飛び込んでく嵐の中(3) ◆JOKER/0r3g
◆
エターナルがローズにこうして特大の一撃を食らわせるだけのことが出来たのは、何よりもその能力の特異性によるものだ。
最初にローズの放った薔薇の花弁を防いだのは、全ての攻撃を無力化するという規格外の能力を持つエターナルローブの効果によるものだった。
どことなくそれを感覚で理解していたダグバは、ローブの能力を信じ、ただローズの攻撃を凌ぎ闇に身を隠した。
ローズがこちらを見失ったのを確認した彼は、いましがたその強大無比な能力を実感したばかりのローブを脱ぎ去り、エッジにエターナルのメモリを装填した。
つまりはそれからのことの一切はこうだ。
エターナルは、エターナルエッジをローブに忍ばせ飛ばすことでローズの注意を引く。
そこでローブごとエッジを受け止めたローズによって半ば強制的にマキシマムドライブが発動、彼の死角から迫りつつ最大威力の一撃を放ったということである。
エターナルという仮面ライダーの特性を熟知していなければ出来ないはずの芸当を、この短い戦闘で彼が可能にしたのは、ダグバの類い稀なる戦闘センスによるものか、或いはメモリが彼に暗に示したのか。
ともかく此度の白と灰との戦いは、エターナルの奇策による勝利となったのであった。
◆
「ぐ……あ……」
エターナルの必殺技、エターナルブレイクの直撃を受けて、ローズオルフェノクはその姿を維持することさえ出来なくなり村上峡児としての無力な人間の姿を晒した。
乾巧や橘朔也を手玉にとったという話から警戒は怠っていなかったはずだが、どうやらこの相手は自分の想定をさらに上回る相手だったと認めざるを得ないらしい。
これでなおもグロンギという真の姿をまだ持っているというのだから、なるほどそうなればオーガに変身した自分でも絶対の勝利はないと判断できる。
よもやここまでの実力者と巡り合うことになるとは思っていなかった村上は、ここにきて初めて自分のこの殺し合いに対する認識の甘さを知ったのであった。
とはいえその反省も、未だ健在のこの死神が気紛れにこの首を掻ききるまでの数秒の間しか活かされることはないかもしれないが。
らしくなく諦観を抱きかけた村上はしかし、なおも敵に媚びることなく真っ直ぐにエターナルを睨み付けた。
「……君も、そういう目をするんだね」
対するエターナルは、この場に来て数度目にしたそれに対して、同じく何度目ともしれない興味を示した。
全てが全てそうという訳ではないが、不思議と自分を楽しませたリントは全てこういう諦めの悪い目をしている気がする。
だがその理由を問う度に、ダグバにとっては納得のいかない理由で煙に巻かれ、イマイチ仮面ライダーという存在への理解が深まることがないのである。
「――なんで、諦めないの?」
だから、また聞いてみようと思った。
もしかしたら今度こそは彼らの言い分を理解して仮面ライダーの強さの理由やそれに心酔したガドルの心境を知ることが出来るかもしれないと、そう思ったから。
だがしかし、やはりというべきか、その問いを受けた村上は、言われて始めて自分の意思を悟ったような不思議な顔をして、それからすぐにニヤリと口角を上げた。
「この状況を諦めていない、わけではないでしょうね。ただ一つ私が言えるのは――」
「――言えるのは?」
「私の人生は、笑みで締めくくられなければならない。
であればこの瞬間は私に与えられた最期の時ではない、ということでしょうか」
どことなく確信を持って、村上は言い放つ。
しかし対するダグバにとっては、彼の言い分は全く理解出来ないものであった。
人の死、というものは何時の時代も願ったものとは異なるものだ。
少なくとも今までダグバが殺してきた有象無象のリントたちの中に、死に際に笑みを残したものなどいなかった。
笑いは強者にこそ存在するもので、弱者は恐怖に顔を引きつらせるだけ。
ダグバの中にどこか当然に存在していた価値観を否定するような彼の言葉は、どこか尾を引くもので。
「なら、僕には今君を殺せないって事?」
「気になるのならば試してみれば良い。貴方と私、どちらが正しいのか証明するためにも、ね」
「そこまで言うなら……いいよ」
エターナルは、数度手の中でエッジを回し弄んだ後に、彼の誘いに乗ってみることにした。
もしかすれば彼にも何か策があって自分の接近を望んでいるのかもしれないが、それならそれで面白いかもしれない。
一瞬で終わらせてはつまらない、とその足を一歩一歩と詰めて村上が何らかの行動を示すのを待ったエターナルを前に、しかし村上はただ余裕の表情を浮かべるだけでその身体を動かすことさえしなかった。
そんな彼を怪訝に思いながらも歩を進めたエターナルは、数秒の後、あっという間に彼の姿を眼下にまで捕らえていた。
「――どうやら、勝負は決まったみたいだね?」
どこかがっかりとした声で、ダグバが問う。
だが対する村上は一仕事終えたかのような安堵さえ滲ませながら、一つの溜息で答えた。
「えぇ、勝負は決まりのようです。
――ここまで下らない時間稼ぎに付き合っていただいた貴方のお陰でね」
「なにを――」
そこから先の言葉は、紡がれなかった。
というより、そんな小さな声を簡単に遮り押しつぶすほどの轟音が、周囲に響いたという方がより正確か。
だがエターナルがその音の出所に顔を向ける前に、その身体は彼の数倍の質量を有する鉄の塊に吹き飛ばされていた。
残り少ないとはいえある程度残っていた瓦礫を気にしないほどの馬力で病院に乗り上げ村上の前に停車したそれの名は、Gトレーラー。
まさしく村上が望んでいた時間稼ぎによる仲間の到着という勝利の形であった。
「村上峡児、無事か!?」
「えぇ、危機一髪、というところでしたが」
忙しなく助手席の方向より降りてきたフィリップの姿を視認し、その肩を借りて立ち上がりながら村上はあまりにも情けない自分の姿を自嘲する。
とはいえどうやらこれで一安心だ、と肩の荷を下ろしかけて、しかしまだ戦いは終わっていないことを言外に告げるように、エターナルが瓦礫を弾き飛ばしながらその身を再び現した。
「……また逃げる気?」
