Kamen Rider: Battride War(9)   ◆.ji0E9MT9g





「矢車、亜樹子、無事か?」
「うん、涼君!私たちは無事だよ!――って、うわ!」

一旦の戦いを終えキックホッパーと鳴海亜樹子の下に、ギルスが駆け寄ってくる。
傷だらけになりながらも一応は安全であるらしいその姿を確認し亜樹子は安堵したような声を出すも、次の瞬間その肩に背負われている乃木怜司を見てギョッと目を細めた。

「何でこいつを連れてくる?言っただろ、こいつはワーム。文字通り宇宙から来た、ただの虫けらだ」

亜樹子の心の声を代弁するようにキックホッパーが嫌悪感を隠そうともせずに告げる。
しかし、それに対しギルスは予想通りであるといった様子で大した動揺もしなかった。

「例え元の世界でどんな奴でも、俺にとってこいつはここで俺と一緒に戦ってくれた仲間だ。助ける理由はそれだけで十分だ」
「……ハァ」

まっすぐに目を見据えて告げられた言葉にキックホッパーは折れた様で、溜息を残してその場に座った。
それを確認して、今度はギルスは亜樹子をまっすぐに見据え。

「亜樹子、こいつを頼んだぞ。俺はフィリップを助けに行ってくる」

その言葉だけを告げて、そそくさとギルスは未だ戦いを繰り広げているオルタナティブとサガの下で生身のまま放置されているフィリップの元へ向かおうとする。
――この展開は、不味い。
亜樹子の直感が、そう告げていた。

このままでは、自身の優秀な“壁”がいなくなってしまう。
キックホッパーは先ほどまで優秀な“壁”であったが、意味のわからない理由で自分を置き去りにした時点で頼りにしすぎるのも危うい。
なれば、ここでギルスを手放すのは惜しい、と亜樹子の冷静な部分が叫んでいた。

「待って、涼君!そんな傷じゃ危ないよ!」
「そんな事言ってられるか!フィリップが危ないんだぞ、俺が行かなきゃ――グッ!」

傷だらけのギルスを気遣うふりをしてどうにか時間を稼ごうと大声をあげる亜樹子に対し、そんな事情など露程も知らずギルスは声を荒げる。
しかしそれが響いたのか、腹を押さえてそのままうずくまってしまった。
それを見て、亜樹子は想像以上だと口角を吊り上げる。

「ほら!やっぱりそんな傷じゃもう戦えないよ!フィリップくんだけじゃなくて涼くんまで死にに行くなんて、私――!」
「亜樹子……」

そこまで言って、思わずといった様子で彼女は顔を押さえた。
まるでフィリップが既に死んでしまったかのような口ぶりだが、ギルスはそれをそこまで不審に思う様子もないようだった。
それでもなおフィリップのことを諦めきれない様子のギルスに対し、あと一歩だと亜樹子はまた口を開こうとして。

「ぐわあぁぁぁ!!!」
「響鬼ッ!」

後方から絶叫と共に聞こえた爆発音に、それを遮られる。
一体何事か、と亜樹子が振り返るよりも早く、ギルスはその絶叫の元へ駆けだしていた。
先ほどまでの様子と違い弱々しくうめき声を漏らす響鬼に一種の戦慄を抱きつつ、ギルスは響鬼を弾き飛ばした影に視線を向けた。

そこには、夜の闇にも負けないほどの黒と、ギルスのそれを大きく超えるような眩い緑の閃光を放つ謎の怪物がいた。
フィリップが撮影していた園田真理殺害の怪物と似ている、しかし明確に違う。
新たに現れた存在に誰もが息を呑む中、真っ先に行動したのはオルタナティブだった。

――WHEEL VENT

鏡より現れた彼の契約モンスターがバイクのような形に変形すると同時、それに跨がり、何故か地面に転がっているフィリップを抱え上げた。
そして、そのまま見当違いの方向へと駆けだしたのだ。
地の石を欲しがっていた彼の突然の逃亡にサガも驚きを隠せなかったが、しかし、そんなサガを尻目に“それ”は突然に吠えた。

