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「ぐぁッ!」

薔薇の大群による少しばかりの移動を終えて久しぶりに地面と対面したグレイブは、思わず呻き声を上げた。
オーガという鎧がありながら何故最初からオルフェノクとしての能力を用いるのか疑問に思ったが、何てことはない、能力を利用して自分とフィリップたちを分断しようと言うことか。
しかし移動させることに重きを置いたためか今の薔薇によるダメージはない、故に存分に戦うことが出来ると言うことだ。

「お久しぶりですね、志村純一」
「村上……!お前は今ここで俺が――」
「そんな見え透いた芝居はやめたらどうです?どうせここには貴方の“仲間”もいない」

仲間という言葉を強調しつつも、その丁寧な口調と裏腹に怒りを隠そうともせず、ローズは告げる。
それを受け、志村もまたこの愚か者に自分の愚かしさをわからせてやるのも悪くはないか、と意地悪く笑った。

「それもそうだな。……今を逃すと何時言えるかわからないから、最初に礼を言っておいてやるよ村上。お前が元の世界で人類と敵対していたおかげで、俺はすんなり仮面ライダー共に受け入れられたんだからな」
「何を勘違いしているかわかりませんが、この状況で貴方に勝ち目はない。そして私にここで貴方を逃がす選択肢も、ありません」

告げるローズに対し、グレイブはクツクツと笑う。
それに対し怒りより先に苛立ちと不愉快さが浮かんで、ローズの影に現れた村上は苦虫を噛み潰したような表情を浮かべた。

「それはこっちの台詞だ、村上。お人好しの野上は無関係の奴らに手加減するだろうが、姉と仲間の知り合いを殺されたと思っているあの二人にそれはない。今にでも奴を殺してここに駆けつけてくるだろうよ」
「思っている、ということはやはり、二人を殺したのは貴方だったのですね」
「ふん、思っていたより察しの悪い奴だ。決まっているだろう、俺が殺したよ、二人ともな」
「下の下ですね……!」

珍しく人の死に憤りを見せるローズは、そのままグレイブに向かって薔薇の花弁を飛ばす。
そこに込められた殺意からそれを無防備に食らうのはまずいと判断したグレイブが横に転がって避けると、先ほどまで後方に立っていたはずの木が消え失せていた。
一体どれだけの威力が、と戦慄しかけるが、しかしライジングアルティメットの脅威を見た後であれば可愛らしいものだ、とグレイブは仕切り直す。

その手に馴染んだグレイブラウザーを構え直すと、そのままローズに斬りかかった。
避けるまでもないとばかりにそれを白羽取りの要領で受け止められるが、構わずローキックを見舞う。
しかしそれすら予想通りと言わんばかりにローズが足を上げたために、結局待ち受けるのはその強固な膝によるカウンター。

それに対し小さく嗚咽が漏れるが、その程度だ。
無理矢理にラウザーを引きはがし、今度は至近距離から切り上げる。
流石にこれは受け止めきれないと判断したか大きく上体を反らしたが、しかし予想通り。

返す刀で突きを放てば、剣先はローズの右手に掠った。
本来ならもっと深々と突き刺さるはずだったが、どうやらそれを見越して後ろに飛び退いたようだ。
しかしオーガが非常に優れたライダーギアだっただけで、全力の自分が纏うグレイブで今のこいつの相手は十分か、と志村は仮面の下でまた笑う。

それを仮面越しに読み取ったかローズは不快そうな声を上げて、その掌に青いエネルギー弾を生じさせた。
二撃、三撃、続く青の衝撃をやり過ごしつつグレイブはその手に自身の持つ切り札を握る。
怒り故か、随分と読みやすい軌道で放たれるエネルギー弾を躱し、時にはラウザーでかき消しつつ、彼は切り札をラウズする。

――MIGHTY

瞬間目前に生じた金色の壁をラウザーで突き破れば、彼の剣に宿るは最強のアンデッド、ケルベロスの力の一片。
カード一枚のみのラウズながら3800AP、つまり旧式のライダーにおけるコンボ相当の威力を持った剣を、逆手に構えて。
明らかな必殺の一撃を避けようとローズは光弾を乱射するが、しかしそれさえも切り裂いて彼はローズに肉薄する。