エターナルが吐いたその苛立ちを秘めた言葉の先は、しかしフィリップや村上に向けたものではない。
まさしく今Gトレーラーの運転席から地面に降り立ちその精悍な瞳をエターナルに向ける橘に対するもの。
恐らくは第一回放送前の小野寺ユウスケや日高仁志を含めた戦いの時を差しているのだろう。
彼のような戦闘狂への勝利宣言として皮肉の一つでも吐いてやろうかと口を開きかけて、しかしそれを遮るように橘が声を上げていた。
「いや、ダグバ……、俺が、今ここでお前を倒す」
揺るぎなく、しかしそれでいて落ち着き払った様子で、懐より最も使い慣れた自分の力を……ギャレンバックルを取り出す橘を見て、村上は驚愕を隠せない。
何故なら先のキングとの戦いで用いられた力であるはずのそれにかけられた変身制限が解けるまで、まだ最低でも数十分ほどの時間を要するはずだからだ。
一体どういうことだと彼が疑問を発する前に、橘が慣れた手つきでカードをスライドしバックルを腰に押し当てれば、カード状のベルトが彼の腰に巻き付き、高らかに変身への待機音を響かせた。
「変身!」
――TURN UP
橘が拳を握り、叫ぶ。
それと同時彼がバックルのトリガーを引けば、瞬間生じるのはアンデッドの力を具現した壁、オリハルコンエレメント。
制限に掛かっているときはそもそも発生さえしなかったそれの無事な出現にしかし戸惑うことなく、橘は駆け抜ける。
次に彼の身体がその壁を越えた瞬間、そこにいたのは既に生身の人間ではなかった。
仮面ライダーギャレンへの変身を完了した彼は表情こそわからないながらもフィリップを振り返り、フィリップもまた彼に対し笑みを携えた頷きで答えた。
「馬鹿な……」
しかしそんな二人を置いて、一切の理解が出来ないといった様子で村上は狼狽する。
首輪にかけられている変身への制限が真実であることは自分も把握している。
だが現に橘はそんなものが存在しないとでもいう様にギャレンへの変身を果たして見せた。
自分の中にあった確固たる情報アドバンテージが音を立てて崩れていく錯覚さえ覚えて、村上は頭を押さえた。
「村上峡児、説明は後だ、僕らは行こう。橘朔也、分かってるとは思うが……」
「あぁ、大丈夫だ、約束は守る」
最早フィリップたちを振り返ることさえなく、ギャレンはその腰のホルスターからギャレンラウザーを抜く。
その背中に、やはりどこか危うさを覚えながら、フィリップは――同時に地面に落ちていたエンジンブレードを回収することも忘れず――村上を支えGトレーラーへと乗り込みエンジンをかける。
その車体を検索によって手に入れた運転テクニックで華麗に操り病院から離しながら、フィリップは常にその背に刺さるような村上の視線を感じていた。
「……まさか、この状況について私に説明もなく済む、とは思っていないでしょうね」
ダグバとの戦いでその高いプライドを傷つけられただろうにそれを気にさせないほど高圧的な態度を変えずに、村上は問う。
それにフィリップは背筋が凍える思いを覚えつつも、しかし臆することなくブレーキをかけてから振り返った。
「勿論さ村上峡児。橘朔也が仮面ライダーギャレンに変身できた理由、それは――彼の首輪を、僕がもう解除したからさ」
告げながら提示された半分に別たれた首輪を見て、今度こそ村上の余裕は崩れ去った。
◆
「君の言っている作戦は、確かに有益なものだ」
数分前。
橘が述べたダグバをここで倒す方法についての一切を聞き熟考を重ねた後、フィリップはそう結論付けた。
橘の作戦は、多くの危険要素を踏まえたうえでもなお魅力的かつ確実な死を彼に迎えさせられる、非常に有益なものだということは否定しようがない。
信頼のおける知性を持つフィリップのその言葉に頬を綻ばせた橘に対し、「だが」と釘を刺すようにフィリップは続ける。
「だが、あまりにも検証の足りていない事象が必要条件として多すぎる。
そんな危険を君にみすみすさせるわけにはいかない、やはり今は逃げに徹するべきじゃないか?」
首を振りながら、フィリップは言う。
無論橘とて、自身の立案した作戦に問題点が多いのは理解している。
だがそれで「はいそうですか」と引き下がっていられるような時間はもう、残されていないと思った。
「フィリップ、ならば逆に問おう。
ダグバを……あの規格外の化け物を相手に、何があれば万全の勝利を確信できる?」
「えっ?」
橘が投げたその問いに、フィリップは答えることが出来なかった。
というより、ただ困惑を返すしかできなかったというべきか。
思いがけないその問いに黙りこくった彼に対し、橘は続ける。
「左翔太郎との合流か?それとも門矢か?或いは小野寺か?俺は、それは違うと思う。
少なくとももう一度小野寺とダグバが戦えば、奴の実力を引き出すためにダグバは周囲にいる人間を殺しつくそうとするだろう。そんな犠牲を、俺はもう見たくない」
逃げることなく、橘は言い放つ。とはいえそれは、決して詭弁ではなかった。
ダグバと戦うには先のライジングアルティメットとの戦いのように徒党を組む必要があるが、そうして集まった人数が多ければ多いだけ犠牲もまた必然的に増えてしまうだろう。
それは――その中には志村純一の犯行や彼自身の死も含まれているとはいえ――敵味方合わせて総勢13名もの徒党を組んで敵に挑んだというのに既にその中で4名しか生き残っていない現状からも推測できる事態ではあった。
死んでいった多くの仲間たちを思い、そして橘が見たというダグバによって“小野寺ユウスケを強くするためだけ”に死んだという二人の男のことを思い、それからフィリップは、意を決したように息を吐いた。
「――君の言い分はわかった。だが僕も、これ以上の犠牲を見たくないのは同じだ。だから条件が一つある」
「……なんだ」
「君も、無事に帰ってくるんだ。ダグバに勝って帰ってくる、それが僕の協力への条件だ」
どこか彼らしくもある少し臭い提案。或いはここに村上や乃木のような人外がいれば、鼻で笑っていたかもしれない。
だが、ここにそれを茶化すような人物はいない。
「当然だ、俺にもまだ……やらなきゃいけないことはあるからな」
