月明りだけが差し込む暗い廊下の中、嫌悪感を伴うツンとした鉄のにおいが鼻腔を刺激する。
 そのにおいの発生源たる男、津上翔一は、既に事切れ物言わぬ死体となっている。
 専門家が見るまでもない。端正な顔が青白く変貌し、体の末端に至るまでも徐々に熱を失っていく様を見れば、それは誰の目にも明らかなことであった。

 だがそれでも、その血だらけの死体を強く抱きかかえ、自分自身も返り血に赤く染まりながら咽ぶ男が一人。
 男、一条薫にとって、津上翔一は取りこぼしてはならない希望であった。
 無論、彼にとってはどんな人間であっても守るべき存在であることは疑いようもない。

 だがそのうえで、今は亡き友である五代雄介を思わせる自由な翔一の命が、今度は自分の手の中で失われてしまったという事実。
 それは、冷静さが売りである一条を慟哭させるに足るものだったのである。
 そして同時、絶望に沈む一条を前に、左翔太郎はあまりの居た堪れなさに帽子を伏せた。

 「クソ……どうしてこうなんだよ……」

 どうしようもなく漏れたその言葉は、実際のところ自分の不甲斐なさを呪うものでしかない。
 木場に音也、そして今度は翔一だ。
 半人前だとしても自分は仮面ライダーなのだと、すぐ目の前の仲間を守れるだけの力はあるはずだとそう考えて戦ってきたというのに、実際はどうだ。

 相川始に、ダグバに、そしてキングを名乗ったあの胸糞悪い大ショッカー幹部に。
 自分は毎度良いようにやられているだけではないか。
 問うまでもなく平和を願い戦った戦士たちが、自分の手の届くはずの距離で消えていく。

 それがどうしようもなく悔しくて、そしてどうしようもなく苦しかった。

 「総司君……」

 名護が、ポツリと消え入りそうな声で呟いた。
 自身の弟子としてその罪さえ受け入れた男が、その意に反してまたも殺人の罪を犯してしまったという事実は、この名護啓介という人間を以てしてもどうしようもなく辛い。
 翔一が死んでしまった事実も、当然辛いことではあるし、下手人が違えば名護は正義の名のもとに断罪を下したとしてもおかしくはなかったはずだ。

 だが総司は、翔一の死を望むような男ではない。
 少なくとも……今はもう、違うはずだ。
 彼は前までの自分から変わることを望み、そして運命もそれを受け入れ彼を仮面ライダーに”変身”させたのだから。

 もちろんかつての名護であれば、罪を犯した人間はすべからく裁かれるべきという思考で以て、今まで弟子だと考えていた存在にさえ迷いなく剣を振り上げたかもしれない。
 だが今の名護は、もう昔の様な視野の狭い愚か者ではない。
 罪を犯した存在の心に、再び罪を犯そうとする意志がないのなら、そしてまた罪を犯したとしても悔い改めやり直したいと心底から願う限り、神はそれを受け入れるのだと、そう思っている。

 だからこそ、そうして罪を悔い、全てがいい方向に回りかけていた総司の運命の歯車が音を立て崩壊する様を目の当たりにするのは、やはりやりきれなかった。


 男たちの間に、緩やかに絶望が流れる。


 防げなかった仲間の死に、不甲斐ない自分自身への積もり積もった自責の念に、そして一人絶望に駆られ外に消えた弟子の本心を思って。
 義憤に転換させることさえ叶わないその絶望を、男たちはただ漫然とした時間の流れと共に消化しようとする。
 だがここは世界の存亡をかけた殺し合いの場。そんな甘えは……許されない。


 ――パイプオルガンの音が、彼らの思考をかき乱す。


 近くから聞こえる、とも言い難い音量で流れ出すそれを前に、男たちは目を見合わせる。
 最早この会場に訪れて18時間、これから何が起きるかは知っていた。
 その視線に未だ芯が戻っていないとしても、それでも今から始まるそれを聞き逃すわけにはいかないと。

 歪ながら我に返った男たちは、そのまま病室の窓から空を見上げる。
 果たして彼らの予想の通り、陽が顔を覗かせ灰色に染まり始めた空を、無数の飛空艇が所狭しと埋め尽くしていた。
 恐怖さえ覚えそうな、今にも落ちてきそうな空そのものにしかし、もう怒りしか覚えないままに。

 放送が、始まった。


 ◆


 「橘……」

 放送を終え、オーロラに消えた飛空艇を見届けて、名護は俯き呻く。
 名護が最初にこの会場で出会った異世界の戦士、橘朔也。
 可能性を十分に検証せず先走ったり、考えがすぐに口に出てしまったり、危なっかしい部分もあったが、しかし彼は決して悪意からそれを行っていたわけではない。

 だからこそ自分やヒビキは彼の仮説を信じたし、同時に彼を信じて分かれることが出来たのだ。
 首輪についても、他人についても、真っ直ぐすぎるほどに真っ直ぐだった彼の死を告げられた事実が、名護の心をまたしても後ろ暗い悲しみに包んでいた。

 「乾さん……死んじまったのか……」

 一方で、放送で告げられた死者の名前に対し反応を示したのは、翔太郎も同じだった。
 だが名護のそれとは違い、翔太郎にとっての乾巧は、自分が死を看取った木場が知り合いとして述べていた存在の一人という程度の繋がりでしかない。
 巧がファイズであることさえ知らなかった木場の死を告げられたとしても、巧にどれだけの意味があったのかさえ、今となっては分からなくなってしまった。

 だがそれでも、翔太郎は巧と話してみたかった。
 木場が信じた巧の善性と、木場が憎んだファイズの悪性の境目が、一体どこに存在するのか、自分の目で確かめてみたかった。
 だがそれは、もう叶わない。

 名護や三原が伝える伝聞での「乾巧」でしか、自分はもう彼を理解できないのである。
 それを思えば、第二回放送を前にようやく解けたファイズへの怒りや憎しみさえもが、今となっては名残惜しくさえ思えた。

