会場を包む広い大空を、朝焼けが照らす。  
 輝かしいその朝日に対し、しかしこの場にいる誰も爽やかな心象は抱かなかった。
 何故なら今は、世界の存亡をかけた殺し合いの真っ只中。

 だがそれでも、恐らくこの会場で生きている参加者の全ては、今この瞬間だけは揃って空を見上げていることだろう。
 無論、陽の光を浴びるためなどではない。
 突如空を覆う様に現れた灰色のオーロラと、それから吐き出されていく無数の飛空艇を、その目に収めるため。

 そして同時そのモニターが告げる、この6時間の死者の情報と、これから先生き延びるために必要不可欠な情報を得るために。
 そう、現在時刻は6:00。大ショッカーが執り行うこの殺し合いにおいて、三回目の定時放送が行われる時間を迎えたのであった。


 ◆


 突然に、何らかの楽器の音が会場を支配した。
 今までの放送担当者のいずれとも違う、暗く閑散とした部屋の中で、男はただ一心不乱にパイプオルガンを演奏し続ける。
 その音に秘められているのは、並々ならぬ怒り。

 この殺し合いの参加者に向けられたものなのか、或いはもっと別の、概念的な何かに向けられたものなのか、誰にもわからない。
 長い髪で表情を隠し一心不乱にオルガンを弾き続ける男の演奏は、やがて終わる。
 感情を多分に込め、恐らくは誰が聞いても素晴らしいと評価するだろうそれを終えた男は、しかし一切の拍手を受けることもなく立ち上がり、ゆっくりとカメラの前に歩みを進めた。

 やはり長い髪が彼の顔を影で覆い、その表情は読み取れなかったが……その中で唯一、しっかりと露出した鋭い片眼がカメラの先を見据えていた。

 「――時間だ。これより、第三回の定時放送を開始する」

 男は、過分に口を開くことはなく、しかしどこまでも透き通るような不思議な声で、放送の開始を宣言する。
 つまりは彼が、大ショッカーが行う殺し合いにおいて、三回目の放送を担当する者だということだ。
 今までキング、三島正人、ラ・バルバ・デといった軒並みならぬ面子が担当したこの放送。

 だがそうした中でも、男はまるでこういった殺し合いの経過を告げるのに一番慣れているといった様子で再び口を開く。

 「――俺の名前は神崎士郎。これから、この6時間で死亡した参加者と禁止エリアについて発表する」

 その証拠に、というべきだろうか。
 今までに放送を行ったいずれとも違い、神崎と名乗った男は前置きすら話すことはなく情報を提示しようとする。
 或いは彼なりには先ほどのオルガン演奏がそうした前置きにあたるものだったのかもしれないが、ともかく。

 手元の資料をめくるどころか視線さえ一切動かさぬまま、神崎は続ける。

 「――この6時間で死亡が確認された参加者は、ン・ダグバ・ゼバ、津上翔一、浅倉威、乾巧、橘朔也、志村純一、野上良太郎……以上7名。
 これにより、多くの世界が残り参加者一人にまで追いやられた。
 ――この戦いも、終わりが近づいている」

 死亡が確認された参加者。
 これまでの放送担当者のいずれもが使わなかった表現を用いて死者の発表を行ったことに、誰か気付いたのか。
 ともかく、さした間を空ける事もなく、神崎は続けた。

 「――次に、禁止エリアの発表だ。だが、今回は別段メモを取る必要もない。
 今回の禁止エリアは、A-4からH-8エリアまでの40エリア……つまり会場内にかかる橋から以東のエリア全てだ。
 時間についてはこれから二時間後……午前8時を以て、これらのエリアを全て禁止エリアに制定する」

 神崎士郎が述べた言葉は、あまりに衝撃的なものだった。
 つまりは、実質的にこの殺し合いの会場が半分以下になるということ。
 それは、残り少ない参加者人数をより効率的に巡りあわせ、殺し合いをより円滑に行うために大ショッカーが編み出した、あまりにも強行的な殺し合いの促進手段であった。

