飛び込んでく嵐の中(2) ◆JOKER/0r3g


 クスクスと笑いながら、しかし油断なく構えたコーカサスを前に三人の仮面ライダーもそれぞれ構え――。

 「――ヌゥゥン!」

 ――戦いの火蓋を切ったのは、ファイズだった。
 その右手にはファイズショットを嵌め、肉弾戦特化であろうコーカサスに少しでも対等に立ち合おうとする気概が感じられる。
 掛け声と共に思い切り跳び、急降下の勢いも含めてたったの一撃でコーカサスを戦闘不能にしかねないほどの威力の拳を放った。
 さしものコーカサスも気合を込めたその一撃をタダで食らうわけにはいかなかったのか、大きく後方へと回避することでそれをやりすごす。

 先ほどまで自分がいた場所が大きく抉れるのを見て、多少の愉悦とファイズへの興味を覚えたコーカサスはしかし、次の瞬間意識外から迫る銀の矢に気付いた。
 何とか体制を立て直し、攻撃を受けた方向に視線を向ければ、そこにあったのはゼクターのついた左腕を真っ直ぐに伸ばしながらこちらに向け駆けるザビーの姿。
 ザビーが射出し続けるニードルに視界を阻害されつつも、間近にまで迫った彼のハイキックは左腕で受け止める。

 「クッ」

 ザビーが漏らした短い声は、戦闘が始まってすぐの奇策を無駄にされたことに対してか、それともカウンターとして決まったコーカサスの拳の威力に対してか。
 ともかく表立って怯んだ様子も見せず軽やかなステップで後方へと下がったザビーの代わりに、再度ファイズがその拳で殴り掛かってくる。
 この会場にきてすぐに見た仮面ライダーではあるが、なるほど変身者も違えばここまで技巧派に様変わりするものかと感心しつつ、コーカサスは意趣返しの意も込めて拳には拳で返した。
 ファイズショットを装着したファイズの拳と比べてもなお劣らぬ威力を持つその金色が接触した瞬間、周囲に爆音と衝撃が到来する。

 「グッ……!?」

 その衝撃に吹き飛ばされる愚は犯さないながらも、思わず呻くファイズ。
 噂にこそ聞いていたとはいえ、自分と互角にやりあう初めての存在に動揺を隠し切れない様子であった。
 そしてそれは、コーカサスも同じ。どうやら彼は楽しませてくれそうだと狙いを定めたその瞬間、しかしそのひと時を阻害するように彼方より到来した銀の針が、再び二人の戦士を引き離していた。

 それを見て、コーカサスはようやくザビーの役割を理解する。
 なるほど本来の変身能力であるギャレンと同じく、ザビーの力もまた狙撃手兼前衛として使うということか。

 しかしファイズに気を取られていたからこそ面食らったものの、今の程度の攻撃では別段効果的などとは思えない。
 であればやはりまずはザビーから片付けて残るファイズと存分に戦うか、とコーカサスが考えた、その時だった。

 ――CYCLONE! MAXIMUM DRIVE!

 いつしか聞いたような電子音声が響いたかと思えば、コーカサスの身体は突如発生した暴風に大きく引きずられザビーから引き離されていく。

 「――ッ!」

 声にはならない気合でそれを吹き飛ばしつつ風の発生地点を睨みつければ、そこにあったのは白いボディに赤いラインの入ったライダーの姿。
 その腕に纏う風の流れを彼が生じさせたのだとすれば、なるほど後方支援としては十分に期待できるだろう。
 緊張を絶やすことなくこちらを囲む三人の仮面ライダーを前に、コーカサスは一つ息を吐き背負っていたデイパックを地に落とした。

 「よかった、君たちなら楽しめそうだし。
 ――これ、使うね?」

 言いながら封を開けそこから彼がおもむろに取り出したのは、赤い大剣。
 コーカサスの屈強な鎧になお見劣りしないような圧迫感を思わせるそれを前に、一人戦慄以上の反応を返したのはエターナルだった。

 「それは……照井竜の……!」

 そう、それは先の戦いにおける戦利品、エンジンブレード。
 切れ味はもちろんその重量も相当のもので、入手してから極めて短い時間ながらダグバのお気に入りの一つになっていたのである。

 ――ENGINE

 エンジンブレードのスロットルを開放しつつギジメモリを起動するコーカサス。
 それをただ見ているわけにはいかないと直感で察したか、ザビーはゼクターからニードルを射出する。
 だがその程度は最初から予想済み。素早くスロットルを閉じ通常のブレード形態で一振りすれば、それらはコーカサスに触れることさえ叶わずその質量を消失させた。