 既にいない存在に思いを馳せ黄昏れた翔太郎は、その視界の端に思案に沈む一条を捉える。
 ふとすれば、彼もまた死者に対し悲しみを抱いているのかと見過ごしてしまいそうになるその一瞬。
 しかし一条の表情に潜む感情が、ただ仲間の死を憂うだけのそれではないことを、名探偵は見抜いていた。

 「……どうした、一条」

 「いえ……第零号が、死んだと」

 「あぁ……」

 言われて初めて、翔太郎はその事実に気付いたような心地だった。
 今の放送で告げられたのは、決して辛い死別だけではない。
 ン・ダグバ・ゼバや浅倉威、この殺し合いに乗り多くの参加者を殺めた邪悪たちが、死を迎えたのである。

 この会場に来る前の浅倉であれば司法の手に判決を委ねるのが筋というものであったが、彼は最早法の手に負える存在ではなかった。
 メモリの専門家である自分でさえお目にかかったことのない『メモリを喰らい力を取り込んだ史上初めての存在』になってしまったのだから、いわば国家ではなく自分たちが裁かなければならない領域に踏み込んでしまったのである。
 ある意味で言えばそれは浅倉の最大の進化で……そして同時、彼と戦うもの全てが抱いていた彼への人間としての手加減を取り払う、最大の愚策だったのかもしれないと、翔太郎は思った。

 だから、翔太郎は、浅倉の死にもう一切の同情を抱くことなく、グロンギのように身勝手な殺戮を繰り広げる“怪物”が死んだものとしか、その死を捕らえることが出来なかったのである。
 ともあれ、この会場に残っていたはずの最悪の化身が二人とも滅んだという事実は、あまりに深い喪失感を差し引いてもなお、喜ぶべき事象であるはずだった。
 だからこそ……翔太郎には一条の表情が不可解でしかない。

 その表情が、喜色よりは不安を多大に含んだ物憂げな表情であったのだから。

 「なんか、気になることがあんのか?」

 「えぇ、自分でも理由は分からないのですが、その……第零号は、本当に死んだのかと……」

 「何?」

 割り込んで返答を吐いたのは、名護であった。
 その声に僅かばかり怒気が含まれていたのは、勘違いではあるまい。
 とはいえ、それを責めることは出来ないだろう。

 彼にとっての恩人である紅音也を殺めた最悪のグロンギの死という、今の放送で唯一実感を伴って喜ぶべき事象が、否定されようとしているのだから。
 だが、ここで整理のつかないまま感情を乱雑にぶつけるほど、名護は取り乱してはいない。
 自制の意を含めた息を一つ吐いて、努めて冷静に言葉を紡いだ。

 「……一条、気持ちはわかる。
 俺や翔太郎君とも違い、君は目の前で二人もの仲間をダグバの手にかけられ亡くし、小野寺君を暴走させてしまったのだろう。
 ダグバに対して並々ならないトラウマを抱いていたとしても、それは恥ずべきことではない」

 「それは……」

 名護は、あくまで一条の心因的外傷が生みだした一種の強迫観念としてその可能性を排除しようとする。
 そして一条もまた、それに強く反論することはしない。
 自分の中にダグバの生存を決定づけるだけの根拠が“直感”という自分らしくもないあやふやなものだけであるのにも加え、気付いているのだ。

 名護がそうまでしてダグバの死を願うのは、一種彼が翳す究極の闇を恐れているのだと。
 ユウスケからの伝聞で、あの橘もヒビキも全く手も足も出ずダグバに敗北したことを、伝え聞いているから。
 何よりそんな存在がついには大ショッカーの目さえ欺きこの会場を我が物顔で歩き回っているなどと、考えたくもなかった。

 そしてそれは、翔太郎にとっても同じこと。
 二度に渡ってぶつかったあの巨悪は、翔一を亡くし総司が一人飛び出した今の自分たちでは手に余る。
 いや、そんな表現も手緩いか。

 短くなった自分の変身制限さえ正確に把握し、仮面ライダーという存在がどれだけ遊べば壊れてしまうのか、それを理解したダグバを前に、もう一度同じ勝利の結果を導ける自信はない。
 つまりは一条が吐き出した不安を、あくまで恐怖やトラウマからくる妄想なのだと断じ切り捨てるしか、ここに残った者たちに残された道はないのである。
 こうして頭ごなしすぎるほどに否定されてようやく冴えてきたのか、その思いを受け止めた一条は、そのまま頭を下げ謝罪の言葉を述べた。

 「申し訳ありません、根拠のない憶測を述べて、悪戯に不安を煽ってしまいました。
 これはきっと、私の考えすぎだと思います」

 「いや、それならいいんだ……」

 一転して罰が悪そうに視線を逸らした名護。
 再び沈黙が支配したその状況の中で、本領発揮とはいかない様子の名護に代わり、翔太郎は気を引き締める意味も込めて帽子を深く被りなおす。

 「放送については一旦置いておくとして……今大事なのは、俺たちがこれからどうするかってことだ」

 これからどうするか。
 その言葉に内在される、ある人物について、名護からは話題に出しにくいだろうと、翔太郎は堰を切る。

 「取りあえず当面の目標は、総司ともう一回合流して説得するってとこだろうが……」

 その名前を聞いて、やはりというべきか名護は目を伏せる。
 信頼できる弟子、総司。
 紅渡の記憶さえ忘却した今、名護にとっての最高の弟子となった未熟な彼を――状況が切羽詰まっていたとはいえ――キングなどという彼よりも一枚も二枚も上手の相手と単身で戦わせてしまったために、先の悲劇は起こったのである。