 恐らくは会場内でも喧騒が予想されるその発言から少し間をおいて、神崎は改めてその眼差しで鋭くカメラを……或いはその先の参加者たちをその視線で貫いた。

 「――そして、会場に現在生存する全ての参加者がその存在を知った今、ここで改めて会場に参加者ではない者が存在していることを公表する。
 彼らは当然参加者ではない。この殺し合いの結果には一切関係しない、イレギュラーだということを示しておく」

 彼が述べたのは、大ショッカー幹部である特権を万全に使い多くの参加者を陥れたキングのことだけではない。
 “彼ら”という言葉からも分かる通り、復活したカッシスの存在をも、我々は把握しているぞと。
 そう誰にともなく示すためのものだった。

 「――同様の理由で、今回は世界別殺害数ランキングの発表は行わない。
 イレギュラーである存在がキルスコアを稼いだ以上、最早あのランキングになんらの意味は存在しないからだ」

 そしてそこまでを一息に言い放って、神崎はこれからが本題だと言うように一つ息を吸い込んだ。

 「――また、今回の放送を以て殺し合いに積極的な行動を起こしていた参加者が著しく減少したことを受け、殺し合いの更なる促進のため、これより会場に参加者外の存在が新たに参入する」

 それは、まさしく大ショッカーからの仮面ライダーへの宣戦布告と言っていいものだった。
 キングの厄介さを知ったうえで、お前たちはまたああした災厄を相手に戦い抜けるのか、と。

 「――どういった存在がいつどこに現れるか、どれだけ現れるのかはここでは明かさない。
 そして、繰り返すことになるが彼らはこの殺し合いの結末にいかなる影響も及ぼさない。
 同じ世界の出身だからと言って協力できるなどとは考えないことだ」

 警告のようで、実質ただの脅しに過ぎないその言葉を吐いて、神崎は事務的な内容を全て言い終えたのか、大きく息を吸い込んだ。

 「――戦え」

 その末に吐き出された言葉は、極めて短いもの。
 何度も何度も殺し合いを繰り返し、その度にライダーたちに吐き捨ててきた言葉。

 「――戦え。世界が最後の一つになるまで」

 その瞳は、何を映すこともない。
 ただ虚空だけをその鋭い瞳に映して、神崎士郎はまるでゼンマイ仕掛けのカラクリのように、幾度となくその言葉を繰り返した。

 「――戦え。自分の願いを叶えるために」

 最早それは呪詛となって、参加者に降りかかる。
 ……いや或いは、神崎士郎本人にさえも。

 「――戦いを続けろ。仮面ライダー」

 “仮面ライダー”という言葉を発するその一瞬だけ、目線をわずかに揺るがせて。
 次の瞬間にはもう、放送は終了していた。


 ◆


 カツカツ、と忙しなく音を立てて、鷲のエンブレムが飾られた廊下を早足で歩く男の姿。
 見るからに肩を怒らせ苛立ちと共に進む彼の名前は、ビショップ。
 小さく何かに止めどなく文句を漏らしながらも足を止めることはない彼の姿は、その張り付いたような表情も含めて著しく不気味なものだった。

 だがその歩みは、突然に止まる。
 視線の先に、自身の上司にあたる存在を視認したためだ。

 「……死神博士、お探ししておりました」

 「ビショップか、放送が終わったばかりだというのに、忙しない奴よ」

 「……申し訳ございません」

 暗い通路の果て、突然に現れた死神博士の言葉に、ビショップは平謝りと言った様子で頭を下げる。
 しかし、その表情には少しばかりの苛立ちが隠しきれていない。
 それを死神博士も分かっているのか、一つ溜息をついた後にビショップへと一歩足を勧める。

 「お前の気持ちはわかる。だが、かのファンガイアの王と今会場にいるキングとの間には、首輪の有無や参加者への情報量について無視出来ない差があるのだ。
 奴がこの6時間を生き抜けたからと言って、それがそのまま絶対的な差となるわけでは……」

 「死神博士、お言葉ですがそれ以上は口をお慎みください。奴のような無礼者と、我らがファンガイアの運命を背負う王を同列に並べること自体が我らへの侮辱に他なりません」

 「……そうか、すまない」

 僅かばかりビショップの心象を思い気遣うような発言を行った死神博士に対し、ビショップは変わらず無表情のまま返す。
 これ以上そのデリケートな問題について語り合っても互いに気を損ねるだけだと悟ったか、暫しの沈黙が場を支配するが、それを掻き消すようにビショップは一つ息を吐いた。

