ステージ・オブ・キング(2) ◆.ji0E9MT9g





舞い散る煉瓦の残骸の中で、オーガは闇の中その瞳を赤く輝かせてゆっくりと歩いている。
先ほどの不意打ちで相手が死んだとは微塵も思っていない。
攻撃が触れる直前、彼の腕が半自動的にマゼンタの光に包まれたのを見ていたからだ。

「――くッ!」

そして案の定、というべきか、舞った粉塵の中からマゼンタカラーの仮面ライダーが現れる。
なるほどこれがディケイドか。
そんな思考を抱くより早く、彼は自分に対し向かってくる声が複数重なっていることに気付いた。

「何――?」

それに対し驚く間も与えられず、オーガを取り囲む4人のディケイド。
それぞれ別個の動きをしている点から見ても、どうやら単純な操り人形というわけではないらしい。
厄介な能力を持っている相手だと思考するより早く、彼らは一斉にオーガに向けて斬りかかっていた。

しかしオーガは、さして狼狽する様子もなく向かって正面と右側に位置していた二人のディケイドの攻撃を同時にオーガストランザーで受け止める。
それにより半ば強制的に生まれた死角から二人のディケイドがそれぞれ飛びかかるが、その刃が届くより早く後ろ回し蹴りを繰り出しうち一人をもう一人に蹴り飛ばすことでやり過ごす。
一瞬とは言え片足のみで二人のディケイドを押え付けるのは難しかったか体勢は崩れ二つの刃がこの身に突き立てられるが、問題ない。

オーガの鎧の中でも特に強固な肩のアーマーでそれぞれ左右からの攻撃をやり過ごし、お返しとばかりに自身の持つ大剣を大きくなぎ払い無理矢理距離を突き放した。
その身から火花を散らし吹き飛んだ一人以外の分身が全て消滅したのを見やりながら、オーガは再び悠然と足を進めていく。
だがディケイドもただでやられるつもりはない、剣として使用していたライドブッカーを腰に戻しそこから一枚のカードを取り出した。

――KAMEN RIDE……FAIZ!

ベルトから発せられたけたたましい音声と共に、ディケイドの姿が自身にもなじみ深いものへと変化する。
一瞬思わずデイパックの中のファイズドライバーを奪われたのかと疑ったが、違う。
これがキングの言っていた、ディケイドの能力である9つの世界を代表するライダーへの変身能力なのだろう。

「ほう、なるほど。実に興味深い能力だ」

「ハアァァ!」

思わず感嘆の意を抱いたオーガに対し、ディケイドファイズは躊躇なくその剣を振るっていた。
それを先ほどまでと同じく易々と受け止めながら、しかしオーガは目の前の敵の驚異を今一度認識する。
勿論本来であればオーガに大きく劣るファイズのベルト、それだけであればこの姿は驚異たり得ない。

だが他にも様々な戦法がある中で選べる技の一つとしては、フォトンブラッドを用いるファイズは自分にとって非常に厄介な存在である。
他の世界の怪人もそれぞれの世界のライダーを苦手とするのであれば、なるほどそれらを限定的とは言え全て用いることの出来るディケイドは悪魔という他ないだろう。
とはいえ結局はフォトンブラッドをこちらに注入できる必殺技を使うだけの暇を与えなければいいだけのこと、故に冷静に対処すれば問題はない。

特にファイズはそれぞれのツールにミッションメモリーを挿入し規定の位置に収めエクシードチャージを完了しなくては効果的な一撃は放てないことを踏まえれば、一対一のこの戦いでそれほどの隙を見いだせるはずもあるまい。
そう、村上はどこか高をくくってしまっていた。
――或いは、こうして戦っている相手の姿がファイズであるということに最も踊らされてしまったのが他ならぬ自分かもしれないということにも、気付かぬままに。

「ヤアァ!」

威勢の良い掛け声と共に振るわれたディケイドの剣は、オーガストランザーに打ち上げられる形で防がれる。
得物が高々と空へ吹き飛んでいく様を見て焦りを感じたか追うように跳び上がったディケイドファイズを見て、オーガは勝利を確信する。
碌な防御態勢も取れない空中に無防備で飛び出したのだ、必殺の一撃を躱すことなど出来ようはずもない。

だがそうしてベルトへ向かうその指を止めたのは、ディケイドが見ているのが宙を舞うライドブッカーではなく、自分だったことに気付いたからだった。

――FINAL ATACK RIDE……FA・FA・FA・FAIZ!

