可能性の獣◆cJ9Rh6ekv.




 ……放送の役目を終えた飛行船が、夜空に生じたセピア色の極光の中へと帰って行く。

 F-6エリアのとある民家――廃工場から程近いその一軒家で放送を聞いていた葦原涼は、その帰路を為す術なく見送るしかなかった。
 悲しみの果てに、悪夢から解き放たれて最期を迎えた鳴海亜樹子。彼女の遺体を、最後に交わした約束の半分だけでも果たそうと、この家の寝台に安置し終えたところで、第二回放送が始まったのだ。

 最初の放送は、涼自身は意識を喪っていて直接受け取ったわけではない。内容を伝えてくれたのは門矢たちで――そして瞳を閉じていた己の傍に居てくれたのは、亜樹子だった。
 例えその心に秘めたものが、殺意だったとしても――それが彼女の本当の望みでなかったことを、涼はもう知っていた。

「――悪いな。おまえが起きるまで、一緒には居てやれなさそうだ」

 いつまでだって俺がいる。だから安心して、眠って良いんだ――

 そうは言ったが、いつまでだって亜樹子の隣に居てやることは、今はできない。

 殺し合いはまだ終わっていない。その苛烈さが陰りを見せる様子すらないことを、先の放送は告げていた。

 ――――ヒビキが、死んだ。

 あのライダー大戦と呼ぶべき病院での大乱戦の最中、皆を逃がすための殿を務めてくれた涼の仲間が。
 彼らの生きた、その世界ごと。

 恩師にも、恋人にも、次々と見放され、孤独を深めて行った涼の手を取る新たな仲間となってくれたヒビキ。
 誤解からとはいえ、彼の仲間を殺めた涼を赦し、あまつさえ迷った時には鍛えてくれるとまで言ってくれた恩人を喪った――きっと、彼一人に押し付けたせいで。

 さらに言えば、彼らの世界を滅亡に導いた罪の四分の一は、涼自身の犯した物だ。
 世界の破滅、その引き金を引いた一人となってしまった途方もない罪悪感は、本来一人の身で背負いきれるような重さではなかった。

 ――だが、今は違う。

 乃木や矢車を喪っても、亜樹子を護り切れなかったのだとしても。今の涼にはまだ、仲間がいる。
 元の世界で、同じような力を持つ津上翔一。そして門矢士や橘朔也、フィリップや志村純一と言った、この戦いの中で新たに出会った仲間たちが。

 彼らが、同じ方向を見据えて戦ってくれる。そんな確信が、涼の心に折れることのない強さを与えていた。

 過ちなど、既に数え切れぬほど繰り返してきたこの身だ。
 それでも、そこから逃げさえしなければ――そんな過ちすらも含めて、ヒビキたちは涼を受け入れてくれた。

 ならば、今は膝を着いている場合ではない。
 罪に怯える弱い自分自身さえも破壊し、彼らの分もこの、仮面ライダーの力で人を護ることが己の為すべきことだと、涼は既に理解していたからだ。

 立ち止まることは許されない。特に――首領代行を名乗った女の背後に控えた異形のことを知る、この自分は。

「行ってくる――必ず迎えに来るからな、亜樹子」

 一時の別れを告げて、涼は部屋を後にした。
 ……この会場において最も長い時間を共に過ごした女は、涼の出立を無言のまま受け入れた。






「……もう向かっても良い頃だろう」

 亜樹子を残して家を出てすぐ、涼は北西を見据えて呟いた。
 もう、迷っている時間はない――とは思っていても、現実として与えられた情報や湧き出た感情をすぐに整理できる、というわけでもない。
 放送の情報を纏め、再び心に確かな火を灯すまで、暫しの時間が必要だった。

 おかげで、亜樹子に別れを告げて家を出た今は既に、日付が変わってから十分以上が経過していた。
 ギルスの力を取り戻すまで、残り五分程度。移動時間を考えれば、病院の方角へ歩みを進めても良いはずだ。

 この二時間で、大勢が死んだ。だが生き残った者もいる。
 戦える者が多くなれば、助けられる命も増えるはずだ――そんな考えで足を踏み出そうとした、その時に。

「おっ、ちょうど良いタイミングだったみたいだね」

 涼の前に、見知らぬ少年が現れた。

「――何者だ?」

 思わず、涼は問うていた。
 赤いシャツを金髪の少年の出で立ちそのものは、大きく奇特なわけではない。
 またガドルが放っていたような威圧感、金居の齎していた緊張感のようなものも、軽佻浮薄が服を着て歩いているような彼からは特に伺えない。

