喪失 ◆cJ9Rh6ekv.


 暗い夜闇の中を、ぽつんと行進する影があった。
 ずんぐりとしたシルエットはデイパックと、人間一人を背負ったことで大きく膨れたもの。重い足取りで進むのは、一条薫を背負った小野寺ユウスケだった。

「……すまない、小野寺くん」

 背後の一条から囁かれたのは、何度目かになる謝罪の言葉だ。

 応急手当を済ませてから、ユウスケは一人で彼を背負い、病院を目指し歩いていた。
 直後、意識を取り戻したかと思えば何度か遠のきもしているらしく、繰り返される謝罪は軽く前後不覚の状態故か。

 ……あるいは、一刻も早い治療が必要な身でありながら、冷たい夜風に今も体力を奪われながらも、彼もまた無力感から際限なく自分を責めているのかもしれない。

「構わないですよ。俺が、無駄に元気なだけですから……」

 止血を終えた後から、ユウスケが一人、彼を背負って歩く形になったのは、ひとえに体力差の問題だ。
 良きにせよ悪しきにせよ、今のユウスケは二度に渡って凄まじき戦士に転じた身。
 あれだけ消耗していた肉体も、未だ万全とはいえずとも、一条を背負って長距離移動するのは問題ないほどに回復していた。

 それでも歩みが遅いのは、一条への負担を気遣うばかりではなく――やはり先の戦いが心に残した爪痕が深すぎたせいだ。

 一条やキバットがいくら慰めてくれても、肯定してくれても。事実として自分が、他人を巻き込む虐殺兵器と化しながら、ダグバを討つことをできなかった事実は覆せない。

 ――そして一条もまた、やはり文字通りユウスケに重荷を背負わせた形になった居心地の悪さと、己の不甲斐なさへの憤りとを抱えていた。

「……ちょっと待て、二人とも」

 そんな負の感情に沈んでいた二人を呼び止めたのは、隣を飛行し追随していたキバットバットⅢ世だ。
 彼の様子を見てみると、キバットは片方だけ残った目で夜空を見上げていた。

 その、星空を見るには険しすぎる視線に倣ってみたユウスケは、見た。
 天空に生じたオーロラから吐き出された巨大な飛空船の群れ。そのうち一隻が、自分達の頭上を通り過ぎていく様を。



『時間だ。これより第二回放送を開始する』



 ゾッとするほど静まり返っていた会場に響き渡る、冷徹な男の声により――ユウスケたちは、殺し合いの開始から十二時間の経過を知った。

 そして、取り返しのつかない喪失の数々と――漫然と絶望に浸っていられる時間が終わりを告げたことを。




「何が……何が人が人を殺してはならない、だっ!!」

 第二回放送が終わった後。去っていく巨大な影に向けて、耐えきれなくなったようにキバットが叫んでいた。

「こんなこと仕向けておいて、どの口でそんなこと言ってやがる! バカにしやがってこのヤローッ!!」

 首領代行を通じて伝えられた、大ショッカー首領――すなわちバトルロワイアル主催者の言葉に、キバットは逆上したように悪態を吐く。

 だが、どこまで参加者たちを虚仮にしたようなその言葉に対して、怒りを抱く余裕はユウスケの中にはなかった。

 あまりにも――あまりにも多く、そして受け止めきれないほどの大きな喪失に、打ちのめされてしまっていたから。

「海東……みんな……」

 海東大樹。第一回放送で名前を呼ばれた光夏海と同じ――というには、時に危うすぎるほどに気ままではあったが、ユウスケにとって旅の仲間と呼ぶべき男が死んだ。何度も助けてくれたあの通りすがりの仮面ライダーが。
 日高仁志、すなわちヒビキ。共に殺し合いに立ち向かった頼もしい仲間にして、ユウスケが……殺めてしまった桐矢京介の師匠であった彼も、また。
 それも、彼らの属する『響鬼の世界』ごと――全員、殺されてしまった。

 急激に、口の中が乾いて来た。ともすれば吐きそうになるほどに。

 響鬼の世界の参加者は全滅した。それにより、彼らの世界に残る人々も滅亡を決定づけられた。
 文字通りに、世界中の人々の笑顔が奪われた――その一因に間違いなく自分が居る、という途方もない罪悪感に、膝が折れてしまいそうだった。

 ――だが、今のユウスケにはそうもできない理由があった。

 彼らだけではない。紅音也も、鳴海亜樹子も、もっと大勢が死んだ。
 そんな犠牲者を読み上げる放送の中で、あったのだ。彼の名が。

「五代……」

 背中が震える。ユウスケ自身の意志ではなく、そこに触れている人物の感情で。

 友の――五代雄介の死を知った、一条薫の声には。聞くだけで胸が張り裂けそうになるような、悲嘆がそこに含まれていた。

「一条さん……」

 背負っている、という体勢の都合上。ユウスケは彼の顔を伺うことができない。

 今、彼は――どんな表情を浮かべているのだろう?

