レクイエムD.C.僕がまだ知らない僕(2)◆.ji0E9MT9g
◆
「どう?驚いた?自分の変身アイテム、まさか僕にとられるとは思ってなかったでしょ」
レンゲルバックルを再度懐に戻しつつ、相変わらず人を馬鹿にするような笑いを浮かべながらゆっくりと歩み寄ってくるキングを前に、唯一存在していたはずの抵抗手段さえ奪われ思わず後ずさりする渡。
それでも許される限りの抵抗を、とその手に握りしめたジャコーダーを振りかぶろうとしたその瞬間、二人の間に滑り込む影が一つ。
「――待て」
小野寺ユウスケ、その人である。
強い意志でもって渡を庇う様に立った彼に対して、しかしキングは小ばかにするように鼻息を一つ鳴らすだけだった。
「クウガ。なんでサガを庇おうとするの?そいつは君を操って人殺しの道具にしようとしたんだろ?」
「そんなの関係ない。俺は俺の信じたいものを……俺が感じた渡の優しさを信じる」
「笑える。そうやって信じた結果が、アビスや強鬼をその手で焼きつくすことなわけ?
肝心なダグバはもっと強くなってピンピンしてるのにさ」
ダグバがより強くなった、という言葉に少しばかりの引っ掛かりを覚えつつも、ユウスケはしかしそれでももう迷う素振りを見せず真っ直ぐにキングを見据えた。
「確かに、それは俺が一生をかけて償わなきゃいけない罪だ。でも、それに囚われてうじうじしてるだけじゃ、結局誰も救えない。
少なくとも今俺が手を伸ばせば死なずに済む人がいるなら、俺はそれを見捨てることなんて出来ない。例え不格好でも、うまくやりきれなくても、これが俺だ、俺のやりたいことだ!」
そこまで言い切って、ユウスケは天に向け大きく右手を掲げる。
瞬間空より降った青の一閃は、渡にも見覚えのあるものだ。
やがて点と化したその高速の星をしっかりとその手で受け止めて、ユウスケは顔だけ渡に振り返った。
「渡、よく見ておけ。これが加賀美さんが俺に繋いでくれた力。人を、お前を助けるために俺に託してくれた力だ!
――変身ッ!」
――HENSHIN
掛け声とともに銀のベルトに叩き込まれたガタックゼクターから、ユウスケの全身を覆い隠すように青のヒヒイロノカネが形成される。
重厚な鎧に二門のバルカン砲を肩に構えた移動要塞、仮面ライダーガタック、そのマスクドフォームと呼ばれる形態が、再び渡の前に姿を現した瞬間であった。
変身の完了を示すように赤く闇夜に輝いたその瞳に全身を照らされながら、しかしキングは余裕の表情を崩さない。
「へぇ、ガタックか。それじゃ僕はこれにしようかな。
変身、っと」
あたかも適当に選んだ、というような言い草でキングは懐から黒地に金のエンブレムが入ったデッキを取り出す。
ガタックの鎧に反射したその姿に反応し現れたバックルにそれを装填すれば、キングの体はたちまち異形のものへと変貌した。
オルタナティブ・ゼロ、先の戦いで野上良太郎から奪い取ったその戦利品を、今またしても悪のために戦うアンデッドが纏った姿だった。
「さてそれじゃ、始めようか?」
「うおおぉぉぉ!!!」
オルタナティブのあくまで軽い言葉に、ガタックのどこまでも響くような咆哮。
それを合図にして、今新たな戦いの火蓋が切って落とされようとしていた。
◆
戦いを始めたガタックとオルタナティブを前にして、紅渡は一人戦場から踵を返していた。
戦えるだけの力がないためだ、制限のかかっていない力として見込んでいたレンゲルが敵の手に渡った以上、もう自分の手のうちに今使えるアイテムは存在しない。
時計を見れば時間もすでに4時を回っている。
もう少しで禁止エリアになるだろうここに執着するよりも、制限解除までをどこか別のところで休息するのが正しい選択ではないかと渡は感じたのだ。
「――どこ行くつもりだよ、渡」
乗ってきたバイクに向かってふらふらと歩いていた渡に、上方から降ってくる声が一つ。
聞き覚えのあるその声を無視するべきか数舜考えてしまったその時点で、既に渡は彼から逃げるタイミングを失ってしまった。
