ステージ・オブ・キング(1) ◆.ji0E9MT9g



剣崎一真の首を切り落とし、彼の首輪を解析し始めて、既に1時間ほどが経過していた。
あれからすぐに橘と士の二人は病院のロビーであった場所に戻ってきてはいたものの、別段自分から不必要な会話をしようとはしなかった。
それは彼らが疲労しているのではなく、それだけ二人にとっての剣崎一真という男の存在が大きかったということに違いない。

しかしそんな状況とは言え、ただ解析を待ち続けるだけの選択肢は彼らに残されてはいない。
ただでさえ死者が刻一刻と増えていくこの戦場において、彼らにはもう仲間の首を切り落としたことにショックを受け続ける時間など、あるはずもなかった。
そして彼らが取りかかったのは、秋山蓮のものであった首輪の解体作業だった。

元々その技術力を見込まれてBOARDに加入した橘と地球に選ばれた天才であるフィリップ、そして多世界の知識を持っている士が、一堂に会し一つの首輪を食い入るように見つめている。
そうして意見を出し合った結果から言えば、フィリップの推測通り解体作業そのものは彼らが既に持ち合わせていた工具のみで可能なのものに過ぎないということだ。
ケースが外れ内部構造が露わになったその瞬間には、あまりの順調さに思わず拍子抜けしてしまった程度には、彼らは肩すかしを食らった気分だった。

だが、問題はここから。
流石と言うべきか、首輪の内部には彼らであっても理解が難しいほどの複雑な構造が繰り広げられていた。
首輪解析で表面上は分かったつもりになっていたはずの構造だというのに、それでもなおその想定を大きく超える技術力を実感してしまうのは、やはり大ショッカーの科学力の高さ故だろうか。

「見てくれ、二人とも。恐らくはこれが首輪の起爆装置だ。見たところこの爆弾自体単純な構造ではないようだけど……。
それに、この程度の爆薬では首元で爆発したところで仮面ライダーを殺すことなど出来はしないはず……一体どういうことだ?」

「……?待ってくれ、この横の装置と繋がっているようだが、これは何だ?」

「分からない、少なくとも、僕の世界にはないものだ。
……門矢士、何か心当たりはあるかい?」

フィリップの発したSOSに対し、士は数秒の間それらの機械に顔を近づけ神妙な顔をしていたが、しかしすぐにそれは確信めいたものへと変化した。

「――大体わかった。
この爆薬は魔石ゲブロン、それから補助装置のこれはライフエナジーに関係するもんだな」

「ライフエナジーと言えば、名護が言っていた、ファンガイアのエネルギー源か……。
魔石ゲブロンとは何だ?」

あたかも元から知っていたような様子で未知の技術について語り始める士に対し、橘はもうさして驚く様子もなく聞き返す。
士が、自分の知らない数多の世界についての情報を持っていることに対して、もういちいち驚きもしなくなっていた。

「魔石ゲブロン。グロンギのベルトに含まれている技術だ。
グロンギとしての力が強ければ強いほどゲブロンの持つエネルギーも強くなる。
つまり、強いグロンギを倒せばそれだけ大きな被害が生まれることになるって訳だ。
……首領代行をやってるらしいグロンギ、バルバの階級はラ。
グロンギの中でもゲゲルを取り仕切るゲームマスターの役割だからな、色々と都合良くてこの殺し合いにも利用された、そんなとこだろ」

言われて橘は、小野寺ユウスケに渡した第4号のスナップ写真集に載っていた見出しについて思い出す。
未確認生命体第41号との戦いにおいて、周囲3kmが爆発したという記事。
ユウスケに覚えがなかったところから考えて恐らくは未来のユウスケか、或いは五代雄介の戦いについて書かれたものなのだろう。

ともかく、そのどちらにせよ第41号が大爆発を起こしたのは4号の責任ではなく魔石ゲブロンとやらの作用によるものだったのだろうと、橘は結論づけた。

「……なるほど、それが含まれていれば確かに怪人と人間の首輪間に発生するだろう爆弾による致死性については説明出来る。
だが、変身者が本来想定されていない強化を遂げている場合もあるんじゃないのかい?
少なくとも秋山連のこの爆弾には、サバイブに変身したナイトを殺せるだけの威力があるようには見えない」

「そこでこの装置がライフエナジーを吸い取るって訳だ」

言って士は魔石ゲブロンに接続されている装置を指さした。
見ればそれはこの首輪の中では大きいと判別出来る内容で、ステンドグラスの一部のような装飾さえ施されている。
解析機による情報では得られなかったその存在に、フィリップが首を傾げる中、橘は閃きを得たようにその顔を勢いよく上げた。

「……そうか、ゲブロンの威力は強いグロンギであればあるほど高まる。
この装置で変身中に高まった俺たちのライフエナジーを吸い取ることで、如何に強い仮面ライダーであっても確実に殺せるようにしているのか!」

「まぁ、そういうことだ。もしかしたら変身中に意識しなきゃ気付かない位に首元に違和感があったのかもしれないけどな。
どっちにしろいつもはない首輪なんだ。違和感なんて覚えて当たり前って流してもおかしくない。
……現に今に至るまで俺たちは気付かなかったんだしな」

言い終えて、士は仰々しく椅子に腰掛けた。
足を組み背もたれさえ使わないその様子は極めて偉そうなものだったが、しかし今の会話における彼の貢献度を見れば文句を言う者もいなかった。

「――随分と、首輪の内部構造にお詳しいんですね?
まるで、その首輪を以前に見たことがあるかのようだ」

……否、一人だけ異を唱えるものがいた。
村上峡児、首輪に関する技術的な意見は何も言えない為にこうしてずっと黙りこくっていた彼が、士という個人そのものに意見を申し立てたのだ。