「グゥ、ウオオォォォォォォォォ!!!!」
「――亜樹子、伏せろッ!」
「きゃっ……!?」

らしくなく全力で回避をしたキックホッパーに驚きつつ亜樹子が悲鳴を上げる。
――一瞬の後。
黒と緑の怪物から放たれた衝撃波はそこにいる全てを破壊した。

響鬼を庇うように立っていたギルスを大きく吹き飛ばし、その遙か後方にいたサガにも、その衝撃波は直撃する。
その余波で既に半壊していた病院が轟音と共に砕け散る中、死神はまだ満足できないと言わんばかりに大きく咆哮した。

「……その声、始さんですか?一体何のつもりです?まさか地の石を狙って、僕のことを倒そうと――」
「ウオォアァァァ!!!!」

決して小さくはないダメージを押して疑問を投げかけたサガに対し、ジョーカーの返答は攻撃。
手の鎌より実体化したエネルギーをサガに向けて放ち、その存在をも破壊しようとする。
だが、それを二度も食らうサガではない、手に持ったエンジンブレードで何とかやり過ごし、ジャコーダーで反撃に移った。

「……利用関係解消ですね、なればあなたの裏切りに、僕から下す判決はただ一つ。死、のみです――!」

――WAKE UP

首に巻き付けたジャコーダーにジョーカーが困惑するうちにサガはウェイクアップフエッスルをサガークに認識させる。
頭上に大きな紋章が浮かぶと同時、それに飛び、てこの原理でジョーカーの身体を持ち上げた。
これこそがスネーキングデスブレイク、サガの、唯一にして必殺の技であった。

「ウォォ、ウオォアァァァ!!!!」

しかし、ジョーカーはそれに対しまたも咆哮。
むやみやたらに暴れ、遂にはジャコーダーの鞭を切り裂き、無理矢理にスネーキングデスブレイクより脱出する。
流石のサガも、これには驚きと、そして恐怖を隠しきれず。

そしてその動揺はジョーカーの格好の餌食であった。
一瞬のうちにサガに駆け寄ったジョーカーはその鎌でもって、サガを大きく打ち上げたのだった。

「なに……なんなのよこれ……。私、こんなの聞いてない……」

目の前で行われるあまりにも常識離れした状況に、亜樹子はそんな当たり前の言葉を吐き出していた。
それに対し、全く同意見だと言わんばかりに呆れたようなため息を吐くのはキックホッパー。
彼はそのまま立ち上がり、変身の解けた様子の涼の元へと歩んでいく。

「おい、ここじゃ何時あいつに目をつけられるかわからん。俺たちは逃げるぞ」
「ふざけるな!それじゃ五代は、フィリップはどうなって――グッ!」
「その傷じゃどっちにしろ足手まといだ。亜樹子のこともある、あとのことは他の奴らに任せるべきだ」
「なら、俺だけでも――!」
「――いや、矢車の言うとおり、お前らはここから逃げた方が良い」

あの暴力の化身のような存在の注意が自分たちから離れた隙に、この場を去るべきだと進言するキックホッパーに対し、一歩も引かない涼。
そのまま水平線を辿るかと思われた議論にトドメを指したのは、ギルスが庇ったためにまだ変身状態を維持している響鬼だった。

「響鬼、お前――!」
「俺のことなら大丈夫、鍛えてますから。シュッ」
「別に心配をするわけじゃないが、本当に逃げなくて良いのか?」

言外に武器もないのに、という意を含んだキックホッパーの言葉に、響鬼は苦笑いしつつ答える。

「大丈夫だよ、さっきまでは隙もなくて使えなかったけど、とっておきがあるから。……絶対に、後で会おう、葦原、矢車、鳴海」
「……絶対だぞ、響鬼」
「――行くぞ」

その言葉と共に、キックホッパーは亜樹子を、涼は傷ついた身体を押して乃木を抱きかかえ病院の跡地から去って行ったのだった。

【矢車想 離脱】
【葦原涼 離脱】
【鳴海亜樹子 離脱】
【乃木怜司 離脱】

【ライダー大戦 残り7人】

四人の去りゆく背中を見守って、その姿が夜の闇に呑まれ一端の彼らの無事を確認した響鬼は、また戦場へと目を向けた。

「――さぁて、俺は俺のお仕事、だな」

かちゃり、と懐から取り出したのは、響鬼の武器、装甲声刃。
先ほどのカリスとの衝撃の瞬間、デイパックから漏れ出していたのを響鬼は見逃さず入手していたのだ。
悲鳴と共にサガが吹き飛ばされ、その変身が解除されると同時、響鬼は装甲声刃に向けて気合いを高める。

