悲しみの果てに待つものは何か ◆.ji0E9MT9g


時刻は23:15、空には星が輝き、この殺し合いの場も静まりを見始めた時刻。
そんな中でしかし彼らは未だに熱い闘争の真っ只中にいた。
宙を浮遊する得体の知れぬ赤い怪人に対し、相対する男二人、葦原涼と矢車想は生身のまま。

この場において設けられた変身制限によって、二人には怪人に対し真正面からの抵抗手段を失ったも同然であった。
しかし、そうした状況でも一切の戦意を喪失しないまま、彼らはその鋭い瞳で先ほど同行者であった乃木を焼き殺したその怪人に睨みを利かせる。
どうやら敵はこの状況に高揚感を抑えられないらしく笑い続けていた。

その反動で乃木を殺した後、廃工場内という狭い範囲にいるにもかかわらず二人を見失ったようであり、これは好機だと二人は思う。
しかし、だからといってこの状況で彼らに逃走の手段はない。
いや、本来なら迷うことなく逃げるのだが、タブーが廃工場内を徘徊しながらしかし唯一の出口には油断なく注意を払っているために逃げるという作戦は実質封じられたも同然であった。

かといってこちらに有効な手段もない、ではこのまま変身制限を迎えるまで逃げ切るか、と涼が考える、が。

「・・・・・・葦原、奴はここで潰すぞ」

その状況でなお、先ほどまで戦意の一切を見せず死んだ目をしていた矢車が、らしくなく戦闘への意欲を見せたのだ。
涼としても自分たちと共に戦ってくれた乃木を焼き殺した目の前の怪人に反撃が出来るのならそれを望んでいた。
矢車が賛成してくれたことにはいささか動揺を隠せなかったが、しかし彼も何らかの考えがあるかもしれず、また彼の考えの大半は葦原には理解も及ばなかったので、そのまま黙っておくことにする。

しかし、戦意があったとして、問題は自分たちの手札が少ないことだ。
涼のデイパックには奴の気を一瞬反らせるだけの手はあるにはあるが・・・・・・。
と、そこまで考えて、矢車が首で何らかを指し示した先を、涼は見て。

「あれは・・・・・・パーフェクトゼクター!?」
「あぁ、どうやらさっきの攻撃の中でも問題なく焼け残ったらしい。・・・・・・あれがあれば奴に有効打を与えられるはずだ」

それは、先ほど乃木が握りしめたまま気絶し、故にそのまま共に持ち運んできたパーフェクトゼクター。
確かにアレならばいかに強力な敵であろうともダメージを与えることが出来るだろう。
目前に迫る赤い怪人は防御力に優れているようにも見えないし、不意さえつければ一撃で勝負をつけることも可能だろう、しかし――。

「アレは変身している俺でも扱うのが難しかったんだ、今の俺たちじゃとても扱えない」

涼はそれを扱うには既に自分のコンディションでは事足りないと確信していた。
実際に扱った涼が言うのだから、それは恐らく間違いではないだろう。
しかし、そんな中で矢車は涼にその手につけていた謎のモジュールを手渡してくる。

「……これを使って俺を援護しろ。俺はアレを使って上から奴に斬りかかる」

と、矢車が指さした方向に目を見やればそこには上階に繋がる階段と恐らくいつもは器具を操作する際上るのであろう場所が見えた。
なるほど自分の役目は矢車を援護しつつあの怪人をその真下まで誘導することか。
なればこの手に渡されたゼクトマイザーで隠れながら攻撃するのが最適だろう。

「すまないな、俺のダメージが大きいばかりにお前に危険な役目を任せてしまって」
「……いや、気にするな。俺には俺の事情がある」
「……?そうか、それなら構わないが」

自分のダメージのために矢車に危険な役目を任せてしまったことを謝ると、矢車はいつになく真剣な様子でそう返してきた。
先にも述べたとおり涼には矢車の言っていることを理解するのは困難なので、それ以上深く追求することもしなかったが。
――数瞬の後、乃木を殺害した高揚感も覚め自分たちを見失ったことに対する焦りを見せ始めたタブーがパーフェクトゼクターと反対の方向を見た瞬間に、彼らの行動は開始した。

