師弟対決♭キミはありのままで(後編) ◆gry038wOvE
「サガーク――」
サガークが空を舞う。
それを見やった後に、名護は顔を顰めた。
「……渡君。一つルールを申し出たい!」
「ルール……? 構いませんが――」
「――そうか。それは、裸でぶつかり合う事だッ!」
そう言って渡のもとに突進した名護は、そのまま渡の左の頬に体重を乗せたパンチを叩き込んだ。
突然の一撃に、渡は困惑しながら吹き飛ばされ、倒れ転がる。
「あぐっ……!?」
それを見つめる名護の右の拳は震えを止めていた。
頬を抑えながら、意外そうな瞳で名護を見上げる渡の姿。
険しい瞳で渡を見下ろす名護の姿。
二人の目線がぶつかっている。
仲間から向けられるにはあまりに嫌な瞳だったが、今はそれが全く不快にならなかった。
自分の貫きたいものを貫く為の必要な戦いだと――それぞれの拳/痛みが告げる。
「キバの鎧がないのなら、今の君にイクサで挑む意味はない。
……それは俺の望む戦いではない……!」
「構いません……そっちがその気なら――僕にも鎧など必要ない!!」
渡は力強く立ち上がり、大きく体を振るうようにして名護を殴ろうとした。
だが、名護はそんな大振りのパンチをすぐに避け後退した。
再度、名護は渡に接近し、渡へと殴り掛かる。
「くっ……!」
「渡君……これは、この俺だから、わかる……!
俺はかつて――自分の父を死なせた自分の罪を、『正義』という言葉で逃れようとした!
君も……ここで人を誤って死なせた罪を、『王』という言葉で逃れようとしているだけだと!」
「――ッ!」
「だが、君は俺とは違う。ただ純粋なだけだ。勿論……俺よりずっと良い意味で。
今の生き方は、そんな君のしたい事でも……すべき事でもない筈だ……!」
力強い一撃を放とうとするが、渡は咄嗟に背を向けて走り出した。
渡の行った先は砂場だ。
ここでは足を飲まれやすく、そのぶんだけ拳に威力は乗せにくい。踏ん張りが効かないのだ。バランスの悪い地形へと、無意識に誘い込んだのだろう。
「逃げるな渡君……考え直しなさい! 本当の王とは何なのか……!」
名護は言いながら、渡を追いかけた。
足は思いのほかふらふらと動き、砂場に入ると尚更バランスが崩れやすくなった。
これまでの疲労は勿論の事、想いを伝えるというのは想像以上に酸素が要る。
だが、構わない。そんな事はもはや気にしていなかった。
名護の拳が渡のもとへと届く。
「正しく、優しく、強い者だけが本当の王を、権力者を名乗り、誰かを導く事が出来る……!」
「いや――強さだけが、王の最低条件……。
正しさを通すには、世界を守るには非情である事が必須なんです……――!!
そうでなければ……何も守れない!!」
威力のない名護の拳を避け、渡は逆に名護の顔面へと拳を叩き込んだ。
大振りな先ほどの一撃を反省してなのか、その拳は真正面へとまっすぐに突き出される。
名護の目のあたりにそのままヒットする。体重は乗らないが、命中しやすかった。
名護の顔に広がる鋭い痛み。思わず右手が片目を抑えそうになる。
だが、こらえて名護はその腕を掴む。
「……それでは……たとえ世界を守れても、今以上の物に変える事は出来ない……!」
名護は渡の脇腹を蹴った。
長い脚を使っての美しい軌道を描いた蹴り。
「ッ!」
渡の身体はまたも吹き飛び、砂場に倒れる。
名護は馬乗りになろうとするが、そこで渡の思わぬ力が名護を吹き飛ばす。
しかし、その痛みも名護は構わない。
「変えるって……なんなんですか……! 僕はただ……!」
立ち上がろうとする名護に、今度は渡がとびかかった。
抱き合うようにして掴みかかった二人は、そのまま砂場で転がるようにして相手を振りほどこうとする。
だが、ただ体が汚れるばかりだった。
「渡君……非情は、あくまで最後の手段だ……! すべてじゃない……!