高らかに放たれたその音声と共に、オーガの身に赤い円錐状のポインターが迫る。
刹那の判断でストランザーを構え直撃は避けたが、それでもなお本来のファイズの一撃に遜色ない一撃だった。

(まさか……カードさえあればメモリーもポインターさえ必要ないというのか!?)

この戦いが始まって何度目かの狼狽を示したオーガ。
その原因は、ファイズとディケイドファイズを同一視してしまった為のものだ。
油断ならないと感じておきながら自身のよく知るそれに対し生じた一種の慢心を、彼はすかさず突いてきたのだ。

これが偶然であるならともかく、わざとこちらに勝利を確信させる場面作りから考えても、なるほどこれは確かに大ショッカーも天敵として認識する他ないだろう。

(ですが……惜しかったですね)

そう、ここまで心中で彼を褒めておいて何ではあるが、結局のところ彼の奇策はこのオーガに届いてはいない。
如何にオーガを纏った自分であれど、オルフェノクに対し特効要素のあるクリムゾンスマッシュが直撃すれば敗北もあり得たが、しかしそこまでだ。
そして単純なフォトンブラッドの強さで大差の存在する通常のファイズとオーガが力比べをすれば、その結果は論ずるまでもないことだった。

「オアアアァァァァ!!!」

一瞬の拮抗の後、雄々しく吠えたオーガがその剣を振るった瞬間、ディケイドはポインター毎その身を吹き飛ばされていた。
それによりその身を通常のディケイドのものへ戻した彼は肩を大きく上下させる。
とっておきの奇策さえ難なく破られたことは、極めて彼にとって心労の溜まる展開だろう。

だが、だからといってオーガは攻撃の手を休めはしない。
剣を杖代わりに何とか立ち上がったディケイドに対し、ストランザーを振り下ろす。

――FORM RIDE……KUUGA!TITAN!

が、またしてもその姿を変えたディケイドが纏う銀の鎧に、難なく受け止められた。
そしてそのままライドブッカーをタイタンソードへと変化させた彼はオーガにその剣を突き付けようとーー。

「なるほど、これがクウガ。
五代さんを殺して得た力、ですか」

――その村上の言葉に、思わずその腕を止めた。
そして、そんな明らかな隙を見逃す彼ではない。
その身に迫った剣先をはね飛ばし、防御の態勢すら取らないディケイドクウガの身に幾度となくその剣を叩きつけた。

幾らタイタンの鎧が強固であっても、パワーに優れるオーガの攻撃をそう長く耐えられるはずもない。
数秒の後、ディケイドの身体が地を滑りその身を通常のものへと戻すころには、もう彼から抵抗できるだけの体力は残されていなかった。

「オーガを纏った私を相手にここまで戦ったこと……、素直に賞賛しましょう。
しかし終わりです。さようなら、門矢さん」

字面とは裏腹に情を一切感じさせない村上の言葉。
それにもう皮肉を述べる暇もないまま、ディケイドに向けてその鉄槌は振り下ろされていた。




「ハアァァ!!」

最早建物としての原型を留めていない廃病院の中に、二つの剣が触れ合った甲高い金属音が響く。
まともな競り合いさえ許されぬまま弾き飛ばされたグレイブに対し反撃を試みたコーカサスはしかし、左側から発生した銃声に反応しそのまま切り落として見せた。
銃声を認識してからそれに対処する規格外の実力にギャレンが戦慄を隠しきれない中、彼の横に何とか距離を取ったグレイブが並んでいた。

「大丈夫かい?橘朔也」

「それはこっちの台詞だフィリップ。
奴は強い、一人で突っ走るな」

言ってから、思わず強くなってしまった語勢を橘は悔いる。
この戦いが始まって既に5分ほど経過しているというのに、未だに自分たちはキングに有効打を一切放てていない。
無論カテゴリーキングを相手にするには今の手持ちのカードでは足りないというのはあるだろう。

だが、だがそれ以上に。
今の自分たちがキングに敵わない理由が一つ、橘の脳裏には浮かんでいた。
だがそれを言えば事態が好調するわけではない、どころか想像すら出来ないほどの惨事を招く可能性さえある現状、下手に口にするわけにもいかなかった。