「ふざけたこと言うな。俺は見たものを見たまま言っただけだ」

それに対し少しばかりむすくれた表情で返す士。
忌むべき大ショッカーの内通者を疑うようなその言葉には、流石の彼であっても黙っているわけにはいかなかったというところだろう。
だが謝罪を申し立てる訳でもなくただ自分を睨む村上に対し、彼もまた一歩も退くことはなかった。

このままではどうしようもなくなると、フィリップが仲介を務めようとするが、それよりも早く声を上げる男が一人。

「……その位にしておきなよ、二人とも。
今ここでいざこざがあったって、誰も得しないでしょ?」

野上良太郎……いや、それに取り憑いているウラタロスである。
この場において村上とずっと行動を共にしていたということもあり、なるほど確かに村上の気を鎮めるなら彼が適任だろう。
だがそうして胸をなで下ろそうとしたフィリップをよそに、彼は一人不敵な笑みを浮かべ続ける。

「でも……僕もちょっと違和感あるってのが正直なとこかな。
君が色んな世界を旅してきたのは事実にしても、初見のはずの首輪の内部構造についてそこまで確信めいた物言いは普通出来ないと思うけど?」

その言葉に、村上すらも思わず振り返った。
この場を収めるだろうと予想されていたウラタロスの、裏切りにさえ思える言葉。
人を疑わない橘はともかく、フィリップもまた海東大樹が語る膨大な他世界の情報に触れた今、彼らならこの程度の情報は持っていてもおかしくはないとどこか感覚が麻痺していたらしい。

一転して士が弁明せざるを得ない状況が作り出されたことに、フィリップも驚愕する。
同時に、最早下手な擁護は一層空気を悪くするだけと察し、彼には黙って士の言葉を待つしか出来なかった。

「……知っていた理由は、分からない」

だが、沈黙の末吐き出された士の言葉は、嘘とするならあまりにも下手なものであった。
そして、やはりというべきか、それを受け鼻で笑うのは村上である。

「分からない、ですか。
あれほど雄弁に首輪の内部構造を占める特殊な技術について語っておいて、何故知っているかは自分でも分からないと?」

「門矢、一体どういうことなんだ?」

誰が聞いても怪しい士の様子に対し、橘でさえ弁明を求めていた。
先ほどまでの好調ぶりはどこへやら、少しずつこの場の雲行きが怪しくなっているのを、嫌でも感じざるを得ない。

「……俺には、夏美と出会う前の記憶がない。
なのに、俺が渡った世界に存在する、見たこともないはずの怪人や仮面ライダーの情報は知っている。
グロンギの言葉も、聞いたこともないのに話すことが出来た」

話し続ける士は、どこか不安そうに見えた。
あの傲慢な態度は自分自身への不信感を隠すための彼なりの手段だったのか。
初めて触れた士のナイーブな部分に、フィリップと橘は動揺を隠しきれない。

「だが……」

しかしそこで、士の悩むような表情は消え失せた。
後に残りこちらを見るその瞳は、いつもの彼のもの。
傲慢で……しかし強く正義を宿した、仮面ライダーのものであった。

「だが、俺が大ショッカーを潰すって思いは、嘘じゃない。
例え俺の過去がどんなものでも、俺は奴らをぶっ潰す!」

そして、士は再び自身の覚悟を表明する。
だが先ほどの疑念は未だ晴れてはいない、故に村上はなおも動じず口を開こうとするが。

「――嘘は言ってない、か」

おもむろに小さく呟いたウラタロスの言葉に、それを遮られた。
何を考えているか未だ掴みかねる彼の言動に皆の注目が否応なしに集まる中、U良太路は勢いよく立ち上がる。

「いやぁ、ごめんね、門矢さん。試すようなこと聞いたのは謝るよ。
ほら、僕って気になったこと聞かないと納得できない性質(タチ)でさ。
取りあえず嘘も言ってないみたいだし、これ以上聞いても空気が悪くなるだけだしね」

大きく手を広げ、わざとらしく自分の行動を詫び出すU良太郎。
その様子はここに来る前に彼に出会っていた士や、この場で長い時を共に過ごした村上から見ても理解しがたいものであった。
明らかに会話を切り上げようとする意図が透けている彼の行動に対し、村上は苛立った表情を隠しもせずに立ち上がる。

「待って下さい。まだ話は終わっていませんよ。
彼の知識量は大ショッカーに敵対するものとしては不自然なほどに多すぎる事くらい、あなたにも理解出来るでしょう?」

「……そうだとして、今ここで門矢さんを言い詰めてもそう簡単にボロは出さないと思うけど。
それに、村上さんだって首輪解除までの時間が悪戯に長くなるのはごめんでしょ?」

眼鏡をニヒルに掛け直しながら、U良太郎は笑顔を浮かべる。
その言葉を聞いて村上は、彼が先ほど述べた言葉は自分への同意などではなく、所詮彼が聞きたかった内容に会話の流れを上手く誘導出来るからそれを利用しただけに過ぎないということを理解する。
それに少しばかりの怒りも沸くが、今はそれ以上にこの村上峡児を前にここまでその狙いを気付かせなかった彼の手腕を褒めるべきなのだろう。

自分を容易く手玉に取れる相手だと思われるのは勿論癪だが、今はそれ以上に時間が惜しい。
首輪解除には技術以上にフィリップたちの信頼が第一必要条件となる現状、ここでいざこざを起こし彼らの自分への心象を悪くするのもただの無駄に過ぎない。
故に今村上に出来るのは、ただ士への疑念を残したままその場に改めて腰掛けることだけだった。

「――確かに。今は貴方の口車に乗っておきましょう、ウラタロス君。
しかしいつまでも私のことを都合良く利用出来るだけの存在などとは決して思わないことだ」

「当たり前でしょ、村上さん。
僕は今の今まで貴方を利用なんてしたつもりないしね」

どこまでも軽薄に聞こえるU良太郎との会話にいちいち付き合っているのに嫌気がさしたのか、村上は溜息だけを残して彼から視線を外していた。
それを見て「嫌われちゃったかな?」などと軽口を叩くU良太郎に対し、士は目を細める。