「……すまん、小野寺くん。急かすようで申し訳ないが、もう進もう」

 だが――悲痛に沈んでいるかと思われた一条の声には、既に芯が戻っていた。
 もちろん、万全の張りとは言えないが、それでも。

 思わず、ユウスケは問うていた。

「……良いんですか?」
「……良くはない、だろうな――だが、止まっていることはもっとできない」

 絞り出すような返答の裏からは、確かな決意の程が感じ取れた。
 つい先程、ユウスケを優しくも力強く励ましてくれた時のように――彼の信じる正義に殉じようとする、強い意志が。


「奴らは、大ショッカーはこの殺し合いで最後に残る世界を決めると言った……君が言うように、世界の滅びは確かに起こっているのだとしても。これから参加者の全滅した『響鬼の世界』だけを狙って破壊するのは、大ショッカーが実行することのはずだ」

 一条に言われて、ユウスケはハッとした。

 彼の言うことには一理ある。大ショッカーの放送の中では、あくまで参加者の全滅しか告げていない。
 ならば一条の言うとおり、彼らの世界は未だ健在で、この先に大ショッカーが破壊を試みるのだとしてもおかしくはない。
 ……事情も知らずに遺された、京介の家族や学友たちごと。

「そんなことを許すわけにはいかない。だからできるだけ早く、奴らの計画を阻止して、全ての世界を救う方法を見つけなければ……」

 そのためには、バトルロワイアルすら止められていないうちに、足を止めてはならないと――一条は、暗に告げていた。

 あれだけ親愛の情を示していた、五代雄介を亡くしても。

 それこそがきっと、皆の笑顔のために戦った彼の遺志でもあるはずだと信じて――中途半端な真似だけは、しないために。

「……っ」

 そんな気持ちに押されるように、ユウスケは一歩踏み出した。
 移動の再開に気づいたように、キバットとガタックゼクターもまた追いかけてくる――ユウスケに仮面ライダーの力を託してくれた、仲間たちが。

 ……そうだ。
 今は、嘆いてばかりいられる時ではない。

 五代雄介は――もう一人の偉大なクウガは、志半ばにして息絶えた。
 ダグバにも対抗できると目された、大きな希望が。

 だったら……もう、お終いなのか?

 このまま次々と参加者が脱落し、滅亡する世界が続々と増えていき――ダグバや大ショッカーのような暴虐無道だけが生き残る悪夢を受け入れるしかないのか?

 そんなの――――諦めてしまって、良いわけがない。
 そんな中途半端な真似、できるわけが、ないではないか。

「……一条さん」
「どうした?」

 前触れのない呼びかけに、一条は穏やかな調子で応じた。

「……あんなことをしておいて、何を言うんだって思われるかもしれませんけど」

 問いかけに答える声が、震える。
 まだ、罪の意識は拭いようもなくこの身に纏わりついている。完全には迷いを振り切れない。
 それでも、言葉にしなければ、内に抱えたままでは、いつまで経っても変わらないから。

「俺……俺、戦います。五代さんの分も。今度こそ、皆の笑顔を守るために」

 それを叶えられる見込みのある者が最早、自分しかいないのであれば。
 膝を着き、ただ悲嘆と絶望に沈んでいる暇など、この身に許されるはずがない。

 そもそもこれは、誰かに任せて良い話ではない。
 姐さんと約束したのは――他でもない、小野寺ユウスケなのだから。

「変わってみせます。今度こそ……今度こそ、ちゃんと、クウガとして」

 そして会ったこともないあの人の――五代雄介の意志もまた、継いでみせると、密かに決意を固めながら。

「中途半端は、もう、しません。だから……安心して、ください」

 大ショッカーを倒すまでは、もう自分から逃げている場合じゃない――ユウスケはその覚悟を、一条へと言外に伝えた。






 小野寺ユウスケの――もう一人の戦士クウガの背に揺られながら、一条薫は複雑な心境を抱えていた。

 思い煩うことはいくつもある。守れなかった同行者たちの無念も、出会う間もなく死んでしまった鳴海亜樹子への疑惑も、ユウスケに語ってみせた世界崩壊を止めるための手段の模索も。
 大ショッカーの首領代行という立場で現れた、未確認生命体B-1号のことも。