「橘朔也!来るぞ!」

瞬間沈んだ思考に水を差すように叫んだフィリップの一声で、彼はその手のラウザーを構え直していた。
近接戦闘ではギャレンの本領は発揮出来ないとコーカサスの接近を阻む為に弾丸を乱射するが、それらは一切キングの体表に届かず彼の剣で遮られてしまう。
いよいよ持ってコーカサスとの距離が中距離を保てなくなったその瞬間、雄叫びと共にグレイブがラウザーを構えキングに立ち向かっていた。

「そう言えば今気付いたけどグレイブ死んじゃったんだね。
放送でちゃんと有利になるようにランキング隠蔽してあげたのに、間抜けな奴」

「君が指示したのか?同じ世界の参加者を庇う為に……!」

「まぁ殺害数ランキングは僕の考案したものだしね。
でも勘違いしないでよ?別にグレイブじゃなくても6人も殺してたらそりゃちょっとくらい贔屓するって。
――それに、放送だけで嘘がバレちゃうってのも、面白くないでしょ?」

「ふざけるな……!」

攻撃に全力を尽くしたグレイブに対し、彼など最初から眼中にないという風に言いながら、コーカサスは難なくその手を振るいグレイブを弾き飛ばす。
先ほどまではそれで彼は退いていたが……今回は違っていた。

――MIGHTY

剣を弾かれた彼はギャレンによる援護射撃を待つことなくグレイブの持つ唯一のカードを切る。
高まったエネルギーを剣先に宿した彼はそのままコーカサスの剣を逆に弾き、今度は彼の体表にその剣を突き立てていた。

「――プッ!」

だが、手応えが薄い。薄すぎると言っても良いほどだ。
だからだろうか、それを剣でも盾でもなく持ち前の甲殻だけで完全に受けきったコーカサスからは、失笑が漏れていた。
それに対し差し迫る危機を直感したグレイブは何らの対応を試みようとするが、ろくに回避することさえままならないままコーカサスの持つ大剣オールオーバーが、その身を切りつけていた。

「フィリップッ!」

想像を絶する痛みに思わずそのまま両膝を地に着いたグレイブに対し、四の五の言っていられる状況ではないとギャレンが飛び出す。
だがそれすらも……コーカサスの予想の範疇。
いやどころかグレイブから一転してギャレンにのみ神経を振り切ったようなその構えを見れば、これすらも奴の思い通りだったのだろうと、そう思うほかなかった。

「フンッ!」

勢いよく振り上げられた大剣にそのまま身体ごと持ち上げられたギャレンは、変身すら解除して勢いよく転がった。
一瞬の後自分の横にゴミのように投げ捨てられたのがグレイブの変身を解除されたフィリップだと気付くのに一瞬の猶予を要する程度には、彼は満身創痍だったといって間違いない。

「フィリップ!大丈夫か!?」

「すまない……橘朔也……」

謝罪を述べたフィリップの頭は、そのまま垂れ下がる。
もしや致命傷を負ったのかと一瞬心配するが、どうやら慣れない単身での戦いでダメージを負いすぎた為に気を失っただけのようだった。

「ハハハハッ!ダッサ!二人がかりでボロ負けしてやんの!」

「くっ……」

耳障りなキングの笑い声が鼓膜を刺激する中で、橘はただ悔し紛れに呻く。

(だが……何故だ?フィリップが元々戦いに慣れてないとは言え、二人がかりでここまで言いようにやられるなど……)

「あ、もしかして負けた理由とか考えてる?
なら簡単なことだよ、勿論僕が強いのは当たり前だけどそれ以上に……君たちが、こうして僕と戦ってディケイドを助けるっていうのが間違ってるかもしれないってそう思ってるから、だから弱いんだよ」

自分の心を見透かしたようなキングの言葉に怒りを露わにするより早く述べられた、時部達が実力を発揮しきれなかった理由に、橘は押し黙ってしまう。
自分たちが……士を助けることに疑問を抱いている?

