紅涙(前編)◆.ji0E9MT9g



空は高く、星が輝く夜。
人工的な灯りが一切存在しない焦土は、今の彼らにとってはどこまでも続く闇のように思えた。
この足が果たして目的地である白の巨塔へ真っ直ぐ向かっているのかと生まれた戸惑いを、額の汗と共に拭って彼、小野寺ユウスケは歩き続けている。

「……多分、そろそろ病院に着きますよ。一条さん」
「あぁ、本当にすまないな、小野寺君……」
「謝るのは俺の方です。五代さんならそもそもこんな風に一条さんに苦しい思いさせたりしないでしょうから……」
「小野寺君……」

月明かりのみを頼りにただ黙々と歩き続けるのに嫌気がさしたのか、ユウスケはその背に負っている一条刑事に声をかけた。
それにもう幾度となく聞いた謝罪を再度述べた一条の声に対し、苛立ちではなく安堵を抱いて、再びユウスケは足を進めていく。
放送を聞き歩き出してから、既に二時間ほどが経過している。

普通に考えれば既に二エリアほどは歩いていてもおかしくないだろうが、ユウスケの今の体調で成人男性を背負ったまま歩くことは負担が大きかった。
それに、少しでも歩くペースをあげれば背負っている一条が苦しそうに呻くために、彼も意識して速度を緩めているのだ。
彼らが向かっているのはD-1エリアの病院。

ダグバに再度対峙した際に今の自分ではどうしようもないだろうことや、何故か先ほど戦っていたE-2エリアに戻りたくないと感じてしまうことを考慮しても、なおE-5エリアの病院は遠すぎた。
恐らくはF-1周辺だっただろうこの歩みを開始した地点からこれほどの時間を費やしてなおD-1にすら着けていないのだから、E-5の病院を目指していたらそれこそ時間がいくらあっても足りなかっただろう。
そうして自分を納得させこそすれど、しかしユウスケの足は一条を背負っていることを抜きに考えてもあまりにも遅かった。

もしも向かった先の病院に、京介や小沢のことを知っている人物がいたら。
自分は彼らに対し、何を話せばいいのだろう。
自分が無力でどうしようもないから、彼らが目の前で死ぬことになってしまったと?

どころか京介は、暴走していたとは言え自分の手によって殺してしまったのだと?
そしてそこまでの犠牲を払っておきながら、肝心のダグバを倒すことは出来ず逃げてきてしまったと?
そんなことが頭をよぎる度、ユウスケの表情は曇りその足は止まりそうになってしまう。

「——ぐっ……」

再び、背中の一条が呻いた。
恐らくは無意識に漏れてしまっただけのものだろうが、それを聞いて最早何度目になるかわからないほどにユウスケは再び認識する。
『俺が助けなければ、この人は死んでしまう』と。

そう、今はこんな事をメソメソと考えて足を止めていていい時間ではない。
残された戦士クウガとして、一条を守りダグバを倒す使命が、自分には課されているのだ。
その使命に対して、もう自分に中途半端は許されない。

今度出会った時には絶対に他の参加者をダグバから遠ざけ、誰も犠牲にしない状況を作り出してあの究極の姿に——。

「——おい、ユウスケ。お前またロクでもないこと考えてるだろ」

思案に沈んでいたユウスケの意識を浮上させたのは、自身の横を飛び続けている金色の蝙蝠、キバットバットⅢ世であった。
先の戦いで払うことになった——自分の未熟に対する大きな代償の一つ——その二度と開かない右目を一瞥した後、ユウスケはキバットを見上げる。
そして、迷いを見透かされてしまった自分の未熟さを再度自戒しつつ、彼は思い切り柔和な笑顔を浮かべた。