 だがやはり、多くの考えるべきことにもなかなか集中させて貰えないほど、一条の胸の中を占めるのは、二人の戦士クウガに対する感情だった。

(五代……すまん……)

 胸中で詫び続けるのは、あの冒険家のこと。
 旅を愛する彼を、ずっと縛り付けてしまった。誰より暴力を嫌う彼に、ずっと戦いを強いてしまった。
 他に、未確認に対抗できる戦力がなかったから。一条が、警察が無力だったから、彼を危険に晒し続けてしまった。

 そんな寄り道のせいで、こんな恐ろしい戦いに巻き込ませてしまって……とうとう、その命を喪わせてしまった。

 同僚の殉職なら、聞かない話ではない。

 だが五代は、民間人だったのだ。
 本当は、もっと、素晴らしい青空の広がる景色をたくさん見られたはずの彼の生涯を、こんなところで。

 誰より正義感が強く、けれど悪意と対峙することも、義憤に身を燃やすことにも慣れていなかった五代を死に追いやってしまったのは、自分たちの無力――そして己の発した言葉こそが呪縛になっていたのではないかと、一条は悔やまずには居られなかった。

 重傷の身の、どの痛みよりも響く喪失感と罪の意識――そしてそれをさらに膨れ上がらせるのは、その再演に対する恐怖だった。

(俺は……小野寺くんまで)

 第零号との死闘で、精神に深い深い傷を負ったもう一人の――若きクウガ。
 五代と同じように、皆の笑顔を守りたいと戦う青年。辛うじて生き延びてくれた彼にもまた、自分は呪いをかけてしまったのではないか。

 中途半端な真似をするな、と――

 人の身と心で背負いきれるはずもないものを、またも一個人に押し付けようとしているのではないかと――文字通り今、お荷物と化した己を背負う青年に対しても、一条は罪悪感を覚える。

 ただ……ただ。一方で、自らを気遣う彼の声が、先程のように自決へと一縷の望みを託したような末期的な物ではなかったことには、軽率にも安堵してしまっている自分のことも、一条は認識していた。

 彼の精神は、やはり仮面ライダーの――戦士クウガの物だったのだ。
 追い詰められても、だからこそ甘えられなくなる。己の持つ強大な力、その責任から逃れられなくなる。
 それが土壇場で、自らの命を放棄するという選択肢を先延ばしにさせたことを――素直には喜べなくとも、今はただ、先に繋がったことこそを最後の希望として。

 それでも、その正義の魂がユウスケを立ち直らせたのだとしても。その業と責任を、彼一人に背負わせるわけにはいかない。
 守るべき皆の笑顔の中には、彼自身の笑顔だって含まれていることを……確かに彼が守れたものと同じように、忘れないでいて欲しいのだ。

(そうだろう……五代)

 贖罪になるとは思わない。五代雄介と小野寺ユウスケは別人であり、何の因果関係もない。
 それでも、きっと、五代は悪い意味で自分の後を誰かが追うのは嫌うはずだから。

 共に背負えるだけの力がない一条がこんなことを考えるのは、いっそ無責任かもしれないが、せめて――せめて、彼と並んで戦える仲間のところまで、その希望を繋ぐまでは、諦めることはできない。