「くッ!」

ローズは短い嗚咽と共に後ろに飛び退くが、それすらも読んでいたとグレイブはその距離分をきっちり詰めるように跳んだ。

「――甘いぞ、村上」
「なッ――!」

嘲るような笑いを浮かべるグレイブに対し、最早ローズは碌な回避手段も取れず……。
そして最高の間合いでその黄金の剣を横凪に振るったのだった。

「ぐぁぁ……!」

マイティ・グラビティの衝撃でその身を木に打ち付けながら、ローズは呻く。
その身を必殺の剣で切り裂かれながら彼はなおも存命であった。
どうやら直撃の寸前で彼が薔薇を生じさせたことで少々狙いがずれたようだが、しかし問題ない。

オーガを装着する隙も与える気など全くないし、今の彼なら容易く殺すことが出来るだろう。
一方で死神による刑の執行を待つのみとなったローズは、寄りかかる木の影に生身の村上を映した。

「志村純一、あなたは、この場で一体どれだけの参加者を殺したというのですか」

下らないことを聞く奴だ、とグレイブは思う。
オーガギアを装着する為に自分の注意をそらす時間稼ぎか、或いは純粋にプライドの高さ故に生じる死への拘りか。
そのどちらであってもこいつの話に付き合う理由もないが、しかし自分をいたぶってくれたこの男の死に際を惨めなものに出来るなら、それは面白いかもしれない。

「正直、数えてないな。ただまぁ天美あきらの仲間のヒビキも殺した。2人も俺が殺したんだ、あの世界の滅亡は俺の手柄みたいなもんさ。――あぁ、それから言ってて思い出したがな、お前の世界もこれで二人目だ。園田真理、あのお人好し女にお前の情報を聞いていたおかげで対処が楽になったよ。あっちで礼でも言ってやってくれ」

告げつつ、グレイブは自分の声音が弾んでいるのを自覚する。
その世界の参加者の内半数を殺し一つの世界を滅ぼした後に、またこうして一つの世界が滅亡に向かう。
残る乾巧と三原とかいう男はいつでも殺せるだろうし、既に555の世界も滅亡と同義だ。

世界毎に首輪が別れているなら自分の首輪解除には何ら躊躇はされないだろうし、最早この殺し合いに自分は勝利したも同然だった。

「……っと、いけない、いけない。お前を殺し損ねるわけにはいかないからな」

一瞬意図して作った隙を逃がさず利用するだろうローズを見越して、意地悪く笑う。
しかし自分の意図に反して木に凭れたままのローズを見て、諦めたか、とグレイブは嘲笑した。
まぁ、それならそれでこの男のプライドも砕けたはずだし、“仲間”が来る前にさっさと終わらせるか、とラウザーを構え。

「――あなたへの評価を改めましょう、志村純一」

突然のローズの言葉に耳を傾けることもなくそれを振り下ろした。

「やはりあなたは、下の下……以下ですね」

しかし瞬間、その言葉と共にローズがかき消える。
残されたのは、大量の薔薇のみ、一体奴はどこへ……?

「――こちらですよ」

背面から聞こえた言葉に思わず振り返れば、それを迎えくるのは狙い澄ました裏拳。
堪らず後ずさったグレイブに、ローズはその手を翳して。

(ふん、どうせ光弾か薔薇かの単調な攻撃。どちらにせよ回避は容易い)

そう考え、笑みすら浮かべて彼の攻撃を軽く回避――出来ない。

「なッ、何ィィィ!!」

先ほどまでの攻撃とはまるで練度の違うそれに、最早視界すら封じられながら、彼は薔薇の中、火花を散らしながら舞う。
やっとのことで視界が晴れた、と思えば、それはどうやらグレイブの鎧がダメージにより解除されただけのようであった。
呻き声と共に地に伏せながら、彼は思う。

一体、ローズのどこにこれほどの力が。
その答えを掴めぬまま、彼は悠然と自身のデイパックより黒い携帯電話型ツールを取り出す。
ローズの変身も解けていないというのにオーガに変身するというのか。

制限を知らないというなら、それも好都合か、とまた笑みを浮かべて。
そうして、ローズはオーガフォンの名を持つそれを開き、そのまま――自分の耳に持って行った。

「――事情は彼が今、全て述べた通りですよ。ご理解いただけましたか?乾さん」

その言葉に、志村純一は初めて血の気が引くという言葉を、身を以て理解した。




時間は、数十分前に遡る。
放送で亜樹子の名前が告げられた時、良太郎の身体は自然と膝を折った。
その時の身体の主導権は前述したようにウラタロスのものだったが、恐らく誰が主導権を握っていてもそうなっただろう。