 「まずい……ッ!」

 ミッションメモリーをファイズエッジに差し替えながら、ファイズは駆ける。
 素手のコーカサスにさえ三人がかりでかかってもなおギリギリの状況なのだ。
 これにリーチまで加われば、自分たちの勝機が薄くなるのは明白、何としてでもあのメモリの挿入だけは避けなければ。

 その願いと共に振り下ろされた剣は、しかしコーカサスには届かない。
 ファイズが飛び出るまでに生じた一瞬の隙の間に、コーカサスは既にメモリの挿入を終えエンジンブレードの刀身で以てその一撃を受け止めていたのだから。

 ――ELECTRICK

 互いの得物同士による競り合いの形になるかと思われたその瞬間、コーカサスはトリガーを引きメモリに秘められた能力の一つを発揮させる。
 それにより生じた電撃は、エッジを伝いファイズへと感電し……その身から火花を飛ばした。

 「なッ……!」

 「じゃあね」

 思いがけないダメージに咄嗟にエッジから手を離したことをファイズは悔いるが、しかしもう遅い。
 彼が意識を取り戻した次の瞬間には、コーカサスの横薙ぎに振るった一撃がそのまま彼の鎧を深く切りつけ彼方へと吹き飛ばしていたのだから。

 「村上!」

 呻き声を発することさえ許されず弾き飛ばされていったファイズに驚愕を隠し切れぬまま、しかし立ち尽くしているわけにはいかないとザビーは再度ニードルを飛ばす。

 ――JET

 だが、それは最早エンジンブレードの刀身にさえ届くことはなかった。
 電子音声と共にブレードの剣先から放たれた赤いエネルギーが、全てのニードルを真正面から貫通していたのだから。
 そして、彼の攻撃が防御のみで終わるはずもない。ニードルが放たれたのはザビーの腕先、なればコーカサスの放ったジェットの一撃がザビーを捕らえるのはごく自然なことだった。

 「ぐはッ!」

 その身から火花を散らし吹き飛んでいくザビーを気にもせず、コーカサスはエンジンブレードを構え歩みだす。
 残る一人、エターナルのもとへと。

 「その力、よくわからないけど面白そうだね?僕に頂戴」

 「……なんだって?」

 どこか弾んだ声で、コーカサスは言う。
 その声に含まれている関心の理由はわからないが、ともかくエターナルにとって、この状況は当初想像していたもののいずれよりも遥かに悪いものだった。
 村上と橘、二人の仮面ライダーがダグバに敵わないのはまだ想定の範囲内として、なぜか自分が変じているエターナルの力が自分の知るものと大きく異なるのである。

 大道克己のエターナルに存在していた、ありとあらゆる攻撃を弾き飛ばすエターナルローブや、通算26にもなる膨大な数のマキシマムスロットなど、その強みであった要素が一切今の自分には見られない。
 自身が把握するエターナルに大道克己が変身してなお五分か分が悪いというところなのに、言ってしまえば不完全体に過ぎない今のエターナルを纏った自分では、ダグバなどという常識外れの化け物を相手どれるはずもない。

 「させるかぁ!」

 いよいよもって覚悟を強いられたエターナルの前にしかし、再びコーカサスに立ち向かわんとザビーが飛び掛かった。
 その手は既に腰に回っていて、クロックアップによってコーカサスの動きを強制的に自分に向けさせようとする狙いが感じられる。
 だが一方で突如背後から襲われ不意をつかれたはずのコーカサスは、特段驚きを示す様子もなく再びエンジンブレードのトリガーは引き絞っていた。

 「クロックアップ!」

 ――STEAM
 ――CLOCK UP

 大きく叫び腰のスイッチをスライドしたその瞬間に高速空間へと移行したザビーは、しかし突然に発生した蒸気による目くらましに思わず二の足を踏んだ。
 一体何事かと状況を判断してみれば、どうやら自身がクロックアップを発動するのと同時にコーカサスがエンジンブレードの剣先から地面に向けて高密度の蒸気を放ったらしい。
 本来であればほんの数秒姿を眩ますだけであっただろうそれは、しかし今ザビーが自ら発生させた高速空間によって今や無限に続く暗雲のようにも感じられた。

 「――ッ!」

 しかし、それでもなおザビーは怯まない。
 雄叫び一つ響かせて、高密度の蒸気へとダメージさえも厭わずに飛び込んだ。
 ザビーの鎧を纏ってもなお素肌に焼き付くその熱量に一瞬で体力を奪われながら、それでもなおその白の先にいるはずのコーカサスへ向け鋭く左腕を貫いて。