 だが――彼の姿には、明らかな違和感があった。

「それは最初の放送を聞いてくれてなかった君が悪いけど、特別大サービスで答えてあげるよ。ギルス」

 涼の、変身した後の名を一方的に知っているその少年には、なかったのだ。
 全ての参加者を等しく律する大ショッカーの権威の象徴――すなわち、首輪が。

「僕は第一回放送を担当した大ショッカー幹部のキング。名簿に載ってた奴とは別人だから、そこは誤解しないでよ?」
「――ッ、おまえが……っ!」

 誰何に答えた少年に向かって、思わず涼は吼えた。
 涼の聞き逃した、第一回放送の主。多くの脱落者を愚弄したと聞く邪悪。剣崎が封印したはずの、アンデッド――!

 全く想定していなかった、望外の遭遇。
 その事実に気づいた時、涼は無意識のうちにキングに駆け寄り、衝動のまま殴りかかっていた。

「おっと」
「――ッ!?」

 だが、軽薄な表情に向けて打ち込んだはずの右の拳が覚えたのは、皮越しに肉と骨を叩くそれではなく、硬い金属の手応え。
 ――キングを護るように、頑健な金属製の楯が、何もないはずの宙に出現していたのだ。
 その姿を視認できたのは一瞬。予想外の抵抗に、拳を痛めた勢いすらも即座に跳ね返されて、涼は無様に地を転がった。

「あはは。バッカだなー、僕はキング。一番強いって意味のキング。君じゃ勝てるわけないでしょ?」

 痛みに呻きながら立ち上がろうとする涼を見て、キングはそんな嘲笑を降らして来た。
 ……悔しいが、一方で認めざるを得ない部分もあった。眼の前に大ショッカーの大幹部が現れたからと言って、感情的になり過ぎた。
 ギルスに変身できるようになるまでまだ数分かかる。カテゴリーキングに属するアンデッドだと聞くキングに生身で挑むのは無謀そのものであり、馬鹿と罵られても否定できない。

 そんな当たり前の前提すら忘れさせるほど、涼の中には大ショッカーへの激しい怒りが渦巻いていたのだろう。

「ふふ、いい顔してるね。君を選んでここに来た甲斐があったよ。死神博士たちを警戒させてくれたカッシスのおかげだね」
「……何?」
「細かいことは良いよ。要するに、僕もこの最ッ高に面白いデスゲームに飛び入り参加したってわけ。その最初の遊び相手が君なんだよ、ギルス」

 完全に見下した風に、キングは涼に告げる。

「君、折角僕の盛り上げた放送を聞いてなかっただけじゃなくてさ。ブレイドにも変身したでしょ? このゲームにも真面目に付き合わないまんま――気に食わないんだよね。だから面白くしに来たわけ」
「……やっぱりおまえら、一つだけでも世界を救うなんて殊勝な考えで動いているわけじゃなかったのか……っ!」

 立ち上がった涼に、キングは笑いながら答える。

「さあ? 何せ首領はすごーい神様だからね。バルバ以外、真意はだーれも知らないみたい」
「神様……だと?」
「そう。だけど、わざわざ僕を幹部に選んでるんだから……同じように、全部の世界をメチャクチャにしたいって思ってるのかもね!」

 そこまで吐くと同時、キングは姿を変えた。
 あのゴ・ガドル・バとギラファアンデッドを合わせたような、金色に鋭角的な意匠を凝らした大柄なカブトムシの怪人――コーカサスアンデッドに。
 そして変身と同時。涼の瞳に焼き付いた華奢な少年の姿、その残滓が消えるより早く、コーカサスアンデッドは手にした大剣を一薙ぎした。

 咄嗟に屈んで死の一閃を回避した涼は、しかし遅れて理解した。
 先の刃が狙っていた的が、己の命ではなかったことを。

「――ッ、亜樹子っ!」

 破壊剣の一撃は、ただ刃先の長さに囚われず。伴って放たれた衝撃波が、描かれた弧の延長線上に疾っていった。
 それはつい先程まで、涼が身を置いていた家屋を両断し――支えを喪わせることで、自重によって倒壊させた。
 逃げ場のないその重さによる蹂躙に――きっと亜樹子の亡骸は、耐えきれない。

「あーあ。安心して眠らせてあげるって約束、守れなかったね?」

 まだペキパキと、柱や板や、あるいは――――ともかく、何かの割れるような音が響く中、明確に涼を玩弄するような声で、愉悦を隠しきれないと言った様子のコーカサスアンデッドが告げてきた。