先ほどまでのけだるそうな彼が嘘のように飛び出した矢車は、そのまま苦もなくパーフェクトゼクターの元へ到達、そのままそれを拾い上げる。
しかし、音の反響するこの工場の中で矢車の足音は余りにも大きく。
一気に振り返ったタブーはその手の内に先ほど乃木の命を刈り取ったのと同じ火球を――。

「させるか!」

その瞬間、涼はその手に持つゼクトマイザーから一気にザビーボマーを発射する。
勢いよく吐き出されたそれはそのままタブーに向かっていき、着弾。
その瞬間にボマーはその身体を爆発させ、タブーはたまらず身を捩った。

そしてその隙を見逃す矢車ではない。
パーフェクトゼクターをもったまま階段を駆け上る。
タブーもいつまでもボマーによる攻撃に怯んでいるわけではなく、頭上の足場に向けて火球を放った。

「矢車ッ!」

思わずと言った様子で涼が叫ぶが、火球により生じた爆炎をも自身の推進力に利用して、矢車が飛び出してきたことで、笑みを浮かべる。

「――ハアァァァァァァァァッ!!」

絶叫と共にパーフェクトゼクターの重量をも威力に利用して、そのまま矢車はタブーに対してその刃を振り下ろす。

「きゃあッ!?」

しかし瞬間、くぐもった声で悲鳴を上げたタブーに気を取られたか、当初の想定より大きく威力を殺したために、タブーに大きなダメージを与えられなかったようだった。
それに対しやはり彼らしくないと訝しげな表情を浮かべる涼だが、しかしそんな時間も長く与えられなかった。
気付いたときには矢車はタブーの手によって高く持ち上げられていたのだから。

そのままタブーは、矢車を持ち上げる手とは逆の手に火球を発生させ――。

『くるくるくるくる風車がまーわる!くるくるくるくる君がくるー!』

廃工場内に響いた爆音の聞くのも苦痛な、耳障りを体現したような曲にその動きを止めた。
それは、涼に支給されていた品であり、彼がダムで支給品を確認したとき五秒と持たずに再生を終了し二度と聞くこともあるまいとデイパックの奥深くに仕舞い込んだ逸話を持つ、ジミー中田のCDとラジカセのセットであった。
あまりにも酷い歌だったために一生聞く気も起きなかったが、こういった状況であればむしろ敵の気を反らすのに最適かと思われた。

そして、その目論見通りに気を反らしたタブーの腹を思いきり蹴り上げて、矢車はその拘束から脱出し、闇に姿をくらます。
一瞬でもタブーの気を反らせたのだから、あの酷い歌にも意味はあった。
逆に言えばそれ以上の働きを期待できるはずもない、はずだったのだが。

『しるしるしるしる君を知りたい!しるしるしるしるお味噌汁―!』

「……」

タブーはそのまま、二人を探すことすらやめてその歌に聴き入っているかのように見えた。
誰が聞いても酷いこの歌に一体何か理由があるのか、と困惑する涼だが、気にしていても仕方ないと予め決めていた矢車との合流地点に急ぐ。
その周辺にまでたどり着くと、物陰からいきなりグイと袖を引っ張り込まれた。

反射的に拳を握る涼だが、そこにいたのが矢車であったために、それをやめる。
と、瞬間的に矢車はその口を開いた。

「お前に一つ聞きたいんだが、あの歌の題名は何だ?」
「確か『風都タワー』……だったか、それがどうかしたか?」
「……いや、何でもない」

そこまで聞いて意味深な顔をする矢車を見やりながら、しかしあんな電波曲に構っている暇などないと涼は話題を切り替える。

「……それで、どうする?変身制限まではあと五分以上ある、奴を倒すなら何か考えないと」
「……俺に考えがある。その為に葦原、お前にこれを持っていてもらいたい」
「これはお前のデイパックだろ?お前が持ってるべきだ」
「……いや、この中に今俺が使える支給品はない。余計な荷物は置いておくべきだと思ってな」

俺が使える支給品はない、という言葉にわずかな引っかかりを覚えながら、しかし涼は言うとおりにデイパックを受け取った。
彼は一体、何をしようとしているのか?
元々理解の困難だった矢車が、更につかめない存在になって、涼は困惑した表情を浮かべた。

