忘られぬmelody! ◆.ji0E9MT9g


 ——目を覚ますと、そこにあったのは見覚えのある白い天井だった。
 最早安心感さえ覚えるそれを見て、左翔太郎はゆっくりと身体を起き上がらせた。
 気怠げな身体、微睡む意識、それらを何とか制して彼は頭を振って状況を整理しようとする。

 「そうだ……俺は、ダグバと戦って……」

 そしてそれからすぐ、彼の眠気は吹き飛ぶ。
 この会場で行われている凄惨な殺し合い。
 気を失う前、自分はそれを楽しむイカレた男、ダグバと戦っていたはずだ。

 奴の変身した金色のブレイドに自身も同じく変身し、突如現れた黒い仮面ライダーと協力して奴を打倒した、はずだった。

 「思い出した……。その後あいつを追おうとしたところで変身が解けて、急に疲れが……」

 ダグバは何のことなく使っていたが、自分にとってあの金色のブレイドはあまりにも強大な力だったらしい。
 今でも重くのしかかる疲労は、体力が自慢の翔太郎を以てして無視出来るものではなかったが、しかしだからといって二度寝をしている時間もない。
 自分の身体にいつの間にやら施されていた処置の数々に仲間への感謝を抱きつつ、痛む身体を押しベッドから舞い降りて、身嗜みを整える。

 ご丁寧にベッドの横に揃えられていた靴を履き、鏡の前に立つ。
 処置のしやすいように、またそれを着たままで寝て皴にならないようにと脱がされ、ご丁寧にハンガーにかけられていた自身の一張羅を手に取り、土埃を軽く落とす。
 風都に存在する有名ブランド、ウィンドスケール製のそれを見て、しばし恍惚としたような表情を浮かべ……その後に包帯の上からスーツに袖を通し、申し訳程度ではあるが手串で髪を整え帽子を被る。

 と、その前に、帽子の中に息を吹きかけて溜まった埃を飛ばし、軽く形を整えるのも忘れない。
 帽子をかぶる男の中の男たるもの、こうして手入れの手間を怠ることはしない。
 例え特上の帽子であれど、この手間を面倒に思い手を抜いた時点で、その帽子が放つ輝きは失われる。

 帽子は、そしてそれに似合う男であることは翔太郎が信じる男の中の男の条件の一つだ。
 こんな状況とは言え、決して蔑ろにしていいようなものではない。
 そうして最後に鏡を頼りにネクタイもきっちりと決めて、これでようやく“ハードボイルド探偵”の出来上がりだ。

 (こんな状況とは言え、決められる時に決めなきゃハードボイルドの名が泣くぜ)

 そうして鏡に向けてキザっぽくポーズを取る。
 これが、彼なりのルーチンだった。
 仮面ライダーであることは勿論だが、それ以前に彼は自身が愛する街の顔役、鳴海探偵事務所の若き敏腕探偵、左翔太郎だ。

 そうして長年街の為に二つの顔で戦ってきた彼にとって、こうして外面を整えるのもまた重要なファクターの一つであった。
 そう、何も心配はいらない。
 今、鏡に映っているのは、誰が見ても完璧なハードボイルドの化身、街の顔役に相応しい探偵事務所の若きエースの姿なのだから。

 「フッ、やっぱりハードボイルドはこうでなくっちゃな。後は起きがけのコーヒーでもあれば完ぺ――」

 「あ、翔太郎、もう済んだ?なら翔一が『お茶を淹れてるんで、冷めないうちに飲んで下さい』って」

 「そうそう、温かいお茶は冷めないうちに飲まなきゃな――っておぉい!」

 「うわっ!……いきなり大声出さないでよー」

 翔太郎の勢いの良いノリツッコミに、総司はビクリと反応する。
 とはいえその顔に浮かんでいるのは恐怖や困惑ではなくただの呆れたような困り顔だったが。

 「あぁ、すまねぇ……じゃなくて!総司、いたんなら声かけろよ!一人だと思って思い切り格好つけちまってたじゃねぇか!」

 「それはいつものことだと思うけど……」

 「違ぇよ、断じて違ぇ!いいか、ハードボイルドってのは帽子の下に感情を隠す、男の中の男の生き方なんだ。そんなそこかしこで格好つけてたらまるで俺がハードボイルドじゃねぇみたいじゃねぇか!」

 「うん。……違うの?」

 「違ぇぇぇぇよ!!!まさかお前まで俺が……」

 そこまで大声で抗っている時点で明らかに彼はハードボイルド探偵などではなかったが、ともかく。
 瞬間、翔太郎は何かをふと思い出したように顔を伏せ言葉を途切れさせる。
 全くの悪意なく素で彼を煽っていた総司も、その様子に一転心配そうに顔を覗き込んだ。

 「……どうしたの?翔太郎、もしかして、傷が開いた?」

 「いや、そうじゃねぇ。ただ、思い出しちまってな。ハードボイルドを目指す半人前の俺に、亜樹子がつけてくれたあだ名を、よ」

 それを聞いて、総司はハッと思い出す。
 亜樹子、鳴海亜樹子。
 その名前は先の放送で呼ばれた、翔太郎の仲間のもののはず。

 こうして何気ないやりとりの中に、どうしても彼女を思い出してしまうのは、鳴海探偵事務所で彼が過ごした時間を思えば、仕方のないことなのだろうと総司は思った。

 「……ハーフボイルド、半熟野郎ってさ。変だよな、ちょっと前までは拭いたくてどうしようもなかったはずなのに、今は何となくそれをする気にもなれねぇ」

 総司には、彼にかける上手い言葉が見つからない。
 きっと彼にとっての鳴海亜樹子は自分にとってのひよりにも匹敵する大事な存在で……いや、その話は無意味だろう。
 ひよりはひより、亜樹子は亜樹子だ。

 彼の今の気持ちをひよりと自分に例えてなまじ理解しようとすることこそが、彼に対する最大の侮辱にあたるのではないかと、総司は思った。
 そうして流れた沈黙の後、翔太郎はただもの悲しげな表情で立ち尽くす総司に気付いたのか、わざとらしく笑顔を作って仕切り直す。

 「悪ぃ、らしくねぇよな、こんなの。あいつについて悲しむのも、こんな風に色々考えんのも大ショッカーを倒してからだ。じゃなきゃあいつの言う半人前にもなれやしねぇ」

 行こうぜ、と小さく続けて彼は病室を出て行く。
 その表情は帽子に隠れ総司からはよく見えなかったが……だからこそ、だろうか。
 今初めて、総司にも翔太郎の憧れる“ハードボイルド”が、少し分かったような気がした。


 ◆


 「――名護さんが記憶喪失かもしれない?」

 「うん、まだ本当にそうかは分からないんだけど」

 病院に備え付けられていたパックで翔一が淹れた渋いお茶を飲みながら、翔太郎は総司の言った言葉をそのまま聞き返す。
 総司からもたらされた情報は、決して聞き逃していいものではない。
 渡との対話に向かったはずの名護にそれについて聞いたところ、まるで渡という人間そのものを知らないかのような表情で困惑を見せたというのである。