非情である事に囚われる王は……本当にあるべき世界を見失う……!
この世界の歪みを、過ちを……困難を、導く力にはなりえない……!」
「変えたり……導いたりより先に……壊れていく世界はまず守らなきゃいけない……!
守った後は、貴方が、世界を正せば良い……! きっとそれが……一番……!」
「俺は王なんかの器じゃない……世界を導く王の座があるなら、そこに座るのは、君でも俺でもない……!!」
名護が叫んで、渡を振りほどいた。
渡の身体が転がるが、そこから起き上がる。
一足先に名護も立っていた。
そんな名護に向けて、渡は肩を抑え、倒れそうな体で前かがみに睨むように訊いた。
「じゃあ誰だと……!?」
「名護啓介の弟子……紅音也の息子……仮面ライダーキバに変身し――紅渡の名を持つ男……かつて俺が見た君……!
弱さと向きあい……誰かに優しくできる……そんな、かつての君だ……!! 君の中にいる、本当の君だ……」
自分の中にある自分。――ふと、何かに気づいたように渡の瞳孔が大きくなる。
名護に、そんな風に評価されていた自分がいた。
だが、今は違う……。冷徹な王になろうとしている。
名護は続ける。
「今の王にあるのは……ただのクイーンの血筋……。
だが、もう一つの血があってこその仮面ライダーキバ……紅渡だ……!
受け継ぐべきは……キングの名前じゃない……! 優しき君の……紅の名だろう!」
「違う――!! その名前は捨てる……! ファンガイアの王である事こそが僕の力!
紅渡は……大事な人も守れなかった……そして、紅渡の迷いは、その手で人を殺した!
それなら、僕はもう迷わない!! 迷いを振り切る事で――すべてを捨て去ってキングになれば、僕は……!」
渡は駆け出し、名護へと再び大振りなパンチを叩き込んだ。
同じように疲弊していた名護は咄嗟にそれを避ける事が出来ない。
何より、左目が先ほど渡に殴られて反応速度が遅れたのだ。
「大切な世界を守れる――!! 失われた世界の人々を、弔う事が出来るんだ!!」
だが、名護の身体が偶然にもよろけた。
それは自分でも思いもよらぬほどの疲労が、足の先から彼の身体を倒そうとした為だろう。
その瞬間に渡が間近に迫り、支えを要した名護の身体は渡の腹のあたりを抱えるようにしてぶつかった。
渡のパンチは不発し、同時に渡の声が名護の頭上で漏れる。
「守れなかった者たちも……ここで死んだ人たちも……父さんも……前のキングも……他の世界のライダーの名も……ディケイドも……!!
全部……僕が記憶する……! 全部、弔って、覚えて……背負う……!! 僕の世界の統べる世界の下にあった、犠牲として……!!
それでいい……犠牲は王だけが……僕が覚えて――背負えば良いッ!!」
名護は、そのまま体重をかけて二歩、三歩と前に歩く。
攻撃的な意志があったが、攻撃的な意味のない動作。
あるのはクリンチのように、相手の攻撃動作を止め回避する意味合いだが、これもまた偶然そうなっただけだった。
渡も思わず、名護を巻き込んで数歩下がる。
「そんなに張り詰めてどうするんだ、渡君……!
かつて……ある男が俺に対してこう言った……!
張り詰めた糸はすぐ切れる……お前には遊び心がない……!
余裕がないから、たとえ強くても俺に勝てないんだ……と!
その人の息子である君が……そんな大事な事を忘れてどうするんだ……!」
紅音也の話だった。
再び頭に浮かぶ父親の姿に――何かを思う。
自分の腹を巻くようにして突進し、まだ前に進もうとする名護に向けて、渡は言い放ち――彼の身体を突き放す。
「もう……遊びじゃない……!
