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「君は……一体何者なんだい?」

D―5エリアの平原にて偶然に集った四人の男。
幾らか続いた沈黙の後、最初にそれを破ったのは眼鏡をした青年であった。
それを発言したのは参加者の一人である野上良太郎、より正確に言えばそれに憑依するウラタロスである。

「……言ったろ、俺の名前は門矢士――」
「――すっとぼけないでよ、そういう事を言ってるんじゃないって、わかるでしょ?」

言った彼の言葉は、少し鋭かった。
未知の存在に何故か一方的に自分を知られている上に、話を意図的に混乱させられているのだから、その苛立ちも当然だろう。
それを受けて、士と名乗った男は背に負った男を一瞥してから、何かを観念したかのようにため息を一つついて、それから言葉を吐き出した。

「……俺は、色んな世界を通りすがっててな、お前のことがわかったのは、その中で『電王の世界』にも通りすがったことがあるって、それだけのことだ」
「……納得すると思う?そんな説明で」
「まぁ、そういうだろうな。だが嘘好きなお前なら俺が嘘を言ってるかどうか位わかるだろ?」
「……」

言われて、ウラタロスは思考する。
確かに、嘘はついていない。
志村純一のそれのように、嘘をついている気配すらない。

であれば、やはりこの男のいうことは正しく、様々な世界を渡り歩く中で平行世界の自分、あるいは未来の自分と出会ったことがあるということか。
あり得ない、などと一瞬思うが、自分たちが成してきた時の運行を守る戦いと、常識外れの時をかける列車のことを思い出して、それをやめる。
自分が嘘好きな性格であることまであの二人は言わないだろうし、どうやら彼の言うことは信じても良さそうだ、とそう考えて。

「わかったよ、門矢さん、僕は君のいうことを信じ――」
「言っとくが、俺はお前らをまだ信用してないぞ」

しかし得られた返答は、未だ敵意に満ちたもの。
それに困惑を隠しきれず、ウラタロスは眉を潜める。
自分のことを知っていると言ってきたというのに、信用が出来ない?

「……悪いな、ただこの場で会った男からお前らが殺し合いに乗ってるって聞いたんでな。それを確認するまではお前らを信用するわけにもいかない」
「……なるほどね」

言われて、ウラタロスは全てを把握する。
自分たちが殺し合いに乗っていると悪評をまくことに利益がある存在など、一人しかいない。

「志村純一、ですか」

思わずその憎々しい笑顔を思い浮かべた瞬間、彼の名前を横にいる村上が呟く。
全く厄介なことをしてくれるものだ、という思いももちろんあるが、それよりもその名前を口にした村上の殺気のほうが、今の自分にとってはよほど問題であった。
ともかく、村上の言葉に対し深く頷く士はしかし、まだ自分たちを見定めるような表情を浮かべている。

それを見て、ウラタロスは未だ彼はどちらに対しても確信を持っていないに違いないと思考する。
つまり、自分たちと志村、どちらが殺し合いに乗っているのか、未だ彼も見極めの最中だ、ということ。
なれば、自分がその疑いを晴らすしかないだろう、とそう一歩前に出て。

「大方君は、志村純一から、僕たちが東京タワ―を倒壊させて、天美あきらちゃんと園咲冴子さんを殺した、とでも言われたんでしょ?」
「……あぁ」

だろうな、と苦笑いしつつ、ウラタロスは続ける。

「でもそれは僕たちがやったんじゃない、志村純一がやったんだよ」
「……証拠は?志村がやったって証拠を出してもらわなきゃ、信用できないな」
「志村純一がやったって証拠は出せないけど、僕がやってないって証拠なら出せるよ」
「どんな?」
「――僕は女の子を傷つけられない、それこそ、絶対にね」

言って、ウラタロスは眼鏡をくいっとあげる。
不敵に笑った彼を村上は怪訝そうに振り返るが、しかし士はその言葉に何かを思案するように頷いて、しかし視線は鋭いままであった。