「……お前、何がしたいんだ」

「さぁね?僕の言葉の本当の意味は僕にしか分からないさ。
言葉の裏にはハリセンボン、千の偽り万の嘘。それが僕のモットーだから」

「はぁ、聞いた俺が馬鹿だった」

これ以上無駄話に付き合っていたら頭が痛くなるばかりだ。
そう思考を纏め士は勢いよく立ち上がろうとするが。

「――志村純一」

不意に声の調子を落とし真面目な口調で発せられたその名前に、思わず再度振り返った。

「君が、彼みたいな善人ぶった嘘つきじゃないかどうか、探りを入れて見ただけさ。
もう二度と、あきらちゃん達みたいな犠牲は出したくないしね」

どこか遠くを見つめ呟く彼の表情は、士からはよく読み取れない。
それでも仲間をーー或いは女性をーーみすみす自分が防げたはずの状況で二人も殺されてしまった東京タワーでの出来事は、未だに彼の心に残っているということなのだろう。

「お前……」

「勘違いしないでよ?僕はただ僕のやりたいようにやってるだけ。
どの言葉が本当でどれが嘘なのか、自分でちゃんと判断しなきゃ、後で痛い目を見ても知らないよ?」

「……いや、一応、礼を言っとく」

士がそう言うと、U良太郎はつまらなさそうに「どういたしまして」とだけ返し身体を翻した。
彼もまた彼で、軽薄な言葉の裏に幾らかの不安を抱えている存在らしい。
『電王の世界』を巡ってもなお知り得なかったその情報に、士もまた困惑を隠すことは出来なかった。

「——橘朔也、門矢士。剣崎一真の首輪の解析結果が出たよ」

そんな中、いつの間に移動していたのか、別室から一枚の紙を持ってフィリップが二人に声をかける。
それに対しお互いの顔を一瞥し、その後に一つ息を吐いてこれ以上物思いに耽って居られる時間もあるまいと二人は立ち上がりフィリップのもとに駆け寄った。

「これは、秋山や北岡のものと同じ……か?」

「らしいな。これで証明できた。首輪の種類は世界によって異なるわけじゃない。
種族によってその種類が異なるってことがな」

橘の言葉に、士も続く。
そう、剣崎の首輪を解析し得られた結果は、北岡や秋山の首輪のものと同じ。
つまり、人間の首輪に用いられている技術はどの世界の参加者のものであっても同じだということになる。

そして、キングフォームという形態に変身し徐々に人外になりかけていた剣崎の首輪が人間のものであったということは、少なくとも首輪の種類はそこまで細分化されていないだろうという推測にも繋がった。
とはいえこれはもう少し多くの種類の首輪を解析しないことには謎の多い事象であるし、今結論を出すのはあまりにも時期尚早であったが。

「——少なくとも、これで君の首輪も彼らのものと同じことはほぼ立証されたね、橘朔也」

「あぁ、キングフォームに変身できる剣崎の首輪がこれなら、俺のものもまず間違いなくこれと同種のものと見て間違いないはずだ」

「だが問題はフィリップだな、お前、確か地球の本棚とかいうものが頭の中にあってそこから自由に情報を読めるんだったな?」

「あぁ、この場ではいつも使ってる本がないから試せてないけどね。
残念ながら僕の首輪に余分な制限がかけられている可能性は大きいと思うよ」

淡々と、三人は考察を深めていく。
橘の首輪の解除に必要な材料はどんどんと集まっていること、そしてフィリップの首輪は特殊なものである可能性があり、そのまま解除出来るという訳ではないだろうことなど。
同様に士、そして多くのイマジンを憑依させ特異点として通常の人間と異なる特性を持つ良太郎も首輪が別の種類である可能性を述べたため、この場で首輪を解除するべき参加者として橘と村上のみが残ることとなった。

「さて、さっきも言ったが、これ以上ごちゃごちゃと話してても何も始まらない。
どうする?橘の首輪を解除してみるか?」

「あぁ、僕もちょうどそう思っていたところだ。
だが流石に秋山蓮のものを解体しただけでは首輪解除に確実性があるとは言えない。
少なくとも北岡秀一のものを解除してからでないとーー」

「――失礼、その前に一つ質問なのですが」

首輪解除班が見出した希望に沸く中で、村上はしかしその余裕を崩すことなく静かに手をあげていた。
首輪解除が遅延することは彼とて望ましくないはず。
その上でなおもこうして口を挟むということは、余程のことなのだろうか。

「どうしたんだい、村上峡児」

「いえ、少し気になったことがあったんですよ。
もし私の考えている通りなら、首輪というのは解除すれば全てが丸く収まるものではないように思えたものでしてね」

「どういうことだ?」

全く言葉の意味が分からないといった様子で返した橘に一瞥をくれてから、村上はわざとらしく立ち上がる。
その様子には既にU良太郎に翻弄されていた彼の姿は見られなかった。

「あなた方が立てた、首輪の装着者がより大きな力を持つ形態に変身した時、その力を逆に利用し首輪爆発の威力を高めるという仮説ですが……一つ疑問を抱きましてね」

「……勿体ぶるな、早く言え」

自信に満ちあふれた様子で話を続ける村上に痺れを切らしたか、士は少し苛立ったのを隠そうともしなかった。
それに対しまたしても不敵な笑みを浮かべながら、村上は振り返る。

「五代雄介、乾さんの変身したファイズを始めとして、数多の仮面ライダーをものともせず蹴散らしたという彼の首輪、それがすぐそこの禁止エリアに存在するというのに、その爆発の被害を我々は被っていない。
それどころか、その爆発について一切認知すらしていないというのは、些か先ほどの話と矛盾するのではないかと考えたものでしてね」

