、あの奇妙な瞬間移動でもない――クウガが右手一本で、ブレイドを放り投げていたのだ。

 それは洗練された投げ技でも何でもなく、ただただ力任せに身を捻って、自らの背後にブレイドを投擲するだけの動作だった。それでもブレイドの重量感溢れる鎧姿が、何かの冗談のように滑空していた。放物線を描くことすらなく飛翔するブレイドの全身に纏わり付いたプラズマ炎は、その黄金の鎧を汚すことすらできなくとも、廃墟と化した街並みへと雨の如く降り注ぎ、爆撃のように焼き払うには十分な威力を秘めていた。既に一度、龍の息吹によって焼き尽くされたはずの何かの残骸達が、今度はその残骸という物質を構成する最小単位、原子分子の域から焼失させられることになる。そうして辺りが朱に染まるのに遅れて、連続してコンクリの砕ける音がキバットの耳に届いた。

 自らの吹き飛ばした怨敵が作った火の道をそれでもクウガは何の感慨も抱かず、当初と変わらぬ憤怒の咆哮のまま駆け抜けて行った。

「ユウスケ……」

 言葉すら忘れ、休むことなく追撃に向かうそれをもはやただの兵器だと認識しながら、それでもキバットはそう呟かずにはいられなかった。

 凄まじき戦士と化したクウガも、王たる黄金の甲冑を纏ったブレイドも、真の力を解放したキバですら真っ向勝負で勝つのは難しい、そう思わせるほどの強さを発揮している。それどころか、あのキングを名乗ったファンガイアが万全で挑んでも敗北を喫するのではなかろうか。キバットの知る限り、あれらと尋常に勝ちを競えるのは、父であるキバットバットⅡ世があの先代キングに闇のキバを授けた場合ぐらい――さらに必勝を期すなら、そこから魔皇剣ザンバットソードを装備して行くことも決してやり過ぎではあるまい。
 まさに兵器――否、たった一人の軍隊だ。あそこで行われているのはただの戦士の一騎討ちではなく、個人同士で繰り広げられる戦争なのだ。
 そんなところに一人で向かわざるを得なかった青年の心中を思い、さらに今、彼がその心さえも失った兵器と堕ちた一因が自分にあるということに、キバットは胸焼けにも似た不快感を覚えていた。

(――俺が……俺がせめて、京介だけでも護っていたらっ!)

 確かにキバのエンペラーフォームには、真っ向から今のクウガやブレイドに打ち勝つ力はないかもしれない。だからと言ってまるで対抗できないほど力の差があるわけでもない。特に鎧の強度で言えばブレイドにだって遅れは取るまい。ファンガイアの血を引かない人の身である京介が纏えば反動で結局死ぬかもしれないが、それでもあんな無惨に殺されることはなかったはずだ。
 タツロットがいない以上、エンペラーフォームの解放はどの道叶わぬ話といえ――

「――何が無理に危険をしょい込まなくて良い、だ……俺はあいつに、何の力にもなってやれなかったじゃねえか……っ!」

 ユウスケは最初から言っていたのだ。第零号――ダグバは危険なのだと。
 だから自分が誰も巻き込まないように黒いクウガになって、一人で奴を討つと――
 だが、そんな風に彼一人にだけ押し付けるわけにはいかない。今ダグバが奴本来の力を制限されているのなら、これを好機と皆で力を合わせれば、ユウスケは苦しまずに済む。そう考えてキバット達は彼の主張を拒否した。

 だが結局、ユウスケは凄まじき戦士になってしまった。しかも彼が最初想定していた、単独でその心を抉るよりももっと酷い――最悪とも言える形で。
 確かに、ブレイドのあの変身は考慮外のことだったと言えるだろう。だがそれは、あれと互角に戦うクウガがダグバに等しい存在であることを考えると、この結末はさほど異常な事態ではない――ダグバが本来の力を取り戻してればその瞬間、結局は同じ惨劇が繰り広げられていたことは想像に難くないのだ。

 見くびっていた。力を合わせれば何とかなるなどと、キバットは本気で信じていた。
 だがキバットが彼らに与えた力は、あんな気の好い少年一人護れない――ユウスケの心も救えない、この戦いの前では何の足しにもならない物だったのだ。それどころかクウガを最初から黒い姿にする妨げ、惨劇を呼び寄せる役割しか、キバットは有していなかった。

