夢よ踊れ(後編) ◆MiRaiTlHUI




 デルタが放った銃撃を、ヘラクスはリュウタロスの襟を掴み上げて、その体を盾にすることで受け止めた。短い悲鳴ののち、リュウタロスを投げ捨てたヘラクスは、斧を振り上げてデルタへと駆け寄る。慌てて銃撃するデルタだったが、狼狽しながら不確かな狙いで放たれた銃撃では、ヘラクスを止めることはできない。

「はははははははははははァッ!」

 ヘラクスの嬌笑が響く。萎縮したデルタが、思わず数歩後退った。

「どうした逃げるのかァッ!」

 瞬く間に肉薄したヘラクスが、手にした斧を振り下ろす。デルタは両手でデルタムーバーを支え、斧の一撃を受け止めるが、同時に腕が痺れて身動きが封じられる。すかさず跳ね上がったヘラクスの蹴りが、デルタの胴を抉った。

「ぐえっ」

 胴体が折れ曲がり、宙へ浮いたデルタの体へと、横薙ぎに振るわれたクナイガンが迫る。けれども、その刃がデルタに到達するよりも先に、彼方から飛来した青い影が、その刃に激突し、デルタへの追撃を阻んだ。
 リュウタロスの放った銃弾がヘラクスの背中で爆ぜて、よろめいた。地べたに片足つきながら、デルタもまたヘラクスへと銃撃を浴びせる。機械仕掛けの青い影が、ヘラクスをデルタから引き離すように体当たりを繰り返し、空宙でとんぼ返りをして、持ち主の元へと舞い戻る。
 ドレイクゼクターが舞い戻った先にいたのは、間宮麗奈だった。麗奈が、その瞳をきっと尖らせて、ヘラクスを睨み据えている。その手には、ドレイクグリップが握り締められていた。

「あァ……? まだいたのか……お前」
「私の名前は間宮麗奈。お前に聴かせてやる鎮魂曲は……ない」
「あん?」
「私は、これからも誰かのために歌うだろう。だが、それは、お前のためではない」

 晴れやかな心持ちで、麗奈は緩くかぶりを振って、そう宣言した。
 麗奈の麗奈の周囲を跳び回るドレイクゼクターが、その宣言を祝福するように、麗奈の周囲を旋回し飛び回る。
 もう麗奈は、誰にも心を縛られはしない。どちらかがどちらの心を否定し押し込めることもなく、ただ己の心に流れる音楽に従って、吹き抜ける風のように「自由」に振る舞うのみ。あらゆる枷を取り払った麗奈の心は、羽根のように軽かった。
 グリップを突き出すと、ドレイクゼクターがそこに収まった。青色のオーラとともに波状的に広がったヒヒイロカネが、麗奈の体を覆い尽くす。かつて麗奈が心を許した男の影をその身に重ね、麗奈ははじめて、仮面ライダーへの変身を遂げた。

 ――HEN-SHIN――
 ――CAST OFF――
 ――CHANGE DRAGONFLY――

「麗奈……! その姿!」
「私はもう自分自身に怯えることはしない」
 青の重装甲を脱ぎ捨て仮面ライダードレイクとなった麗奈が、青く煌めく複眼でヘラクスを睨め付けた。両手でドレイクグリップを構え、標的へと狙いを定める。

「私は己の意思で戦う。手を貸せ、ふたりとも!」

 ドレイクの叫びに応えるように、デルタとリュウタロスが強く頷いた。それぞれの銃器を構え、ヘラクスへ向けて、三方向から銃口が向けられる。ほぼ同時に、三人が引鉄を引いた。
 異なるシステムにより開発された銃弾が、一斉にヘラクスを狙い打つ。はじめ、銃撃に晒されたヘラクスはどちらへ脚を進めることも出来ず、標的となるだけだった。けれども、それはほんの数秒だ。