「……そんな言い分がここで通用するとでも思うか?」
「例え異世界でも、僕を知ってるならこれで納得してもらえると思ったけど?」

そう言ってウラタロスは、不敵に笑う。
ウラタロスにとっては人を殺害することももちろんだが、中でも女性を殺すのなど論外であった。
別の世界であるとはいえ自分と会ったというのなら、女性の一人や二人ナンパするところを見ていてもおかしくはあるまい。

そう考えての発言だったが、士は未だに疑いの目を向けているようだった。
であれば電王としての活躍を述べようかとも思ったが、しかしそれでは志村がグレイブとしての表面上の“正義の味方”っぷりを語るのと、全く一緒だ。
あんな胡散臭い詐欺師と一緒にされるわけにはいかない、とウラタロスは半ば意地になっているのを感じていた。

ともかくこれで疑いは晴れるまでもう一歩か、とウラタロスはもう一度口を開こうとして。
士がその視線を自分から外すのを見て、それをやめた。

「お前の言い分はわかった。だが村上、お前はどうだ?こいつから散々お前の悪行は聞いてるんでな、納得のいく説明をしてもらうぜ」

次いで疑いの目を向けられたのは同行者である村上峡児。
本人も話しておりここに来てからも幾つかいざこざがあったこともあり予想はしていたが、元の世界でも中々の問題児だったようである。
今は気絶している青年――確か乾巧――は村上の話では大ショッカ―打倒の上で貴重な戦力たり得ると聞いていたが、やはり敵対関係にあったとみて間違いないようだ。

「僕はここに来てからほぼずっと彼と一緒にいたよ。前回の放送で彼の世界は殺害数ランキングにも乗ってないわけだし、彼も白ってことじゃ、満足してもらえないかな?」
「無理だな。そもそも俺はまだお前のことも完全に信用したわけじゃない。ましてオルフェノクを使って人々を襲わせてる企業のトップなんて、尚更、な」

その言葉を聞いて、ウラタロスは村上を一瞥する。
とある大企業、スマ―トブレインのトップだとは聞いていたが、まさかそんなことをやらせていたとは。
この男の言葉をどこまで信用するべきかどうか、もう一度考えるべきか、と考えるウラタロスを尻目に、村上は観念したかのように少し笑った。

「なるほど、確かに乾さんのお仲間であれば、私を敵視するのも当然ですね。ですが貴方が野上さんのことも信頼していない今、私は、私を信用してもらうための根拠を何一つ持ち合わせていません」
「つまり……自分の潔白を証明する気はないってことか?」
「そうとっていただいても結構」

にべもなく吐き捨てた村上に、思わずウラタロスは懐疑の目を向ける。
自分たちを陥れ利用した志村の策略をむしろ受け入れるような態度を取っては、この閉鎖空間で死を迎えるのも時間の問題ではないか。
目前の士と名乗った男も同じ思考に至ったようで、困惑した表情を浮かべていた。

「――そんな奴と話すことねぇぞ、門矢」

そうして彼がまたその口を開こうとしたそのとき、今までなかった声が一つ割り込んでくる。
一体誰か、と思考するが、瞬間その疑問は氷解する。

「巧、お前、もう大丈夫なのか」
「あぁ、迷惑かけて悪ぃな」

士の背中より礼と共に男――確か乾巧――が降り、一人で立ったため。
彼の眼差しは鋭く、士のそれに輪をかけて自分たちに突き刺さるようであった。

「村上、野上。お前らの殺した冴子とあきらの仇、俺が取らせてもらうぜ」

言いながら巧はその肌に異形の影を浮かばせる。
しかし瞬間、彼の激しい呼吸と共にそれは失せた。
先ほど自分にも起こった変身制限の類いか、と思うも、彼の表情に幾らかの疑問を残しつつ、ウラタロスはまた彼らに交渉を投げかけようとして。