自分がこの場で初めて会った参加者、鳴海亜樹子。
自身の憑依体質を芸として紹介したことで、大阪人の彼女はこんな状況ながら気丈に振る舞いスリッパを用いてその“ボケ”にツッコんでくれた。
その時欲を言えば彼女の笑顔を見られればもっとよかったのだが、こんな惨状ではそれも無理な話かとそう自分を納得させたのだ。

今思えば、あのファーストコンタクトから。
自分は、この場で信じるべき人を信じられていなかったのではないか、とウラタロスは思う。
IFの話に意味はないが、もし彼女を嘘でごまかさず特異点の話から憑依するイマジンのものまで正直に語っていたなら。

或いは「私聞いてない」と連呼しながらも、最後には飲み込み、彼女が自分の“芸”に怒りチームを離脱するなどという結果を、避けられたのではないか。
彼女を探しに行った葦原を責めることなど出来はしない。
元々彼が彼女を探しに行かなければいけない理由を作ったのも、全て自分たちが、いや、自分が悪いのだから。

(ウラタロス、そんな風に抱え込んじゃ駄目だよ)
(せやで亀の字、お前が悔やんだところで、何にもならんやろ)

消えない後悔を悔やみ続ける自分に声をかけるのは、宿主である野上良太郎と、仲間のキンタロス。
彼らだって辛いはずなのに、必死に戦おうとしている。
それをいつもは心強いとしか思わないはずなのに、何故だか今は少し鬱陶しかった。

そもそも彼らがいなければ。
自分がモモタロスやリュウタロスの代わりに実体化して参加していたなら、自分だって芸などという苦しい言い訳を使わずに済んだはずだ。

(おい、亀の字、何か物騒なこと考えてへんやろな。お前が黙ってるときは碌な事がない)
(……やだなぁ、人聞きの悪いこと言わないでよキンちゃん。僕はいつも通りの僕、嘘好きで磯の香りが女性を魅了する、そんないつものウラタロス――)
(無理しないでよ、ウラタロス)

キンタロスの追求にお得意の嘘で乗り切ろうかと思ったが、あの良太郎にさえ見破られてしまう。
良太郎が嘘の見分けがつくようになったのか、自分の嘘が衰えたか。
そのどちらでもないことは、ウラタロスにだってすぐにわかっていた。

「――ウラタロスさん、急いでください。このまま病院で奴を倒さなくては、或いはますます犠牲者が増えることにもなる」

思考に落ちるウラタロスを現実に引き戻したのは、同行者である村上の声だった。
望みの綱である殺害数ランキングさえあの男の味方をした以上、もうこの場で士たちを説得するのは不可能だと判断したのだろう。
そしてそれは、さほど見当違いでもないだろうとウラタロスは思う。

自分にとって読み切れない要素である村上と巧の確執を、身を以て知っているだろう村上が“相容れない”と判断したなら、それに逆らってまでここに残っても彼を一人で行かせるだけ。
ならば、あちらの二人が自分たちに襲いかからない今のうちに、自分も離脱するのが正解ではないか。

そうした思考を終えて、彼は立ち上がる。
ふらふらと、まるで芯のない足取りながら、ゆっくりと志村への怒りのみをその胸に抱いて。

(何考えとるんや亀の字!お前かて士と巧っちゅー二人を置いて志村を倒しに行ったらあいつの思い通りやってわかってるやろ!)
(当然でしょ、キンちゃん。それでも今ここで僕らにやれることはもうない。それなら、あきらちゃんと冴子さんを殺した志村だけでも僕が――)
(……駄目だよ、それじゃ)

半ばやけになった思考でキンタロスと口論を繰り広げるウラタロスの耳に入ってきたのは、自分の宿主である野上良太郎の声。
それは、何度か自分も聞いた、弱々しいながらも、彼が絶対に自分を曲げない時の声。
第一回放送の時も聞きながら、しかしあの時より強い気さえするそれに思わず身構えながら、ウラタロスはあえていつもの調子で軽く返した。

(駄目って、何が駄目なのさ?志村は人殺しで、僕たちを騙したんだよ、それを倒すのが駄目なわけ?)
(違うよ、そうじゃなくて……、でも、駄目なんだ)
(だから何がさ?良太郎の身体を粗末に扱おうとしてるように聞こえたなら謝るけど――)
(それも違うよ、でも駄目なんだ、僕が言いたいのは――)