 解放したアンデッドと自分たちを戦わせること自体キングの策略通りだとしても、名護の心に総司とキングの戦いを後押ししてしまった悔いは残り続けるだろう。
 だが、その後悔に沈み続けるほど、彼は愚かではない。
 迷い嘆くだろう弟子の為にも、自分の行いを悔いるのは後回しにしなくてはならないと、名護は気合を入れなおす。

 「そうだな……彼を追う、というのは現実的ではないだろう。
 どうやらバイクこそ置いていったようではあるが、この広い市街地で彼がどう動くかは予想もつかない」

 チラと時計を見やってみれば、放送が終わってもう10分ほどが経とうとしている。
 総司が出ていった時間から考えればもう20分近くたっているのだから、彼が一心不乱に走り続ければどこまで行けるのか、考えも及ばなかった。
 そんな彼を追いかけてむやみやたらに会場を走り回るのは、あまり賢い選択とは言えない。

 となれば、残された合流のための手段は、自ずと限られてくる。

 「ここで、待つしかないっていうのかよ……。戻ってくる確証もないってのに……!」

 翔太郎の悲痛な声が、響く。
 無力感に苛まされ続けた挙句、総司が自分からこの病院に戻ってくるのを待つのが、賢い選択とでも?
 自分が弟分のように扱ってきたあの無垢な青年を、自分はただ信じ待ち続けることしかできないというのか。

 「いや、心配することはない。彼はきっと、ここに戻ってくる」

 そうして漫然とした絶望感に目を伏せた翔太郎を、しかし名護はいつものように確たる口調で遮る。
 名護が一番総司を心配でたまらないだろうとばかり思っていた翔太郎は、自分の口があんぐりと間の抜けたように開くのを自覚した。
 しかしそんな彼の動揺さえ気に留めることもなく、名護は毅然とした態度で続ける。

 「総司君は、他ならぬ俺の弟子だ。正義を信じ、悪を倒す強さを持った、自慢の弟子だ。
 例え今は道に悩み自分を見失ったとしても、必ず正義の炎を灯し、ここに戻ってくる。
 俺はそう信じている」

 「名護さん……けどよ……」

 名護の言葉を受けた翔太郎の顔からは、しかし釈然としない思いが透けて見える。
 だがそれも当然か、と名護は思う。
 自分には最早記憶もないが、紅渡という男について、自分は今と同じように弟子を信じ裏切られたことを、翔太郎ははっきりと覚えているのだ。

 恐らくは、紅渡を説得するというときも今と同じような大言壮語を宣っていたのだろうことを思えば翔太郎の表情にも頷けたが、それでも名護は考えを曲げる気はなかった。

 「翔太郎君、確かに俺は、かつて弟子と認めた男の善性を見誤り、説得に失敗したかもしれない。
 だがそれでも俺は、信じることをやめたくない。それに、彼が自身の罪を背負い、戦士として目覚ましい成長を果たしたことは、君もよく知っているだろう」

 「それは……」

 その話題を出されると、翔太郎も辛いところだった。
 総司の初印象を、今でも鮮明に覚えている。
 情けない、情緒不安定な青年。なんだこいつというのが、正直な感想だった。

 だが総司は、そんな印象をぬぐい去って強く成長した。
 他者を打ち倒すための力だけではなく、他者と共に歩むことのできる心さえも。
 半人前から一人前に向けて、自分さえも抜き去る勢いで突き進んでいく彼を、羨ましくさえ思うほどに。

 だが、それでも。
 目覚ましい成長を果たしたとしても、彼は半人前なのだ。
 もし今の不安定な彼がキングを始めとする悪意に誑かされ本当にまた世界をすべて破壊する破滅論者に戻ってしまったら。

 この身を内側から食い破らんとする焦燥に、居ても立っても居られなくなり翔太郎は立ち上がる。

 「どこに行く気だ、翔太郎君」

 「決まってんだろ名護さん、あいつはまだ半人前なんだ。放ってなんておけるかよ」

 逸る気持ちを抑えられず今にも走り出しそうな翔太郎の一方で、名護はあくまで冷静な顔を崩さない。
 それにさえ苛立ちを露わにし、翔太郎はいよいよもって一人でも駆けだそうと名護に背を向けるが、その足が次の一歩を踏み出すより早く、彼は名護に呼び止められていた。

 「待ちなさい、翔太郎君」

 「離してくれよ名護さん、俺は一人でも総司のことを――」

 「君が初めて俺たちと出会ったとき、自分をなんと呼んだか、覚えているか?」

 その問いを聞いて、翔太郎は罰が悪そうに帽子を被りなおす。
 背中越しにでも貫かれるような名護の真っ直ぐな視線を感じたのだ。
 委縮したのか、途端に勢いをなくした翔太郎はそのまま、溜息一つ吐いて名護に向き直った。

 「半人前。多くの仲間を目の前で亡くした君は、確かに自分をそう呼んだはずだ」

 「……あぁ」

 10時間ほど前。
 名護と総司の前に翔太郎が現れたとき、彼は紅音也を殺したダグバへの憎しみと自責の念故、それまで嫌悪していた半人前を自称した。
 それから紆余曲折を経て翔太郎は一人前の仮面ライダーとして自分を認められるようにもなったが……しかしふとすればこうしてすぐ熱くなってしまう欠点はすぐ直るものではないらしい。

 その時に反省した、自分の一人で突っ走りがちな点がまたも表出してしまったことを理解して、翔太郎は冷静さを取り戻したのである。
 結局は自分もまた、総司と同じく未だ半人前の範疇だということだ。
 こんな風に周りを見ずに突っ走っているようではその誹りを受けても当然か、と萎えた様子の彼を前に、しかし名護はあくまで諭すように続ける。

 「だが翔太郎君、君はこうも言ったはずだ、『半人前でも俺は仮面ライダーだ』と。
 総司君もそうだ。確かに未だ完成こそされていないし、危ういところもあるかもしれない。
 だがそれでも俺は、彼の心に確かに灯った正義の炎は、決して消えず燃え続けると、そう思っている」