「――ッ!!」

 外道の所業に堪え切れず、涼はもう一度飛びかかっていた。
 それは先程自戒したばかりの、激情に任せた行動。未だ制限に縛られた身では、その失敗から何かを変革する術など持ち合わせるはずもなく。
 構えられた楯を突き出された勢いのまま、涼は顔面を強打して弾き返された。

「ぐ……っ!」

 もんどり打って倒れながらも、鼻から流した血の分だけ冷静になった涼は瓦礫の山と化した一軒家に視線を向ける。

「亜樹子……、くっ!」
「おぉっと!」

 涼が起き上がろうとするのを見逃がさず、コーカサスアンデッドが手元で剣を旋回させれば、撹拌された大気が増大したような力の波が発生する。
 サイコキネシス――涼自身も何度か体験したような超能力の一種が、圧倒的な推進力と化して肉体を後方に運んだ。
 受け身も取れずに硬い路面に叩きつけられ、体の奥に蓄積された鈍い痛みを呼び覚ます衝撃に目眩を覚える。
 それでも意識の手綱を離すわけにはいかないと、涼は何とか立ち上がる。

「ほーら、逃げろ逃げろ!」

 抵抗する術を持たず、後退するしかない涼を東へと進ませるように、コーカサスアンデッドは向かって来る。
 目的は当然、万が一にも門矢たちが救援に駆けつける可能性を潰すためだろう。
 隙を見て、斜めに突破しようとしても、射程の長い念動力が涼を仲間たちとは反対方向へと追い立て続ける。

「あっはっは。ダッサ!」

 何度も飛ばされ、痛みに動きが鈍ったところをコーカサスアンデッドの剣が襲う。あのガドルのそれにも匹敵する迫力の刃はしかし、先のような飛ぶ剣撃を放ちはしない故に、紙一重の回避に成功する。
 嬲られている――それを理解するのに、さしたる時間は要しなかった。

「本当に逃げるしかできないんだ?」
「――黙れ!」

 挑発に乗ったわけではないが、涼は叫びを返すと同時に得物を抜き取っていた。

 それは矢車から託された武装、ゼクトマイザー。
 無数の小型爆弾を発射するそれを使って、眼前の怪人に対抗しようとした、が――

「……わっかり易いなぁ、君」
「何っ!?」

 取り出したその勢いのまま、涼の手からゼクトマイザー本体が勝手に飛び立った。
 コーカサスアンデッドのサイコキネシスの仕業と気づいたのは、それが奴の手元まで届けられてからだ。

「――要らないや、こんな玩具」

 しかし、一度掴むような素振りを見せた直後。意地汚い笑声とともに一旦手放していた大剣を再び装備したコーカサスアンデッドは、それを一閃させてゼクトマイザー――矢車の遺品を破壊した。

 爆発。装填されていた小爆弾が連鎖炸裂した突風は、またしても涼の体を吹き飛ばすに充分だった。

 だが、至近距離でそれを浴びたはずのコーカサスアンデッドは盾で防いだのか、それとも本体の頑健さ故か、無傷。
 この結果を見るに、仮に奪われなかったとしても、ゼクトマイザーで奴と戦うことは無謀だったのだろう。

 だが、まだ、数十秒。ギルスへの変身が解禁されるまでは時間を要する。
 業腹だが、今は逃げるしかない。涼は臍を噛む心地で身を翻し、走り出す。
 対するコーカサスアンデッドは、悠然と歩を進める。余裕をかましているだけだろうが、一時的にだろうと両者の距離は拡がり始める。

 ――それでも、音の速さで迫る言葉からは逃れきれない。

「君は僕と違って弱いよね。だからメチャクチャにされちゃうし、メチャクチャにしちゃうんだよ」

 闇の中。表情の動かない異形の貌。それでもなお、ニヤニヤと意地汚く笑っているのが筒抜けな声音で、コーカサスアンデッドは続ける。
 安い挑発から逃れようと走るが、しかしそれが事実として、仲間との合流という目的から遠ざけられていることに思わず涼は歯軋りする。

「ファム、アポロガイスト、タブー……ゲームに反対するって言いながら、乗ってるプレイヤーばっかり助けてさ。なのに自分の世界だってロクに守れてない。単に下手くそなんだよね、君は。見てて気分悪いぐらい」

 大きな反応を見せない涼をさらに突くように、主催者側ならではの情報アドバンテージを以って、コーカサスアンデッドは言葉を並べる。

「ブレイバックルだってグロンギなんかに奪われて、それでダグバ――第零号って言った方がわかり易いかな? あいつにブレイドの力を使わせちゃってやんの」
「……なんだと!?」

 予想だにしなかった展開を告げられて、涼は思わず問い返した。
 最悪の未確認、第零号。人々を守る仮面ライダーの理念と対局に位置するような怪物の手に、剣崎が遺してくれたブレイバックルが……?