 「何!?」

 その腕が、何の手ごたえも得ることなく遂にその全身が蒸気を通過したことに、思わず驚愕した。
 だが、そこで気付く。背後から迫る、青い双眸に。

 「しまッ――!」

 振り返ろうとしたときには、既に遅かった。
 ザビーがスチームへの対処に奮闘しているその間に、コーカサスもまたクロックアップを使用し自身の背後に回り込んでいたのだ。
 発生した蒸気を乱すこともなく、足音一つたてぬその立ち回りにザビーはまんまとコーカサスの掌の上で転がされていたのである。

 都合二度。コーカサスが振るったエンジンブレードの前に、ザビーがクロックアップを維持できたのは、そこまでだった。

 ――CLOCK OVER

 しかしそれで攻撃が収まるはずなどなく三度(みたび)コーカサスは剣を振るう。
 今までと違い緩やかに空中を浮遊するザビーの身体に直撃したその一撃は、その鎧を引き剥がし橘朔也の生身を彼の眼前に晒した。
 であれば、次は四度目。コーカサスの腕は、しかし今までのザビーに向けるそれと変わらない勢いで橘に肉薄する。

 クロックアップによって齎された、この高速空間。
 ザビーさえ排除した今、ダグバが振るうその蹂躙すべき暴力を観測できる存在などおらず、その剣は何の問題もなく橘を両断するはずだった。
 だが、それは成されない。コーカサスが振るったその剣を受け止める、新たな黒と銀の戦士がそこに現れたからだ。

 「どうやら、間に合ったようですね……」

 焦燥感を含んだその言葉とは裏腹にどこか余裕をにじませる態度を崩すことなく言うその戦士の姿に、コーカサスの心は躍った。
 コーカサスの切っ先を輝き放つ赤色の剣で受け止めるのは仮面ライダーファイズ、その加速形態であるアクセルフォーム。
 つまりは、ダグバにとって現状この場で最も実力を見込める存在であったのだから。

 「君も、早く動けるんだね」

 「えぇ、短い時間ですが……あなたを倒すのには十分だ」

 声を低め、威圧を込めて放たれたファイズのその言葉にざわつく自分を感じつつ、コーカサスはその剣先をファイズに向けた。
 そこから先交わされた剣の舞は、もはや筆舌に尽くしがたい。
 一振り一振りが必殺の威力を込めるお互いの剣を、それぞれがあるときは受け止め、あるときは受け流し、あるときは躱しながら縦横無尽に飛び交い続ける。

 ――3

 コーカサスにとっても決して退屈のない至高であったはずのそれは、しかし永遠には続かない。
 ファイズの腕のアタッチメントから放たれた電子音声が来る終焉への秒読みを開始したのである。
 どことなく萎えるのを自覚しつつ、しかしコーカサスは最後の瞬間まで楽しむためにもう一度ブレードのトリガーを絞った。

 ――ENGINE! MAXIMUM DRIVE!

 高らかに宣言された電子音声に呼応するように、エンジンブレードは最高潮までそのエネルギーを高めていく。

 ――2

 腕に嵌めた腕時計型アタッチメントがまた一つ数を数えるのに合わせて、ファイズもまたエッジを構えコーカサスに向けて突撃する。
 真っ赤に怒張しその存在感を示すエンジンブレードと、輝きを放つファイズエッジ。
 相応の実力者にそれぞれ応えうるだけの強度を誇る二つの剣が、その実力を証明せんと一際強く輝きを放って。

 ――1

 また一つカウントを数える声にしかしもう気を向けることもなく、両者は一斉に駆けだした。
 高速を誇るその足が互いを間合いに捕らえるまで、瞬き一つの時間も要することはない。
 そうなればもう、両者の間に迷うことなど何もなかった。

 「はあああぁぁぁ!!!」

 「ハハッ、ハハハハハッ!!」

 ファイズは雄叫びを、コーカサスはただ笑い声を上げて、その剣を相手に向けて振り下ろす。
 瞬間生じたあまりのエネルギーに互いの得物は悲鳴をあげるが、しかし気にしない。
 これで終わりにするという思いで以て、躊躇なく全力を振りぬいた。
 果たして、その結果は――。

 ――TIME OUT
 ――CLOCK OVER

 勝負が決したその直後に、それぞれの高速化を可能にしていたツールがその終了を告げる。
 それにより急速にその鎧を収束させていくファイズと背中合わせに立ちながら、コーカサスは此度の打ち合いにおける勝者がどちらなのかを察していた。
 高速の世界で行われた、頂上の対決。
 果たしてその勝負の行方は、自身の胸でその存在を誇張するφの赤文字が示していた。