「……待ってください。話し合いにしろ、戦いにしろ、今はここから離れるべきでしょう。あとものの数分でこのエリアは禁止エリアになるはずだ」

村上に、それを遮られる。
ふと時計を見やれば、時間は22時50分を回っていた。
今自分たちがいるところをD-5エリアと仮定すれば、なるほどここはそのまま禁止エリアになるだろう。

目前の二人も村上への敵意を隠せないながらも首輪の爆発で死ぬのは不本意なようで、ゆっくりと移動を開始した。
それを横目で見やりつつ村上に合わせウラタロスもまた、彼らと同じ方向に足を進めるのであった。




「さて、いい加減教えていただきましょうか野上さん、いえ、ウラタロスさん」
「……何をかな?村上さん」
「とぼけないでいただきたい。――ウラタロス。キンタロス。ジーク。それらの名前の意味と、野上良太郎さんとの関係を、ですよ」

やはりか、とウラタロスは眉を潜める。
先ほど士との話の中で自分がウラタロスであることを自白したのだから、こうした追求は予想の範囲内だった。
いや、むしろ相手から追求されてようやく明かした真実なのだから、この程度の口調での追求であることを幸いに思うべきか。

今更何かを秘密にしても恐らくは士という男に確認を取れてしまうし、もしそうした嘘が見破られれば、ただでさえ危うい自分の信頼は地に落ち、志村に敗北することになる。
どころか村上と士、巧を相手取って戦う羽目にすらなりかねないのだから、これ以上は幾ら自分でも嘘をついている場合でもないだろうとウラタロスは観念することにした。

「わかったよ、村上さん。今度こそ全部、包み隠さず教えるよ、僕の、僕らの世界の情報と、何より良太郎、そして僕とキンちゃんについて、ね」

そうして、ウラタロスは気合いを入れるかのように眼鏡を掛け直した。




「――つまり眼鏡をかけている時がウラタロス、和服を着ている時がキンタロス、そしてタワーの時のあの彼が本来の“野上良太郎”、ということですか」
「そういうこと。あとついでに言っておくとジークは今良太郎の中にはいないよ。もしかしたらこの場には何らかの形でいるかもしれないけどね」

ご丁寧に聞かれてもいないのにジークという存在が自分の中にいないことすら交えて、ウラタロスは村上に全てを告白する。
これ以上彼に自分に対する不信感を抱かれるわけにもいかなかったし、何より志村という男に騙され陥れられそうになっているという現状で、彼と協力する意味は大きい。
何より無益な嘘で善良な仮面ライダーに見える士や巧に敵として認識されては、自分の嘘が良太郎を傷つけることになってしまう。

それでは、自分の嘘で誰も傷つけない、という自分の流儀に反する。
それだけは、絶対に避けなくてはならないことだった。

「いやはや、それで納得しましたよ。妙に勘の鋭い時があるかと思えば青二才になったりと、掴みようのない性格だとばかり思っていましたが、実際に複数の人格が存在していたとは」

思案に落ちたウラタロスを引き戻すのは、心底納得した、という様子の村上であった。
それに対し訝しげな目を向けるも、しかしそれを気にもせず彼は続ける。

「正直、あなたを信用が値するのかどうかずっと悩んでいたのは、そこでした。――結論としては、私はウラタロスさん、三人の内、貴方だけは信用してもいいと感じている」
「……へぇ」

そりゃどうも、と返しながら、ウラタロスは語調が低くなるのを抑えられなかった。
先ほどまでと変わらず彼をむやみに敵に回すことも出来ないのは事実だが、彼の言っていることは裏を返せば良太郎やキンタロスは彼のお目金に適う人物ではないと言うこと。
更に言えば――巧の言葉を信じるのであれば――悪の企業の社長である彼に、自分は気に入られたと言うことになる。