 ……それが正しいことだとは、頭ではわかっているのに。
 諦めるべきはないというのに、どうしても引っかかってしまうのはやはり、喪ったものが大きすぎるからだろうか。

 結局は五代をそこまで導くことのできなかった自分への、拭い取れない不信のせいか。

 五代雄介も、小野寺ユウスケも、同じく奮起してくれた父の言葉を――何より果たせていないのは自分ではないかという、疑念のせいか。



 ――この闇を抜ける頃には、そんな迷いも晴れるだろうか。

 柄にもなく、そんな感傷を懐きながら。一条はせめてもの回復と、考察すべき事柄への集中に意識の切り替えを務めた。





【二日目 深夜】
【???】



【小野寺ユウスケ@仮面ライダーディケイド】
【時間軸】第30話 ライダー大戦の世界
【状態】疲労(極大)、ダメージ(大)、左脇及びに上半身中央、左肩から脇腹、左腕と下腹部に裂傷跡、アマダムに亀裂、ダグバへの極めて強い怒りと憎しみ、仲間の死への深い悲しみ、究極の闇と化した自分自身への極めて強い絶望
【装備】アマダム@仮面ライダーディケイド 、キバットバットⅢ世@仮面ライダーキバ、ガタックゼクター@仮面ライダーカブト
【道具】無し
【思考・状況】
1:一条を死なせたくない、何としても助けたい。
2:これ以上暴走して誰かを傷つけたくない……
3:……それでも、クウガがもう自分しか居ないなら、逃げることはできない。
【備考】
※自分の不明支給品は確認しました。
※『Wの世界万能説』をまだ信じているかどうかは後続の書き手さんにお任せします。
※アルティメットフォームに変身出来るようになりました。
※クウガ、アギト、龍騎、響鬼、Wの世界について大まかに把握しました。
※変身に制限が掛けられていることを知りました。
※アマダムが損傷しました。自壊するほどではありませんが、普段より脆くなっています。
※ガタックゼクターがまだユウスケを自身の有資格者と見なしているかどうかは、後続の書き手さんにお任せします。
※キバットバットⅢ世の右目が失われました。またキバット自身ダメージを受けています。キバへの変身は問題なくできるようですが、詳細は後続の書き手さんにお任せします。

【一条薫@仮面ライダークウガ】
【時間軸】第46話 未確認生命体第46号(ゴ・ガドル・バ)撃破後
【状態】疲労(極大)、ダメージ(極大)、額に怪我、腹部表面に裂傷、その他全身打撲など怪我多数(応急処置済)、出血による貧血、五代たち犠牲者やユウスケへの罪悪感、強い無力感、ユウスケに背負われて移動中
【装備】アクセルドライバー+アクセルメモリ@仮面ライダーW
【道具】食糧以外の基本支給品×1、名護のボタンコレクション@仮面ライダーキバ、車の鍵@???、おやっさんの4号スクラップ@仮面ライダークウガ
【思考・状況】
1:第零号は放置できない、ユウスケのためにも対抗できる者を出来る限り多く探す。
2:五代……。
3:例え何の力にもなれなくても、ユウスケを一人には出来ない。
4:鍵に合う車を探す。
5:照井の出来なかった事をやり遂げるため『仮面ライダー』として戦う。
6:一般人は他世界の人間であっても危害は加えない。
7:小沢や照井、ユウスケの知り合いと合流したい。
8:未確認への対抗が世界を破壊に導き、五代の死を招いてしまった……?
【備考】
※『仮面ライダー』の定義が世界ごとによって異なると推測しています。
※麗奈の事を未確認、あるいは異世界の怪人だと推測しています。
※アギト、龍騎、響鬼、Wの世界及びディケイド一行について大まかに把握しました。
※変身に制限が掛かっていることを知りました。
※おやっさんの4号スクラップは、未確認生命体第41号を倒したときの記事が入っていますが、他にも何かあるかもしれません(具体的には、後続の書き手さんにお任せします)。
※腹部裂傷は現在深刻ではありませんが過度な運動をすると命に関わる可能性があります。


※以下の支給品は、ガタックゼクターが運んだデイパックの中に入っているはずの物ですが、デイパックが破損しているためいくつかはE-2エリア、E-1エリア、F-1エリア内に落ちているかもしれません。または、やはりいくつかは攻撃に巻き込まれて消滅した可能性もありますが、詳しくは後続の書き手さんにお任せします。

@ガタックゼクターが運んだデイパック内にあるはずの支給品:照井の不明支給品、アタックライドカードセット@仮面ライダーディケイド、ガイアメモリ(スカル)@仮面ライダーW、変身音叉@仮面ライダー響鬼、トリガーメモリ@仮面ライダーW、ガルルセイバー(胸像モード)@仮面ライダーキバ 、ユウスケの不明支給品(確認済み)×2、京介の不明支給品×0~1、ゴオマの不明支給品0~1、三原の不明支給品×0~1
【備考】
※カードセットの中身はカメンライド ライオトルーパー、アタックライド インビジブル、イリュージョン、ギガントです
※ライオトルーパーとイリュージョンはディエンド用です。
※インビジブルとギガントはディケイド用のカードですが激情態にならなければ使用できません。
※ただし、上記の支給品の内ライダーベルト(ガタック)@仮面ライダーカブトは確実にガタックゼクターに確保されています。



【共通備考】
※『響鬼の世界』は参加者が全滅しただけで、世界そのものは大ショッカーがこの後で破壊するのではないか、まだ止められるのではないかと考えています。
※一条の治療のため、病院を目指して移動しています。ただしそれがD-1かE-5か、つまり出発地点のF-1エリアから見て北か東か、および現在地がどこになるのかは後続の書き手さんにお任せします。


114:更ける夜 投下順 116:対峙(前編)
時系列順
107:慚愧 一条薫 124:紅涙(前編)
小野寺ユウスケ


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最終更新:2018年05月12日 14:52