 (けど、まだ終わりじゃないんだよね)

 だがここで止まるほど、コーカサスは……否ダグバは甘くない。
 こちらの一撃に勢いを削がれたか、敵の剣もまたこの鎧を自分から剥ぐには足りなかった。
 であれば、止まる必要もない。この仮初の勝利に自惚れるような輩なら、ここで自分が下せばいいのである。

 ――RIDER BEAT

 カブティックゼクターが、タキオン粒子の高まりを告げる。
 一瞬で全身を伝いそして再び右腕に収束したエネルギーの塊を、後方で勝利に酔いしれている男に見舞うため思い切り振り返った、彼が見たのは。

 ――EXCEED CHARGE

 その拳につけたパンチングアタッチメントにエネルギーを充填させ自分と寸分違わぬ勢いで思い切り振り返るファイズの姿だった。
 そしてその姿にダグバが抱くのは、承認と、そして何よりの愉悦。
 そうだ、それでいい。いや、そうでなくては面白くない――!

 思いがけず現れた好敵手に、高らかに笑いを上げながら拳を振るう。
 気合、緊張、愉悦、嫌悪、興奮――。
 相容れない思いを持つそれぞれの拳が交わりあったその瞬間。
 あたりは、爆発に包まれた。


 ◆


 「凄まじい戦いだ……」

 眼前で繰り広げられるダグバと村上の戦いに対して、ようやくエターナルと橘との間に言葉が介在したのはそれが初めてだった。
 というより、あまりにも鬼気迫る両者の姿に、歴戦の仮面ライダーであるはずの彼らが揃って気圧されていた、というのが正直なところであろうか。
 ダグバの実力も、村上の実力もそのどちらをも認識していたはずだというのに、そのどちらをも見誤っていたのだと突き付けられてしまえば、なるほど中々堪えるというものである。

 「ぐあぁ!」

 そんな戦慄に飲まれる二人の前に、勢いよく爆発によるインパクトから弾き出されてくる影が一つ。
 それは、らしくなく歯を噛み締め痛みに顔を曇らせる村上の姿。
 橘を救い逞しく戦った彼の無事に安堵することが出来ないのは、彼への信用性によるものではなく、まさしくその村上の双眸が、未だ敵意を伴って爆発の中心を睨みつけていたからだ。

 「フフフ……アハハハハ……!」

 そして、彼らの悪い予感は、的中する。周囲に響く、本能的な忌避感を伴う笑い声が敵対者の存在を知らしめしたのだ。
 だがその姿に眉を顰める橘は、同時に気付く。
 揺らぐ陽炎の中でしかし時折覗く白が、彼が既にコーカサスの鎧を纏っていないことの証明でもあるということを。

 「――フィリップッ!今の奴は無力だ、今なら奴を倒せる!」

 「ッ!」

 叫んだ橘の声に従って、エターナルは未だ変わらず調子で笑い続ける青年に向け疾走する。
 グロンギとしての姿になれるのかどうかなど関係ない。この一瞬を逃さず手にすれば、勝利は自分たちのものになるのだ。
 ――或いは。
 今までの殺し合いの中で無力感に苛まされていたとはいえ本来理詰めで動くはずのフィリップが、その程度の理由でダグバに向けて駆けだした時点で、“運命”は決していたのかもしれない。

 しかしその時は、誰も――そう恐らくはダグバ自身も――それに気づくことさえなく、ダグバの緩く伸びた腕が、まるでそこにあるべきだとばかりにエターナルのドライバーに向かうのを、ただ眺めていた。


 故に瞬間、閃光が全てを支配して。



 それが晴れたときには、状況は一変していた。


 ◆


 「ぐ、僕は……」

 気怠い体をゆっくりと起こしながら、フィリップは呻く。
 ダグバに肉薄した次の瞬間、超常の力を用いて彼のこれ以上の凶行を止めようとその力を振るったその瞬間に、彼の意識はブラックアウトした。

 「……目が覚めたか」

 事態の把握のため、どうにか身を起そうとしたフィリップのもとに、降る声が一つ。
 確認せずともわかる橘の声に感じられる感情は、果たして安堵ではないらしい。

 「橘朔也、何がどうなったんだ、ダグバは――」

 「あれを見ろ」

 何故だか、その姿を見るまでもなく橘の視線の先にある最悪の答えを知っているような気がした。
 だが、見なければならない。それは自分の、不注意が引き起こした悪夢なのだから。
 そして、見た。その視線の先にいた、見覚えのある悪魔の姿を。