僕は父さんじゃないし……!
それに、父さんは……もういない……!!」
名護の身体は、すっかり力を失っていて、僅かの力でもよろよろと後退した。
バランスを失い、息も絶え絶えながら、名護はまだ渡の瞳を見て構え、言った。
「いや……彼は……君の中にいる……!
確かに君は、紅音也じゃない……。
だが、その人を消さずにいられるのは、君だけだ……!」
同じようにして、ひとつひとつの言葉に動揺する渡もまた、あまり積極的に攻撃を繰り出したくはない様子だった。
体中が、名護への攻撃を拒絶する。
歩き出すのが怖い。前に進むのが怖い。彼に何かを言われるのが怖い。それは純粋な恐怖とは、また違う――何かその後に来る心の動きを未然に止めたい、計算の為の恐怖。
しかし、名護の言葉は途切れない。何を言われても、名護には確固たる想いや確信が、いくらでも湧き上がるのだから。
「君が君らしくいれば……そこに、きっと、彼の姿も現れる……!
それが……君たち親子を見た俺の――俺の、確信……! そして、この世の理だ……!!」
「世界の宿命を前に――守るべき世界を前には、誰の子でもいられない……僕が僕らしくいる事なんて許されない!! それが王の運命だ!!
だから――自分の手が穢れるとしても……それが誰かに利用されているとしても、関係はないッ!!」
「自分を……見失うな……渡君!
誰より……君自身が……そんな事望んでいないだろう!
君は、やっぱり……君らしく生きればいい――君は……役職や使命なんかの為に……生きているわけじゃない……!!」
「王になる事も……僕自身が決めた運命だ……!!」
「そうじゃない……渡君!
それは、君が自分を縛る為に定めた鎖……いつでも解き放てる、だから――」
何かが渡の胸の中で蠢く。
暴走する本能。怒りでもなく、欲望でもなく、悲しみでもなく、何か……欲望以上の欲するものが渡の中に聞こえた。
これは鎖だ。
己の中にある、何かひとつの感情を縛る鎖が、揺れ動いている。
それがはちきれかけている。
「――――――――運命の鎖を解き放て!! 紅渡!!」
名護が叫んだ――渡が呆然とする。
渡が名護を見た――名護が接近する。
名護の身体が渡を包んだ――渡の身体が硬直する。
渡の腕が居場所をなくして空を掴んだ――名護の声が聞こえる。
名護は、渡をいとしい家族のように抱きしめていた。
「渡君……。俺は……君に、君らしくいてほしい……それだけだ……。
だから、もう一度だけでいい、もう一度……今度は……俺の隣で戦ってくれ!
キバとして、紅渡として……!!」
「名護さん……」
「君がそんな運命を辿るとしても、仲間として……師匠として……君と戦った日々には、まだ未練がある……!