元々そういった仲間も少なくはなかったし、そうした輩として考えられるのも慣れているが、嫌悪感は否めなかった。
僕もぬるま湯に浸かりすぎたかな、などと内心自嘲するが、自分の横を歩く村上が唐突に足を止めたことでそれを切り上げる。

「――時刻が23時を回りました。我々の首輪が爆発しないところを見ると、どうやら禁止エリアとやらから抜け出せたようですよ。もっとも、大ショッカーの言うことを真実とするのであれば、ですが」

そう続けて村上が後ろを振り返れば、そこにはどちらも無事なままの士と巧の姿があった。
今度は彼らに納得してもらえればいいが、と彼は息を吸い込んで。

「そっちの、門矢さんだっけ?彼にはさっきも言ったけど、僕たちは冴子さんとあきらちゃんを殺してないんだ。本当は彼女たちを殺したのは志村――」
「――ふざけんな、どの口がそれを言いやがる」

しかし最後まで言葉を紡ぐ前に、先ほど目覚めた巧という青年がそれを妨げる。
村上の話では確か、仮面ライダー555として戦っていて、大ショッカー打倒の戦力としては申し分ない、という情報だっただろうか。
元々の世界での関係を“複雑だった”の一言で切り上げられた時から引っかかってはいたが、やはり敵だったということだろう。

これは面倒な存在に志村も嘘を吹き込んだものだ、と苦虫を噛み潰したような表情を浮かべるウラタロスを尻目に、村上は一歩前へ歩み寄る。

「ご挨拶が遅れましたね、お久しぶりです。乾さん」
「俺はアンタとまた会うとは思ってなかったけどな……!」

物腰低い口調ながら静かな怒りを垣間見せる村上に、巧はよりわかりやすく苛立ちを見せる。
その言葉に村上も小首を傾げたものの、それ以上の追求はしなかった。

「さて、どうします?先ほども言いましたがあなた方に対し、私が今示せる客観的証拠はありません、私たちを信用できないというなら、それでも構いませんが」
「冴子とあきらを殺したのはお前らなんだから証拠なんてあるわけねぇだろ、下らねぇ嘘つきやがって」
「私が証拠を示せないといったのは、あくまでも“今だけ”ですよ、乾さん」

先ほど士との会話では出てこなかった意外な言葉に、三人は目を見開く。
それを受けて不敵に笑いながら、村上は時計をもう一度確認した。

「後1時間足らずで第二回放送が行われます。それが始まれば前回放送からこの6時間の間での所謂“殺害数ランキング”が公開される。
その際我々の世界からスコアが二人分出ていなければ私たちではなく志村純一が嘘をついている可能性が高いと判断できる、そうは思いませんか?」
「なんでお前の時間稼ぎに付き合う必要が――!」

村上の提案に対しなおも憤る巧を抑えたのは、彼の同行者である士。
彼はなるほどな、と呟きながらこちらを見定めるようにじっと見つめて。

「……確かに、お前のいうことを確かめる価値はあるかもな。だが、殺害数ランキングじゃ誰が誰を殺したかはわからない。お前らの世界から来た別の参加者がスコアを上げていた場合でも、俺たちはお前らがやったと判断していいのか?」
「もちろん、構いませんよ」

村上は、自分のあてが外れることなどあり得ない、とでも言いたげなほど自信満々に言い切る。
それに対しウラタロスは流石に抗議を申し立てたかったようだが、しかしそれを遮り村上は続ける。

「分の悪い賭けであっても、そこに多大なリターンがあるなら状況によってそれに乗ることも必要だ、ということですよ。もしも乾さん、貴方を不用意に相手取らなくて済むというなら、この賭けに乗る意味はある」
「俺がアンタと組む事なんざ金輪際ないと思うがな」

一貫して敵意を剥き出しにする巧だが、ダメージの回復を優先したいのか村上に襲いかかる様子はなく、立っているのもやっとのようでその場に座り込んだ。
それを苦笑いを浮かべ見やりつつ、村上もまたその場に座りこむ。
そうして、そこから1時間の間、彼らの間には不思議な停戦が行われたのだった。