 どこまで行っても、名護はまっすぐな男だった。
 総司のことを軽んじているわけではない、むしろ最大級に尊重しているからこそ、彼は総司を追わないのである。
 全く総司は良い師匠を持ったものだと、しみじみそう思った翔太郎のもとに、届く声が一つ。

 「半人前……か」

 名護のものではないその声に振り向けば、そこには思わず思考が口に出た、といった様子で佇む一条がいた。
 翔太郎と名護、二人から向けられた視線に気づいたのか、一条は我に返ったように小さく頭を下げる。

 「――話を遮ってしまい申し訳ありません。ただ少し、父の言葉を思い出したもので……」

 「父?」

 「えぇ、『中途半端はするな』。……それが、私の父が生前よく言っていた言葉でした」

 「どういう意味だ?」

 「一度やると決めたなら、最後まで絶対にやり遂げろ。
 ……そういう意味だと、私は思っていました」

 一条はそう言って、視線を彼方へ走らせる。
 父の言葉を絶対の信条として信じていた自分にとっては、半人前であるということを自称するなど、許されがたい中途半端であるように感じられたことだろう。
 だが目の前で死なせてしまった小沢を、京介を、そしてまたしても一人にしてしまったユウスケを思えば、今の自分を一人前だと名乗ることの方が、一条には耐えがたかった。

 「思っていましたって……本当は違ったってのか?」

 「いえ……まだ自分でも分かりません。ただ、津上君が言っていたんです。
 『人は誰でも生きている限り中途半端で当たり前だ』と。
 それを聞いて、自分は父の言葉を都合よく解釈していただけなのかもしれないと……」

 翔太郎の問いに対し、伏し目がちに一条は続ける。
 自分は、父が幼子への教育の一環として放っただけの言葉を、父の死によって生涯背負わなければいけないものとして都合よく捻じ曲げ自分に課していただけなのではないかと。
 刑事という仕事を中途半端にはしない、と言えば聞こえがいいものの、突き詰めてしまえば自分は、他の大事にしなければいけないことを蔑ろにして仕事に逃げていただけではないのか、そんな不安が一条の中をよぎるのである。

 今までは疑いさえしなかった自身の信条がこうまで揺らいだのは、もう一人のクウガとの出会いや自分が仮面ライダーとして戦える力が自分を変えた為なのだろうか。
 ともかく、その答えを共に導ける仲間となるはずだった翔一の死が、自分にとってこれ以上ないほどの悲劇だったことは、疑いようもないことだった。
 だがそんな一条を前に一歩進み出たのは、やはり名護だった。

 「一条、一つ聞きたい。もし君のお父さんの言葉の真意が君の意図するところと違っていたとして、何がそこまで問題だというんだ?」

 それは、翔太郎が見てきた名護の中でも特に真剣な瞳だった。
 今の一条の話のどこにそこまで彼の中で見逃せない部分があったのか、翔太郎にさえ分からない。
 だが、この話をこのまま終わらせることは名護にとっても許せないことに違いないと彼は思った。

 「私は……父のその言葉を常に胸に抱いて生きてきました。
 刑事としての姿勢も、同じく刑事だった父の中途半端にしない姿勢を見習っていると言って過言ではありません」

 今度は、一条が胸の内を晒す番だった。
 自分の中で当然だと思っていた部分に疑問を持つ経験が、一条の端正な顔を不安に歪ませる。
 だが言葉は澱むことはなく、彼は言葉を詰まらせることはない。

 「しかし私は、その言葉をあいつにも……五代にも背負わせてしまった。
 そのせいでただの冒険が好きな一般人に過ぎなかった五代は、一人戦いに明け暮れ……挙げ句こんな戦いに巻き込まれて命を落としました。
 本当はあいつには、ずっと気ままに冒険を続けていて欲しかった。その為にも俺が、あいつの責任を一緒に背負ってやらなくちゃいけなかったというのに……」

 いつの間にか一条の一人称が、“俺”になっていた。
 胸の内を吐露する内、言葉遣いに気を払う余裕もなくなったのだろう。
 だが名護も翔太郎も、それを気にすることはない。

 どころか、こうして一人で背負い込もうとし続ける彼が仲間として自分たちを信頼してくれている証だと受け取って、ただ黙って一条の言葉を待っていた。

 「だから、考えてしまうんです、父は、今の俺をどう思うのかと……。
 一番中途半端に過ぎない俺が、自分の言葉を勝手に解釈し人を結果的に死に至らしめたと知ったら、彼は……」

 言って一条は、自身の手を強く握りしめる。
 自分の無力さを、強く噛みしめるように。
 だがそうして俯いた一条に対し、名護は動ずることなく彼の肩を叩き再びその面を上げさせる。

 「一条、君の気持ちはよくわかる。俺も父の言葉を勝手に解釈し、今となっては愚かとしか言いようのない罪を犯したことがある」

 「罪!?名護さんが!?」

 「あぁ……」

 翔太郎の驚愕に静かに答えながら、名護啓介は思い出す。
 代議士であった父、啓一は、社会的正義に燃える、幼い時の自分にとって心底尊敬できる人物であった。
 間違ったことは許さない、啓介の中に根付いたその正義感も、元を正せば父への憧れに由来するものだ。

 だが……いやだからこそ、啓介は父が過ちを犯したのが許せなかった。
 例えそれが書類上の小さなミスであっても、それは父である啓一の罪であり、許しがたい悪だと……そう感じたのだ。
 故に啓介は父を汚職で糾弾し、自殺にまで追い込んだ。

 だから啓介は、それ以来正義の名のもとに多くの殺戮を繰り広げた。
 彼にはもうその記憶がないが……渡に公園で告白したように、ファンガイアが悪でないのなら自分は正義の人ではなくなってしまうという、強迫観念に駆られて。
 そんな風に父親の言葉や姿勢を曲解し、尊敬していたはずの父でさえ死に追いやった自分でも、目の前で悩める男に何か力を与えられるならと、名護は続ける。