橘はその提案に、気恥ずかしささえ感じさせることなく強く頷く。
そしてそれを受け頷き返しながら、フィリップは久しぶりの探求心の高ぶりにニヤリと笑って。
「それじゃ、始めようか。――君の首輪の解除を」
まさしく一世一代の賭けに乗ることを、宣言したのだった。
それから先、Gトレーラーに向かい橘を手頃な椅子に座らせた後、実際に彼が行動に移ってからは、早かった。
今までに行ったのは一度、しかも人間の首についていない首輪の解体作業でしかなかったとは思えないほどに軽やかな手つきで、フィリップは橘の首輪を分解していく。
一体、どれだけの時間が経っただろう。
もうこれ以上の悪あがきは無意味かと、精神を集中した橘が次に感じたのは、この17時間ほど彼の首を圧迫し続けられ蒸れた首元が一気に解放されるその瞬間だった。
「解除……出来た」
大粒の汗を額に浮かべながら、フィリップが言う。
周囲には彼が使ったのだろう数多くの工具と首輪の解析結果の表、そしてその手の中には分解され二つに別たれた銀の輪があった。
だがそれに対し喜びを表現する前に、緊張からの緩和故かフィリップは大きく体制を崩してしまう。
「フィリップ!大丈夫か!」
「あぁ、大丈夫、少し集中しすぎたようだ」
言いながらふらふらと立ち上がった彼に対し、橘は様々な感情の入り乱れるのを自覚しながらとにかく彼の肩を叩いた。
「ともかくまずは……記念すべき大ショッカー打倒への第一歩、生存者の首輪解除おめでとう、というべきだな」
「それを言うなら、こちらこそさ。君がいなければ、僕は首輪の解除に踏み切れなかっただろう」
互いを称えながら、両者は笑いあう。
その状況に紛れもない友情を両者は感じながら、しかし次の瞬間、そんな談合の時間は無理矢理に中断させられる。
彼らを守るように見回りをしていたファングメモリとエクストリームメモリ、フィリップの持つ二つの自立型メモリがまるでショートしたように電撃を放ちそれからすぐに動かなくなったため。
「なッ……」
「これは、エターナルのマキシマム……?ということは……」
動かなくなったそれらをデイパックに収めながら、フィリップは瓦礫と化した病院の残骸の山へと目を向ける。
どうやらこれ以上の予断は許されないらしい。
正直他にも不安要素は多いがしかし、いやおうなしに橘の作戦に賭けるしかなくなってしまったようだ。
(これで、首輪の解除という第一条件は果たされた、けど……)
不安に飲まれかけた思考を、頭を振って否定する。きっと、うまくいく。
運転席へと素早く移動しエンジンをかけた橘の横、助手席へと乗り込みながら、フィリップはそう何度も自分に言い聞かせた
◆
フィリップと村上が撤退を果たしたのち、首輪が解除され変身制限がなくなった仮面ライダーギャレンはエターナルを前にたたずんでいた。
新しく現れ仲間を逃がし自分を一手に引き受けた挑戦者、これ以上なく心躍るだろうその肩書を持つ彼を前に、しかしエターナルの心は萎えるばかりだった。
だが、それも当然だろう。彼という仮面ライダーの実力は、夕方の戦いで把握している。
グロンギとしての姿に変身できる時間が短くなったというのを踏まえたとしても恐らくは一瞬で屠ることが可能だろう程度の実力しか持ちえない相手を前にしても、エターナルがその興味をそそられなくても当然であった。
だがこうして自分の目の前に再び戦士として立ったのだから、逃がす道理もない。
せめて後々“あのクウガ”のような戦士と戦う時にその怒りを煽り強さを引き出すための材料の一つにでもなれば十分か。
そう考えエッジを手の中で弄んだエターナルに対し、ギャレンはそれを戦闘の開始と捉えたかその引き金を引き絞る。
だがその程度の攻撃で怯むエターナルではない。
響く銃声と共に放たれた弾丸のいずれをもエッジで切り落としながら一瞬のうちにギャレンに肉薄し、彼が苦し紛れに放った左ストレートをお見通しとばかりに右肘で迎え撃った。
グッ、と呻き数歩退いたギャレンに対し、今度は彼の腹にエターナルの真っ直ぐに伸びた右足が深く刺さっていた。
マキシマムを用いずともその足に纏われた青い炎がその威力を倍増させ、ギャレンは容易く吹き飛びその全身を地に滑らせる。
まったく以て呆気ない。どうしようもなく予想通りの結果を迎えたこの戦いに、思わずエターナルは天を仰ぎ溜息をついた。
(――やはりこのままの姿では無理、か)
そんなエターナルを前にして、その身体を地に伏せダメージに肩を上下させながらも、ギャレンはどこか冷静に自分とダグバとの間の実力差を客観視していた。
夕方での戦いで抱いてしまったダグバへの恐怖を彼への怒りが上回った今であれば或いは上昇した融合係数によるもしもがあるのではという考えはただ甘いだけであった。
変身制限がなくなり耐えることが目的とはいえこのままではそれも無理、となればやはり”切り札”を切るしかないかと、ギャレンはゆっくりと立ち上がった。
「……まだ立つんだ」
エターナルが、呆れた様子で呟く。
先ほどまでの戦力差を思えば、それも仕方ないかもしれない。
だが此度立ち上がったギャレンは、先ほどまでとは違っていた。
「言っただろう。ここで、俺がお前を倒すと」
「そんなの、無理に決まって――!?」
エターナルの言葉は、そこで止まった。
ギャレンの手が、その左腕に備えられたラウズアブゾーバーに――そう、ダグバにとっての最高の玩具であるそれに――向かっていくのを見たのだから。
キングフォームになれないという言葉を否定するようなその動作に思わずその目を奪われたエターナルに観察されながら、ギャレンはラウザーから一枚のカードを取り出す。
自分が握ったそのカードを、しかしギャレンは憎々しげに睨みつける。
それは、この会場で殺戮の限りを尽くし、キングに曰くその殺害数はダグバとも並んだというまさしく死の権化。
その最期に至るまで誰かを騙し続け利用し続けた悪魔が封印された、まさしく呪いのカード。
――JOKER
二度と見たくもないほどに嫌悪した邪悪のカードをこうしてギャレンが掴んだのには、もちろん理由がある。
それはかつて、彼が上条睦月との対話の中で聞いた話に由来する。