「――響鬼、装甲」

唐突に高まる気と共に全身から溢れ出す炎が、ジョーカーの視線をこちらに向けさせた。
その一方でサガに変身していた青年が命からがらといった様子で逃げ出すのを見て、響鬼は安堵する。
これで、始が望まぬ殺しをしなくて済んだ。

きっと彼は、大ショッカーを前にして、仮面ライダーとして戦うべきなのか、まだ悩んでいるのだ。
大事な人を守るために戦おうという思いは、すぐに伝わってきた。
その手段がわからないというのなら、自分が教えてやるべきではないのか、確固たる仮面ライダーの力で以て。

ハァ、と気合いを吐き出すと同時、響鬼はその身を赤く染め、どこからともなく現れたディスクアニマルたちと、その身を一体化させた。
これこそが、アームド響鬼と言われる、仮面ライダー響鬼最強の形体であった。

「さて、行きますか」
「ウオォアァァァ!!!!」

アームド響鬼とジョーカー。
彼らの戦いの第二幕が今、また切って落とされた。




ところ変わって病院のすぐ外で、乾巧とディケイドは、その惨状に声を漏らさずにはいられなかった。
そこにあったのは先ほどまで共に戦っていた仲間たちの変わり果てた姿。
全身を穴だらけにされた秋山蓮と、胸に大きな風穴を開けた海東大樹の姿であった。

「なんで……なんでこんなことになっちまうんだよ……!?」

その状況に対し、あまりのやりきれなさ故に声を漏らしたのは、巧であった。
ライジングアルティメットの驚愕的な実力は知っていたつもりだった。
しかし、ほんの数分目を離した間に、相当な実力者であるこの二人がやられてしまうとは。

一方で、海東は士にとってはこの殺し合いに参加させられる前からの、元々の仲間だったはずである。
いつも何を考えているのかわからないような顔をしている士だが、今回は更にディケイドの仮面によって物理的にその表情を見ることは叶わない。
しかし海東の死体を見つけてから何も言わないところを見ると、流石に堪えたらしいことは表情を見るまでもないことだった。

「――!待て、志村の死体はねぇ!もしかしたらあいつはまだ――」
「……あぁ、もしかしたらあいつは……いや、まさかな」

僅かな希望を見いだし、そのまま口にした巧に対し、ディケイドは意味深な呟きを返すのみだった。
何を考えているのか巧には正直掴みきれないが、このまま相手をしていても埒があかないと、周囲を見渡す。
するとその耳に微かなうめき声が聞こえてきた。

「おい、聞こえたか、今の」
「あぁ」

ディケイドと共に警戒を深めつつ歩を進めると、すぐにその声の主を見つけることに成功する。
それはボロボロの服で、どうやら地面に顔をこすりつけ啜り泣いている様子の、青年であった。
この凄惨な状況を見れば泣くのも仕方ないのかもしれないが、そもそもこの戦地で無事を貫いた時点で、単なる一般人とは考えがたいだろう。

「おい。お前、何者だ、名前をいえ」

警戒を緩めぬまま、ディケイドは問いかける
それに対し、男は一瞬泣き止み、どうしたらいいかわからないといった様子のまま、しかし身体を起き上がらせた。
その姿を見て、巧がハッとした表情を浮かべたのを、ディケイドはもちろん見逃さなかったが。

「……俺の名前は雄介。五代……雄介、です……」

その名前を聞いて、二人は表情を強ばらせる。
まさか、この戦いの目的であった五代雄介の奪還を、ここでこうして成せるとは。
必要な犠牲だった、などとは口が裂けても言いたくないが、しかし海東や秋山の犠牲は決して無駄ではなかったのである。