――24:00。
第二回放送は終わった。
巧と天道、士と涼がそれぞれタッグを組んで戦っても敵わなかったゴ・ガドル・バや、そもそも元の世界ではワームの首領として君臨していた乃木、また時の運行を妨げた牙王の死など、確かに喜ぶべきものも少なくはなかった、が。

五代雄介。秋山蓮。草加雅人。ヒビキ。矢車想。紅音也。海東大樹――。
死んでいった仲間の仮面ライダーは、それ以上に多く。
そして、巧はまた一人物思いに耽る。

巧も状況判断として五代に首を絞められていた自分が生き、五代が死んだという状況に誰がそれを行ったか察しはついているものの、それを口に出すことはなかった。
それをしてしまえば、そして士に自分の考えが認められてしまえば、後先短い自分のために死んだ五代と、そして自分を救ってくれた士に対する自分の感情に、整理がつかなくなりそうだったから。
だから今は、ただ祈る。

音也や草加といった仲間たちが安らかに眠れるように、そして彼らの思いの分まで大ショッカーを倒す、と決意を新たにして。

(音也……お前の息子のことは任せておけ、俺がお前の代わりにちゃんと叱ってやる)

一方で、士もまた死者に思いを向ける。
夏美の死に沈んでいた自分を焚き付け、大ショッカーに対する自分の心火を再び燃え上がらせた、紅音也。
彼が気にかけていた息子である紅渡が殺し合いに乗ってしまった今、それを止めることを戸惑いなどしない。

そして、彼の仲間で響鬼の世界を代表する仮面ライダーでもある、ヒビキ。
その死によって彼の世界が滅ぼされると大ショッカーは宣言したが、しかし自分がそれを止めてみせる。
例え世界の崩壊というのが事実だとしても、自分を仲間として受け入れてくれたヒビキへの恩を返すためなら、自分の全力を尽くしてその運命を破壊して見せようではないか。

そうして数え切れないほどの無念と果たしきれなかった思いを抱いて、二人が振り返ると、そこではウラタロスの憑依した良太郎が跪いているのが認識できた。

「亜樹子ちゃん……」

か細く呟いたその声には、やはり悲しみがあふれている。
それだけで彼を信用するわけにもいかない状況であるとはいえ、亜樹子と彼はこの会場に連れてこられて早い段階で出会っていたらしい。
そんな相手が死んでしまって――あるいはウラタロスとしては最早名簿上に女性と判別できる名前が一つしかなくなったこともその悲しみの一因かもしれないが――彼も、相当なショックを受けたようだった。

そんな彼を視界に入れながら、しかし村上は何ら死者の名前に感じたことなどないように空を仰ぐ。
その顔に浮かべている表情は彼らとは幾分か気色の違うものの、無念、と形容するのが相当であろうか。
死者に彼の知り合いがいなかったなら、何が原因で、と考えて、すぐに思い至る。

「――殺害数ランキングは上位しか発表されなかった。お前の無罪を証明することには繋がらなかったな、村上」
「えぇ、大方殺し合いに協力的な彼の嘘を暴かれないため、といったところでしょうが、しかしフェアではありませんね」
「――お前らの嘘、の間違いだろ」

殺害数ランキングの下位が明かされなかった為に自分の無罪を証明できなかった、と述べる村上に、やはり巧はかみついた。
彼の村上に対する敵意はこの1時間を経ても一切萎えることはなく、元の世界での確執の大きさを伺わせる。
しかしここで真実を述べている者を見誤れば、待っているのは、殺し合いに乗った参加者による蹂躙。

志村か良太郎たち、どちらかが嘘をついている現状、そうした感情だけで動いては、足下を掬われかねなかった。
そうして一層思案を深める士に対し、村上はため息と共に立ち上がり、元々病院のあった、E-5エリアの方向へと足を進めていく。
そしてもちろんそれは、彼らにとって見過ごせるものではなく。