「心配しなくても大丈夫だって。ダグバのことなら、心配しなくても俺は——」
「——そうじゃねえよ。俺が心配してんのはお前だ、ユウスケ。ダグバを倒せるのは確かに俺の知る限りお前だけかもしれねぇ。
けどよ、皆で力を合わせることが絶対に出来ないわけじゃないだろ?お前一人が全部抱え込む必要はねぇよ」

キバットに残った左目で真っ直ぐに見据えられながらそう言われてしまうと、もう彼に偽りの笑顔でこの場を取り繕うことなど出来るはずもなかった。
気まずそうに顔を伏せ足だけを動かし続けるユウスケに、これ以上何を言っても空気を悪くするだけだと思ったのか、キバットもまたデイパックに収まろうとする。

「……あっ、おいユウスケ!」

しかし瞬間、何かに気づいたかのようにその体を翻し声をあげたかと思えば、キバットは以前までに比べ幾分か不格好ながら飛び、ユウスケの視線を誘導する。
ようやく前を向いたユウスケの視線の先、その暗い闇の中で禍々しく光るバイクと二つのデイパックを見て、彼は思わずそれに駆け寄った。
自分の知る怪人の中ではどことなくグロンギを連想させるそれに、あの白い悪魔を重ねてしまったことに対してユウスケは自己嫌悪を抱く。

それを振り払い再びその周囲に目を移すと、バイクの近くに二つのデイパックが放置されているのが視認出来た。
まさか誰かが近くで自分たちを監視しているのかと考え耳を澄ますも、周囲からは物音一つ聞こえず、どころか気配すら一切感じることは出来なかった。
自慢ではないが今の自分の感覚を騙せるような参加者はそういまいと考えて、ユウスケは警戒を解き、一条に一言かけて彼を一旦背から降ろしそのままデイパックを拾い上げる。

誰が放置したにせよ、こうして置き去りにされてしまった以上、焼けて穴の空いた自分のデイパックの代わりとして使用させてもらうことに問題はないだろう。
そうして持ち上げたデイパックから中身を取り出しつつ、ユウスケはガタックゼクターの持つ支給品をそこに移していく。
拾い上げたデイパック、ユウスケは知るよしもないが紅音也という男のものだったそれの中には、響鬼の世界に存在するディスクアニマルの一つ、リョクオオザルと、バグンダダと言われるグロンギがスコアを記録する為のアイテムの二つが見つかった。

もう一つのデイパックからは鯛焼き名人アルティメットフォーム、というスーツが見つかったが、その大層な名前に反して装甲も薄くまた鯛焼きを焼く為の鉄板もない為に本来の用途ですらまともに利用できそうもなかった。
正直なところディスクアニマル以外は不要なものだったのでそこに置いていくことにし、ついでに自身が確認した限りの支給品が、全てデイパックの中にあるかを確認していく。

「よかった。これは落ちてなかったんだな」

そうして安堵の表情と共に破れたデイパックから彼が持ち上げたのは、自分に支給されていた友の愛用品、マゼンタカラーのカメラと、一条の同行者、照井竜に支給されていた光栄次郎の纏めた士の撮った写真を集めたアルバムだった。
士に会ったら渡そうと思ってずっと持っていたこれが、もし燃えたり紛失してしまっていたりしたら。
自分たちの旅の思い出の象徴でもあるアルバムとそれを写してきたカメラには、ユウスケとて並々ならない思い入れがある。

それが残っていた事実に隠そうともしない喜びの表情を浮かべ、彼は他にガタックのベルトと青いメモリ、ガルルセイバーといった重要な品が全てデイパックの中にあることを確認する。
そこまでを見て、恐らく消失したかもしれない物の中には取り留めて意識に残っている品はないように思われた為、彼は一つ息をついた。

「すみません。お待たせしました、一条さん」
「いや、この位構わないさ。それより君も歩き続けて疲れているんじゃないか?負担をかけている私が言うのも何だが、少しくらい休んでも……」
「いえ、大丈夫です。こうしている間にも誰かが傷ついているかもしれない。なら俺にこれ以上立ち止まっている時間はありませんし、五代さんの分まで頑張らないといけないですからね……俺に、休んでる時間なんてないですよ」
「――」