「キバット」
仕方なく見上げれば、そこにはどこか怒りを込めたように目を細めるかつての相棒の姿があった。
その失われた片目を見るたびに、渡はどうしようもなく胸を締め付けられる。
自分があそこで彼をこんな戦場に一人投げ出してしまったから、こんな傷を負うはめになってしまった。
自分と一緒にいても彼を利用してしまうだけだと決別したというのに、その結果として突き付けられたその痛ましい傷跡は、渡は嫌でもユウスケに言われた『逃げ』という言葉を痛感させる。
もしかしたら自分がキバットから逃げなければ、こんな傷を彼が負うこともなかったのでは。
そんな意味のない思考が、渡を捕らえて離さないのである。
「……なぁ、渡」
「キバット、僕のことは放っておいて。もう君と僕には、何の関係もない」
どこまでも変わらないキバットの問いかけに、渡はあくまでも拒絶で答える。
或いはそれが先ほどまでと同様キバットをしっかりと見据えたものであったなら彼もここでおとなしく引き下がったのかもしれないが、此度は違った。
本来は無関係であるはずだというのに持ち前の優しさであそこまで渡を説得してくれたユウスケの思いを、渡の相棒であるはずの自分が受け継げなくてどうする。
ここで彼をこのまま見送ることは、きっと誰も望んでいないことなのだ。
そう自分に言い聞かせるようにして、キバットは一つ自分の中の躊躇を飲み込んだ。
「――また逃げんのか?」
ピタリ、と渡の足が止まる。
彼が今の道を行ってしまったのはユウスケの指摘した彼の逃げについて、誰よりも近くで見ていながらそれを止めることをしなかった自分の責任でもあると、誰より強く自覚しながら。
「違う、僕は逃げるんじゃない、王は敵を前にして無様に逃げたりしない!」
「あぁそうだろうよ、お前が逃げんのはあのキングってヤローからじゃねぇ、ユウスケからだ!
あいつと一緒にいると自分の中の何かが変わっちまいそうで怖いから、だから逃げるんだろ?名護の時と同じように!」
キバットの必死の剣幕を前に、渡は少したじろいだ。
長年彼と共に生きてきて、幾度となくケンカしたこともあった。
だがその大半が下らない理由によるもので、しかも最後には大抵キバットが折れて終わっていた。
だからこそ、だろうか。
ここまで折れずに自分に反論するキバットを見て、今回はいつものように彼が折れて終わることはないのだろうと気付いた。
少なくとも渡にそう思わせる程度にはキバットが必死の思いで止めなければならないことを、自分はやっているのだと、そう思った。
「そんなこと言ったって、結局今の僕には変身もできない。
だから今の僕には退く以外に何も……」
「……出来るじゃねぇか、変身なら」
言って自分の胸(正確には口の下)を叩くキバット。
しかしそれを見て、渡はどうしようもないほどの怒りが沸き上がるのを感じていた。
「ふざけないで!言ったでしょ、僕は君をもう二度と利用したくないんだ。
自分の都合で君を利用するなんて、もう二度と――」
「勘違いすんじゃねぇ!」
だが返ってきたのは、渡が今まで聞いたキバットの声の中で、最も大きな怒号だった。
思いがけないその声量と、そこに込められているだろう感情に渡は思わず気圧されるのを感じていた。
「いいか、渡。
今はな、お前が俺を利用するんじゃねぇ、俺がお前を利用するんだ。
……ユウスケを助けるためにな」
「キバットが、僕を利用する?」
「そうだ、俺はこの通りボロボロだし、俺だけじゃ俺の我儘を聞いてくれた男一人助けてやることが出来ねぇ。
でもお前がいれば、それが出来る。ついでに、あのムカつくヤローをぶっ潰すチャンスだってな」
キバットの言葉は、渡にとって意外としか言いようがないものだった。
キングの打倒、劣勢であるユウスケへの助力、そして渡との間に生まれた確執。
それら全てを解決するために、キバットはきっと必死に考えたのだろう。