 思わず、足を運ぶ速度が緩まった。
 心に加わった衝撃のほどを目敏く見定め、コーカサスアンデッドはさらに残酷な真実を明かして来た。

「――それで一気に、三人も死んだよ。ヒビキの世界からも一人。君のアシストで半分も落ちちゃってるから、君はあの世界から恨まれるだろうなぁ」
「――ッ!」

 思わず、膝が折れそうになった。
 痛みきったこの心身を支えてくれる、仮面ライダーという絆。
 その信念に殉じた男の最期に対して、最悪の背信を働いてしまったのではないかという恐怖が、心に通したはずの芯を萎えさせた。
 加えて倍加した、響鬼の世界の滅亡に加担したという罪の重さが、涼の足を止めさせていた。

 その様子に満足したように、悠然と歩んできたコーカサスアンデッドが、さらなる嘲笑を投げかけてくる。

「なのに、自分の世界の小沢澄子だって死なせちゃって、何がしたいんだかわかんないよね。下手くそ」

 ――何がしたいのか?

 ほんのつい最近まで、涼はずっと迷っていた。人の身で抗うにはあまりにも強大過ぎる、運命の奔流に押されるがまま。
 そんな荒海の中で漂流するような人生に与えられた、目指すべき灯。それは……

「俺は……人を守るために……」
「ブレイドの――剣崎一真の真似かな? それが口先だけの、役立たずの正義の味方ってことだよ」

 涼が絞り出した仮面ライダーの正義を一笑に付して、コーカサスアンデッドは手にした大盾で涼を痛烈に殴打した。
 路地裏に叩き込まれた身体が、空の瓶を満載したコンテナケースに受け止められる。
 当然、固定されてもいない、ただ積み上げられただけの空箱は上級アンデッドの膂力で生じた慣性を支えきれず、涼はその山を押し退けて反対の街路にまで転がってしまう。

 内側を切ってしまった口の中に溜まった血。鉄の味を吐き出している間に、その狭い道を器用に渡ったコーカサスアンデッドが、散乱したガラス片を苦もなく踏み潰しながら迫ってきた。

「そろそろ鬼ごっこも終わりかな?」

 周囲の様子を見渡し、勝利を確信しきった様子で、コーカサスアンデッドが問いかけてきた。
 その凶悪な貌を険しく睨み返しながら、涼は初めてその言葉に頷いた。

「……ああ。おまえが調子に乗るのも終わりだっ!」

 気力を振り絞り立ち上がった涼は、胸の前で両腕を交差させた。

「――変身!!」

 ……苦渋の逃走劇を繰り広げていた間に、涼に課された残り数分の制限時間は消化されていた。
 故に、仮面ライダーの一員たる力――緑の異形たるギルスへと、自らの存在を入れ替えるようにして変身を遂げることが可能となっていたのだ。

「ハァァァ……っ!」

 変身してすぐ。気合を入れる声とともに、生々しい音を立ててギルスの両腕から金色の爪が出現する。

「わぁ、痛そう」
「ウォアァッ!」

 おちょくるように呟くコーカサスアンデッドに取り合わず、ギルスはその爪を携えて駆け出した。

 急迫するギルスに対し、コーカサスアンデッドは楯を前面に構える。
 生身の時に何度も跳ね返された強固な楯。今の状態でも、ただ殴って壊すことは容易ではないだろうことはわかっている。
 だが、ギルスとなったことで格段に向上した腕力で、その防御を崩し、こじ開けることは可能なはず――!