 「渡が何かしたのか?それとも名護さんが何かのショックで自分の記憶に蓋しちまったのか……?なぁ翔一、何か分かることねぇか?」

 「うーん、分かりません。俺の場合は気付いたら記憶がなくなってて、気付いたら記憶が戻ったんで」

 「まぁ、そりゃそうだよなぁ……」

 駄目元で以前記憶喪失だったらしい翔一にヒントを求めるが、やはりというべきか、彼も記憶喪失のエキスパートというわけではなく、事態の収拾には繋がりそうもなかった。
 名護の一番弟子、紅渡。渡を疑うということは、彼を信じた名護を疑うことにも繋がる。
 ゆえにあまり考えたくない事象ではあるが……やはり無視はできない。

 つまり、渡がこの殺し合いに乗ってしまったという危惧を。

 「とはいえ実際に名護さんと話すまでそれは判断できねぇし、今は帰りを待つくらいしか出来ることも——」

 「——おーい!翔一君、総司君、翔太郎君!誰かいたら手伝ってくれ!怪我人を連れているんだ、手を貸してもらいたい!」

 と、瞬間、待ち望んだ男が、病院の入り口で大声で叫ぶ声を、彼らは聞いた。
 幾ら客観的に見て危険人物が減った状況とはいえ、それでも仲間が無事に戻ってきたという事実に彼らは胸をなでおろす。
 しかしその内容を聞く限り、決して油断の許される状況ではない。

 互いに目を見合わせた彼らは、飲みかけのお茶を残したまま、それぞれの傷をも感じさせないスピードで一斉に飛び出していった。
 ——決して長くはない時間の後、難なく病院の入り口に辿り着いた彼らの顔に浮かんだ表情は、名護と再会できた喜びではなく、彼が連れてきた男への戦慄だった。
 決して明るくはない外の景色を踏まえて考えても、青白い顔。

 元々はそれなりに値の張るものだったろうに、ボロボロになり見る影もなくなった身に纏うコート。
 相当な激戦を乗り越えてきたのだろうことを察知させるそれらに加え、弱く苦し気に続ける呼吸を聞いては、彼の命の猶予はあまり長くないと判断せざるを得なかった。

 「名護さん……この人は……」

 「ここに来る途中までは意識があったんだがな……今は見ての通り疲労からか気を失ってしまっている。腹部出血による失血症状も認められる……、このままでは彼の命が危うい。すぐに彼を手術室に運ぼう。俺が処置をする」

 「手術室……って名護さんそんなことまで出来るの!?」

 「俺を誰だと思っている。青空の会の戦士、名護啓介だぞ。……戦士としての心得として、簡単な縫合や救命行為については一通り熟知している。安心しなさい。彼は俺が必ず助ける」

 名護の心強い言葉に総司は安堵と興奮の入り混じったような表情を浮かべたが、翔太郎にはわかる。
 名護もまた、自分自身が出来るのだ、強いのだと鼓舞することで平静を保とうとしている。
 それは、あの名護を以てして、それだけのことをしなくては落ち着いてことにあたれないほど目の前の男の症状が深刻だということにも繋がるわけだが……ともかく。

 翔一の持ってきた担架に男を乗せ、なるべく揺れないようになんとか手術室まで運ぶ。
 処置のしやすいように上着を脱がし、申し訳程度ではあるが体を消毒していると、まもなくゴム手袋にマスクに緑の服……すなわち術衣を着込んだ名護が現れた。

 「みんなありがとう。ここからは俺一人でいい。少しの間外で待っていてくれ。終わったら声をかける」

 いつになく張り詰めた表情の名護を前に、男たちは揃って退室していく。
 三人が揃って手術室の外に出た瞬間、手術中の赤いランプが灯る……わけもない。
 病院には自分たちしかおらず、わざわざ手術の開始と終了を知らせる意味も薄いからだ。

 「うまくいくといいですね」

 翔一が、不安そうにそう呟く。
 幾ら名護が優れた人物だからと言って、本職ではないのだ。
 様々な不安は、到底拭えるようなものではなかった。

 「……うまくいくさ。名護さんなら」

 だがそれでも、翔太郎が返すのは信頼と希望を込めた言葉だ。
 それを聞き、無言で頷いた総司を一瞥しながら、翔太郎はただ待つのも忍びないと男が持っていたデイパックを開く。
 “男”と呼称し続けるのも探偵という仕事上いささか違和感のあることである。知れるものなら何か素性を少しでも知っておきたいというのが実情だった。

 そして、中身を見てすぐに、翔太郎の瞳は見開かれる。
 デイパックの最も上、手に取りやすい部分に丁寧に収められた、見覚えのあるドライバーを視認したために。


 ◆


 ——数十分の後。
 処置を終え、手袋とマスクを外しながら手術室より出た名護を待っていたのは、張り詰めた表情を浮かべた三人の仲間であった。

 「お疲れ様です、名護さん。あの人は……」

 我先にと駆け寄り水を渡しながら問うたのは、翔一だった。
 総司も翔太郎もその答えを待っているようで、思わずといった様子で立ち上がっている。
 彼らに返事をするより早く、礼と共に、まず生命の実感そのものとすら言えるほどうまい水を飲み干して、名護は強くうなずき、笑顔を浮かべた。

 それを受け三人もまた安堵の表情を浮かべ、一斉に名護に駆け寄る。

 「凄いよ名護さん!本当に何でも出来るんだね!」

 「ありがとう総司くん。勿論完璧ではないが、今できる最善は尽くせたはずだ」

 「状態としては、どうなんですか?」

 「傷は塞いだが、ここに来るまでの出血が激しくてな。これから適当な病室にでも運んで輸液……つまり点滴を打ち血圧の低下や栄養失調などを防ぐつもりだが、今のところは本人の頑張り次第としか言いようがない」

 極めて冷静に、名護は言葉を重ねていく。
 人の命が次々と失われていくこの状況で、自分の手によって誰かの命を救えた。
 ただそれだけで舞い上がりそうになる気持ちを必死に抑えながら、まだ彼を完全に生かしきれたわけではないのだと自制する。

 例え外傷による失血死を輸液による血圧の維持でいったん防げたとしても、これからの処置に不備があれば彼はすぐに死んでしまう。
 ゆえにまだ、名護に歓喜の雄たけびをあげる時間は与えられていなかった。

 「名護さん、ちょっと質問してもいいか?」

 「なんだ、翔太郎君」

 一瞬物思いに沈んだ名護の意識を呼び覚ましたのは、翔太郎の問いかけであった。

 「あの男の人の名前、もしかして……」

 「そうか、君には先に言っておくべきだったな。そうだ、彼は一条薫。君の仲間、照井竜刑事から仮面ライダーの力を受け継いだという男だ」

 「やっぱりな……」

 言いながら翔太郎は、その手に持ったデイパックを一瞥する。
 どうやら自分が一条に処置を施している間に、その中身を覗き、恐らくはアクセルドライバーを確認して自分が連れてきた男を一条だと推理したのだろう。
 本来なら他人の所有物を勝手に覗くのはあまり褒められた行為でもないが、彼の職業と今の状況を考えれば、咎められるはずもなかった。