――『ジョーカーがどんなカードの代わりにでもなるように、どんなアンデッドの姿にでもなれるアンデッドがいます』
相川始がジョーカーアンデッドであること、そして彼が多くのアンデッドを封印すればそれだけ強大な敵となることを伝えた彼の言葉。
七並べを利用して伝えられたその言葉は、しかし橘の中に確かなしこりを残していた。
つまりは、アンデッドであるジョーカーにも、七並べでのそれと同じように他のカードの代替と成れる力はあるのだろうか、と。
無論その推測は元の世界で確認されていた唯一のジョーカーアンデッドである相川始の封印が先延ばしにされたために検証さえ許されることはなかったが、こうしてこの会場で二枚目のジョーカーがこの手に渡った今となっては、無視できない可能性であった。
何故ならそれが可能なのであれば……今のこの手持ちのカードだけでも、つまりはジョーカーをカテゴリークイーンの代替として使用することにより自分はラウズアブゾーバーを使ってキングフォームへの変身が可能になるからである。
――ABSORB QUEEN
意を決してジョーカーをアブゾーバーに挿入すれば、響き渡るのは正常に動作したのを示す電子音。
橘でさえ初めて見るプロテクターにカードが包まれる中、取りあえずの安堵さえ許されることなく次に手に取ったのは、ダイヤのカテゴリーK。
これもまた、この会場で様々な参加者をその手にかけただけでなく地の石を操り五代雄介の笑顔を闇に葬った策士、金居の封印されたもの。
彼の翳したその悪夢は、本当に多くの戦士に深い傷を負わせた。
秋山蓮を、海東大樹を、そして自身の友であった日高仁志を死なせたあの戦闘を生み出した諸悪の根源の力を借りなければいけないというその現実が、彼の指を止まらせる。
――『どうしました橘チーフ?俺たちと力を合わせて戦いましょう!』
――『さぁ早くしたらどうだ?最もその後で、俺に乗っ取られても知らんがな』
幻聴か、それとも封印されてもなお強力な念を持つアンデッドのカードを二枚も持っているが故に実際に聞こえたのか、橘の耳に二人の邪悪な声が飛来する。
そしてその声に釣られるように、橘の脳裏に一つ、先ほどから燻り続けている懸念が過った。
(……本当に、果たして大丈夫なのか。
一時的とはいえジョーカーと融合するということ、それが意味することは――)
ラウズアブゾーバーによる上位アンデッドとの融合。
ジャックフォームや本来のキングフォームであればライダーシステム適合者の健康を著しく阻害する可能性は低いそれらではあるが、しかし剣崎はその高すぎる融合係数により13体のアンデッドとの融合が可能となり、その身をアンデッドのものとしてしまう可能性を背負っていた。
彼のキングフォームでなければ打倒できないトライアルとの戦いや、彼の強い希望により橘も剣崎のキングフォームへの変身に対し、何か異変が起きるまでは容認という形をとってこそいたが、しかし本音であればそんな危険な変身はやめてほしい、というのが正直なところだった。
人間のまま死んだ剣崎を思い、或いはアンデッドへと完全に変貌していればと不謹慎な思いを抱いたことをも思い出しながら橘は自問する。
『お前に、剣崎のようにその身を犠牲にしてでも戦い続ける覚悟はあるのか』と。
「……どうしたの?キングフォームに変身しないの?」
物思いに沈んでいたギャレンの意識を急激に浮上させたのは、エターナルが退屈を持て余したかこちらを不思議そうに観察しながら投げた問いであった。
ダグバ。数多くの参加者を虐殺し、仮面ライダーブレイド、どころかあまつさえキングフォームにさえなって小野寺を苦しめたというまさしく最悪。
どうやらブレイドはもう仮面ライダーに取り返されたらしいが、それでも彼がただ自分の愉悦の為だけにその力を纏ったというのは、橘にとっては非常に不快なものだった。
(剣崎、もしも今の俺がお前だったら、どうするんだろうな……)
誰よりも正義感が強く、そのため誰よりも強い仮面ライダーだった友を思いながら、橘は自虐気味に笑った。
答えなど、すぐにわかる。剣崎がダグバを前にしたならば、例えどんな状況でも決して諦めたりしないはずだ。
例えその戦いの果てに二度と人間には戻れなくなったとしても、きっと誰かの笑顔を守るためにその身体を投げ出すはずだと、そう考えて。
(あぁ、そうだな。お前なら、きっと辛くても戦う道を選ぶ。それなら――)
――EVOLUTION KING
ギャレンが、遂にカードをアブゾーバーに滑らせた。
カテゴリークイーンではなくジョーカーが用いられたために生じたバグ故か、彼の身体を数度電流のような痛みが走るが、しかし今更それで怯むはずもない。
「ああああぁぁぁぁ!!!」
強く吠えたギャレンに呼応するように、ギラファノコギリクワガタのエンブレムが彼の身体に刻まれる。
それと同時生じた数多のパーツが彼の身体を包み込み、次の瞬間そこにいたのは最早ただのギャレンではなかった。
仮面ライダーギャレンキングフォーム。元の世界ではついぞ橘が変じることのなかったギャレン最強の形態が、様々なイレギュラーを率いて顕現した姿だった。
「――俺は、お前の代わりに戦う道を選ぶ。お前の……仲間として!」
死した最高の仲間への高らかな宣言と共に、金色の大筒へと変貌したその醒銃をしかと握った彼はエターナルを鋭く睨みつけた。
◆
F-6エリア。
暴走したジョーカー、そしてカッシスワームとの戦いを終えてから既に二時間ほどが経過し、葦原涼と相川始の二人は病院を目指し歩みを進めていた。
二人の間に、会話はない。元々両者寡黙であるのも理由の一つではあるが、それ以上にどちらも連戦に次ぐ連戦での疲労感を隠しきれていないのである。
だがそれでも、足を止めることはしない。
二人ともがただの人間ではなくまたこうした荒事になれているのも当然だが、大ショッカーを打倒する意思を表明した今、これ以上少数で行動するのも無駄と始は考えていたのである。
(大ショッカーがきな臭いのは元より分かっていたつもりだが、大幹部を会場に送り込み参加者の復活能力を見逃すとは、一体どういうことだ?)
