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君のままで変われば良い(1)◆cJ9Rh6ekv.




 ――声が、聞こえる。

 頭蓋の内側が疼く中で、彼女はそれを声だと認識した。
 あの優しい男の声とは違う――おぞましいほどに冷たく、無機質で、なのに抗いがたい魔性を秘めた女の声が、頭の中に響いている。
 そうして眠っていたはずだった彼女は、その声に呼ばれるまま起き上がったが、自分の意志で覚醒したわけではなかった。茫と霞がかった意識のままで、後ろから投げられた男の疑問にも答えず、白色光に照らされた大理石の床を鳴らし歩いて行く。
 やがて灯りのない、他と大別などしようもないはずの病室の前に立った彼女は静かに、だが躊躇いもなくその扉を開いた。
 暗闇に包まれた部屋に完全な静寂を棲ませないのは、複数聞こえる寝息の仕業だ。三人分あると数えた彼女は今度も惑うことなく、入り口に最も近いベッドの脇に立った。

 眠っているのは黒い癖毛の特徴的な、端正な顔つきの男だった。その寝顔には歳不相応な幼さが感じられ、それを目にした彼女も本来なら穏やかな気持ちを胸に抱いていたかもしれない。

 そう、本来の間宮麗奈なら――

(――邪魔者を、殺せ)

 頭の中で直接響く不快な声が、一層強くなり――彼女の意識はまた闇の中へと掻き消える。

「私のレクイエムを聞いて眠るが良い……永遠にな」

 ならば彼女の口で言葉を紡いだのは、果たして何者なのか?

 酷薄な表情で告げたのは、オペラ歌手を目指す一人の若い女性、間宮麗奈ではなく。
 不気味な光を発して、その真の姿を現した白い異形――ウカワームだった。
 変化を終えたウカワームが巨大な右腕を構えたと同時、眠っていた男が微かに目を見開いた。

「死ね」
「――麗奈、ダメっ!」

 焦燥を孕んだ幼い声と共に、背後からウカワームを襲う衝撃があった。

「――何事だっ!?」

 激突音のせいか、精悍な男の声と共に中央のベッドで眠っていた者が起き上がったのが廊下から入った光でわかった。だがその声を確認するより先にウカワームは右腕を旋回させ、鋏の先端で声の主の前髪を数本掠め取りながら、襲撃者の額を打ち据えていた。

「わあぁっ!?」

 殴打した部位から砂を零しながら、濃い紫の痩身が独楽のように宙を舞う。その勢いのまま閉まりかけていた病室の扉を突き破り、ウカワームを阻んだ異形は外から様子を伺っていた男を巻き込み、無様に廊下に転がった。
 襲って来たのは確かリュウタロスとか言った異世界の怪人で、奴と扉の下敷きになっている男は三原修二だったか。間宮麗奈の記憶から眼下の者達の名を思い出し、大した障害ではないとウカワームは標的に向き直る。

「――何だてめぇはぁっ!?」

 窓際のベッドの男も起き上がるなり、人工の光を背にしたウカワームにそう啖呵を切った。呆然と額を押さえていた中央の男も鋭さを取り戻した眼光をウカワームに浴びせるが、怪我人達はリュウタロスほどの障害にもならないだろうと無視することを決める。
 ウカワームの視線の先にいるのはただ一人。ワームの天敵である仮面ライダーカブトの適格者、天道総司――その顔に擬態した、真の敵ネイティブの一匹だった。

 だが突然の襲撃に怯え切った表情ばかり浮かべるネイティブに、ウカワームはやはりと内心笑みを浮かべる。この忌々しい首輪のせいで、今奴はこちらに抗する力を持たないのだと確信した時には、タキオン粒子を蓄えた右腕を振り被っていた。

 同時、目の前の虚空に見覚えのある穴が開いたと思うと、忌々しい深紅の機械が飛び出して来る。カブトゼクターの奇襲はウカワームが構えた右腕を振り下ろすよりも早く、その額――かつてハイパースティングで刻まれた傷跡に、その角を突き込んだ。