「このままで終わるのは、駄目えぇぇぇぇ!!!」

瞬間、良太郎の身体から青いオーラのようなものが弾き飛ばされる。
思わぬ大声に村上も巧も士も、その場にいる全員が振り返った。
しかし、その姿に対し既に事情を知っている村上は苦々しい表情を浮かべ。

「野上さん……ですか。早くウラタロスさんを出してください。貴方ではまた志村のような男に足下を掬われるだけだ」
「嫌……です」
「ほう、何故ですか」
「僕は、決めたんです。自分に出来ることは、できる限り自分でやるって……!」

そう言って拳を握りしめる良太郎は、しかし頼りない印象を受けた。
所在なさげに身体は震えているし、その声も震えている。
だが、その瞳だけは唯一、村上を見つめて離さない。

そんな存在に会うことが珍しいのか、村上もまた良太郎から目を反らすことはしなかった。

「貴方の思いは理解しました。しかしそもそも何が気に入らなくて貴方は今出てきたのですか?まさか志村純一を殺すことを今更反対することもないでしょう」
「それは……確かに、志村さんは倒さなきゃいけないと思います」
「なるほど、では何がご不満なのですか?」
「このまま、志村さんの嘘が、皆に信じられ続けることと、それで僕たちがあの人に負けることです」

真っ直ぐに村上を見据えて良太郎が、今度は声を震わせずにそう言い切った。
それにさしもの村上も不機嫌そうな表情を浮かべて、鼻で一つ笑う。

「何を言い出すかと思えば、私が志村純一に敗北するとでも?……東京タワーでは確かに逃しましたが、私の実力を以てすればあの程度の男に二度目の敗北はない」
「そういうことじゃないんです。僕が言いたいのは、今志村さんの嘘を信じている人たちの誤解を解かないままであの人を倒しちゃったら、きっと志村さんは志村さんを信じた人たちの中で、正義の仮面ライダーとして“記憶”されたままになる。それは多分、間違ってます。……本当に皆のために戦った人たちと志村さんが同じように扱われるなんて、僕には耐えられない」

そう言って、彼は拳を握りしめる。
彼の脳内によぎるは、自分の親友であった赤いイマジンのこと。
あのぶっきらぼうであったが心優しい彼のような存在と、志村のような嘘つきがどちらも善良な存在であったと記憶する人は、出来ればいてほしくなかった。

良太郎なりに必死に述べた言葉を聞いて、村上は失笑する。
全く以て、彼の言う言葉に何の意味も見いだせないとでも言いたげに、彼はわざとらしく目線を彼方へと走らせた。

「あなたのご意見はわかりました。しかし、私には彼の他者からの評価など正直、全く以てどうでもいい。企業を背負うならともかく、この場で私にとって最も重要なのは私の判断だ。そして私を利用するという愚を犯した彼には、私自らが死をもたらす……、それで何も問題ないのではありませんか?」
「駄目です。それじゃ結局、志村さんの嘘の通り、僕たちは人殺しになっちゃう。志村さんを倒すなら、まずあの人の嘘を暴かなくちゃ、僕たちはあの人に負けたってことになる」

会話を続ける内徐々に膨れつつある村上の殺気に、外野として見ているだけであった士と巧すら警戒を強いられる中、良太郎はイマジンの力も借りず、その圧に一人堂々と立ち向かっていた。
しかしそんな彼を前にこのやりとりに疲労しか感じないと言いたげに目元を抑えた村上は、その瞳を仲間に向けるものから邪魔な弱者に向けるそれへと、静かに変貌させる。

「――もう結構です。あなたとの会話に恐らく両者が求める終着点は存在しない。早くウラタロスさんを出してください」
(そうだよ良太郎、村上を相手に意地を張っても意味ないって!今は僕に任せて!)
「嫌です。あなたが志村さんの嘘を暴くのに協力するって言うまで、僕はウラタロスには変わらない」

村上と、脳内のウラタロス。
両者に向け明確に否定を宣言した良太郎の目は、しかし未だ真っ直ぐに村上を貫く。
それを聞いて村上は数瞬考えるように顔を伏せたものの、しかしすぐにその顔を上げた。

