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「留守電」(2011/08/11 (木) 20:36:03) の最新版変更点
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携帯を開いて、もう目をつぶっても出来る操作。短縮→001→CALL。すこしの時間のあと、
呼び出しメロディが聞こえる。
あ、夢子ちゃん、新曲に変えたんだ。僕はそこから、ゆっくり秒数を数え始めた。1、2、3……。
今は、もう彼女とはいい関係を保っている。ときどき二人でごはん食べたり、この間は映画を
見に行った。なんていうのかな、うん、そう、『親友』、って言ってもいいと思う。そのくらいの仲良しだ。
先週だって一緒だった収録の時、いろいろアドバイスを貰った。バラエティのトーク番組だった
んだけど、僕の話題のキッカケを読み違えて焦ってたら、すぐ後ろに座っていた夢子ちゃんが
割り込んできてうまく流れを作ってくれた。別にあんたのためじゃない、とかおどけ役までして
くれて収録も盛り上がったし、いつも感謝してる。
そういえばそれ以来かな?最近二人のスケジュールが忙しくて、直接会えてない。ここにきて
遅い収録もあったりして電話も、通話と言うより留守電のかけ合いみたいになっちゃってる。
……14、15、ぷつっ。うん?どっちだろ、ギリギリで電話に出たのかな?
「あ――」
『おはようございます、桜井夢子ですっ!ごめんなさい、今ちょっと電話に出られません』
「――っと」
『ご用件のある方は伝言を……』
うん、ちょうどこんな感じ。マイクに入らないように小さくため息をついて、僕は話し始めた。
「……あ、夢子ちゃん、涼です。こんな時間にごめんね、大した用事じゃなかったんだけど……」
****
直接会話するのも緊張するけれど、留守電はもっと苦手。人間関係のお作法に厳しい夢子ちゃん
は僕の言葉や振る舞いによく助言をくれるんだけど、録音されて言ってみれば証拠の残ってる
留守番電話は彼女に言わせればツッコミどころの塊みたいなのだそうだ。一言目で自分が誰か
名乗ってくれないと対処に困る、質問は1つに限定、入り組んだ用件の時はそこで話さないで
メールか直接話す、他の女の子の話をしない、録音時間が終わってまで話し続けない、締めの
挨拶も……そう、おとといだったかな。その前の晩に留守電残して、翌朝学校の校門の直前で
電話を貰った。
『あんたねえ』
「あ、おはよう夢子ちゃん」
人にはいろいろ言うくせに、夢子ちゃんは僕にかける電話では名乗ったことがない。
「伝言聞いてくれたんだ?」
『もっと早く電話よこしなさいよ、まったく。寝ちゃったじゃない』
「え?あ、ごめん」
校門前の電柱の影で10分くらい話をした。おかげで遅刻しかけたけど。そこでの最後の話題が、
その締めのことだった。
『それからね、最後におやすみって言ったでしょ、涼』
「うん。僕も寝るところだったし」
『私が伝言聞くの、朝になるって見当つくでしょ?目が覚めてまずあんたの声聞いておやすみなんて
言われてもどうしろって話よ。一瞬もいちど寝ちゃおうかって思っちゃったじゃない』
「ええ~?」
相手が録音を再生する状況まで考えてメッセージするのが気遣いなのよ、と夢子ちゃんは言う。
わからなくはないけどなんとなく理不尽に感じて、その日は一日、次回の留守電にはぐうの音も
出ないようなフレーズ考えてやろうって頭をひねってた。
そのチャンスが今だったんだけど、いきなりつまづいちゃってるし。そもそも用件の内容も
たいしたことじゃなかった。
****
「……って、武田さんからの伝言。自分で連絡するって言ってたけど、念のためね。それと、
こないだ調べとくって言った件だけど……」
彼女、明日はオフだって言ってた。僕はレッスンの予定だったんだけど、先生の都合で急に
キャンセルになってしまった。せっかくだから会いたいなって思ったけど……留守電吹き込んでる
うちにイタズラを思いついた。
朝になったらまた電話して、そ知らぬふりでどこに出掛けるか探り出そう。そして偶然みたいに
顔を出したら夢子ちゃん、びっくりするんじゃないかな。
「……じゃ、そういうことで。また電話するよ、おや――」
すみ、って言いそうになってブレーキをかける。
「――じゃなかったや。えっと」
『……涼?』
「えっ」
留守電が切り替わって、夢子ちゃん本人の声。
「あっあれ?ゆ、夢子ちゃん?」
『うん』
「ご、ごめんね、起こしちゃった?」
『シャワー浴びてたの。戻ってきたらあんたの声がしてたからびっくりしたわよ。どうしたの?』
「いや、えっと、明日どこにいるかなって」
『え?なんで?』
「その、探りを入れてこっそり……あ」
あ。
『こっそり?こっそりってなによ』
「あっあの、えと」
『りょーおー?』
「……あぅ」
ああもう、僕のバカ。
結局、全部白状させられてしまった。
『あっはははは!りょ、涼ってばバカね、そんなこと考えてたの?』
「う~。考えたっていうか、ちょっと思いついて」
『で、予想外に私が電話取っちゃったもんだから、そのとき考えてた事が口から出たってわけ?
あははは』
「笑わないでよぉ、ちょっとしたジョークじゃない」
『涼の分際で私をかつごうなんて10年早いのよ。おおかた場所に合わないカッコで現れて、
私を見つけるより先にあんたがファンに捕まるのが関の山じゃない?』
「うわ、なんかそれ、否定できない」
『ふふふっ、まだまだね、涼。罰として明日は一日私に付き合いなさい。服は私のリクエスト
どおりにしてよ』
「うん、まあ、それは僕も嬉しいけど……ひとつ、いい?」
『なに?』
「女装しろなんて言わない、よね?」
『……ぷーっ!』
このあと夢子ちゃんの爆笑が収まるまで数分待たされ、さらに世間話に付き合って、電話を
切った頃には日付が変わっていた。
明日の服装のリクエストは、『夕食にイタリアンのお店予約しておくから、ちゃんとエスコート
できる恰好でね。もちろんファンやマスコミに気づかれるのは絶対NG』。その後夢子ちゃんの
コーディネートを詳しく聞かされて、あとは自分で考えなさいって言われた。
「はぁ、まいったなー」
ベッドに潜り込んで、ため息を一つついて、……それから、つい顔がにやけてしまう。
自分でもわかってる。事務連絡は口実で、ほんとは夢子ちゃんの声が聞きたかっただけなんだ。
そしてその目的はちゃんと達成されたし、楽しそうな笑い声っていうボーナスも貰った。
いろいろ僕を気遣ってくれる夢子ちゃん。僕はいつまでたってもそれに頼りっきりで、そのたびに
頑張るぞって思うけどどっか抜けてて。こんな僕に付き合ってくれる彼女はよほど物好きなんだろう。
だから僕は、せめて自分のできる精一杯で応えようって思う。留守電も、コーディネートも。
タレントの仕事も、プライベートの自分も、もっともっと頑張って、夢子ちゃんに安心してもらおう
って思う。そしていつか……いつか僕は。
「はぁ、まいったなー」
僕はにやけたままもう一度そうつぶやいて、顔まですっぽり布団を被って、夢子ちゃんの声を
思い出しながら目を閉じたのだった。
おわり