そして口には出さないながらも、始は再度大ショッカーの真の目的について思考する。
世界の存続などという崇高な目的の為ではないのは明白だが、この会場の中の仮面ライダーを全て殺すというだけなら、首輪の爆発で事足りるはず。
あくまでゲームとして仮面ライダーが苦しむ姿を楽しみたいというのなら、大幹部であるアポロガイストや同じく幹部らしいキングを会場に送り込む姿勢にはやはり疑問が残る。
その上、自分から立候補したらしいキングは首輪もつけていないのに、アポロガイストは結局首輪による制限のせいで自分たちに容易く刈り取られたことを思えば、やはり不自然な点は多いと言わざるを得ない。
(とするとやはり、大ショッカーもまた何らかの存在の傀儡に過ぎない、と見るべきか……)
そこで始は、思考を切り替える。
大ショッカーが諸悪の根源とばかり信じてきたが、事実その背後にはより大きな存在が潜んでいるのではないか、と。
そう考えると、先のアポロガイストに対する疑問も解消できる。
この殺し合いを主催した大ショッカーの幹部、という響きに惑わされ続けていたが、実のところアポロガイストはキングとも違い参加者個人の情報にも疎かった。
そうした面から考えれば、恐らくは彼はこの殺し合いの進行においてさした期待をされていたわけではあるまい。
となれば全てに納得がいく。アポロガイストにも首輪がされていたことも、キングなどのイレギュラーの存在も。
つまりはディケイドが世界の破壊者などの情報は全て大ショッカーが組織を通じてアポロガイストに広めさせ参加者対ディケイドの構図を作らせようとした陰謀の片鱗などではなく、彼の個人的主張だったのだ。
例えば、アンデッドである金居が自分に恨みを持っていてあわよくば周囲を利用し自分を倒そうとするというのと同じレベルの、彼とディケイドの極めて個人的な因縁。
或いは彼が世界を滅ぼすというのも嘘ではないのかもしれないが、それは自分がバトルファイトの勝者となった時のような、限定的な条件のもとに生じる事象なのではないのだろうか。
(……流石にそれは希望的観測がすぎる、か)
しかしそこで、緩くかぶりを振る。
自分と幾つか重なる点があるとはいえ、それに飲まれ大義を見失うわけにはいかない。
今は仮面ライダーに協力し大ショッカーを看板として掲げている敵対組織の実態を探りこそするが、その結果としてアポロガイストや死神博士が述べていた話が事実だと証明されたなら、自分は他の全ての世界とディケイドを切り捨てなければならないのだ。
こんな甘い考えに支配されて、いずれ戦わなければならない存在に気を許すような愚を犯すわけにはいかなかった。
「……………ッ!?」
と、その時、始の脳内に一筋の電流が走るような、そんな感覚が生じた。
先の暴走の時も見た始の異変に涼は戦慄するが、しかし始はそれを制するように手を伸ばした。
「相川、お前、まさかまた……?」
「いや、どうやら少し違うらしい。あの姿になるような衝動は、もう感じない」
「どういうことだ……?」
「さぁな、俺にも分からん。だが一つ分かるのは……先ほどより近いらしい」
「何?それじゃ――!」
困惑を露わにしながら、しかし真っ直ぐに視線を病院へと向ける始。
それを受けて葦原は、焦燥を含んだ瞳で夜になおその存在を示す白に向けて視線を飛ばした。
「あそこに……ダグバが?」
――葦原の予想は、当たってはいるが根拠は外れている。
彼は、『ダグバがブレイドを用いて多くの参加者を殺害した』という情報をキングから、始のジョーカー化に関する情報としてのキングフォームについての説明を橘から受けていた。
ゆえに、始の暴走はダグバの変身したキングフォームによるものだと考えたのである。
無論、その論説自体は先の二回の暴走においては正しい。だが此度は事情が異なっている。
とはいえ『ギャレンがカテゴリークイーンの代替としてジョーカーのカードを用いてキングフォームに変身したために、ジョーカー化への衝動を覚えたがその融合係数の差故に暴走までは至らなかった』という理由になど思い至れるはずもなく、葦原たちはその鋭い瞳で視線の先にいるはずの宿敵を強く睨みつけた。
「――あそこにダグバがいるかどうかはまだ分からないが……急ぐ必要がありそうだな」
密かな怒りを秘めた始の言葉に、葦原が頷く。
その瞬間、両者は体の傷や疲労感をものともせずに走り出した。
◆
キングフォームへと変身を果たしたギャレンを前に、ダグバはエターナルの鎧の下で極めて嬉しそうにその頬を綻ばせた。
随分と長いこと踏ん切りがつかなかったようだが、どうやらようやく楽しめるらしい。
先ほどとは比べ物にならないような威圧を誇るそれに対し、またも数度エッジを手の中で弄び、エターナルは駆けだした。
対するギャレンもまた先ほどと同じようにラウザーを構え引き金を絞り、そこから放たれる弾丸もまた同じようにエッジで切り落と――せない。
真正面からかち合ったただ一発の弾丸と抜群の切れ味を誇るはずのエッジの勝負の行方は、互角であった。
先ほどまではただの一振りで自身が駆ける勢いさえ落とさずに数発の弾丸を同時に撃ち落とせたはずのそれが、しかし今のギャレンとでは弾丸の一発で互角ということである。
思いがけないギャレンの強化に昂ったエターナルは、突撃を止め、あるものの元へと駆け出す。
とはいえギャレンもそれをただ見ているわけにはいかない。
強化されたキングラウザーによる銃撃で以て追撃を放ちながら、ラウザーに一枚のカードを読み込ませる。
――DIA TWO
通常のギャレンラウザーとは異なる電子音声と共に読み込まれたアンデッドの力をキングラウザーが詠唱する。
それによって連射性を多く増したキングラウザーから、その高い攻撃力を変えることなく瞬きの間に雨のように弾丸が吐き出された。
それは先ほどまでのエターナルであれば甘んじて受け入れるしかないほどの威力と質量を誇っていたが、しかしその弾丸の雨が到達するより早く、彼は目当てのものに辿り着いていた。
黒いローブを地面から拾い上げ自分の前に掲げたエターナルに対し、ギャレンが放った弾丸の全てはしかしその先のエターナルに到達することなく力なく地に落ちる。