「……とりあえず、具体的な作戦を教えてくれ、それに合流場所は――」
「いや、そんなものは必要ない。お前はここで黙って見てろ。一部始終、漏らさず、な」

そう言って、真っ直ぐに涼を見つめる矢車の瞳は、澄んでいた。
それはまるで、先の見えない彼をそのまま体現したような先ほどまでの暗い瞳とは異なる、綺麗な瞳だった。
矢車の言うことを引用するのなら、その瞳には闇の中に確かな光があるように見えて。

それ以上何も言えなくなった涼は、そのまま矢車のやることを見届けるしかなくなってしまった。
その様子に対して、満足げな表情を浮かべた矢車は、ラジカセの曲が鳴り止むと同時、そのまま物陰から飛び出して。
涼のいる物置から少し離れた地点で、わざとその足に散乱するように鉄の棒を引っかけた。

「――みぃつけた」

それを聞いてタブーはくぐもった声であっても一瞬で理解できるほどの愉悦の声を発する。
そのまま手に火球を発生させ、矢車に放つが、しかしその程度でやられるほど彼は甘くない。
右に左にとまるでこの廃工場を自分の庭であるかのように縦横無尽に飛び移る。

変身していなくてもバッタのような男だ、と涼は思う。
だが、しかし生身で無限に発生する火球を変身制限まで続けるのは、流石の矢車も厳しいだろう、とそう思考した瞬間。
彼は思いきりタブーに向かい飛びかかった。

その手にろくな武器もないままに敵の懐に飛び込むとはその場の誰も理解できず、涼も、そしてタブーも驚きの声を漏らした。
なるほど、そうして油断させた末に何らかの切り札で奴に反撃するのか、と涼は感心しかけて。
次の瞬間、矢車が先ほどまでの病院での戦いの時のように急激に戦意をなくしたのを見て、思わず身を乗り出した。

彼が一体何をしているのか、結局自分にはわからないが、しかしこのままでは死は確実、故にゼクトマイザーをその手に装着。
そのままボマーを発射しようとする涼に対しタブーもまたこの機を逃さず彼を殺そうとその手の火球を――。

「……お前、亜樹子だろ?」

矢車のその言葉と共に、両者ともにその動きを止めた。
彼の口から告げられた衝撃の発言に怒る暇もなく涼は呆然とするが、しかし先に動いたのはタブーであった。

「……いつから気付いてたの?」

否定して欲しい。
その涼の願いを容易く打ち砕くタブー――いや、亜樹子――の発言を受けて、矢車はその重い口を開く。

「……まず、最初にお前が現れた時点から怪しかった。俺の仕掛けた罠を見抜き、あの亜樹子を悲鳴の一つもあげさせず殺すような奴は、今更生身の乃木を殺した程度であそこまで興奮しない」

言われてみればその通りだった。
人智を越えた聴覚を持つ自分と乃木を差し置いてあの状況で一切の声を出させず亜樹子を殺すやつは、生身であり足もへし折れた無力な人間にしか見えない乃木を殺した程度であそこまで喜ぶはずもあるまい。
精々が彼の脅威を元々知る人物であった可能性だが、乾の話では間宮麗奈は乃木の仲間であり、天道に擬態したワームは突発的な行動が多く、ステルスキルなど出来ようはずもなかったということだ。

ではこの場で彼の脅威を知ったもの、という括りを適用するなら――もっとも、乃木の言葉を完全に信用する前提だが――病院にいたもの以外にその可能性はない。
であれば、封印された金居を除けば亜樹子と精々ライジングアルティメットとなった五代雄介だけである。
ここまで来れば、絞り込みとしては上々だろう。

しかし状況証拠でここまでの考察をした上で、なお矢車はもちろん別の可能性を模索していた。
しかし、タブーとの戦いの最中、その思いも否定する出来事が起こる。
それは――。

「……さっきお前はあの電波曲に聴き入ってた。お前のセンスがぶっ飛んでるんじゃなければ、それは曲そのものを前に聞いたことがあったから、だろ?お前の街のシンボルを題名にした『風都タワー』を」

告げる矢車に、タブーはなおも無言。
もちろん、彼の指摘は完全に当たっている。
風都を拠点に活動するスピック(フォークソングにロックンロールとラップの高揚感をブレンドした新ジャンル)シンガー、ジミー中田の歌う、『風都タワー』。