 くだらない悪意のままに亜樹子の遺体を辱め、剣崎を愚弄し、彼らの護ろうとした世界をメチャクチャにしたいとほざく怪人をまず一発、ぶん殴る。

 その想いを原動力に、ギルスはさらに力強く加速して――そして、見誤った。

 コーカサスアンデッドが楯を構えたのは防御のためではなく、攻撃のためであったことを。

「何――っ!?」

 ギルスが右の裏拳で払い除けようとした寸前、コーカサスアンデッドはソリッドシールドを自ら後ろに引き下げて――その影に予兆を隠していたオールオーバーの一撃、その全容を明らかとした。

 間合いを見誤ったギルスクロウは、振り下ろされる刃を迎撃する軌道への修正が間に合わず。
 不意を衝く形で叩き落とされた破壊剣は、その剣先をギルスの右上腕に食い込ませ、甲殻ごと鮮やかに両断してみせた。

 接触により、互いに屈折しながらの交錯。その疾走を停滞させる、息の詰まる灼熱。
 ぼたぼたと、己の命の一部が零れ、人造の大地に吸われる湿った音が響く。

 ――そして遂に、ギルス=葦原涼の膝が地に着いた。

「ぐ……っ、ガ、アァアア……ァッ!!」

 右腕を喪った激痛に耐えきれず、その場に倒れ込んだギルスは咆哮した。

「――だから言っただろ、ギルス? 君じゃ僕には勝てないってさ」

 その背中越しに、コーカサスアンデッドの軽薄な声が聞こえてきた。

 幾度となく激しい怒りを想起させて来たその声――だが最初の攻防で、片腕を奪われたとあっては否定できない言葉でもあった。

 こいつは強い。パワーも技術も、涼の変身したギルスを凌いで余りある。単純に見繕って、その実力は金居の変じたギラファアンデッドと同等クラスだ。
 本来は、もっと慎重に戦うべき相手だった。あるいは唯一対抗できるだろうスピードを活かして撹乱すれば、勝機も探ることができたかもしれない。

 だがここまでの言動で、変身できない涼の冷静さを奪わせ、反撃のチャンスを前に隙を生じさせてそれを潰した――あるいは全て、そのための立ち回りだったのか。

 ともかく結果として、ただの一撃で戦力を激減させられてしまった。大量出血として体力まで喪われては、アドバンテージの機動力すら低下を余儀なくされる。
 奴の言う通り――今のギルスでは、コーカサスアンデッドには勝てない。その事実を悟らざるを得なかった。

(……っ、まだだ!)

 だが、諦めるわけにはいかない。
 ここで諦めて死ねば、葦原涼はただ大ショッカーに都合の良いピエロでしかない。

 命ある限り戦う――仮面ライダーとして。
 この邪悪な怪人を討ち、大ショッカーの打倒に貢献してみせる。
 剣崎は、ヒビキは、散っていた仲間たちは、きっとそうしたはずだから。

 気力を振り絞り、ギルスは状況を再認する。
 しかし激痛に負けないよう、いくら心を強く持とうと、彼我の戦力差が覆るわけではない。再度感情に任せて飛びかかれば、今度こそ致命の一撃を受けるだろう。

 一縷の望みは――ヤツの方が先に変身しているということ。
 キングがコーカサスアンデッドの姿に変わってから、既に数分が経っている。残り時間を持ち堪えさえすれば――

 見出した希望に賭けて立ち上がるギルスに対し、コーカサスアンデッドは肩を竦めてみせた。

「逃げたって無駄だよ。僕は君らと違って首輪をしてないだろ? だから力を使うことに制限はないんだ」

 そしてギルスの思考を事前に予測していたかのように、唯一の活路を詰んできた。
 絶望に浸されていく心地で、呆然と振り返るギルスに対し。指先で破壊剣を弄びながら、コーカサスアンデッドは問うてくる。

「これが僕のゲームメイクさ。君と違って良いプレイングでしょ?」

 無力な生身を甚振り、変身すれば冷静さを欠いた隙を見逃さず圧倒的な実力差で叩き伏せ、ダメ押しに変身制限が存在しないことを最後の最後に告げてくる。
 敵対者の心を折るための、見事な展開と言うべき事態の運び方だった。

 仮に純粋な戦闘力で及ばぬ相手がいるとしても、確かにこいつなら、それさえ覆すような戦運びをしてのけるだろう。
 そのために必要な情報も、既に主催陣営として収集し終えているのだから。
 紛れもない強者――だが、あまりにも心が醜悪な。

(こんな……ヤツに……)

 こんなところで負けて、独りで終わってしまうのか。
 受け入れがたい諦観が、それでもするりと心の隙間から忍び込んでくるのをギルスは感じた。
 その揺らぎを狙ったように、未だ止まらない出血がギルスの意識を引っ張って、深い水の底まで沈んでいくような感覚を齎し。
 葦原涼の意識は変身したまま、一瞬、闇の中に飲み込まれ――