自分なら、その提案を蹴れるはずがないとそう思って。
「……だからよ、半分だけ力貸せよ、渡」
そう言ってキバットはニヒルに笑った。
きっとまだ自分を許し切ったわけではあるまい。
だがそれでもこの瞬間、利害の一致したこの瞬間だけでも、自分を仮面ライダーとして戦わせたいのだろう。
それに思い切り反抗することも出来なくはなかったが……今の渡には、それも意味のないことに思えた。
そして何より、視界の先で青い仮面ライダーを蹂躙し嗤う黒い戦士を見たとき、それ以上の思考は渡にとって不要なものと化したのだ。
黙って頷いた渡に、キバットもまた頷き返す。
それだけで、二人にとってお互いの意思を確認しあうには十分だった。
「っしゃあ、それじゃ久々に……キバって、行くぜええぇぇぇ!!!」
ビュンビュンと渡に周囲を飛び回ったキバットが、渡の掲げた右手に収まる。
そのまま慣れた手つきで渡の手にキバットが噛みつけば、溢れ出す魔皇力が彼の体を迸り、渡の全身にステンドグラスのような紋様を浮かび上がる。
それと同時腰に巻き付いた真紅のベルトの中心にキバットを収めると、渡の全身は新たに生成された鎧に包まれた。
仮面ライダーキバ。
キバの世界を代表する仮面ライダーが、今本来の装着者を伴って再びこの場に姿を現したのである。
その身に抱いた思いは違えども、為すべきことはただ一つ。
低く構えたキバは、視線の先で火花を散らす両雄に向かい飛び込んでいった。
◆
分かっていた話ではあるが、キングは強かった。
マスクドフォームの防御力に頼っていても、疲労した現状ただ相手のいいように時間を浪費するだけだと早々にライダーフォームへと変じていたガタックは、しかし未だに苦戦を強いられていた。
こうなった原因は、ライダーシステムそれぞれの優劣によるものではない。
ただ純粋に、ガタックに変身する自分の体力が今対峙しているキングに比べ思い切り劣る結果なのだと、ユウスケは分析していた。
牙王との戦いの時にも似た状況、しかしあの時と違い一人でただ一条を背負い歩き続けたこの数時間が、あの時よりもユウスケから体力を奪っていたのだ。
(今の体力的に、クロックアップできるのは精々あと1回か2回。
今のままじゃ決めきれない、何か……何か奴の気が逸れるようなことがあれば……!)
クロックアップは、ZECT製ライダーであれば標準装備されているというその手頃さ故勘違いされがちだが、実際のところ高速移動中に体にかかる負担は多大なものである。
未だ能力の全貌を露わにしないオルタナティブを前に自身の切り札を切るには、何か彼を動揺させるだけの何かが足りないと、ガタックは勝負を決めきれずにいた。
「……ん?」
そんな時、両者の耳に飛び込んできたのは、勇ましい戦士の足音。
断続的に聞こえてくる、鎖が金属に触れ合うような音はユウスケにも非常に聞き覚えのあるものだった。
「渡、キバット!」
「ハアァァァァ!!!」
ガタックの喜色を帯びた呼び声に反応することなく、キバはその勢いのままに飛び上がりオルタナティブに拳を振りぬく。
確かな威力を誇ったはずのそれを難なくその手に持った大剣の腹の部分で受け止めながら、オルタナティブは再び嘲るように鼻で笑いながら口を開いた。
「やぁキバ。お友達の蝙蝠君と喧嘩してるっていうから楽しみにしてたのに、もう仲直りしちゃったの?つまんないなぁ」
「勘違いすんじゃねぇ!俺たちは今てめぇをぶっ倒すためだけに協力してるだけだ。
俺はまだ渡をキチンと許したわけじゃねぇ、ユウスケにやったこと謝るまで、俺はこいつを相棒とは認めねぇ!」
「あっそ、てか最初から君には聞いてないし」
ただ吐息だけでオルタナティブへの敵意をむき出しにする渡に、彼の代わりに応対するキバット。
なるほどこれは最高の相棒だと、キングは心中で静かに嗤った。
それと同時キバが繰り出したハイキックを今度は切り落とさんとするが、しかし右足を封印するカテナによって阻まれ甲高い金属音を生じさせるのみだった。