過去に担当した事件の中でそれを聞いた亜樹子は、その酷い曲を二度と聴きたくないとそう思いつつも、しかし確かに忘れられない街での大切な思い出の一つとして記憶していた。
そしてこの場で彼女が戦うのはあくまで自分の世界を、風都を守るため。
故にこの会場にいる全ての参加者の中で恐らくは一番その曲に対して敏感に反応した。

この曲と、そしてそれに付随する自分の思い出が詰まったあの街を消させるわけにはいかないと。
そしてその動揺を首を持ち上げられていたとはいえ至近距離にいた矢車が見逃すはずもなく。
先ほどの条件と合わせて、タブーの正体を確信するに至ったのである。

「ハハッ……ご名答だよ、『お兄ちゃん』」

しかしそんな矢車の言葉を受けて、しかしタブー、否その内の亜樹子は笑う。
いつの間にか変声機能を解除したようで以前の彼女の声が聞こえるために涼は一層その絶望を深めながら、しかし目を離しはしなかった。
矢車に言われたから、ではない。

きっと涼も薄々気付いていたのだ、彼女の中の悪意に。
しかしそれでも彼は信じたかった。
彼女の中の善意と、そして彼女自身の強さを。

しかしその思いはあっさりと裏切られる。
他でもない、亜樹子自身の手によって。

「翔太郎くんも顔負けの推理だったけど、それがわかってどうするっていうの?今更そんな事実をばらされて私が動揺すると思った?」
「……」
「それを知っても無駄よ。ここでお兄ちゃんも涼君も死ぬ……ううん、私が殺すんだから!」

その言葉と共に今までで一番大きな火球を生じさせたタブーは、そのまま頭上にそれを構える。
あの至近距離では矢車に逃げようもない、いや、自分が絶対に逃がすのだ、その思いと共に駆け出そうとして。
他でもない矢車が、自分に背を向けたままその手を大きく広げたために、それを中止する。

それはまるで、タブーの攻撃を受け止めるかのようでもあり、涼の行動を戒めるようでもあった。
死を目前に迎えた矢車の行動に覚悟を決めたタブーですら一瞥を向ける。
だが、それを受けて矢車はしっかりとタブーを見据えて。

「いいぜ、殺せよ」
「……言われなくても――そのつもりよ!」

言葉と共に放たれた火球の轟音にかき消されるのも気にせず、涼は叫んだ。
それが、制止を呼びかける言葉だったのか、回避を呼びかける言葉だったのかは、最早定かなところはないが。
――廃工場内を一瞬にして輝かせた火球に飲み込まれながら、矢車は思う。

これが、本当に自分の掴みたかった光なのだ、と。

――この会場に連れてこられる直前、矢車は弟である影山をその手に掛けた。
それが彼の望むところであったとはいえ、しかし自分と同じ全てから見捨てられた一蓮托生の兄弟を、彼が殺したのは揺るぎない事実であった。
そして、それはこの会場に来てからも彼の心を逃さず。

何故か蘇らせられたかした影山をもう一度殺した大ショッカーに怒りを覚え潰すために動き出したものの、違和感は否定しきれなかった。
――これが、自分の求める、自分だけの光なのか、と。
大ショッカーの打倒は、ほとんどの仮面ライダーや、そしてあまつさえワームである乃木でさえ望むものだ。

そんなものを地獄に堕ちた自分の光として掴もうとするのは、彼にとってどうしても納得がいかず。
その態度が、弟としたいと願った五代を取り戻すための戦いでもある病院戦でも如実に表れていたと言えるだろう。
しかし、ことここに至って、自分はようやく見つけたのだ、自分にしか見つけられない、地獄の闇を見た自分だけの光を。

(――弟を殺した俺が、妹に殺される。これ以上に幸せなこともない)

そう、それは、彼自身が認めた闇を持つ妹に、その命を絶たれること。
兄弟殺しという禁忌を犯した自分に許される、最後の、そして最高の地獄への招待状だった。
あるいはこの為に、自分はこの場で新しい弟や妹を探していたのかもしれない、とそう思うほどに。