「寝るなよ」

 消えかけた意識は、腹腔に響いた重い衝撃に覚醒させられた。
 コーカサスアンデッドから痛烈に蹴り上げられて、軽くなったギルスの身体は持ち堪えることもできず、一軒の住宅の壁に打ちつけられ、砕きながらも落下する。

 ――何という無様。

「クソ……っ、クソォッ!」

 堪らず、ギルスは絶叫した。だが片腕を喪ったことに未だ慣れない身では、ただ立ち上がることにすら手間がかかる。
 上手く動けなかったその時、不意にギルスの視覚は、闇の中に一つの物言わぬ影を見つけ出した。

「……木野?」

 そこに転がっていたのは、あかつき号の一員にして新たなアギトに覚醒した人物――木野薫の撲殺死体だった。
 顔は手酷く殴られて変形し、髪型も乱れているが、あの体格と服装、残された輪郭や顔のパーツから言ってまず間違いない。

 この殺し合いに巻き込まれる以前から、一度はその手で救った涼自身や真島浩二を攻撃してくるという変貌を遂げた知人との想定外の再会に、ギルスは一瞬、時を忘れて硬直した。

「あー、そういえばこの辺がアナザーアギトの死んだところだったっけ」

 相変わらず、ゆったりとした足取りで追跡してくるコーカサスアンデッドが、ギルスの視線の先に気づいたように呟いた。
 涼をギルスと呼んでいたのを見るに、アナザーアギトとは木野のことを言っているようだ。単なるアギトという呼称でないのは、先にアギトに目覚めていた津上との区別を付ける意味があるのだろうか。
 とりとめのない思考の中でそんなことを考えていると、ギルスの聴覚は汚泥の煮立つような笑声を拾った。

「そいつも傑作だったよ。色々勘違いした挙げ句、支給品のメモリにあっさり呑まれちゃってさ。反動で動けないところを親父狩りされて死んでんの」
「――笑うな!」

 思わず、ギルスは声を張り上げ、怪人の言葉を遮っていた。
 残り少ない体力を、必要以上に消費してしまった呼吸を落ち着かせながら、それでもギルスは言葉を続ける。

「……こいつを笑うな。こいつは、木野は……本心はどうあれ、俺の心に最初に火を点けた、恩人だ」

 ――俺の力で、人を守ってみるのも悪くない。

 呪いとしか思えなかったこの異形の力を、涼が明確に前を向いて捉えることができたきっかけは、確かに木野薫との出会いに在った。
 そんな恩人を、幾ら強大な力を誇ろうと、見下げ果てた幼稚な心根の怪物に嗤われるというのは、ギルス――涼にとって耐え難いことであったのだ。

「いや、無理だって。君らの世界、丸ごと空回ってるピエロだし。僕じゃなくても笑っちゃうよ」

 そんなギルスの怒りもどこ吹く風と嘲笑い、コーカサスアンデッドが手の中で得物を弄ぶ。

「その、君の心の火? って奴も、まさに風前の灯火だもんね」
「そうでもない……おまえを倒せば、まだ俺は戦える。木野に貰ったこの火は消えない、消させないっ!」

 折れかけた意志が、見出した使命によって再び熱を持ち、打ち直される。
 声を発することに、もう苦痛を覚えなかった。あれだけ震えていた足がしゃんと路面を噛んで、ギルスの身体を立ち上がらせる。

 そうして隻腕のまま闘志を見せるギルスを、コーカサスアンデッドは鼻で笑った。

「バッカだなぁ、こんなにやられてまだ僕の強さがわからないの?」
「確かに俺はおまえより弱いかもしれない……だが、そんなことで諦める弱い俺を、破壊してくれた奴がいる」

 脳裏に浮かぶのは、不敵に笑う青年の顔。
 この地で新たに得た、仲間の一人。

 そうだ――涼はもう、独りではない。
 なのにあっさりと絶望に屈していては、ホッパーゼクターにも、あの世の矢車にも愛想を尽かされてしまうだろう。
 勝手に諦めて、仲間に迷惑を掛けられない――世界を滅ぼしたという罪を知らされた時にも支えてくれた、その気づきの再認が、死に瀕したはずの肉体にもう一度、力を漲らせようとしていた。

「だから木野や、ヒビキや、剣崎……もう戦えないあいつらの代わりに、俺が戦わなくちゃいけないんだっ!」
「そういうのはもういーから……あーあ、なんか萎えちゃったなぁ。もう終わりにしよっか」
「終わらせるものかッ!」