せめてもう一度……君が隣で戦ってくれたのなら――俺にはまだ……そのチャンスが欲しい……!」
名護は、友として渡を抱きしめるのみだった。
彼の中の真の想いは、結局のところそれに尽きた。
誰かの命が渡の手に奪われるだとか、渡の行為が悪だとか、貫く正義があるだとかではなく――ただ、望まない行動を続けている渡の姿が、名護にとっては、見ていられないほど痛々しかった。
それだけだった。
名護から見ても――渡は、馬鹿だった。
だが、どこまでも優しかった。
そんな渡に対する感情は、どれだけ暴力を乗せてぶつけたとしても、憎しみにはなりきらなかった。
「……」
そして、渡もまた同じように……名護の愚直なまでの想いや後悔、罪や友情を感じながら、彼を否定しきれなかった。
いや、どこまでも肯定し続けた。
そして、渡には、名護に勝つ事は叶わなかった。――この男は、どこまでも、渡の前を往く、自分の師匠だ。
「…………わかりました――名護さん。
この場は、僕の負けです――僕も、紅渡も……負けを認めるしかありません……」
力なく、渡がそう言うと――名護は、ほっとしたように力なく崩れ落ちた。
名護の体重が全て地面に吸われる。
「わかって……くれたか……はは……」
そう言って笑った後で、名護はそのまま地面に大の字になって寝転んでいた。
心の底から湧き上がる、不気味なほどの高笑いと、彼の目に見えている夜空の星たち。
汗まみれで痛む体と、張り詰めていた空気が抜けていく心地よさ。
「――それなら良かった……。
正直、思ったより体がボロボロだったんだ……。
君は強い。だから、これ以上、長引かせるわけにはいなかった……」
そうして一人で公園の地を独り占めにするかの如く寝転び、自嘲気味に笑う名護だった。
彼の中に到来しているのは、勝利の喜びよりも、その勝利によって渡が初めて「紅渡」である事を認め、名乗った事だった。
彼はキングではない。――紅渡。ずっと隣で戦ってきた仲間、俺の弟子。
運命の鎖を、解き放ってくれた。
そんな渡が、名護を見下ろして、少し吹き出して無邪気に笑った。
よく見た笑顔、そのままだった。名護もまたつられた。
「……名護さん、目に大きな痣ができてますよ」
「君こそ……頬が少し腫れているじゃないか」
「そりゃ、痛かったですから……。だって、名護さん本気で殴るんですもん」
「君が言える事か。少しは手加減しなさい」
「ごめんなさい。……でも、効きました」
「俺も同じだ。だが、同じ痛みを分かち合うのも、まあ悪くない」
それから、名護は上体を起こした。
このままずっと寝転んでいたいほど、体は休息を欲していたが、それよりももっと向き合って、改めて言いたい事がある。
「――もう一度、共に戦おう、渡君」
名護からは、それだけだ。
世界の為に戦うな、とは今は言わなかった。
ただ……隣で戦ってくれていれば……その中できっと、いつか。
裏切る事のない名護の仲間とともに、変わってくれる。
親しくなった相手を殺められるほど、渡は冷酷にはなりえない。
それに――その時の為の言質を取る。
「それでも……もし、考え直すつもりがないのなら、戦うというのなら……その時は、真っ先にこの名護啓介に牙を向けなさい……。
この俺を倒してから――それができなければ、君に彼らは倒せない。俺も、覚悟は出来ている」
まずは自分を倒せ、と。
これから二人で向かう先にいる、他の誰でもなく……。
それに対して返事をする事もなく、渡は無垢な笑顔を見せて言った。
キングではない、紅渡としての言葉を。
「……僕は、名護さんと出会えてよかった。
名護さんは僕にとって、大事な仲間で……大事な師匠で……大事な、友達です。
ありがとうございました、名護さん」
「……俺も同じ思いだ。……ありがとう、渡君。
君ならきっと、やり直せる。誰よりも優しく、正しく、強い……本当の王として」
「名護さんは、最高です」
「……君こそ、最高だ」
しかし――――。
「……」
――――そこで、紅渡としての時間は、終わった。
「……でも、ごめんなさい、名護さん――。
――これが僕の、裏切りです」
そんな声と、何か鈍い痛みとともに、名護の意識は途絶された。
もはや、名護は自分の身に何が起こったのかさえ、記憶していない。
ただ、それから先――ちょっとした事が起きた。
♯ ♪ ♯ ♪ ♯ ♪ ♯ ♪
名護は、夢を見た。
目の前に現れた紅音也が、ふと告げる。
――生きて立っている、この男と会うのはいつ以来か。
彼の遺体は確かに見かけた。それが彼を見た最後だった。
だが、いつ、彼といつ、どうして会ったのか。
それが名護の中で思い出せなくなっていた。
しかし、そんな事は名護にとって些末な話だった。
「……名護」
音也は、ただ一方的に、どこか切なげな表情を見せて名護に言った。
声を返せない。名護に声を返す力はない。
それは、夢だから。
この夢の中で、名護に声を発する権利は与えられなかった。
ただ、頭の中で考えたり、疑問に思ったりだけはできた。
音也が何故、こんな時に自分の前に現れたのか――名護には全くわからない。
そして、名護は余計に意味のわからない事を音也から告げられる事になった。
「……人の記憶は、脆くて弱い。
だがな、それでも世の中には『どうやっても忘れられる事のない天才』というのが生まれてしまう。勿論、この俺たちの事だ」
人の記憶……?