「やる気になってくれたとこ悪いんだけど、君たちの相手は後ね。
まずはクウガと遊びたいから――」
――ADVENT
そしてそれにより数歩後退ったキバが再び自分に向けて殴りかかってくる寸前に、オルタナティブは自身のデッキよりカードをバイザーに読み込ませていた。
ガタックの持つカリバーから質量を無視して飛び出したオルタナティブの契約モンスター、サイコローグは主の命じるままにキバに襲い掛からんと大きく両手を広げる。
「させるかッ!」
――CLOCK UP
しかしそこで、ガタックの切り札が発動する。
契約モンスターを倒せば弱体化するという『龍騎の世界』の仮面ライダーの性質上、ここでキバと分断させられ変身時間を浪費するよりは、ここでクロックアップを使用し一気に勝負を決めようと考えたのである。
そしてそのままガタックは両手に持ったカリバーを合わせ必殺の一撃を――。
「そんなことくらい、僕が読んでないと思った?」
後方より突如現れたオルタナティブの攻撃で阻止された。
ダブルカリバーをカッティングモードから双剣の状態へと戻し、何とか二撃目以降を凌いだガタックは、ことここに至って自分の甘さを呪った。
大ショッカー幹部が、自分の変身したガタックを見てわざわざ手持ちの中から選んだ姿だ、高速移動に準ずる能力やそれに抵抗できる手段くらい、持っていて当然だと警戒して然るべきだったはずだ。
自分の愚策を悔いる中、防戦一方のまま貴重なクロックアップの時間が終了する。
同時にオルタナティブの契約モンスターがキバを闇の彼方へと強引に移動させ、残されたのはまたしても自分たち二人のみとなってしまった。
もう助けも望めないだろうだだっ広いこの荒野、先ほどよりも消耗した体力が、頼みの綱である高速移動能力を拒絶する。
どうしようもない危機的状況でしかし、ガタックはまだ何も諦めてはいなかった。
大ショッカーの幹部を倒し、これ以上犠牲になる人を増やさないためにも、大ショッカーに反抗すると誓った自分の思いが嘘ではなかったと証明するためにも。
ここで立ち止まることなど許されないと、ガタックは決意を新たにカリバーを大きく振りかぶった。
◆
オルタナティブとガタックの戦いから少し離れたところで、今また新しい戦いが始まろうとしていた。
キバとサイコローグ、向き合った両者。
意思の存在しないモンスターを前に、しかしキバは一切の油断をすることはなかった。
先代の王や自分自身も使用したゾルダという仮面ライダーの力、そのシステムの大体を理解した渡にとって、この契約モンスターという存在の有用性は痛いほどに分かっている。
そして同時に、自分たち参加者が契約モンスターを現界させたときに発生する消滅までのタイムリミット。
あのキングという幹部に首輪は存在しておらず、ゆえに変身制限が存在しないだろうことを思えば、もしかすればこうして現れた契約モンスターも制限なく彼が望む限り現実世界に存在できるのかもしれなかった。
そして自分たちが倒すべきは目の前のモンスターではなくそれを操るキングであるという事情を鑑みれば、むしろ10分という明確な変身制限が存在する自分のほうがより不利だと言えるだろう。
「ハァッ!」
まどろっこしい思考のすべてを一旦無に帰すかのように、キバは勢いよくサイコローグに向け右拳を振るった。
その拳は敵の防御に呆気なく受け止められるが、それで怯むキバではない。
続けざまに左右の拳を連続で繰り出し、敵の防御を崩さんと神速の勢いで攻撃を重ねていく。
そしていつしか生まれた一瞬の隙、右ストレートによって数歩後ずさったサイコローグに、続けざまに放たれたキバの鋭い蹴りが突き刺さっていた。
無防備に吹き飛んだ敵に、続けて追い打ちを仕掛けるため駆け寄るキバ。
しかしそれを前にして、サイコローグの身体は一瞬で人型からバイクへと変貌していた。
「な、何ィ!?」
思いがけない展開にキバットが驚愕の声を上げると同時、瞬きの間に最高時速まで加速したサイコローグがキバを目掛けて突貫してきていた。