 全身の白に走る炎の青、風になびくローブ、これでもかと誇張するように上半身に巻き付いた夥しい数のスロット、そして何より無限を意匠に刻んだその黄色い双眼。
 そう、そこにあったのは、仮面ライダーエターナルブルーフレア。
 かつて風都タワーを襲撃し市民の平和を脅かした悪魔、その真なる姿。
 それを纏い我が物顔で笑い続けるダグバの姿だった。


 ◆


 時間は少し遡り、あたりを光が包んだその瞬間。
 それが微かな希望と分かりつつも、橘はフィリップの、仮面ライダーの勝利を信じていた。
 だがその望みは、一瞬で覆される。光の中から、気を失ったか脱力したフィリップが、勢いよく吐き出されてきたため。

 「フィリップッ!」

 叫び駆け寄りながら、橘は戦慄する。
 変身していたはずのフィリップがこうして生身になっているということは、ダグバが何らかのアクションを起こしたのは明白である。
 であればそれは或いは、あの凄まじき戦士としか呼びようのない彼の真なる姿、グロンギとしての姿に変じたということかもしれなかった。

 「ハハ、アハハハハ」

 嫌悪感さえ伴う張り付いた笑いが、周囲を支配する。
 ようやく晴れた視界の中で、しかしもう恐れずにその声の出どころである彼を睨みつければ、そこにあったのはしかし生身。
 どういうことかと眉を顰めれば、ダグバはその疑問の答えを示すようにその手に持ったドライバーを緩く持ち上げた。

 「あれは――ッ!?」

 驚愕と同時、気付く。その赤いドライバーは、フィリップが先ほどまで腰につけていたものと同型のもの。
 否それどころか今フィリップの腰にそれが存在しないことを思えば、恐らくは彼から奪ったものなのだろう。
 先ほどの一瞬で奪ったのか、と早合点しかけて、しかし仮面ライダーの命ともいえるドライバーにその程度の安全措置がなされていないはずがないと否定する。
 迷宮入りしかけたその思考に、降り注いだのはしかし忌まわしい悪魔の声だった。

 「……ようやくわかったよ。僕は君に惹かれてたんだね」

 ダグバが放ったその言葉は、しかしこの場の誰にも注がれてはいない。
 果たして彼の視線の先にあったのはその手の中のロストドライバー、更にその中の白亜のメモリ。
 永遠を意味するそれを恍惚とした表情でしばしの間眺めてから、ダグバはそれを己の腰に迎えた。

 「変身」

 ――ETERNAL

 ダグバの声に応じるようにひとりでに展開したドライバーが、メモリに内包された永遠の記憶を開放する。
 それに伴い彼の身体が白の粒子に包まれたかと思えば、次の瞬間には変身の完了を告げる双眸が輝き、先のエターナルには存在しなかった漆黒のローブが風にたなびいた。

 ――ダグバが手にした新しい力にしかしただ困惑を示すほかない橘たちが知る由はないが、今ここで起きた事例には先例がある。
 それは、かつて仮面ライダーエターナルとして残虐の限りを尽くし街に深い傷を残した大道克己とエターナルメモリのファーストコンタクトの瞬間だ。
 NEVERとして自分の価値を証明するため世界各国で傭兵として戦っていた克己やその仲間たちはあるとき、ビレッジと呼ばれる超能力者集団の箱庭に訪れた。
 その際、多大な資金を投入したビレッジを破壊させないために財団から遣わされたのがエターナルに変身したエージェントだったのである。

 克己もかつてガイアメモリに研究対象として敗れた身、憎しみを持ってエターナルと対峙したが、しかしその身は思考さえ必要としないままに彼のドライバーに伸びていた。
 そうして生じた現象は、エージェントの変身したエターナルの変身解除、そして機能の停止。
 しかしそれはドライバーやメモリの不良から来るものではなく、克己が後に使ったその時、エターナルは王として真なる姿を克己に纏わせたのである。

 つまりは、此度起きたのも同じこと。
 克己を以てして兄弟と言わせしめたフィリップよりも、ダグバの方がよりエターナルの定める運命の相手として相応しかったというその事実であった。

 「そんな……」

 敵を打倒するどころかますます戦力を増強したダグバに対し、橘はただ漫然と絶望を受け入れそうになる。
 少なくとももう自分にはこれ以上の抵抗を可能にするだけの力がない。
 ダグバという最悪を前に、これだけの人数で挑んだそれこそが無謀にすぎなかったのかと、全てを諦めかけた、その時だった。