支給品の整理を終えガタックゼクターに再度デイパックを預けたユウスケは、楽な姿勢で座り込んでいた一条に声をかける。
一条は自分に休むべきだと言いたいのかもしれないが、そんなことをしている場合ではない。
もし休むとしても、一刻も早く一条を信頼できる参加者の元へ送り届けてからでなくては。

そうして話を終え再度一条を背に負ぶさろうと身をかがめた瞬間、ユウスケの耳に接近してくるけたたましい駆動音が届く。
徐々にこちらに向かってくるそれに思わず彼は身構え、一条と顔を見合わせる。
恐らくは一条も考えていることは同じだろう。

つまりは、今向かってきているこの参加者が、殺し合いに乗っているのか否かということ。
もし相手が殺し合いに乗っていたとしたら、今の自分に一条を守りつつ戦うという器用な真似など出来るだろうか。
かといって今の一条に戦いを強いるなど論外であったし、一人で離脱をさせるというのもまたアクセルの変身が解除された後の安全は保証できず危険な賭けには変わりない。

ではやはり自分も彼と共にバイクから逃れるか?
無理だ、ドラゴンフォームであれば逃げ切れる可能性もあるが、今の牛歩の如きスピードであれほど苦しそうな一条が、ドラゴンフォームのスピードに無事でいられる保証がない。
それに下手を打って逃げ切れなかった場合、クウガという自分の切り札を制限された状況で戦わなければならない可能性も生まれる。

身を隠せる遮蔽物の一切が存在しない焦土においては、最早彼らに残された手札は既に一つしかないようなものだった。
それは、ただ向かってきている相手が友好的な参加者であることを願い祈ること。
つまりは、この状況をあまんじて受け入れただ変身の準備だけは済ませてその場で立ち尽くすだけだった。

……無限にすら思える数秒の後、彼らの顔を久々に目にした人工的な光が照らす。
それに思わず目を顰めれば、同時エンジン音は止み距離にして20mほどの余裕をもって現れた参加者はバイクから降りたった。
ヘルメットを脱いだその顔に、暗中ながら友好的な気色が見て取れないことに対し必然的に覚悟を強いられた二人。

しかしそんな彼らを尻目に、男は悠然たる態度で歩みを進める。
何かを懐から取り出した男に対し、高まった緊張故か、変身して彼を抑えようかとユウスケにも半ば覚悟が生まれた、その瞬間。
掠れた声で二人の間に入る、小さな影が一つ。

「——渡」
「渡!?ってことはこの人がキバットの相棒の……」

キバットの漏らした名前に、ユウスケは思わず反応する。
キバットの相棒、紅渡。
重なり続けた不幸により殺し合いに乗ってしまい、そしてキバットとも絶交を宣言したという、かつての相棒。

それを助けてくれというキバットの願いを聞き届けてから、ずっと思考の片隅に存在した彼が今こうして現れたことに、しかしユウスケは喜ぶことは出来なかった。
キバットの情報ではただの気の迷いで殺し合いに乗ったとされていた渡の雰囲気は、最早そんな情報がキバットのただの贔屓目でしかなかったと判断してしまうほどに牙王やダグバのそれに似た殺気だったものになってしまっていたのだから。
話し合いでどうにか出来ればそれが一番ではあるものの、渡をよく知るはずのキバットすら困惑している様子を見れば、どうやらそれも難しいように感じられてしまうのは自分が警戒しすぎているわけではないらしい。

そうして渡に対しどうしようもない警戒を強いられてしまったユウスケたちに対し、突如現れたその影、キバットバットⅢ世に、一番の驚愕を示したのは他でもない渡本人であった。
手に持った何らかのアイテムを思わずその身の後ろに隠した彼は、しかし一瞬の躊躇の後ゆっくりと口を開いた。