 「――それよりも。財団Xからの使者と交渉が終わりました。
 我々の要求通り、彼らはこの殺し合いの経過記録と引き替えにその技術力を提供してくれるそうです」

 「そうか。それは何よりだ。我らが首領は偉大な力を持ちこそするが、故にその手をこれ以上他で代替可能な事象に煩わせるのも憚られる。
 これで心置きなくあの御方はご自身の身体の修復に専念できることだろう」

 どこか満足げに、死神博士は笑う。
 その姿に姿さえ見えない首領へのこれ以上ない忠誠と献身の思いを感じて、ビショップでさえ僅かばかりその忠臣ぶりに舌を巻いた。
 だがそんな中でもビショップは自身の仕事を忘れはしない。

 咳を一つだけ吐いて、こうして放送終了後すぐに死神博士を捜し歩き続けていた最大の理由を語り出した。

 「……財団Xの使者が、今後協力を行うことへの頭金として、“彼”の完全な復活を行いました。今すぐにでも、殺し合いの会場に送り込めるかと」 

 財団Xという得体のしれない存在に対し理解と協力を取り付けたという功績を、しかしビショップは何のことはないように伝える。
 だがそんなビショップを前に、死神博士は喜びを隠しきれない様子であった。
 かねてよりの目標でありながらも首領の手を煩わせるまでもないと後回しになっていたそれの蘇生が、ついに叶ったのである。

 少しばかり興奮に息を弾ませて、その後にいつもの冷静さを取り戻した死神博士は、調子を戻すように一つ咳を吐き、続けた。

 「本当か。では早速頼むぞ。具体的な時と場所については、お前に任せる」

 「かしこまりました」

 それだけを言い残し踵を返した死神博士に対し、ビショップは深々と頭を下げる。
 やがて死神博士の姿が闇に消え、足音さえ聞こえなくなったのを確認してから、彼はゆっくりとその面を上げた。

 「……」

 ビショップはそのまま、鉄仮面のように変わらない表情を顔に張り付けてゆっくりと歩きだす。
 その心にあるのは、ひとえに首領たるテオスの偉大なる力が我が誇り高きファンガイアに注がれるまで、あとどれだけ耐え忍べばいいのだという沸き上がる不満だ。
 アンデッドのキングは、比べるまでもなく及ばないことさえ知らず我が魔王を愚弄し、そして会場で好き勝手に暴れまわっている。

 彼の自信過剰な愚かぶりについては、いずれ滅びゆく愚者に思考を巡らせるだけ無駄と断じ無視することにしたものの、同じ大ショッカー幹部として、彼と自分との待遇にさほどの差が生じていないことは如何ともしがたい不満である。
 財団Xの使者との交渉に始まり、逐一の殺し合いの経過観察なども自分の仕事なのだ。
 自分自身だけが最上の存在であるキングと種族を背負っている自分との差を考えても、よりよい待遇を望むのは当然のことだった。

 「……」

 だが、ビショップはそれを上司である死神博士や、身の回りの世話役として関わりのある首領代行であるバルバに訴えはしない。
 無能なキングである登太牙に文句さえ言わず仕え続けてきた実績があるのだ、この程度の苦心など、彼にとってはないも同然だった。

 (とはいえ私も、いつまでもただで使われているだけではない……)

 今こうして黙って仕え続けているのは、やがて訪れる我が種族の再興のために過ぎないのだと、何度目とも知れず自分を言い聞かせて。
 やがてその足は、一つの水槽の前に辿り着く。
 財団Xとの交渉の末、完全なる再復活を再度果たした異世界の王。

 滅びゆくその種族に、永遠の命を与える能力を持つ、ある種テオスが最も忌む存在の一つだろうそれを前にして、彼は不気味に口角を吊り上げる。
 自分の一存でこれを会場に送り込めるという、ようやく得た一つのチャンスを手にして、ビショップは一人その灰色の異形を見つめ続けていた。