「その……あなたたちは……?」
「門矢士と、乾巧だ」
「……あなたが士さん、それに巧さん……、俺、俺海東さんと草加さんを……、ごめんなさい……!ごめんなさい……!」
「……落ち着け、五代雄介。お前は、ただ操られてただけだ。あいつらを殺したのは、お前の意志じゃない」

そこまで言うと、五代は荒く呼吸を数回繰り返し、そのまま真っ赤になった瞳をこちらに向けてくる。
襲ってくる気配はないという意味ではひとまずは安心して良さそうだと、二人が胸をなで下ろそうとした瞬間、五代が口を開いた。

「……俺、皆を傷つけました。それどころか、草加さんも、秋山さんも、海東さんも、あのカブトムシのライダーの人も……俺が、俺が……!」
「おい、だからそれはお前の意志じゃ――!」

言葉を紡ぐたび不確かになっていく五代の言葉を受けて、思わずディケイドはそれを止める。
地の石などというアイテムと、こんな殺し合いに乗った屑の手中で彼は踊らされ続けたのだ、これ以上、無駄に苦しむ必要などあるまい。
しかし、そんなディケイドの思いと裏腹に、五代はなおもその口を止めることはない。

「俺、ずっと誰かの笑顔を守るために戦ってきました。戦いなんて大嫌いだけど、でも俺がやらなきゃ、あんな奴らのせいで誰かが悲しむ姿なんて、見たくないって」
「……」

それまでずっと途切れ途切れだった彼の言葉が、急に饒舌になった。
その表情にはなおも辛い様子が見て取れたが、しかし先ほどまでとは違うのがはっきりとわかった。
その様子に安堵の思いを抱きかけたディケイドと巧だったが、でも、と五代が続けたことで眉を潜める。

「でも、あのカブトムシのライダーの人が死ぬとき、笑ってたんです。そうしなきゃ、生まれ変われないって。その戦いの間、ずっと苦しそうだったのに」
「……五代?」

彼の表情には、先ほどまでと変わった様子は見られない。
だが、何故だろう。
とてつもなく不穏な流れが訪れているのを、二人は確かに感じた。

「それに、秋山さんも。最後の最後に笑ったんです。それまでずっと笑顔なんて見せたことなかったのに」

それを話す五代の表情は楽しげで、先ほどよりその笑顔は輝きを増していく。
流石の二人も、フィリップやあの秋山ですら認めた聖人君子のような五代とのイメージと話している内容の薄利に、不気味さを感じずにはいられなかった。
――なおも、五代は言葉を紡ぎ続ける。

「――もしかして、俺って間違ってたのかもしれません。もしかしたら、人が一番良い笑顔を浮かべるのは――!」

そこまで言って、五代の目はギョロリと巧のものと合った。
怖いもの知らずの巧であったが、その闇そのものとすら言える深い黒の瞳と、それに反するように眩い笑顔のミスマッチに、流石に一歩退いた。

「――なんで、ですか?」
「え?」
「なんで、笑顔にならないんですか――!」

そこまで言うが早いか、それまでの傷が嘘のように飛び起きた五代は、そのまま巧の首に掴みかかった。
傷ついた身体に、全く予想しなかったところからの攻撃で、さしもの巧もそれを避けきれず。
そのまま、易々と彼の身体は宙に持ち上げられてしまった。

「やっぱり、こうしなきゃ駄目なんですかね?死ぬ寸前にならなきゃ、あなたは笑顔になってくれないんですかね?」
「――やめろッ!五代雄介!」

絶叫と共に彼の腕を掴み無理矢理巧から引きはがすのは、もちろんディケイドであった。
必死に気道を確保する巧を尻目にディケイドは今度こそ油断なく五代の前に立ちふさがる。
そして、それを見て五代の顔は笑顔から驚愕の顔へと急変した。

「俺、そんな……ごめんなさい、ごめんなさい……!」

まるで、自分が何をやったのか、信じられないといった様子で顔を覆いもみくちゃに顔を掻きむしる五代は、誰が見ても明らかに正気ではなかった。
ユウスケの時はここまで酷くはなかったぞと困惑するディケイドを気にもせず、五代はそのまま外聞もなく泣き続けた。