間一髪横に転がり攻撃をやり過ごすが、急旋回し猛スピードで繰り出された二度目の突進は躱し切れずキバは大きく吹き飛ばされた。
地を転がり肩で呼吸するキバのもとに、間髪入れずにサイコローグが突撃してくる。
「クソッ、ちょこまか動き回りやがって……。
そっちがその気ならこっちだって――バッシャーマグナムッ!」
キバットに導かれるようにホイッスルを彼に噛ませたキバのデイパックから、緑の彫像が飛び出してくる。
何の変哲もないそれは魔皇力を受け一瞬で銃のような形状へと変形し、右手でそれを握りしめたキバの身体もまた深緑に染まった。
仮面ライダーキバ、バッシャーフォーム。
高い機動力と遠距離からの自在な攻撃を可能とする、キバとその従者が融合した姿だった。
「さっさと決めるぜぇ、バッシャーバイトッ!」
バッシャーフォームへと変身したキバがマグナムをキバットに噛ませると、彼の足元を起点としてアクアフィールドと呼ばれる亜空間を発生した。
向かってくるサイコローグを水面を滑るように移動して難なく回避し、キバはそのまま銃口を彼へと向ける。
しかし対峙する敵もまたそうした攻撃は読んでいたのか、キバを中心にするように円を描きながら徐々に距離を詰め、攪乱と攻撃を両立させる。
このままではまともに照準を定めることは出来ず、キバに待つのはただ行き止まり(DEAD END)のみである。
そう、彼が持っているのがただのマグナムだったなら、それは避けられなかっただろう。
「ハアァァァァ……」
緩くゆっくりと息を吐きだしながら、キバはサイコローグが奏でる喧騒に気を取られることなく銃口を引き絞った。
瞬間放たれた水の弾丸は、当然のように敵を直撃することなく彼方へと消えて……はいかない。
一度行き過ぎたかに思えたそれは、次の瞬間凄まじいスピードで標的へ追跡を開始する。
どんどん、どんどんとサイコローグが円の中心であるキバへ距離を縮めるたびに、キバの放った弾丸もまた彼へ肉薄していく。
そしてまさにサイコローグがキバへと襲い掛からんとするのと同時、水の弾丸は彼へと着弾し、激しい爆発がキバを包み込んだ。
◆
「ほらほらどうしたの?そんなもんじゃないでしょ?さぁ戦ってよ仮面ライダー」
薄れかけた意識が、癇に障る高い男の声で覚醒する。
こいつにだけは屈してはならない、何度目になるかわからないその覚悟で崩れかけた構えを何とか保つ。
この戦いが始まってはや数分、未だにガタックはオルタナティブに対して有効な攻撃を浴びせることが出来ていなかった。
もういつ変身制限が訪れてもおかしくはないと逸る気持ちが、より一層ガタックの消耗を加速させ彼から冷静さを奪っていく。
その一部始終をすべて分かったうえで観察するのが面白くて堪らないとばかりに笑い続けるキングの声が、ひたすらに腹立たしかった。
「お前は放送で、誰かを守るために戦った仮面ライダーの死を侮辱した。
だから俺が、ここでお前を倒す。お前が馬鹿にした、その誰かを守るための力で!」
「へぇ、誰かを守るために戦う仮面ライダーって、例えばもう一人のクウガ、とか?」
「あぁそうだ!五代さんもあの石で操られていたとしても、本当は正義のために戦いたかったはずなんだ、それを――!」
思わず語勢の強くなったガタックの耳に、ケタケタと笑い声が響く。
あぁ全く、こいつの話にまじめに取り合うだけ時間の無駄だったかと肩を怒らせる彼に対し、しかしオルタナティブは軽薄に嗤うのをやめない。
「いやごめん、ちょっとおかしくってさ。
だって君が影響受けまくってるもう一人のクウガ、それを殺したのはほかでもない君の大事な仲間のディケイドなんだから」
「……は?」
キングのその言葉について、脳が理解を拒んでいるのが分かった。
士が、五代さんを……一条さんにとって最高の友人で最も信頼のおける存在だと言っていたもう一人の仮面ライダークウガを、殺したと?