 ――CLOCK UP――
 ――CLOCK UP――

 ヘラクスよりもほんの一瞬遅れて、ドレイクがベルトのスイッチを擦った。
 デルタとリュウタロスが放った銃弾の雨が空宙で静止する。固定された弾丸を掻い潜って、ドレイクを敵と狙い定めたヘラクスが斧を振り上げて迫る。露出した浅倉の片目に射竦めるられて、ドレイクは一瞬動じた。けれども、ヘラクスが間合いの内側へと飛び込むと同時、ドレイクは手にした銃を脇腹の辺りで構え、引鉄を引いた。
 連続で放たれた弾丸がヘラクスを至近距離から銃撃する。その圧力に押され、徐々に後退してゆくヘラクスの体に、ドレイクが後ろ回し蹴りを叩き込んだ。

「うおっ」
「言ったはずだ、お前にはここで消えてもらうと」

 後方へと蹴り飛ばされたヘラクスが着地するよりも先に、ドレイクは銃弾を撃って、撃って、撃ちまくった。空宙でヘラクスの動きが静止した。ダメージ超過によるクロックオーバーだ。

 ――CLOCK OVER――

 ドレイクの加速時間にも終わりが訪れる。斧を取り落としたヘラクスが地面に落下し、その衝撃によって嗚咽を漏らした。ヘラクスはすぐさま取り落とした斧を拾おうと手を伸ばすが、デルタが放った光弾がそれを阻んだ。光弾に弾かれた斧が、ヘラクスから離れ、リュウタロスの方向へと飛ばされる。

「よっ、とぉ。やーい、これはもう返さないもんね~!」

 さっきまで震えていたリュウタロスだったが、目前へと転がってきたゼクトクナイガンを取り上げると、はしゃぎ声を上げて飛び跳ねた。

「ァァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!」

 ヘラクスの咆哮が、怒りによるものなのか、理性を失った獣の叫びなのかは、誰にもわからなかった。けれども、わかる必要のないことだと、麗奈はとりとめのない思考をすぐに切り捨てる。
 デルタとリュウタロスが作ってくれた千載一遇の好機を逃す手はない。己が欲望のため多くの命を奪い、その果てに己の罪と向き合う機会も与えられぬまま獣と成り果てた外道に、引導を渡す時がきたのだ。
 ドレイクは手にした銃の撃鉄、スロットルを力強く引いた。

「ライダーシューティング……!」

 ――RIDER SHOOTING――

 風間大介が変じたドレイクを心に思い浮かべて、麗奈が変じたドレイクもまた両手でドレイクグリップを握り締める。銃口で青い輝きが膨れ上がり、ばちばちと放電音を迸らせる。かつて身をもってこの一撃を味わった麗奈だからこそ、ライダーシューティングの威力は痛いほど理解している。
 この男が振りまく悲劇は、ここで確実に終わらせる。その覚悟はこの場の全員が同じだと、今は根拠もなく信じられる。それを示すように、リュウタロスとデルタの銃撃がヘラクスに浴びせられ、敵の退路は絶たれた。ヘラクスには最早ライダーシューティングを真っ向から迎え打つ以外に道は残されていない。

 ――RIDER BEAT――

「オオオオォォォォォォァァァァァァァッ!!」

 右手のゼクター叩き、その腕にタキオン粒子の輝きを纏わせたヘラクスが、咆哮と共に飛び込んできた。同時、ドレイクが引鉄を引いた。
 放たれた青のタキオン粒子の塊に、ヘラクスは己の右の拳を叩き込んだ。瞬間、タキオンのエネルギーが互いに干渉し合って、辺りへ激しく稲妻を撒き散らす。
 拮抗したのはほんの一瞬だった。すぐにヘラクスの右腕の装甲が消滅を開始した。ライダーシステムなくして、タキオン粒子の塊を受け止めることなどできるわけがない。青の光球は瞬く間に浅倉の右腕を飲み込んだ。装着されたゼクターが火花を散らし、爆散する。

「うぉぉおぉおおぁあああああああッ!!」

 ライダーシューティングの一撃は、浅倉の右の肘から先を消滅させ、そのまま肩口を滑って彼方へと飛んでいった。幸いにもヘラクスの装甲が完全に消失しきる前に光球が通過したため、浅倉は右腕を失うだけに済んだが、それでも生半可なダメージではない。もんどり打って倒れ込んだ浅倉の右肩は、痛々しく抉られ、赤黒く焼け爛れていた。