ラウズカードさえ使用した一撃を思いがけない手段で凌がれたことに驚きつつも、油断なくギャレンは一枚のカードをラウザーに挿入した。
――DIA NINE
電子音声を耳で聞きながら、エターナルは再びローズにやったのと同じくローブにエッジを忍ばせて飛ばす戦法を考える。
その身に迫るナイフを敵が受け止めた瞬間にその両手を塞ぐことと自身の必殺技の準備を同時に行えるこの戦法を、果たして今対峙する仮面ライダーは破ることが出来るのか。
多大なる期待を込めて放たれたナイフの切っ先が真っ直ぐにギャレンに向かっていくのを見やりながら彼から死角になる位置に移動しようとしていたエターナルは、見た。
――DIA THREE SIX
目の前で新たに二枚カードを読み込ませその拳に力を籠める目の前のギャレンと、自身が放ったエッジを受け止めることさえせず消滅するもう一人のギャレン、つまりは二人になったギャレンの姿を。
どういうことだ、と一瞬考えようとして、しかしラウズカードの効果のそれぞれなど考えるだけ時間の無駄だと切り捨ててエターナルは拳に力を込めた。
それに伴い青色の炎が腕を包むのと同時、ギャレンが待ち受けるのさえ構わずにエターナルは高く笑い声をあげて拳を振りぬいて。
「ハハハハハハハ!!!」
「――ハァッ!!!」
ギャレンの放ったアッパーカットに、一瞬の拮抗さえ許されることなく胸を強く打ち据えられ吹き飛ばされた。
高く打ち上げられたその身体が数秒の空中散歩の後地面に叩きつけられるころには、もう彼の変身は解除されていた。
◆
エターナルを破ったことに深い喜びを表すこともなく、ギャレンはその拳に纏わりつく赤色の炎を払う。
あの村上の怪人態たるローズオルフェノクをも下したエターナルを倒したとはいえ、油断は一切できない。
どころか今の数発と夕方での戦いで自分の持つ手札を全てダグバに晒したも同然なのだから、ここからが正念場といって間違いなかった。
そして、ギャレンのその考えを肯定するように、ダグバは先ほどのダメージなど一切ないかのようにゆらりと立ち上がる。
白衣を纏った青年がニヤリと笑ったかと思えば、一瞬の後その身体は彼の真の姿とでもいうべきグロンギのものへと変化していく。
夕方にも見たその禍々しい姿に再度身構えたギャレンを次の瞬間迎えたのは、ダグバが開いた掌から吐き出された夥しい量の“闇”であった。
「うわあああぁぁぁぁ!!?」
一瞬でこの身を包んだそれが生み出した威力は、その凄まじい速度と勢い故に歴戦の橘でもギャレンの鎧ごとこの身が闇に溶けて消えてしまったのではないかと錯覚するほどの威力だった。
それが過ぎ去りその錯覚が杞憂であり、この身が未だ健在であることが分かったその瞬間、しかし安堵に息を吐くよりも早くダグバの拳がギャレンの顔面を打ち据える。
ただの一撃で一気に肺から酸素の全てを吐き出し、痛みに思い切り仰け反った彼の元に到来するのは、息さえつかせぬ拳の連打であった。
一撃一撃が意識を刈り取りかねない威力を誇るそれらを何とか凌ぎ、キングラウザーを振るうことで無理矢理にダグバから距離を離したギャレンは、やっとの思いで5枚のカードをラウザーに走らせる。
――DIA TWO THREE FOUR FIVE SIX
――STRAIGHT FLASH
それは、トランプの中でも単一スートの縛りの中であればロイヤルストレートフラッシュに次ぐ強さを誇る役、ストレートフラッシュであった。
今のギャレンが出しうる中で最強コンボの成立を前に、しかしダグバはただ甘んじて佇むのみで。
「ハァッ!」
それならそれで、この一撃で終わりにするだけだと気合いを込めてギャレンはキングラウザーからその巨大な弾丸を放った。
しかし対するダグバはギャレンの切り札にも何ら動じることなく、どころかまるでもう手加減は飽きたとばかりに腕を一凪ぎ振るっただけでその弾丸を弾き飛ばした。
「何ッ!?」
ギャレンの驚愕を無視して、彼が持ちうる現状最大のコンボ、ストレートフラッシュがダグバの後方で爆発し意図せずしてダグバの影を濃くする。
そうして増した彼の威圧に一瞬出遅れたと実感する頃には、再びギャレンの身体をダグバが神速の速さで繰り出す拳が捕らえていた。
(やはり……無理だったのか……。俺に、剣崎の代わりにこんな奴と戦うなんて)
今度は心さえ折れたのか、まともな防御態勢さえ取ることさえ出来ぬまま拳の雨に身を晒したギャレンは、ふと思いを馳せる。
それは、この戦いが始まる前、キングフォームに変身する覚悟を決めたときのこと。
今は既に死んでしまった剣崎の分まで戦うという覚悟を決めたということは、彼が戦っただろう敵からも、そしてアンデッドになるかもしれないという運命からさえも逃げないことだろうと橘は思った。
少なくともそう考えれば、剣崎の代わりに自分が戦っているのだと思えば、この身を最悪のアンデッドにしてしまうかもしれない選択も、難しい理屈をこねるより先に取れる気がしたから。
そう言った意味で言えば正解ではあったが……同時に思う。
やはり自分なんかでは剣崎一真という男の代わりを務められるだけの力などなかったのではないか、と。
ジョーカーとの融合さえ視野に入れたギャレンキングフォームへの変身。
首輪の解除により変身制限のなくなった自分がその最強形体でダグバが変身制限を迎えるまで耐え、その後に無力になった彼を撃破する。
そんな博打の連続のような作戦の、その最後の部分、最も堅実に終われるはずの時間稼ぎを果たせなかったという無念は、何より自分の無力さを痛感するもので。
――無論、今のダグバはそれまでを大きく凌ぐセッティングアルティメットと呼ばれる形態となっており、或いは彼の知るダグバであったなら10分の時間稼ぎは十分可能だったかもしれないということも、ここに付記しておく。
だがそんな都合のいいもしもに意味はなく、ギャレンがダグバに敗れたというその事実だけが今の橘を、ただ打ちのめしていた。
(だが、例え俺にその力がなかったとしても……俺は、俺は――!)