だから、亜樹子が殺し合いに乗っているかもしれないという危惧を抱いたとき、矢車の胸にはその道を正そうとする自分と、相反する自分が生じていた。
それに気付いたときから、きっと彼はこうなることを薄々予想し、そして期待してもいたのだ。
これが、自分の光なのだ、と。

(安心しろよ、お前の仇は、他の奴らが嫌でもとってくれる。なぁ、相棒)

弟を殺した大ショッカーへの恨みは、決して消えたものではない。
しかしそれを成すのは自分ではなく、この場にごまんといる仮面ライダーやその協力者の管轄であった。
彼らには問題なくそれを成せる力があり、そしてそれは自分には掴むのが困難なほど眩しい目標だと、彼は病院での乱戦を経て理解したのだった。

(相棒、今から行く。また一緒に、俺たちだけで掴める光を探そう。――今度は、三人で)

だから、何も気負わず、彼はここで逝ける。
その背中にかつてその闇を見込んだ、しかし自分たちとは明確に違い、光に生きる男の絶叫を聞きながら。
そして彼に、自分のもう一つの光を、確かに託した実感を抱きながら。



「アハハァ、アハーハッハッハッハッ!!殺したぁ、私が、お兄ちゃんを……!」

その手から放った業火によって廃工場がその姿を大きく変容させ、周囲にある残った鉄もその身を液体に変える中、それを巻き起こした女は熱気の中で高く笑った。
自分の生み出したスコアと、そしてまた一歩自分の世界が勝利に向かったことに対して。
しかし、喜んでばかりもいられない、と一瞬で笑いをやめ、彼女は身を翻す。

「涼くぅん?どこぉ?出てきてよ、私が、殺してあげるから!」

そこまで言って、また彼女は笑う。
あからさまに狂気にとりつかれた彼女を尻目に、しかしそれを受けて呼ばれた本人である涼はその場から動けぬままであった。
また騙されたことがわかったから?矢車も乃木も目の前で死んでしまったから?

そのどれもが正解で、そして不正解であった。
亜樹子に騙されていたことは、もちろん悲しい。
しかし、彼女を信じた自分を、彼は決して否定したくはなかった。

そして目の前で仲間たちが死んだことは、確かに彼に怒りを生んだ。
しかしそれ以上に、亜樹子にそれをさせてしまった、そしてそれを止められなかった自分に対する怒りの方が強く。
自分の中に渦巻いた複雑な感情に促されるまま、彼はそのままタブーによって翳される死の瞬間を――。

「……けるな」
「ん?」
「ふざけるな!」

自分の中にわき出た感情を否定するように、彼は思いきり立ち上がる。
やけになったわけではない。
ただ、死を享受するのは、絶対に間違っている。

そして、これ以上彼女の手を血に染める必要もない。
ここで、止める。
他でもない、この自分が。

そこまで考えて涼はタブーがその手に最早見慣れた火球を発生させるのを見る。
しかし、確信があった。
矢車はここまで考えた上で、自分にこのデイパックを託したのだ、と。

――瞬間、タブーに攻撃を加える緑の閃光が一つ。
予想通り、などとは言えようはずもない、しかし涼はその存在が現れるのを知っているかのようであった。
タブーが怯んだのを確認した緑のそれは、そのまま涼の左手に収まった。

そして、涼はデイパックから取り出したバックルに、それを叩き込んで。

「変身ッ!」

その言葉を思い切り叫んだ。
それと同時に涼をヒヒイロノカネの装甲が包む。
緑のそれが彼の全身を包み、変身を完了した合図として、その複眼が赤く光った。

――CHANGE KICK HOPPER

そのライダーの名は、最早言うべくもあるまい。
矢車の残した、ホッパーゼクターに認められたものだけが纏える、ネイティブへの切り札。
仮面ライダーキックホッパーに、涼は変身していた。

彼が認められた理由など、語るまでもない。
矢車本人が亜樹子を任せられる眩しい仮面ライダーの代表として彼を選定したこと、そして彼自身が抱いた様々な感情からなる絶望ゆえであった。
しかし、それは矢車の抱いていた絶望とは、明確に異なっていた。

確かに裏切りへの悲しみや仲間の死への怒りや不甲斐なさを感じながらも、それをバネにまた強い光をその瞳に宿す男の、その光を色濃くするための、いわば前座としての絶望であった。
だが、そんなこと目の前のタブーには察せられるはずもなく。