「――ここで俺たちに背を向けるってことがどういうことか、わかってるのか、村上?」
「ええ、もちろん。しかし、私としても“やっていない”ことを証明するなどと無益でこの場では無理なことをいつまでも長々とやるつもりもありませんからね。であれば、病院に残っているだろう志村純一を直接殺すのが、一番手っ取り早い」
「行かせるとでも思ったか?」

言いながら村上の進路の先に立つのは、巧だ。
その手にはファイズフォン、そして腰にはドライバーが巻かれており、この場で戦闘になることを覚悟しているようである。
しかしそれを見て、村上はなおも困ったように笑い。

「そんな傷だらけの身体で、私に勝てるとでも思いますか?」
「そんなもん、やってみなきゃわかんねぇだろ」
「いいえ、戦うまでもない。何故なら私の手には王を守る三本のベルトを大きく超える帝王のベルト、オーガもありますから」

言って、村上はデイパックより黒いドライバーと携帯型端末を取り出す。
元々オルフェノクとしての実力で万全の状態の自分と草加、三原の三人がかりで敵わなかったような男に、ファイズを超えるオーガの力。
お互いの体調差を考慮せずとも、或いはブラスターがあって五分かなお足りないような戦力差を戦わずして確信しているかのように、村上は笑う。

しかしこの男を前にして、引き下がる選択肢など残されていない、と巧はファイズフォンにコードを入力しようとして。

「――やめとけ、今のお前の望みは、こんなところで無理な戦いをして死ぬことじゃないだろ」
「門矢、けどよ……くっ!」

士のその言葉に、らしくなく戦意を失った。
その様子に彼をよく知る村上でさえ眉を潜めるが、しかし彼の事情に足を突っ込んでいる時間などない。
一刻も早く愚かな志村純一を殺さなければ、ますますこの場が不愉快な状況になる、と村上は振り返って。

「――ウラタロスさん、急いでください。このまま病院で奴を倒さなくては、或いはますます犠牲者が増えることになる」

その言葉に、膝をついていたウラタロスは迷いながらも立ち上がって、士と巧を真っ直ぐに見据えた。
その目にはなんとも形容しがたい感情が含まれているように思われたが、しかしこれ以上この場にいる価値がないことを飲み込んだように、ゆっくりとその足を村上に追随するものに変化させた。
少しずつ闇に消えゆかんとする背中を見ながら、巧はその無力さに拳を握るしか出来なかった。




放送より1時間が経過し、金居の首輪を解析し終えた病院のロビーで、三人の男たちは再度集まっていた。

「フィリップ、これを見てくれ。これには俺の世界のライダーシステムの技術と同じものが使用されている。恐らくはこの場でアンデッドが致命的なダメージを受けた際その場で封印されるための機能だろう」
「あぁ、ということは恐らく相川始のものにも同じ機能が流用されているとみてほぼ間違いないだろうね。この調子で首輪を解析していけば、或いは首輪の解除もそう難しいものではないかもしれない」

新しく吐き出されてきた首輪の解析図を見ながら、恐らくはこの会場で最も首輪の解除に近い二人は、喜色の声を上げていた。
首輪の解析によって、橘もよく知る技術が金居の首輪に流用されていたことが判明したため。
この調子でいけば、或いは内部構造が不明な首輪に関してはその参加者の世界のものを解析、分解すれば、解除にも繋がるかもしれない。

無差別に何が解除にどんな技術が必要なのかすらわからぬまま武器や変身アイテムを解析、分解しようとしていた数時間前を思えば、この状況は大きく歩を進めたと言えるだろう。
と、そんな二人の後ろで、大きくいつものように笑みを浮かべる男が一人。
言うまでもなく、志村純一その人だ。