地の石による誤解が生んだ結果かもしれない、そもそもキングの吐いた嘘、出まかせかもしれない。
そんな甘い考えが脳を過るのと同じくらいに、もしかしたら士が破壊者として彼を破壊したのではという懸念が思考を占領していく。
世界がどうとか関係なく、五代さんを破壊した破壊者として士と戦わなければいけないかもしれないという不安は、どうしようもないほどに強かった。
どうしようもなく拭いきれないジレンマに陥りかけたガタックを、オルタナティブの放った横薙ぎの一撃が襲う。
間一髪直撃は避けることに成功するが、ほんの数cm胸元を掠めたその衝撃だけで、ガタックの身体からは火花が散り、遂に彼は膝をついた。
立ち上がろうとした瞬間自身の喉元に突き付けられたオルタナティブの大剣によって、ガタックはこの戦いの勝敗を察する。
どうしようもない、一切の異論も認められないほどに、ユウスケの完敗、キングの完勝であった。
「ね?だから言ったでしょ?口先だけの正義の味方とか弱いだけだって。
ルールも分かってないのに運だけで勝ち残っちゃった雑魚はさっさと退場してくれなきゃ」
「運……だけ?」
「そうだよ。僕の言ってること違うだのなんだのってうるさいくせに、誰一人僕より強い仮面ライダーなんていないんだ。
つまり結局僕が言ってることが正しいってわけ。君たち仮面ライダーはみんな、間違ってるから弱いんだよ」
ビュンと風を切り振り上げられた大剣がそのまま重力に従ってガタックの首に振り下ろされる。
そのまま一切の抵抗さえ感じさせず地面に叩きつけられると思われたその剣はしかし、ガタックの頭上、彼が掲げた一対の双剣に阻まれていた。
「なッ……!?」
「間違ってるのは、お前だ。キング……!
お前が今まで負けなかったとしたらそれはお前が、自分が有利になれる状況でしか戦おうとしない卑怯者だからだ!」
ぴしゃりと言い切ったガタックに、オルタナティブは初めて僅かばかりの苛立ちを見せた。
だがそれだけでガタックの言葉は止まりはしない。
今まで良いように言われた分を取り返すかのように、彼はまた口を開いていた。
「一瞬でもお前の言葉に揺らいだ自分が恥ずかしいよ……!
けどもう俺は迷わない。人を守ることも、士のことも、俺は全部諦めない。
もう二度と、悩んで立ち止まったりしない!」
――RIDER CUTTING
新たな決意を叫んだガタックに呼応するかのように、ガタックの持つ二本のカリバーにタキオン粒子が流れ込んだ。
ちょうどクワガタの鋏のような形でオルタナティブの大剣を挟み込んだダブルカリバーは、そのままじりじりと二人の間の力関係を逆転させていく。
今まで膝をついていたガタックが徐々に立ち上がり、逆に今まで常に余裕を崩さなかったオルタナティブは徐々に呻き声をあげガタックの想定外の粘りに驚きを隠せないようだった。
高まり切ったエネルギー、完全に形成を逆転させた両者の間僅かの間競り合っていた均衡は一瞬で砕け散った。
オルタナティブの持つ大剣が、ガタックのライダーカッティングに耐え切れずその刀身を真ん中から二つに別ったのである。
それにより大きく体勢を崩したオルタナティブは、しかしすぐに立て直そうと一歩後ろに飛びのこうとする。
「ああぁぁぁぁぁぁッッッ!!!」
だが、それを許さなかったのはガタックのタキオン粒子を帯びた右足だった。
オルタナティブが仰け反ることさえ見越した間合いで放たれたその蹴りは見事に敵の胴体を捕らえ、彼方へと吹き飛ばす。
それにより生じた爆発の中、制限により変身を解除され地に膝をつき肩で大きく呼吸をしながらも、ユウスケは大きく腕を空へと突き上げた。
「――で、まさか今のが僕の本気、とか思ってないよね?勘違いしないでよ、これからが本番だから」
だが次の瞬間、僅かな苛立ちを含ませながらも、未だ健在のキングが煙の中から現れる。
先ほどまでと一つ違うことがあるとすれば、彼の姿がオルタナティブではなく軽薄な青年のものに戻っていることだ。
今し方変身を強制的に解除されたというのに浮かべている軽薄な笑みを見れば、なるほどこれからが本番というのはあながち嘘ではないらしい。
しかしそんなキングに対し、こちらにはもう変身手段どころかまともな抵抗を出来るだけの体力さえ残されてはいない。