「ッ……」
声にならない声を上げてふらついたギャレンに振り注いでいた拳の雨が、止んだ。
一体何事かと視線を前に向けてみれば、揺らいだ視界の中に写るダグバの右半身が、やけにクリアに見えた。
どういうことだと自問するが、しかしすぐに答えに辿り着く。
そう、ギャレンの仮面の丁度左半分が、既にダメージの許容量を超えて砕け散ったのだ。
つまりはもうこの仮面さえも、自分を守る使命を果たすことはないのである。
しかしもうそれに深い感慨を抱くこともない。仮面が割れるにせよ割れないにせよ、そのどちらにせよ後数発で意識と共にこの命も尽きていたのは変わりないのだ。
だが予想していたダグバの攻撃は、いつまで経ってもこの身に届きはしない。
疑問にその目を開いた橘を、しかし同様に不思議そうにダグバは首を傾げて観察するように覗き込む。
「……やっぱり」
「何がだ」
こんな問答など無意味だと分かっていながら、橘は問う。
人々を笑いながら殺してきた殺戮の権化が、今更死に目に向かう男を前に何を疑問に思うと言うのだろうか。
「……やっぱり君も、その目をしてるんだね」
「目?」
「うん、その目だよ。自分が負ける、自分が死ぬって分かってるのに、そんなのを知らないっていう風にこっちを睨み付ける目
……ねぇもしかして、やっぱりそれが仮面ライダーの証なの?」
言われて、橘はどこかおかしく感じて笑ってしまった。
あれだけの残虐を果たした彼が、しかし初めて仮面ライダーという異世界の戦士に興味を持ち定義付けようとしている。
それが少しおかしくて、そしてそれ以上に不快に感じた。
例え仮面ライダーでなくても、人がそれぞれ死に際に浮かべる表情はそれぞれ異なっているはずだから。
結局はダグバがそれを知ろうと思ったのも自分の楽しみのために過ぎないのだとそう感じながら、橘は込み上げた血を飲み込んで言葉を紡いだ。
「……違うな」
故に、橘から放たれたのは、ダグバへの否定だった。
意外にさえ思えるその言葉に、ダグバも思わず眉を潜める。
「さっきは答えられなかったが、ようやく俺にも分かった。
……仮面ライダーは、戦えない誰かの為に戦う戦士なんだ。だから俺たちは、自分が負ける時にも諦めないんじゃない。
例え自分が死んだとしても、自分の意思を継いで誰かが必ず悪を倒してくれる、そう信じているから諦めたりしないんだ……!」
「戦えない誰かの為に戦う?リントのこと?でももうここにそんな弱いリントはいないでしょ?」
「いいや、大勢いるさ。お前のような悪に敗れ、正義を信じたまま死んでいった仮面ライダー達が。
そいつらの分まで俺は、いや俺たちは……戦って見せる」
橘は、胸に手を当てて思い出す。
剣崎を、北條を、秋山を、矢車を、この殺し合いを打倒せんと立ち向かい志し半ばに散っていった仲間達を。
仮面ライダーが戦えない誰かの為に戦うというのなら、自分は散っていった彼らの分まで戦う義務があるのだ。
その思いが、橘の足を強く踏み止まらせる。
しかしそんな橘を前にして、ダグバは極めて理解不能だと言わんばかりに首を横に振った。
「……本当に信じてるの?自分が死んだ後も、誰かが自分の分まで戦ってくれるなんて」
「あぁ、当然だ。現に俺は、こうしてお前の前に立っている」
言って、橘はダグバを睨み付ける。
そうだ、もう迷うことはない、自分は決してダグバを前に一人で立ち向かったわけではないのだ。
ただその事実だけで、橘はずっと戦い続けられるような気がした。
だが相対するダグバは、ますます理解が出来ないとでも言いたげに溜息を吐いて。
ただ黙って再び拳を握った。
つまりは、これ以上の対話を無意味なものとして切り捨てたのだ。
それを見て橘もラウザーを構えようとして、しかし出来なかった。
ダグバがグロンギの姿に変じてからの僅か数十秒ほどで刻まれたダメージが、もう彼から戦えるだけの体力を奪いきってしまったのだ。
万事休すか、そうして生まれた何とも言いがたい苦悶に視線を泳がせて、そこで気付く。
この場所に見覚えがあると言うことに。
(まさか……ここは……)
勿論、橘がこの病院を拠点にしてから既に8時間ほどが経っている。
幾らその姿を大きく変貌させていようと大体の場所は把握していたが、しかしこの場所に関してだけは事情が違っていた。
何故なら彼が今立っている場所に残された、酸化した血。そして視線の先にある瓦礫を積み上げて作られた即席の椅子に、橘は忘れてはならない思い出があったのだから。
――『はぁ。マジでさぁ、そういうのウザいって言ったよね僕。放送でちゃんと『口先だけの正義の味方とか無駄なだけ』って』
良太郎を後ろから刺し殺したのを一切悪びれずに、あの男が言った言葉を思い出す。
思い出すだけでも虫酸が走るようなその言葉は、先ほどこの病院に来訪した大ショッカー幹部、スペードのカテゴリーキングのもの。