「橘チーフ、フィリップ君、やりましたね。これで俺たちの首輪の解除にも一歩前進です」
「そうだね、志村純一。だがどうしても否みきれない疑問が、まだ残っている……」
「――首輪の種類が果たして種族により違うものなのか、それとも世界毎に違うものなのか、か?」

橘のその問いに、フィリップは頷く。
首輪の種類が何に依存するのか、未だそれを確定するには判断材料が足りない。
今自分たちが把握している首輪は三種類。

一つは、北岡、秋山による『龍騎の世界』の参加者で『特殊な能力を持たない一般人』の首輪。
一つは、ネガタロスによる『電王の世界』の参加者で『イマジン』の首輪。
一つは、金居による『剣の世界』の参加者で『アンデッド』の首輪。

これを世界に依存するか、それとも種族に依存するか、それともまた別の何かで分けられたものなのか……。
判断するには材料が少なすぎ、そして新たな首輪を手に入れるのは非常に困難でまた危険の伴う行為と理解できた。
故にフィリップは考える。

この病院の跡地を抜け誰かの死体を探すような悪趣味な行動を取るべきなのかどうか、と。
しかし、どれだけ自分の心がそれを忌避したとしても、首輪を解除することは大ショッカー、またダグバのような残る参加者との戦いを有利に進めるには、必要不可欠なことだった。
故に、この場を離れることを提案しようとして。

その目を向けた橘が悩み苦しむような表情で拳を握りしめていたためにそれをやめた。

「橘朔也、大丈夫か?顔色が悪いけど……」
「……すまない、フィリップ。考え事だ」

言って、彼はまたも数瞬迷ったような表情を見せた後、小さく「許せ」と呟いた。

「――俺は、このE-5エリアにもう一つ首輪があるのを知っている。それを使えば、或いは俺と志村の首輪を解除するのに大きく踏み出せるかもしれない」
「それは本当ですか!橘チーフ!」

喜びの声を上げる志村に対し、橘は暗く「あぁ」とだけ返した。
その様子にフィリップも幾らか心配を抱くが、しかし橘はそれ以上多くを語らず、元々はロビーであった広場から踵を返す。

「ついてきてくれ」

放送前、金居たちとの戦いで命を落とした仲間たちの名を告げる時のようなその口調に、フィリップは危惧を抱きつつ、意気揚々と彼の後を続く志村に、自分も続いたのだった。




歩き続けて数分。
橘は一見何の変哲もないようなところで、突然立ち止まった。
一体何があるのか、とフィリップが覗き込むと、暗がりで少し分かりづらいながら、そこの土が他より少し盛り上がっているのが認識できた。

そこで、一つの可能性にたどり着く。
この病院で死亡した参加者がもう一人いたことを、フィリップも聞いていたからだ。

「……この下に、剣崎一真がいるのかい?」

橘は、フィリップの言葉に応えない。
しかしそれは無視をしたわけではなく、付き合いの長い友を、何より彼自身がその死体をこれ以上傷つけられたくないと埋めた彼を傷つけることになってしまうことが、辛く、そして葛藤していたからだ。
大ショッカーを倒すことと、友の安らかな眠りを守ること。

そのどちらもが自分にとっては最上のもので、どちらも果たさなくてはいけない使命だ。
しかし剣崎がこの場で話を聞いていたら、きっと、自分の首輪が大ショッカーを倒す大きな一歩となるなら、迷うことなくその首を差し出すだろう。
そんな友の姿が容易に想像できるからこそ、彼にこの土を掘り返すことは大きな禁忌を犯すことと同意なのであった。

「……チーフ、お気持ちは分かります。しかし、ことは一刻を争う。お話に聞く剣崎さんなら、きっと大ショッカーを倒すためにその首輪を使ってくれというはずです」

橘を故意に焦らせるような志村の言葉を受けて、フィリップが僅かに眉を潜めるのも気付かず、橘は再度その瞳を閉じる。
その瞼の裏にどれだけのドラマが流れているのか、フィリップには分からない。
しかし、数瞬の後その瞳から一筋の涙が伝ったことが、それ以上の言葉を不必要なものにした。