村上のその言葉に対する、五代を知る面々の表情の変化はそれぞれ違っていた。
橘はただ首輪の考察について気付かなかった点を指摘されたことに対する驚きを。
フィリップはあの心優しい五代雄介が操られしまいにはこんな殺し合いの犠牲になってしまった無念を。

そして士は……彼が最期に浮かべた笑顔を。
それぞれに抱いた種類は違えどどこか居心地の悪い心象を抱いた彼らに対し、しかし村上の言葉は止まらない。

「勿論、門矢さんの考察が間違っていると指摘したいわけではありません。
むしろこうは考えられませんか?
首輪の種類が分かれゲームが後半になるほど一定の参加者は首輪解除が困難になる。
それを避ける為の首輪に備え付けられた機能の結果ではないか、と」

「つまり……何が言いたいんだい?」

「つまりーー」

「――つまり、こういうことだよね」

村上が結論を述べようとしたその瞬間、思わぬところから予想だにしなかった声が降ってくる。
それに思わず5人が一斉に振り返る中、その視線を浴びながら発言した男はその両の手で血塗れた銀の首輪をぶらつかせながらニヤリと笑った。
この距離にまでその男が近づいていたことを誰一人として認識できなかったのは、単純なことだ。

その男が、『もう参加者が立ち入ることの出来なくなったはずの場所から現れ』、そして『参加者の証である首輪をしていなかった為に首輪探知機を潜り抜けた』為。
つまりはそう、彼はこの会場において最初の段階から参加者として数えられていなかったイレギュラー、大ショッカーの幹部として放送で名乗りを上げた男だったのだから。

「スペードのカテゴリーキング……!?」

「やだなぁギャレン、そんな長ったらしい呼び方やめてよ。
僕の名前はキング、一番強いって意味のキング。放送でもそう言っただろ?」

忌まわしき大ショッカーによる第一回目の定時放送において、幹部として殺し合いに参加していることを述べていたキング。
剣崎を馬鹿にし、数多の参加者の怒りを買った男が今、目の前に何の不思議もないかのような表情で突っ立っていた。

「……やはり、そういうことでしたか」

一方で、起きたイレギュラーに対し極めて冷静に村上は呟く。
まるでキングの存在すら予想出来ていたと言わんばかりのそれに同行者も面食らう中、フィリップは一人その意に気付いたようでハッとした。

「そうか、首輪にはライフエナジーを原動力とする構造がなされているんだ。
だから装着者が死亡すれば、その後はどれだけゲブロンがエネルギーを溜め込んでいても爆発は起きない。
禁止エリアで死亡した実力者の首輪が爆発して、生存者に被害が及ばないように……」

「そう正解!流石は探偵って感じかな。
褒めてあげるよ、ダブルの右側……それともサイクロンて呼んだ方が良いのかな?」

相変わらずニヤニヤとした薄気味悪い笑顔を絶やさず、キングは笑う。
だが彼の表情に反して、首輪についての考察を重ねていた面々の緊張感は高まっていく。

「……お前がこうしてここに来たのは、俺たちが首輪を解除しようとしていることに対して警告でもしに来たのか?」

そう、それは首輪を解除する上で考慮しなければならない出来事の一つであった。
つまりは、首輪を解除するというあからさまな大ショッカーへの反逆行為に対しての、制裁。
いきなり首輪を爆発するという可能性もゼロではなかったが、解析機などもある以上それはないだろうと彼らは高をくくっていた。

だがそれを踏まえた上でもなお、こうして考察が進んだ際に大ショッカー幹部が直々に現れたということは、今の彼らにとって決して楽観視して良い状況ではなかった。

「は?あー、違う違う、そんな面倒くさい役回り僕が進んでやるわけないじゃん。
僕はただ死神博士に頼んでこの最高に面白い殺し合いゲームに飛び入り参加させてもらったってだけ。
それに実際外しても何もないと思うよ。
首輪外すのくらい別に大ショッカーの皆もなんとも思ってないし」

そう、キングがここにいるのは、本当に単純な理由だ。
第二回放送直後に葦原涼、相川始の両名と交戦した後ゾーンメモリで彼が向かった先がE-4エリア、元々病院があった場所であったというだけのこと。
少々の間身体を休めた彼はクリアーベントを使用したまま士たちの首輪に関する考察を聞き、最も面白くなりそうなタイミングで変身を解きこうして姿を現した。

ただそれだけのことであった。
だがそれを分かった上でなお、キングについての幾つかの疑問は拭えない。
何故飛び入り参加出来たのか、この殺し合いの名目として世界対抗戦という形式のはずだったというのに、まだ滅びを確定していない世界からこうして新たに参加者を輩出してしまっていいのか……。

膨れあがる疑問を纏め切れていない士たちに反して、キングと同じく軽薄な笑みを浮かべてーーしかし彼と違いその瞳には怒りを秘めてーー声を上げる者が一人。

「まぁ、君がどうしてここにいるかとかは置いておいて……その首輪、何なの?」

U良太郎が、いつもの調子で、しかし隠しきれない嫌悪感と共にそう問うた。
彼の言う首輪とは、キングの両手に煌々と輝いている二つの血濡れたもののことだ。
それを聞いて、キングは待ってましたとばかりにその笑みを深める。

「あ、これ?これはね、ディエンドとクウガ……勿論ライジングアルティメットの方のだけど、その二人のだよ」

「誰のか、何て聞いてないよ。
僕が聞いたのは何でそれを持ってるのかってことさ」

何てことはないようにU良太郎は返しているが、先ほどの問いは明らかに今の答えを誘発する為のものでもあったということは、分かりきっていることだった。
だが、ただでさえ情報アドバンテージに優れるキングに、この会話の主導権まで握られてしまえば彼の掌の上で踊るほかなくなってしまう。
故にU良太郎はこうして彼の返答自体が過ちであったように錯覚させ無理矢理にでも会話の手綱を握る必要があったのだ。