「うぐっ!? あぁぁぁぁっ!」

 ゼクター一機如き、と甘く見た。傷口を抉られた思わぬ激痛に右腕を振り下ろすことも忘れ、ウカワームは両腕で頭を抱え込む。その隙に眠っていたはずの男達は起き上がり、ウカワームに蹴りを浴びせてネイティブから引き離そうとする。不意打ちにたたらを踏む間に、堅い床を踏み鳴らす二人分の足音まで接近して来ていることを知って、ウカワームは己の失態を呪った。

 いや、そもそも本来のウカワームならこんな突発的な思慮の浅い行動には出ない。頭部の傷が原因で失われたワームとしての記憶と自覚が偶然近くに現れたネイティブの存在によって刺激され、それを抑制する理性が弱まっていたからこそ、それこそ虫のように何も考えず、ただ本能に従い敵を排除しようとした結果のこの苦境だ。

「びゅびゅーん! ……って、何だか物騒な様子ですねぇ」
「何だそいつは」

 徐々に強くなっていく頭痛に苦しみながらも、さらに別の声が現れたことを何とか把握したウカワームの前に、窓際のベッドにいた男が奇妙なベルトを腰に巻いて立ち塞がった。

「よくも総司をやろうとしてくれたな……!」
《――Joker!!!――》

 比較的抑揚に富んでいるが、ZECTのライダーシステムの変身音と似ていると感じた電子音を聞いて、ウカワームは鋏で男を貫こうと咄嗟に右腕を突き出していた。

「――麗奈をイジメちゃダメーっ!」

 直後、男とウカワームの間に割り込んだリュウタロスの背に巨大な鋏は激突し、身を包む皮のコートを裂いた。
リュウタロスは背から砂粒を血のように噴出させ、さらにウカワームの一撃を受けた慣性のまま、黒い箱をベルトに挿し込もうとしていた男に激突する。
 二人分の悲鳴が、ベッドが半ばほどで折れた破砕音に打ち消される。同時にウカワームの額にカブトゼクターが再び突撃を敢行し、その意識を一瞬刈り取る。

 壁に凭れる形で倒れ込んだウカワームの意識が戻ったのは、数秒も置かず駆けつけた男達が病室の電灯を燈した時だった。



「これは、いったい……」
「翔一は皆を頼む……ここは俺が!」
「……やめて真司! その白いの、麗奈なんだ!」

 痛みに消え入りそうな哀願の声に名を呼ばれたのを感じて、間宮麗奈は引きつりそうな頭を起こし、そして眼前の光景に驚愕し息を呑んだ。

「これは……リュウタロス? ……っ! どうし……っ!?」

 真っ二つに割れたベッドの上で、恐ろしい容貌をしながらも怯える自分に真っ直ぐな好意を向けてくれた怪人が、額と背中を無惨に切り裂かれた姿を晒しているのを見た彼女は、思わず駆け寄ろうとして自分の声の違和感に気づいた。
 喉の声帯から発せられているのとは、何かが違う――明確には言い表せないが、自分の声が変化しているという事実を、歌を生業とする彼女は感じ取っていたのだ。
 そしていつもとは重心が違う――右腕の感覚が奇妙だと視線を巡らせた先に、異形と化した巨大なそれを視界に収めたことで、彼女はそれ以上言葉を継げなかった。

「……って、何だよおまえ!」

 リュウタロスの下敷きになっていた男がそう声を荒げ、彼の下から抜け出す。

「待ちなさい、翔太郎くん。どうやら彼は、真司くん達の仲間らしい」

 リュウタロスに身構えようとした男を、癖毛の青年を庇うようにして立っている男性がそう制したが、麗奈はそれを把握していなかった。
そんな余裕は彼女にはなかった。

「何なの……これぇ……っ!?」

 自分でも驚くほどに掠れ、震えた声を発して、異形と化した麗奈は自らの両腕をまじまじと見つめていた。
 ――何がどうなっているのだろう? どうして自分の腕がこんな形をしているのだろう?