それがどうした……?
脆くて弱い、記憶……。
「――忘れんなよ。
いつか、きっと……お前の中の強さと、あいつの強さがきっと結びついて、もう一度良い音楽を聞かせてくれる。
こんなに良い音楽が、この世界の歴史から消えて良いわけがない。いや、神が許しても俺は許さない。……俺は信じてる」
何を忘れるなと言った……?
あいつとは、あいつとは誰の事だ……?
「じゃあな――後は任せたぞ」
疑問を訊く事もなく、音也は去っていく。
それは、あの自由気ままで勝手な男らしい、去り際だった。
だが、音也の瞳はどこか――懐かしいような純粋さを、常に含んでいた。
名護の中で――何かが張り裂けそうになる。
俺は……一体。
♯ ♪ ♯ ♪ ♯ ♪ ♯ ♪
「――――名護っ……! おい名護っ……! いい加減起きろ!」
名護が目覚めると、キバットバットⅡ世が飛び回っていた。
何か妙にうるさいものが叫んでいるような気もしていたが、それは彼の声だったのだろうか。
名護は少々、煩わしく思いながら目覚めた。
「ようやく目覚めたか。
随分と寝覚めが悪そうだが……まあ別れの言葉も告げずに立ち去るのはこちらの寝覚めが悪いんでな。
最後にせめて、お前に伝言を授けに来てやったぞ」
キバットの声を訊きつつも、名護は辺りを見回す。
一人で何故、こんなところのいたのか――まったく覚えがない。
その前までは、名護は確か病院で仲間たちと会議をしていた。その後で、何か理由があってここに来たのかもしれない。
……しかし、その記憶がない。
ここに来るだけの必然性もわからないし、その事情を知っているのはキバットだけだろうと思ったが――彼は、「別れ」などと云っている。
彼は何かを知っているのだろうか。
いずれにせよ、何故別れなどと云うのだろうか。
「別れる……? 最後……? 何故、俺たちと行けない……キバット君」
「残念だが、名護。俺は新たなる王の覚悟を、見届けた。
奴の孤独、悲しみ……闇、闇、闇だ。それは確かに、かつての主を上回る。気に入った。
俺の力を受け継ぐにふさわしいキングだ」
名護には、彼の告げた言葉の意味がまったくわからなかった。
ただ、何となく惨めで――何となく、歯がゆい思いがある。
すっかり置いてきぼりで、それでも、置いていかれるわけにはいかない気分。
いや――自分も、何か大事な事を忘れているような……。
「……何の事を言っている? それより、俺は何故こんなところで眠っていたんだ……?
教えてくれ、キバット君。一体、何があった……?」
「フンッ、哀れだな……。とにかく、これは王の命令だ。伝言だけは授けてやろう。
ディケイド――奴は世界の破壊者。ディケイドを倒す事が仮面ライダーの使命、もし会ったのなら奴だけは真っ先に破壊せよとの事だ。
……さて、俺は王のもとへと行く。悪いが、翔一たちにもよろしく頼んだぞ」
そう言って、キバットは物憂げな顔とともにどこかへ飛び去り、夜の闇に溶けてしまった。
果たして、彼が何を知っていたのか――それはわからないままだった。
「――待て、キバット君! ……どういう事だ。
世界の破壊者……それに……新たなる王とは一体……!」
立ち上がって追いかけようとしたが、体中がズキズキと痛む。
追いかけるどころか、その行先を見つける事さえ無理だった。
結局、何故キバットとここにいて、ここで何をしていたのかさえ――名護にはわからない。
「だが、俺は何故――。くっ……」
頭の中で、キバットの言葉を整理する。
「――俺の……仮面ライダーの使命? ディケイドを倒す事が……?