今度こそ万事休すか、そう思われたユウスケの瞳はキングの後方よりゆっくりと歩み寄ってくる、牙王やダグバにも遜色ないほどの威圧を誇る戦士を捕らえた。
それは、今キバの持てる中で最高の形態、渡とキバット、そして彼に仕える三体の従者が一体化した姿。
仮面ライダーキバドガバキフォームがゆっくりと、しかし確実にキングに向け歩を進める姿だった。
「今度は君が相手?キバ。なら僕だって……変身」
しかしキバの威圧に一切怖じけぬまま懐から新しいデッキを取り出したキングは、東病院から持ち出してきた鏡の破片にそれを翳す。
それによって装着されたVバックルにデッキを勢いよく叩き込んで、彼の姿は刹那のに青藍の騎士に変じた。
「蝙蝠には蝙蝠……って奴?」
仮面ライダーナイトサバイブと化したキングは、不敵な笑みを浮かべたまま剣を構えキバに突撃する。
ガキン、と甲高い音を響かせてキバはダークバイザーツヴァイをユウスケのデイパックから呼び出したガルルセイバーの刃で、まんじりともせず受け止めていた。
次の瞬間、生まれた拮抗に甘んじず、キバの引き絞ったバッシャーマグナムの引き金がナイトに向かって火を噴いた。
弾丸の直撃を受け大きく吹き飛ばされたナイトは、しかし予想通りと言わんばかりにバイザーを弓状に変形させ無数の矢をキバに向けて放った。
すんでのところでガルルセイバーを振るい、空気の矢を全て切り落とすが、しかし先の対処速度を見れば、単に情報量に頼り切っているだけではなくこのキングという男が――一番かはともかく――強いというのは満更嘘でもないようだった。
「そういえばさ、キングっていう名前は、一番強いただ一人だけが名乗っていい名前なんだよね。
君はあの“王様”より強いけど、僕より弱いんだからその名前使われるとムカつくんだよね」
「ならやはりキングは僕だ。僕も……それにあの人も、お前より強い」
「言ってくれるじゃん……!ならやってみなよ、無理だと思うけど!」
その言葉を合図にするように、両者は互いに一斉の距離を詰めた。
再度剣を構えキバを切りつけんとするナイトに、キバは出し惜しみは不可能だと悟ったか、ザンバットソードの名を持つ大剣とドッガハンマーの名を持つ槌を構える。
ダークバイザーの刀身をザンバットで受け止めそのまま大きく振りかぶったドッガハンマーを思い切りスイングすれば、しかしそれはナイトの左腕に装着された盾状のバイザーに阻まれ本体には届かない。
しかしその一撃のあまりの重さにナイトの動きが一瞬でも硬直すれば、それでキバには十分だった。
片手のみで無理矢理に扱っていたドッガハンマーを乱暴に投げ捨てて、キバは両手でザンバットを振り下ろす。
何とか己の得物でそれを凌ごうとナイトは藻掻くが、しかし先の一撃で生まれた身体の痺れによってまともな防御も叶わぬまま全身から火花を撒き散らした。
呻きと共に後ずさり思いがけないキバの底力に意図せず圧されたナイトが顔を見上げた時には、既にそこに敵の姿はなかった。
まさか。敵の狙いに気付きハッと空を見上げたときには、もうそれは完了していた。
「――ウェイク、アアァァップッ!」
勝利宣言にも聞こえるキバットの叫びが聞こえるのと同時、キバの身体は月まで飛び上がった。
解放された右足のヘルゲートはそこにのみキバ本来の力が取り戻された証拠。
ダークネスムーンブレイクの名を持つその最強の一撃を、歯噛みし見上げながら、ナイトは必死の思いで何とか盾を構える。
必死に歯を食いしばり相手の一撃をただ享受せざるを得ないその姿には、最早先ほどまでの余裕は微塵も感じられなかった。
「――キバれぇぇぇぇぇ!!!」
キバットの絶叫に合わせて、キバの身体が急降下する。
右足をナイトに向け真っ直ぐに伸ばし迫るその姿は、まさしく死神のようだった。
ドン、と激しい音を響かせてキバの足とナイトの盾が接触し、その勢いのあまりそのままの体勢で彼の身体は大きく引きずられていく。
しかしその拮抗も長くは続かない。
キバの蹴りはナイトの盾をも超えてその一撃を敵へと届かせたからだ。
盾により幾分か威力は死んだものの、しかしなおも並の怪人であれば容易に撃破できるだけのキバの蹴りを胸に受けて、ナイトの身体は大きく爆発を起こしたのだった。
最終更新:2018年08月18日 10:46