 不屈の意志を声にして、ギルスは再び駆け出した。
 限りなく勝ち目の薄い戦いに、それでも、生存の可能性を否定する怪物を葬るために。
 これ以上の犠牲者を出さぬよう――仲間たちや、彼らの大切に想う人々の未来を護るために。

 強く、強く拳を握った、その瞬間――




 ――背にしていたはずの木野薫の亡骸から、闇を切り裂く光が齎された。






 ――とある男の話をしよう。

 かつて、その男は、一つの事故で弟を喪うこととなった。
 弟を助けることができなかったという後悔は、他者を救うという行為を代償として求め――やがては、救いを求める人間は全て自らの手で救わねばならないという妄執に取り憑かれるようになった。

 転じて、己以外に他者を救う存在は不要であるという危険思想にまで達してしまった男は、人々を襲う怪物だけでなく、人間を守護する同族にまで牙を剥いた。

 人を救う力を持つ存在――アギトであることに、男は呑み込まれた。

 だが、同じく事故で喪われた男の右腕――それが紡ぐはずだった可能性を再起させた、移植された弟の腕が、いつもその邪魔をした。

 他の善良なアギトへの攻撃を諌め続ける弟の右腕に、彼が戸惑いを覚えていた時――謎めいた人物が、見透かしたように現れて、こう言った。

「おまえは、何故アギトが存在するかを知らない。
 アギトの種は、人間と言う種の中に遥か古代に置いて、すでに蒔かれていたのだ。
 たった一つの目的のために……人間の可能性を否定する者と戦うためにだ!

 ――アギトの力を正当に使った時、初めておまえは、自分を救うことができる。おまえはまだ、アギトの力の使い方を知らない!」

 知った風な口を効くその人物の言葉を、男はすぐには受け入れなかった。

 だが、それは確かに彼の中に引っかかり続け――この世界存亡を懸けた生存戦においても、自らが力に呑まれるのではないか、という不安として、死の寸前まで胸にあり続けた。

 アギトの力を行使する暇すら与えられなかった死の際の、男の心中、その全容は決して知れない。

 ただ、それでも彼は、自身を救うことを――アギトの力を正当に使うことをきっと、求めていたはずであり。

 その意志はきっと、この殺し合いを仕向けた存在と対局に位置した、アギトの力の根源が目指した景色と、合致したものであった。



 だから、遠き神話の時代から、現代にまで続いたように――男の意志を継ぐ者のための奇跡が今、光となって輝いていた。






 キング――コーカサスアンデッドが会場に降りてから、想定を裏切られたのはそれが二度目だった。

 そのうちの一度目は、死亡と同時に首輪が消失したことで、正しく制限が働くか不明である乃木怜治の復活。そのイレギュラーを警戒し、対処も兼ねてキングの参戦を認めた死神博士の読みが外れたこと――強敵であるカッシスワームとの対決も睨んで準備をしてきたというのに、ギルスの制限解除に至ってもその影も形も見えなかったこと。言うなれば杞憂でしかなかったことだ。

 だが、この――時間もわからなくなるほどの眩い白光は、本当の意味で、予想だにしていなかった事態の発生を意味していた。

「これは――っ!?」

 次の瞬間、強すぎる輝きから視界を庇うように構えていた左腕に、強い衝撃が走った。
 正確に言えば、その手に携えていたソリッドシールドに。

 何かが二発、ほぼ同時に着弾した。非常に強い衝撃を与えたそれは、楯に食い込んだまま離れず――あろうことか、コーカサスアンデッドの豪腕さえも捩じ伏せる勢いで、引っ張って来る。

「――ウァオォオオオオッ!!」

 野獣の如き雄叫びが、コーカサスアンデッドの聴覚を震わせた直後。三度目となる強い衝撃、そして何かの砕ける致命的な手応えが、左腕を通して伝わってきた。

「……何が!?」

 砕け散ったもの――それは鉄壁を誇った、コーカサスアンデッドの持つ盾、ソリッドシールドだった。
 それを為した触手、のようなものを伸ばした濃緑の影は、喪われていた右腕――さらにはその肩や肘から禍々しい刃を今まさに生やしながら、紅い双眸でコーカサスアンデッドを睨めつけて来る。