いや、俺には何か、もっと大事な別の何かが……」
違和感。
目の前に霞み消える何か。
ここで、さっきまで誰かと話していたかのような錯覚。
そして、何も話していないのに、何か話し足りないような感覚。
(夢、だったのか……?)
……なんだか、それも含めてすべて夢だったような気がした。
そうだ、さっきまでここで気を失い眠っていたのだ。夢に違いない。
目覚めるとともに、胸を締め付ける……そんな何か切ない夢を見ていたのだ。
ただそれだけだ。
今立ち向かうべきは、現実だった。
「――ッ!」
ふと、左目に痛みが走った。
目やにでもついているのかと思って触れると、少し腫れている。
こんなところをぶつけたり、戦闘で負傷したりした覚えがない……物貰いだろうか。
そんな事を思っていると、少し、涙が出た。
それは痛みから出たのか、目のどこかが刺激されたのか、それとも何かの情動が流したものなのかは、誰にもわからなかった。
それを気にする事もなく、名護はそれを拭った。
視界の先に、ある物が見えた。
「缶コーヒー……? 何故こんなところに置いてある?
……中身が入っているが、まあ良い。ゴミはゴミ箱に捨てなければ」
ベンチの上に置いてあった缶コーヒーだ。
名護は不思議に思いながらも、それを近くのゴミ箱に放り捨てた。
ゴミ箱には、既に同じ空き缶が一つ入っていた。そういえば、自分も先ほどコーヒーを飲んだのか、口の中から微かにコーヒーの香りがした。
まさか、あそこに置いてあった缶コーヒーでも飲んだのだろうか。
……いや、そんなわけはないか。
そう思いながら、名護は不思議そうにベンチを見つめた。
「――」
ふと、ベンチに、誰か座っていたような気がした。
誰かが笑いかけたような気がした。
しかし、名護はその違和感の正体を、もう気にも留めなくなっていた。
疲れているのかもしれない、と思いながら。
「――俺は……こんなところにいる場合じゃない。
戻らなければ……仲間のもとに……」
名護啓介には――仮面ライダーイクサには、往く場所があった。
ここで出来た仲間たちのもとだ。まずは、そこに戻らなければならない。
名護は、それから辺りを見回し、カブトエクステンダーを停めた場所だけ思い出した。
それでも、やはり何故ここにやって来たのかだけはわからず――ただ、もうそれを考える事もなく、跨り、その場を去った。
♯ ♪ ♯ ♪ ♯ ♪ ♯ ♪
「――新たなるキングよ。確かにお前の言う通り、奴からは『紅渡』に関する記憶がすべて消えていた」
「ありがとうございます、見届けてくれて……。
それより、貴方こそいいんですか? もともと彼らと一緒だったんでしょう?」
「構わん。俺は誰の味方でもない。気の向くままに、在るべきところに戻るだけだ。
それから、キングよ……貴様がキングを名乗るのなら、俺への敬語もやめろ。俺は王の鎧に過ぎん」
紅渡――いや、赤い錆色の戦士へと、キバットは告げた。
渡の今の姿は、人の記憶を代償として変身する忘却の仮面ライダーに変わっていたのだった。
戦う為ではなく、それは忘れさせる為の変身だった。
名護を殴打し、気絶させた後――彼は、この姿へと変身したのだ。
「……」
やがて、戦士の変身を解き、彼は再び紅渡という青年の姿を晒す。その手に持っていたカードは、そのまま砂となり消滅していく。
渡が名護のもとを去る時に見せた覚悟――それは、“名護啓介の記憶の中から紅渡という青年の存在を消す事”だったのだ。
もはや、名護は渡の名前を聞いても素知らぬ顔ができるほど、渡の存在を忘れ去っているだろう。
これでもう二度と、彼の事を紅渡と呼ぶ人間は存在しえない。
それでいい。
あれが――名護啓介に抱きしめられてから少しの間だけが、紅渡の最後の時間だった。あそこでもう一度、紅渡の名前を名乗ったのは、最後の決意。