ただただこの土壇場での新たな変身能力の開花に、苛立ちの声を上げるだけであった。
そして、キックホッパーに、これ以上の彼女の蛮行を許す理由など存在せず。
彼は、そのバックルに収まるホッパーゼクターに手を伸ばした。

――RIDER JUMP

瞬間その足に集まったタキオン粒子が臨界点を迎えると同時、彼は大きく跳んだ。
そして、予想外の展開に驚くタブーには、まともな抵抗など望めようはずもなく。

――RIDER KICK

彼はその左足を、タブーの胸に確かに叩きつけた。




パキン、と乾いた音が響く。
それは、彼女の用いていたタブーのメモリが破壊された音だと言うことは、彼にも分かっていた。
これでいい、と彼は思う。

急所を外した蹴りだったのだから、いかにキックホッパーのライダーキックが強力であれど、タブーに変身していた以上彼女の命を奪うことはないはずだ。

「おい、亜樹子、大丈夫か!?」

その思いと共に変身を解除しつつ、涼は最早生身を晒している亜樹子の元へ駆け寄る。
声と共に数回揺すると、彼女はゆっくりと目を覚ます。
その目に先ほどまでの狂気を孕んでいないことに安堵しつつ、続けて彼女に声をかけようと――。

「……竜、くん?」

先に、亜樹子が呼んだ名前によってそれを妨げられる。
放送で死を伝えられたはずのその名前に動揺を隠せない涼に対し、亜樹子はしかしその目を輝かせる。

「竜くん!よかった、私今、とっても怖い夢を見てたの、……皆が、殺し合う夢」

息もつかず続ける亜樹子に対し、涼はしかし掛ける言葉を見つけられない。
元より女の扱いは苦手な涼だが、今の彼女に対しては特段掛ける言葉を見つけられなかった。
夢からたたき起こし罪を自覚させるべきなのか、それとも先ほどまでの狂気を夢として許すべきなのか。

そんな思考に至った涼を尻目に、亜樹子は言葉を紡ぎ続ける。

「その夢の中でね、私とっても酷いことしたの、色んな人を騙したし利用しちゃった。良太郎君に、美穂さん、それに――」
「もういい!全部夢だったんだ、亜樹子!」

いつの間にかその瞳を潤わせる亜樹子に、彼は先ほどまでの思考を放棄してそう声を掛けた。
殺し合いに乗った大きな理由の一つであっただろう、照井竜の死。
そんな彼の幻覚を見ながら、しかしいのいちに自分の非道を反省し涙を流すのだから、彼女が本来はどんな人間かなど、涼にはもう論じるまでもないことだった。

自分の瞳から涙が亜樹子の頬に落ちるのも気にせず絶叫する涼に対し、亜樹子はその目を向ける。
その対の瞳は焦点が合ってはいなかったが、最初に涼が見たそれよりもよっぽど純粋に光り輝いていた。
そしてそのまま、彼女は力なく笑い。

「夢……?なら、私は、……皆を傷つけずに済んだんだ、そうだよね?」
「あぁ、そうだ……!だから安心しろ……!」
「よかった……、ねぇ、竜くん、安心したら……また眠くなっちゃった。……起きるまで側にいてくれる?」
「いつまでだって俺がいる。だから安心して、眠って良いんだ……」
「よかった……。じゃあ、少し、寝るね……」

そう言ってそのままその瞳を閉じようとして。
しかし亜樹子は、どうしても謝っておかなければいけない人が夢の中にいたことを思い出した。
彼には本当に悪いことをしたから、一時の夢であって例え現実ではないとしても、忘れないうちに、どうしても謝っておきたかった。

「ごめんね、涼君……。ありがとう……」

思わず告げられた自分の名に驚きを隠せぬままの涼を置いて、彼女はその瞳を閉じる。
そして、どれだけ名前を呼ばれても、揺さぶられても、もうその目を覚ますことはなかった。




鳴海亜樹子がその命を落としたのは、決してキックホッパーのライダーキックによるものではない。
彼女の使用していたタブーのメモリを直で使用したために生じる強い反動が、彼女の過剰適合体質により加速したために生じた、一種のオーバードーズであった。
つまり、彼女は結局、このメモリを使用した時点でその生命を終わらせることが確定していたのだ。