「キバット、僕はもう渡じゃない。ファンガイアの王、キングだ」

キング。
それは、ユウスケも知るキバの世界において、自身の友ワタルに覚悟を決めさせるため敢えて悪を演じた、彼の父の名前でもある。
同時にこの場での第一回放送を担当した大ショッカー幹部の名前であり、そこで死亡が告げられた参加者の名前でもある。

あまりにも思い当たる節が多く、そしてそのどれに対してもそこまで良い印象を持てていなかったユウスケは、彼はただその名を継いだだけと知りつつ顔を顰めた。

「違ぇだろ渡、お前の名前はそんなんじゃねぇ。紅渡だ、親父さんから貰ったその苗字を捨てて良い訳ねぇだろ……」

叱責するようにも聞こえるキバットの言葉は、しかしその実ただの悲しみ遣り切れなさをぶつけるだけのもののように思えた。
しかしそれを聞く渡は、一切表情を動かすことはない。
まるで既にそうしたやり取りを一度終えているとでも言うかのように、彼の顔に張り付いた覚悟が霞むことはなかった。

しかしそれに怯むことなく、再度キバットはその口を開く。

「なぁ渡、世界を守りたいって願いがお前の優しさから来るものだって俺は知ってる。
けどよ、他の世界に住む人の、心の中にある音楽を無視できるほど、お前は器用じゃねえはずだろ?
今からでも遅くねぇ、俺たちと一緒に大ショッカーを倒して全部の世界を――」
「駄目だよ、僕はもう自分の世界だけを守るために他を犠牲にする覚悟が出来ているし……、何より例え大ショッカーを倒すとしても、それより先にやらなきゃいけないことがあるんだ」
「先にやらなきゃいけないこと……?」

疑問の声を上げたキバットに対し、渡は最早言い慣れたその名前を再び紡ぐ。

「世界の破壊者、ディケイド。彼がいるだけで世界は破壊に向かう。それを協力して倒すことこそが、仮面ライダーの真の使命なんだ」
「ディケイド……士を知ってるのか!?」

刹那、渡とキバットの会話にいきなり飛び込んできたのは、渡の様子を観察し続けていたユウスケであった。
思わずといった様子で驚愕した声を出した彼に対し、彼が今漏らした情報は聞き逃して良いものではないと渡は向き直る。

「貴方は一体何者です?ディケイドを知っているのですか?」
「あぁ、俺は小野寺ユウスケ。ディケイド……士は俺の仲間だ」
「俺がユウスケと一緒にいるのはこの加々美の兄ちゃんが持ってたクワガタが認めた、お前を助けてくれるかもしれねぇ仮面ライダーだからなんだ。
そのユウスケの仲間なんだから、きっとディケイドってのもそう悪い奴じゃねぇはずだぜ」
「善悪は関係ないよ。ディケイドはただ存在するだけで世界を滅ぼす事象に過ぎないから」

そこまで言い切って、対する渡も考える。
ことここに至って、初めて素面で出会った、ディケイドのことを元の世界より知っている仮面ライダー。
彼にはもっとたくさんの情報を聞かなければなるまい。

一方で、キバットの言葉にも渡は僅かな苛立ちを覚える。
ずっと相棒だったはずの自分の言葉よりも、少しの間行動を共にしていただけのその横の男が言うことの方を信用するというのか。
今更生じてしまった嫉妬のような感情が、渡を一層苛立たせる。

「……この情報は大ショッカー幹部のアポロガイストから直接聞いたものだし、あの状況で彼が嘘を言うとも思えない。
貴方はディケイドが世界の破壊者ではないと胸を張って言えるのですか?」
「それは……」