「……その顔、よく分かってないって感じだね。
君も知ってるだろ?BOARDのライダーシステムは感情の昂ぶりで強くも弱くもなるんだ。
だから戦う理由に確信を持てないようじゃ、僕に敵うわけないって訳」

ま、もしそうなっても僕は負けないけどね、と付け足しながら、キングは笑う。
もしキングの言葉が正しければ、自分たちは士が五代を殺したのは力を取り戻す為に過ぎないという考えについて否定し切れていないというのか。
目の前の憎むべき敵が吐いた情報に、村上と同じく踊らされていると言うのか。

生じてしまった疑念は、士へのものではない。
仲間として例え薄暗い過去があったとして信じてみせるといったはずなのに仲間を信じ切ることが出来ない自分自身への憤りだ。

「クソッ、こうなったら……」

だがそうして打ちひしがれていても、何も事態は好転しない。
いよいよ後のなくなった橘は、その懐に手を伸ばす。
現在持ちうる最強戦力であるそれを使えば、迷いなど関係なくキングを倒せるに違いないとそう信じて。

だが、それは叶わない。
懐に確かに忍ばせていたはずの切り札、それがあるべき場所から跡形もなく消えていたからだ。
焦る橘を前に、コーカサスは最早興味を失ったようでその身を青年のそれへと変える。

「――君はもう少し遊べそうだし、今は助けてあげるよ、ギャレン。
その代わり、これは戦利品ってことで」

「なッーー!」

橘が驚いたのも無理はない。
今キングの手に握られているアイテムは二つ。
今フィリップから無理矢理奪い取ったグレイブと……自身が持っていたはずの、ナイトのデッキだったのだから。

「さっき吹っ飛んだとき落としてたから拾わせて貰ったよ。
これで君は万事休すかな?」

「いや、まだだ……まだ俺は戦える!」

叫んで、橘は天に手を伸ばす
それによって虚空から現れた黄色のゼクターを掴み、その腕のブレスに装着しようとして、見た。
キングが自分から興味を失い、彼方へと視線を向けているのを。

追随するように反射的にそちらを見た橘の視界には闇が広がるのみ。
或いはアンデッドの視力だから視認できたのだろうか。
と、そこまで考えて、今はそんなことをしている場合ではないと思いきり振り返るが。

「何……?」

そこにはもう、誰もいなかった。




「痛……!」

既に廃墟と化した病院の床に横たわり苦悶に顔を歪める青年の名は、野上良太郎。
先ほどキングより受けた腕の傷によって、行動を阻害され戦闘は愚か後方支援さえままならない状態であった。

(大丈夫?良太郎)

(全く亀の字、無茶しすぎや。幾ら橘たちを助ける為とは言え……)

(僕は大丈夫だよ、ウラタロス、キンタロス。
それに橘さん達を助けられたんだから、この位なんてことないよ)

脳内で二人と会話を繰り広げながら、良太郎はその右腕を押さえる。
正直、痛い。
修行を始め、一人でイマジンと戦うことさえ増えてきた最近を踏まえても、痛いものは痛かった。

だが、泣き言を言っていられる時間はない。
士も橘たちも戦っている今、例え並んで戦うことは出来なくても、自分に出来ることはきっとあるはずだから。
そう考え、視線の先にいる村上と士の戦いを収めようと彼は立ち上がる。

(良太郎……ディケイドのこと、信じてるわけ?)

(何や亀の字、お前はディケイドが嘘をついとると思っとるんか?)

(うーん、僕もキングって奴の口車に乗るのは癪なんだけどさ。
でも正直完全に無視して良い意見とも思えないんだよねぇ。
それこそほら、僕らもディケイドが求める力の一つのはずだし、下手打つと僕らも危ないかもしれないしさ)

しかしそんな彼の足を止めたのは、再び脳内に響いた友の声だった。
驚愕を隠せない様子のキンタロスに対し、あくまで理路整然と返しながら悩ましげに首を傾げる。
それに思わず面食らって……しかし、答えには一切迷わず良太郎は返答した。

「うん、信じてるよ。士は、そんな人じゃないって。
五代さんって人を殺しちゃったのが本当でも、自分の力の為に誰かを殺せるような人じゃないって、僕は信じたいんだ」

言って良太郎は、走り出す。
腕を庇うことさえ忘れた彼の目は、真っ直ぐだった。
そしてもう長い付き合いになったイマジンズにとって……それはもう一切の議論の終了を意味していることくらい理解出来ていた。

(――お前の負けやな、亀の字)

(いちいち言わないでよキンちゃん。
……まぁでも、こうなった時の良太郎は何言っても聞かないしね)

どこか呆れたような言い草ながら、同時に彼らは今の良太郎をこれ以上なく心強く感じていた。
彼が自分の直感を信じ行動した時、その多くは誰もが予想しなかった最高の結果を導く。
だから、彼らも信じたいのだろう。