 巨大な鋏を持った右手を見つめたまま、左手で顔に触れる。堅い仮面越しに手が触れているような頬の感覚と、堅い殻に触れているような掌の感覚から、顔までも異形と化していることを悟る。予想もし得なかった事態に、彼女の思考が疑問符に埋め尽くされる。
 ふと視線を感じて、麗奈は部屋の奥にいる男達を振り返った。黒いタートルネックの男は、背にした青年を庇うようにして警戒の眼差しを浴びせている。その背に隠れた、見覚えのある気がする顔立ちの青年は、明らかに恐怖の感情を含んだ瞳を麗奈に向けていた。

 思わず顔を背けた先には、津上翔一と城戸真司が、戸惑いを隠し切れない様子で麗奈を見ていた。真司の腰にはベルトが現れており、数時間前にリュウタロスに飛び掛かった翔一や夕方の照井竜同様、仮面ライダーと言う戦士に変身しようとしていたことがわかる。

 ――何のために?

 照井は何のために変身したのだろうか。あの時翔一がリュウタロスに襲い掛かったのは何故か。それを考えれば、自ずと答えは出て来る。
 夕方自分達の前に現れた怪物に、照井が応戦したように。人を襲う怪物を、退治するためだ。

 なら、その怪物は――
 リュウタロスに、こんな酷い怪我を負わせた犯人は……いったい、どこにいるのか?

 認めたくない可能性に嫌々と頭を振った麗奈は、その場から一歩下がる。その移動のお蔭で、真司達の後ろに隠れてしまっていた三原の浮かべた、怯え切った表情が視界に映った。
 どうしてそんな表情をしているのかは、部屋の隅の鏡に映った異形を見れば、推測するまでもない。

「あっ……嫌……っ!」

 ――怖い。
 人に恐怖され、拒絶されるのが怖い。
 人に憎まれるのは、怖い。
 ――人を傷つけるのが、怖い。

「嫌ぁああああああああああああっ!?」

 気が付いた時、彼女は衝動的に窓を突き破って病院の外に飛び出していた。
 突然動き出しても誰も何もしなかったことや、彼女と違って舞い散るガラス片がまるで落下しようとしていないことにも気づかず、二階から飛び降りた衝撃になどまるでその行動に支障を受けぬまま、間宮麗奈は異形の姿のままで駆け出した。

 行くアテがあるわけではない。考えがあっての行動ではない。
 ただ、人々の中にいるのが怖かったから。
 彼らに傷つけられるのも、自分が彼らを傷つけるのも、彼女にとっては恐ろしいことだった。
 だから、そのどちらにもならないよう、彼女は必死に逃げ続けた。



「――間宮さん……!」

 その場に居合わせた全員の知覚を置き去りにして、窓を突き破って飛び出して行った異形の名を、翔一が噛み締めるような、どこか苦しげな様子で口から漏らした。

「……どうなってんだよ。何で間宮さんが……」

 Vバックルを巻いたまま、真司はまるで意味を成さないただの疑問を零すしかできなかった。
 翔一と共に医療用具の支度を終えたところで、リュウタロス達の悲鳴や破壊音などが聞こえ、駆けつけたと先で見たのは、部屋の外で立ち尽くす三原と、傷を負ったリュウタロス、そして翔太郎達に襲い掛かろうとする、白い怪人の姿だった。
 だがいざ応戦しようとしたところで、他ならぬリュウタロスから、その白い怪人が間宮麗奈であると告げられた。それを裏付けるように、彼女の美しい声で、困惑と恐怖の悲鳴を怪人は発したのだ。
 理解を超えた事態に全員が立ち尽くし、無為に時を消費する室内に、新たに投げ込まれた声があった。

「昼間の男と同じだった……ということか?」

 その声の主は、遅れて部屋に入ってきたキバットバットⅡ世だった。

「それは違うよ、キバット」

 そのキバットの言葉を、翔一ははっきりと首を振って否定した。

「未確認のこと、勘違いしちゃった俺が言っても説得力ないと思うかもしれないけど……違うんだ、キバット。間宮さんは、間宮さんのままだった。詳しい事情までは分からないけど……」

 翔一の云わんとしていることは、事実はさておき真司も頷きたい内容だった。
 夕方に真司達の倒した――いや、殺した未確認生命体は、他人を殺傷することを心の底から楽しんでいた。奴自身がそれを望んでいたということは間違いなく、また疑いようもなかった。
 だが今飛び出して行った、間宮麗奈だという白い怪人は――少なくとも真司が見た限りでは、明らかに未確認とは違う様子だった。自らの異形に驚き、また彼女が傷つけたものと思われるリュウタロスを気遣う様子も見せた。
 それは確かに、間宮麗奈という女性の持つ人間らしい感情なのだと真司は思いたかった。
 だがそれなら当然疑問は残る。彼女のあの姿は何なのか? どうして麗奈の意思にも反するような、リュウタロスが傷つくような事態になったのか?