――その瞳を、興味を一切失った対象に向ける、冷酷な目へと変えて。

「残念ですよ、ウラタロスさんとは良い関係が築けると思ったのですが。……あなたがそうまで言うのなら、私の貴重な時間を奪った罰として、ここで死んでいただきます」

そう言って、村上はその掌に青い光弾を発生させる。
制限により生身の状態では幾分かその威力は抑えられているようだが、しかしそれでも生身の良太郎を殺すのには十二分。

「ではさよならです。野上さん」

放たれた光弾を前に、しかし良太郎はその場から大きく動くことはしない。
脳内でイマジンたちが叫ぶのが聞こえるが、彼らが身体に入ることすら拒否して、彼はその場に堂々と立ち尽くしていた。
そして、その身に光弾は一瞬にして到達――しない。

「――そこまでだ、村上」

言いながらその手に持つシアンの銃で光弾を打ち消しながら良太郎の前に悠然と現れたのは、士であった。
敵であるはずかもしれない良太郎を庇うような行為に、思わずその場の全員が目を見開く。

「……一体、何のつもりです。あなたは先ほど彼を信用していないと言い切ったはず」
「俺が信用してないって言ったのはこいつにじゃない、こいつの中のウラタロスにだ」

悠然と村上に告げる士に対し、しかし村上は呆れたようにため息をつく。

「それは結構。しかし、先ほどの彼の弱々しい、理論の欠片もないような言葉のどこに、貴方が心動かされたのか、是非ともお教え願いたいものですね」
「俺が信じたのはこいつの言葉じゃない。こいつの……目だ」

皮肉を述べる村上に何てことのないように返しながら、士は振り返り良太郎の目を見つめた。
困惑の色を隠しきれない良太郎の、しかしその奥に何かを見たかのようで、彼は満足げな表情を浮かべ、続ける。

「俺には正直、ウラタロスとお前、それから志村の誰の言葉のどれが正しいのかわからない。だが、こいつの目は、お前らの語った全ての言葉を大きく上回るほどに俺に訴えかけてきた。それは、こいつが元々持っているものだ。……確かに、こいつはお前たちより口は巧くないかもしれない。それでも、こいつのことを俺は信じる」

それを聞いて、村上はこの場に来て初めて驚愕と興味の入り交じったような、複雑な表情を浮かべた。

「それだけで、貴方が助けなければ死んでいたような愚かな彼を信じると?全く以て理論が破綻しているとしか言い様がない」
「――何か勘違いしてるみたいだな、お前」

すっ、と指を地面と平行に持ち上げて、士は村上を指さす。
村上はそれに特別動揺もしなかったが、しかしその表情にはより強い困惑が浮かんでいた。

「確かにこいつは、俺が助けなければ死んでいたかもしれない。だが、助けを求めればすぐに助けてくれる、そんな仲間が身体の中にいるのに、それをせずお前に立ち向かったのは、こいつの弱さじゃない。こいつの……“強さ”だ」

士の告げる言葉に、村上は何も言わない。
呆れ果てているのか聞き入っているのか、そのどちらなのかは見当もつかないが、しかし何も言わない。
そんな村上を尻目に、士は言葉を紡ぎ続ける。

「こいつが仲間を頼らなかったのは、頼りっきりなままじゃなく、自分の力で出来ることを成し遂げたいとそう考えたからだ。自分より強い奴を前にしてそれが出来るこいつは、強い。……少なくとも、自分の邪魔者は全部消してしまえばいい、なんて考えるお前なんかより、ずっとな」

士の途切れぬ言葉を受けて、村上はその顔を真っ直ぐに向ける。
それは先ほどまで良太郎に向けていた、侮るようなそれを撤回するような真剣な眼差しだった。

「そして俺は、そんなこいつの瞳を信じる。少なくとも、こいつの言う志村の嘘とやらの真偽を確かめてやってもいい、そう考えてる」

そこまで良太郎を振り返りつつ言い切って、今度は村上をしっかりと見据え。

「――お前はどうだ、村上。ここまでこけにされた礼に、俺らと戦うか、それとも、志村の嘘を暴いて、お前の身の潔白を示すか、どちらを選ぶ」

明らかな挑発を、言い放った。
先ほどまでなら戦わなくて済んだ相手とわざわざ戦闘を望むようにも聞こえるそれに後方に控える巧が僅かに抗議の声を上げるが……。
しかしそれを遮って、村上はゆっくりとその顔を持ち上げた。