 だがそこで気づく。そもそも自身が役立たずだというのが、本当にこの戦いに限られた話であるのかを。
 先代のキングを渡と共に打倒したのも、本来はあり得ぬ奇跡の積み重ねの末だったではないか。その望外の幸運を、当然のことと受け取るなど愚か以外の何物でもない。彼ほどの存在が他に跳梁していて何の不思議ないこの会場で、封印されたキバの鎧しか持たない自分が誰かの力になれるなど、思い上がりも甚だしかったのだ。

 そんな思い上がりが、自分の認識の甘さが、あの三人を死なせ、ユウスケの心を傷つけた。
 この凄惨な殺し合いの目撃者として生かされたのは、その罰だ。
 変わり果てた恩人の、目を背けたくなる姿を見届けるのが、今のキバットの役目なのだ。

「――渡……っ!」

 そうキバットは、知らず知らずの内に相棒の名を漏らす。

 思えば物心付く頃からずっと傍に居た、一番の相棒が修羅に堕ちるのさえ救えなかったこの自分の判断が――誰かを救えるなどとどうして思ったのか。

 いつか渡も――誰かが止めなければ、京介のように無惨に殺されてしまうのか?
 ユウスケのように、心さえ悪意に喰われて狂い果ててしまうのか?
 あそこで自分が、助けられなかったせいで?

 底なしの慙愧と後悔に囚われたキバットが、残った左目から涙の筋を走らせた時、背後で何かが重い物を吹き飛ばす音が聞こえた。

 振り返れば、瓦礫の山を青いゼクターが吹き飛ばして――その下から、コート姿の一人の男を掘り出す、まさにその途中だった。

 まさか、と思う暇もなく。

 キバットは高熱によって引火し、半分以上破れ果てたデイパックの元へと飛び立った。



 猛烈な勢いで地面に激突するはずだった黄金の甲冑姿が、唐突に制動を開始する。
 背部の重力制御装置で体勢を整えて、ブレイドはだが慣性に逆らえ切れずコンクリ舗装された路面を砕き、粉塵を上げながら着地した。

「あーあ、汚れちゃった……」

 ようやく止まったその身に纏う黄金の輝きが土汚れによって僅かに翳ったことに、鎧の中のダグバは不愉快さを隠さずそう呟いた。
 その時既に、大きく拳を振り被ったクウガがまさにブレイドの顔面を打ち抜こうとしていたが――彼は焦ることはなかった。
 何故なら彼はもう、その右腕の紋章を輝かせていたのだから。

 クウガの拳がブレイドに触れる、その寸前で突然停止した。
 クウガの全ての動作を完全に停止させた物――それこそが、タイムスカラベの時間停止。
 時の停滞に巻き込まれなかった空気分子が遅れた突風となり、ブレイドの鎧に付着した土くれを吹き飛ばす。

 それからブレイドは特に慌てた様子もなく、時の停止したクウガの背後へと回る。

「確か、五秒ぐらいだったよね……」

 そう時の止まった世界で一人呟きながら、彼は両手でキングラウザーを構えた。
 次の瞬間、それを思い切りクウガに叩きつける。

 その刃が触れる寸前、再びクウガの時が動き始めた。

「――っ!?」

 そうして再び手品のように彼の視界から消えていた敵の姿と、背中に走った衝撃に驚愕の声を漏らしながら、クウガが吹き飛び転がって行く。

「やっぱりカードなしじゃ、そんなに深くは切れないのかな?」

 ブレイドが呟いている間に、クウガは既に立ち上がり、目に見える傷を消し去っていた。
 クウガの次の打ち込みに、次は右膝の紋章――メタルの効果を発動し、全身を金属状へ変化させ、ただでさえ硬い防御をさらに高めてブレイドは応じる。
 発動中は動けないが、メタルで強化すればもはやブレイドの装甲は究極の拳打を受けて歪みすら生じなかった。このまま効果が切れるまで横着して、また時を止めて仕掛けようか――そう考えたブレイドを、予想外の灼熱が襲う。