何の気紛れかそんな問いを投げた渡に対し、ユウスケは言葉を詰まらせる。
実際のところ、ユウスケにも士が本当に破壊者なのかどうか、世界の崩壊は彼によって引き起こされたものではないのか、などの疑問に対し、確信を持てないことは余りにも多い。
彼と共に旅をしている理由も正直士を信じたいと思った自分の気持ちに正直になっただけで、それを他人に説明するのは些か難しいものがある。

しかしそうして返答に困ったユウスケを頼りにはするわけにはいかないと判断したのか、キバットはその場を繋ぐように再び両者の間に入った。

「――ディケイドのことはひとまず後回しだ。
なぁ渡、お前の心の音楽は何て言ってんだよ、皆を守りたいって、誰も犠牲にならない道を探したいって言ってんじゃねぇのかよ?」
「全部を守るなんて出来ないよ、世界が一つになるまで僕たちは殺し合うしかない。もしもキバットがそれでも僕の前に立ち塞がるなら――」

言って、渡はデイパックから浮遊してきたサガークをその腰に迎え入れる。
それはつまり、戦闘の意思。
向けられた敵意に対し、キバットもまた動揺を隠しきれないながらも渡をその目で睨み付ける。

「馬鹿渡が……どこまで分からず屋なんだよ……!」

キバットは毒づくが、同時に今のユウスケと一条では渡と十分やり合うのは不可能だと知っていた。
いや、あるいはあの黒いクウガになれば渡に勝つことこそ出来るが……だからこそそれを恐れユウスケは本気で渡と戦う事は出来ないだろう。
かと言って、自分が力を貸すことはユウスケの負担にもなりかねない、とキバットは苦悩するしかなかった。

無言を貫く渡に、ついにキバットもかけるべき言葉を見失ったか、そのまま黙り込んでしまう。
きっと恐らくは、キバットが当初抱いていた渡との再合流はもっと、言ってしまえば明るい雰囲気の中で行われるはずべきものだったのだろう。
自分一人では説得など出来ないからそれが出来る参加者を探しユウスケを見つけたというのに、その本人が他人など気にしていられないような精神状態に陥ってしまったのだから、色々と間が悪いと感じてしまうのも無理もないことだった。

しかしその沈黙を自分への説得の終了として認識したのか、渡はゆっくりとユウスケに向け足を進める。

「——あなた、仮面ライダークウガ、ですね?」
「なんで、それを……?」

短い問いではあったが、それはユウスケにとって聞き逃してはならないものだった。
仮面ライダークウガ。
その名前を知る理由としては、幾つか思い当たる節がある。

しかし士や橘といった自分を知る参加者であれば仮面ライダーとしての名より先に小野寺ユウスケとして紹介されるだろうし、生身の自分を見てクウガの名前に辿り着く理由はいまいち思い当たらなかった。

「もしかして君……五代を知っているのか!?」

そうしてこの状況になって何度目かの当惑を示したユウスケの後方、庇われるように座り込んだままだった一条が、脇腹を押さえながらそれでもどうしても問わなければいけない問いを投げるかのように声を荒げていた。

「五代……えぇ、そうですね。もう一人の仮面ライダークウガのことであれば、知っています」

突然腹から声を出した為に傷が少し開いたか再度呻いた彼を気遣う様子もないまま、渡は続ける。
それに思わず傷を庇うことすら忘れ身を乗り出した一条の表情はしかし、目の前の青年が殺し合いに乗っていることを思い出しハッとする。
既に死亡した五代、それを知っている渡。

もしかすれば彼が……とどうしてもネガティブな方へと進みかけた思考の答えを、しかし一条は渡に問うことはしなかった。
それを問い、そして彼がもしも五代を手にかけてしまっていたら、それこそキバットの信じた彼との和解に、どうしようもない終止符を打ってしまうことになる。
少なくともダグバや牙王との戦いで力を貸してくれたこの気さくな蝙蝠の願いを、そんな形で終わらせることは、願わくばしたくはなかった。