「――私を相手にここまで言い切るとは。貴方は一体、何者なんですか?」

そうして口から出た疑問は、純粋なものだ。
オルフェノクの総統としての一面も持つ自分を相手にここまで言い切るこの男は、果たしてただ者ではないだろう。
しかし、それを受けて士は幾分覇気なくその手を左右に払って。

「通りすがりの仮面ライダーだ、今は覚えなくて良い」

いつもの決め台詞を言い放った。
しかしそれに対し、村上は噛みしめるようにもう一度小さく復唱して。

「……いえ、通りすがりの仮面ライダー。その名前、覚えておきましょう」

そうして士に一瞥をくれたかと思えば、彼はそのまま彼の後方に待つ良太郎の元へ歩み寄る。
しかし今度は士も止めはしない。
村上の出した結論を、知っているかのように。

「――野上さん」
「はい」
「貴方の言う考えは本来甘く無駄なものだ。しかしこの閉鎖空間を考えれば一理あるかもしれません。……私も、貴方の言う、志村の嘘を白日の下に晒す考えに協力しましょう」

その言葉を聞いて、良太郎は静かに微笑む。
村上が意見を変えたのは士の力もあるとはいえ、自分の意見をウラタロスたちに頼らず貫き通せたのだから。

「……おい、門矢、お前まさか本当に志村を疑ってるんじゃねぇだろうな」

一瞬和やかな空気が流れかけた瞬間、それに静かに割り込んできたのは巧だった。
それを士はしっかりと見据えて、しかし動じはしなかった。

「何も、志村が犯人だって決めつけたわけじゃない。俺はどっちが嘘をついてるのかはっきりさせたいだけだ」
「んなの考えるまでもねぇだろ!こいつはオルフェノクを使って人を襲わせてる企業の社長だったんだぞ、こいつが霧彦の嫁とあきらを殺したに決まってんだろうが」

思わず語調が強くなるのを自覚しながら、巧は吠える。
正義の仮面ライダーであり、あきらと冴子を守るため戦ったという志村と、元の世界から並々ならぬ人間への憎悪を剥き出しにしていた村上。
どちらを信じるべきかなど、巧には論ずるまでもないことだった。

しかしそれに反論を述べようとする士を制したのは社長“だった”という言葉を特に気にすることもなく一歩前に歩み出た村上であった。

「……乾さん、確かに我々には大きな確執があります。しかし、この際それは一旦水に流しませんか。この場に巣くう卑怯者を炙り出すまでの間だけ、あなたの力をお借りしたい」
「答えなんざ聞かなくてもわかってんだろ、俺はアンタとは絶対に組まねぇ」

そうして取り付く島もなくそっぽを向いた巧に、村上は数瞬考えるように視線を走らせて、それから息を大きく吸い込んだ。

「それならそれで結構ですが……、あなたは、私に一つ返していない借りがあるはずだ」
「借り……だと?」

その言葉に心底予想外という風に表情を強ばらせた巧に対し、村上は続ける。

「――園田真理さん。彼女は以前ここに連れてこられるより早くに一度死亡し、そして私どもスマートブレインの技術でそれを蘇らせてさしあげた。それを、忘れたとは言わせませんよ」
「……俺も言ったはずだぜ、お前らを騙したところで全く心が痛まねぇってな」

巧はなおもつっけんどんに返すが、しかしそれを横で聞いている士は何かを疑問に思うように顔を歪めた。
それを横目で見やりつつも村上は続ける。

「ええ、確かにそう仰ったのも覚えています。しかしこう考えたことはありませんか?あなたがスマートブレイン、いえ上の上たるオルフェノクの集まりであるラッキークローバーの一員になりながら、我々の敵で居続けられたのは私のおかげでもある、と」
「はぁ?どういう意味だ」

それを聞いて、村上は余裕を滲ませながら一度唾を飲み込み口調を整える。

「あなたがラッキークローバーに入った時点で、私は人間や、木場勇治の殺害を依頼して園田さんの蘇生を先延ばしにしてもよかったのに、それをしなかった。そう言った行為をした後であったなら、あなたはどう足掻いても人間には受け入れられなかったはずだ」