ほんの少しだけ王の運命から解放され、もう一度、名護に本当の意味で別れを告げる為の行いだった。
(名護さん、僕は――これ以上貴方と同じ道を進む事は出来ません……。
僕の罪を貴方が背負うというのなら……それだけ多くの人を傷つけ、苦しめる必要があるのなら、最初から僕がいなくなってしまえばいい。
そうすれば、貴方はもうこれ以上、背負わない。苦しまない。
そして、貴方は正義の味方――仮面ライダーイクサでいられる)
師匠である自分が罪を共に背負うと、名護は言った。
ならば、その事実ごと消してしまえば良いのだ。
確かに、罪というのは誰もが無自覚に背負う物。知らない事も、忘れる事も、また罪だと云えるかもしれない。
しかし、それでも罪はただ在るだけでは本人を苦しずには済む。知った時、背負う覚悟を持った時に初めて罪は圧し掛かり、人を苦しめるのだ。
だから、名護にはすべて、忘れてもらう。
師匠と弟子であった時間も、キバとイクサであった時間も、友であった時間も、先ほどの戦いも――すべて消えてしまえば、名護はきっと、一つの大きな罪から解放される。
もし、地獄なんていうものがあるというのなら、そこで渡の隣を歩く必要はない。
愛する妻と、天にいれば良い。
……それで、いいんだ。
(でも、名護さん。
貴方の言葉は確かに響いた。貴方への最後の言葉も嘘じゃない。
僕は僕らしく生きたい……ずっとそう願っていた。
今はそれが出来ない立場だけど……それをわかってくれて、本当に嬉しかった。
――貴方はやっぱり最高です、名護さん。
ありがとう……僕は、忘れない)
カブトエクステンダーを駆り、どこかへ去っていく名護の背中を、渡は潤んだ瞳で見つめていた。
既に、彼は切り替えたのだろう。
それから、決意を秘めてキバットへと言った。
「――行こう、キバットバットⅡ世」
「いいのか……」
キバットバットⅡ世もまた、珍しく他者を気遣うような素振りを見せた。
それは、単純にキバット自身もまた、翔一たちと別れた事に少々思わしいところがあったからかもしれなかった。
しかし、彼は闇のキバの鎧。
帰るべき場所は悲しみや闇の淵にいる、王の隣だ。
そういう意味では、キバットにとってはうってつけの場所ともいえるが――しかし、渡はそれをどこにもぶつけなかった。
「――名護さんは……いや、彼は別の道を行くよ。仮面ライダーという道へ」
どこか爽やかにはにかみながらも、心の奥底には悲しみが溢れていた。
大事な人から存在が消えるという事は、これほどまでに辛い物なのかと。
これからたとえ名護に会っても、彼は気づかずにすれ違っていくだろうし、もしかしたら今度会えば止める言葉ひとつもなしに襲い掛かってくるかもしれない。
そう思うと……。
……だが、渡は――キングは去りゆく名護に背を向けながら、次の瞬間にはファンガイアの王としての毅然とした面持ちをしていた。
「……僕は、王の道へ」
決して、振り向く事なく歩いていく渡。
運命の鎖は、紅渡と名護啓介を引き裂き――そして、それぞれの道が交わるのを阻もうとしていた。
ただ、どこかできっと――見えない鎖は、二人を繋げていた。
【二日目 深夜】
【D-2 市街地】
【名護啓介@仮面ライダーキバ】
【時間軸】本編終了後
【状態】疲労(中)、ダメージ(大)、左目に痣
【装備】イクサナックル(ver.XI)@仮面ライダーキバ、ガイアメモリ(スイーツ)@仮面ライダーW 、ファンガイアバスター@仮面ライダーキバ
【道具】支給品一式×2(名護、ガドル)、ラウズカード(ダイヤの7,8,10,Q)@仮面ライダー剣、カブトエクステンダー@仮面ライダーカブト
【思考・状況】
基本行動方針:悪魔の集団 大ショッカー……その命、神に返しなさい!