「どういうことだ? さっきの奴も……あんたらの仲間なのか?」

 疲労故にどさりとその場に腰を降ろしながら、翔太郎が気遣うように一拍間をおいて、真司達に尋ねて来た。

「ててて……そうだよ、麗奈は僕達の仲間なんだからねっ!」

 額と背中の傷に手を当てながら、どこか敵意染みた感情を少量籠らせて、リュウタロスが翔太郎に答えた。
 血ではなく、砂のような物がそこからは零れていたが、傷の様子を見た翔一が彼の元に駆け寄る。真司も病室の外に置いてあった救急箱を取って、慌ててイマジンの元に向かう。
 翔一と二人で応急処置を施していく。服かと思ったコートはどうやらリュウタロスの身体の一部らしく、脱がせることができなかった。コートを無理に外そうとしたことに痛みを覚えたリュウタロスに軽く小突かれて、真司は思わず早口に謝る。
 意味があるのかは怪しいものの、傷口に消毒を施したところ、リュウタロスは高い声で痛みを訴えるが、それでも翔太郎に続きを伝えようと、言葉を紡ぐ。

「麗奈はね、自分の名前しか覚えてなくて、他は全部忘れちゃってたんだ! だからすっごい怖い思いをしてたから、僕が護ってあげてたんだよ!」

 リュウタロスの説明で詳細がわかったわけではなかったのだろうが、翔太郎は「記憶喪失……ってことか?」と漏らし、翔一がそれに頷いた。

「何でリュウタロスにこんなことをしたのかは、わかりませんけど……俺達の知っている間宮さんは、こういうことを望む人じゃありませんでした」
「だが、それならどうして彼女……は、総司くんを襲った?」
「……僕のせいだ」

 部屋の隅で、名護啓介に支えられていた総司という青年が、そうぽつりと、自責の念と共に呟いたのを真司は聞いた。

「総司くんの? それはどういう……」
「……あの人が、記憶と一緒に失くしていたワームの心が……僕のせいで、起きちゃったんだ。僕が、ネイティブだから……」

 そう総司が項垂れるが、ワームやネイティブという単語がどういう意味を持っているのかは真司にはわからなかった。

「……よし! これでもーう大丈夫だから、リュウタロスは無茶しないで、ここで待ってて」

 それらの言葉の意味を尋ねる前に、翔一がそうリュウタロスに告げて、すっと立ち上がった。

「俺、間宮さんを探してきます。南の方行ったみたいで心配だし……」
「待て、翔一。自分が何を言っているのかわかっているのか? おまえがどう思っていようと、事実としてあの女が危険人物ではない、という保証はないのだぞ?」
「そうだけど、それは間宮さんの心配をしちゃいけないってことでもないでしょ? それに、俺達が間宮さんを護るって約束もしたんだから。危険かどうか決めるのは、間宮さんがこんなことした理由を聞いてからでも良いじゃない」

 自身の諫言をそう払った翔一の向かう先を邪魔するかのように、キバットは彼の顔の前に身を飛ばす。

「――奴が危険人物であったなら、それを追って他にも脅威が蠢いているだろう場所に向かうというのは、まともな人間のやることではない。本当にわかっているのか?」
「心配してくれてありがとう、キバット。でも俺、間宮さんが良い人でも……考えたくないけど、悪い人だったとしても、追い駆けなきゃって思うんだ。良い人だったらやっぱり間宮さんのこと護らなきゃいけないし、悪い人だったら、間宮さんから人を護らないといけないからさ」