 「一条、君のお父さんがどんな人物だったのか、俺にはわからない。
 だが君の様な正義の為、市民の為に自分を犠牲にできるような男を育てた人だ。
 そんな人の言葉は、少なくとも今までの君にとって間違いなくプラスのものだったに違いない」

 「はい……」

 「だが、もし君がその言葉のせいで思い悩んでいるというのなら、それは君のお父さんも望むところではないだろう」

 名護のその言葉に、一条はハッと息を呑む。
 何より家族を大切に思っていた彼が、自分の言葉で苦しむ息子を見れば、それは何より心苦しいことに違いない。
 そんな一条を見やり、悩んでいた時期の愛弟子を重ねたか、名護は微笑を携えながら言葉を紡ぐ。

 「その考えを悪戯に捨てろとは言わないが……俺が君に言えることがあるとすれば、君はあまりに真面目すぎる。
 遊び心が足りない、と言い換えても良いかもしれないな」

 「遊び心……ですか」

 言いながら一条はしかし、今までと打って変わって腑に落ちないという表情でムッとしたようであった。
 だが、それも当たり前だろう。
 言ってみれば彼を始めとした警察が、そして五代雄介が繰り広げてきた未確認生命体との戦いは、決して遊びではないのだ。

 そんなところに遊びを持ち込むような心構えでは、市民の前に胸を張って立つことなど出来ないと彼が考えても、それは仕方のないことだった。
 だがそんな一条の対応を見据えてか、名護はどこか懐かしげにフッと笑う。

 「そうだ、余裕のない心は張り詰めた糸と同じ。いずれ、ふとした拍子で容易く切れる。
 丁度、今の君が使命と無念の板挟みになり自分自身を縛り苦しめているように」

 それは、かつて22年前の過去に飛んだ際、先代のイクサである紅音也から名護が学んだことだった。
 あの時は、命を賭け戦う戦士を前にこのちゃらんぽらんは何を言うのだ、と軽蔑さえしたものだが……恋を知り、そして愛を知った今となれば、分かる。
 戦士と言えど、帰る場所、心の安らぎは不可欠なのだ。

 見たところ、目の前の男もあの時の自分と同じく恋を知らないと見える。
 果たしてこの場所で恋を知れる可能性は限りなく低いが……ともかくそうした精神的余裕は決して自分を腐らせないと言うことを、彼に伝えなくては。

 「かつて俺に、遊び心を持つ大切さを教えた男は言った。
 心に余裕を持てば、人の気持ちが分かるようになる。そうすればもっと強くなれる、と。
 君が誰かを守る為、より強くなりたいと望むなら……まず、遊び心を学びなさい」

 「しかし……一体どうすればそんなものを学べると?」

 未だ眉間にしわを寄せたまま、難しい表情で一条は問う。
 遊び心を学べなどと、なにせ難しい相談である、困惑するのも仕方のないことだ。
 だが対する名護は、動じることなく自信げに息を吐き出して。

 「そのことなら安心しなさい。俺が知る中でも有数の、素晴らしい遊び心を持つ男が、ここにいる」

 唐突に、話の蚊帳の外に追いやられていた翔太郎の肩を、強く叩いた。

 「って俺かよ!」

 「君からは、どんなときでも何か欠けている自然な抜け目を感じる。
 俺でさえ見習うほどに君の心は隙だらけだ、胸を張りなさい」

 「全然褒められてる感じがしねぇ……」

 どこか決まらず帽子を被り直しながら、しかし翔太郎にとっても名護の言葉を強く否定することは出来なかった。
 探偵としての仕事を中途半端に行ったことこそないが、翔太郎は時たま依頼を私情で受けることがある。
 例えば、風都警察署の真倉刑事が照井の鼻を明かすため、そして超常犯罪捜査課に異動してきた九条刑事の気を引くためだけに依頼を持ち込んできたときも、彼の不純な動機に心から同意し、ノリノリで依頼を引き受けたこともあった。

 そもそも自分のあだ名になってしまったハーフボイルドだって、ハードボイルドを目指しながら非情になりきれない自分に対する愛称の一種だ。
 それが決して揶揄として自分を貶す意味で放たれていないことは、亜樹子やフィリップの目を見れば分かる。
 なれば名護の言う遊び心が生来から備わっている自分のそれは、確かに仕事に対して一種の余裕を生み、人を引き寄せ探偵としての仕事にプラスに働いていると言われても、なるほど納得する心地であった。

 「だが、目標もなくただ修行しろと言われても難しいものがあるのも事実だ、一体どうすれば……」

 「それなら、これがあります」

 名護の言葉を待っていたとばかりに、一条は懐から通常のガイアメモリより一際巨大なメモリを取り出す。
 青くTの字が刻まれたそれはまさしく、翔太郎が先ほど彼に渡したトライアルのメモリであった。

 「それは……?」

 「これはトライアルメモリです。特別な特訓をしなければ扱えないと、左さんは言っていました」

 「そうか、なら丁度いい。それを扱えるよう修行をする中で、翔太郎君から遊び心も自然と身につくことだろう」

 名護は腕を組み首を縦に振りながら満足げに呟く。
 自身がライジングイクサの完全な習得によって実感として遊び心の重要さを学んだように、一条もトライアルを使いこなせるようになればその重要さが分かることだろう。
 だがそうして完結しそうになった話を、しかし翔太郎が黙って見過ごすはずがなかった。

 「ちょっと待てよ一条、それに名護さんも!
 トライアルの特訓はな、照井でさえ死にかけたんだ。今のお前じゃやりきれるわけ……」

 「いえ、俺ならもう大丈夫です。十分、休みましたから」

 「んなわけねぇだろ!」

 翔太郎の絶叫が、場を静まり返させる。
 思わずと言った様子で胸ぐらを掴んだ翔太郎の威圧に圧されたか言葉を飲んだ一条に対し、翔太郎は熱くなったままの頭で言葉を紡ぐ。