 それまではどれほど浴びようと、まるで脅威となり得なかった超自然発火の炎――だが硬度のためより常な金属に近づけた甲冑は、通常時に比べて熱を通し易くなっていた。
 このままでは蒸し焼きにされてしまうとブレイドはメタルの効果を解除するが、それに間髪入れず顔面へとクウガの腕が伸びる。拳ではなく掌打の形で叩きつけられたそれは、より内部へと衝撃を通し易い一撃だったが――結局ブレイドの揺らぎ具合は拳と変わらず。むしろ装甲へのダメージの少ない分、より脅威の劣る一撃だと言えた。

 切り上げられたキングラウザーがクウガに赤い線を刻み、それがまた黒に塗り潰される。

 本来武器の有無は大きな戦力差を生む。だが、刃が抉るよりも回復の勝る今のクウガに、ラウズカードの欠けた攻撃は意義が薄い。逆に俊敏な身のこなしで、一太刀浴びせられる内にそれに数倍する数の拳をクウガは敵へと叩き込んでいた。どれだけ切り刻み、血飛沫を上げさせようともクウガは止まらない。

 マグネットで斥力を発生させても、それ以上距離を詰めさせない程度が精一杯だ。キバを葬ったライトニングスラッシュを再び一閃させたところでやっとクウガは間合いの外に後退するが、マグネットの効果が切れたと同時に踏み込んで来る。マッハで音速移動を開始し、大剣と共にビートの剛拳を叩きつけるが、クウガは音速で繰り出される攻撃にも反応し、左肘の突起で切っ先を弾くと互いの拳を交差させ、双方を大きく吹き飛ばす結果になった。先程のようにメタルで拳を凌ごうとも、同様に超自然発火で焼き切られるだろう。

 素の身体能力では、クウガアルティメットフォームはブレイドキングフォームの遥か上を行っていた。ラウズカードを使用して、ようやく互角程度に立ち回れるか。

 このまま続ければ、再生し続けるクウガを殺し尽くす前にブレイドの装甲が屈する――クウガの放つ拳の矢に間断がない限り、それは確実なことかと思われた。
 それを裏切るかのように、クウガの拳打の暴風雨が突如として停止する。再びの超自然発火の炎を纏いながら、その炎ごとクウガは完全に停止していた。

 どれほどクウガが戦いを優位な流れに運んでも、それを一瞬で無に帰す脅威の能力――タイムの発動によって引き起こされた現象だった。

 強引に生じさせたクウガの攻撃のインターバル。その隙にブレイドは敵の背後へと回る。

 タイムの影響を受けた空間とそこに含まれた物体は、完全に停止している――たとえ時を止めた張本人だろうと、その拘束から解放するまでは、一切干渉することができない。
 先程時を止めた段階ではまだそのことには気づいてなかったが、既にダグバはブレイドに架された制限の大凡を理解していた。
 自身だけでなく――と言っても自らに等しい存在だが、クウガの能力制限についても、ダグバは既に把握していた。超自然発火で鎧の中を直接狙うことはできず、またどうやらブレイラウザーをクウガは己の武器へと変化させられない様子だった。究極の形態でそうなのだから、恐らく異世界の仮面ライダーの装備をモーフィングパワーで自身の専用武器へと変化させることも制限されているのだろうとダグバは認識する。

 それらを考えた上で、この場に適した戦法を練る。
 ラウズカードを単発ずつ使用しても、結局互角に戦える程度。それよりは圧倒的な防御力を活かしまずは十秒耐え、次のタイムを発動する。時間を停止させた間にクウガの回復を上回る威力のコンボを揃え仕掛ける方が、今のように消耗戦に挑むよりも効果的だろう。
 使用カードの関係上、制限下では時間停止から即座にロイヤルストレートフラッシュの発動と言った真似はできないが、他にもコンボはある。まずは他のコンボでクウガを消耗させ、敵の動きが鈍ってからロイヤルストレートフラッシュでトドメを刺せば良い、そう考えてブレイドはキングラウザーを振り被る。

 時間停止中にコンボを使うという方針を決めたところだが、それは次のタイムからだ。今はカードを使い過ぎて、クウガに通じるような組み合わせは残っていない。まずは脚でも切りつけて、少しでも次の十秒間を楽にしよう――ダグバが戦いにおいてそんなことを考えること自体が異常事態だが、それを強いるこの敵こそが、ダグバのずっと求めて来たものだった。

 振り下ろされた切っ先がその脚を切り裂く寸前、再び時は動き出した。

 左右の太腿を背後から切り付けられる衝撃に、クウガの咆哮が燃え盛る廃墟で木霊する。

(――あれ?)