しかし。
そうして再度黙り込んだ一条の代わりに、というつもりではないのだろうが、静かな怒りを乗せキバットが渡の目を見据えた。

「……なぁ渡。お前なんで五代って兄ちゃんのこと知ってんだ?
まさか、もう一人のクウガを……その兄ちゃんを殺したんじゃねぇよな……?」
「答える必要はないよ、キバット」
「ふざけんな!ちゃんと俺の目を見て言ってみやがれ!」

思わず俯き気味に答えた渡に、初めて動揺の表情が浮かぶ。
そう、この暗闇の中にあっても、はっきりとわかる。
渡はこの状況でキバットと会話を始めてから、一度も彼の目を直視できていない。

きっと、それがキバットがまだ渡を信じ続けられる理由。
自分がキバットと絶交してしまったばかりに彼がその片目を失ってしまったのだという自責の念が、どれだけひた隠しにしてもこうして浮かんでいること。
それこそが、彼の信じる渡の良心であり、彼の『心の音楽』というものなのだろう。

「いいや、僕は、もう一人のクウガ……その五代って人を殺したわけじゃない。ただ少しの間一緒に行動してただけだよ」

そして、そのキバットの圧に押されたか、渡は未だキバットを直視してこそいないものの五代との関係について口を開いた。
そして彼の言葉に再度身を乗り出し声を上げるのは一条である。

「五代と一緒に……?それは本当か!?それなら、教えてくれ、あいつはこの場でどういう考えを抱いて行動していたのか……」
「調子に乗らないでください。僕は決して貴方に情報を渡すつもりはありません」

しかし元の世界からの友人の情報に対し珍しく口数を多くした一条の言葉を、渡は“キング”としての口調で遮る。
それによって再び沈黙が支配した状況の中、またもキバットが渡に向き直っていた。

「なぁ、渡……五代の兄ちゃんの話は聞いてる。絶対に殺し合いに乗らない奴だってことも確信してる。
そんな兄ちゃんとどんな理由であれ一緒にいたならよ、お前だってまだ迷ってるってことじゃねぇのか……?それなら俺たちとまた一緒に戦おうぜ、その最中でお前だってきっと自分には他の世界の人間を切り捨てるなんてできっこねぇことに気付くはずだぜ……」

一方で、キバットから差し伸べられた和解の申し出――に見える羽をじっと見つめたまま、渡は思考を停止したかのように俯き続ける。
しかしもしも彼にキバットが信じた優しさが残っているというならこの手を取るだろうと疑いもせず、彼らは渡の答えを待った。
そしてたっぷりと数秒の沈黙が流れた後、渡は覚悟を決めたように再びその顔を上げた。

「——キバットは、本当に優しいね。
僕は君にあんなことをして、結局そんな傷まで負わせてしまったのに」
「馬鹿言うなよ、渡。俺とお前の仲だろうが。
また一緒にお前と戦えるってんなら、それだけでこんな傷あってねぇようなもんになるぜ」
「ありがとう、キバット。
君は本当に優しいし頼りになる、僕の最高の友達だったよ」

渡のその言葉に、嘘は一切含まれていないように思えた。
少なくとも今こうしてキバットの受けた傷による後悔と、その言葉によって取りあえずこの場は無事にやり過ごせるに違いない。
……少なくとも、彼らはそう思っていた。

しかしそんな彼らを前に、渡は再び『紅渡』から『キング』のものへと語調を変える。

「——だから、僕はやっぱり、君とは行けないよ。これで本当に、さよならだ。キバット」

その言葉と共に、渡は懐から取り出した罅の入った黒い石をユウスケに向けた。
それと同時その禍々しいオーラを放つそれが、この焦土を包むそれより深い闇を照射したことで、ユウスケの身は一瞬世界より消え失せた。
一切予想し得なかったその渡が放った闇にユウスケが反応することすら出来ず呑まれたのを見て、一瞬の驚愕の後キバットの怒号が飛んだ。