 「すまない、翔太郎君。君と照井くん、そして彼と一条の関係を考えれば、君には先に教えておくべきだった」

 「いや、構わねぇよ。名護さんだって一条って人を助けるので精一杯だったんだろ?それにあんたのおかげで命が助かったんだ、あとは俺が直接話すさ」

 その言葉を聞いて、名護はやはり目の前の男は決して半人前などという言葉で割り切れる存在ではないと判断する。
 少なくとも、今こうして彼と仲間でいられるということは、名護にとっても非常に心強いことだった。

 「そうだな、俺も、必死だったのかもしれない。さっきの自分のミスを、なくそうとして……」

 「ミス?」

 思わず吐露した自分の感情に対し反応したのは、総司である。
 それにどこか悔いるように歯噛みしながら、しかし名護は続けた。

 「あぁ、放送が終わり、参加者の情報を纏めた後……気づいたら俺は突然公園にいたんだ。この状況に対するストレスが原因かもしれないが、理由もなく君たちを置いてこの場を後にするなど、戦士として許されないことだ。
 君たちが無事でいてくれたからよかったものの、一歩間違えば取り返しのつかないことになっていても仕方なかった、本当にすまない」

 その言葉を聞いて、名護以外の三人は一斉に顔を見合わせる。
 つまりは名護の中で、放送後に一人でこの場を後にしたのは『理由のないこと』として記憶されているのだ。
 この時点でもう結論を下してもよかったが……しかし翔太郎は再度口を開く。

 「……いや、いいさ。あんたの言う通りこうして俺たちはみんな生きてるわけだしな。
 それより、総司から聞いたぜ。ダグバと戦った時に加勢してくれたあの黒い仮面ライダー、キバットの力で変身した奴らしいな」

 「あぁその通りだ。元の世界ではファンガイアのキングである登太牙くんが管理する鎧……世界を滅ぼす力を持つとすら言われるその力を、彼が適当な人物に渡すとも思えないが」

 「その鎧を扱える資格を持ってるやつに、心当たりはないってことでいいんだよな、名護さん」

 「あぁ、残念ながらそうだ。なにせもう、俺の世界からの参加者で少なくとも“俺が知っている人物はいない“からな」

 名護からすれば、ただ確認すべき事実を呟いただけにすぎないのだろう、さりげなさすぎるその発言に、彼らは息をのんだ。
 だが、黙って居られる状態ではない。
 例え彼がどれだけこの事実にショックを受けようと……もう、黙って居られる理由は存在しないのだ。

 だからそれを言うために……翔太郎は、大きく息を吸い込んだ。

 「名護さん、落ち着いて聞いてくれ。どうやらあんたは、記憶を消されたみてぇだぜ。
 ——最高の弟子についての記憶を、他でもない弟子本人にな」

 その言葉と共に、名護の中で、時間が止まったような気がした。


 ◆


 翔太郎が名護に衝撃の事実を伝えてから、早くも数十分が経過していた。
 先ほどまで三人で囲んでいたテーブルに残された、すっかり冷め切ったお茶を啜りながら、翔太郎と総司は沈んだような表情を浮かべる。
 先ほど、名護に記憶の欠落について指摘した際の、彼の取り乱しようを思い出していたからだ。

 名護の先ほどの様相は、彼らにとって初めて見る、極めて衝撃的なものだった。
 最初は、まるでつまらない冗談を聞いたような冷めた反応だった。
 『俺の最高の弟子ならここにいるだろう。総司くんだ』

 そう名護に言われた時の総司の喜びと困惑の混じりあった表情は、いたたまれなかった。
 確かに名護にとって総司は良き弟子であることに違いはないだろうが……しかし、彼は知っていた。
 今の自分と名護よりも遥かに強い絆の強さで結ばれた兄弟子がいるということを。

 そしてそんな総司の表情を見て、ようやく名護も事の重大さに気づき……それから先は、ただひたすらに沈んだように口数を減らした。
 幾つか与えられた質問に肯定か否定かのみを返し、そうして翔太郎たちが名護の記憶の欠落についての大体を把握した後、名護は風を浴びてくるとだけ言い残してその場を後にしたのだった。
 だが、今の彼を一人にするわけにもいかない。

 彼を追いかけるべきか、それとも余計な言葉をかけてしまうくらいなら放っておくべきか、と悩み立ち往生した翔太郎と総司を置いて、翔一が一人「任せておいてください」とだけ言い残して追っていった。

 「名護さん、大丈夫かな……」

 「心配すんな、翔一がついてんだ。名護さんには心配いらねぇよ」

 「そうだね……」

 翔太郎の言葉は、決して気休めではない。
 ワームである自分の体と、人間である自分の精神のギャップに苦しんでいた間宮麗奈。
 彼女の心さえ溶かし再び仲間として迎え入れることの出来た彼を、翔太郎は一人間として尊敬していた。

 人は悩んでいるとき、理詰めで言葉を重ねるより翔一のように素直な感情で話の出来る存在を望む。
 下手を打てば相手を逆上させる可能性さえ孕んでいたが……、しかし翔一と名護の二人ならば大丈夫だろうと彼は判断したのである。

 「にしても、記憶を消しちまうなんてな……。
 もし渡が自分で消したんだとしたら、残酷すぎるぜ」

 「そんなに、記憶って大事なもの?」

 「当たり前だろ。記憶ってのは今までの自分の積み重ねだ。良い思い出も嫌な思い出も、全部ひっくるめて自分なんだ。
 自分の記憶はもちろん、他人から見た自分の記憶も……どれだってなくしちゃならねぇ、大切な生きた証さ」

 言いながら翔太郎は、ある一人の女性を思いだす。
 須藤雪絵。かつてガイアメモリ犯罪に関与した、園咲……いや須藤霧彦の妹である。
 彼女は兄である霧彦を殺したミュージアムを、特に彼の妻でありながら彼に対し直接手を下した園咲冴子を憎悪し、忌むべきメモリに手を染めてまで復讐を図った。

 だが、彼女の末路は悲惨なものだった。
 復讐は失敗し、その報いとして永遠に昨日を繰り返させるイエスタデイのメモリを暴走させられ自我を失った彼女は、メモリブレイクを経てもなお記憶を失い廃人と化してしまった。
 皮肉にも、『昨日』の記憶を抱いてそれを取り戻すため戦った彼女はメモリブレイクによって、全ての『昨日』を失ったのである。

 罪を償うこともできず、自由になることもできず、彼女は今も狭くて暗い牢屋の中で虚空を見つめ続けていることだろう。
 だから翔太郎には、自分から誰かの記憶を消すという行為が、極めて残酷なものに感じられたのであった。

 「記憶は生きた証……か」

 一方で、翔太郎の言葉をよく咀嚼するようにもう一度呟いて、総司は物思いに耽るように目を伏せた。
 それを見て、翔太郎は察する。
 ——あぁ、どうやら、俺は地雷を踏んじまったらしい。