「あぁ、そういうことね。
簡単なことだよ、ちょっとゲームでもしようと思ってさ」

「ゲーム……?」

「そ、ゲーム。
このままじゃギャレンの首輪が外れるのも時間の問題だろうし、その後にこうして芋づる式にディケイドの首輪まで解除されたら面白くないじゃん?
だから僕を倒さなきゃディケイドは自分の首輪もお仲間のもう一人のクウガの首輪も外せないってルールさ」

何てことのないように話すキングを見て、こうした輩には慣れているはずのU良太郎でさえ汚物を見るような表情で彼を見る以外になかった。
この男は、正真正銘の邪悪だ。
大ショッカーに少しでも世界選別という高尚な意図があるなら絶対にこんな男を仲間に迎え入れないだろうと思えるだけ、こうして彼と対峙した事に意味があると思うほかなかった。

「――したのか?」

「は?」

「そんなことの為に……海東と五代の首を切り落としたのか?」

そしてそんな邪悪に最も早く怒りを隠しきれなくなったのは、橘だった。
二人の首を切り落としたことさえゲームの為に必要な工程として終えた彼に対し、元々こうした状況で突っ走りがちな彼がこれ以上黙っていられるはずもなかったのだ。

「キング、お前は俺が封印する——!」

言うが早いか、彼は懐より取り出したギャレンバックルを腰に装着しキングに向け賭けだそうとする。
だがそうして怒りに任せた彼の肩は、士の手によって軽く止められていた。

「門矢ッ!?一体何を——?」

「落ち着け橘。あいつが今いる場所、多分禁止エリアだ。
そうじゃなきゃ生身で悠長に俺らをわざわざ怒らせるような真似はしない。
大方こういう風に俺らを煽って誰かが死んだ後に自分の放送を聞いてないのが悪いだの何だのと講釈たれるつもりだったんだろ」

「大ッ正解!流石ディケイド。
一人くらいは引っかかるかと思ってたけど、まぁそんなことで誰か死んでも面白くないもんね」

そう言って、再びキングは笑う。
まるでこの殺し合いに参加していること自体が楽しくて仕方ないというようなその様子は、ある意味でダグバの浮かべているそれよりも邪悪なように橘には感じられた。
キングに対し抱いた嫌悪感を隠そうともしない面々の中で、しかし士は努めて冷静を装い彼に再度向き直る。

「それより、お前のやりたいことも終わったんだ、さっさとそこから出てこい。
お望み通りお前をぶっ倒して、二人の首輪を渡して貰おうか」

士の言葉に呼応するように、そこにいる誰もが変身アイテムを懐から取り出し始めた。
それに一瞬キングは怪訝そうな顔を浮かべ……瞬間、ふと何かに気付いたようにまたニヤリと笑う。

「んー、それじゃあんまり面白くないからさぁ、ちょっと話でもしない?」

「なんだ、五人相手じゃキツいってか?」

「勘違いしないでよ。僕は一番強いんだから、お前らの相手くらい余裕だって。
だからこれはただの遊びだよ。少しの間話したら、すぐそっち行ってお前らと戦ってあげるからさ」

「……それもお前のゲームってわけか」

「さぁ、どうかな?」

減らず口をたたき続けるキングに対し、士は溜息をつく。
こうして無駄話を続けさせることでこれ以上首輪の解除を遅れさせる作戦かもしれないが、どちらにせよ彼の手に自分と同型の首輪があり彼が禁止エリアから出てこないことには何も始まらない。
もしも彼の言葉が嘘で話を延々と続けるようであれば適当なところで切り上げればいいと、士は一旦彼の提案を受け入れることにした。

「まぁどっちにしてもお前がそこから動かない限り俺たちも下手に動けない。
お前の話に付き合ってやるが……10分だけだ。
それを超えたらお前の話はもう聞かない。いいな?」

「10分ね、丁度いい制限じゃん。乗ったよディケイド。
10分超えても話が終わらなかったら僕の負け、んでそっちに出て行くよ」

士の提案に対しはしゃぐキングを見て、橘は改めて士を心強い存在だと思った。
合理的な考えを求める村上にファイズドライバーと引き替えに交渉を成功させ、その場その場の楽しみを優先するキングに対しても、こうして上手く条件をとりつけた。
彼がゲームという形態を愛する以上、ここで約束を交わした今10分以上話を続けるのはキングにとって何よりの屈辱であるはずだ。

どんな話を持ちかけられるにせよ、キングの話に終着点を設定したということは、つかみ所のないキングとの対話において極めて重要なことであった。

「さて、それじゃ話をしようか――世界の破壊者、悪魔、仮面ライダーディケイド……つまり、君の話をさ」

しかしそんな士を優位に進めていたと思われた会話の空気は、キングの一言によって淡くも崩れ去る。
士を指し述べられた幾つもの異名は、それぞれ門矢士を指すものと見て間違いない。
聞き逃すにはあまりに衝撃的なそれらを受け自身の背中に降り注いだ好奇の目に対し、幾ら経ってもどうしようもない嫌悪感を抱きつつ、士は再度キングを強く睨みつけた。

キングがディケイドに対し知っている情報は、士本人でも未知数である。
世界の破壊者として全てのライダーを破壊し回っていた事実だけを拡大されれば確かに自分への不信感は煽れるだろう。
だが、相手は第一回放送であそこまで剣崎を愚弄したアンデッド。

例えどれだけ話に真実が含まれていようと、面白おかしくこの場を掻き乱すためそれを利用することは容易に想像出来た。
その程度のことに気付かない仲間達ではあるまい。
もしも話の途中で明らかな嘘が含まれていればそれを指摘しても士ではなくキングへの疑心が膨れるだけ、つまりは彼に嘘をつく利点もなかった。