 ◆


 大ショッカーの本部、どこまでも鷲のエンブレムがライトアップされた薄暗い廊下を、女が歩いている。
 異形が蠢くこの施設において生身である彼女は幾分か浮いた存在であったが、しかし彼女をその瞳に映した怪人たちは皆その膝を折り揺ぎ無い忠誠を示した。
 彼女の名前は、ラ・バルバ・デ。この殺し合いを主催する大ショッカーの首領代行を務める最高幹部である。

 そして彼女は、重く閉ざされた一つの扉の前で、その足を止める。
 テオスより遣わされた三人の天使らがそれをこじあける様子に一切の労いを吐くこともなく、彼女はそのままその扉の先に足を進めた。
 そしてすぐに、辿り着く。一筋の光さえ差さない、暗い独房の一つ。

 彼女が今唯一労うべき、その表情を長い髪で隠した男の部屋に。

 「第三回放送の担当、ご苦労だったな。神崎」

 バルバは、前置きもなく見下すような視線のまま男に向けて吐き捨てる。
 彼女ほどの存在がこうした雑事を伝えるというそれ自体が彼女をよく知るグロンギからすれば驚愕の事実であったが、ともかく。
 だがそんなバルバを前に、神崎はなんの感慨を滲ませることもなく少しだけ面を上げた。

 「――俺は、いつになればここから出られる。いつになれば、優衣に再び会えるんだ」

 それは、神崎という男からすれば相当に悲痛な叫びだった。
 無理もない。彼はこの場に連れてこられる前、妹の命を救うための幾度となく繰り返した殺し合いをついには諦め妹と自分の死を享受することにしたのだ。
 それこそが、妹の願いなのだと、そう悟って。

 だがそうしてミラーワールドごと自身の存在全てを消滅させたはずの神崎は、ありとあらゆる異能を超える全知全能の神、テオスによって呼び戻されてしまった。
 13のライダーデッキの提供と、そして何よりライダーバトルを幾度となく繰り返した者として、この殺し合いをより効率的に進めるノウハウを得るために。
 しかし、ここで新たな疑問が生まれる。

 何故ただの協力者にすぎないはずの彼が、こんな独房で軟禁状態に落とし込まれているのか。
 だがその答えは、単純明快なものだった。

 「分かっているだろう、神崎。この境遇からも分かるだろうが首領は、人と人とが殺し合うお前の世界の存在を……そして人がアギトにも並ぶ力を容易に得られる鎧を作り出したお前を嫌悪している。
 お前がここを出られるのは、この殺し合いが終わった時だ」

 前と全く変わらないその決まり文句を前に、神崎は大きく項垂れた。
 他の大ショッカー幹部と違い、神崎はこうして一人独房に閉じ込められている。
 首領であるテオスが掲げる『人は人を殺してはならない』という鉄則を、過去のライダーバトルにおいて自分は幾度となく破ったのだから、それも納得であった。

 もちろん、世界の存亡をかけたこの殺し合いにおいて特殊な移動手段を持つ神崎を監視し続けるのは骨が折れるという事情もあるのだろう。
 だが何時終わるともしれないこの状況は、悠久の時を妹の延命の為の戦いに捧げてきた神崎にとっては、いかんともしがたい苦痛にしか感じられなかった。
 故に黙り込んだ神崎に対し、バルバはなおも冷たく続ける。

 「だが、安心しろ。首領は確かにお前を嫌悪してはいるが……殺し合いが終われば、その結果がどうであれ協力の見返りとしてお前の妹を蘇生させるという約束を、違えはしないだろう」

 「――あぁ」

 バルバの言葉に、神崎は短く返す。
 先に述べたとおり、テオスは神崎士郎が作り上げたライダーを、そしてライダーバトルの仕組みを嫌悪していた。
 だがそれを認めた上でなお、こうして世界選別を行う上でミラーワールドと誰にでも変身が可能なライダーシステムは魅力的だと、そう強く推薦したバルバの手によって、神崎はこうしてここにいるのだ。

 彼女からすれば、リントがグロンギと等しくなるという自身の考えに最も等しいのは神崎のいる龍騎の世界であり、幾度となく繰り返される戦いのどれもが、非常に興味深いものであったらしい。
 そしてテオスのことをも強く説得し、彼女の狙い通りに――或いはテオスの懸念通りに、龍騎の世界より来た参加者とカードデッキは、それぞれ甚大なる被害をこの殺し合いに巻き起こしたのであった。