 そう呟く翔一の声に、普段の明るく、悪い見方をすれば軽い彼らしくない、重々しい覚悟が見て取れて、真司は思わず口を挟んだ。

「待てよ、翔一! 一人で行くつもりなのか?」
「はい。知ってると思いますけど、俺、結構強いですから一人でも大丈夫です。城戸さんは皆さんを護ってあげててください」

 名護達にバイクを借りると言う旨を伝えて、翔一が部屋から出ようとした時、リュウタロスが真司の肩を掴んだ。

「真司! 翔一と一緒に、麗奈を追って!」

 突然の頼みに、部屋を出ようとしていた翔一も足を止めて、こちらを振り返る。
 表情の読み取れない顔で、それでも必死さだけは伝わる声音で、リュウタロスは真司の両肩を揺さぶって、訴えて来ていた。

「あっち、危ないから! 本当は僕が守ってあげなきゃいけないけど……今の僕じゃ、翔一の足手纏いになっちゃうから、真司、お願い!」
「リュウタロス。城戸さんには、リュウタロス達を護って貰わないと……」

 リュウタロスの訴え、真司はどう答えた物か判断に迷っていた。同様に困ったような顔色で、翔一が諭すようにそう告げたが、横手から別の声が入る。

「……城戸さんだっけか、あんた。行ってやってくれねえか?」

 リュウタロスの傍に並ぶように動いて真司にそう声を掛けたのは、翔太郎だった。

「なんつーかよ……俺、こいつが泣いてるの……あんま見たくねえんだよ。本当なら俺が行きてぇところなんだが、悪ぃ、このザマだから足を遅くしちまう。それでも何とか、あんた達の居ない間代わりにここを護る役目ならできる。だから、ここは俺が引き受けるから、あんたはこいつの頼みを聞いてやってくれねえか?」

 そう頭を下げた翔太郎は、声を出すだけでも一苦労と言った様子で、皆を護るなどと言っていられるような余裕があるとはとても思えないほどボロボロだ。

「――そうだな。俺からも頼もう」

 故にそんな頼みなど聞けるわけがないと真司が断ろうとしたが、その前に今度は名護が口を開いた。

「翔一くんの言うことはもっともだが、先程話を聞いた限りだと南側は危険なようだ。単純に変身の制限の都合を考えても、単独行動は望ましくはないだろう。ここの病院は俺達が護る。だから真司くんは安心して、翔一くんと共に行きなさい」
「名護さん、俺は大丈夫ですから……」
「……あー、もう! 行くぞ翔一、ここで言い争ってて手遅れなんてやだろ!?」

 立ち上がりながら、なおも反対しようとする翔一をそう促した真司は部屋の外へ出る。

「城戸さん、だから俺は良いから皆さんを……」
「――そ、そうだよ! 二人がいなくなったら、誰がここを護ってくれるんだよ!?」

 そこで真司を遮ったのは、ここまでずっと沈黙していた三原だった。

「その人達は、怪我人ばっかりじゃないか! お……俺は、あんな……あんな……」
「修二は黙ってて!」

 強い怒気を孕んだ叱責は、リュウタロスから発せられた物だった。
 その声におっかなびっくりした様子で、肩を竦ませた三原が声の主を振り返る。

「りゅ……リュウタ?」
「二人とも、早く行って!」
「お……おい、リュウタロス……」
「麗奈を絶対、絶対護ってね! 約束だから!」

 本当は、三原の不安を解消するようなことや、彼に対するリュウタロスの態度について何か言うべきだったのだろうが――「約束」という言葉を聞いた真司は、これ以上の口論で時間を無為にする気を失い、口から吐きかけた言葉を引っ込めた。

「――行くぞ、翔一!」

 彼の腕を引っ張って階段に向かうが、翔一はやはり躊躇いがちな表情を作り、真司に言う。

「城戸さん……でも、三原さんの言う通りですよ。城戸さんまでここを離れたら……」
「――翔太郎さんや名護さんを信じろって。
 そりゃ、俺だって人を護るためにライダーになったんだ。護りたい人達を置いていくなんて、本当はしたくないけどさ……俺は、おまえのことも護りたいんだ」

 同じ、護るために戦うという志を持った仮面ライダーを、真司は護りたい。

 確かに翔太郎達は怪我人だ。だが名護の言う通り、制限のことを考えれば人数の揃っている病院はともかく、先程あんな規模の戦闘が行われていた場所に翔一一人を送り込みたくはない。
 かつて真司と同じ想いを持ってくれた仲間だった手塚海之だって……厳密には真司を庇ったせいだが、それでも最初から一人だけで浅倉威と戦うなんてことをしていなければ、死なずに済んだかもしれない。