「やった!?」
「いや、まだだ!」

 リュウタロスの喜色の声を、ドレイクが遮った。
 一瞬ののち、一同は異変に気付いた。浅倉の肌は、既に大部分が肌色ではなくなっていた。外傷と傷によるものではない。黒と紫が入り混じったような色に泡立って、全身から同色の陽炎を揺らめかせている。
 今までの変身形態とは、明らかに様子が違う。これが浅倉との最後の戦いになると、その場の全員が理由もなく確信した。

「ハハハハハハハッ、まだだッ、まだ足りねェ! もっとだ、もォォっと寄越せェェッ!」

 浅倉の体が変質してゆく。仮面ライダーのものではなく、倒されるべき怪人のものへと、成り果ててゆく。見るもおぞましい異形へと成り果てた浅倉威を直視したその瞬間、今まで感じていた恐怖心とは比較にもならないほどの寒気が全身を駆け巡った。
 恐怖という二文字をそのまま化け物へと作り替えたような存在。恐怖の象徴、テラー・ドーパントへと変質を遂げた浅倉威が、左腕で握り拳を作り、夜空を見上げ野獣の咆哮を上げた。足元から広がった黒とも青ともつかない泥が、薄く発光しながら周囲へと広がっていく。

「ッ……、な、なん、だ……これ、は」

 心臓を鷲掴みにされたような心地のなか、ドレイクは広がる泥の中で、数歩後退った。テラーの放つ威圧感だけで、最前までの決意が嘘のように、瞬く間に戦意は喪失した。ドレイクの体から、ヒヒイロカネが剥がれ落ちてゆく。激しい動悸の中、しかし身動きをとることも出来ず、麗奈は無様にも尻もちをついて、テラーを見上げるしかできなかった。

「な、なに、こいつ……こんなの、勝てるわけない……」

 リュウタロスが震える声で弱音を零した。リュウボルバーを取り落としたリュウタロスは、俯いて吐息を吐き出すのみで、最早己の武器に手を伸ばすことはなかった。全力発揮状態にあったリュウタロスが、強制的に能力発揮を終了させられる。
 両腕を広げ、高らかに笑うモンスターと化した浅倉威が放つ威圧感に、その場の全員が息を呑んだ。

 浅倉威と一体化したテラーは、この数時間の間に完全に浅倉威と同調し、本来のスペックとは異なる能力を発揮しつつあった。潜在的な恐怖を煽る本来のテラーの能力に付け加えて、暴力なしには生きてはいけぬ浅倉威の野獣のような精神性が作用している。今のテラーには、見るものすべてを萎縮させ、本能的に命の危険を感じさせる程の威圧感があった。
 失った右腕の断面から泥をぼとぼとと落としながら、テラーとなった浅倉はその瞳を獰猛な獣よろしくギラギラと輝かせて、次の獲物を見定める。
 ひとりだけ、変身解除に追い込まれていない仮面ライダーがいた。

「ど、どうしたんだ、みんな!?」

 仮面ライダーデルタだった。足元は相変わらず震えているものの、しかし、デルタだけはテラーフィールドの効果を受けているようには見られない。浅倉が変じたテラーの口元が、にやりと釣り上がった。次の標的は、こいつだ。
 テラーは狂気の雄叫びを上げて、デルタへと飛びかかった。全身から泥を吐き出しながら、化け物と化した肉体にフォトンの弾丸が撃ち込まれる。その痛みすら、今のテラーにとっては起爆剤だった。撃たれた箇所から血液の代わりにドス黒い泥を吐き出して、瞬く間にゼロ距離に達したテラーが、デルタの首根っこを掴み、つり上げた。
 デルタがじたばたと脚をばたつかせてテラーを蹴る。

「う、この……っ」
「ははァっ、ぁああはははははははァァ!!」

 ろくな反撃もままならぬまま、デルタの体はぶんと振り回され、投げ飛ばされた。全身を泥にまみれた地面に打ち付けながら、デルタは顔を上げる。リュウタロスの顔が目に入った。

「ひっ……ひぃぃぁああっ!?」

 リュウタロスが情けない声を上げて、尻もちをついたままデルタから距離をとった。あれだけ自信に満ちていたリュウタロスが、こうも無様に逃げる様は、明らかに異常だ。ここへきてデルタに変じる三原は、はじめてことの深刻さを理解した。
 片膝ついて起き上がり、麗奈へと視線を向ける。麗奈も同様に尻もちをついたまま、目を見開いてデルタを凝視していた。仰け反らせた胸元を大きく上下させて、激しく呼吸を繰り返している。
 今まともに戦えるのは、自分をおいて他にはないことを悟らざるを得なかった。