そして、メモリに犯された彼女の善意を最後に取り戻し、その凶行を押しとどめたのは、紛れもなく涼の尽力によるものであった。
だからきっと彼女は彼を責めはしない。
だって最後に彼は彼女の信じた仮面ライダーとして、悪を倒してくれたのだから。




「あれ……私……ここは?」

深い暗闇の中で、鳴海亜樹子は目を覚ました。
もしかして死に損なったのか、と一瞬身構えるが、しかしどこまでも続くような目前の闇を見て、それは間違いだと理解する。
きっと、これこそが地獄。

矢車という男が言っていたような、無限に続く闇が、これから先ずっと自分に付きまとうのだ。
しかしそれも仕方あるまい。
信じてくれた誰しもを騙し利用し、そして最後には殺人まで犯した自分と、共に歩もうとするものなどいるはずもあるまい。

と、自嘲しながらその歩を進めようとした、その時だった。
後方にも無限に広がる闇の中から、確かに誰かが自分の肩を掴むのを感じたのは。

「――一人で地獄を楽しむなんて、つれないこというなよ、亜樹子」
「……お兄ちゃん」
「お兄ちゃん、だってさ、いいよな兄貴は。妹まで手に入れて、羨ましいよ」
「拗ねるなよ相棒、俺たちの妹だ、そうだろ?」

たった一人進むのみだと思った闇の中に、しかし自分の他にも人はいた。
それは確かに、彼女の心を打つ。
あぁ、そうかやっと彼の言うことが理解できた。

同じ闇を持つとは、兄妹とは、つまりこういうことか。
全てを察した彼女は、彼らと同じ笑みを浮かべる。
闇を帯びた、しかし光を求める者の笑顔を。

「行こうぜ、相棒、亜樹子。俺たちだけの地獄の中の光を探しに」
「いいよ兄貴。兄貴とならどこまでも」
「ちょっと影山お兄ちゃん、私も一緒でしょ!?」

もしかしたらこれは間違った愛の形なのかもしれない。
そう思う自分も確かにいるが、しかし今はこの感情を強く否定する気にもなれなかった。
自分と共に歩んでくれる兄たちを得たことを、彼女は今、確かに喜んでいたのだから。

彼らの歩む先の闇は確かに深く。
しかし、彼らにしか見えない光もまた、その中で鈍く輝きを放っていた。


【一日目 真夜中】
【F-6 工場地帯】


【葦原涼@仮面ライダーアギト】
【時間軸】本編36話終了後
【状態】ダメージ(大)、疲労(大)、亜樹子の死への悲しみ、仲間を得た喜び、ザンキの死に対する罪悪感、仮面ライダーギルスに45分変身不可、仮面ライダーキックホッパーに2時間変身不可
【装備】ゼクトバックル+ホッパーゼクター@仮面ライダーカブト、パーフェクトゼクター@仮面ライダーカブト、ゼクトマイザー@仮面ライダーカブト
【道具】支給品一式、
【思考・状況】
基本行動方針:殺し合いに乗ってる奴らはブッ潰す!
0:剣崎の意志を継いでみんなの為に戦う。
1:亜樹子……
2:人を護る。
4:門矢を信じる。
5:ガドルから絶対にブレイバックルを取り返す
6:良太郎達と再会したら、本当に殺し合いに乗っているのか問う。
【備考】
※変身制限について、大まかに知りました。
※聞き逃していた放送の内容について知りました。
※自分がザンキの死を招いたことに気づきました。
※ダグバの戦力について、ヒビキが体験した限りのことを知りました。
※支給品のラジカセ@現実とジミー中田のCD@仮面ライダーWはタブーの攻撃の余波で破壊されました。
※ホッパーゼクター(キックホッパー)に認められました。

【矢車想@仮面ライダーカブト 死亡確認】
【鳴海亜樹子@仮面ライダーW 死亡確認】
【残り人数 22人】


110:Kamen Rider:Battride War(12) 投下順 112:最高のS/その誤解解けるとき
時系列順
葦原涼 119:可能性の獣
矢車想 GAME OVER
鳴海亜樹子 GAME OVER


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最終更新:2018年03月25日 00:44