その言葉に幾分かの後悔を含ませつつ、村上は言う。
それを受けて巧はしかしこの会話が始まってから始めての動揺を見せた。

「……もちろん、それはあなたを信用しすぎた私の瑕疵だ。本来敵同士だと認識しているあなたの行動ももっともではありましたが、しかしそれをした時の私には、あなたへの敵意よりも同族としてあなたの苦しみを早く和らげて差し上げたいという気持ちしか存在していなかった。そうでなければ実利主義の私がそのような行動を取るはずがない」
「……結局、何が言いてぇんだよ」
「――私には私なりの、果たさなくてはならない義務と正義がある、ということですよ。それがあなたたち仮面ライダーと決して交わらないとしても、ね」
「こうして巧を説得するのも、その正義のため、ってことか」

村上の長々とした宣言に横から入ったのは、士だった。
彼の言葉からは、確かに村上を敵の一人としてだけではない存在として認めているのが見て取れる。
それに対し裏切られたと感じたか巧は一層声を荒げて。

「門矢、お前本当に志村を疑ってこいつらを信じてんのか?……それともそれは、お前が世界の破壊者とかいう奴らしいことと関係あんのかよ」
「……その話は後だ。さっきも言ったが、俺はまだどっちも信頼しきったわけじゃない。けどこいつらの話を端っから否定する理由もないだろ、今はただ確かめるだけだ、真実をな」

仲間と信じた男の行動に納得がいかないと巧は声を荒げ、思わず世界の破壊者という先ほど金居が発したワードを口にする。
それに村上が一気に興味の瞳を向けてきたのを感じて、士はあからさまにため息をついた。
そしてそんな仲間の様子を見て、流石の巧も今この状況で冷静でないのは自分だけであることを察したのか、少し俯いて。

そんな巧を一瞥して、だめ押しとばかりに村上は大きく息を吸い込む。

「園田さんが元の世界で生き返られた時、以前の彼女と何か代わりはありましたか?それこそ王を守るベルトを使用できるようになった、性格が変わったと言った症状は」
「……ねぇよ。前のあいつのまんまだ、何から何までな」
「何度も言うようですが私にあのタイミングで彼女を蘇生させるメリットはなく、そしてもし私が用心深ければあなたが逆らったとき彼女を遠隔操作で殺せるようにでも出来た。それこそ、今の私たちのようにね」

首にずっとその存在を主張してくる冷たい銀の輪を指しながら、彼は言う。
それを聞く巧は、村上の話術に圧倒されたか、それとも話をするだけ無駄だと断じたか何も言わない。

「園田さんの無償、かつ安全な復活。そしてあなたに人や仲間を殺す罪を犯させなかったこと。そのどれかに少しでも恩義を感じるというのなら、少しの間だけ、私のことを信じていただけませんか、乾さん」

そう言い切って差し伸べられた手を、巧は掴まない。
しかし数瞬目を閉じ、葛藤するかのようにその拳を強く握った後、彼は決意を固めたように目を見開いて、一歩足を進めた。

「……先に言っとくが、お前らのじゃない、志村の身の潔白を明白にするためだ」
「結構ですよ。願わくば、もっと早く貴方と手を取り合いたかった」
「勘違いすんな、俺が信じたのはお前じゃない。野上と門矢だ」

そこまで言って、巧はつまらなそうに顔を背けた。
それをしかし満足げに見やりながら手を戻す村上が考えているのは、果たして言葉通り巧を仲間として受け入れられたためか、駒として利用できるためか。
そのどちらか判別はつかないながらも、士は一歩村上に歩み寄る。

「……うまくいったようだが、もちろんお前らの装備は必要最低限まで没収させてもらうぞ。村上、お前のオーガギアもな」
「……仕方ありませんね」

流石に幾らかの躊躇を含ませながら、村上はオーガドライバーとポケットのメモリを投げる。
同様に良太郎もベルトとパス以外の装備を士たちに渡した。
だが、それを受けてなお士は村上に警戒の目を向ける。

「おい、誤魔化せると思うなよ、オーガフォンもよこせ」
「いえ、これは私が預かっておきます。幾ら私が上の上たるオルフェノクとはいえ、乾さんにオーガを纏われれば危うい。最低限の装備ということなら、これで構わないでしょう」

それに、と村上は続け、画面と液晶を士たちに公開しながら、数桁の番号をオーガフォンに入力する。
最後に通常の携帯電話にも見られる通話ボタンに手をかけると、周辺から軽快な音楽が流れ出す。
何事かと辺りを見渡せば、巧がデイパックから驚いた表情でファイズフォンを取り出していた。