 「……そんなボロボロの身体で何が出来るってんだ?
 周りを見て見ろ、お前が死んだら悲しむ奴が大勢いるだろうが!
 突っ走んのも大概に――」

 「――そんなことはもう分かってる!」

 翔太郎の説得に対し、今度は一条が、大声を出し沈黙を作り出す番だった。
 かつて一人で井坂という強敵に挑もうとした照井を諫めた時の言葉を容易く覆されて、翔太郎も思わず二の句を紡げない。

 「皆の笑顔を守る……そう言って自分の笑顔を守ることを後回しにし続けた男を、俺は一番よく知っている!
 彼が死んでしまったことを、最も深く悲しんだのは俺だ。
 だからこそ俺は彼を……小野寺君を、五代の二の舞にさせるわけにはいかない。そう決めたんだ!だから――!」

 そこまで言い切って、一条は先ほどまでとは違い自分が翔太郎の襟首を掴んでいることに気付いた。
 一般人がどうだとか、刑事がどうだとか、この場では既に形骸化した観念が今更蘇ってきて、彼は罰が悪そうにその手を離す。

 「すみません。つい熱くなってしまって……」

 「いや……俺こそ、軽はずみな発言だった。許してくれ」

 互いに自分の発言を悔い、そして相手の発言の正当性を認めているからか、二人の間には再びただ沈黙が流れた。
 だが、決して無駄な時間ではない。
 それは男と男が、どこまで意地を張り合えるのか、或いは互いにぶつかることを拒み逃げるのか、試すような重い沈黙であった。

 だが、仮にもしこれを勝負の一環だとするのなら……勝者は既に決していた。

 「……俺の負けだ、一条」

 「え……?」

 ぽつりと、昔を懐かしむような声音さえ込めて、翔太郎が呟いた。
 今の口論をそんな堅苦しい勝負だなどと意識さえしていなかった一条は一瞬反応が遅れたが、しかし翔太郎はそんな彼の様子を気に留めることもなく続ける。

 「ったく、お前と話してると、あいつを思い出してつい熱くなっちまう。
 さっきも、お前がやりたいことをサポートするのが俺の仕事だって、そう思ったばっかだってのにな」

 「ということは、まさか……」

 「あぁ、お前がトライアルを使いこなせるよう、俺が鍛えてやるよ」

 言って翔太郎は、気障に指を伸ばす。
 一条がアクセルを受け継いだことはもう偶然で片付けられないことだと、そう理解したのだ。
 誰よりも強い熱情を胸に秘めながらクールに振る舞うその姿に、かつての友との数え切れないぶつかり合いを思い出したと言ってもいい。

 そうなれば後はもう、自分に残された仕事はアクセルを継いだ男を強くするため、彼を支えることだけ。
 それが正しいのかどうか、照井が望むかどうかなど、正直なところわかりはしない。
 だがどうせあの世で彼に聞いても素っ気なく返されるだけなのだ、ならば自分もやりたいことをやるだけのこと。

 どうせ自分は半熟野郎と呼ばれる運命なのだ、かつての友と目の前の男を重ねてしまったから、などという動機で動いたところで、誰も文句は言うまい。
 そう考えた翔太郎の表情はしかし晴れやかで……誰にとっても眩しい確かな“余裕”を兼ね備えていた。
 そして同時、翔太郎の言葉を受けた一条もまた、珍しく頬を綻ばせる。

 照井が死んでから、幾度となく纏ったアクセルの鎧。
 戦いの道具以上の感情を秘めたその鎧はしかし、戦場において自分を勝利にまで導いてはくれなかった。
 だが、それもこれまでのこと。

 自分が及ばなかったために不甲斐ない結果に終わり続けたというのなら、それを強くなって覆すだけのこと。
 遊び心というものを学べるかは分からないが、ともかくそれも特訓の中で身につくのであればと。
 一条薫はここに来て初めて、自分のことを認められうる可能性を見出していた。

 そしてまた、目の前で繰り広げられた短いやりとりを見ただけで、今後起こりうる二人の化学反応の結果を知り尽くしているかのように、名護は一人満足げに頷いていた。
 見込んだとおり、この二人は今よりずっと強くなる。
 自身の弟子に迎える、などと口が裂けても言えないような強さを確かに持った二人の成長の芽を目の当たりにして、自分もうかうかしていられないと名護は虚空に思いを馳せるのだった。


 ◆


 「……本当に、一人で大丈夫なのかよ、名護さん」

 「あぁ、当然だ。俺には総司君をこの病院で待たなくてはならない使命がある。
 君も、くれぐれも気をつけなさい。この会場には未だ、大ショッカーの手先が忍び込んでいる。油断は禁物だ」

 翔一の遺体を簡単に埋葬し一息ついてしばらくしてから、ついに翔太郎たちは出発の準備を完了していた。
 少しでも早く移動するためにと、カブトエクステンダーのキーを名護から受け取り彼の身を案じた翔太郎に対し、名護はしかし強く返す。
 その表情に浮かぶ揺るぎない自信を見て、翔太郎もこれ以上の言葉は無粋かと口を噤んだ。

 ふと後方を見れば、トライアルの特訓という言葉に気合いを引き締め直したか、一条はすっかり自立してしっかりとした足取りで外に向かっている。
 どうやらこれは特訓にも精が出そうだと自分も彼に続こうとして、しかしその肩を、名護に引き留められた。

 「なんだよ名護さん、まだ何かあんのか?」

 「あぁ。君に、渡しておかなければならないものがある」

 言いながら、名護は懐より一つ、銀色の箱と無数のカードを取り出した。

 「……ブレイバックルか」

 それはまさしく、先ほど自分がダグバから取り戻した正義の仮面ライダー、ブレイドの力。
 スペードのカードだけではなくダイヤにクラブ、ハートのカードまで合わせたラウズカードの束は、文字通り片手で受け取るには手に余るほどだ。
 だがこの強力な力をこうも容易く受け取ることに、翔太郎はある種の忌避感を覚えていた。