仲間割れさえ起きている今の状況を、良太郎なら何とか出来るのではないかと。

「オーガを纏った私を相手にここまで戦ったこと……、素直に賞賛しましょう。
しかし終わりです。さようなら、門矢さん」

「――待ってッ!」

ーーそして彼は、間に合った。
まさしく絶体絶命、村上がもう後戻り出来なくなるその瞬間、振り下ろされた大剣から、ディケイドを庇うようにして村上の前に再び立ちはだかったのだ。

「良太郎……お前、なんで……」

ディケイドが、息も絶え絶えに名前を呼ぶ。
しかしそれに満足に反応することも出来ない。
今少しでも動けば、オーガの持つ大剣に触れ切り裂かれるのは自分だ。

だが……そんな状況の中でもなお、良太郎の目は数時間前と変わらず真っ直ぐに村上を見据えていた。

「……また、貴方ですか、野上さん。
全く、何度私の邪魔をすれば気が済むのですか?」

「貴方が……人を襲わなくなるまでです。
それまでずっと、僕は何度だって貴方を止める」

「フッ……全くご立派な考えだ。
まさか力を得るために他者を手にかけた男さえ庇おうとするとは。
背中から刺されるまでそうやって誰もを信じる御つもりですか?」

「士は……自分の力の為に誰かを殺すような人じゃない
だってもしそんな人なら、乾さんを助けたりしないし、剣崎さんの遺体の首を切る時にだって泣いたりなんて、絶対しないと思うから」

村上の皮肉にも、良太郎は一切退かない。
どころか士の内面に気付かない村上の方が愚かだとすら言うように、言葉を続けていく。

「それに、士が貴方の言うような人なら、僕はこうして立ってられないと思います。
僕だって士が欲しいはずの力を持ってる。
僕を殺せば電王の力が手に入るはずなのに、それをしようとしない。
……これでも、士を信じる理由にはなりませんか?」

「なるほど……面白いご意見だ……」

言って、オーガは少し考え込むように沈黙し、しかしその殺意が弱まることは、なかった。

「つまり逆に言えば貴方を殺せば、ディケイドは全ての力を手に入れることが出来なくなる、と?」

「そういうことになります。
でもそんな理由で僕を殺すつもりなら、その代わりに、士のことは信じてください。
それなら僕はーー」

いつもの口数少なく朗らかな雰囲気はどこへやら、良太郎は生身で、手負いですらあるのに雄弁にオーガに立ち向かう。
その右腕から流れ続ける赤い血が袖を濡らし地に落ちていくのを見て、士はもう耐えられなくなっていた。

「良太郎!もういい!俺のことは放っといてお前は逃げろ!」

「――逃げないよ」

しかしようやく整った息を全て吐き出し懇願したディケイドに対し、良太郎は静かに返す。
それに面くらい一瞬場の空気は止まるが、それを一切気にせず良太郎は再び口を開いた。

「僕は弱いから、こんなことでしか役に立てないけど……でも、目の前で絶対に間違ってることが起きてるなら、止めたいから。
だから士も……僕を信じて?」

「良太郎……」

そう言った良太郎の瞳は、決して諦観したそれではなかった。
どころか絶対にこの物事が良い方向に向かうと確信しているようなその眼は、強かった。
数時間前に村上に立ち向かったあの時と同じかそれ以上に強いそれを見て、もう士に二の句を繋ぐ事は出来なかった。

「……全く貴方は、本当に不愉快な方ですね。
貴方といると、私はどうにかなってしまいそうになる。
ですがーー」

言いながら、オーガはその手に持った大剣をゆっくりと降ろす。
それにディケイドすら戦慄する中で、彼はもう一度小さく溜息をついた。

「――今回は、この程度で見逃すことにしましょう。
しかし門矢さん、どんな理由であれ次に貴方が人を殺めた時は、私が貴方を裁きます」

「……あぁ、分かった」

ディケイドの了承と共に、オーガは今度こそ足を翻し二人に対する殺意の発露をやめる。
それにようやく張り詰めていた緊張の糸が緩んだのを見て、瞬間良太郎は身を翻しディケイドに手を差し伸べていた。