「……おわかりいただけましたか?これこそが志村純一の正体を暴く切り札というわけですよ」

そうして村上は自信に溢れた敏腕社長の笑みで、三人を見渡した。




村上の説明した作戦は、解き明かせば簡単なものだった。
村上はタワーで垣間見た本来の志村の性格を、相手を追い詰めた際自分の功績をしゃべり出す、そういった自尊心の塊だと判断し、全ての罪を彼に自白させることを考えた。
もちろんそれを又聞きで巧たちに伝えたのでは意味がなく、またその場に彼らがいては話すはずもない。

故に考えたのだ、“その場にいないままに、彼らが話を聞けたなら、と。
そんな奇跡を可能にする手段は、既に彼らの手の内にあった。
そう、ファイズフォンと、オーガフォン。

ただの変身アイテムでなく通話機能を持っている携帯電話としても使用できることを志村は失念、或いは覚えていても自分と巧が繋がっていると考えもしない以上思考にも浮かばないはずだと、村上は確信していた。
そうして、オーガフォンを持った自分は志村のみを引きつけ、残るフィリップと橘、そして涼を一瞬でも良太郎が引き受け、本格的な戦闘になる前に巧と士が現れて止める。
その場で良太郎が変身を解除しもう変身手段がない状況になった上で志村と村上の会話を聞き、天美あきらと園咲冴子の殺害犯を特定、シロであった参加者の援護と或いは生身の良太郎の殺害という形になることを、全員が同意した。

そして作戦を決めて一時間ほど経ち、病院近辺についた彼らは、病院に残るのが志村、橘、フィリップの三人のみであることをキバーラによる偵察で把握した後、手順通り良太郎と村上のみでその姿を現した、ということである。

「準備はいいですか?ウラタロスさん」
「もちろん、ドッキリは大得意だしね」

小声で確認を取る村上に同じく小声で茶化しつつ、ウラタロスは答える。
今度こそ誰も失わない、その決意だけは嘘ではないとそう決意して。

「――見つけましたよ、志村純一」

一世一代の大化かしが、始まった。
志村も敵ながら見事としか言い様がない演技で自分たちに怒りをぶつけているところを見ると、ここにいる五人の内三人が何かを演じているのは、全く以て皮肉だと思う。
しかしそんな中で誰にも見透かされず自然体を装いつつ、ウラタロスは自身に憤りをぶつけてくる二人の仮面ライダーに視線を送る。

姉である冴子と、友の仲間であるというあきら。
その二人を殺されたと怒る彼らの正義心を弄んだ志村への怒りがぶり返し思わず叫びそうになるが、持ち前のクールを崩さず彼は静かに呟いた。

「変身」

――ROD FORM




「どけ、お前の相手をしてる暇はない」
「そんな釣れないこと言わないでよ。って言ってもまぁ、僕が君たちを釣るんだけどさ」

村上が手順通り志村のみを引きつけた後、ギャレンとサイクロン、二人を前に電王は不適に言い放つ。
その言葉に特に何を返すでもなく、ギャレンは油断なくラウザーを構え、そのトリガーに指を――。

「そこまでだ、橘、フィリップ」

かける前に、後ろから現れた巧と士にそれを阻まれた。
そして、手順通りに動いている彼らと違い、橘とフィリップはこれ以上ない困惑を見せる。
何故、冴子とあきらを殺した相手と彼らが一緒にいるのか?

状況に一切理解の追いつかないギャレンを尻目に、電王はその腰からベルトを外し、そのままギャレンたち越しに士にデンオウベルトを投げ渡す。
それを見届けウラタロスが良太郎の身体から弾かれると同時、そこにいるのは先ほどまでの余裕の欠片もないただの青年。

「……これは一体、どういうことだい?ディケイド」
「悪いが、今は説明してる時間がない。取りあえずこれを聞いてくれ。話はその後だ」

ますます困惑を深めるサイクロンの絞り出したような疑問に、しかし士は巧が手に持つファイズフォンを指さす。
何事かと良太郎から視界と銃口を外さぬままギャレンがそれに近づいたその時。

『そんな見え透いた芝居はやめたらどうです?どうせここには貴方の“仲間”もいない』

その電話越しに、しかし鮮明に聞こえる声に、彼らの中で、幾らかの疑問は自然と氷解した。


117:time――trick 時系列順 117:time――rebirth
投下順
門矢士
乾巧
村上峡児
野上良太郎
橘朔也
志村純一
フィリップ


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最終更新:2018年03月15日 11:31