 「けどよ、名護さん、いいのかよ?これは総司が……」

 「いいや、総司君から聞いた。君は彼に言ったそうだな。『自分はこれを拾っただけで独占する権利はない』と。
 俺もそうだ。俺はこれを拾っただけで占有する資格などない。
 それに俺には今、ブレイドへの変身に制限がかかっている。俺が持っていても意味がない、君がこれを持っていくべきだ」

 名護はやはり、どこまでも貫くような真っ直ぐな瞳をしていた。
 しかし、忌むべき記憶も存在するとはいえ、これは総司が持っていたもの。
 自分がただの力として預かるよりは名護が持っていた方がいいのではと、翔太郎は二の足を踏んでしまう。

 だがそんな翔太郎に対し、名護は一層に真面目な顔をして顔を寄せ、小さな声で囁いた。

 「……それに、ハートのラウズカードをどうするのか……、その決断を下すのは俺でなく、君であるべきだ」

 「名護さん……」

 後方の一条には聞こえないほどに小さな声で述べられたその言葉に、しかし翔太郎は息を呑む。
 ハートのラウズカード、それから類推される自分の因縁を、いやでも思い出したからだ。
 この会場に連れてこられて最初に出会った、心優しいオルフェノクを無残に殺害したあの男の処分を決めるのは、お前だと。

 つまりは名護が言っているのは、そういうことなのだ。
 あくまで彼をジョーカーアンデッドとして断じこの場で倒す道を選ぶのか、それとも今は涙を飲み説得の道を選ぶのか。
 或いはその先に和解の道があったとして……彼に多大なる力を与えるだろうこのカード群を、果たして彼に渡すのか、それとも絶対に彼の手に渡らないよう投棄するのか。

 全ての選択肢を、同行者を目の前で始に殺された自分に委ねたいと、そう言っているのである。
 その決断の難しさを、そして目の前で死んだ木場の無念を考えしばし目を瞑って、やがて翔太郎は目を開いた。

 「……分かった。あとは任せてくれ、名護さん」

 「あぁ、頼んだぞ、翔太郎君」

 ブレイバックルを確かに受け取りながら、翔太郎はこの小さな箱に込められた“重さ”を確かに実感する。
 そこに込められた力も、受け継がれてきたバトンも、そして誤ったことに使われてきたブレイドという力自体の悲しみも。
 それに加え、殺害という許しがたい罪を犯したとはいえ、世界を、大事なものを守るため全力を尽くしただけの男の処断をも、そこに合わさっているのだ。

 なれば、その全てを一身に背負ったこのバックルが、軽いはずがなかった。
 その重みをしかし逃げずに受け止めて、翔太郎は帽子をクイと下げてその場を後にしようとする。
 だが瞬間、翔太郎は最後に一つだけ、名護に言っておかなければならないことがあったのを、思い出した。

 「またな名護さん、それから――無茶だけはすんなよ」

 「……あぁ、分かっている」

 返答までにかかった時間は、ごく僅か。
 だがそれでも確かに開いた一瞬の隙は、名護の動揺を確かに表していた。
 しかし、それを見抜いたからと言って、翔太郎にはもう予定を変える気はなかった。

 名護は自他ともに認める一人前の仮面ライダーなのだ。
 例え自身の行動で何が起こったとしても、自分の決断に自分で責任を取れる大人なのである。
 であればこれ以上自分がお小言を残していったとしても、無粋なだけ。

 故に翔太郎は、黙って去るのみだ。
 自分たちを見送るため、後ろで佇む名護の視線を感じながら、翔太郎は先にバイクの前で待っていた一条に声をかける。
 そのまま二人乗りの姿勢でカブトエクステンダーに跨がりキーを差し込んでエンジンを唸らせれば、心地よい駆動がこの体を躍動させた。

 サイドバッシャーに跨っていた時以来の感覚に心さえ躍る思いを抱きながら、翔太郎は後ろに跨る一条を振り返る。

 「行くぜ、準備は良いか?」

 「勿論です」

 一条の短い返答の中には、しかし確かに燃える挑戦の意思を感じ取れる。
 どうやら長々しい啖呵を切るよりも、よっぽど気合十分らしいと。
 友の遺志を継いだ男の、確かな強さを再度認めて翔太郎は、北へ向け一思いにアクセルを振り絞った。


【二日目 朝】
【C-1 平原】

【左翔太郎@仮面ライダーW】
【時間軸】本編終了後
【状態】ダメージ(大)、疲労(大)、精神疲労(大)、キングフォームに変身した事による疲労、仮面ライダージョーカーに1時間20分変身不能、カブトエクステンダーを運転中
【装備】ロストドライバー&ジョーカーメモリ@仮面ライダーW、ブレイバックル+ラウズカード(スペードA~Q、ダイヤ7,8,10,Q、ハート7~K、クラブA~10)+ラウズアブゾーバー@仮面ライダー剣
【道具】支給品一式×2(翔太郎、木場)、首輪(木場)、ガイアメモリ(メタル)@仮面ライダーW、『長いお別れ』ほかフィリップ・マーロウの小説@仮面ライダーW、カブトエクステンダー@仮面ライダーカブト
【思考・状況】
基本行動方針:仮面ライダーとして、世界の破壊を止める。
0:一条がトライアルメモリを使えるよう、サーキット場で特訓する。
1:名護や一条、仲間たちと共に戦う。 今度こそこの仲間達を護り抜く……はずだったのにな。
2:出来れば相川始と協力したいが……。
3:フィリップ達と合流し、木場のような仲間を集める。
4:村上峡児を警戒する。
5:もしも始が殺し合いに乗っているのなら、全力で止める。
6:ジョーカーアンデッド、か……。
7:総司……。
8:相川始にハートを始めとするラウズカードを渡すかどうかは会ってから決める。
【備考】
※大ショッカーと財団Xに何らかの繋がりがあると考えています。
※仮面ライダーブレイドキングフォームに変身しました。剣崎と同等の融合係数を誇りますが、今はまだジョーカー化はさほど進行していません。
※トライアルメモリの特訓についてはA-1エリアをはじめとするサーキット場を利用する模様です。