 「……」

 何も言わず、ただ真っ直ぐにエターナルと自分の間に立ち上がる男が一人。
 ボロボロなその身体で、しかし一切衰えない戦意を伴って、村上峡児が、今そこに立っていた。

 「村上……」

 「橘さん、私が時間を稼ぎます。あなたはその間にGトレーラーを」

 そこまで言って、村上の身体は一瞬で灰色の異形へと変じる。
 薔薇を連想させるその姿は、まさしくオルフェノクの総統たるローズオルフェノクのもの。
 そしてエターナルもいつまでもその変身に狂乱しているわけではない。
 こちらに現れたそれなりの実力を誇る好敵手を前に、ひときわ高く笑ってローズへと切りかかった。

 先とは違い徒手空拳のみを武器にしたローズはしかし、そのハンディを感じさせない動きでその切っ先を巧みに躱しながら彼方へと走り去っていく。
 それをただ見送りながら、橘は項垂れるように再度溜息をついた。

 (結局俺は、いつまで経ってもお荷物、だな)

 ゆらりと空を仰ぎながら、橘は思い返す。
 東條との戦いを早期に決着させられなかったために、ダグバとの戦いで小野寺が凄まじき戦士になるのをみすみす許してしまった。
 ライジングアルティメットとの戦いでは、一瞬の気の緩みによって脱落し多数の死亡者を招いた。
 志村純一に関してだって、自分がもっと注意深く彼を観察していたなら、先の病院大戦での犠牲者を未然に防げたのかもしれない。

 その挙句に、こうしてダグバとの戦力差を見誤り大局的な敗北を迎えようとしているではないか。
 そんな状況ではないのは分かっているつもりでも、物思いに耽るのをやめられなかった。

 「ぐ、僕は……」

 「……目が覚めたか」

 そんな中、抱きかかえていたフィリップが目を覚ましたらしく呻く声が聞こえる。
 ダグバが新しい力を手に入れたのは決して彼の責任でないのは分かったうえで、しかしそれでも僅かばかりやりきれない思いを否定することは出来なかった。

 「橘朔也、何がどうなったんだ、ダグバは――」

 「あれを見ろ」

 フィリップの切羽詰まった問いに対し、橘はただ指差しで敵の所在と現在の姿を示す。
 真剣勝負の最中だというのにローブをはためかせながら剣を振るうその姿は、視線を奪われるほどに力強い。
 一瞬で自分と同じ感想を抱いたらしいフィリップを前に、しかし橘はこれ以上もう絶望に浸っていられるだけの時間が残されていないのを、理解していた。

 「フィリップ、村上が時間を稼いでくれている間に、俺たちはGトレーラーを動かす。その後村上を連れて撤退するぞ」

 橘が述べたのは、要するに小野寺とダグバとの戦いでも行った行為である。
 車の機動力で以て、ダグバを振り切ろうというのだ。
 一度は成功したのだから、安直だと言われようとそれ以上の作戦は今思いつけなかった。

 (いや、結局のところ先の戦いから何一つ逃げ以外の有効打を思いついていない、の間違いだな)

 自嘲気味に笑いながら、橘は自分の思考を否定する。
 ダグバと黒いクウガ、二人の凄まじい力を前に自分の知る何であれば並び立ちうるかを考察したあの時から、一つも変わってはいない。
 巧による文字通り命がけの一撃でジョーカーを封印できたことに、知らず増長していた自分がいたのだろうか。

 (志村、お前がいれば或いは――)

 その手に白と赤で彩られたジョーカーのカードを握りつつ抱いてしまった刹那の気の迷いを、橘は無理矢理に思考から追い払う。
 奴は確かに強かったかもしれないが、利己的極まりないその性格を思えば、彼がまだその命を繋いでいたところで犠牲者が増えていただけだっただろう。
 もうこれ以上今の状況で出来ることはない、これ以上の思考は無意味かと、カードを懐に収めかけた、その瞬間だった。

 ――『君は、キングフォームにはなれないの?』

 脳裏に響く、ダグバの問い。
 なれるわけがない、先ほど下したのと同じ結論でその思考を振り払おうとして、しかしそうする前にもう一つ声が響いた。

 ――『ジョーカーがどんなカードの代わりにでもなるように、どんなアンデッドの姿にでもなれるアンデッドがいます』

 それは、睦月がカテゴリーAの邪悪な意思に支配されたとき、述べた言葉。
 彼がそれを述べたのは、ジョーカーアンデッド、つまり相川始の特異な習性を分かりやすく説明するためだけに過ぎない。
 だがもしも自分が考えている通りであるのなら、或いは――。