「——渡!てめぇぇぇぇぇぇ!!!!」

見ず知らずのはずの渡を信じ、救ってくれると言ったユウスケ。
その彼の好意に対し、かつての相棒がこうして攻撃で返したことに対し、遂にキバットの怒りも爆発する。
幸い、今の攻撃は致命傷を与える類いのものではないらしく、未だ闇に呑まれたままのユウスケは苦悶の声を上げ続けている。

であれば、まだ彼を助けられるかもしれないと、闇が放たれている渡の持つ石へ向けキバットは体当たりをしかけようとする。
それは後方で待機していたガタックゼクターも同様だったようで、デイパックをそのまま地に落とし主を守らんと渡へ向け神速の勢いで加速した。

「——サガーク、キバットバットⅡ世」

しかし彼らの攻撃は、一瞬で撃ち落とされる。
度重なるダメージ故呻いたキバットはしかし、次の瞬間自分たちを撃墜した存在について認識する。
ガタックゼクターを撃ち落としたのは自分も知っている、太牙が纏う鎧サガを管轄するモンスター、サガーク。

そして、自分を叩き落したのは——。

「と、父ちゃん……!」
「王の邪魔をするな、息子よ」

他でもない自分の父、キバットバットⅡ世であった。
小沢から彼がこの会場にいることこそ聞いていたものの、実際にこうして出会い、そしてその現在の所有者が渡であるという状況は、些か皮肉に感じた。
しかし、そんなことを考えていられる暇もない、今重要なのは、自分とガタックゼクターでは、ユウスケに何らかの危害を加えている渡を止められないということ。

では、自分たちにはもう残された手はないのか?
否、まだ一人、彼を助けられる存在が、いるではないか。

――ACCEL

「変……身ッ!」

照井の真似をしたのか、或いは単純に体調の関係でその程度の単語さえ流暢に言えないのか、どちらにせよ残る一人、一条が戦闘の意思を示したのだ。
一瞬でその身を赤い仮面ライダーのものへと変貌させた彼は、変身により強化された肉体を酷使して立ち上がり渡のもとへと歩みを進めていく。
彼がサガに変身すればガタックゼクターが石を破壊できるだろうという算段だったのだろう。

石さえ破壊できれば後の渡の相手は不本意ながらユウスケに任せれば、と。
確かにそれであれば今の一条でも仮面ライダーに変身した以上可能な行動であったはずだった。
そう、地の石が彼らの考えた通りユウスケを痛めつけ拘束するだけのものだったなら、それで万事解決に至るはずだったのだ。

「――ぐあッ!?」

周囲に、渡へ向け駆け出そうとしたアクセルの悲鳴が響く。
渡のデイパックなどからは一切増援など出現していないというのに起きたその声に、新手の出現を疑い振り返ったキバット。
瞬間その瞳に映ったのは、生身のままアクセルを押し倒し無表情で立ち尽くすユウスケの姿だった。

「ユウスケ……!?」

思わず絶句したキバットを見向きもせず、ユウスケはアクセルを渡から遠ざける様に立ちはだかる。
一体何事が、と困惑する中、唯一一人事情を把握している渡は、彼に向けその手に持つ石を翳し叫んだ。

「ライジングアルティメット!その男を排除しろ!」

渡の声に呼応するように、ユウスケの腰にアクセルにとっては見慣れた霊石、アマダムが浮かび上がる。

「これは……まさか君が五代を知っていた理由は……!」
「そう、その通りです。僕がもう一人のライジングアルティメット、いいえクウガを知っていたのは、この石によって操られているところを目撃したから。
それだけの理由です」
「そんな……五代が……!?」