「その姿……まさか、進化したってこと?」

 まさに今、目の前で“変身”した敵手に対して初めて、コーカサスアンデッドは動揺の声を漏らした。

「……らしいな。おまえの笑った、木野が俺にくれた腕……継がせてくれた、人を救うための力だ!」

 答えた異形はギルス――葦原涼の声で、コーカサスアンデッドに力強く言い返した。






 彼の到達したその変身は、アギトの力を受け継いだことでギルスの限界を超えた姿――エクシードギルス。

 かつてあかつき号事件で、死亡した白き青年から沢木哲也にその力が受け継がれたようにして、木野薫の遺体からアギトの力が涼に譲渡された結果起こった奇跡。
 少し未来の時間軸において涼が受け取った真島浩二のそれとは違い、完全覚醒を遂げていたアギトの力は、今まさに必要とされるこの時に、彼の限界を越えさせた。

 それはまさに、彼らの意志を継ぐと誓った涼の背中を、死者たちが押してくれているようでもあり。
 そして新たに得た、まだこの手に残っている絆を護る力を得た事実、そのものが彼の心の火を強く、強く燃やしてくれていた。

 溢れる想いを込め、再生した右の拳を強く握りながら――幾度となく、自身の行手を阻んだ楯を遂に破壊したエクシードギルスは、その勢いのままコーカサスアンデッドへと宣言する。

「行くぞ、アンデッド……俺がおまえを封印する!」

 それが新生した仮面ライダー――儚き人の可能性を護らんとする獣と、永遠に囚われし邪悪が繰り広げる争いの、新たな始まりを告げる狼煙となった。






【二日目 深夜】
【F-7 市街地】


【葦原涼@仮面ライダーアギト】
【時間軸】本編36話終了後
【状態】疲労(大)、亜樹子の死への悲しみ、仲間を得た喜び、響鬼の世界への罪悪感、仮面ライダーエクシードギルスに変身中、仮面ライダーキックホッパーに1時間10分変身不可
【装備】ゼクトバックル+ホッパーゼクター@仮面ライダーカブト、パーフェクトゼクター@仮面ライダーカブト
【道具】支給品一式
【思考・状況】
基本行動方針:殺し合いに乗ってる奴らはブッ潰す!
0:剣崎の意志を継いでみんなの為に戦う。
1:キングを倒す。
2:人を護る。
3:門矢を信じる。
4:第零号から絶対にブレイバックルを取り返す。
5:良太郎達と再会したら、本当に殺し合いに乗っているのか問う。
6:大ショッカーはやはり信用できない。だが首領は神で、アンノウンとも繋がっている……?
【備考】
※変身制限について、大まかに知りました。
※聞き逃していた放送の内容について知りました。
※自分がザンキの死を招いたことに気づきました。
※ダグバの戦力について、ヒビキが体験した限りのことを知りました。
※支給品のラジカセ@現実とジミー中田のCD@仮面ライダーWはタブーの攻撃の余波で破壊されました。
※ホッパーゼクター(キックホッパー)に認められました。
※奪われたブレイバックルがダグバの手にあること、そのせいで何人もの参加者が傷つき、殺められたことを知りました。
※木野薫の遺体からアギトの力を受け継ぎ、エクシードギルスに覚醒しました。



【キング@仮面ライダー剣】
【時間軸】本編34話終了より後
【状態】健康、コーカサスアンデッドに変身中
【装備】破壊剣オールオーバー@仮面ライダー剣
【道具】???
【思考・状況】
基本行動方針:面白おかしくバトルロワイアルを楽しみ、世界を壊す。
0:進化したギルスに対処する。
1:このデスゲームを楽しんだ末、全ての世界をメチャクチャにする。
2:カッシスワームの復活を警戒。
【備考】
※参加者ではないため、首輪はしていません。そのため制限が架されておらず、基本的には封印されない限り活動可能です。
※また、支給品やそれに当たる戦力を持ち込んでいるかも現時点では不明です。詳細は後続の書き手さんにお任せします。
※カッシスワームが復活した場合に備え、彼との対決も想定していたようですが、詳細は後続の書き手さんにお任せします。
※ソリッドシールドが破壊されました。再生できるかは後続の書き手さんにお任せします。



【全体備考】
※ゼクトマイザー@仮面ライダーカブトが破壊されました。



118:師弟対決♭キミはありのままで(前編) 投下順 120:Bを取り戻せ/フィアー・ペイン
時系列順
111:悲しみの果てに待つものは何か 葦原涼 121:全て、抱えたまま走るだけ
113:第二回放送 キング



タグ:

+ タグ編集
  • タグ:

このサイトはreCAPTCHAによって保護されており、Googleの プライバシーポリシー利用規約 が適用されます。

最終更新:2018年03月30日 21:55