――五代がこのような不安定な精神状態になってしまったのには、もちろん地の石の支配のみではない理由がある。
それは、他ならないガイアメモリ、その中でも支配性の強いゴールドメモリを使用したためだった。
いや、もしも五代が自身の強い意志で以て、ナスカのメモリを用いていたなら、あるいは毒素をも打ち消して彼は正義の戦士として立ち上がっていたのかもしれない。

しかし、地の石による支配で身体の自由を奪われながらも、彼は一部始終をその目に焼き付けていた。
草加を叩きのめし、その後目の前で彼の命が奪われる際も、彼は必死に抗おうと、絶叫したのだが、それは誰にも届くことはなく。
灰となって消えた彼の死に責任を感じていたが、もしもここまでで支配が終わっていたなら、きっと彼は数時間の苦悩の後仮面ライダーとして再起できたはずであった。

だが、そこからが彼にとって本当の地獄の始まりであった
銃声を聞きつけやってきた巧とカブトムシのライダー、天道総司に対し、地の石を持つ金居は全力で応じることを命じる。
五代の抵抗が全くの無意味であったのは既に述べた通りだが、更にここで最悪の出来事が起こる。

巧から奪い取ったナスカのメモリを、あろうことか彼は首輪に直に挿入、結果としてRナスカとして覚醒するが、それにより元々強い毒素が更に上昇。
自身の意志による変身ではないのに加え、草加、天道の命を奪ったという事実に対する虚無感が、彼の毒素に対する抵抗を著しく弱めてしまっていた。
つまり、ほとんど一般人と変わらない精神状態と化し、抵抗もままならぬまま毒に晒された五代の脳裏に、最悪の考えが浮かぶ。

――死の瞬間の笑顔こそが、その人の最高の笑顔なのではないか、と。

もちろん、平素の五代であれば、至るはずのない思考。
しかし、身動きも取れぬまま直に強力な精神毒に晒されそれを外部に逃がすことも叶わない四時間ほどの時間は、彼の思考を醜く変貌させるのに十分であった。
そしてその考えを拭いきれぬまま病院に着いた彼は、半ばそれの真偽を確認するかのように、人々を殺害していった。
秋山蓮は自分と会ってから一度も笑わなかったというのに、最後に何かを悟ったような笑顔を浮かべていた。
それに対し自信が否定しなければいけない仮説が、しかしより信憑性をもって自分を染め上げていくのを、確かに彼は感じたのだった。

そして、海東との戦いの際に二度目のナスカの使用。
これにより先ほどまでの黒い思考は、より五代を毒して――。
今、彼の中に、彼がもっとも否定していたグロンギのような思考が、確かに生まれていたのだ。

つまり、“死の瞬間にこそその人の最高の笑顔が生まれるなら、自分がそれを殺すべきなのではないか”、と。
しかし、毒に侵され精神に異常を来しつつも、五代は未だに自分をつなぎ止めていた。
地の石による支配によって埋め込まれた数多のトラウマと、未知の精神毒に、なお彼は抗う意思を、確かに持っていたのだ。

――この時までは。

「うぁ……うあぁぁぁぁぁ……!!」

瞬間、彼は胸中にどす黒い感覚が沸き上がっていくのを、確かに感じた。
忘れるはずもない、先ほどまで自分を支配していたあの闇だ。
誰か、新しい主人が自分を呼んでいる、助けに来いと。

しかしその声から先ほどの主に似た殺意と敵意を感じて、五代は必死に抗おうとする。
先ほどよりは抵抗を出来るように感じたが、しかし自分に根付いた毒が、その抵抗を阻もうとする、誰かを殺し、そして笑顔にしろ、と。
断固としてそれは間違っていると主張する自分を、静かに、しかし確実に蝕んでいくその声を聞きながら、五代は自分に対し声をかけ続ける仮面ライダーを一瞥する。

(あぁ、そう言えばずっと考えてたっけ……。俺がもし究極の闇になっちゃったらって……)

それは、本来ならずっと共に戦い自分を信じてくれた一条刑事に言う言葉のはずであった。
彼ならばきっと情よりも自分が本当にしたいことを理解してくれるはずだと、そう信じたから。
しかし、ここに今彼はいない。