だが、だからこそ、士にはキングの勝利を見通したような笑顔が疑問に思えた。
それでも今はただ聞くしかない。
全ての判断を仲間達に任せただ聞くだけしか、彼に出来ることは残されていなかった。

……そして、士が時計を一目見るのと同時。
それを10分のタイムリミットの開始とみたか、キングはその口を開いていた。

「さてそれじゃ……まずはなんでディケイドが世界の破壊者なんて名前で呼ばれてるのかって話ね。
理由は単純。ディケイドの使命は全ての仮面ライダーを破壊することで全ての世界を救う旅をすること、だから。
そりゃ自分を殺しに来る存在なんて悪魔だし破壊者に決まってるよね」

彼が言う言葉は、規模の大きさに比べ明らかに軽い話し口だった。
だが、いやだからだろうか。
世界の崩壊などという気の遠くなるような話であっても、どこかすんなりと耳に入ってきているのを、彼らは自覚していた。

「でも、当のディケイド本人は旅の途中でそれぞれの世界の仮面ライダーを破壊せず、仲間になってその世界に訪れた当面の危機を回避しただけで世界を救った気になってたわけ。
……最初はね」

「最初は?一体どういうことだ」

「焦らないでよ。まだ話の途中なんだから」

悪戯っぽく笑ったキングに対し、周囲の注目は否応なしに高まっていく。
そしてそれを逃さぬように、彼は続けて口を開いた。

「で、そんな中途半端をしてたツケが回ってディケイドの仲間たちは消えちゃった。
別の世界のキバとかブレイドとか、響鬼とかね。
そこでディケイドは自分の使命に従って全ての仮面ライダーを破壊することにした。
全てを破壊することで、全てを新しく創造し直すために、ね」

言われて士は、思わず苦虫をかみつぶしたような心地を味わう。
出来れば思い出したくもないライダー破壊の旅。
勿論その過去から逃れられるとも思っていないが、それをこうして我が物顔で解説されるのは、流石に嫌悪感がある。

「ま、待ってくれ。それじゃ、別の世界の、ライダー大戦の世界にいた仮面ライダーたちが消えたのは、紛れもなく門矢が原因だと言うのか?」

「まぁアポロガイストが世界の崩壊を早めてたりはしてたみたいだけどね。
でも根っこのところではディケイドが原因ってのは確かだと思うよ」

そこまでを聞いて、思わず橘は目を伏せる。
仲間として信じたいと願った相手が、下手をすれば相川始よりも余程早急に対処しなければいけない存在だったとすれば、彼の心境も複雑だろう。
キングの会話を遮ってでも、この場で士を排除すべきかという迷いが一瞬でも生まれてしまったことに、橘は自分でも驚愕を隠せなかった。

「――でも、ディケイドはその後、ライダー破壊の旅という使命を終えて、一度死んだ。
本来時の経過と共に消えていく存在に過ぎなかったライダーと戦って、その存在を再び人々の記憶に留まらせる。
その為だけに存在する舞台装置は、出番が終わればお役御免さ」

記憶。
その言葉を聞いて最も反応したのは、勿論その為に戦い続けてきた良太郎であった。
時の運行を守り人々の記憶を繋ぐ電王の戦い……、ディケイドが行ったのも、或いはそれを世界に広げた派生だと言うのだろうか。

そして同時に思い出す。
ディケイドが世界の異常を直すための舞台装置に過ぎないというなら、時の運行を守る為に戦う仲間のイマジンの存在が、イマジンがいる未来と繋がらなくなった時点で終わってしまうのではないかというオーナーの危惧を。
刹那芽生えた、仲間と共に戦い続けることへの不安を抱いた良太郎に反し、キングはいきなり語調を明るくして面持ちを上げる。

「けど、こっからが泣けるお涙頂戴タイムさ。
役割を終えて忘れられていくだけのはずだったディケイドは、彼が旅の途中で出会った仲間たちが彼を“記憶”していたおかげでその存在を確かなものにした。
つまりは彼もまた破壊を経て創造し直されたってこと。
……こんなもんであってるよね?ディケイド」

明るく問うたキングに対し、士の表情は極めて険しいものだった。
その理由は一つ。キングがこの話をする利点が分からないからだ。
何故ならーー。

「――まさかこの程度の話を大ショッカー幹部であるあなたからされた程度で、我々の門矢さんに対する疑心を煽れるとでも?
もしそうであるなら、随分と甘く見られたものですね」

「――俺も、村上の意見に同意だ。
全てのライダーを破壊する旅の途中からならともかく、世界が崩壊する現象についての謎も解消された今、お前の口車に乗るはずがない」

何故なら、彼らは敵であるキングによってもたらされた不確定な情報のみで今まで仲間としていた存在を排除しようとするほど愚かではなかったからだ。
だが、それ故にだろうか。
キングが未だに浮かべている余裕の表情について、引っかかりは拭えない。

U良太郎もまたその疑問に行き着いているのか、発言はせずただ悩ましげにキングについて観察をし続けるのみだった。

(……ま、そりゃそうなるよね)

一方で、この状況に一切の動揺を見せずにキングは思う。
長々と話を続けてきたというのに、彼らが自分に抱いている敵意は一切陰りを見せない。
だが自分で課したタイムリミットが迫る中で彼が焦りを感じているかと言われれば、それは全くの間違いであった。

――何故なら、ここまでの反応を含め、全てはキングの思い通りに進んでいるのだから。

「……おい、話は終わりか?ならさっさとそこから出てこい」

「まぁまぁ焦らないでよディケイド。話の面白いところはここからなんだから」

あまりにも愉快な状況を噛みしめる為に一瞬口を閉ざしたのを会話の終了と見たか、士が時計を見やりつつ苛立ちと共に放つ。
それにより一旦の愉悦を中断し、再度キングは口を開いた。
今度は、士ではなく橘をその視界の中心において。