 「……言いたいことは終わったか?ならばまた後に来る」

 しばし黙り込んだ神崎を前に、それだけ冷たく吐き捨てて、バルバはそのまま踵を返し神崎を一人残し歩き去って行く。

 やがて数秒の後、僅かに差し込んでいた光さえ閉じた重い扉が消したのを確認して、神崎は大きく息を吐き出した。
 これでいい。ライダーバトルを繰り返しても優衣がその命を受け取らないのなら、今の自分以上の、それこそ神に匹敵する存在に頼り彼女の生を揺るぎないものにすればいい。
 或いは自分はミラーワールドの存在が消滅することで今度こそこの存在を無に帰すのかもしれないが、それでも。

 優衣だけでも、勝ち残った世界で、ただどこにでもいる少女として生きることが出来るというのなら、俺はそれでいい。
 それならば、優衣も自身の命を投げ出したりなどしないはずだと、そう考えて。

 ――『ねぇお兄ちゃん。もしもう一度絵を描けたら……モンスターなんかがいる世界じゃなくて……二人だけの世界じゃなくて……皆が幸せに笑ってる絵を……!
 お兄ちゃんと、一緒に……!』

 優衣があの時、消滅する寸前に自分に向けた言葉を、そしてその手を思い出す。
 自分は優衣の差し出した手を、受け止めることが出来なかった。
 だから今度こそはと、そう思う自分がいる一方で、どこか前までの妄執にも似た優衣の生への思いがすっかり萎えている自分を自覚する。

 優衣の存在をどうでもよく思うわけではない。
 だがテオスによる力だろうがなんだろうが、彼女は自分がいない世界を望むのだろうかと。
 二人しかいないあの部屋の中で、それでも皆が笑っている幸せな世界を描けたならと望むようなあの心優しい妹が、世界の滅亡の果てに得られた偽りの安寧を、享受するのだろうか。

 「――」

 神崎士郎には、分からない。
 他者に犠牲を強い続け、代わり映えのない殺し合いの日々を……そしてその末の失敗を拒み続け人の心さえ摩耗した今の神崎には、その答えは分かるはずもなかった。
 だから、ただ待ち続ける。

 この殺し合いが終わるその時を、そして――。

 「――城戸、真司……」

 ミラーワールドを作り出した元凶であるが故に、なのか、幾度となく繰り返すループの中で絶対にライダーバトルに参戦する、龍騎の世界最後の生き残りが、いかなる結末を迎えるのかを。
 今の神崎には、待ち続けるしか出来なかった。


 ◆


 大ショッカーの本拠地と呼べるこの施設の中。
 一層広い広間には、しかし他とは違い一切の物音が存在していなかった。
 だがそれも当然のこと。

 ここに在する玉座こそ、大ショッカー首領がいずれ座する唯一の場。
 並の怪人は勿論幹部でさえそう易々と立ち入ることは出来ない、首領との謁見の場なのだから。

 「……ゲゲルはなおも、お前の言葉を無視して順調に進んでいるな」

 ――えぇ。

 無人の玉座に向け告げたバルバの声に、どこからともなく透き通るような返答が響く。
 あまりにも短いその返答は、或いはただ自身の愛した人という種が未だ殺し合いを享受していることに対する憂いに感じられるかもしれない。
 だが瞬間、表情さえ読み取れないはずの彼の、その声音の本当に僅かな差異だけで、バルバは声の主が……大ショッカー首領たるテオスが抱える繊細な感情を見抜いていた。

 「何がお前をそこまで沈ませる?
 お前の世界の参加者が滅亡まで残り一人にまで減ったことか?それとも、ダグバの――」

 ――それ以上“アレ”について話すのはやめてください。ラ・バルバ・デ。

 彼がそうまで憂う事象について思い当たる節を幾つか述べれば、帰ってきたのは先ほどのものに比べ幾らか威圧感を増した忠告であった。
 バルバ達グロンギにとっての王とでもいうべき存在、ン・ダグバ・ゼバ。
 この殺し合いにおいて強い制限を設けられてなお未だ殺害数ランキングトップを独走する彼の存在を、今バルバと話す声の主は快く思ってはいない。