なれば、彼に頼むしかあるまい。
元々覚悟は出来ている、誰かの笑顔を奪う悪魔になるくらいならば、自分は――。

「門矢……さん、お願いが、あります」
「……」
「お願いします。もうこれ以上誰かを傷つける前に、俺を……殺して――」

目から涙を流し訴える五代だったが、彼の言葉が紡がれたのはそこまでであった。
瞬間、彼の瞳から光は失せ、先ほどまでのものを大きく凌ぐほど、暗い闇が、その眼孔の奥に広がった。
と、同時、五代、否“ライジングアルティメット”は既にボロボロになった病院へ向かおうと――。

「待て!」

それを止めようと思わず駆けだしたのは、もちろんディケイドであった。
変身能力も持たぬまま戦場へ駆け出せば、彼の命運はすぐに尽きてしまう。
変身している自分であれば幾らライジングアルティメットといえど変身をしていない以上容易に彼を抑えておけるはずであると、そう考えた上であった。

だが、その考えはまたしても甘かったと、ディケイドは身を以て知らされる。
目前に立ちふさがったディケイドを邪魔者として判断したライジングアルティメットは、そのまま彼に対し猛打をしかける。
幾ら変身しているとはいえ、傷ついた身体に、自分の身体へのダメージを顧みないライジングアルティメットの猛攻に、ディケイドは一瞬体制を崩してしまった。

その瞬間、ライジングアルティメットはディケイドの腰に備え付けられたライドブッカーを奪取し、それをソードモードに移行、見境なくディケイドに斬りかかったのである。

「ぐぁ……!」

元々満身創痍の肉体に自分の武器と、カードすらも奪取されて、ディケイドに為す術はなく。
そのまま、数秒と経たぬ内に彼の身体は地に吐き捨てられた。

「門矢ッ!」

それを見て吠えたのは、流石にもう見ていられないと飛びだした巧であった。
そんな巧を見て、やめろ、とディケイドは小さく呻いたが、その声は届くことなく。
掴みかかった巧が何とかライドブッカーを引きはがしたところまでは良かったが、しかし彼の健闘もそこまでであった。

先ほどまでと同じように、いや、先ほどよりも明らかに力を込めて、ライジングアルティメットは巧を持ち上げた。
うめき声と共に持ち上げられた彼を見て、ディケイドの脳裏に先ほどの“五代”の言葉が蘇る。

『お願いします。もうこれ以上誰かを傷つける前に、俺を……殺して――』

その悲しげな声と、自身の仲間である小野寺ユウスケの笑顔、そしてその笑顔を守ると誓ったときのことを、次々とディケイドは思い出す。
もしも、ユウスケが同じ状況になってしまったら。
俺は、あいつに何をしてやるのが相応しいのだろうか?

――『士、お前だけを逝かせない……。俺も一緒に逝く……!』

自分が真の世界の破壊者となったとき、ユウスケが言った言葉を思い出す。
その時確かに自分は、彼に対し友情を感じたはずだった。
なれば、そのパラレルとも言える五代の望みを果たすのは、やはり自分であるはずだ、と。

今にもその命の炎を絶やそうとする巧を目にして、ディケイドにもう迷いはなかった。
あたりを見渡すと、ふと手にぶつかるものがあった。
シアンの色をしたそれは、自分も見慣れた仲間のもの。
まるでそれが、素直でなかった彼の、精一杯の協力の申し立てのように感じて。

(――あぁ、そうだな海東。これ以上、あいつに罪を背負わせるわけにはいかない。せめて少しくらい、俺が背負ってやるよ……!)

ダメージのために地に伏せたまま、ディケイドはその手にしっかりとディエンドライバーを構える。
そしてそのまま、彼の背中に向けて、引き金を、引いた。

110:Kamen Rider:Battride War(8) 投下順 110:Kamen Rider:Battride War(10)
時系列順
五代雄介
葦原涼
秋山蓮
乾巧
村上峡児
橘朔也
相川始
金居
志村純一
日高仁志
矢車想
乃木怜治
野上良太郎
紅渡
門矢士
海東大樹
フィリップ
鳴海亜樹子




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最終更新:2018年12月17日 19:10