 「橘朔也、どうしたんだい?」

 急速に加速しだした橘のニューロンが、その声で覚醒する。
 フィリップ。自分と同じか、それ以上に首輪の内部構造に詳しい魔少年。
 そうだ、彼という人材、そして手元に揃いつつある情報。

 弾き出された突拍子もない仮説が、全ての事象に裏打ちされた説得力を伴っていく。
 数秒間の沈黙の後、顔を思い切り上げた橘の瞳には、もう漫然とした絶望感は漂っていなかった。

 「倒せる……かもしれない」

 「え?」

 「ダグバを、倒せるかもしれない」

 放たれたその可能性は、やがて二人を瞬く間に希望に染め上げていった。


 ◆


 「えいっ」

 短い気合と共に、エターナルはその赤と銀の大剣、エンジンブレードを振るう。
 グロンギでもズのもの程度であれば回避の余地さえなくその身を両断されうるだろうその一撃を、しかし対峙する灰色の怪人はいとも容易く回避し捌き回避する。
 これは面白いと距離を離しエンジンブレードからジェットの能力で牽制するが、それも敵の放つ青い弾丸に打ち消され効果は生み出さない。

 仮面ライダーエターナルとローズオルフェノクの戦いが始まってから数分。
 両者の戦いは、コーカサスとファイズにそれぞれ変身していた時に比べればなるほど激しい動きにかけるもの。
 だがその実それはローズが本来得意とするカウンターを主体とするファイトスタイルに由来するもので、エターナルがローズのペースに飲まれかけている、というのが実情であった。

 「ふふっ……!」

 グロンギ最強である自分がそんな状況に追い込まれつつある、という現状の把握にただ喜びのみを残して、エターナルは再びエンジンブレードを振りかぶってローズに切りかかる。
 それをまたも最低限の動作でいなそうとして、しかしローズは気付く。
 その剣が、先に自分と競り合った時と同じように雷を帯びていることに。

 「ちっ」

 短く舌打ちを残して、ローズは大きくその剣筋からの回避を試みた。
 だが、それも叶わない。そう動くと踏んでいたエターナルが、いきなりにその剣を真っ直ぐに貫いたのである。
 さしものローズも、これには完全な回避は不可能、ゆえにダメージは免れない。

 そう考え剣を振りぬいたエターナルを次の瞬間迎えたのは、人の身を貫く確かな手ごたえでも、滴る血の生温さでもなく、冷たい薔薇の花弁の群れだった。
 何が起きたのか、さしものエターナルも困惑を示したしかしその次の瞬間、彼の後頭部に鋭い拳が刺さっていた。
 響く痛みにそれでも何とか意識を取り止め振り返りつつエンジンブレードを振りぬいてみれば、またしも彼を迎えたのはただ風に漂う薔薇の花弁のみ。
 この不条理にらしくなく息を荒げたエターナルに対し、またしても死角から現れたローズが放ったのは、しかし攻撃ではなかった。

 「……下手な芝居はこれくらいで十分ではないですか?」

 隙だらけ構えのようで一切の油断を見せぬローズとの戦いに昂るエターナルに対して、ローズは短く、しかし苛立ちを含んだ声を漏らした。
 その口調には辛うじて敬語が見られ彼の丁寧な姿勢は崩れていなかったが、しかしその実エターナルへの見下した姿勢が見受けられる。
 まるで、なぜそんなことをするのか理解できないとばかりに溜息をつく彼に対して、エターナルもまたローズが言外に忍ばせた言葉を察していた。

 「……確かに、うん、そうだね」

 何度か頷き、ローズをチラと見やったエターナルが次に行ったのは、エンジンブレードの放棄。
 投げるでも突き刺すでもなくただエターナルの手から地球の引力に従い地にその身を横たえたその剣は、しかしその重量故に地面を深く沈ませた。

 「君みたいな楽しめそうな相手がいるのに、遊んでたら失礼だもんね」

 それは、この場でローズ以外の第三者が聞いていたら戦慄をしていたのは間違いないだろう一言だった。
 つまりは、先ほどまでのエンジンブレードを用いた戦闘の一切が今のダグバにとっては小手調べ程度のお遊びに過ぎなかったということ。
 とはいえ、それも致し方あるまい。