 翔太郎と総司のこの場での付き合いは、既にそれなりに長い。
 大体の事情と彼の言葉の裏に秘められた感情を察し、また自分の発言を僅かばかり後悔しながらも、翔太郎は申し訳なさそうに口を開いた。

 「……悪い、総司。俺の言葉選びが悪かった、すまねぇ」

 「なんで謝るの?」

 「いや、お前が“今のお前”になる前の記憶は……その……」

 それを聞いて、総司は再び顔を曇らせる。
 自分の名前が“総司”ではないことを、嫌でも思い出してしまったからだ。
 名簿に載っている、自分の本当の名前。

 自分が“こう”なる前の記憶は、いつか思い出すことが出来るのだろうかと、総司は思ってしまったのである。
 だが、そうして物思ったことについて翔太郎にあまり負の感情が沸かないというのは、本心からの正直な気持ちだ。
 そもそも存在すら忘れてしまった大事な人々について怒るだけの感情が沸かないという方が、より正確だろうか。

 「別にいいよ、翔太郎が悪いわけじゃないし」

 「……悪い」

 翔太郎の謝罪を最後に訪れた、気まずい空気。
 だがそれを気にすることもなく、どこかマイペースに総司は天井を見上げた。

「でも、そっかぁ。僕にもお母さんやお父さんがいるんだよね……」

 自分にとっては最早思い出せない、ネイティブになる前の自分の姿や記憶。
 だがこうして名簿に載っている、自分にとっては身に覚えのない自分の名前を、必死で考えて、そして愛し育ててくれた人が、自分にもいる。
 当たり前のはずではあるが今の今まで決して当然ではなかったその存在が自分にもいることを自覚して、総司は初めて記憶を失う前の自分について知りたいと思った。

 「ねぇ、翔太郎のお父さんとお母さんはどんな人なの?」

 「俺の親は……俺が小さい頃に事故で死んだ」

 「え……?」

 つまらない世間話のはずで出した話題が思わぬ地雷だったことに、総司は言葉を詰まらせる。
 だが、どう取り繕えばと彼が言葉を選んでいるのを見て、翔太郎はどこかハッとしたようにその顔を向けていた。

 「あぁ、すまねぇ、気を遣わせちまったな。でもよ、悪いことばっかりじゃなかったぜ?叔母さんに引き取られたおかげで、俺は風都を知れたし、おやっさんやフィリップや亜樹子……皆に会えたんだからな」

 そう言って虚空を見つめる翔太郎は、やはりどこか寂しげだった。
 翔太郎らしくないその表情が父のように慕った荘吉や彼の忘れ形見である亜樹子といった第二の家族を失ってしまった喪失感から来る物なのだろうと総司は感じ取る。
そして自分からは想像でしか補えない彼の心中を察して、彼のデリケートな部分への言及をやめた。

 「うん、僕も……皆に会えて良かったよ」

 だから総司は翔太郎の言葉に同意を示し会話を終わらせようとして……しかし自身の口から「でも」と言葉が続くのを、彼は防げなかった。

 「でも、もし僕のお父さんやお母さんが生きてるなら、会ってみたいな……。向こうは、どう思ってるかなんて、わからないけど……」

 揺るぎない自分の希望を口にしているだけなのに、彼の手は震えていた。
 両親について考える度、どうしても頭によぎってしまう。
 自分がネイティブになったのは、もしかしたら父や母に疎まれて売られた結果なのではないかと。

 だがそうして否定的な思考に陥りかけた総司の肩を叩いたのは、やはり翔太郎だった。

 「なぁ、お前の親がどんな人かなんて、俺にはわからねぇ。でもな総司、お前の見た目がどんなに変わっても、お前の親がどんな人でも、お前はお前なんだ。
 そんで、今のお前を仲間として認めてる俺らがいる。お前の抱いた疑問にどんな答えが待ってるにしても、それだけは絶対忘れんなよ」

 「翔太郎……ありがとう。でもやっぱり……僕は知りたいよ。記憶をなくす前の僕のことも含めて、今の僕だから。例え僕の両親がどんな人でも、二人がいたおかげで今の僕がいるんだから……」

 総司のその言葉に、翔太郎はどこか驚いたように目を見開き、そして少しの後嬉しそうに「そうか」とだけ漏らした。
 やはり、総司は強くなった。
 天道を継ぐ思いを固めたからだとか、ガドルを倒したからだとか、そういう単純な話ではない。

 罪を贖う覚悟を決め、仲間という存在を知り、ともに笑いあえる尊さを知り、完璧だとすら思える師もまた一人の人に過ぎないことを知り……少しずつ彼は確かに成長を遂げている。
 それを感じ、まだまだ強くなるだろう彼の未来に思いを馳せ彼の顔を一瞥すると、総司は何かに気づいたように「あっ」と声を出した。

 「そうだ、翔太郎。まだ言ってなかったよね。ブレイドのこと、取り戻してくれて、ありがとう」

 「いや、俺はこいつを拾っただけさ。こいつをダグバから取り戻したのは、他でもねぇ。お前と翔一……剣崎が信じ、そしてお前が受け継いだ、俺たち仮面ライダーの正義さ」

 「仮面ライダーの、正義……」

 翔太郎のクサいセリフに、しかし総司は照れたような笑いを返すだけだった。
 しかし、翔太郎は決して嘘や誤魔化しを言ったつもりなどない。
 本心からそう思い本心からこういったクサいセリフを吐けるから、翔太郎は人を惹きつける魅力を持つのである。

 「ねぇ、翔太郎。一つだけ、お願いがあるんだけど」

 「あん?」

 「ブレイバックルを、少しの間だけ貸してくれないかな?」

 どこか申し訳なさそうに、しかし我慢するつもりなど感じさせないような勢いで総司は言う。
 それを借りて彼が何をやりたいのかは大体察することが出来たが、翔太郎には反対するような理由も存在しなかった。

 「構わねぇさ。さっきも言ったが、俺はこいつを拾っただけだからな。俺に独占するような資格なんて元からありゃしねぇ」

 言いながら渡されたブレイバックルとラウズカードを受け取って、総司は頬を綻ばせる。
 ありがとう、とだけ残して廊下を走っていった彼の背中を見やりながら、翔太郎も立ち上がり、仕切りなおすように帽子をかぶりなおす。
 さて、そんじゃ、俺は俺でやりたいことをやらせてもらうか。

 決意を新たに、翔太郎もまた一人総司が向かったのとは逆の廊下に向けて歩き出した。


 ◆


 ガチャリ、とドアが開く音と共に、総司は一人適当な部屋に入った。
 必要もないとは思うが一応気配と鏡を確認し、不意打ちの心配を拭ってから部屋に置かれた机にブレイバックルを静かに置く。
 そうして少し机から離れて……ゆっくりと息を吸い込んで総司は手を合わせた。

 合掌。
 意味はもちろん、このバックルの元の持ち主の冥福を祈るためだ。
 自分がこれをする資格はないのかもしれない、遺体ではなく遺物にする時点で、ただの自己満足にすぎないのかもしれない。