「……大丈夫?士」

「お前……なんで俺の為にここまで出来る?
もしかしたら殺されてたかもしれないんだぞ」

士が問う声には、心配とそして僅かな怒りが込められていた。
幾ら自分を守る為とは言え生身でこうして身を挺すのは一歩間違えれば死んでもおかしくなかったのだから、その怒りも当然だろう。
だが良太郎は、それに対し再び所在なげに笑うだけだった。

「だって、士には、前に助けられたし。
それに、僕にはどうしても君が自分から進んで誰かを殺せるような人には見えないから」

「……それだけか?たったそれだけの理由で、あそこまで……」

「言ったでしょ?僕は弱いかもしれないけど、間違ってることが目の前にあるなら、絶対に見逃せないから」

――やはりこの男は強い。
どれだけ論理を重ねたところで、彼は自分が信じるものの為に命を賭けて戦う事ができる。
変身さえしていなくても、傷を負っていても最善の結果のために自分の身体を放り出せる存在だ。

恐らく、彼の身体に憑依しているイマジンたちがここに至っても一切その姿を見せないのは、良太郎が彼らを拒んでいるのではなく、本当に良太郎を信じているのだろうと士は思った。

「ん?」

瞬間、ライドブッカーより複数のカードが飛び出してくる。
電王の力を宿したそれは、良太郎と交友を深め彼と信じ合えたことを意味する。
それを再度ブッカーに戻しつつ、ディケイドは目の前の男の強さを再度心に刻みつけた。

一方で、良太郎が自分の傷を押してディケイドを気遣う声を聞きながら、オーガの鎧の下、村上は一つ溜息をついた。

(本当は、野上さんごと門矢さんを殺しても構わないのですがね……)

それは、良太郎へ無言で向けるヘイトを込めたものだということに、恐らく本人は気付くまい。
だが、士だけならともかく、良太郎まで殺したとなれば首輪解除において自分がより一層警戒される形になるのはほぼ確実。
ここまで好調に物事を進めてきたというのに、その立場を捨てるにはあまりにも惜しいという、ただそれだけの自益を考慮した考えが村上にこの場での殺害を控えさせていた。

(まぁ、幸い門矢さんは現状全力を出したところで私には遠く及ばないようだ。
或いは大ショッカーに挑む戦力が幾らか減るかもしれませんが、どちらにせよ貴方のような不確定要素はなるべく排除しておきたい。
身の潔白を証明するつもりがないなら、むしろ誰か適当な輩を手にかけて欲しいとすら思いますよ)

表には一切出さないものの、極めて冷酷に村上は士を評価する。
次に誰かを手にかけたときは一切の容赦なく、今のように邪魔者が介入しても自分を愚弄した愚か者は殺すことを決意しながら。

「よし!そうと決まれば次はあのキングって男や!
あいつを倒して大ショッカーについての情報を……って痛たた……」

「お前は下がっとけ。良太郎の傷がこれ以上広がったら困るからな」

「アホ抜かせ、こんくらいの傷なんてことない。
俺が速攻で終わらせたーーる?」

和服姿になった良太郎、K良太郎の言葉は、不意に途切れる。
それに不審を抱き皆が彼を見た。
ディケイドが、オーガが、そしてK良太郎本人も。

だが、何が起きたのか、誰にも気付くことは出来なかった。
――K良太郎の黄色を基調とした服が、腹を中心に下半身を急速に赤に染め彼が身体を仰向けに倒すその瞬間まで……誰も、何が起きたか理解できたものはいなかった。

「良太郎ーー?」

ダメージ故かキンタロスが弾き出され良太郎へと身体の主導権が渡ると同時、ディケイドはほぼ反射的に彼の元に歩み寄っていた。
周囲を見渡すも、襲撃者の姿は見られない、そう“見られなかった”。

「はぁ。マジでさぁ、そういうのウザいって言ったよね僕。
放送でちゃんと『口先だけの正義の味方とか無駄なだけ』って」

「キング……!」

だが虚空より響いたその声に、彼らは襲撃者の正体を把握する。
そして名を呼ばれたからか、或いは勝利宣言の為か、突如現れた緑の仮面ライダー、ベルデを、ディケイドは強く睨み付けた。



126:ステージ・オブ・キング(1) 時系列順 126:ステージ・オブ・キング(3)
投下順
門矢士
村上峡児
野上良太郎
橘朔也
フィリップ
キング


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最終更新:2018年06月10日 00:11