 元の世界にいたころであればともかく、今のダグバはこの殺し合いでガドルが仮面ライダーとの戦いでより一層その強さを高みに押し上げたのを見て、自分にも或いは、とまだ見ぬ好敵手を貪欲に求めている状態。
 累計4人がかりであったとはいえ自分の強化された真の力を破った仮面ライダーたちとの邂逅は、ダグバにそれ以上を期待させるに足るものだったのだ。
 であれば今のダグバに初手から全力を用いて可能性を摘むなどという行為は自身の将来の楽しみを打ち消す無粋にすぎぬ。

 それが、グロンギ態への変身解除を理解してもなおコーカサスでこの集団に挑んだ理由であり、またローズほどの実力者を前にしてその手に馴染まぬ得物を用い続けた理由であった。
 だが、そんな数々の小細工が、自身の好敵手になり得る存在から自分への興味を奪ってしまうというのであれば、それは論外。
 少なくともこの仮面ライダーの姿での全力程度は出すだけの価値はあると、エターナルはことここに至ってようやく思い至ったのであった。

 地に横たえたエンジンブレードには目もくれず、エターナルが此度構えたのは一振りのコンバットナイフ。
 先ほどまでの剛直という言葉を想起させるエンジンブレードと見比べればどうにも見劣りするそれを、しかしエターナルは油断なく低く構えた。

 「……じゃあ、行くよ?」

 何度目かになる短い声の後、エターナルは先ほどまでの戦闘スタイルとはまるで別人のようなスピードでローズの懐に入り込んだ。
 先ほどまでの戦闘では一切余裕を崩さなかったローズでさえ目を見開くほどの速度で間合いに飛び込んだエターナルは、そのまま思い切りナイフを切り上げる。
 喉元を狙ったそれはまさしく死神の鎌のようにも思えたが、しかしローズもまた上の上たるオルフェノク。
 大きく姿勢は崩さぬままに繰り出された膝蹴りがエターナルの胸を打ち据え、大きくその距離を引き剥がす。

 吹き飛んだ先で瓦礫に埋もれその粉塵が舞う中でしかし一切のダメージを見せず再度飛び出したエターナルに、今度はローズがその手を翳した。
 それによって彼の手から生じたのは先ほど回避の際にも発生した赤い薔薇の花弁だ。
 回避の際のそれとは違い、触れるだけでダメージを与え場合によってはそれだけで王を守る3本のベルトによる仮面ライダーを変身解除させられるだけの威力を秘めたそれは、しかしエターナルが自身の前に構えたローブに触れた途端、力なく地に落ちた。

 「何ッ!?」

 それはローズにとって、今までの人生の中でも紛れもなく最上級の動揺であった。
 ただの布切れにしか見えないエターナルのそれに阻まれた薔薇の花弁は、今度は逆に自分の視界を阻害するだけの意味しか持ちえないただの障害物へと成り果てたのである。
 それ故に、だろうか。夜の闇と、月明りを阻む程度には機能したこの病院の屋根の下、生まれた暗闇にローブを用いて溶け込んだエターナルを、ローズが見失うまでにさほどの時間は必要とされなかった。

 珍しくあたふたと忙しなく周囲に視線を巡らせるローズは、しかし次の瞬間その視界の端、こちらに向けて真っ直ぐに突き進んでくるエターナルの黒いローブを見た。
 このローブにどういった効果があるのかはともかくとして、それを直接に剥いでしまうことになんら耐性はないだろう。
 そう見越して真正面からそれを受け止めれば、あまりに容易くローブはその両手で捉えられ宙をふわりと舞って。

 そのローブの下に存在するはずのエターナルが存在しないことに気付いた次の瞬間には、その腹にエターナルエッジの切っ先が肉薄していた。

 「――うおおおおおぉぉぉぉ!!?」

 気合を込めた雄叫びと共に、しかし驚愕を極力に隠しそのナイフを間一髪受け止めたローズにはしかし、安堵の時間など与えられることはなかった。

 ――ETERNAL MAXIMUM DRIVE

 今まさしく自分が押したスイッチに連動して、死神が必殺の一撃を放つための死刑宣告を意味する電子音声が、高らかに鳴り響く。
 何から何まで、全くの理解が追い付かぬままにただ自分を覆う影が黒くなったことに釣られて振り返り上空を見上げたローズがその目に収めたものは。
 ローブを脱ぎ去り、右足をこちらに向け錐揉み回転するエターナルの放つ青い炎だった。

131:飛び込んでく嵐の中(1) 時系列順 131:飛び込んでく嵐の中(3)
投下順
ン・ダグバ・ゼバ
村上峡児
橘朔也
フィリップ
葦原涼
相川始



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最終更新:2018年10月05日 00:35