「ッ、やるしか、ないのか……俺が、こいつを」
「はははははははッ、お前も俺と戦えェェエエ!!」

 デルタは、決然と銃を構えた。引鉄を引いて、光弾を放つ。化け物と化した浅倉威の体からまたも泥が噴き出す。銃撃の余波で皮膚が裂けて、ところどころから骨が飛び出る。銃撃が喉元を撃ち抜いた時、そこからやはり、泥が溢れ出た。泥はすぐに硬化して、傷口を塞いでいった。生物として、明らかに異常な再生速度だった。

「こいつッ、ホントにもう、人間じゃなくなったのか」
「ァァアアアアアアアアアアッ!!」
「ッ……だったら」

 相変わらず敵は恐ろしい。けれども、相手が心まで獣と成り果てた化け物であるのなら。そして、ここで三原が戦わねばみんな殺されてしまうかもしれない、というのなら。
 戦えるかもしれない、はじめて三原はそう感じた。戦わなければならない、とも思う。
 ここで唯一戦える自分が戦わなければ、ここまで自分を支えてくれたリュウタロスも、麗奈も、自分自身も殺されて、すべてが終わる。死ぬことはひどく恐ろしいことだが、自分のせいで仲間が死ぬのは、やはりもっと恐ろしい。いよいよもって、戦う以外の選択肢を失った時、ついに三原はその才能を開花させた。

「ォォォァァアアアアアアッ!」
「っ、この!」

 突っ込んできた化け物から、デルタは身を転がして回避行動に出た。体が自然と動いた。
 次第に体が内側から熱を持って火照ってゆくように感じた。それは決して、デルタのシステムによる精神干渉ではない。
 大切なものを守りたい、自分をここまで見守ってくれた人たちを死なせたくない、ちっぽけな自分でも彼らを守れるかもしれない、そういう類の感情から沸き上がる、強い意思だった。

 三原修二に対して、デルタのシステムによる精神干渉は意味をなさない。
 それは、精神干渉を加えたところで、元の三原の心が弱すぎるからだとか、そういう理由では断じてない。確かに三原は臆病者の弱虫だけれども、それでも三原は、本質的には誰よりも強い心と、あたたかな優しさを持ち合わせている。その思いは、デルタのシステムだとか、テラーフィールドだとか、そういった精神干渉には決して左右されない。それが、三原の才能だった。

「どうした逃げるな戦えェェッ!」
「……ッ!」

 デルタは懊悩を振り払い、決然と銃を構えた。
 流星塾の仲間たちの中で、臆さずに運命と戦い続けていた友を心に思い描く。もうこの世にはいないが、彼はきっと最後の瞬間まで立ち向かっていったのだと思う。手段はどうあれ、困難に直面しても弱音を吐いたり、挫けたりすることのなかった強い仲間の存在を胸に、デルタはベルトのメモリーをデルタムーバーにセットした。

「草加……、俺の中で生きてくれ。君の強さを、俺にくれ……!」

――READY――

 かつていじめられっ子だった草加だって、変わることができたのだ。自分だって、できないはずがない。できなければ、もうリュウタロスたちに顔向けができない。
 狂った笑みを零しながら走り寄る化け物に、デルタは銃口を向けた。

「シィィィァァアアッ!!」
「チェック!」

――EXCEED CHARGE――

「うわぁぁぁあああああああああああああああああッ!!」

 あの化け物よりも強く、三原は腹の底から雄叫びを上げた。
 デルタの銃口から放たれた三角錐が、ドス黒い化け物の胸元に突き刺さり、ドリルのように激しく回転する。身動きを封じられた化け物が、胸元を仰け反らせる。デルタは短い助走の末、地を蹴り、高く跳び上がった。
 乾巧や草加雅人がそうして敵を倒してきたように、三原もまた、デルタとして三角錐の中へと勢い良く飛び込んだ。蹴り足が化け物の体に突き刺さり、デルタの体が超高熱のフォトンブラッドへと変換される。瞬間的に化け物の体内を超高速で駆け巡ったデルタは、化け物の背中から排出された。この間、僅か数秒の出来事である。