 それでも、今の総司にとってこれはやらなければならない、必要なことであった。

 「剣崎、きっと君を殺した僕の罪は、消えない。君は僕を許してくれないかもしれないし、それだけのことを僕はした。
 でも……もしそれでも、仮面ライダーが受け継いでいく正義を、僕も信じていいのなら。見守っていてほしい。君の分まで、皆を守るために戦ってみせるから……」

 それは、誓いだった。
 剣崎の力を悪用したダグバを打倒した今、改めて自分の罪に向き合うための、誓い。
 決して逃れられないその罪に、向き合い、贖おうとする決意の表明。

 誰に聞かれていなくても構わない。
 ただこうして言葉にするだけで、彼にとってはそれだけ意味があることだった。


 ◆


 屋上。
 通常の病院であれば自殺の防止策として容易には立ち入れないようになっているはずのそこが、こんな状況ではさも当然のように鍵すらかけられておらず踏み入ることが可能になっていた。
 だが、それに対し彼、名護啓介が深い思考を巡らせることもない。

 今の彼にとっては、それよりもよほど思案しなくてはならない事情が存在したため。

 (俺が、記憶を失っている……か)

 それは、先ほど総司や翔太郎から指摘された、自身の記憶の欠落について。
 最初はただ笑えない冗談だろうと決めつけようとしたが、翔太郎の問いに改めて元の世界での自分の記憶について思い返した時、あまりにも辻褄の合わない事態が多すぎた。
 闇のキバの鎧、世界を滅ぼしかねないそれについて不安ではなく『頼もしい』と感じているのに、自身の思考が変化した理由が思い出せない。

 闇のキバの鎧を装着する登太牙についてもそうだ、彼の人格や信用できるという情報は浮かんでくるのに、何故知り合ったのか、何故彼と自分に繋がりがあるのかがわからない。
 それを理解し、同時に拭いきれない頭の霞みがかった思考について納得がいってしまったその瞬間に、名護は自分に対しての信頼がおけなくなってしまった。
 紅音也との出会いで自分が決して完璧ではなく間違うこともあるということを知ったことと、あまりにも作為的な記憶の消失に対する甘受が出来るかということは、全くの別問題だったのである。

 「名護さん」

 どうしようもない苛立ちを抱えただ夜風に身を晒し続けていた名護に向けて、後方より声が響く。
 どことなく間の抜けたそれに振り返れば、柔和な笑顔を浮かべ両手にそれぞれ何らかの液体が入った紙コップを携えた翔一の姿があった。

 「……翔一君か、体調は大丈夫なのか?突然倒れたと聞いたが」

 「はい、全然大丈夫です、見ての通りピンピンしてます。あ、それより、よければこれ、飲みませんか?考え事をするときは、温かいお茶が一番です」

 「ありがとう」

 短く返し、一応彼から紙コップを受け取りこそしたものの、名護はそれに口をつけることはしない。
 今となっては、全ての飲食物が味もしない簡素で粗末なものにすら思えたから。
 とは言えそれも翔一にとっては想定の範囲内だったのか、特に気にする様子もなく名護の横に立ち、続けた。

 「……記憶がないって、苦しいですよね。俺と名護さんじゃ症状は色々違うみたいですけど、俺も一応、結構長いこと記憶喪失だったんで、よくわかります」

 「そういえば、津上翔一という名前は記憶喪失中に名乗っていた別人の名前、だったか」

 「えぇ、まぁ。でももうどっちでもいいんです。正直、俺も津上、とか翔一くんって呼ばれるの、慣れちゃいましたし」

 名護の言葉に相変わらず笑顔を返して、しかしすぐ、翔一の表情はまじめなそれへと変わった。

 「でも俺、記憶をなくしてすぐの頃は、俺、引き取ってくれた先生に翔一くんって呼ばれても、全然自分が呼ばれてるって実感わかなくて、反応できなかったりして、その度に俺ってなんなんだろうってまた凹んだりして。
 だから俺、今の名護さんみたいな顔してずっとうじうじ悩んでました。」

 「翔一君が!?」

 名護は、思わずといった様子で驚きの声をあげる。
 天真爛漫という言葉をそのまま体現したような彼に、そんな沈み続けた時期があった。
 彼だって人である以上そうして悩んで当然であるというのに、これ以上ないほど、今の彼とそのイメージが繋がらなかった。

 そうして大声をあげた名護に対し、翔一は特に取り繕うわけでもなく、俯いたままに続ける。

 「はい。だって、嫌じゃないですか。皆に見つけてもらう前の俺がどんな人で、どんな人生を送ってて、どんな性格で、どんなものが好きなのか、何一つわからないんです。
 ……それこそもしかしたら、記憶を失う前の俺は死神って呼ばれるような怖ーい殺し屋だったかもしれないし、もしかしたら悪魔の科学者って呼ばれるような悪―い人だったかもしれないし、もしそんなだったら嫌だなーって」

 「想像力豊かだな、君は……」

 突然切り替えたようにおどけた様子で語り笑う翔一を前に、名護もまた薄く笑う。
 それを見て心底安堵したように翔一もまた笑って、しかしまたすぐにまじめな顔を見せた。

 「でもある日、ふとした拍子に空を見上げてみたんです。そしたら、そこに凄い綺麗な青空と、太陽があって。
 それ見た時に、『あ、こんなふうに悩んでるの馬鹿馬鹿しいな』って思ったんです。だから、俺はそのことについて悩むのもやめました」

 「……それだけの理由で?」

 「はい。本当に、これだけです」

 へへへ、と髪を掻きながら照れたように笑う翔一を見て、名護はいきなり話に置いて行かれたような感覚を受けた。
 先ほどまでの話の重さと、彼が抱いていた不安に同意が出来た分だけ、そこからの立ち直り方の唐突にすら感じる語り口に驚いたのである。
 結局は、大事なのは時間の経過を待つことだけだということか、とどことなく失望した気持ちで再び目を伏せた名護に対し、しかし翔一は再度口を開いた。

 「……けどその時、思ったんです。この青い空や太陽を見て『生きてるっていいな』って思える俺は、きっと記憶を失う前も同じものを見たら同じことを思ってたはずだって。
 きっと前の俺も、あの時の俺が思ったような悪い人じゃなかったんじゃないかって。だから、俺は悩むのをやめられたんです。自分を信じられたんです。
 ……まぁ実際、こんな性格だったわけなんですけど」

 へへへと笑いながら放たれた翔一のその言葉を聞いて、名護は頭を強く殴りつけられたような錯覚を受けた。
 今の自分も、記憶を失う前の自分も、自分は自分。
 目の前の細々とした障害に阻まれて見えなくなりかけていた、自分が見失ってはいけない本質。

 それを今、改めて目の前に突き出された心地だった。
 目が覚めたような表情で再度思考を巡らせ始めた名護を前に、これ以上の言葉は不必要だと感じたか、翔一はただ一言「ここ寒いですね」とわざとらしく両腕を摩りながらその場を後にしようとする。