 もう、彼を喪った時のような思いをするのは懲り懲りだ。

「もちろん、間宮さんのことだって……リュウタロスにも頼まれたし。何ていうかさ、あいつには悪いことしちゃったから、その罪滅ぼしだってしなくちゃいけないし……」
「城戸さん……そうですか。そうですよね」

 頭を掻きながらの真司の言葉に、そこに込められた想いを本当にわかっているのかいないのか、翔一はそう、いつもの調子で頷いた。

「わかりました。一緒に行きましょう」

 彼から頷きを返された真司もまたもう一度頷いて、二人で名護達の乗って来たバイクの元へと向かう。
 翔一がバイクを起動させている途中で、キバットが真司達の元へとやって来た。

「まったく、おまえ達は……今から追い駆けたところで、見つけられると思っているのか?」
「うーん……確かに結構時間開いちゃったから難しいとは思うけど、ここでじっとしてたら、もっと見つかんなくなっちゃうし」
「……小沢のことはどうするつもりだ?」

 キバットの問いに、やはりいつもの調子で答えていた翔一が、そこで一度黙る。

「小沢を操っている奴がここをまた襲った時におまえ達抜きで、あいつらだけで対応できると思うか?」
「……確かにあのライダーは手強いけどさ、三原さん達は一度追っ払ったって言うし」

 怪我人だらけとはいえ、大丈夫ではなかろうか。そう思った真司の言葉に、キバットは首を振るように身体を揺する。

「あの男があの調子でどうにかできるとは思わん。残りの者も口で強がっているだけだ。仮に何とかなるとしても、おまえ達がいなければ小沢かどうか判断できないだろう」
「だったらさ、キバットが病院に残ってよ。小沢さんのことなら、キバットも知ってるんだし」

 エンジンを掛けたと同時の翔一の返答は正鵠を射た物だと真司は思ったが、意外にキバットは難色を示す。

「……考えるのは、俺担当ではなかったのか?」
「あれっ。キバット、引き受けてくれてたんだ」
「図に乗るな……が、頭なしで行動するとでも言うつもりか」

 朗らかに笑った翔一に対し、キバットはそう憮然と返す。いくら賢いからってバカにすんなよぉ、と内心憤る真司を置いて、翔一はまた少しだけ強い目をして、キバットに頷いた。

「キバットには悪いけど、そういうことになるかなぁ。だってほら、今俺達のやるべきことははっきりしてるし。それにキバットだって、同じ世界の名護さんとやっと出会えたんだから、ここからは離れたくはないでしょ?」

 痛いところを突かれたかのように、キバットは息を呑む。

「キバットが居たら大丈夫だって思ってるから、城戸さんと一緒に行こうって俺も思ったんだ。だからキバット、こっちの皆のことお願いします」
「……勝手にしろ。だが、大ショッカーの思惑通りにはなるなよ」

 諦念を含んだ溜息と共に、キバットバットⅡ世はそう承諾の意思を示した。

「――俺達も、できるだけ早く間宮さん見つけて帰って来るからよろしくな!」

 真司が彼に告げる間に、翔一がバイクをほぼ直角に方向転換させ、白い異形の逃げて行った市街地へと遂に出発させる。

 成人男性二人を乗せているというのに、普段真司が乗るズーマーとは比にならない加速性能だ。荒れた地でも問題ない疾走を見せるバイクの上、突風に煽られながら、真司は思わず問う。

「……だけどさ、翔一。実際ただ同じ方に行くだけで、間宮さんのこと見つけられるか?」
「見つけるしかないですよ」

 翔一の返事は短いが、強い意志を伴ってもいて、頼もしさも感じられた。
 それでもやや考えなしなのは事実だし、勢いで飛び出したは良いが、これはやはりキバットが呆れるのも仕方なかったかなぁと思った真司の視界に、水色の影が映った。