「ぁあァア、はは……ははははは……ッ!」

 残った左手をぶらりと下げて、化け物は空を見上げた。体のあちこちから、赤く彩られた炎が噴き出る。青白く輝く「Δ」の文字が、闇夜にはっきりと描かれた。
 震える脚で、それでも地面を踏み締めて、デルタは背後を振り返った。
 炎の中、上裸の男は笑っていた。


 まだだ。まだ足りない。まだまだ戦い続けていたい。殴っていたい。殴られていたい。痛みがほしい、暴力がほしい。
 もっと、もっと、もっともっともっと、果てのない戦いを!
 浅倉威の体は、度重なるダメージの蓄積で、既に崩壊を始めていた。けれども、最早痛みすら感じはしない。己の身の安全を気にする心などは、とうに壊れている。あるのは、戦い続けていたいという狂気のみ。
 黒とも紫ともつかない色に変色し、ぐずぐずに崩れ始めた体で、それでも浅倉は、ランスバックルを取り出した。驚愕したデルタが、一歩身を引いた。

「ッ、まだ、やる気なのか!?」

 及び腰で、それでもデルタが両腕を身構える。
 それでこそだと、浅倉は満足気に口元をにいと釣り上げ、狂った笑い声を吐き出した。まだまだ戦いはこれからだ。やっと体が温まってきたところでまたお預けを食らうのは、もう御免だった。
 心地のよい熱を全身に感じながら、浅倉はランスバックルを腰に押し付けた。
 浅倉の腰を取り巻いて装着されるはずのランスバックルは、しかし浅倉を資格者と認めることはなかった。もう、浅倉の腰元は、ベルトを装着できるほど原型を留めてはいない。ドス黒く変色した腹部は、泥のように崩れている。
 浅倉が己の体の状態に認識を向けることは、ついぞなかった。

「ははっ、ァァぁアあはははははははぁッ! もっとだァ、もっとッ、俺と戦えェェエエエエッッ!!」

 浅倉威の裂帛の絶叫を最後に、全身の血管が体内で滅茶苦茶に暴れ回り、ドス黒く変色した肌が、本当の漆黒に染まった。体をコールタールのような泥に覆い尽くされた浅倉は、一瞬の後、生じた泥とともに跡形もなく消え去った。
 かツん、と音を立てて、持ち主のいなくなったランスバックルがアスファルトに落ちた。



【浅倉威@仮面ライダー龍騎 消滅確認】



 ガイアメモリとは元来、毒素の塊だ。
 通常使用ですら毒素に侵され精神や体に異常をきたすものを、浅倉は自ら体内に取り込んだ。一見副作用がないように感じられたが、それは通常の使用方法を逸していたために、通常使用において見られる副作用がなかっただけだ。
 フグ毒を摂取して、その場で抗体を作れる人間などいるはずがないように、毒を食べた人間は体を侵され死に至る。代償のない即席の進化など、あり得るはずがない。
 取り込んだ毒素は、長い時間をかけて浅倉威の体を作り替えていった。直後の副作用は与えなかったが、代わりに、更なる暴力を、闘争を、そういう浅倉の願いに呼応して、テラーの毒素はその身を過剰に作り替えていった。
 ガイアメモリという外殻を失った恐怖の記憶が、浅倉威の体を「恐怖の記憶」を内包するに相応しい新たな器へと変えるための過程で化学反応を起こし、結果、異常変質を遂げたのだ。
 いかに精神面が化け物であったとはいえ、浅倉威は人間だ。人間である以上、人類が未だかつて経験したことのない過剰変質に耐えられる道理はない。
 体だけでなく、その精神までもが「恐怖を与えるための存在」へと変質してゆき、その果てに、器が耐えられない程の過剰ダメージを受け続けたことで、ついに浅倉威の体は限界を超えた。
 それは、浅倉威の体という名の外殻にもたらされた、一種の「メモリブレイク」だった。