 「待ってくれ翔一君」

 「……はい?」

 「このお茶は、実に美味しいな」

 「そうですか、そういってもらえて、嬉しいです」

 どこか取ってつけたような名護の誉め言葉に、しかし翔一は心底嬉しそうに再度笑った。
 それに対し再度心中で礼を述べながら、名護は目を閉じた。
 彼の心の中で、先ほどまでは集中も出来ず雑音に負けていた音楽が今、確かに響いている。

 紅音也が奏でるバイオリンの音にも似ている、しかしそれよりも優しい音色。
 美しいと率直に感じるそれを、しかし長く聞こうと耳を澄ませるたびに、それがどこか遠くへと消えて行ってしまう感覚を覚える。
 まるで、向こうが自分から距離を離そうとしているかのように。

 そうして近づこうとするほど離れていくそれをもどかしく感じるのは、もしかすればこの音楽こそが自分の探しているものの答えだからなのだろうか。
 消えそうになるそれを手繰り寄せようとし、その度に少しずつ離れていき……結局はすぐに聞こえなくなってしまった。
 しかし、今聞こえた音楽を、名護はもう忘れることはないだろうと思う。

 (もしこの音楽が、俺の忘れた存在が奏でていた心の音楽だというのなら……取り戻して見せる。例え記憶がなくても、この音楽をこのまま世界から消すわけには、いかないからな)

 彼が再び目を開いたとき、既に名護の瞳に迷いや不安は存在しなかった。
 この自分の心の中に響いた音楽を、素晴らしいと思える今の自分を、信じる。
 音楽は聞こえた、支えてくれる仲間はいる、失われた記憶だって……きっといつか取り戻せる。

 ならばもう、彼という戦士に迷っていられる時間など、ない。
 翔一より受け取ったお茶の残りを一気に飲み干し、彼は再度歩みだす。
 今度こそ取りこぼさないという覚悟と共に、もう一度仮面ライダーとして戦う思いを新たにして。


 ◆


 ——目を覚ますと、そこにあったのは見覚えのない白い天井だった。
 最初は行きつけの関東医大病院の病室かと思い再び目を瞑ろうかと思ったが、しかしすぐに頭を振ってそれを否定する。
 瞬間、彼の脳裏に今までの全てがフラッシュバックするかのように襲い掛かったため。

 突如宣言された殺し合い、殉職してしまった別世界の同業、もう一人のクウガ、凄まじき戦士、そして、炎。

 「ハァッ、ハァッ!」

 パニックを起こしたように荒く呼吸を繰り返し、痛む体を押して何とか上体を起き上がらせようとする。
 が、それは叶わない。
 点滴で腕の自由が利かなかったから、も理由の一つだが、それ以上に急激な心拍の上昇に体が追い付かず、強い頭痛を引き起こしたのだ。

 「——やめといた方がいいぜ。折角助かった命なんだ、無理すんな、一条さんよ」

 しかし、そうして再び無様にベッドに寝そべるはめになった彼……、一条の下に、新しい声が降ってくる。
 チラと病室の入り口を見れば、今入ってきたらしい帽子を被った怪しげな男が立っていた。
 悪い人間には見えないが、仲間と判断していいのだろうか?

 瞬間生まれた疑問のために一条が声をかけるタイミングを失ってしまったことに気付いたのか、帽子の男は自分から一歩、一条の下へと歩み寄る。

 「……あぁ、警戒させちまって悪いな。ここはD-1エリアの病院だ。ここにいるのは俺と、あんたをここに連れてきた名護さん‥…名護啓介、それから津上翔一。それと、あー、まぁ事情と本名は後で話すが天道総司、その四人だ」

 「津上、翔一……」

 何やら込み入った事情の存在するらしい“天道総司”という男の名前に反応するより早く、一条は彼の仲間の一人に反応する。
 津上翔一と言えば、小沢澄子が探していた信頼のおける仮面ライダーの一人のはず。
 そんな存在と出会えるのが、彼女をみすみす死なせてしまった無力な自分だけというのは、何たる皮肉だろうか。

 とはいえ、今はそんなことを考えただ打ちひしがれている場合ではない。
 無理やり思考を切り替えて、またしても一条は帽子の青年に向き直った。

 「すみません、貴方のお名前は……」

 「あぁ、悪い、自己紹介が遅れちまったな。俺は左翔太郎。風都の探偵の片割れ、って言えば、あんたには伝わるか?」

 「貴方が左さん!?」

 その名前を聞いて、一条はむしろなぜ今まで気づかなかったのだと自責の念を抱く。
 常に帽子を欠かさない古風な探偵スタイルの男……照井から、最も信頼できる参加者の一人として紹介されていたその青年の特徴を持つ男を前に、その可能性すら過らないとは。
 痛む体と、翔太郎の静止すら振り切って思い切り起き上がった一条は、襲い掛かる全身の痛みにも屈せずに思い切り頭を下げた。

 「本当に、申し訳ありません!照井警視長の殉職については、全て自分の無力さに責任があります!なんと謝罪すればよいか……」

 「頭上げてくれよ、一条さん。あいつが自分を犠牲にしなけりゃ切り抜けられねぇって判断したような状況だ、きっと俺があんたでも、結果は変わんなかったさ」

 翔太郎のその言葉は、決して気休めに吐いた適当な言葉ではない。
 照井ほどの男が、自身の命を捨てなければ全滅するのみだと判断したような戦況である。
 一人二人戦える人員が増えたからと言って、好転するような甘い戦いではなかったに違いない。

 その翔太郎の言葉を聞いて気まずいような救われたような複雑な表情を浮かべたまま、一条は再度ベッドに横たわり、暗い表情を崩すことなく再度俯いた。

 「ありがとうございます。……しかし、私はやはり無力です。照井警視長、京介君に小沢さん……私がもっと強ければ、彼らのことも、救えていたかもしれないんです……!」

 声を震わせ涙すら目に浮かべて自分の及ばなさを後悔する一条。
 その姿に何か思うところでもあるのか、数秒の思考の後、翔太郎は再び切り出した。

 「……強くなりたいか?」

 「——はい」

 思わず問われた言葉の意味を理解できず一瞬思考を停止させた一条はしかし、次の瞬間には考えるまでもなくその問いに即答していた。
 横になったままでも十分に伝わるような意志の強さを訴えるその瞳を見て、翔太郎もまた懐よりメーターとUSBメモリが一体化したような不可思議なアイテムを取り出す。
 それに思わず目を奪われた一条の前に、それは差し出されていた。

 「やるよ。俺よりもあんたが持つ方を、照井だって望むはずさ」

 「これは……?」

 「これはトライアルのメモリだ。それがあればアクセルはもっと強くなる」

 「本当ですか!?」

 一条にとって、それは思いがけない展開であった。
 照井が残したアクセルを活かしきれない自分でも、これさえあれば誰かを守れるかもしれない。
 それは一般人を守る警察官としてのプライドを粉々に砕かれた一条にとって、一抹の希望の光が差したような感覚であった。

