ある日の風景ABC

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 夏らしい暑さも少し影を潜めた穏やかな午後。営業帰りのプロデューサーは、 小鳥が差し入れた麦茶で体を潤しクールダウンを済ますと、 目の前に仏頂面で立っている響に、普段あまり作らないかしこまった顔で 「はい。じゃ、座って」と、自分も腰掛ける事務所の接客用ソファに座るよう促した。    響は不満そうな顔のまま、特に返事をするでもなく、プロデューサーの隣にどすんと、 女の子(しかもアイドル)にしては多少乱暴な所作で腰を下ろした。  「……(隣かよ)」プロデューサーは内心呟いた。 これから説教をする相手が隣に位置しているのは少し“やりづらい”。 さらに、相手は国民的アイドルである美少女。 横を見ると、健康的な色気を醸し出している細いうなじと、尺に合わない豊な胸部にどぎまぎしてしまう。 情けないが、これが男だよなと、プロデューサーは目を閉じうんうんと一人唸った。    かといってわざわざ正面に座るように今から言うのも締まらないなと思ったプロデューサーは、 しかめっつらの担当アイドルに向かって「さて、響――」と外見では変わらぬ堅苦しさをまとった表情で話し始める。 「明るく元気なのは、響の長所。だけどな最近――うぬぉッ!?」 「? どうしたんだ? プロデューサー?」  取り乱すプロデューサーにあっけらかんと言い放つ響は、シャツの胸元に人差し指をかけて引っ張り、  そこから、片手に持ったうちわを扇ぎ『中』へと風を送っていた。 「……(み、見えてる、見えてれぅよ響ぃ)!!」  て、見てちゃまずいだろと我に返り、妙な汗をたらしながら機械的な動作で視線を外し、 プロデューサーは響の無防備過ぎる仕草を注意した。 「自分、暑いの苦手なんだよー」  でへへと、悪戯のばれた子供のように笑う響。そのヒマワリのような笑顔の前では、 暑いの苦手なら隣に座るなよなんて、照れ隠しでも言えはしないだろうと、プロデューサーの頬は不意に緩む。  しかし、彼女と自分の未来のため、今日はあえて厳しい態度を見せると決めた。 「う、ウホン! いいか響、そういう所なんだよ。それは響の魅力でもあるし、全部を変えろとは言わない。 けど、もう少しトップアイドルとしての自覚、落ち着きが欲しいんだ。 脱走したペット探しでスケジュールに穴を開けるなんて、あっちゃならないんだ。 もうちらほらと噂になってるの、響も知ってるだろ?  『人気アイドルとそのプロデューサー、獲物を求めて夜の街を徘徊!?』てな記事が、いつ踊っても不思議じゃない。 それくらい、響は注目されてるんだ」 「う……でも、今日だってちゃんと時間には間に合ったんだし……」 「今日大丈夫だからといって、次も大丈夫だという保証は無いだろ?   いいか、響、俺はそんなに難しい事は言ってないぞ。あれを見ろ!」 「……小鳥?」  プロデューサーが指差した方向には、 形だけならデスクワークに勤しんでいる風に映る事務員の音無小鳥(2X歳)の姿。 「そうだ。そして、もう少し下を見ると……」 「おお、ねこ吉!」  小鳥の膝の上で、事務所で飼う事になって久しい響のペット、ねこ吉が、昼寝をしている。 「――仕事そっちのけで趣味に没頭し、腐のオーラを撒き散らしてる小鳥さんのすぐ傍で、 あんなにも平和に安らいでいるねこ吉……あの落ち着き、まさに達人、否、達ねこの領域。 響よ、ねこ吉に出来て、主人である君に出来ないはずが無い。 とにかく、そう、LESSON1『敬意を払え(ねこに)』だ。響も、あれくらいの落ち着きを手に入れるんだ!」 「ふーん。わかったぞ」  意外にも、響はプロデューサーの苦言をすんなりと聞き入れた。 ちょっと砕けた路線に持って言ったのが功を奏したのかとプロデューサーが思ったのも束の間、 「ではさっそく……」と言って、響はころんと横――プロデューサーの膝の上――に寝転んだ。 「ちょ、ちょ、響! 響サン!?」 「へへ。ねこ吉の真似をすればいーんだろー? これは確かに効果あるかもなー! ゆくいみそ~れ~!」  視線を横に向けたまま、プロデューサーの膝の上に頭を固定し、寝る体勢になる響。 ふざけてるだけかと思ったが、昨晩の深夜の奔走劇もあり疲れていたのか、 すぐにすやすやと可愛らしい寝息を立て、眠り始める響。本家のねこ様そっくりな、 ふにゃふにゃの幸せそうな寝顔に、退かす気も完膚無きまでに削がれたプロデューサーは仕方なく、 響が起きるまでの時間、此処で枕代わりになる事を受け入れた。 「プロデューサーとしての風格が無いのかな俺……少し、ショックかも……」  それでも、悪い気はあまりしない。  自分は夢見る少女じゃないが、心はちゃんと通じている。そう信じている。 響の幸せそうなこの寝顔をその証だと思うなら、火の中水の中、どんな奔走劇も、 好きにしてくれという気にさえなれた。守りたいと願いながらも届かず、触れられなかった存在が、 今確かに、自分の手の中に在る。今しばらくは、これ以上の幸福は望むまい。 「……ゆくいみそーれ」  真下にある響の横顔に優しく言葉を投げ掛け、プロデューサーは事務所の天井を仰いで瞳を閉じた。 「……見せつけてくれますね……どう思います、ねこ吉さん?」 「にゃー」 「分かってますよ。この事は私とねこ吉さんだけの秘密です」 「にゃん?」 「ええ、大人ですから。きっと、二人からは私が見えないんです。『バカップル』特有の『結界』みたいなものです」 「にゃにゃん」 「ふふ。ありがとうねこ吉さん。ところで、ブラックサンダー食べます?――」

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