「勝った、のか……俺たち」

 忽然と消えた敵を探して、デルタは周囲を見渡す。けれども、浅倉威からの襲撃はない。敵の気配は、もうどこにもなかった
 恐怖心の根源たる浅倉威がこの世から消えてなくなったことで、この場に蔓延していた恐怖心もまた、消え去ってゆく。リュウタロスが、麗奈が、各々立ち上がった。

「なんだったの、アイツ。すっっっごい嫌な感じだった」
「ヤツの能力だろう。それが解けたということは……死んだのだろうな、あの男」

 最前までの怯えが嘘のように、麗奈は凛とした声を淡々と響かせて状況を纏めた。
 デルタはようやく、デルタムーバーを腰に装着し、デルタフォンを引き抜いた。青白い光が霧散して、デルタの装甲から三原が解き放たれた。即座に膝をついて、三原は深く息を吐き出す。リュウタロスが三原の元へと駆け寄った。

「修二! 修二大丈夫ーっ!?」
「あ、ああ……なんとか、俺も、戦えたみたいだ」
「すごいすごーいっ! やったじゃん修二! まさか修二がアイツをやっつけちゃうなんて、強くなったねーっ!」
「は、はは、は……さっきは、俺がやらなくちゃって無我夢中だったから」

 はじめて褒められたことがくすぐったくて、三原はバツが悪そうに目線を伏せ、苦笑を漏らした。
 勝利したとはいえ、心地のよいカタルシスといったものはない。人があんな化け物に成り果てて、あんな風に消えてなくなることに、三原は少なからず衝撃を受けていた。理性のあるオルフェノクを倒し、その体が灰となって消えるよりも、ずっと後味が悪かった。
 草加のように強くなれたら、こんな気持ちは抱かずに済むのだろうか。

「浅倉……お前、こんな最期で満足なのかよ」

 浅倉が消滅した辺りに立って、真司は苦しそうに俯いた。浅倉からの返答は、もう二度と返ってはこない。
 その手には、浅倉が捨てた白のカードデッキが握り締められている。今や美穂だけでなく、浅倉の形見ともなってしまったそれを握る真司の指は、震えていた。

「あの男は、最期まで望み通り戦って果てたのだ。ある意味では幸福だったのかもしれないな」

 その場の全員の視線が、声の主である麗奈へと向けられた。
 一同が知っている、気弱な麗奈の影は、そこにはない。玲瓏な瞳で現実を淡々と見据える鉄の女が、そこにはいた。
 麗奈は、来し方を眺めている。その向こうにある病院に視線を向けているようだった。

「ねえ、麗奈……麗奈は、どうしちゃったの? ……お前、麗奈じゃないの?」

 リュウタロスが我にかえったように、麗奈に詰め寄った。麗奈ではない可能性に思い至ったリュウタロスの語気には、僅かに刺々しさが感じられた。真司と三原も、同様に怪訝な視線を麗奈へと向けている。
 結んでいた髪の毛をほどいた麗奈が、黒く艶やかな髪を靡かせ、振り向いた。その表情に恐れや怯えは見られない。けれども、少なくとも総司を襲った時のような敵意の類は、今の麗奈からはもう感じられなかった。


【二日目 深夜】
【E-2 焦土】

【間宮麗奈@仮面ライダーカブト】
【時間軸】第40話終了後
【状態】意識統合、疲労(大)、ダメージ(小)、ウカワームに1時間45分変身不可、仮面ライダードレイクに1時間50分変身不可
【装備】ドレイクグリップ@仮面ライダーカブト
【道具】支給品一式、ゼクトバックル(パンチホッパー)@仮面ライダーカブト、
【思考・状況】
基本行動方針:自分の中に流れる心の音楽に耳を傾ける。
1:病院が気になる。もう逃げる理由はない。
【備考】
※『仮面ライダー』の定義が世界ごとによって異なると、推測しています。
※人間としての人格とワームとしての人格が統合されました。表面的な性格はワーム時が濃厚ですが、内面には人間時の麗奈の一面もちゃんと存在しています。
※意識の統合によって、ワームとしての記憶と人間としての記憶、その両方をすべて保有しています。
※現状、人間時の私服+ワーム時のストレートヘアです。