 しかし手に取ったそれをまじまじと見つめる一条に対し、翔太郎はなおも厳しい表情で「けどな」と続ける。

 「けど、そいつを使うには条件があるんだ」

 「条件……?」

 「あぁ、そいつを使いこなすには特訓が必要なんだ。照井の野郎もだいぶ苦労したらしくてな、今のあんたじゃ下手すりゃ死ぬかもしれねぇ」

 そこまで言い切って、翔太郎は再び一条の瞳をのぞき込む。
 使いこなす過程で、死ぬかもしれない。
 力の代償として命を懸けるだけの覚悟があるのかと、眼力だけで訴えかけるような瞳だった。

 しかし、一条の答えは揺るがない。
 この力を照井から受け継いだ時点で……、いや、旭日章を背負って市民を守る使命を負ったあの日から、覚悟が揺らいだ日はないのだ。

 「やらせてください」

 返答までにかかった時間は決してゼロではない。
 しかしだからこそ、一条の中で思考を経ていないわけではないと実感できるような力強い答えだった。
 それを受け、翔太郎もまたその姿を誰かに重ねたようにハッとしたような表情を浮かべ、しかしすぐに薄く笑った。

 「……あんたの覚悟はよくわかった。けどな、どっちにしろその傷を治してもらわねぇことには出来やしねぇ。
 ——とりあえず、その点滴が終わるくらいまではじっとしとくんだな」

 「……わかりました」

 「ちょっと待っとけ、今、水と仲間を連れてくる。ここに来るまでの詳しい話はそこで聞かせてくれ」

 そう言い残して、翔太郎は病室より出て行った。
 一人残された一条は、再びその手に託されたトライアルというメモリを握りしめる。

 (もしかしたら、これがあっても俺は小野寺君にとって足手まといにすぎないかもしれない。それでも、ただひたすら自分の非力さを嘆き続けるよりはずっと——)

 このメモリを使いこなすのに必要だという特訓。
 どれだけ厳しいものなのか、あの照井でさえ苦しんだというのなら、自分にも相当の覚悟が必要なのは間違いない。

 (それでも俺は、諦めないぞ……。何度未確認に敗れても、その度に自分を見つめなおしそれを乗り越えてきた五代のように……!)

 そして一条は思い出す。
 紫のクウガを使いこなすための剣道の特訓を、未確認生命体22号を倒すために赤のクウガのキックを高めた特訓を、そして未確認生命体41号を倒すためにビートチェイサーを乗りこなした五代の姿を。
 全ての時に五代は強くなって見せた。

 きっと不安で仕方がなかっただろうに、何のこともないように笑顔を絶やさぬまま。
 自分はきっと、あれほどうまくは出来ないだろう。
 それでも、成し遂げて見せる。

 自分をこうして翔太郎と出会わせてくれた運命を信じ、少しでもユウスケの力になれるように。
 戦士クウガの横で、ともに戦える自分に近づけるように。

 (だから、力を貸してくれ、五代……。お前のように器用でなくて構わない、ただお前のように、試練を乗り越えられる強さを……)

 チラと窓越しに空を見上げる。
 先ほどまで一切の光の届かぬ闇に閉ざされていた世界は、いつの間にか少し白んできていた。


 ◆


 (一条薫……か。お前がアクセルを託した理由、わかる気がするぜ)

 一方、病室より出た翔太郎は一人で思案する。
 照井が自身の家族の復讐を誓い手に入れ、そして最後には彼が街を守るための力となった、アクセルドライバー。
 それをこんな殺し合いで出会っただけの存在が手に入れたと聞いたときはどんな男がと随分と警戒したものだが、しかし実際に出会ってみればなるほど彼が認めるのも納得できるような芯の通った刑事だったという訳だ。

 (にしても照井といい刃さんといい一条といい、近頃の警察ってのはあんだけタフじゃねえとなれねえのか……?マッキーは……まぁ論外か)

 一方で、翔太郎は目の前の男のタフさにも感嘆していた。
 これだけの短時間で目を覚まし意味の通った会話を成すこともそうだが、いきなり起き上がり頭を下げるような突然の運動さえ可能であるというのは、先ほどの青白い顔をした死にかけの男と同一人物とは到底思えない。
 それに、一条にトライアルの特訓のことを話してみて、その反応で彼の器を確かめてみようとでも思っていたのだが、結果としてわかったのは自分が確かめるまでもなく彼はアクセルに相応しい男だということだった

 死の危険さえあるという状況でも強くなれるというなら迷わず突き進むその姿は、ハードボイルドでありながらどこまでも熱かったあの男を連想させた。
 ゆえに、もうそれ以上、翔太郎に彼を止める資格はなかった。
 照井が認め力を託したのだろう男だ、これ以上自分が彼の行きたい道をああだこうだという資格もあるまい。

 (俺は、俺に出来る限りのサポートをしてやるさ。
 それでいいんだろ?照井)

 ——俺に質問するな。
 脳内で問うたその言葉に対し、もう聞こえないはずの戦友の声がどこからか聞こえた気がして、翔太郎はまた少し笑った。


【二日目 黎明】
【D-1 病院】

【一条薫@仮面ライダークウガ】
【時間軸】第46話 未確認生命体第46号(ゴ・ガドル・バ)撃破後
【状態】疲労(大)、ダメージ(大)、額に怪我、腹部表面に裂傷、その他全身打撲など怪我多数(処置済)、全身に擦り傷、出血による貧血、輸液中、五代たち犠牲者やユウスケへの罪悪感、強い無力感、仮面ライダーアクセルに45分変身不可
【装備】アクセルドライバー+アクセルメモリ+トライアルメモリ@仮面ライダーW
【道具】食糧以外の基本支給品×1、名護のボタンコレクション@仮面ライダーキバ、車の鍵@???、おやっさんの4号スクラップ@仮面ライダークウガ
【思考・状況】
0:小野寺君……無事でいてくれ……。
1:第零号は放置できない、ユウスケのためにも対抗できる者を出来る限り多く探す。
2:五代……。
3:鍵に合う車を探す。
4:照井の出来なかった事をやり遂げるため『仮面ライダー』として戦う。
5:一般人は他世界の人間であっても危害は加えない。
6:小沢や照井、ユウスケの知り合いと合流したい。
7:未確認への対抗が世界を破壊に導き、五代の死を招いてしまった……?
8:もう悲劇を繰り返さないためにも、体調が治り次第トライアルの特訓を行い、強くなりたい。
【備考】
※『仮面ライダー』の定義が世界ごとによって異なると推測しています。
※麗奈の事を未確認、あるいは異世界の怪人だと推測しています。
※アギト、龍騎、響鬼、Wの世界及びディケイド一行について大まかに把握しました。
※変身に制限が掛かっていることを知りました。
※おやっさんの4号スクラップは、未確認生命体第41号を倒したときの記事が入っていますが、他にも何かあるかもしれません(具体的には、後続の書き手さんにお任せします)。