 何の意図で発生させていたのかわからない超自然発火の炎が消え去る中、クウガは両足から血を零しながらブレイドを振り返った。

(――前に切った時、こんなに浅かったかな?)

 動きが鈍くなるのも、数撃の応酬の間。またその朱を闇の中に呑み込んだクウガの拳を受け、キングラウザーで追い払いながら、ブレイドはそんな疑問を抱いていた。

(まあ、良いや……もっと頑張ってね、もう一人のクウガ)

 もうブレイド――ダグバは、我慢するつもりはない。
 だって今が、こんなにも楽しいのだから。
 これ以上面白い物があるから待てと言われても、そんなのお断りだ。

 全力で以って、目の前に立つ宿敵を斃しに掛かろう。
 それでもこの相手は、簡単に屈しはしないのだろうから。

 絶対者である自分の思い通りにならないものがあり、それを屈服させんとする死闘――
 それを制した喜びでこそ、本当の笑顔が得られるのだから。

 ――宿敵にはそれに相応しい、絶対の恐怖を齎す存在であってくれねば、困る。



 自分が上に向かって引っ張られていることに、彼は随分前から気づいていた。
 だが、目を開けるにはその身体はあまりに傷つき、疲れ切っていた。
 それでも連続して背を叩く、遠ざかって行きながらなおもその存在を鮮烈に訴えてくる衝撃に揺り起こされる形で、彼はようやく目を覚ました。

「――気が付いたかっ!」

 良かった、と続いた声は、記憶の中の物に比べてその主の陽気さが鳴りを潜めていた。

「キバット……か?」

 視界が暗順応する間に、一条はそう問いを放っていた。

 言葉を紡いだ途端に、彼の意識が覚醒する。

「京介くんは――っ!?」

 叫んで起き上がった瞬間、腹部に鈍痛が走って、声が喉に引っかかる。

「……幸い、完全に穴は開いてねぇみてーだけどよ、いくらタフだからって無茶すんな」

 痛みを覚えた箇所を押さえた掌に滑る物が着いて、そういえば剣で切りつけられていたことを思い出した。アクセルの装甲がなければ完全に死んでいたことを思うと、照井には何度命を救われたのかと感謝の念が痛みを制す。
 だがその感謝の念以上に、彼から託されたものの重さが、一条の心を占めていた。

「――京介くんはどうなった、キバット!?」

 そこで一条は、目の前に浮かぶ黄金の蝙蝠が――その身体の四分の一近くをも占める、大きな右の瞳を無惨に引き裂かれ、光を失っていることに気づいた。

「おまえ……目が……」
「京介は……小沢の姉ちゃんと一緒に、殺されちまった……」

 そう震える声で、彼の身を気遣う一条の声を無視したキバットは答えた。
 愕然とした一条だったが、その現実を否定する前にもう一人、その名を呼ばれていない人物に思い至った。

「小野寺くんは……」
「あっちで……今も、ダグバの野郎と戦ってる」

 先程の惨劇の場からは、大分離されていた。恐らくはキバットがその小さい身体で気絶した自分を引きずって来てくれたのだろうと、一条はさらに劫火に蹂躙された廃墟を見る。
 ちょうど一条の視線を浴びるのを見計らっていたかのように、奇跡的に残っていた数棟の建造物が突然、轟音を伴って崩落を始め――その音が突如として、掻き消えた。

 世界から音が剥奪されたのと、完全に時を同じくして――森羅万象を糧とする、巨大な紅蓮が華開いた。

 その一色によって、瞼越しにまで視界が塗り潰された次の瞬間。大地を揺らして走って来た衝撃波に、未確認によって殴り飛ばされるのとまるで変わらぬ勢いで一条はキバットと共に撥ね飛ばされた。激しく地に打ちつけた頭の中に、逝ってしまった二人の同僚と、彼らから命と引き換えに自分へと託されたにも関わらず護り切れなかった少年――そして今も泣きながら一人で戦っているはずの、笑顔で親指を立てた青年の姿が思い浮かぶ……