そうして、彼は意を決してその土に手をかけようとして。

「――見つけましたよ、志村純一」

背後から近づく異様な気配とその声の主にそれを妨げられた。

「村上、野上……!」

対する志村は、苦々しげに二人の名を吐く。
それを受けて、橘とフィリップの顔も、先ほどまでの正義の仮面ライダーの死に対する弔いの顔から、戦士のものへと豹変する。

「お前たちが、ヒビキの仲間を……!」
「冴子姉さんを殺したのか……!」

血がにじむ勢いで拳を握りしめた二人が志村に並び立つと、対する二人の男も戦闘態勢に入った。
スーツの男、村上が気合いを入れたかと思えば、その姿は一瞬にして異形のものへと変じる。
薔薇の能力を持ち上の上たる実力を誇る、ローズオルフェノクに、彼は変じていた。

それを受け、横の良太郎も、その腰に巻いたベルトの青いボタンを押す。
軽快な音楽が流れる中、彼は黒いパスケースのようなものをベルトに翳して。

「変身」

――ROD FORM

良太郎の声を受けてベルトが変身する形態の名を告げる。
すると一瞬のうちに彼の身体はオーラアーマーと呼ばれる物体を纏い、その身を青く染め上げた。
それは、『電王の世界』を代表する仮面ライダー、電王の槍捌きを得意とする形態、ロッドフォームへの変身を完了したことを示していた。

「チーフ、フィリップ君」
「あぁ、分かっている」

――CYCLONE

一方で、三人の戦士たちもまた自身の戦闘態勢を整える。
懐から取り出した緑のガイアメモリの名を鳴らしたフィリップに続いて、バックルにそれぞれダイヤのA、ケルベロスのカードを挿入した橘と志村の腰に、カードが展開され、それはそのままベルトとなる。
同じく腰にロストドライバーを巻き付けたフィリップも油断なく敵を見据えて。

「変身!!!」

――TURN UP
――OPEN UP
――CYCLONE

同時に叫んだ彼らは、電子音声と共に走り出す。
現れた二枚のオリハルコンゲートをそれぞれ潜り抜けた橘と志村の身に、赤きギャレンの鎧と、金色のグレイブの鎧が纏われる。
同様に緑の戦士サイクロンもまたその変異を完了させて、その瞳を赤く輝かせた。

「はあぁぁぁぁ!!!」

突撃する彼らを前に、しかし一歩前に立ち塞がるように現れたのはローズオルフェノクだった。
かけ声と共にローズが手を振るえば、周囲には夥しい数の薔薇の花弁が舞い、それは三人の内の一人、グレイブのみを狙い撃つ。

「うわあぁぁぁぁ!」
「志村!」

悲鳴と共にグレイブが彼方へと飛ばされるのを見てギャレンは思わず声を上げるが、しかしそんな暇はないとばかりに電王が彼らの前に立ち塞がる。

「君たちの相手は僕。村上さん、そっちは頼んだよ」
「えぇ、もちろん」

言いながらローズは浮遊して吹き飛んだグレイブの方向へと向かう。
それに対しギャレンラウザーによる射撃を行おうとするも、それは目前の電王が持つ棍棒に阻まれる。

「どけ、お前の相手をしてる暇はない」
「そんな釣れないこと言わないでよ。って言ってもまぁ、僕が君たちを釣るんだけどさ」

そう不適に告げる電王に改めて二人は構えを取り――。
そうして、彼らの戦いが始まりを迎えようとしていた。


116:対峙(後編) 時系列順 117:time――liner
116:対峙(後編) 投下順
110:Kamen Rider:Battride War(12) 門矢士
乾巧
村上峡児
野上良太郎
114:更ける夜 橘朔也
志村純一
フィリップ


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最終更新:2018年03月15日 11:30