【名護啓介@仮面ライダーキバ】
【時間軸】本編終了後
【状態】疲労(中)、ダメージ(中)、左目に痣、決意
【装備】イクサナックル(ver.XI)@仮面ライダーキバ、ガイアメモリ(スイーツ)@仮面ライダーW 、ファンガイアバスター@仮面ライダーキバ
【道具】支給品一式×2(名護、ガドル)、ラウズカード(ダイヤの7,8,10,Q)@仮面ライダー剣、カブトエクステンダー@仮面ライダーカブト
【思考・状況】
基本行動方針:悪魔の集団 大ショッカー……その命、神に返しなさい!
1:直也君の正義は絶対に忘れてはならない。
2:総司君のコーチになる。
3:紅渡……か。
4:例え記憶を失っても、俺は俺だ。
【備考】
※時間軸的にもライジングイクサに変身できますが、変身中は消費時間が倍になります。
※『Wの世界』の人間が首輪の解除方法を知っているかもしれないと勘違いしていましたが、翔太郎との情報交換でそういうわけではないことを知りました。
※海堂直也の犠牲に、深い罪悪感を覚えると同時に、海堂の強い正義感に複雑な感情を抱いています。
※剣崎一真を殺したのは擬態天道だと知りました。
※ゼロノスのカードの効果で、『紅渡』に関する記憶を忘却しました。これはあくまで渡の存在を忘却したのみで、彼の父である紅音也との交流や、渡と関わった事によって間接的に発生した出来事や成長などは残っています(ただし過程を思い出せなかったり、別の過程を記憶していたりします)。
※「ディケイドを倒す事が仮面ライダーの使命」だと聞かされましたが、渡との会話を忘却した為にその意味がわかっていません。ただ、気には留めています。
※自身の渡に対する記憶の忘却について把握しました。



【左翔太郎@仮面ライダーW】
【時間軸】本編終了後
【状態】ダメージ(中)、疲労(中)、キングフォームに変身した事による疲労
【装備】ロストドライバー&ジョーカーメモリ@仮面ライダーW
【道具】支給品一式×2(翔太郎、木場)、首輪(木場)、ガイアメモリ(メタル)@仮面ライダーW、『長いお別れ』ほかフィリップ・マーロウの小説@仮面ライダーW
【思考・状況】
基本行動方針:仮面ライダーとして、世界の破壊を止める。
1:名護と総司、仲間たちと共に戦う。 今度こそこの仲間達を護り抜く。
2:出来れば相川始と協力したい。
3:浅倉、ダグバを絶対に倒す。
4:フィリップ達と合流し、木場のような仲間を集める。
5:乾巧に木場の死を知らせる。ただし村上は警戒。
6:もしも始が殺し合いに乗っているのなら、全力で止める。
7:もし一条が回復したら特訓してトライアルのマキシマムを使えるようにさせる。
8:ジョーカーアンデッド、か……。
【備考】
※オルフェノクはドーパントに近いものだと思っていました (人類が直接変貌したものだと思っていなかった)が、名護達との情報交換で認識の誤りに気づきました。
※ミュージアムの幹部達は、ネクロオーバーとなって蘇ったと推測しています。
※また、大ショッカーと財団Xに何らかの繋がりがあると考えています。
※東京タワーから発せられた、亜樹子の放送を聞きました。
※総司(擬態天道)の過去を知りました。
※仮面ライダーブレイドキングフォームに変身しました。剣崎と同等の融合係数を誇りますが、今はまだジョーカー化はさほど進行していません。
※トライアルメモリの特訓についてはA-1エリアをはじめとするサーキット場を利用するものと思われますが詳細は不明です。



【擬態天道総司(ダークカブト)@仮面ライダーカブト】
【時間軸】第47話 カブトとの戦闘前(三島に自分の真実を聞いてはいません)
【状態】疲労(中)、ダメージ(中)
【装備】ライダーベルト(ダークカブト)+カブトゼクター@仮面ライダーカブト、ハイパーゼクター@仮面ライダーカブト、レイキバット@劇場版 仮面ライダーキバ 魔界城の王
【道具】支給品一式×2、753Tシャツセット@仮面ライダーキバ、魔皇龍タツロット@仮面ライダーキバ、ブレイバックル@+ラウズカード(スペードA~12)+ラウズアブゾーバー@仮面ライダー剣
【思考・状況】
基本行動方針:天の道を継ぎ、正義の仮面ライダーとして生きる。
1:剣崎と海堂、天道の分まで生きる。
2:名護や翔太郎達、仲間と共に生き残る。
3:間宮麗奈が心配。
4:放送のあの人(三島)はネイティブ……?
5:ディケイドが世界の破壊者……?
6:元の世界に戻ったら、本当の自分のお父さん、お母さんを探してみたい。
7:剣崎、ごめんなさい。……ありがとう。
【備考】
※天の道を継ぎ、総てを司る男として生きる為、天道総司の名を借りて戦って行くつもりです。
※参戦時期ではまだ自分がワームだと認識していませんが、名簿の名前を見て『自分がワームにされた人間』だったことを思い出しました。詳しい過去は覚えていません。
※カブトゼクターとハイパーゼクターに天道総司を継ぐ所有者として認められました。
※渡より『ディケイドを破壊することが仮面ライダーの使命』という言葉を受けましたが、現状では半信半疑です。



【津上翔一@仮面ライダーアギト】
【時間軸】本編終了後
【状態】ダメージ(中)、疲労(中)、強い決意、真司への信頼、麗奈への心配、未来への希望 、進化への予兆
【装備】なし
【道具】支給品一式、コックコート@仮面ライダーアギト、ふうと君キーホルダー@仮面ライダーW、医療箱@現実
【思考・状況】
基本行動方針:仮面ライダーとして、みんなの居場所を守る為に戦う。
1:逃げた皆が心配。
2:大ショッカー、世界崩壊についての知識、情報を知る人物との接触。
3:木野さんと北条さん、小沢さんの分まで生きて、自分達でみんなの居場所を守ってみせる。
4:もう一人の間宮さん(ウカワームの人格)に人を襲わせないようにする。
5:南のエリアで起こったらしき戦闘、ダグバへの警戒。
6:一条さんの体調が心配。
【備考】
※ふうと君キーホルダーはデイバッグに取り付けられています。
※医療箱の中には、飲み薬、塗り薬、抗生物質、包帯、消毒薬、ギブスと様々な道具が入っています。
※強化形態は変身時間が短縮される事に気付きました。
※天道総司の提案したE-5エリアでの再合流案を名護から伝えられました
※今持っている医療箱は病院で纏めていた物ではなく、第一回放送前から持っていた物です。
※夜間でシャイニングフォームに変身したため、大きく疲労しています。
※ダグバと戦いより強くなりたいと願ったため、身体が新たに進化を始めています。シャイニングフォームを超える力を身につけるのか、今の形態のままで基礎能力が向上するのか、あるいはその両方なのかは後続の書き手さんにお任せします。


127:What a wonderful worms 投下順 129:レクイエムD.C.僕がまだ知らない僕(1)
126:ステージ・オブ・キング(3) 時系列順 127:What a wonderful worms
124:紅涙(後編) 一条薫 133:未完成の僕たちに(1)
津上翔一
擬態天道
名護啓介
左翔太郎



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最終更新:2019年07月05日 15:36