【一条薫@仮面ライダークウガ】
【時間軸】第46話 未確認生命体第46号(ゴ・ガドル・バ)撃破後
【状態】疲労(大)、ダメージ(大)、五代たち犠牲者やユウスケへの罪悪感、強い無力感、カブトエクステンダーの後部席に搭乗中
【装備】アクセルドライバー+アクセルメモリ+トライアルメモリ@仮面ライダーW
【道具】食糧以外の基本支給品×1、名護のボタンコレクション@仮面ライダーキバ、車の鍵@???、おやっさんの4号スクラップ@仮面ライダークウガ
【思考・状況】
基本行動方針:照井の出来なかった事をやり遂げるため『仮面ライダー』として戦う。
0:今度こそ誰も取りこぼさない為に、強くなりたい。
1:サーキット場に向かいトライアルの特訓を行う。
2:小野寺君……無事でいてくれ……。
3:第零号は、本当に死んだのだろうか……。
4:五代……津上君……。
5:鍵に合う車を探す。
6:一般人は他世界の人間であっても危害は加えない。
7:小沢や照井、ユウスケの知り合いと合流したい。
8:未確認への対抗が世界を破壊に導き、五代の死を招いてしまった……?
9:遊び心とは……なんなんだ……。
【備考】
※現在体調は快調に向かいつつあります。少なくともある程度の走行程度なら補助なしで可能です。


 ◆


 (見透かされていた、か……)

 翔太郎と一条の姿が見えなくなった後。
 名護は残された病院の中で、ただ一人自省していた。
 翔太郎のあの瞳、そして「無茶だけはするな」という言葉。

 そのすべてが、自分の考えていることを見抜かれているように思えて、名護は自身の未熟さを自覚する。

 (だがやはり今の総司君を、一人にするわけにはいかない……)

 しかし。
 そうして仲間に内心を見透かされていたとしても、もしもそれが誰から見ても無茶を行おうとするただの蛮勇に過ぎないとしても。
 今の総司を一人放置することは、名護には耐えられない。

 (今の彼は、人間とネイティブとの狭間で揺れ動いている。
 このままでは彼は心を二つに引き裂かれ、自滅の道を辿ることになる……。
 そうなる前に、俺が彼を救ってやらなくては……!)

 それは師匠としての名護に与えられた義務であるのと同時、仲間として彼を救いたいという純粋な思いから来るものだった。
 かつてファンガイアと人間との狭間で揺れ動いた渡を救うため尽力したのと同じように、弟子の危機において、名護啓介にじっとしている選択肢はない。
 渡との思い出が残っており彼が一人でその運命を覆したことを覚えていればまた別の結果もあったのかもしれないが、ともかく。

 反省を終えた名護は、懐から一本の小さなUSBメモリの様なものを取り出す。
 Sの字が刻まれたそれはスイーツのメモリ。
 出来れば使いたくこそないが……イクサが制限にかかった今、危険があれば使用も止むを得ない。

 翔太郎から言わせればお粗末な品らしいが、それでも時間稼ぎの捨て石にはなるだろうと、名護は高を括っていた。

 (待っていてくれ、総司君。君を一人にはさせない。
 俺が必ず、師匠として迷える君を救って見せる。……必ず!)

 瞬間名護は、もう立ち止まっている時間もないとばかりに駆け出した。
 広い市街地に向けて、ただ一人この空の下で彷徨っているだろう弟子を探すため。
 その手に握るは洋菓子の記憶。あまりに心もとない装備を手に、しかし心だけは菓子さえ溶かすほどに熱く煮えたぎらせて。

 誰よりも強く弟子を思う男はただ一人、街へ勢いよく飛び出した。


【二日目 朝】
【D-1 病院前】

【名護啓介@仮面ライダーキバ】
【時間軸】本編終了後
【状態】疲労(大)、ダメージ(大)、精神疲労(大)、左目に痣、決意、仮面ライダーイクサに1時間20分変身不能、仮面ライダーブレイドに1時間25分変身不能
【装備】イクサナックル(ver.XI)@仮面ライダーキバ、ガイアメモリ(スイーツ)@仮面ライダーW 、ファンガイアバスター@仮面ライダーキバ
【道具】支給品一式×2(名護、ガドル)
【思考・状況】
基本行動方針:悪魔の集団 大ショッカー……その命、神に返しなさい!
0:総司君を探す。絶対に一人にはしない。
1:直也君の正義は絶対に忘れてはならない。
2:総司君のコーチになる。
3:紅渡……か。
4:例え記憶を失っても、俺は俺だ。
5:どんな罪を犯したとしても、総司君は俺の弟子だ。
6:一条が遊び心を身に着けるのが楽しみ。
7:最悪の場合スイーツメモリを使うことも考慮しなくては。
【備考】
※ゼロノスのカードの効果で、『紅渡』に関する記憶を忘却しました。これはあくまで渡の存在を忘却したのみで、彼の父である紅音也との交流や、渡と関わった事によって間接的に発生した出来事や成長などは残っています(ただし過程を思い出せなかったり、別の過程を記憶していたりします)。
※「ディケイドを倒す事が仮面ライダーの使命」だと聞かされましたが、渡との会話を忘却した為にその意味がわかっていません。ただ、気には留めています。
※自身の渡に対する記憶の忘却について把握しました。


134:第三回放送 投下順
時系列順
133:未完成の僕たちに(4)|[[一条薫
名護啓介
左翔太郎



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最終更新:2018年12月16日 18:06