渡の口よりもたらされたこの場での五代の動向にアクセルが驚愕を示し対処が遅れたその瞬間、彼の身は生身とは思えないほど鋭いユウスケの蹴りによって大きく吹き飛ばされていた。
元々限界を超えた疲労を溜めたアクセルはしかしその変身を根性で保たせ再度立ち上がるが、ユウスケにまともに反撃を出来ようはずもない。

「どういうこったよ……どうしてユウスケが一条を……?」
「この、地の石の力だよ、キバット」
「地の石……?」

一瞬にして訪れたその想像を絶する光景にただ戦慄を抱いたキバットに対し、渡はその手にもつ禍々しい石をひけらかすように見せつけた。
先ほどまで純粋にユウスケを攻撃する意図で用いられただけだと思い込んでいたその石に対し再度注目したキバットに対し、渡は再度それを掲げる。

「これは、ただ持っているだけで仮面ライダークウガの意思を奪いその姿をライジングアルティメットと呼ばれる形態に変化させるものなんだ」
「なんだと……?」
「これがあれば、僕は、いや僕たちはディケイドに勝てる。
病院での戦いでは見逃すことになったけど……この石とライジングアルティメットがこの手にあれば、今度こそ逃がさない。次は絶対にディケイドを……」
「……かよ」
「え?」
「――そんな、そんなことの為に、ユウスケの心の音楽を止めたって言うのかよ……!」

どこか恍惚とした表情で石について解説する渡に対し、キバットは怒りを込めた左目を向ける。
たった半日。
たったそれだけの短い時間で、あの優しい青年がここまで修羅に堕ちてしまうというのか。

それを思う度キバットは見えない何かがその身体にのしかかってくる様な錯覚を覚える。
しかし、それでも。
渡がもう自分の言葉を受け入れようとしないのだとしても、キバットに諦めるつもりはなかった。

物心ついた時からずっと一緒にいた親友、紅渡。
彼を見捨てる決断をそう易々と下せるほど、キバットという存在は上手く出来てはいない。
しかしそんなキバットを前にして、渡もまたようやく感情を露わに声を荒げた。

「知った様なこと言わないで!ディケイドは全ての世界にとって敵、いや悪魔なんだ!
それを倒す為には、ライジングアルティメットの力が必要なんだよ!」
「あぁ知らねぇな!お前がディケイドに対してどんなことを思ってるのかなんて!
どうしても俺を納得させてぇって言うなら、話して見やがれ!お前が俺と別れてから何をしたのか、どうしてそんなにディケイドを倒してぇのか!」

――必死だった。
渡の、こうと決めたら譲らない頑固な性格は、キバットもよく知るところである。
自分の力を頼らずに戦うと決めたら生身で一人でも戦いに向かおうとするし、深央のことだって加々美のことだって、自分に責があると思い込んだら後の考えを受け入れるつもりは一切見せない。

だから、そんな不器用な彼をよく知っているからこそ、キバットは少しでも彼の感情を揺さぶり彼に話し合いが出来るだけの“隙”を作り出させなければいけないと感じていた。
まずはそんな細々とした繊細な部分から突き動かさなければ、紅渡という男との喧嘩は成り立ちすらしない。
それを長い付き合いで知っているからこそ、キバットは渡に、彼自身の意思でこれまでの経緯を話させる道を選んだ。

そこに、一抹の希望を見いだせる可能性を信じて。

「……わかった。そこまで言うなら、君に教えるよ。僕が、君とあの東京タワーで別れてから出会った人のこと、そして得た情報の全てを」

そうして、渡は語り始めた。
少し前名護に語ったのと同じように、自分がこの場で裏切られた男のことと、そして何より彼の知る“紅渡”よりも今の自分が覚悟を決めなければいけなくなった理由を。

123:決める覚悟 投下順 124:紅涙(中編)
時系列順
115:喪失 一条薫
小野寺ユウスケ
121:Bを取り戻せ/闇切り開く王の剣 紅渡
津上翔一
擬態天道
左翔太郎
名護啓介



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最終更新:2018年08月07日 11:58