 首輪による制限を以てして頭を抱えるほどの災厄をもたらしたダグバは、しかし先ほど様々な事象が噛み合ったために未だその生を止めてはいないのである。
 どころかむしろ首輪による制限からさえ逃れ不死の存在となったのだから、彼が好き勝手に歩き回ればこれまでを上回るほどの惨劇が繰り広げられてもおかしくはなかった。
 他世界の者であっても人という種そのものを溺愛する声の主にとって、今のダグバはまさしく天敵で……本来ならどんな大義名分があったところでその視界に入れたくない存在のはず。

 故にバルバはテオスを彼女なりに気遣ったのだが、しかしその名前を耳に入れるのさえ煩わしいとでも言いたげに彼はそれを否定した。
 であれば一体何が気がかりなのだ、と空席の玉座に対して眉を顰めたバルバはしかし、すぐに一つの可能性に思い至る。

 「アギト……か」

 バルバが述べた小さな単語に、声の主は押し黙る。
 聞こえなかったわけではあるまい。ただその名前について、声の主は並々ならぬ因縁があるというだけのことだ。
 それをバルバも理解しているから、彼の返事を待つこともせず、続けた。

 「確かお前は、かつて人の側からアギトを滅ぼすための使徒として蘇らせた男に言われたのだったな。
 人はアギトを、人間の無限の可能性として受け入れるだろう、と」

 ――えぇ、その通りです。しかし……アギトは結局、滅びを迎えました。

 声の主は、どこか寂しげに呟く。
 結局の所、人間とアギトはやはり、交わう事のない異なる種だということ。
 かつての使徒がその二度目の生を絶やす瞬間まで信じた人間とアギトの共存という可能性が、こうも容易く消え去ったというその事実は、彼の心に僅かばかりのしこりを残したのである。

 ――人が私の愛に足る存在なのか、見極めるのはともかく……少なくともアギトは、人と共に生きていけない。それはこの殺し合いで、明らかになりました。

 「……さぁ、それはどうだろうな」

 だが悟った風な言葉を吐いたきり黙り込んだ声の主を前に、バルバは一人視線を会場のモニターに映しながら独りごちた。
 彼はアギトが滅びたというが、果たしてそうだろうか?
 アギトが本当に人間の可能性の顕現だというのなら、こんな苛烈な環境の道半ばでこうも簡単に消え失せるものだろうか。

 むしろこの殺し合いこそが、人を極限まで成長させる可能性の大輪を咲かせるに足る舞台だとするのなら……。
 或いは木野薫、津上翔一の死もまた、その先にあるアギトの存在が滅んだという結論には、辿り着かないのではないのかと。
 ただの推論に過ぎない故に、玉座から降る声には告げぬままに。

 ラ・バルバ・デは、モニターに映る一人の男を注視していた。



【全体備考】
※禁止エリアはA-4エリアからH-8エリア、俗に言う東側エリア全域です。
※今後、殺し合いに主催者戦力が加入することが明かされました。どこにどの程度投入されるかは後続の書き手さんにお任せいたします。
※主催側には、今までに明らかになった存在以外に【神崎士郎@仮面ライダー龍騎】がいます。参戦時期は原作終了後、殺し合い終了後の神崎優衣の復活を条件にミラーワールド、仮面ライダーについての研究成果を渡したようです。現在は独房に軟禁されています。
※【財団X@仮面ライダーW】は大ショッカーのスポンサーとして殺し合いの経過観察の報告を条件に以後も殺し合いに協力するようです。
また、協力の頭金として【オルフェノクの王@仮面ライダー555】を五体満足の状態で復活させました。その扱いについては【ビショップ@仮面ライダーキバ】に一任されています。※世界別殺害数ランキングは、【キング@仮面ライダー剣】がキルスコアを稼いだために公表されなくなりました。恐らくこれ以降も同様だと考えられます。

133:未完成の僕たちに(4) 投下順 135:restart your engine
時系列順
113:第二回放送 死神博士 152:第四回放送
ビショップ
水のエル
地のエル
風のエル
ラ・バルバ・デ 141:愚直(前編)
オーヴァーロード・テオス 152:第四回放送
GAME START 神崎士郎
GAME START アークオルフェノク 138:そしてゴングは鳴り響く


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最終更新:2020年02月12日 14:26