そう、この場所に見覚えがあったのは、ここがこの広い病院の中で唯一自分とキングとが戦い、そして言い訳のしようさえないほどの完全敗北を喫した場所だったからだ。
地面に落ちる血は、なるほどまさしくキングが良太郎の腕を切り裂いたときに流れたものだろう。
とはいえそれだけでは所詮橘の苦々しい思い出が刺激されたというだけの話、ここで論じるまでもない。
だがこの場所は、それ以上の可能性を彼に思い起こさせた。
――『落ち着け橘。あいつが今いる場所、多分禁止エリアだ』
士の言葉を思い出しながら、橘はあの時キングが立っていた場所を睨み付ける。
禁止エリア、どんな存在でも消し去れる首輪の爆発、野放しには出来ないダグバ、そしてどちらにせよすぐに動かなくなるだろうこの身体。
橘の脳内で散らばっていたピースが、一つに纏まっていく。最早それしか答えはないと、そう言うように。
「……じゃあね」
立ち尽くしたままの橘に向けて、ダグバがその掌を翳した。
だがそこから再び闇が照射されるより早く、橘は残された全ての力を振り絞ってキングラウザーを持ち上げ弾丸を発射していた。
丁度掌の真ん中に着弾したそれは、僅かにダグバの攻撃にその傷の治癒までの時間というラグを与える。
そうして生まれた僅かな隙に、橘はそのまま全力でダグバの右側に回り込み、かつてキングが現れたあの忌々しき場所とダグバとを一直線上に置いた。
不思議そうにダグバはその動きを見守っていたが、しかし幸運にもこちらの狙いには気付かなかったようで、移動しようとはしなかった。
だから橘は、駆けた。キングラウザーさえ投げ捨てて、ただただダグバに向かってタックルをかましたのだ。
「……は?」
これにはダグバも面食らう。
それもそうだ、そんな捨て身の攻撃が通用するほど自分とギャレンとの戦力は小さくないことは承知のはずだと、そう思っていたから。
故に出遅れる。ギャレンが文字通り命を賭けた、渾身の低いタックルへの対処が。
ドン、と鈍い音を立ててギャレンに残された一本の角が、ダグバの腹へ直撃した。
流石のセッティングアルティメットと言えど、油断していた形態の攻撃であることに加え相手もまた腐ってもキングフォーム、とあるライダーの最強形態であることに違いはなく、その体勢を崩し後方へと大きく吹き飛んだ。
結果としてダグバは数秒、天を仰ぐ形で無防備な姿勢を晒すことになったが……しかし、それだけだった。
素早く起き上がったダグバは、迷わずにギャレンに視線を送る。
気でも狂ったか、自分に突然タックルを放った仮面ライダーは、しかしもうその変身さえ保っている事が出来ず生身で地面に伏し血を吐いていた。
まさか最後の最後に自分にダウンを取らせたかったとでもいうのか、とそこまで考えて。
――ビイイイィィィィィ!!!!
突如、周囲に大音量で流れた電子音に、思考を強制的に中断させられた。
警告音染みたそれに馴染みがないのかただ困惑を浮かべ周囲を見回すダグバを前にしながら、橘朔也はただ一人自分の、否、仮面ライダーの勝利を確信していた。
(とはいえ、約束は破ることになってしまったがな……)
橘が思い返すのは、自分の首輪を解除する際その帰還を条件として提示していたフィリップのこと。
ダグバの実力を見誤った自分の責任も多分にあるとはいえ、彼には酷いことをしてしまった。
出来ることなら、彼にもう一度会いキチンと互いの首輪解除への貢献を称え合いたかったが、しかしそれももう叶わない。
なればもう、橘に出来るのはこれから数十年後、フィリップが大ショッカーを打倒し天寿を全うするまでの彼の無事を願うことだけだった。
(剣崎、ヒビキ、皆、今から行く。小夜子、お前にも、もうすぐ会えるな……)
そして次に思考を巡らせるのは、自分がこれから向かうだろう冥界のことだ。
理系肌である橘にとってその存在を証明できない天国などというのは眉唾ものの幻想だったが、しかしどうせ最後なのだ。少し位楽しいことを、信じてみたかった。
仲間や、友や、そして愛した人。戦いの中で失ってきた多くの人を思い出し、そして最後に、どうしても橘は一つだけ、思い残した問いを思い出した。
「桐生さん、俺も、少しは馬鹿になれたかな……?」
誰に届くでもない小さなその声は、ダグバの首輪から放たれる大音量の警告音に無慈悲にも掻き消される。
だが、それでよかった。戦いに生きた人生の締めくくりなど、きっとこんなものだから。
あぁ、だからそう、願うならば、今度は愛すべき人と、普通の日常を。
或いは有り得たのかもしれない平和な日々と、そしてその人生を賭した戦いの日々の中で得た掛け替えのない友のことを夢想しながら。
瞬間、警告音を流し終えたダグバの首輪が放った規格外の炎に巻き込まれるその寸前まで。
橘朔也は、笑みをたたえてその人生を終えた。
――ボン
最終更新:2018年10月05日 00:38