「助けに……行かなければ」

 ふらふらと、自分の物とは思えないほど覚束ない足取りで、一条は立ち上がった。
 小野寺ユウスケは、もう一人の戦士クウガと言っても民間人だ。警察官である自分には、彼を保護する義務がある。そう廃墟すら消し飛んだ爆心地へと歩を進めようとした一条の目の前に、キバットがその身を翻した。片方だけ残った赤い瞳を、怒りに光らせて。

「なぁ、一条……おまえはもう、変身できねぇじゃねーか……」
「そうか……なら、力を貸してくれ、キバット……」
「ふざけんな! 今のおまえがキバになっても、動く前に死ぬだけに決まってんだろ!?」

 それは、困る。
 今死んでは、小野寺ユウスケを救えない――

「なら、退いてくれ。……彼と、約束したんだ。俺が、彼を支えると……」
「――いい加減にしやがれっ!」

 キバットの一喝に、ようやく一条の思考に掛かっていた靄が晴れた。

「テメーが行って、何ができるっていうんだ! 変身もできねえ、できたとしてもとても敵いっこねえ! ただ死体が増えるだけなんだよっ!」
「キバット……」

 一条は思わず、目の前の蝙蝠の名を口から漏らしていた。
 自らに訴えて来る彼の掠れた声が、あまりにも悲しそうだったから。

「そもそも俺達があいつを止めてなけりゃぁ、一緒に行ってなけりゃ! 姉ちゃんも京介も、まだ生きていられたんだ! ユウスケが来るなって言ったのに、俺達が聞かなかったから、皆殺されちまった。それで結局、ユウスケがあの黒いクウガに……戦うためだけの生物兵器なっちまったんだ――俺達のせいでっ!」

 キバットはそこで残った左目一杯に涙を湛えて、一条に問い掛けた。

「なあ、教えてくれよ――今更俺達があそこに行って、一体あいつに何をしてやれるんだ? 勝手に巻き込まれて、勝手に殺されて、皆の笑顔を護るって言ってくれたあいつを、顔も知らねえ渡のことを助けるって言ってくれたあいつを、傷つける以外に何ができるんだよっ!? あいつのためにしてやれることが他にあるってんなら頼む、教えてくれーっ!」

 尾を引いたキバットの魂の叫びは、一条自身がその答えを渇望する問いそのものだった。

 ユウスケに、五代に――クウガに押し付けてばかりで、自分が彼らのためにしてやれることは何かないのか。その答えを一条はずっと求めていた。
 神経断裂弾を得て、遂に警察だけでもある程度のグロンギに対抗できるようになったというのに――アクセルの力を照井から託されて、クウガと肩を並べて戦う力を手にしたというのに……結局一条の力は、究極の闇を前にしてはあまりに中途半端な代物だったのだ。
 なのに、自分勝手に思い上がって――若いクウガに、五代のような想いはさせまいと、彼らを支えてみせると、今度は自分がクウガの笑顔を護るなどと、調子に乗って――

 結局彼の優しい心を、枯れ果てさせてしまったのは誰だ?

「なあ一条、頼む……もうこれ以上、ユウスケを追い詰めないでやってくれ……っ!」

 同罪の者を見る目をしたキバットの、消え入るような哀願に、一条は首を振れなかった。

 ガタックゼクターが引き摺っていたデイパックを一条が持とうとしたが、今の彼は歩くだけで限界だった。代わりにキバットが、半分以上裂けたそのデイパックのもう片方の端に噛みついて、二匹で飛翔して運び始めた。
 あれではここに来るまでに、中身を落としてしまっているかもしれないが――どうやらガタックゼクターと対になる銀のベルトはそこにちゃんと、残っているようだった。

 一条はもう一度だけ、背後を振り返る――その遥か先で、ただひたすらに相手の尊厳を貶めようと暴力を交わす、二人の仮面ライダーの姿を思い描いて。

 そんな存在に堕してしまった青年から背を向けて逃走し、大勢の犠牲を出してしまった己の無力という罪を、噛み締めるように……一条は、まさにその瞬間産み落とされた――闇を駆逐せんとする光の苛烈さを、その目に焼き付けるしかできなかった。




103:闇を齎す王の剣(3) 投下順 103:闇を齎す王の剣(5)
時系列順
一条薫
ン・ダグバ・ゼバ
小沢澄子
浅倉威
桐矢京介
牙王
小野寺ユウスケ



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最終更新:2018年04月21日 01:55