【城戸真司@仮面ライダー龍騎】
【時間軸】劇場版、美穂とお好み焼を食べた後
【状態】強い決意、翔一への信頼、疲労(中)、仮面ライダー龍騎に1時間30分変身不可
【装備】カードデッキ(龍騎)@仮面ライダー龍騎
【道具】支給品一式、優衣のてるてる坊主@仮面ライダー龍騎、カードデッキ(ファム・ブランク)@仮面ライダー龍騎、サバイブ「烈火」@仮面ライダー龍騎
【思考・状況】
基本行動方針:仮面ライダーとして、みんなの命を守る為に戦う。
1:間宮さん……? アンタいったい……。
2:翔一たちが心配。
3:この近くで起こったらしい戦闘について詳しく知りたい。
4:黒い龍騎、それってもしかして……。
【備考】
※支給品のトランプを使えるライダーが居る事に気付きました。
※アビスこそが「現われていないライダー」だと誤解していますが、翔太郎からリュウガの話を聞き混乱しています。
※アギトの世界についての基本的な情報を知りました。
※強化形態は変身時間が短縮される事に気付きました。
※再変身までの時間制限を大まかに二時間程度と把握しました(正確な時間は分かっていません)
※天道総司の提案したE-5エリアでの再合流案を名護から伝えられました。
※美穂の形見として、ファムのブランクデッキを手に入れました。中に烈火のサバイブが入っていますが、真司はまだ気付いていません。


【三原修二@仮面ライダー555】
【時間軸】初めてデルタに変身する以前
【状態】強い恐怖心、疲労(中)、仮面ライダーデルタに1時間50分変身不可
【装備】デルタドライバー、デルタフォン、デルタムーバー@仮面ライダー555、ランスバックル@劇場版仮面ライダー剣 MISSING ACE
【道具】草加雅人の描いた絵@仮面ライダー555
0:俺でも、戦っていけるのかもしれない……。
1:できることをやる。草加の分まで生きたい。
2:間宮さん……、敵では、ないのか?
3:巨大な火柱、閃光と轟音を目撃し強い恐怖。逃げ出したい。
4:巧、良太郎と合流したい。村上を警戒。
5:オルフェノク等の中にも信用出来る者はいるのか?
6:戦いたくないが、とにかくやれるだけのことはやりたい。
7:リュウタロスの信頼を裏切ったままは嫌だ。
【備考】
※リュウタロスに憑依されていても変身カウントは三原自身のものです。
※同一世界の仲間達であっても異なる時間軸から連れて来られている可能性に気付きました。同時に後の時間軸において自分がデルタギアを使っている可能性に気付きました。
※巧がオルフェノクであると知ったもののある程度信用しています。
※三原修二は体質的に、デルタギアやテラーフィールドといった精神干渉に対する耐性を持っています。今抱いている恐怖心はテラーなど関係なく、ただの「普通の恐怖心」です。


【リュウタロス@仮面ライダー電王】
【時間軸】本編終了後
【状態】疲労(大)、ダメージ(中)、仮面ライダー電王に1時間40分変身不可、イマジンとしての全力発揮1時間50分不可
【装備】デンオウベルト+ライダーパス@仮面ライダー電王、リュウボルバー@仮面ライダー電王
【道具】支給品一式、ファイズブラスター@仮面ライダー555、デンカメンソード@仮面ライダー電王、 ケータロス@仮面ライダー電王
0:修二、強くなったじゃん! 嬉しい!
1:麗奈……? どうなっちゃったの?
2:良太郎に会いたい
3:大ショッカーは倒す。
4:モモタロスの分まで頑張る。
【備考】
※人間への憑依は可能ですが対象に拒否されると強制的に追い出されます。
※自身のイマジンとしての全力発揮も同様に制限されていることに何となく気づきました。


【全体備考】
※浅倉威の体は、過剰な進化と過剰なダメージによって消滅しました。
※ヘラクスのライダーブレスはゼクターごと破壊、消滅しました。
※E-2 焦土に浅倉が所持していた支給品×3、鉄パイプ@現実、大ショッカー製の拡声器@現実 が放置されています。


122:夢よ踊れ(前編) 投下順 123:決める覚悟
時系列順
城戸真司 127:What a wonderful worms
三原修二
間宮麗奈
リュウタロス
浅倉威 GAME OVER



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最終更新:2022年05月04日 22:43