「……翔一。何だあれ?」

 真司が声に出すのを待っていたかのように、バイクに併走していた水色の蜻蛉――のような機械は、二人の少し手前を飛翔するように移動した。

「さっき総司さんを護ってた、カッコいいカブトムシと似てますね」

 どことなくズレた感想を翔一が漏らしたと同時に、その蜻蛉は身を捻ってまるで矢印のような形を取り、真司達から見てやや左寄りの方向を示した。

「付いて来い……って言ってるのか?」

 まるで真司の言葉に頷くように頭部を二度上下させると、その蜻蛉は一筋の彗星と化して、自らが指示した方へと飛翔して行く。その様を見て、真司は運転手に尋ねる。

「……どうする、翔一?」
「……多分、間宮さんと同じ世界のひと……じゃなくて、同じ世界から来た蜻蛉だと思います。アテがあるわけでもないですし、道案内してくれるんなら是非甘えさせて貰いましょう!」

 そう言って翔一は、ハンドルを切って蜻蛉に追走し始める。

 行先には本来、ほんの数時間前に立ち寄った葦原涼の家を含んだ無数の住宅街が並んでいるはずだった。だが夜の帳によって惨状は隠されているとはいえ、ライトが照らすたびに破壊の限りが尽くされた惨状が詳らかになって行く。
 もはや、テレビで見る戦場跡のような、という表現すら生温かった。廃墟を構成するための瓦礫すら残らず、破壊の余波によって掘り起こされ、高熱によって黒く色づいた地肌が覗いているだけの焦土が、二人の行く先に広がっていた。

 果たしてどれほどの力が揮われたのか。三原が恐怖するのも仕方がないことだと真司は思う。
 本当のことを言えば、真司だって怖い。悪意に蹂躙されて、殺されてしまうかもしれないということが怖くない人間なんていないと思うし、少なくとも真司はそれを恐ろしいと感じる。
 それでも真司は、そういった恐怖から人を護りたいと願って、仮面ライダーになったのだ。
 どんなに恐ろしい力だろうと、それに竦んで何もできない内に、誰かが死んでしまうことの方が――翔一に言わせれば、誰かの座っていた席がぽっかりと空いたまま、ずっと埋まらなくなってしまう喪失感の方が、真司には自分が傷つく恐怖よりもずっと嫌なことだった。

 そして――真司は、リュウタロスと約束したのだ。
 ――そう、「約束」したのだ。

 幼い日に真司が、神崎優衣との約束を守らなかったがために、ライダー同士の戦いが起きることとなった。
 そのために、モンスターによって蓮の恋人が眠り続けることなったため、蓮を戦わせる羽目になった。多くのライダー達やその関係者、さらには何の罪もない人々が犠牲になった。挙句真司の世界に仮面ライダーの誕生を促し、結果として存亡の危機に陥ったのも、全ては真司が、あの日約束を守らなかったことに起因するのだ。

 だから今度こそ、人を護り、そして約束を守ってみせなければならない。

 小沢が言っていたではないか。後悔することなんていつだってできる。嘆き悲しむだけでは、何も変えることができないのだと。
 だから、どんな恐ろしい敵が待っていようと、デイパックの中にあるてるてる坊主を見ようと、もう真司は足を止めたりしない。

 今度こそ変わってみせる。真司のせいで大勢の人が不幸になってしまうなら、そのたくさんの人々を救えるように真司は変わるのだと、強く固く決意していたのだから。



 ――あるいはそれを代替え行為だとか、ただの自己満足だと言う者もいるのかもしれない。
 そして城戸真司という男は、どこまでも真っ直ぐなバカだから、その言葉を真に受けて悩むこともあるのかもしれない。

 だが、そもそも真司はバカだからこそ、そんな言い訳など思いつきもしないのだ。

 だから彼は、何の奇跡に頼るわけでもなく――未来を手に入れるために強く変わろうという意志のままに、変わりたいと願ったように変わって行くのだろう。

 そんな人間の、愚直な歩みは……きっと何者にも、止められはしない。


105:やがて訪れる始まりへ(後編) 投下順 106:君のままで変われば良い(2)
104:それぞれの道行(2) 時系列順
津上翔一
城戸真司
三原修二
間宮麗奈
擬態天道
リュウタロス
名護啓介
左翔太郎