0:病院の方に戻る。
1:直也君の正義は絶対に忘れてはならない。
2:総司君のコーチになる。
【備考】
※時間軸的にもライジングイクサに変身できますが、変身中は消費時間が倍になります。
※『Wの世界』の人間が首輪の解除方法を知っているかもしれないと勘違いしていましたが、翔太郎との情報交換でそういうわけではないことを知りました。
※海堂直也の犠牲に、深い罪悪感を覚えると同時に、海堂の強い正義感に複雑な感情を抱いています。
※剣崎一真を殺したのは擬態天道だと知りました。
※ゼロノスのカードの効果で、『紅渡』に関する記憶を忘却しました。これはあくまで渡の存在を忘却したのみで、彼の父である紅音也との交流や、渡と関わった事によって間接的に発生した出来事や成長などは残っています(ただし過程を思い出せなかったり、別の過程を記憶していたりします)。
※「ディケイドを倒す事が仮面ライダーの使命」だと聞かされましたが、渡との会話を忘却した為にその意味がわかっていません。ただ、気には留めています。
【紅渡@仮面ライダーキバ】
【時間軸】第43話終了後
【状態】ダメージ(大)、疲労(大)、地の石を得た充足感、精神汚染(極小)、相川始の裏切りへの静かな怒り、心に押し隠すべき悲しみ、ゼロノスに二時間変身不能
【装備】サガーク+ジャコーダー@仮面ライダーキバ、エンジンブレード+エンジンメモリ@仮面ライダーW、ゼロノスベルト+ゼロノスカード(緑二枚、赤一枚)@仮面ライダー電王 、ハードボイルダー@仮面ライダーW、レンゲルバックル+ラウズカード(クラブA~10、ハート7~K)@仮面ライダー剣、キバットバットⅡ世@仮面ライダーキバ
【道具】支給品一式×3、GX-05 ケルベロス(弾丸未装填)@仮面ライダーアギト、アームズモンスター(バッシャーマグナム+ドッガハンマー)@仮面ライダーキバ、北岡の不明支給品(0~1)、地の石(ひび割れ)@仮面ライダーディケイド、ディスカリバー@仮面ライダーカブト
【思考・状況】
基本行動方針:王として、自らの世界を救う為に戦う。
1:レンゲルバックルから得た情報を元に、もう一人のクウガのところへ行き、ライジングアルティメットにする。
2:何を犠牲にしても、大切な人達を守り抜く。
3:ディケイドの破壊は最低必須条件。次こそは逃がさない。
4:始の裏切りに関しては死を以て償わせる。
4:加賀美の死への強いトラウマ。
5:これからはキングと名乗る。
【備考】
※過去へ行く前からの参戦なので、音也と面識がありません。また、キングを知りません。
※東京タワーから発せられた、亜樹子の放送を聞きました。
※ディケイドを世界の破壊者、滅びの原因として認識しました。
※相川始から剣の世界について簡単に知りました(バトルファイトのことは確実に知りましたが、ジョーカーが勝ち残ると剣の世界を滅ぼす存在であることは教えられていません)。
※レンゲルバックルからブレイドキングフォームとクウガアルティメットフォームの激闘の様子を知りました。またそれによってもう一人のクウガ(小野寺ユウスケ)の存在に気づきました。
※地の石にひびが入っています。支配機能自体は死んでいないようですが、どのような影響があるのかは後続の書き手さんにお任せします。
※赤のゼロノスカードを使った事で、紅渡の記憶が一部の人間から消失しました。少なくとも名護啓介は渡の事を忘却しました。
※キバットバットⅡ世とは、まだ特に詳しい情報交換などはしていません。
※名護との時間軸の違いや、未来で名護と恵が結婚している事などについて聞きました。
最終更新:2018年03月27日 23:15