「ねぇ、ギャレン?君がディケイドを信じる理由ってさ、彼が全てのライダーにとっての破壊者だっていうのがもう終わった過去だから、だよね?」

「……?あぁそうだが……」

「――じゃあこの場で、彼がまた誰かを破壊していたとしたら?」

その言葉に、今度こそ全員がどよめいた。
正義を信じて戦っているはずの彼の口から、誰かを殺したなどという話を聞いた覚えはない。
もしも悪の怪人、殺し合いに乗った参加者を倒した結果として殺してしまったというなら、それを自分たちに隠す必要はないはずだ。

だから同時に、彼らの脳裏に思い出したくもない一つの顔が連想されてしまう。
彼らがこうして仲間となった理由の一つ。ここにいる場の全員が許されざる敵として認識した悪魔。
つまりは士が、志村純一と同じく仲間を出し抜き参加者を殺す者であったのではないかという疑念が、彼らに芽生えていた。

「いや待て!俺は第一回放送の後からほぼずっと門矢と行動を共にしていた。
こいつが誰かを殺すことの出来たタイミングなどーー!」

「――嘘はやめてよ、ギャレン。ディケイドが彼を殺した時、君は寝てただろ?」

言われて橘は狼狽した。
自分が気を失っていた時間、つまりは先の病院戦。
確かに戦況が目まぐるしく変わっていたというあの戦いでは、誰かを隠れて殺すのも容易かったはずだ。

「あなた方の言い争いは結構。
それより重要なことは、門矢さんが殺したという人物が誰か、ということだ」

その問いを受け、キングは勝利を確信した笑みを浮かべる。
あぁこの瞬間の為だけに、こうして病院に来てよかったとすら感じながら。

「ーーライジングアルティメット、五代雄介。
ディケイドが殺したのは、君たちが血眼になって救おうとした彼だよ」

その名前を聞いた瞬間、フィリップの中で思考の一切は停止した。
あれだけ地の石の危険性と五代を救いたいと願っていた彼が、他でもない門矢士が、あの五代の命を奪った張本人だと言うのか。
志村に引き続き、信じた仲間が人目に隠れ誰かを殺める悪魔なのではないかという、どうしようもない疑惑が彼を飲み込もうとする。

「ま、待ってくれ。五代雄介は地の石に操られていた。
ディケイドが彼を殺してしまったのもきっとそれに起因するやむを得ない状況でーー」

「――うーんまぁ、それは否定しきれないかな。
僕には首輪を通じた音声と映像しか届いてないから、ディケイドが何を考えてたのかなんてわかりっこないし。
でもね……」

震えた声で苦しいながらも士を擁護したフィリップに対し、少しの同意を見せつつ、キングはなおも余裕を崩さぬままに笑った。
それを受け、これ以上に彼に好き勝手に話させていては全てが終わってしまうと直感したか、U良太郎が食い気味に彼に切り込んでいた。

「いい加減要点を話しなよ。君の話は長くて眠っちゃいそうだ」

「えー何だよ電王、いきなり本筋だけ話しても面白くないだろ?10分の期限は守ってるんだし、とやかく言われる筋合いもないよ」

実際それは、U良太郎にとって突かれると痛い点であった。
話を10分だけに止めるための条件であったはずが、逆に彼の話に口を挟む自分たちがゲームに水を差す無粋な輩であるように錯覚されてしまう。
まさか士や自分がタイムリミットを課してくることまで読んだ上でこの場に現れたのだとすれば、なるほど見習わねばならない話術かもしれない。

「まぁいいや、じゃあこれが最後ね。
ディケイドの能力は9つの世界を代表する仮面ライダーの力を自分のものにすること。
それでクウガはその内の一人。
そして失われたその力を取り戻すための条件はその相手と心を通わせるか、或いはーー」

――ピピピピッ。
キングの話を遮るように、この場に似つかわしくない軽快な音が響く。
士の時計から放たれたその音は、この場で設けられた10分のタイムリミットが過ぎてしまったことを意味する。

つまりは……キングの負けだ。

「あーあ、時間切れかぁ。
まぁしょうがないね、決めたルールだし、これで話は終わーー」

「――いえ、まだ終わっていませんよ。
10分の期限はあくまで彼が話をするための時間。我々が彼の話を遮った分だけ、彼にはまだ時間が残されているはずだ」

気怠げに立ち上がったキングに対し、村上がその歩みを目力と、一見合理的に見える口調で止めていた。
だがそれを受け、吠えたのは、元の世界での因縁を含め、キングを敵として認識し続けている橘だった。

「村上!?お前まさかこいつの話を鵜呑みにする気か!?」

「勘違いしないでいただきたい。私は全ての事情を鑑みた上で自分で結論を出すだけ。
門矢さんを信じるか否かの判断は彼の話を最後まで聞いてからでも遅くはない、そうでしょう?」

――この流れは、まずい。
U良太郎が幾度となく潜り抜けてきた舌戦での経験が叫んでいる。
つまり最初に自分自身が課した条件を無視してそれ以上を望んでしまう。

ギャンブルや或いはウラタロスにとって最も身近なのは背徳感を伴う男女の関係においての駆け引きだが……ともかく、それらにおいて最もドツボにはまるタイプだ。
――自分だけは大丈夫、最初は我慢出来たのだから次に満足したら終われる。
そう自分に言い聞かせて、ずるずると気付かぬままに深みにはまっていくのを、ウラタロスは(主に騙す側にとってのカモとして)見てきた。

そうだからつまりは……このキングという青年に、自分たちはまんまとしてやられたということだ。

「そう?ま、そう言ってくれるならもうちょっとだけだし最後まで話しちゃおうかな」

ウラタロスの思った通りに、キングはこの流れを読んでいたようにあっさりと引き下がりもう一度その腰を下ろした。
彼の顔に浮かんでいる笑顔が、先ほどよりも自分たちを嘲るようなものであることに気付いているのは、恐らく自分だけだろうと思いながら。

「じゃあ話の続きね。ディケイドが自分の力を取り戻す条件。
それは、仮面ライダーの信頼を得るか或いは……該当するライダーを破壊することさ。
……ここまで言えば、後はもう説明しなくても分かるよね?」

そこまで言って、キングはもう口を開こうとはしなかった。
これ以上自分が彼らを煽っても、意味はないと判断したのだろう。
そして彼が入念に蒔いた疑念の種は……沈黙の中で発芽する。

「……まさか門矢が、自分の力を取り戻す為だけに五代を手にかけたというのか?」

最初に沈黙を破ったのは、橘だった。
言った瞬間U良太郎はこの場で築かれていた“和”の崩壊を感じ何か策を講じようとしたが……もう、全ては遅かった。

「待ってくれ橘朔也!ディケイドがただ五代雄介を手にかけるはずがない!
きっと彼は仲間の誰かを庇う為にやむを得ずーー」

「その根拠がないだろう!今門矢にクウガの力があるというなら、誰か他の奴に殺されその力を取り戻す機会を失うくらいならと考えても不思議はーー」

「橘朔也!」

フィリップの一層声を荒げた怒声に、ようやく橘は自分が敵の手中でまんまと踊らされてしまったことに気付く。
慌てて目を伏せ誰へともなく小さく謝罪を述べたが、もうそれで事がすまないことは、誰より彼が理解していた。

「――彼が言ったことに、間違いはありませんか?門矢さん」

再び生まれた数瞬の沈黙。
それを此度破ったのは、村上だった。
極めて抑揚のない、故に人間味を感じない彼の言葉に対し場の空気が今までにないほどの戦慄を見せていく中、士はゆっくりと振り返った。

「……あぁ」

彼にしては、酷く掠れた声だった。
それはウラタロスから見れば後ろめたいことを暴かれたことに対する恐怖ではなく自分自身のトラウマから来る心因的なものに思えたが、それに村上が気付くはずもない。

「そう、ですか。残念ですよ
――あなたは大ショッカー打倒において貴重な戦力だと思っていたのですが。
まさか、志村純一と同じ私を愚弄する卑劣な輩だったとは」

故に、事態は最悪を迎えようとしていた。
デイパックよりおもむろにオーガドライバーを取り出しその腰に装着した村上の動きに、迷いは見られない。
つまり彼は士を見限ったのだ。

事情はどうあれ自分に対し隠し事をしていた士を、狩る決意をしたのである。

「変身」

冷たく、村上が呟く。
それによりドライバーより発生した金色のフォトンストリームが彼を覆い、次の瞬間には彼の肉体は黒の鎧に包まれていた。
仮面ライダーオーガ。

東京タワーで志村に対し変身した時と同じように、彼が士に対し明確な殺意を持っていることを証明する鎧だった。
ヌン、という重いかけ声と共に振るわれたオーガの腕が、士に接触すると同時、彼はまともな抵抗すらままならずに彼方へと弾き飛ばされていった。

「ディケイド!」
「門矢!」

フィリップと橘が叫ぶ。
先ほどキングの弁舌に乗せられてしまった自分が言うのも何ではあるが、キングの狙いがこうした仲間割れにあったのは明らかな事実。
今優先すべきは士に対する処遇を急ぐことではなく、村上を止めることのはずだ。

「――危ないッ!」

だが、彼らがそれぞれの変身体勢を整えると同時、横から飛び出してきたU良太郎が思いきり彼らを押し倒していた。
それにより大きく姿勢を崩しながら、二人は見た。
今まで自分たちがいた場所を通過した斬撃の余波が、良太郎の右腕を、僅かに掠めたその瞬間を。

「野上!」

ほんの少し掠っただけだというのにその威力故かウラタロスさえ身体から弾き飛ばされ元の人格が表に出てきたのを見て、橘は改めて戦慄する。
これでは、まず戦闘は無理だろう、彼はこのたった一撃でこの戦いにおいて戦力外になってしまったのだ。
そして同時、ダイヤスートのカテゴリーキングも放っていたそれを今放てる存在など、この場に一人しかいないことも、理解していた。

「ちょっとちょっと!言ったでしょ?
話が終わったら僕がそっち行くってさ。君らの遊び相手は僕だって」

「キング……!」

相も変わらず不快な笑いを上げながら、キングがその姿を異形へと変え歩み寄ってくる。
先ほどまでは待ち望んだ瞬間だったはずだというのに、状況が一変した今となっては忌々しい以外に言葉の浮かばない最悪の状況だった。
とはいえここでキングはまだしも傷ついた良太郎をも無視して村上の下に行けるわけがないのは事実。

故に彼らはその手に再度力を手にした。
仲間への疑心を拭う為に、許されざる悪を倒す為に。

「変身!!」

――TURN UP
――OPEN UP

瞬間、二人の姿は変化する。
橘は最も使い慣れたギャレンに、そしてフィリップは先ほど志村のデイパックより回収したグレイブに。
フィリップがグレイブを選択したのは首輪のないキングを封印するためにラウズカードが必要なこと、そして変身できる他の形態に比べグレイラウザーという得物がある方が今のキング相手には有効だろうと考えた為だ。

「キング、お前はここで封印する……!」

「やってみなよ、出来る訳ないけどね!」

そのキングの憎まれ口が、彼らの戦いの合図だった。



125:魔・王・再・臨 時系列順 126:ステージ・オブ・キング(2)
投下順
123:決める覚悟 門矢士
村上峡児
野上良太郎
橘朔也
フィリップ
121:全て、抱えたまま走るだけ キング


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最終更新:2018年06月10日 00:09